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  3. 青木みやさんのレビュー一覧

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先月(2017年2月)

青木みやさんのレビュー一覧

投稿者:青木みや

38 件中 1 件~ 15 件を表示

森の美しさ厳しさが存分に表現された写真集

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 樺 栂 桂 樫 槲 榧 樅 檜 楓 柿 欅 杉 橡 松 桜 椎

 すべて森の木々の名前である。たくさんの木々があり、たくさんの緑が森にはある。ページを繰っていて今更ながら思い知らされた。『色の名前』や『自然のことのは』など自然風景写真集には定評のあるネイチャー・プロ編集室による、丸ごと一冊「森」で埋め尽くされた写真集である。森の巨木の落葉の乾いた音やしめった土の匂いが感じ取れそうな鮮明な写真の数々が掲載されている。

 森は生命の宝庫である。雨が降りしとしとと木々を伝わって地面に滴りおちる。そうして森の土は水をたっぷりとしみこませ、木々から落ちたたねを育む。

 だが、たねが育つには適切な温度、水、光などさまざまな条件がある。そして森で暮らす鳥や動物たちはたねをエサにする。落ちたたねが大きな木になるのは、百万分の一以下だそうだ。小動物や木も死ねば土に還り、森の土にすむ土壌生物に分解される。無機物となり新たな草や木のごちそうとなる。そうやってそこを豊かな土地へ変えていくのだ。

 いいなと思うのは、木の全身像を写しているところ。広く、深く、枝や幹を支えるために土中に広がる根。高く、強く、成長する木。森の中で上を見上げると、緑の葉の間から光が振ってくる。下から見上げている人間は木から見るととてもちっぽけだ。

 木の大きさとは対照的に一枚一枚の葉っぱは手のひらサイズでしかないのだが、この緑の力が地中の酸素を増やしてくれている。深呼吸をして、森の中に充満する鮮烈な空気を吸いたくなった。その緑がまた季節に応じて色を変えていく瞬間に息をのむ。

 森の美しさ厳しさが存分に表現されたフォト&エッセイ。

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紙の本冬に来た依頼人

2001/01/21 09:26

格好いい探偵たち

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 6年前に桜庭の前から去った女が、臆面もなく「夫を探して欲しい」と桜庭探偵事務所にやって来た。会社の金を横領し、キャバクラの女と逃げたのだらしい。離婚を勧めてみたが、夫に会いたいのだと頑として聞き入れない。事務所をシェアしている檜林は、「愛が絡んだ仕事ほどやっかいなものはない」という。全くだ。桜庭は不機嫌に捜査を始めた。

 成美に捨てられた桜庭の複雑な心情、夫に捨てれらながらも固執する成美、それぞれの想いがストレートに伝わってくる。事件そのものは単純で下手すると陳腐になりそうなんだが、それに心情の綾を組み込み、泥臭くなくスマートに処理をしている。中編という枚数に合わせた話の展開といい、決めぜりふの格好良さに的確な台詞回しといい、巧さに唸りました。雰囲気に酔えます。桜庭・檜林・松村の格好いい男達にキャラ萌えも出来る。
 これから活躍してくれることを希望。

【初出】

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紙の本ノスタルギガンテス

2000/09/23 23:06

繊細できらめくガラスのかけらのような鋭さがある素敵な作品。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 「ぼくのメカザウルスがどんなにすてきかってことを、どんなふうに話したら、きみにわかってもらえるだろう」。
 出だしのこの一文を目にした途端、主役である少年カイの繊細な心が伝わってくる。「ぼくのメカザウルス」をぼくはとっても愛しているけど、それが他の人はどう思うかわからない、でもぼくは伝えたいんだ。あいつはほんとうに、すてきだってことを。
 あいつは狂暴なガラスの青い目をして銀色に波打つボディを持っている。そして時間の中に生きている一億二千万年前の恐竜で、未来の恐竜でもあるんだ。あいつはメカザウルスなんだよ。
 カイはメカザウルスに生きていて欲しかった。だから母親が捨てようとしたあいつを、少年達が『神殿』と呼ぶ木に登って枝に結びつける。そのせいだろうか。『神殿』の周りには、様々なガラクタが括りつけられるようになる。カイはそれを『役に立たなくてもとてもすてきな物たち』の意味を込めて『キップル』と呼んでいた。だが、『キップル』はゴミの不法投棄扱いとなり、木の伐採騒ぎが起こる。
 木に日参するカイは『命名芸術家』を標榜する石膏像のような男やキップル達を撮りに来るカメラマンに出会い、「初めの一滴を落とした少年神ナギ」に祭り上げられた。
 そして石膏像は、増えていく『キップル』と『神殿』を生成する廃墟ー芸術品として『ノスタルギガンテス』と名付ける。
 木は名前を呼ばれて力をなくしてしまったのだろうか。木はカイと切り離されて、飼い慣らされたただの装置になってしまった。それはカイの望むところではなかったのに。
 描写が色づいているというと変だが、出だしから色の奔流である。海の青、金色の棘、銀色のねじ、木の濃い緑、そして降り注ぐ光。非常に美しいイメージを喚起させるリズムを持っている。詩を多数書いている寮氏ならではの表現に一瞬で世界に引き込まれる。
 少年が持っていた不思議で抽象的な広がりを持つ世界は、曖昧さを許さないひとびとによって確定され具象化され、閉じこめられてしまう。
 少年は、か細い抵抗を続けるが、それをとめる力はない。大人になるということは、安全だが決まり切った狭い繰り返しの日常に埋没し、世界を閉じて固まってしまうことだろうか。作品中には喪失感、無力感、絶望というおよそ児童文学(という扱いのはず)には向かない感情が見え隠れし、切なさが波のように押し寄せる。忘れたくない世界を持ち、繊細できらめくガラスのかけらのような鋭さがある素敵な作品。

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紙の本文学賞メッタ斬り!

2004/06/13 10:21

本音入り「あらすじで読む文学賞」

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文学賞には興味ないほうだと自分で思っていますが、この本は文学賞を知らなくても、文学賞受賞作品を読んでなくても、大爆笑できる本です。
大森さんと豊崎さんの的確な突っ込みがめっちゃくっちゃ可笑しい。

 ただし、作家の名前は知らないとダメです。そんなに難しいわけではなくて、渡辺淳一とか、宮本輝とか、山田詠美とかマスコミにも取り上げられる有名人程度で大丈夫です。
 判らないところは懇切丁寧すぎて、ひょっとしたら本文読むより時間がかかる注釈を読むとOKです。
 これであなたもいっぱしの文学賞通。

 ROUND4選評のところはサイコーです。受賞作を本で読むと、選評なんて読まないことが多いですけれど、それは勿体ないことだというのがよく判ります。選考委員って、日本文学界を代表するであろうお歴々が並んでるんですものね。そういうお歴々の選評もセキララオンパレード。そうかぁ、ああいう作品を書く人はこういう選を書くのねえ。

 つまり、本書は「あらすじで読む文学賞」って感じですか。いや、にしては大森さんと豊崎さんの本音入りすぎです。「本当は恐ろしい文学賞」。
 そして、なんていうのか、豊崎さんも大森さんも、本当に本が好きなんだなぁというか。じれったいほど愛してるのを感じちゃいます。いやぁ、楽しくて良い本ですよぉお。

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ファウジーヤの叫び 上

2001/11/22 11:19

生の言葉によって語られる未知の文化と習慣

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 女性器切除(FGM:female genital mutilation)という習慣がある地域がある。文字通り、女性性器をカミソリなどで切除する伝統的慣習であり、アフリカ・一部の中近東・アジアの風習で、アフリカでは年間200万人以上の少女達に施されているようだ。FGMは不衛生な環境で医学的知識なく行われることが多いため、大量出血や破傷風で死亡する例もある。FGMは、女性の純潔と貞節を守るためだという男性優位主義的な考えに基づいているという。
 西アフリカのトーゴ共和国に生まれ育ったファウジーヤ・カシンジャは、「良きイスラムの娘」である。父のマハメッド・カシンジャは裕福な権力者であり、1人の妻と7人の子供がいる。ファウジーヤは6番目の子供だ。彼は部族の理不尽な慣習に縛られることは無かったため、性差なく子供に教育を受けさせ、娘達は「カキア」と呼ばれるFGMを受けずに済んでいた。だが、彼の死後に実権を握った伯父と伯母はファウジーヤを倍以上年の離れた男性の4番目の妻になるように取り決めた。結婚前に「カキア」を施して、だ。17歳の娘ファウジーヤに選ぶ権利はない。
 ファウジーヤはFGMと一夫多妻制から逃れるために母と姉の力を借りて国外へ脱出する。そしてアメリカへ不法入国したファウジーヤに与えられたものは、囚人IDの刻まれたブレスレットと、人間としての尊厳の剥奪された監獄生活だった。ファウジーヤは亡命申請のために弁護士を探し、FGM問題に関心を寄せるレイリ・ミラー・バッシャーに出会う。
 ファウジーヤの生の言葉によって語られる未知の文化と習慣は、私たちの常識に衝撃を与える。そして迫害を逃れるために庇護を求めてやって来たアメリカでの苦難の日々を知り、「不法入国者」の存在を考える。
 文化や制度は地域や国によって異なる。ひとつの場所に留まっていたら知らずにいることを、ファウジーヤは短期間に体験する。アフリカとアメリカ。その狭間に置かれたファウジーヤの叫びは、圧倒的な事実の重みに支えられて、読むものに迫ってくる。その痛みや屈辱をまざまざと想像してしまう。痛いってば。
 それでも読むのは、やっぱり未知の文化を何も知らないままものを言えないと思うからだ。FGMは女性にとっては理不尽な処置だと思うが、本書にある「常識というものは、“文化の中で決定づけられるものであり、それゆえ万国共通ではない”」という言葉にもやはり肯いてしまうのだ。
『ファウジーヤの叫び〔下〕』

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紙の本ふたたびの虹 推理小説

2001/11/11 14:38

恋愛風味の日常系ミステリ

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 東京の銀座の片隅でひっそり「ばんざい屋」を営んでいる女将と、その店のなじみ客や友人達の日常に起こる小さな謎めいた出来事。「ばんざい」は京のお総菜を「おばんざい」というところから来ている。

 かぼちゃの煮物が好きなOLはクリスマスが憂鬱だという。なぜなら25年前に父が殺されたから。その時に父親が娘のために買い求めたはずのクリスマス・プレゼントは行方不明のまま。あのプレゼントはどこへ行ったのか、父はどうして帰り道ではない駅のホームにいたのか。謎は彼女の心に深い澱となっている。そんな彼女に女将が示した可能性とは……。(「聖夜の憂鬱」)
 なじみの客が「ばんざい屋」からの帰り道に殺された。誰かと会う約束があると言って、いつもより早めに店を出た日だった。訊ねてきた刑事に、女将はふとした疑問を告げる。事件が解決してから女将は、なじみ客だった男性がひとりでそっと見ていた、秘密の夢に思いを馳せる。(「桜夢」)

 多くの人がほんの少し哀しみを心に抱えて生きている。それでも生きていると、必ず新しい喜びと新しい出会いが見つかる。この本を読んでいると、肩の力を抜いてがんばろうね、そう囁かれているような、ぽっと暖かい気分になる。癒し系なんて流行言葉じゃなくて、もっと大事なことを思い出す。

 謎解き要素は少な目なのだが、大人の恋も交えて、じんわりと、人々の哀歓が心に染みいる。静かな夜に恋する人とお酒を酌み交わす。そんな大人の日常系ミステリ。

【青木みや】

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仲睦まじいペンギンカップル達が微笑ましい

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 19cm×19cmという可愛いサイズのペンギン写真集。内容も可愛くて、ペンギンカップルの愛情溢れる姿が満載されている。相互羽づくろいをしたり肩を寄せ合たりと、ラブラブのあつあつ写真ばかりである。

 写真は、ふと2羽そろって同じ方向を向いた瞬間、ペンギンがくつろいでいるその瞬間、そんな何気ない一瞬を捉えている。そして、当たり前かもしれないけど、ペンギンたちはいちゃつくのに周りを気にしたりしてないから照れも嫌みも全然ない。微笑ましいやら羨ましいやら、ちょっと焼きながらも気持ちが優しくなる写真ばかりだ。ペンギンたちの生態も判るように短いコメントも添えられている。

 写真集はペンギンが相手を捜し始める季節から始まり、パートナーとむつまじく鳴き交わすシーンで終わる。厳しい大自然の中で、一生懸命に生きているペンギンたちと一生懸命に彼らを見つめる人々。それが、とても良く伝わってくる。ぽかぽかと暖かな気持ちになる。プレゼントにも最適。

 ペンギンの種類は、キングペンギン、エンペラーペンギン、アデリーペンギン、ジェンツーペンギン、イワトビペンギン、ロイヤルペンギン、マゼランペンギン、キガラシペンギン、ヒゲペンギン。

【青木みや】

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紙の本ハンニバル 上巻

2001/03/06 10:42

サイコ・スリラーではないけど

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 言わずと知れたあの『レッド・ドラゴン』『羊たちの沈黙』に続く3作目。が、サイコ・スリラーの大傑作だった前作とは趣が全く異なる。くれぐれもこれから読み始めるなどということは慎みましょう。せめて『羊たちの沈黙』は必読。

 『ハンニバル』は待望の作品だった。怜悧で獰猛な殺戮者、ハンニバル・レクターとしなやかなFBI捜査官クラリス・スターリングである。さぞや異様な興奮と冷や汗をかくような怖さを味合わせてくれるのだろうと。しかし、その期待は奇妙な方向に裏切られた。サイコ・スリラーでは全くない。それを期待すると大外れに終わってしまう可能性がある。
 物語はエピソードに富んでいるが、筋は単純である。あのバッファロウ・ビル事件から7年。クラリスはベテラン捜査官になってはいたが、華やかな活躍を妬まれ出世の道は閉ざされていた。そして麻薬組織の銃撃戦の失敗でマスコミの非難の的となったクラリスの元に届いた1通の手紙。「親愛なるクラリス」。逃亡を続けるレクター博士からだった。クラリスはレクター博士の捜索にかかりきりになる。
 一方、レクター博士への復讐に燃える寝たきりの権力者メイスンは、レクター博士を執拗に狙う。出世欲と自己保身の亡者、司法省のクレランドラーを抱え込み、クラリスを餌にレクター博士を誘き出すのだった。

 『羊たちの沈黙』では結局、クラリスのトラウマは癒されず、彼女はレクターによって抉られた傷を抱えたまま7年を生きてきた。そして本作ではレクターのトラウマが明らかにされる。クラリスとレクターは似たもの同士である。激しく憎み殺し合うか、惹かれあうか、になるのは自明の理だったのだ。かくして『ハンニバル』は浄化と再生と癒しの物語となった。そこではカニバリズムも汚れを体内に取り込み浄化していく崇高な行為となっている。そこには戦慄を覚える。
 レクターは怪物から荒ぶる神となり、癒しの天使を腕に抱く。

 読み終わってから、随所にラストへの伏線が張られているのに気づく。やっぱり凄い作家だと思う。サイコ・スリラーではないけど、読んで損はない。しかし、まあ正統ミステリ派は嘆くよね。トマス・ハリスが、これからどういう路線で書くかが非常に気になるけど、また10年待つのでしょうか。くー。

【初出】

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クローン羊ドリー

2001/01/28 12:59

クローン狂想曲をシニカルに描く

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 体細胞クローン羊ドリーは、1996年7月5日、スコットランドのロスリンにあるロスリン研究所で生まれた。成獣の羊の乳腺細胞を使って作られたクローン羊ドリーの報は世界中で驚愕を持って迎えられた。

 なぜなら分化の最終段階である体細胞を使ったクローンは不可能というそれまでの「常識」を破る快挙だったからだ。これはドリー以前に起こったクローンを巡るいくつかの騒動が、その「常識」を揺るぎないものにしていたせいでもある。

 本書はクローン狂想曲とでも呼べるようなクローン研究開発の歴史を中心に倫理的側面、科学者の研究に対する意識などにまで言及している。上手に盛り上げていく構成の仕方とかキレの良い文章が上手くてとても面白く読める。

 ドリーが誕生したときに、周囲の関心はヒトのクローニングに集まった。羊でも出来るのならヒトでも出来る=ヒトを生産する=人間の尊厳を侵す。人々は敏感にその考えに反応し、ヒトクローン(研究)は先進各国で次々に禁止された。 そのような拒否反応に一番驚いたのは、ドリーを誕生させた当の本人ウィルムット博士かもしれない。博士は治療薬を体内で生産する動物工場の研究に取り組んでいただけで、ヒトのクローニングには興味がなかったからだ。

 著者はそのような科学者の社会的反応への鈍感さと研究成果を上げることに汲々としている態度をシニカルに強調している。まるで、周囲の反応を考えすぎだと一笑に付されてはたまらないと言っているかのようだ。ニューヨークタイムズのコラム「誰にも止められないクローンの研究」(『DNAのらせんはなぜ絡まらないのか』収録)でもヒトクローンの実現可能性を追求する。

 まだクローンの成功率は低く、コストがかかる。そして無性生殖であるヒトクローンは、生殖における両性の存在意義、家族観への影響等まで考えられている。しかし現在は過渡期であって息を潜めてヒトクローンの誕生を待っているだけじゃないだろうか。技術が確立され、どこかで始まれば、世界一律の禁止など出来やしないのだ。

 そうなると否が応でも渦に飲み込まれる。誰もが自分の取るべき態度を考えておく必要はあると思う。

【初出】

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異種移植にまつわる問題の把握ために

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 日本では脳死による臓器移植が行われ始め世間的に公認されつつある。しかし期待に反してドナー(提供者)は少ない。逆に脳死による臓器移植が法制化されたことで、献体腎のドナー登録(腎臓は2つあるので、生者からの提供が可能)が少なくなったとさえ言われる。ドナー不足は世界的に深刻で「人体部品ビジネス」と化しているのが現状だ。
 その根本的解決策として脚光を浴びているのが、人に動物の臓器を移植する「異種移植」である。本書は異種移植に関する様々な話題や問題点を取り上げ、まとめたものである。著者は内容について「社会へのインフォームド・コンセント=一般社会に対するわかりやすい説明」と述べているが、確かに的確に要所を絞ってあり、また非常に文章が達者で読みやすくわかりやすい。
 異種移植のレシピエントとして有名なのは、1984年10月26日のアメリカでヒヒの心臓を移植された「ベビー・フェイ」である。移植医療では常に先頭を切っているアメリカでもこの手術に対する反応は凄かった。称賛の声だけではなく批判や疑問の声が当然上がる。
 問題となったのは、倫理面(生命倫理/科学的観点)、動物福祉、社会的影響(ドナー動物への人の遺伝子導入)、人畜共通感染症の拡大(感染リスク)。これらの事柄は慎重に検討され、様々な報告書が出されている。
 異種移植のドナー動物としての選択条件を考慮して選ばれたのが、豚だ。
 臓器移植の場合に問題になるのが免疫系による「拒絶反応」である。豚の臓器を人に移植する「遠縁間の移植」場合は、移植後の数分間で急激な拒絶反応が起きるが、そのメカニズムはほぼ解明されている。移植に適するように外部から遺伝子を人為的に導入したトランスジェニック動物を開発する会社も増え、成績も良好であるという。異種移植は現実として目の前に存在し始めたのだ。現実として動物の身体を借りて医薬品を作る「動物製薬工場」や異種移植は進んでいる。体細胞クローニング技術が向上すれば尚更であろう。動物の福祉という観点の議論が望まれている。
 臓器移植を望む患者の真摯な声を考えると、異種移植に関する問題の把握がきちんとなされている本書は非常に貴重である。

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ブルー・シャンペン

2000/10/31 00:55

叙情的な情景と精緻な心情を織り込みながら、ほろ苦く残酷なテイストが圧巻。

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 表題作の他に5作を納めた短編集。大変充実していて堪能出来ること間違いなし。叙情
的な情景と精緻な心情を織り込みながら、実はほろ苦く残酷なテイストが圧巻。
■プッシャー The Pusher:世の中は変わる。そう宇宙に出る時代なら尚更だ。地上にい
る間に少女を口説かなければ。
 ロリコンの変態おじさんが登場(笑)。切り出しがあぶないだけにラストの切なさとわく
わくした気持ちが微笑ましい。
■ブルー・シャンペンBlue Champagne:月の周回軌道に浮かんでいる<バブル>は、まる
で2億リットルの水をたたえたすみれ色のシャンペン・グラス。<バブル>の救助員であ
るクーパーは、人気スターである≪黄金のジプシー≫メガン・ギャラウェイに出会う。宇
宙で一台しかない金色の人工骨格=ボディー・ガイドを装備したギャラウェイはきらびや
かで美しく、そして痛々しかった。クーパーは女友達のアンナ・ルイーゼ・バッハの忠告
も耳に入らず、ギャラウェイとの恋に夢中になる。
 残酷であるゆえに美しく切ない物語。単なる甘い恋物語を越えて、実に苦い味を内包す
る。『お姉様たちに翻弄されるクーパーくん』という構図がかいま見えるのが可笑しい。
 「愛はなによりも強いはずじゃないか」
 「Q.M、いいかげんにそのおつむをテレビからひっぱりだしたらどう?」
■タンゴ・チャーリーとフォックス・トロット・ロミオ Tango Charlie and Foxtrot Rom
eo:ブルー・シャンペンの続編。月周回軌道上で、警察の探査体がシェトランド・シープ
ドッグの死骸を発見した。30年前に封鎖されたタンゴ・チャーリー・ステーションからの
漂流物だと推定される。アンナ・ルイーゼ・バッハ巡査長は隔離状態のタンゴ・チャーリ
ーに生存者がいることを確信する。
 メガン・ギャラウェイとアンナ・ルイーゼ・バッハの対決が見物。いや、そういう話じ
ゃないんですけど、女三つ巴が素敵。
■選択の自由 Options:クローンによる肉体の変容・性の転換の自由が始まりつつあった
時代。性の変身者(同一性性障害などではない)とその周囲の心理的葛藤が描かれている。
 性差という生物学的な差異そして社会的な性を『肉体の』選択の自由によって物理的に
解決しようとする。グロテスクで根本的な解決からの逃避と見るか、革命的画期的な手段
と見るか、ヴァーリィの描く世界は奇妙に楽観的で明るい。衝撃を受ける。
 その他、『バービー』にも収録されている『ブラックホールとロリポップ』、ヒューゴ
ー/ネビュラ賞のノヴェル部門を受賞した「PRESS ENTER■」を収録。

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経営のプロの意識革命

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 福祉は、いままで「措置」つまり「行政による援助」であり、「可哀想な人たちへのほどこし」であった。福祉に携わっている人たち自身もその考えから抜け出せずに、「福祉を一生懸命にやっている私たち」に満足し、障害者が1ヶ月働いた給与が1万円にしかならなくても、痛痒を感じていなかった面がなかったとはいえない。

 それに対して、「1ヶ月働いて1万円というのはおかしくないのか」という「当たり前」の疑問を持ち、疑問だけではなく、障害者が働いて稼げる具体的な手法とシステムを提示したのが小倉昌男の偉大さである。
 小倉は、1995年にヤマト福祉財団を成立し、考えた。障害者の自立とは、働いて収入を得て生活できるようになることではないか。

 「働いて自立すること」は「障害者」をかぶせなければ、大人であれば当たり前のことで、働いて自立しない大人は、ダメ人間と言われるのだ。だが、「障害者」とつくだけで、働けないこと、収入を得られないことは当然のように考えられてきた。もちろん障害の度合いにもよるだろうが、障害者だって、働いて自立したいのだ。そして、小倉は、福祉に携わる人たち向けに「経営パワーアップセミナー」を開催し、経営の基礎を教える。
 本書は小倉が、ヤマト運輸で培ってきた経営のノウハウが満載されている。

 「売れるモノをつくる」ことはとても大事なことだけど、
 「売れる仕組みを考える」ことはもっと大事なことだ、ということです。
  (第2章 福祉を変える経済学 116p)

 小倉がモデルとして作った「仕組み」がパン屋「スワンベーカリー」だった。「アンデルセン」「リトルマーメイド」などのタカキベーカリーから、冷凍パン生地の技術指導を受け、「スワンベーカリー」でパンを焼いて売るのだ。
 小倉は自ら、広島のタカキベーカリー本社研修センターに赴き、冷凍パン生地を使って、パンを焼く。

 もちろんそれまでパンなど焼いたことがありません。
 ところが見事においしいパンが焼けた。(中略)。
 私ができるならば、障害者にだってできる。
 (第1章 障害者の自立を目指そう!私の福祉革命 75p)

 もちろん障害者だけでは、店は上手くいかない。スワンベーカリーでは健常者を障害者と同程度揃えている、という。それでも、スワンベーカリー銀座店では、障害者がフルに働けると10万円程度の月給になるのだ。ひとり暮らしをするには足りないかもしれないが、食費と自分の欲しいものは買えて、貯金できるくらいのお金だ。

 本書を読んでいると、「障害者が作ったんだから」多少高かったりしても買えというのは、「慈善」の押し売りではないか?ということに気付く。

 小倉は、「健常者がやってあげている」福祉の世界に、「障害者の力を信じて引き出す」福祉、という意識革命を起こした。一流の経営者はどの世界に行っても、一流なのだ、ということをまざまざと知る。

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冴えない男の日常を描いた物語がどうしてこんなに面白いのか。

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 彼はバーナビー・ゲイリントン、30歳。離婚経験あり、娘一人。大学もまだ終わっていない。職業は老人や障害者向けのサービス提供=つまるところ便利屋。
 社長のディッブルさんもお客さんのロドニーさんもアルフォードさんもバーナビーを心の優しく信頼のおけるいい人間だと思っている。でもバーナビー自身はそう思っていないのだ。彼女の相手の親に会ったって、良い印象を持たれないのはわかっているんだから、と。彼は落ちこぼれだがゲイリントン一族だ。いったいいつ彼自身の幸福の天使に出会うことが出来るのだろうか。

 いやなことも悔しいこともある、冴えない男のさほど珍しくない日常を描いた物語が、どうしてこんなに面白いのか。そういう事ってあるよねという小さな共感、ちょっとしたあきらめ、些細な苛立ちといった小説に仕上げるには、あまりにも身近な感情を巧みに演出するアン・タイラーの力量と「嫌みのない嫌らしさ」が冴える作品。
 30歳になったばかりのバーナビーが顧客である高齢者達から感じうる現実も哀しくおかしい。

【初出】

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家族という単位の中で起こるありふれた日常

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 1960年代、タル一家はアメリカ・ボルティモアのカルヴァー通りにあるテラスハウスに住んでいた。一家は4人家族。母親のパール、長男コーディ、次男のエズラ、長女のジェニー。内緒だが、父親のベックは出ていってしまった。
 パールは女手一つで子供達を育てるために奮闘した。女が働くなんて!と嘆きながらも、スウィニー・ブラザーズ店でレジ係をつとめ、家賃をやりくりし、暖炉の石炭を絶やさないように気をつけ、疲れた体で食事を作ってきた。精一杯、子供達には尽くしてきたのに失望させられてばかり……。誠実で優しいエズラは譲り受けたレストランに家族を招待し、家族の絆を取り持とうと試みる。だけどコースの途中で必ず誰かが席を立ってしまう。上手くいかない家族模様。
 だがパールの死後に夫であったベックは言う。「ああ、あいつが死んじまって、これから、どうしたらいいのかな」。

 家族という単位の中で起こるありふれた日常、よくある出来事。互いを愛しているが、近寄りたくないときもある。知り尽くしているはずの肉親なのに、何も知らない。「家族」ゆえのうっとうしさ、すれ違い、憎しみ、愛情。
 「家族」という絆にしがみつく者も離れていく者も、家族という関係を考えることなしに生きて行くことは出来ない。なぜなんだろうか。
 物語は、タル家の一人一人の視点で進む。描かれるのはそれぞれの思惑とそれぞれの日常である。それだけがこの小説の骨子なのだが、アン・タイラー流のユーモアと「嫌みのない嫌らしさ」が加味されて、ぐいぐいと読ませる力がある。それは誰もが何らかの形で「家族」に関わっているからだろう。

【初出】

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紙の本妖桜忌

2003/01/05 11:40

人の業を書ききる篠田節子

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 還暦に近い著名な女流作家・大原鳳月が死んだ。
 葬儀後、鳳月の担当編集者だった堀口のところに鳳月の秘書、若桑律子が原稿を持ってきた。鳳月の未発表原稿かとざわめきたつ堀口に律子は自分の作品だと告げる。鳳月のもとでの律子は教養のある有能な事務方だったが、文学的センスはない。だが、律子の原稿は、私小説を書かないと言われていた鳳月の一代記となっており、独占手記として発表され評判をとる。

 2回目の原稿を受け取った堀口はおかしな事に気づく。律子の堅い文体がだんだんと、鳳月の流麗で特徴的な文体に変わっているのである。ただ似ているのではない。鳳月そのものなのである。堀口は鳳月の遺作を律子が盗作したのではないかと疑い始める。

──

人間の本当の怖さをご存じないようですね。20代じゃ無理もないでしょうが
『妖櫻忌』74p 律子

 この台詞は、40歳間近い律子が若い編集者堀口に向けたものである。その通り「大人のホラー」に仕上がっている。人が誰しも多かれ少なかれ、利己的で自意識過剰で薄っぺらで情念に満ちた部分を持っている。子供のうちはそれを隠さない。しかし大人になれば、言葉で飾り態度ですり替えることを覚える。私がこの作品でぞくりとしたのは、そういう人の業ともいえる部分を篠田節子が書ききっているところだ。

 鳳月は書くこと・表現することに並はずれた野心を持ち、律子から知識や情緒、精気を吸い取り作家として大成してきた、とされている。その鳳月に若い頃から弟子として使えてきた律子は文学的才能がないばかりに、卓越した知識や記憶力、手堅い手腕を誰からも評価されず、被害者意識を持ちながら朽ち果てようとしている。

 律子は死後も絡みついてくる鳳月の影から必死で逃げようとするが、どちらが欠けても「物語」が成り立たないゆえに(世間は)それを許さない。通俗的な堀口は、名誉と金が得られるのなら、自尊心などなんぼのものかと思う。

 誰しもが自我や自尊心や矮小で卑近な己という、いろいろなものに捕らわれている。それを大事に思うのは、その人自身しかいない。だが、多くの読者や広く流布された「物語」に捕らわれた人々は……。

──

どこまでいっても、作者は作品に付随する影法師にすぎない。だれによって書かれようとだれが作品のどの部分を請け負っていようと、そんなことは物語にとってはどうでもいい。
『妖櫻忌』236p 堀口

 他人からしか語られなかった鳳月の真意は那辺にあったのか、整合性のとれないままに迎えたラストは業と哀れみをたたえている。

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