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  3. うみひこ:さんのレビュー一覧

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先月(2017年6月)

うみひこ:さんのレビュー一覧

投稿者:うみひこ:

10 件中 1 件~ 10 件を表示

紙の本アンサンブル

2012/08/08 18:36

祝「V.I.ウォーショースキー生誕30年」の短編集

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

このサラ・パレツキーの短編集を手にとって、
「30周年に寄せてー日本の読者の皆様へ」という前書きを読んで、
ちょっと胸が熱くなってしまった。
この中で、パレツキーは、ヴィクの誕生の秘話を明かしているのだが、
それより何より、
世界中で一番初めにヴィクの物語を翻訳したのが日本であり、
パレツキーの書いたすべての長短編集を訳し、出版しているのは、
日本だけということが、書かれているのだ。

そうか、日本だけか…。
と、いうことは、私は、アメリカ人よりも多く、
サラ・パレツキーの作品を読んでいるわけだ…。

でも、何故そうなのだろう?

強くて、フェミニストの女流探偵によるハードボイルドな探偵小説。

それは、同時期に翻訳されたスー・グラフトンのキンジー・ミルホーンも同様で、
彼女たちの物語を読んでいくことは、実に爽快感があった。

1980年代。
バブル景気に向かって行く日本では、
女性の社会進出も進んでいったのだが、
(けれども、4年制大学を出たての女子大生の就職難は氷河期)
男性のセクハラ発言やパワハラ発言に、
職場で煮え湯を飲まされる場面も多く、
そんな中で、ヴィクを読むことは本当に胸がすく思いがした。

彼女はあきらめない。
彼女は黙らない。
差別に対し、不正に対し、恋に対しても…。

それに付け加えて、ヴィクの特徴は、社会性にある気がする。
犯罪を解決するなかで、
その背後にある権力の不正に気がついたときには、
極力不正をただせる方向に行こうとする。
或いはその事実を、人々の前にさらし、
社会的制裁を受けるようにして、
最終的な解決で物語がとじられる。

決して、問題はすべてラッキーにも解決し、
恋もうまくいってハッピー、という小説ではない。

それでも、ヴィクの長編が出ると、
思わずあの読後の深い充実感を求めて手に取ってしまうだろう。

けれど、今回のこの小説は短編集。
ヴィクの物語だけではなく、
ミステリーやユーモア小説もある。

さらに、ヴィクの小説に出てくる登場人物が、
主人公ではないにしろ、
ちらりと顔を見せたり重要な役どころを演じたりする、
ファンなら思わずにやりとする小説もある。

ヴィクの小説は、やっかいな、或いはすてきな親戚が出てくるのも特徴なのだが、
今回も、亡き母親への愛慕と追悼の思いに満ちた、『追憶の譜面』、
本当に小さいまだ少女のヴィクと従弟のブーム・ブームの出てくる、
『V.I.ウォーショースキー最初の事件』、
等があり、
読者は、ヴィクの中に流れる二つの国を知ると共に、
移民の国アメリカを読んでいくことにもなる。

そんなふうに、読者はこの短編集を読むだけでも、
日本で普通に暮らしていれば縁のないような、
弁護士や、精神科医、カソリックの神父やユダヤ教のラビ、
反フェミニズムの活動家等の登場人物によって、
物語を通して、多くのアメリカ社会の問題点を知ることができるだろう。

本書には、「ボーナス・トラック」という章に、
できたてほやほやの短編も載っていて、
この最後の物語まで読めば、
読者は胸を張って、
「私は、世界で一番、パレツキーを読んでいる」
と、いうことができる仕組みになっている。

好運な日本の読者としては、
この本を手に取らずにはいられないだろう。

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紙の本ジョージと秘密のメリッサ

2017/02/11 15:58

ほかのひととちがうこと

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

私がこの本を手に取ったのは、単純に「秘密」の文字に引かれたからだ。
ジョージ君が秘密好きのメリッサちゃんと冒険に行くのかな、
くらいのイメージで、すっきりした表紙にも惹かれて手に取った。

けれでも、この本の語る「秘密」は、とても、大きいものだった。
今この時にも、同じ思いを抱いている人がいるのかもしれない、
そう思うと心が震えてくる。

けれど、それは、読んだ後の、この本が書かれた意味を知ってからの
感想であって、この本の魅力を語る言葉ではない。

私は、この本を3回立て続けに読み返してしまった。
それくらい、魅力に富んでいて、ジョージと一緒に悩んだり、
喜んだりするのが、とても、楽しかったからなのだ。

ジョージだけではなく、兄のスコットになってみたり、
親友のケリーになってみたり、それから、
ママの気持ちに寄り添って、物語全体を見直したりした。

一見そうは思えない人もいるけれど、みんなジョージを愛していて、
ジョージを見守っている。

けれども、ジョージは自分の秘密に気が付いたら、
みんな背を向けて立ち去ってしまうのではないかと思っている。

けれども、それでも、このままではいられないほどジョージはつらいのだ。

だから、何とかしてわかってもらいたい。

ジョージは男の子として生まれたのだけれど、自分は、女の子だと感じていることを。

学校には、他の人と違うジョージに気づいて、
いじめてくるいやなやつもいるし、先生にもわかってもらえない。


それでも、ジョージは親友のケリーとともに、難関を乗り越えようとする。

そのきっかけになったのは、学校の行事でお芝居を演じること。

『シャーロットのおくりもの』 という素晴らしい児童文学のお芝居で、
ジョージはどうしても、シャーロットを演じたいと思う。
そして、そのことを通じて、ママにわかってもらいたいと思っているのだ。


ここから先は、読んでからのお楽しみなのだけれど、私は、

「ごきげんうるわしくていらっしゃる?」

と、言って登場するシャーロットのお芝居を、
ジョージやケリーと一緒におけいこをしながら、
シャーロットのすばらしさを再確認してしまった。

シャーロットの賢さと優しさに憧れるジョージの気持ちや、
この物語を愛しているアメリカの人々の気持ちを感じて、
私は、この『シャーロットの贈り物』を読み返さずにはいられなくなった。

そして、ジョージが舞台に立った時の気持ちの描写には、魅了された。

さらに、メリッサのおでかけ場面の楽しさも素晴らしかった。
それだけではなく、ここに描かれる心の秘密の重要性にも気が付いた。

ああ、でも、もう、これ以上は、話してはいけないだろう。
とにかく、この本についての話を、誰かとしたくてたまらないから、
他の人にも、ぜひ読んでほしいと思う作品なのだ。

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恋とはどんなものかしら?  そして、みんな意外と註が好き

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

綺羅星のような書き手が名を連ねるこ
の文豪の短編、それも怪談ばかりを集めた
作品集を、ふと、店頭で手にとって開いた時、
文字通りあっけにとられた。
 
 それは、見開きの半分、ほぼ1ページ分を
埋め尽くす勢いの註が添えられてあったからなのだ。
しかもその内容たるや……。

もはや、この註を読むためだけにも、この本を
読みつくさないといけないと思われるものだったのだ。
 
 例えば、江戸川乱歩の『押し絵と旅する男』の註を見てみよう。
本文が五行に対して、11項目の註が、1ページ半超書かれている。
ここで、まず、気づくのは、読み進むのに親切な註づけであること。

「半丁の余」に対して、「約五五メートル」と、すぐにわかる長さの解説が
つくのは読み手としてありがたいだろう。辞書を引き長さの計算をしないで済む。

次に気づくのは、ほぼ、解説に近い註であること。
「蜘蛛男の見世物」に対しては、乱歩の長編『蜘蛛男』で、
乱歩自身が書いた文章を引用している。
続く「玉乗り」の項では、川端康成の『浅草紅団』までが顔を出すという具合。
 
 実は、先日この註に感動して

「註は、大人の世界への入り口になる。翻訳や古典は、別世界への窓口だ」

 と、ある所に書きこんだら、多くの人にご賛同頂いた。
皆さん、思いもかけず、註がお好きだとみえる。

 私自身は、子供の時「少年少女世界名作文学全集」等を
読んで育ったせいか、註や解説が大好きだった。
だから、今の若者はそんなもの、註なんてついていたら
面倒くさがってよまないという意見には、常々疑問を持っていたのでうれしい。

 さて、そんな素晴らしい註に支えられて読んで行ったのは、
泉鏡花、 佐藤春夫、 小田仁二郎、 川端 康成、 香山滋、
江戸川 乱歩、 中井英夫、 上田秋成の珠玉の物語。

そして、読みすすんでいくうちに、
全て恋の物語なのだけれど、なんだか変、
なんだかおかしいな、と思えてくるだろう。 
確かに恋をすると、それまでとまるで違う世界の中に
するりと入り込んでしまって、もう戻れないと思うのだけれど、
それにしても……。


よくこれだけ、奇妙な物語を集めたものだと感心してしまう。

 美少女との出逢いを描く冒頭の鏡花の
『幼いころの記憶』を読みおわった瞬間、
私が読んだのは何だったのだろうと思わずたじろいだ。
主人公の五歳という年ごろを思うと、作者のこの記憶の中に、
くっきりと残り続ける美というものの恐ろしさを感じたのだ。

 さらに続く物語の中に次々と現れる恋人の正体は……。

 人ではないものにまで恋をする物語は、古来様々な伝説の中にある。
そして、人々はそれを語り継ぎ、小説家もそれを書き続けて来たのだ。
 
その理由は、「恋とは何か」の根本を問えばわかるのだそうだ。

そういう、編者の種明かしの解説まで読み終わった時、
読者は怪談の中に恋が身を潜めていることの本当の恐ろしさに、
気づくことができるだろう。


恋に落ちる前に、
読むべき必読の書としておきたい。

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紙の本ウィルキー・コリンズ短編選集

2017/01/24 16:49

ディケンズはどこで泣きだしたのか?

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

白状するが、私は有名なコリンズの『白衣の女』『月長石』も読んだことがない。
あまりにも有名すぎて読んだ気になって作家と言えばいいのだろうか。
まあ、そんな言い訳は置いておいて、短編集が出たというので手に取ってみたところ、
たいへん後口の良い作品があったので、思わず何度も読み返してしまった。

特に最初の『アン・ロッドウェイの日記』

かのディケンズが汽車の中で読んでいて泣きだしたという物語だ。

推理小説なので内容については多くを明かせないが、
悲惨な最期を遂げた友人の為に、
お針子の女性が心を砕いて謎を解き明かして行くというもの。
短いながらも、ヴィクトリア朝の時代の貧しさや、人々の堅苦しさが描かれ、
その中で主人公の優しさが人々の心を打つ感じがとても心に残る。

この作品はさらに、再読の時に、ディケンズがどこで泣きだしたのだろうと、
推理できる楽しみがある。

私は、57ページあたり

「金銭問題にかけては、事務的に扱うのに慣れているもので」

なんてドライに言う見知らぬ紳士が、感情を昂ぶらせていくあたりが、
号泣ポイントだと思うのだがどうだろう?

この他にも、全部で5編のこの短編集は、全てがハッピー・エンドではないけれど、
女性たちの姿がこの時代にしては主体的なところが、
爽やかな印象を抱く元なのかもしれない。

『ミス・モリスと旅の人』は意外な始まりと最後の落ちが楽しい作品なのだが、
主な魅力は、働く女性である主人公の主体性にあるのかもしれない。

 もし、この短編集を読んで不覚にも涙がこぼれたら、
ディケンズと同じ感性と思えるところも楽しいから、
ぜひ電車の中で、開いてみて欲しい。
私は家の中で読んでしまったので、今となっては、その事ばかりが残念なのだ。

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森の中のお菓子の家(もちろん魔女付き)

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この本は私にとって、ヘンゼルとグレーテルが深い森の中で見つけた「お菓子の家」のようなエッセイ集だった。もちろん最初のページから読むのが最適だとわかってはいた。けれど、気がついたらお菓子の家のチョコレートの屋根やお砂糖のガラス窓をがりがりかじるように、色々なページをめくっては読み、ああ、そうだ、そうだとうなずきながら、むさぼるように読みつくしてしまった。
まずは順番に、内容を紹介していこう。
第一部は「食いしん坊の昼下がり」とあって、いろいろな物語の中に現れるメロンやプリンやチョコレートや「お茶」が出てくる。子供の記憶に残る食べ物というのは、主人公がおいしく食べたというものだけではない。例えば、ルナールの『にんじん』の主人公が食べられなかったメロンの身の部分。バーネットの『小公女』のセーラがたった一つしか食べられなかった焼きたての菓子パン。ここを読みながら、私もセーラと一緒にロンドンのそぼ降る雨の中を、菓子パンをかじりながら歩いたことを思い出した。そして、ここで、その菓子パンという言葉が日本人の子供たちにどういう過程で訳語として与えられて行ったかが語られていく。遠い日のセーラと自分をつないだ味覚と言葉に、ここでもう一度出逢えたことがうれしい。
第二部では、「記憶のかけら」と題されて、子供の本で知った言葉についての探索が行われる。絶妙な訳語としての「薄謝」。「クロポトキン」や「トーリー党」を子供の本で知ったことの意義。物語の主人公の名前やガイ・フォークスの日について。作者が子供から大人になっていく過程で、いつのまにか身につけた知識が、静かに広がっていく感じが、絶妙な語り口で語られ、作者の魅力が感じられるところだ。
第三部は「読むという快楽」。ここは、子供の時に読書に夢中になって、親の言うことや、一緒に見ているはずのテレビや音楽などが何も耳に入らなかったことのある人には、たまらないだろう。そして、ここではお待ちかねの魔女が意外な場所で顔を出すし、さらに魔法のように、メアリーポピンズから与謝野晶子経由で「新しい女」も飛び出してくる。読むということのめくるめく楽しみを邪魔したくないので、ここは特に面白いと言うだけに留めておきたい。
そして、第四部「偏愛翻訳考」と、第五部の「読めば読むほど」では、作者は今まで読んできた本の中で、先人の翻訳者や作家や編集者の人々が、いかに工夫に工夫を重ねて、子供の本を作り出してきたかについて語っている。それは、絶妙な登場人物の名前の表記や、忘れられない挿絵の意外な描き手を知った驚きの中から、見出されていく。そして、子供の本を作って来た人々の、子供を信じる心の中から生まれて来た様々な過程が分かってくる。私は常々自分の中にある言葉が、こういう児童書によって形づくられて来たと思っていたので、作者とともに、子供の本を作ってきたすべての人々に、深い感謝の念を捧げつつここを読み終えた。
まさしく、「少年少女のための文学全集」を読んで育ち、世界を知ってきた同志として、この本を読めた意義は大きいと感じている。
さて、お楽しみはこれからだ。
実はこの本で語られた何冊かを、読んでいないのに気づいたのだ。「少年少女世界名作文学全集」育ちの私は、他の全集に収録されている作品を読まずに来てしまったのだ。はりきって、本屋や図書館に行かなくてはならない。まずは、巻末にある「この本に出てきた本の一覧」に書いてある子供用の本で読み、気に入ったら大人用に読み進めよう。そう、昔のように。
さあ、ご一緒に。夏休みが待っている。

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抒情性を問い直せ-関東大震災と戦争と。そして、3.11の後に。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

旅先で、おや、と思うことが度々ある。
それは旅館のお膳の上にあるお箸紙。
そこに、ときたま奇妙な歌が書いてある。
土地の名が付いた何とか小唄とか何とか音頭の歌詞。
意外なのはその作者名だ。
知らない名前ならともかく、野口雨情とか北原白秋とかあり、
特に後者の場合は、異国の香りを漂わせた都会の詩人で童謡作家だった白秋が、
なんでこんなものをと、イメージがそぐわない気がするのだ。
ヤレ、ソレとかの奇妙なかけ声入りの民謡なんか何故書いたのだろう、
お金儲けのためなのだろうか等と不思議に思っていた。

けれども、本書を読んで、私は白秋の何を知っていたのだろうと思わされた。

郷愁に満ちた抒情詩人。不倫の恋で獄に繋がれた世間知らずな詩人。
「童心」を目指した童謡詩人。
ここまでの人生しか目がいっていなかった。

けれども、白秋は野口雨情と同様に「新民謡」作成に力を入れ、
様々な地方の依頼を受けて民謡を作り、中山晋平を始めとする多くの作曲家や、
藤間静枝や林きむ子といった踊り手たちと共に、
歌や踊りを日本全国に広めていった詩人だったのだ。

 童謡から民謡へ。
そして、青年団等の団体の団体歌、会社の社歌、学校の校歌等の様々な歌謡へ。
 
 白秋が作った様々な歌を見ていくと同時に、
作者は、関東大震災から戦争に至る社会の変容の中で、
民衆が如何に変容し、何を求めっていったのかを見つめていく。
そして、白秋が意識して如何に人々の心を、国民歌謡へ、
そして戦争翼賛の歌へ導いていったかが、本書の中で、明らかにされていく。

 白秋は、国が愛国心を植え付けようとして押しつけた「唱歌」に反発して、
「童謡」を作り上げていったはずだった。
『故郷』の歌詞を歌わせることで、
まだ郷愁というものを知らない子どもたちに郷愁を学ばせて、
愛国心を植え付けようとした「唱歌」。
そんな上からの知識の押しつけに対し、
子どもの心の中に本質的にある郷愁を見つけ出し、
それを歌い上げていったはずだった。 

けれども、本書は、その抒情に満ちた白秋の詩の中にある郷愁が、
植民地主義や帝国主義に走り、
他国や他の民族を侵略しようとする社会の中で、
いかに人々の心を愛国主義に導いていったかについて、
考える必要を明らかにしていく。

さらに、そのような戦争の後、
「歌って忘れ」てしまった人々の姿があることに注意を促す。
『リンゴの歌』の明るさや、
戦争翼賛の部分を隠した『里の秋』の抒情性に心を癒す日々。
さらに、戦中に戦争詩を書いていた詩人たちが、
戦後を翼賛し勤労詩を書く姿を、作者は最終章で描いてみせる。

きちんと清算しない社会である戦後日本。
それが、現在の状況に繋がっていかないだろうか?

作者は、戦後の繁栄が、
「犠牲やリスクを不平等に配分する差別的な秩序」の中に、
成り立ってきたことを指摘し、
沖縄の基地問題、福島の原発事故問題を、
将来に向かって、きちんと清算していくよう促すのだ。

関東大震災から戦争へ向かった時代についての、詩と歌についてのこの考察は、
白秋の意外な姿を示すと共に、
現代社会へ繋がる震災後の社会の動きへの警鐘を鳴らしている。

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夢にまで見た復刻

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この本の書評をhontoに書いたのは、いったい何年前のことだったろう。

その時、最後の一冊を友人が買ってしまい、
私はそれからずっと、この本を古本屋をさまよいながら探していたのだ。

ラフカディオ・ハーンが日本にやってくる前の姿や、
「怪談」を書きあげるだけの素養を、
垣間見ることのできるこの本の魅力は、
何度語っても語り切れない。

そして、遠い時代のアメリカ南部の独特の豊かさを感じられるレシピの魅力。

「スイカの皮のブリザーブ」
で語られる星形や月形に切った西瓜の皮や、

「ルイジアナ・オレンジフラワー・マカロン」
のレシピにまず出てくるカップ一杯の摘み立てのオレンジの花は、
この本の中で魔力となって私に夢を見させるのだ。

相変わらず、何度読んでも。

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紙の本海を越える翼 詩人小熊秀雄論

2014/10/19 08:04

サンマ詩人って誰?

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ロシア文学者湯浅芳子と宮本百合子の書簡の中に、
盛んに、「サンマ詩人」とか「秋刀魚氏」とか呼ばれる、
若い童話作家の新聞記者の姿がある。
湯浅芳子はなんと初対面のこのサンマ詩人のために、
旭川に帰るための金策に走り回ったりする。
湯浅芳子が出会ったとたんに友情を感じ、
ロシア文学について語り合ったこの記者こそ、
『焼かれた魚』という童話を書いた、
詩人小熊秀雄だった。

小熊秀雄は実に多彩な人で、大正から昭和にかけて、
詩、短歌、童話、油絵、デッサン、漫画台本、人形劇等々の、
ありとあらゆる芸術活動を行った。

不思議な日本人離れした風貌を持ち、
才能にあふれながらも、
貧しい詩人として短い人生を閉じた小熊秀雄。

彼のとらえがたい人生と詩についての最新の研究書が、本書である。

著者は旭川在住の詩人で、
その独特の視線で、小熊秀雄の中の北へ向かう心をとらえている。

それは小熊の故郷旭川のさらに向こうにある生まれ故郷樺太、
さらに、その向こうにあるロシアに向かって行く。

そして、小熊秀雄の中にある世界性、
「海を越える翼」を見出していく。

小熊秀雄の詩、短歌、
彼の出会った歌人や詩人の作品を通して、
時代と小熊と彼にかかわった人々の心を辿る手法は、実に見事であり、
例えば、歌人斎藤史の短歌の中に現れる「小熊秀雄」の名についての章では、
同時代をすごした若者同士の時間の流れの中に、
長い年月を経た後、歌いだされた心を見出していく。
これは、ある意味スリリングな推理小説のようにも思えて、実に面白い。

また、従来軽く見られがちだった、
湯浅芳子とロシア文学の影響について語られており、
ロシアの研究者の言葉が引いてあるのも、新しい視点だと言えるだろう。

なんといっても、詳細な「小熊秀雄―人物事項小辞典」と、
「年譜」があるのがうれしい。
ここにおいて、この書は、今後の研究者にとって、必携の書となったのではないだろうか。


小熊秀雄の詩人群像のペン画、影絵、モデルを務めた彫刻像、
様々な画像も掲載されていて、
池袋モンパルナスの芸術家群像をうかがい知ることができる。

サンマ詩人、
多くの友情と才能に恵まれた、
詩人小熊秀雄。

著者が警鐘を鳴らすように、
今という時代の中では、ますます読まれる存在になるだろう。

この書をきっかけに、
私も、さらに読み進んでいきたいと思っている。

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紙の本賢治童話ビジュアル事典

2016/12/04 12:31

ラッコの襟飾りのインバネス

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宮沢賢治の童話は、いつも胸の奥にひそんでいる。
 
 いつ読んだか読んでもらったのかわからないけれど、
何かの拍子に思い出したり、ふと手に取った本に引用されていて、
ああ、あれも賢治の童話だったんだと気づいたりする。
そして、大人になったらきっとわかるんだろうなと思いながら、
賢治の童話の中の不思議な言葉と共に過ごしてきたことに気づく。
 
 よだかという醜い鳥。ラッコの上着。やまなしの香り。毒もみ。
 
 一度も出会ったことがないのに、限りなく懐かしく、ふしぎなものたち。
そんな、いつか調べようと思ったものが、みんな、私に会いに来てくれたような事典を見つけた。
 
 ラッコの上着は見たことがないけれど、インバネスを着た紳士の挿絵を見て気が付いた。
確かに子供の時に出会ったトンビを着たおじいさんの襟元を飾っていたのは、
あの毛皮だったんだと知った喜びは、何ものにも代えがたい。
祖父の家にお年賀にいらして、初めて会ったのにいきなりお年玉をくださったのは、
そうか裕福な方だったんだなと思い出してみたりする。
富の象徴としての毛皮だったのだ。
 そして、恐ろしい毒もみの正体が、実は山椒だったとは。

 様々な驚きと思い出が手に入るこの事典。
大正から戦前という時代を知る意味でも貴重な本だと感じるのだ。

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ヨーロッパの移民問題を知るためにも読んでおきたい一冊

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主人公のラミッツは、ロマの両親とともに、コソボからドイツに亡命してきた少年。
ドイツで生まれ育ち、サッカーやテレビゲームが好き。
でも、学校では、差別を受ける。
移民で、さらにロマであることで、教師から、泥棒の濡れ衣を着せられたり、
二重の差別を受け、学校から足が遠のく。
ある日、移民局から、一家のドイツ永住許可申請を却下され、
家族全員がコソボに送り返される。
そこは、すでに戦場で、一族は必死に彼らを亡命させようとする。
けれど、新しい国でも、移民としての許可が下りなければ、
一端ドイツに戻され、そして、またコソボに送り返されるかもしれないのだ。
コソボで父親が拉致されたこと、亡命とその他の様々なショックから、
PTSDに悩まされる一家の人々とラミッツ。

移民と認められるまでの、内外からの様々な妨害や、
それに対して、彼らに援助の手を差し伸べる人々の姿が、
短い物語の中にくっきりと描かれている。

例えば、ドイツの赤十字で職を得て働く父親と、
ボランティアのドイツの女性たちとの交流は実に魅力的で、
その中で、それぞれの過去が明らかになっていく。
あまりロマであることが強調されて語られない中で、
ラミッツの父親が妻との出会いを語るとき、
父親が、ロマのダンスの名手であった事などが分かってくる。
ボランティアのドイツ人が語る、
父親がナチスだったことへの贖罪の思い。
そういう思いで生きている人々がいることに、
ドイツ政府の移民や留学生への手厚い保護の源泉を見る気がする。

こうして、ヨーロッパの普通の人々の、
私たちが知らない世界が語られていくのだ。

この中で、ドイツやスウェーデンで移民が受けられる手厚い保護が見えてくる。
これは、移民の人々への希望となる場面だと思う。

でも、これからどうなるのだろうと心が痛む。
そして、これから先も、
二重の差別をラミッツは受け続けるのだろうと思うと、
めでたしめでたしでは終われない思いが胸を刺すのだ。

移民問題について、簡単には語れないかもしれないけれど、
まずは知ることが大切だと思いながら、読み終えた。

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