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レビューアーランキング
先月(2017年6月)

かぬひもとさんのレビュー一覧

投稿者:かぬひもと

5 件中 1 件~ 5 件を表示

国立市の再生を願わずにはいられない

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

私は前半生のほぼ全てを国立市で過ごした。ママの森幼稚園から国立市立第三小学校、国立市立第一中学校、東京都立国立高等学校、一橋大学と進み、文字通り幼小中高大の全てに自宅から歩いて通う一貫教育を国立市で受けてきた。その国立の変貌振りを見て、正直、悲しくなった。学校は外見はほとんど変わらないが中味がたった30年でかくも変貌してしまっていたとは。国立第二小学校の「日章旗掲揚校長への土下座要求事件」については週刊新潮等で概要は知ってはいた。しかしその時は「二小の話だろ」程度に考え、「わが母校国立市立第三小学校はそんなことにはならんわな」とたかをくくっていた。しかし、しかしである。どうも本書で触れられている不登校学級崩壊で手がつけられない状態になっているのがわが母校三小のようなのだ。それだけではない。新聞で過去記事を検索してわかったことだが、生徒を抱え上げ地面に叩きつける体罰を繰り返していた教師がいたのが国立市立第五小学校。そこの教師連中は体罰事件を公にした校長をあろうことか糾弾し続けついには辞職に追い込んでしまうのだった。五小といえば富士見台団地を主な学区域とする小学校で比較的優秀な生徒が多い学校だったはずなのに。そして市議会に巣食う一橋大学のサヨク教授とサヨク運動員の乱暴狼藉ぶり。どうして緑豊かな国立市がここまで異常な「サヨクの解放区」になってしまったのか。読んでいて肌が泡立つのを禁じえなかった。本書に何度も登場するサヨク議員の上村和子は読むと長崎の出である。長崎から流れ流れて国立市に流れ着き、やりたい放題しほうだい。どうしてこんなことが許されるのだろう。本書中で石井昌浩氏が的確に指摘しているように彼女らサヨクの思考法の最大の特徴は「権力=市民の敵」と無条件に看做すことから全ての思考をスタートさせる点だ。民主主義社会では権力者は市民により選ばれ、市民により市民に成り代わって権力を行使する権限を付託されたという厳粛なる事実をまるで無視している点だ。権力は市民の代表であり権力者の権力の背後には市民の信託があるという厳粛なる事実を無視すればこそ、こうしたサヨクの乱暴狼藉振りが説明できるという石井氏の指摘は目からウロコだった。そうなのだ。サヨクの連中ははなから民主主義をそもそも無視していたのだった。私は15年前に国立市を捨てた。捨ててよかったと思っている。本書には国立市を彩る左翼のヘンテコな運動史やなぜ文教地区に国立市が指定されるに至ったかの歴史もことこまかに書いてある。もともと自治意識が高く住民の政治意識も高い街だったはずの国立市。それがいつの間にかサヨクに乗っ取られ、東京海上の計算センターを追い出すは、大型スーパーの進出は拒否するは、国立駅の真裏に駅を睥睨するグロテスクな、マンション建設は容認しておいて(その結果、国立市の景観は決定的に破壊された)東京海上の計算センター跡地にたったどうでも良い場所にあるマンションに景観論争をしかけ全国に名を馳せる愚行を繰り返す国立市。片側2車線、路側帯も入れると実質片側三車線の広々とした「大学通り」に「自転車専用レーン」を立川警察の猛反対にもかかわらずわざわざ建設して実質片側1車線の狭い道路にしてしまい毎週末大渋滞を引き起こすという愚かな政策を施行している国立市。教育も行政も本当の意味で国立市が正常化することを願わずにはいられないが、私が国立市に帰ることは、もう二度とないだろう。

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「株価大暴落という幸運」をしゃぶりつくせ!

8人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

橘玲氏が書いた名著『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』の262ページ以降に、かの有名な大経済学者ケインズの言葉「暴落という名の幸運」が出てくる。諸君は知っているだろうか。この大経済学者は名門出身ながら女優と海名をながし、株式三昧で相場に狂いまくった相場師でもあったのだ。1929年の株式大暴落で財産のほとんどを失ったケインズは、茫然自失とする投資仲間に対し、次のようなメモを書いたという。
1)世界が終わるのではないかということを、私も漠然と懸念してはいるが、そういったことはヘッジできないリスクなのだから、気にしても仕方がない。
2)もし、売り払えば、私たちのメンタリティは、二度とああいうことはしない、ということになり、回復がやっと始まっても、完全に大幅に乗り遅れ、間違いなく取り残されるだろう。(逆に)今後回復が起きないなら、いまさら何をしても無駄だ。
3)我々の信用その他を考えれば、回復に乗り損ねるのが考えられる限り最悪の事態である。

さあて、諸君。ここからが人生の分かれ目だ。株というものは下がれば下がるほど「明日はもっと下がるだろう」と思うからこそ「高くて手が出ない」こととなり、逆に上がれば上がるほど「明日はもっと高くなるだろう」と感じるからこそ「今が買いだ」と買いたくなって、バカは常に高値掴みして大損と、こうなる仕組みとなっておる。だから儲けるには、この逆をやればよろしい。すなわち、カネには縁のなさそうな半可通は「株式市場は死んだ」「アメリカ経済はもう終わりだ」「株式市場を中核とする新自由主義の時代は終わった」などと得意げに語りは始めた時こそ、「株の買い時」なのである。

本書は、海外の株式投資のカタログである。暴落した今こそ、諸君の選球眼がためされる。その際、本書は有力な手助けとなることであろう。ただし、ただしである。中国株だけには手を出すなと私は警告したい。事実上のアメリカの奴隷に成り下がった中国に明るい未来はないような気がする。アメリカの家計の中にはかなりの痛手を被っている人たちが多いようだ。これからの数年、アメリカの消費はかなり控えめなものとなるだろう。そうなったとき、最も打撃を受ける国はどこかといえば中国なのである。日本ももちろんダメージを受ける。しかし日本では天才政治家小泉純一郎と天才経済学者竹中平蔵が奇跡の日本経済大復活を成し遂げるまで約13年間経済が低迷した。しかし、その間、日本はただの不況を味わったにすぎなかった。せいぜいが、あの赤木智弘の手記を面白おかしくネタとして消費する程度の不況を味わったにすぎなかった。中国ではそうはいかない。平和で天下泰平な日本と異なり、中国では暴動が頻発するだろう。騒乱は幾度となく起きるであろう。赤木君が望む「戦争」は日本では起きなかったが中国では起きる可能性がある。

あと、断っておくが、投資というのは「大人」が行う「ゲーム」である。くれぐれも自己判断、自己責任でお願いしたい。投資に失敗したからと言って、政府や新自由主義や、本書の書評を書いた私を責めたりしないように。投資に失敗した場合、悪いのは誰でもない。全部「お前」が悪いのである(笑

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岡田語り。

2012/02/13 18:06

岡田克也、なかなかの見識を持った政治家とお見受けした!

6人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 岡田克也氏のブログ「Talk about」に掲載された文章に大幅に加筆修正を加えたもの。上記著作に比べ、岡田氏の考え方や政治信条が、より具体的に分かりやすく記載されている。

【日米の密約問題】
 「密約」の問題を勉強していく中で、当時の岸信介総理や佐藤栄作総理の悩みや苦悩をうかがい知ることが出来た。国民を欺いたことは事実ですから、全面的に肯定することはできません。しかし、当時の日本が置かれた状況の中で、ぎりぎりの決断を迫られたということは言えると思う。
 岸総理についていえば、改定日米安保条約の締結時に、朝鮮半島有事の際には「事前協議制度」の対象にしないという密約があったことが判明した。60年安保の時には、国論を二分する大変な騒ぎになった。岸総理としては、従来の安保条約があまりにも片務的で、日本がいわば一人前の国家として扱われていないという中で、日本から米軍が発進する時には、米国と日本政府が事前に協議する制度を取り入れようとした。しかし、当時の日本とアメリカの力関係、そして当時の朝鮮半島の状況を考えた時に、朝鮮半島有事については例外だという「密約」を結ばざるをえなかった。もしこの例外を結ばなければ、改定日米安保条約に「事前協議制度」そのものを入れることが出来なかったかもしれません。
 佐藤総理の「核の再持ち込み密約」も「核抜き本土並み」といって沖縄返還を実現したわけですから罪は重いとは思います。しかし、この「密約」がなければ果たして沖縄は返ってきただろうか。当時まだベトナム戦争が続いていましたから、沖縄は米軍にとって非常に重要な存在であったことは間違いありません。朝鮮半島情勢も含めて、極東の不安定性の中で「いざというときには核を再び持ち込むことはありうべし」でないと、沖縄は返ってこないという状況に置かれた時に、こういう「密約」ということになったのだと思います。そこに当時の佐藤総理の苦悩があったことは、少なくとも我々は分かっていなければならないと思います。

【アジアの時代の到来】
 21世紀はアジアの時代です。これからの時代、たとえば2050年あたりを見たときに、世界の三大大国が中国、アメリカ、インド、順番もおそらくその通りでしょう。なかには経済規模で中国に抜かれつつあることで悲観的になる人がいますが、心配する必要はありません。日本と中国の経済規模が同じだといっても人口が10分の1なのですから1人当たりでいえば、まだ10倍の豊かさを日本は持っているわけです。
 アジアの時代の中で特に日本が考えなければならないのが、アメリカとの関係です。アメリカという存在があって初めてアジアの時代に背骨が入るとでもいいましょうか。まず安全保障面からいえば、アジアの中には政治体制が違う国があり、欧州におけるNATOのような集団安全保障体制の構築は非現実的です。日米同盟がしっかりと機能することこそがアジアの時代を作る為には是非必要なことです。もうひとつは自由と民主主義という価値。日本自身の経験から見ても、その成熟の為にはある程度時間をかけなければなりません。そのことを前提とした上で、自由と民主主義という普遍的な価値を実現していくことに、日本が重要な役割を果たすことがアジアの人に希望を与えると思うのです。

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平和の代償

2010/07/30 18:20

菅直人総理が首相就任演説で本書に言及したので、30年ぶりに本書を書庫から取り出し再読してみた。あの当時において、ここまで骨太な議論を展開して左翼に毒された日本の言論を正すべく啓蒙活動に邁進された永井教授の勇気とエネルギーに改めて敬意を覚えると同時に、現役で法学部に入学した直後、わずか19歳で本書を読破した私は、つくづく偉大な青年だったんだなあ(栴檀は双葉より芳し!)との思いを強くする(笑。

6人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本書を最初に買ったのは、今から30年前の昭和59年1月17日。私が大学一年の時である。当時はまだまだサヨクの影響力が強く、非武装中立を掲げる日本社会党が最大与党として国会で偉そうにしていた。岩波の腐れ雑誌「世界」に蟠踞する「進歩的ガクシャ(丸山真男、都留重人、鶴見俊輔、小田実、坂本義和、関寛治ら)」が垂れ流す腐れ政治論に飽き足らない中央公論社の高梨茂、粕谷一希が、図に乗って調子こいてる「岩波文化人」に天誅を加えるべく発掘しぶつけたのが、本書の著者永井陽之助ら現実主義者の学者群である(他の私が敬愛してやまない高坂正堯京都大学教授、中島嶺雄東京外語大学教授、神谷不二慶応大学教授、入江昭シカゴ大学教授らがいた)。

本書の奥付を見ると昭和42年1月初版で、私が購入したのは昭和51年2月の第19版となっている。初版から10年以上の命を保って、かつ19版。この手の硬派な書籍にしては異例の人気を博した本と言い切って良いのではないか。調子こいたド左翼が垂れ流す反米音頭に飽き足らない「心ある知識人8これには当然私も含まれる」」が当時から結構いたことがこれで証明される。

本書は中央公論誌上に発表された三本の論文「米国の戦争観と毛沢東の挑戦」「日本外交における選択と拘束」「国家目標としての安全と独立」をまとめて掲載したものである。最後の論文は、ド左翼が蟠踞していた日本の論壇を、その根底から揺さぶった2本の論文に対し「政治的蓄膿症」なド左翼学者が寄せた「反論」を、それこそナイフでバターを切るようにスパスパと切って見せる再反論論であり、前二者とは、やや趣を異にする。

本書のタイトル「平和の代償」について永井教授は「この世で美しいもの、価値あるものも、何らの代償なしには何ものも得られないという素朴な日常的英知の再確認にほかならない」とあとがきに書いている。日本には、ド左翼を中心に、いまだに「国家ぶら下がり健康法」を決め込む無責任な輩が多い。寺島実郎は「ベルリンの壁崩壊による冷戦の終了で、その存在意義を完全に失ったにも関わらず、いまだに日米安全保障条約にしがみつく安保屋たちの放つ腐臭には耐えがたいものがある」などと言って、軍事力を急速に増強し、アジアにおいてその露骨な政治的軍事的野心を隠そうともしない中国の存在を完全に黙殺した間違った分析を前提に、日本の安全保障政策の柱石足る日米軍事同盟を、その根底から揺さぶろうとしたことは記憶に新しい。この手の日本を取り巻く現実を無視した空理空論を論破し、リアルな外交政策を打ち立てるべしというのが永井教授が放ったメッセージなのである。

本書にはいま読み返しても「鋭い!」と思わずにはいられない数々の論考がある。例えば、

「一国の外交政策は、その国民の多年にわたる社会生活、国内の政治的経験の投射である」
「日本は、現在なお、半主権国家であり、国際社会における意思決定の完全な主体(独立国)とはなっていない」

毛沢東の世界革命路線の行き詰まりを分析した論考も鋭い。
「(毛沢東中国の世界戦略は、世界の先進国と後進国の所得格差が増大することを見越し)その落差から生じるエネルギーに、世界革命の源泉を求めている」「しかし、後進地域もやがては経済的に発展し、経済的政治的安定を求めるようになる。こうなると政治的経済的混乱を志向する毛沢東の戦略は、行き詰らざるをえない」「国際共産主義運動は、国境を越えたインターナショナルな階級愛と大衆運動で結ばれることを欲している。しかし、毛沢東の世界戦略は、インターナショナリズムではなく土着の(中華)民族主義を基礎に置いている。この毛沢東の中華民族至上主義そのものが、中国の世界革命の最大の障害になる」「なぜなら周辺のアジア人は中国からの革命の輸出は、中国によるアジア支配の恐怖に直結するからである」「中国は、米帝国主義を世界民族共通の敵に祭り上げようとしたが、毛沢東が鼓舞する中華民族主義は、周辺国をして中国自身に対する警戒と憎悪を掻き立てざるをえない」東南アジア諸国連合は、反中華主義と中国による東南アジア共産化の試みを阻止することを目的に作られたし、中国によるインドネシア政府転覆の試みは9.30事件という激烈な中国人皆殺し事件という形で報復され、その後マレーシアではブミプトラ政策という名の中国人経済権益剥奪政策として結実した。

米国に対する論考も面白い。「日米の友好関係は、英米関係ほど自明でもなければ、なんらの相互努力なしに達成しうるものでもない」「日本人の対米依存は、ほとんど無意識の世界にまで達していて、それが時々一種の反抗心を激発するらしいのだが、どうせ米国は日本を見捨てはしないとか、米国に対してはごねるほど得だという安心感の上にアグラをかいて、国家間の関係が冷たい利害打算のうえに成立しているギブ・アンド・テイクの関係であることを忘れている人が保守・革新問わず日本には意外と多い」「大東亜戦争に何らかの意義があったとすれば、それは太平洋という海洋を挟んで相対峙した二大海軍国が、心から手を取り合うために支払わねばならなかった巨大な代償であったという点に求められる」「われわれが常に留意しなければならない国防と外交の第一原理は、アメリカを敵に回してはならないということである。この根本原理を忘れるならば、あの太平洋で散った英霊の死は、それこそ犬死になる」「強大な海軍力を誇るアメリカこそ、日本にとっての最大の脅威であり、これを敵に回したとき、日本は最もダメージを受ける。これを妄想と笑う人は、米帝国主義などと、口先でいうだけで、心の底から米国に依存し、安心しきっているお人好しであることを自ら暴露している」

どうです。ずしんと臓腑に沁みわたるでしょう。そして非武装中立論を掲げる日本社会党をあざ笑うかのように「現在の革新陣営における基本的なディレンマは、日本国民の中にある戦争に巻き込まれたくないという孤立主義的なムードと、自己の犠牲や努力で自国を防衛することを厭うムードの間にある矛盾をついに解決していないことである」と断定している。本書が描かれてから30年後の1997年、村山富市首相は自衛隊合憲論に舵を切り、クサレ政党日本社会党は解体の憂き目にあったのである。

最後の極めつけはこれだ。「正義より平和を上位の価値にすえざるをえない深刻な苦悶を味わっていない平和主義者は、いまなお平和より正義を上位の価値におく素朴な革命主義者とともに、真に20世紀を生きる人間ではなにのである」

本書を沖縄の反米主義者にこそ、読ませたい。

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なーんだ

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世界中のセレブ、大金持ちと付き合った外務省の元キャリア外交官が伝授する「24時間でお金持ちになる方法」とは何かと思って、期待に胸膨らませ本書を購入した。しかしその内容は、「寝る前にワールドビジネスサテライト含む相場ニュースをチェックする、朝起きたら6時からのモーニングサテライトをチェックする、昼休みに東証の前場情報をチェックする」ことなんだそうな。これで金持ちになれたら世話ないのですが、正直非常に失望しました。相場で儲けるには先を読み、機関投資家の先回りをすることが近道なんですが、原田さんの方法は基本的に全部相場の後追いなんですね。これじゃあ、24時間どころか24年たってもお金持ちにはなれないなと溜息をつきながら本書を読了しました。

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