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  3. 徹志さんのレビュー一覧

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先月(2017年2月)

徹志さんのレビュー一覧

投稿者:徹志

17 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本毎月新聞

2003/10/31 02:22

日常を科学する

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この本、「週刊ブックレビュー」でも紹介されてたし、新聞や雑誌の書評欄でもオススメされてたじゃないですか。

 こういう風に言われると、自分がそれを知らなかった場合、何となく「もしかして、知らなかったのは自分だけ?」と思わされてしまう。その違和感の原因は、何だろう。仮に同様の内容を、次のような語尾の言い回しに変えるとどうだろう。

この本、「週刊ブックレビュー」でも紹介されてたし、新聞や雑誌の書評欄でもオススメされてたんですよ。

 これだと、自分が知らなくても、「ふうん、そうなんだ。知らなかったな」という程度にしか思わない。

 前者で使われている「〜じゃないですか」という言い回しは、やっかいだ。まるでその内容を知ってて当たり前というニュアンスがあり、無理矢理にこちらを納得させようとする魔力がある。この本の著者は、そう分析する。

 この本では、上記の「〜じゃないですか」のような日常の些末な場面が、独特の切り口で論じられている。「よく、そんな事に気が付くなぁ」という感心させられるのだ。著者は、きっと細やかな思考回路の持ち主なのだろう。読むだけで頭が柔らかく、そして思考が研ぎ澄まされる感じがする。日常を科学してみたい人、そんな人に是非オススメ。

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紙の本ドミノ

2004/03/12 02:51

読者の期待を裏切らない、登場人物の行動が心地良い

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 数十人の織り成す騒動が互いに絡み合って、大きな騒動へと雪だるま式に膨れ上がって行く。「これがこうなったら大変だろうなぁ」と思うと、正にその通りにパニックが進行して行く。

 一日に数十万人もの人が乗降する、日本有数のターミナル駅である東京駅。そこを舞台に、数十名の登場人物に降りかかる厄災が交錯する。一億円の契約書を会社に持って行かなくてはならない保険会社員、俳句仲間と会うために上京した老人、彼を待つ俳句仲間の警察OB、痴情のもつれから恋人への報復を画策する女性、その彼女との円満な別れを図る男性、指名手配中の過激派メンバー……。それぞれの事情が複雑に絡み合い、事態は思わぬ方向へと向かって行く。帰宅ラッシュ前の東京駅は、果たしてどうなってしまうのか?

 恩田陸は仕掛けが上手い、と改めて思った。誰かが起こした行動が、別の誰かが引き起こす騒動のスイッチになっている。そして登場人物の誰もが、そのスイッチを見逃さず(あるいは、避けられず)に踏んでくれる。まるで、この小説の中での自分の役割を知っているかのように。「自分は何の為にいるのだろう」「自分の存在意義は何なのだろう」などともったいぶった所がなく、目の前のスイッチをドカーンと踏みつけてくれるのだ。その豪快さがまた心地良い。「こうなったら、面白いだろうなぁ」と読者が思う所で見事にぶちかましてくれる。
 良い意味で、読者の期待を裏切らない良作だ。エンタテイメント小説はすべからく、こうあってほしい。

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サッカーは楽しい!サッカーは面白い!

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「サッカーは楽しい!」と、心から思わせてくれる漫画だ。作者の草場道輝さんが以前、雑誌のインタビューでこんな事を語っていた。「自分自身が『キャプテン翼』を読んでサッカーを始めたので、この漫画(評者注:『ファンタジスタ』のこと)を読んだ子供がサッカーを始めてくれたら、うれしい」と。この記事を読んで私は、「こういう考えを持っているからこそ、こういう楽しい漫画が描けるんだ」と好印象を抱いた。その心意気に、感激すら覚えた。

 物語は、福岡の離島で一人でサッカーに明け暮れていた主人公・坂本轍平が、東京の高校に転入してくるところから始まる。インターハイ予選、名門・帝東高校との試合で、彼は初めてチームプレーとしてのサッカーを経験する。なんと、それまで11人対11人で試合をやった事がなかったのだ。戦術はおろか、パスすらままならない彼だったが、抜群の突破力を見せ付ける。試合は惜敗に終わったが、彼の才能に魅せられたスカウトに、セリエAの名門チーム・ACミランへの入団を誘われる。転入したばかりの高校のチームで、チームプレーを学びたいと思った彼は、話を一旦は断った。そして、選手権予選や18歳以下の日本代表合宿に呼ばれ、急速に成長を遂げていく。その過程で、「もっとサッカーを楽しみたい」「もっと試合に勝ちたい」という意識を高めていき、“ファンタジスタ”だけが体験し得る不思議な感覚に目覚めていく。

 読んでいて、サッカーを楽しもうとする轍平の姿勢に、グイグイと引き込まれていく。「サッカーをやりたい」と、身体中を熱くさせられる。冒頭の作者の言葉に込められた思いが、伝わってくる(私は「子供」ではないが)。何より、克服すべき課題やライバル、そして未知の技術、戦術に出会った時の、それを乗り越えよう、吸収しようとする轍平の生き生きとした表情が良い。轍平の表情や姿勢に引き込まれ、読んでいるだけで身体がウズウズしてくる。「サッカーをやりたい!」と思わずにはいられない漫画だ。

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千年の黙 異本源氏物語

2003/12/22 03:34

物書きと権力者の対立構造

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 中宮彰子に献上された源氏の物語は、「中宮様のお墨付き」という評判のせいもあってか、写本が繰り返され、都で知らぬ者はいない程に広まり、人気を博した。当世一代の文学者としての名声を欲しいままにしていた紫式部だったが、妙な噂を聞くようになる。源氏の物語は筋がおかしく、理解しにくい部分がある、というものだった。練りに練って書き上げた至高の恋物語だったはずで、そのような不備があるはずがない。主人・紫式部の執筆を大いに助け、傍らで見守ってきた主人公・小少将は、不審に思い、紫式部と共に調査に乗り出す……。

 この小説は、千年もの間、謎とされてきた、「源氏物語」のうちの一巻「かかやく日の宮」が消失した真相を描いた物語だ。この巻は「源氏物語」の後の巻との関連も高い逸話が描かれているという事である。それだけに、その消失は、誰もが首を傾げる超一級のミステリーなのだ。
「真偽はともかく、その真相はどんなものなのだろう」。そんな期待感から、ページを捲る手が止まらなかった。
 この「かかやく日の宮」という巻は、光源氏の、父である帝の後妻・藤壺との情交を描いたものだ。それだけに、天皇や貴族が絶対的な権力を持っていた時代には、相応しくなかったようだ。その時代背景を踏まえて、紫式部は、卓抜した推理を展開する。
 そして、その背景こそが、結末で示される真相に説得力を持たせているのである。タブー視される主題に取り組もうとする作者(紫式部)を不快に思う人間による圧力である。書きたいものを書こうとする書き手の心情、そしてそれを阻害する外的要因というのは、いつの時代にも付きまとう煩わしさだ。この小説で示されているのは、「かかやく日の宮」の消失という第一級のミステリー劇だけでなく、権力者による言論弾圧とそれに対抗する物書き、という時代を超えて共通するテーマなのだと思う。

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紙の本博士の愛した数式

2003/12/09 21:18

数学という題材にロマンを込めた一冊

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「x+y=a(aは定数)……(1)」という方程式に対して、これを満たす解(x、y)の組は無限にある。この解は、「x+2y=b(bは定数)……(2)」という具合に別の式が提示されていなければ、求めることができない。(2)の式が提示されることにより、(2a−b、b−a)と解を特定できるのだ。

 この小説は、記憶が80分しか持たなくなってしまった元数学教授‘博士’をめぐる話だ。家政婦である‘私’が、博士の義姉から彼の世話を頼まれ、物語は始まる。事故により、1975年以降の記憶の蓄積が80分しかできなってしまったという博士は、何をするにも初体験の連続だ。毎朝、背広にクリップ留めされているメモで自分の記憶障害を思い出し、毎日訪れてくる‘私’が誰であるかメモを見ながら思い出す。
 基本的に人付き合いが苦手な博士だが、子供だけには愛情を惜しまない。「ルート」という呼び名を付けた‘私’の息子を、髪がくしゃくしゃになるほどに頭を撫でて慈しみ、少しの切り傷のためにおんぶして病院に連れて行ったり……、という具合に可愛がる。

 1975年の事故以降の記憶蓄積ができない博士にとって、1992年という時代には馴染みのないものが溢れている。判断する材料が何一つないのだ。それはまるで、「x+y=a」を満たす特定の(x、y)を求めろ、と求めようがない問題を突きつけられたようでもある。世の中のほかの人にとっては、もうひとつの条件「x+2y=b」が自明であったとしても、博士はそのことを知らない。
 そのような世界で、現実への適応能力をなくした博士は、当然のように外界との接触を殆ど絶って生活していたのだが、それを変えたのが‘私’とルートだった。積極的に彼の生活に関与して彼の生活習慣や嗜好を理解した上で、博士の直面した「問題」に対して適切な「条件」を加えてあげるのである。博士と‘私’とルートの三人は、まるで一組の連立方程式のようである。切ない設定であるのに、それを超越したところに、調律のとれた美しさが感じられた。そこには、お互いの尊重という、個々の人間同士の間にあるべき関係があるからかもしれない。

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龍時 01−02

2003/12/08 18:28

誰か、この小説を漫画化してくれ!!

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 非凡なサッカーセンスを持つ主人公・リュウジは、16歳のある日、U-17スペイン代表との親善試合に召集される。だが、監督が採った作戦は、リュウジの突出した突破力を活かすのではなく、なるべくリスクを避けて守備的に試合を運ぶというものだった。スペインの圧倒的な攻撃力の前に防戦一方の日本だったが、監督の意図を無視して、リュウジはドリブル突破を試み、点を決める。試合後、点差以上の敗北感を感じた彼は、ここにいたんじゃダメだ、と組織にこだわり過ぎる日本サッカーへの嫌悪感を抱くようになる。そこに飛び込んできた、スペインのクラブチームからの移籍申し入れを、躊躇うことなく承諾する。
移籍先のチームで出会ったチームメート達は、チームの勝利より自分が目立てるプレーを優先するという、一癖も二癖もある連中ばかりだった。当然のようにボールが回ってこない状況にリュウジは苛立つ。だが、ある日の試合、ひとつのプレーからチームに変化が起きる。
 
 この小説、何より描写が素晴らしい。試合でのプレーひとつひとつからは主人公の息遣いが、街並みの描写からは人々の喧騒や木々のざわめきが聞こえてきそうなリアルさがあるのだ。それを支えているのは、サッカーへの惜しみない愛情と丹念な取材なのだろう。
 特に、試合の描写は圧巻だ。ドリブル、パス、シュート、全ての描写がまるで目の前で起こっているかのような圧倒的な臨場感を伴って、脳裏に入り込んでくる。読みながら、眼前(想像上の映像)のプレーに手に汗握ってしまう。
 肝心のストーリーはというと、作者曰く「ひねくれている」というリュウジだが、ひとつの物事に一生懸命に打ち込む彼の姿は、なかなかどうして清々しい。苦悩しながらも、一筋縄ではいかないチームメートとの信頼を深め合っていく様に惹きこまれてしまう、良質の成長譚だ。そこら辺のサッカー漫画よりも断然面白い。

 サッカーはもとより、スポーツ漫画が好きな人にも、是非オススメしたい一冊だ。

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サッカーの面白さ・厳しさを丁寧に描いた良作

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 浦和レッズが優勝した。Jリーグ創設から11年目にしての初のタイトル獲得に、多くのファンが酔いしれた。会場でその瞬間を目の当たりにした私自身、熱いものがこみ上げてきて、どうしようもなかった。
 と同時に、最下位争いや残留争いの主役だったチームの初めての栄冠に、日本サッカーのレベルの底上げを実感した。「日本にプロサッカーを根付かせる」というJリーグ開始当初の理念の結実した瞬間とも、言えるかもしれない。

 この漫画の主人公・赤星鷹の所属チームも、浦和レッズだ。彼を中心に、Jリーグ創設時の日本サッカーの状況が描かれている。過度な脚色はなく、あくまでリアルなその描写は、時としてそのリアルさ故に、派手な必殺技等の演出が出てくるサッカー漫画よりも、心に迫ってくるものがある。
 成長著しい若手に対するベテランの嫉妬、何としてでもピッチに立ちたいという想い、自分のエゴを確認した時の葛藤。技術描写もさる事ながら、選手心理を描ききる塀内夏子の表現力は、圧巻の一言に尽きる。そして何より、その‘泣かせ’の手腕が巧みなのだ。

 『完全燃焼編』の最後にこんなシーンがある。仏W杯出場を決め、ベテラン三人が言う。「でも、やっぱり俺達にとって、ワールドカップは夢だったんだよ」と。同大会出場を夢ではなく、あくまで実現可能な目標と口にしていた若手に対しての台詞だ。
 夢があるから、現実で頑張れる。実現可能だから夢を追う事ができる。W杯出場、タイトル獲得という夢にあと一歩手が届かなかった福田正博に、この文を捧げたい。

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紙の本亡国のイージス 上

2003/04/21 03:23

装備の普及より,意識の普及

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 北朝鮮の迷走,アメリカの暴走,混沌とする中東情勢,……。急速に国際情勢が緊迫化する中で,日本が取る道は相変わらずアメリカ追従路線だ。外交というのは自国の国益が前提のはずである。だが,「日本の国益の為」が,「日米安保を維持する為」という置き換えがなされているのが日本の外交政策の現状だ。目的の為の手段自体が,目的化してしまっているのだ。
 本書に登場する防衛大生・宮津隆史は,そのような問題に関してこう語っている。
「……現状では,イージス艦を始めとする自衛隊装備は防御する国家を失ってしまっている。亡国の楯だ。それは国民も,我々自身も望むものではない。必要なのは国防の楯であり,守るべき国の形そのものであるはずだ」と。
 そのような己の考えを公表した彼は,防衛庁情報局(ダイス)により事故死の形で殺されてしまう。そんな彼の思いを他所に,自衛隊の装備拡張は進められていき,ミサイル護衛艦全艦へのイージスシステム搭載計画の試金石となる,“いそかぜ”の改修工事が始まる。死ぬまで息子の考えに思いも至らなかった自衛隊二等海佐・宮津弘孝,親の愛を知らずに育った如月行,己の船を守ることに命を掛けるベテラン海曹・仙石恒史,……。様々な人の思いを載せて,イージスシステムを搭載したミサイル護衛艦“いそかぜ”が就航する。そして時を同じくして起こった,史上最悪の化学兵器“GUSOH”の略奪犯が乗った飛行機の空中分解事件。
 前半は,作者お得意の国防論議が「これでもか!」といわんばかりに繰り広げられる。国とは何だろう,国防とは何だろう……,様々な考えが脳裏を駆け巡っていく。そして叛乱勢力による“いそかぜ”占拠が起こり,すべての真相が明らかになっていく。
 いそかぜのクルーを,そして艦を守ろうと駆けずり回る仙石の姿は,前半部分の硬質な国防論を超越して心に迫ってくるものがある。制度という大きな視点から,個人の視点に引き戻すストーリー展開は,国民一人一人が国の存立基盤であることを再認識させてくれる。そこには,大上段に構えた国防論議を黙らせる迫力がある。その一方で,艦(いそかぜ)を日本,艦のクルーを国民と置き換えると,自分の艦を守ろうとする仙石の姿は,国を憂える国民本来のあり方を示しているようにも思える。結局のところ,国防の基本は,一人一人の国民の「自国を守りたい」という意識に根差しているべきなのだ。そして,「守りたい」と思える国であればこそ,「良くしたい」という意識も湧いてくるのではないだろうか。
 北朝鮮問題の緊迫化,イラク戦争と,改めて日本の国のあり方が問われている。そんな今だからこそもっと多くの人に,この本を手に取って,日本という国の置かれた現状と向き合ってほしい。

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読むビタミン

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 「こんな娘を持てば,父親冥利に尽きるだろうなぁ」という,余りに気恥ずかしい感想が,この漫画を読んで思った事だった。突き放して読めば,「こんなできた娘はいねーよ」「こんな父親もいねーよ」とも思うが,読んでいる最中は気にならなかった。
 作家で格好良く,娘への愛情タップリの父親・信吉。子供とは思えないほどしっかりしていて,でもやっぱり子供らしい素直な感情表現のできる娘・知世。いかにも……な設定なのだが,ふたりの作り出す独特の空間は,温もりがある。知世のレンズを通して日常の些細な情景が豊かなものに描かれ,そしてそれを精一杯やりとりする父娘の姿は微笑ましい。子供に限らず大人でも,他人の評価を抜きにしては生きられないのが人間社会だが,知世の評価の基準は「おとうさん」だけ。おとうさんにとっての良い娘でありたい,おとうさんにだけは分かってほしい,という想い。幼い時点での子供にとって,親という存在ほど絶対的なものはないのだなぁ,と妙に納得した。
 ‘子供らしさ’と‘分別’の間を揺れ動く知世の姿も,‘感情の発露’と‘理性による抑制’と捉えれば,大人としても楽しめるテーマに思えた。それは,生真面目に描くと重ったるいものだが,この漫画独特の雰囲気でやられると結構すんなりと心に入ってくるのだ。些細な事で落ち込んだり,変に気負い過ぎている周囲の大人が,知世の行動によって自然体になっている。読みながら「現実世界はそんなに単純じゃないよ」と思っていても,元気が湧いてくる。どこか不思議な読後感のある漫画だ。
 今度,テレビドラマ化されるそうだが,原作の雰囲気をどれだけ再現できるか楽しみにしたい。

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必然と偶然

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 時間遡行技術の発明により,国連が試みたのは歴史への介入だった。だが,人為的な史実の歪曲は,HIDS(歴史性免疫不全症候群)という正体不明の奇病を人々にもたらす。HIDSの蔓延により歴史介入が禁じ手である事を思い知った国連は,歴史上重要な転換点を選び,史実に基づいた再生作業に取り掛かる。そして,転換点のひとつに選ばれたのが二・二六事件だった。修復実行者として選ばれたのは,安藤大尉をはじめとする事件の首謀者たち。史実に基づいた歴史を再生しようとする国連スタッフ。「正しい歴史」の誤差の範囲を利用する事で,昭和維新達成の道に繋げたい二・二六事件の首謀者たち。両者の思惑が絡まり合って,再生作業は難航する……。

 「歴史は自己を修復する」,これは作中で何度も語られるキーワードだ。なぞられるべき「正しい歴史」というものが存在するという考え方である。その際,多少の細かな誤差は許容される。つまり,歴史の表面に現れない出来事は,正確な史実と異なっても大丈夫なのだ。

 だが,作中の登場人物・マツモトは葛藤の結果,“正確な史実通りに再生する”道を選ぶ。史実に沿った世界という,必然の現実を取り戻す為に。史実には記載されていない行動を起こしてさえも。それは,自分の母国を愛する心ゆえにだったのではないか。

 史実に背くマツモトの行動は,論理的に見れば新たな矛盾を起こしかねないものだ。だが,特定の人間にとっての「正しい歴史」に基づく世界ではなく,自分の知っている史実通りの世界を守ろうとする想い,そして強烈な使命感ゆえのものだろう。それがラストで語られる,ふたりの偶然の出会いに繋がっている。

 史実という必然は,人間同士の出会いという偶然によって成り立っている。そんな清々しい読後感を味わえる一冊だ。

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紙の本ゲームの名は誘拐

2003/01/09 01:25

勝敗は読者側からのみ下される。果たして主人公は勝っているのか?

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 キザだ。本当にキザな主人公だ。書店で添えられているポップに,「キザな主人公にむかついてください」というメッセージが書かれていた。買う際はその言葉を余り気にせずにいた。だが,読み進めていくほどにそのメッセージが頭に何度も思い起こされてくるのだ。
 主人公は,大手広告代理店からヘッドハントされて,現在は中堅の企画会社に勤めている。何をやるにも周到な準備を怠らない彼は,仕事にも絶対の自信を持っていた。だが,プランを練り上げていた日星自動車のテーマパークのプロジェクトを急遽降ろされてしまう。相手側の副社長の意向だという。どうにも怒りが収まらない彼は,偶然出遭った日星の副社長令嬢と組んで狂言誘拐を試みる。
 誘拐を「ゲーム」と言って憚らない主人公は,持ち前の周到さで完璧なプランを練り上げ実行して行く。自信タップリなその姿は確かにキザだ。ゲームとは勝つものだ,という価値観を共有する主人公と副社長との三億円を巡る綱引き。「ゲーム」は主人公の筋書き通りに済むのか……?
 買う際に「事件は犯人側からのみ描かれる。果たして警察は動いているのか?」という帯の言葉に惹きつけられた。そして期待を裏切らない出来だった。東野圭吾ならではの,仕掛けに富んだ展開で読者を楽しませてくれる。事件が一段落した後,紙幅が大分残っているので,まだ何かありそうなのは分かるのだが,私が単純なのかラストの展開に非常に驚いてしまった。やっぱり東野圭吾は上手いなぁ,と感心することひとしきり。

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縮んだ愛

2002/09/19 03:28

教師と人間性

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 主人公は,障害児学級を担任して二十年以上にもなるというベテラン教師だ。物語は,かつて勤めていた小学校の生徒との十年ぶりの再会から始まる。その生徒・牧野は小学校在籍当時,学校としても少々手を焼いていた問題児だった。彼のいる5年1組で,主人公はしばしば,受け持ちで自閉症の生徒・サトシと共に給食を食べる事があった。だがある日,そのサトシと牧野の間で問題が起こった。些細なことから牧野がサトシを殴りつけてしまったのだ。サトシはひきつけを起こし,回復後も自閉症児ゆえの“他人に拒絶された深いショック”で両親の実家へ引っ越してしまう。問題を起こした当人の牧野は,父親が手を回し,転校してしまう。そして主人公は,十年の時を経て再会した牧野と時々飲むようになる。だが,ほどなくして,牧野がケンカで怪我をし,意識不明の重態に陥る。彼は身寄りがないため,主人公が一時的な身元保証人になる。彼の妻は,一時的な献身的感情から牧野を「引き取って面倒を見よう」と言う。それが,思いもよらない事態に…。

 この本で描かれているのは,徹頭徹尾“もっともらしい”姿勢を見せる主人公の欺瞞だ。生来の性格に加え,長年の教師生活の経験による,生徒との間に引かれた明確な境界線。「これ以上は深く関わるべきでない」という線を的確に見極め,淡々と教鞭をとっている。自身の分析に裏打ちされた合理的な教育哲学。それらは,教育の場における決定的な過ちや,生徒との間の誤解を生み出さない秘訣になっている。だがそれは,教師にとって必要なもう一方の資質,熱意を失わせている。“すべきではない”行動に対しては,最初から放棄を決めこむ。例えば,妻が牧野を引き取りたいと言ったときの,主人公の考えはこうだ。<まったく,鍛えられたことのない純粋さほど始末に負えないものもありません。それを二十歳代の若者の未熟さの中に見つけるならまだしも,もう不惑を疾うに過ぎた自分の妻の中に見出さなければならないのは苦痛以外のなにものでもありませんでした。> ここで主人公が述べていることはもっともだが,それは“善意の否定“という,教師としての決定的な過ちも含まれている。

 この本は,教師という非常にデリケートな職業について,考える契機を与えてくれる。熱意と理知的な態度,二つのバランスがとても難しい。「果たして理想の教師とは?」 「いや,そもそも教師に理想像を求める事自体が間違っているのだろうか? 教師とて人間なのだ」,そんな事を考えさせられる。

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伝えたい事がある人は、必読

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 あなたは競争馬だ。ニンジンが大好きだ。ところが、何日も餌を与えられておらず、相当の空腹に悩まされている。そんなあなたのもとに、調教師がやってきて、何やら言ってきた。
●パターンA
「どうだ、腹が減っているだろう。今日のレースに勝ったら、たらふく食い物をやるぞ。ん、どうした、そんな顔して? ははは、俺の事を疑ってるのか?」
●パターンB
「お前に、このニンジンを一本やろう」。
「どうだ、少しは腹が満たされたか? 今日のレースに勝ったら、腹一杯に食わせてやる。だから、勝ってくれよ」。

 どちらが調教師として信用できるだろうか? そして、どちらを言われたら、走る気になるだろうか? あなたが馬だったとして。Bなら、恐らくバケツ一杯のニンジンを食べさせてくれそうだ。だがAだと、勝っても餌をくれないかもしれない。くれても、大好物のニンジンではないかもしれない。

 この本の著者は、文章にとっての大事なものとして次の二点を挙げている。一つに、「メッセージが重要である」という事。もう一つには、「分かりやすく、とっつきやすい」という事。
 一つ目をさらに言うと、「メッセージが面白く、ためになる」という事だ。冒頭の例え話でいえば、調教師がくれる(であろう)ものが大好物のニンジンだ、という点に当たる。
 二つ目をさらに言うと、「最後まで読むと、良い事(感動や、役に立つ知識)がありますよ」と読者に思わせる期待感だ。読み手の興味を惹き付けるような書き出しなどで、その期待感が醸し出される。冒頭の例え話でいえば、「とりあえず一本はニンジンをくれたから、勝てば本当にもっと食わせてくれるのだろう」という期待感に当たる。
 メールなど、文章を書く機会が増えている。経験的に言えば、件名が「連絡」とか「お願い」という、内容の把握し難いメールは殆ど流し読みしてしまう。だが、「明日はタダで酒が飲めます」という件名でくれば、読まない訳にはいかない。いや、読みたい。だが、「連絡」としか書かれていないメールでも、書いた当人はどうしても読んでもらいたい場合もある。文章を書く際、最低限に心得ておきたい術が、この本には書かれている。

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書ける気にさせてくれる

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 本好きの方なら一度くらい,「小説でも書いてみようかな……」と考えたことがあるだろう。そして小説化を志す人に,この本の著者はひとつの格言を与えてくれる。「とにかく毎日書きなさい」,と。

 だが,「実際に,いきなり書こうと思っても,どうしたら良いか……」とか,「書く際の細かな決まり事が良く分からない」と尻込みしてしまうもの。この本は,著者が作家としての自己の経験を例に出しつつ,構成の立て方や人物造形などの基本的な手法から,視点や時制の細かな技法まで,順を追って解説してくれている。また,創作セミナー講師を務めた経験から,初心者の私達が分かり易いように書かれているために,大変に読み易かった。

 ミステリを“読者として”読むのではなく“創作の参考に”読む際に注意するべきことが,細かに,そして丁寧に説明されている。地下鉄の車内風景という日常的な題材を用いた人物デッサンを例にした,主観描写と客観描写の違いの細かな説明や,探偵小説やハードボイルドなどのジャンル別に異なる視点が成立する必然性の説明など,非常に分かり易いのだ。正に,手取り足取りという感じだ。

 もちろん,これを読んだからといって小説が書けるようになるわけではない。だが確実に,「書こう!」というモチベーションがたっぷりある人が,実際に執筆に漕ぎ着く為のステップは与えてくれる一冊だ。

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紙の本QED竜馬暗殺

2004/01/16 18:17

黒幕は誰だ!?

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「誰が坂本竜馬を殺したのか?」というのは、日本史に興味のある人なら誰しもが抱く疑問である。その日本史上最大級の謎を取り上げているのが、本書『QED 龍馬暗殺』だ。刀の鞘と下駄という決定的な物的証拠や、人の密集する京都市街での暗殺という、犯人にとっては恐ろしく不利な条件が揃っているにも拘わらず、いまだ真相は解明されていない。決定的な目撃情報も証言も残っていないのだ。その難攻不落の問題に対して、『QED』シリーズお馴染みの桑原崇が、豊富な知識を駆使して卓抜な推理を展開する。

 薬科学会に出席するため、高知に向かった棚旗奈々とその妹・沙織。学会で再会した大学の後輩・全家美鳥に、彼女の実家がある蝶ヶ谷村に招待される。だが、棚旗姉妹は、途中合流した桑原崇共々、暴風雨による土砂崩れにより、村に閉じ込められてしまう。美鳥の実家で一晩を過ごす事になり、退屈しのぎに崇が竜馬暗殺についての講釈を始める。
ところがそんな折、村人が次々と殺される怪事件が起こった。さらに、美鳥の告白により、竜馬暗殺犯を示唆する‘密書’の書き写しが村の神社にある事が明らかになる。竜馬暗殺と、村を襲った怪奇殺人事件。絡み合う二つの謎に対して、崇は、持ち前の博覧強記ぶりを発揮して真相を解明していく。

 竜馬暗殺に関して、崇が特定した犯人は、可能性のある見解のひとつと言われている。ただ、その意見は多少強引だと言われているのだが、膨大な文献を引用して展開される崇の推理は、とても興味深い。きっちりと整合性がとれていて、破綻がないのだ。私自身も、竜馬暗殺犯についていろいろと考えをめぐらせた事はあるが、こんなにスマートな解答など、到底得られなかった。この事件に関して、フーダニット、ホワイダニット共に、これ程見事に解き明かした推理もなかなかない。
 惜しむらくは、現代人の崇が過去を検証する形のため説明的過ぎる点と、村で起こった殺人事件とリンクさせようという試みがやや消化不良だという点だろうか。ただ、その点を差し引いても一読の価値はある。

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