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グリーンドルフィンさんのレビュー一覧

投稿者:グリーンドルフィン

なるほど、これが文章を書くコツか

10人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

今まで文章を書く時は、何となくカッコつけて、横文字とか難しい漢字を散りばめておけばハクがついていいんじゃないかと思ってました(浅はか)。でも全然違うですね。わかることが第一条件。論理が明確で要旨がきちっと伝わればいい。特にビジネス文書においては、カッコよさげな外見より、相手を説得させるに「伝える」ことを最大限に意識するほうがいい。そのためには「コツ」が必要。それがまさに「わかりやすく」書かれている。この値段ですから、超お買い得な一冊です。

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紙の本人名字解

2006/11/02 10:06

一般読者を忘れない視線に感謝

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

漢字研究の第一人者・白川静先生が亡くなられたとのこと。ご冥福をお祈り致します。
思えば漢字などに少しの興味もなかった私が、その面白さに目覚めたのは白川先生の『漢字』を読んだ十年ほど前。その後、『字統』のようなすばらしい大辞典を手に取るにつけ、学問というものは知識と直観を極限まで働かせてようやく成るものなのだなとしみじみ痛感したものでした。
白川先生のすごいところは、前人未到の領域に踏み込みながら、一方では常に一般の読者の目線に立てることです。講演会では先生一流のジョークも連発して会場を沸かせておられましたね。漢字が現代の我々の生活の隅々にどんな役割を担っているのか、それを豊富な知識を背景に平易に語ってくれる。イマジネーションの世界と生活世界が固く結ばれているのです。若いファンがどんどん増えていくのも当然でしょうね。
そしてこの『人名字解』はその最たる例です。名前とは、その人の一生を決める出発点のようなものだと思うのですが、白川先生は人名に使われる漢字をいちいちその起源まで遡行して、その奥行きの深さを実感させてくれるのです。この本のページを眺めていると、字の意味が楽しそうにダンスをしているように思えてくるのです。ああ、この躍動感の中で人の名前が生まれ、人の一生に賑わいを与えていくのだな、と思うと、とても不思議な気持ちになります。読んで楽しいばかりでなく、常用漢字の一覧表がついていて、実用書としてもこの上なく便利ですよ。
一家に一冊、常備しておきたいものです。

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紙の本まんげつのよるに

2005/11/30 19:43

救われた想いがしました

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

終ったお話とばかり思っていたので、続編が出ると聞いて嬉しくなりました。すばらしい作品であるには違いないものの、前作のラストが絵本にしては余りに悲しいものだったので救われたような想いがしましたね。これで全国の子供たちも納得でしょう。
本来「食べる/食べられる」関係の種族のヤギのメイとオオカミのガブ。群れからも追われ、果たして友情を結び続けることができるのか? この難しい問いが児童書の中でストレートに問われるというところに、日本社会の変化を感じます。この本を読むことによって、大人の私たちも子供たちと一緒に、「理解しあうこと」の尊さを学ぶべきでしょう。
とりあえず、メイもガブも生きていましたよ!
そして友情と信頼はますます固いものになりました。
ネタばれになるのでここまでしか書けませんが、あの過酷な状況からどのように希望への一筋の光が見えてくるのか、とても見ものです。是非お子さんと一緒に胸をドキドキさせながらページをめくってください。
それにしてもあべ弘士さんの挿絵はやっぱり迫真性がありますね。映画もあべさんの絵を生かしたものだったらよかったのになあ。

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紙の本ドラッカー20世紀を生きて

2005/08/30 17:22

教養人としてのドラッカー

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この本はドラッカーの意外な一面を見せてくれる。彼のマネジメントの本を読んでいると、彼がウィーン出身者なのだということを忘れてしまうが、この「私の履歴書」にはヨーロッパの豊かな文化・思想状況を享受しながら独自の思想を発展させていったのだということが克明に書いてある。ドラッカーは、文化人との交流を盛んに行う知的な家庭環境の中で育った。何と、あのフロイトと握手したこともあったという。
ドラッカーは、個人対個人、企業対企業が激しい競争を行うポスト資本主義社会を早くから予言していたが、その根っこにはウィーンの経済学者で「イノベーション」の概念を唱えたシュンペーターの影響があるように思う。我々は競争の原理を説かれるとついアメリカ企業のやり方に起源を求めてしまうのだが、それはドイツ=オーストリアをはじめとするヨーロッパの20世紀前半の思想家たちの議論から始まったのだということを忘れてはならない。
そして記者になってヒトラーに取材して、ナチスの恐ろしさに震撼した体験談も興味深い。ドラッカーは競争は肯定しても、力で他を殲滅していくことは肯定しなかった。労働者が「知識労働者」に進化して、自由な発想で主体的に仕事を行っていくことを望んでいた。労働者の知的自由の重要性を強調するドラッカーの考えは、ナチへの反発から生まれたものなのかもしれない。
後半の、GEでの活躍ぶり以降はもう周知のとおりだが、彼が日本びいきになったきっかけが披露されているのが面白い。ドラッカーは日本画が大好きだったのだ。初来日の目的も日本画を見ることにあったという。この辺り、日本人としてとても嬉しいことである。奥さんとの出会いから結婚に至る話も初々しくてよい。
全体として、広く社会や文化を視野に収めての企業論の展開は、ヨーロッパの文化人としての教養の基盤があってこそ成すことのできたものなのだということが、実感できた本だった。
最高のドラッカー入門書の一つとして推薦したい。

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紙の本十字軍物語 2

2011/03/25 19:55

塩野七生はやっぱりすごい

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

あの大作『ローマ人の物語』のあとどうするんだろうと思っていましたが(笑)、やっぱり塩野七生はすごいですね。キリスト教圏とイスラム教圏の今日に至る対立の根の深さがこのシリーズを読みとよくわかります。今回はイスラムの勝ち。ですが、だんだん目的を超えて、戦いのための戦いにはまっていく様子が何だかこわい。そして戦いの陰で損得勘定をする奴ら。現在の国際情勢のことを考えながら読むと面白さ倍増です。

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紙の本怪談

2011/07/25 01:53

シュヴァンクマイエルが発見した『怪談』の新たな側面

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ラフカディオ・ハーンの不朽の名作『怪談』と奇抜にしてグロテスクな造形で知られるアニメーション作家シュヴァンクマイエルの出会い。この本の企画を知った時からワクワクしていたが、実際手に取ってみて、予想以上の出来栄えに驚いている。
何より、シュヴァンクマイエルの手加減のなさ。少しは日本情緒を取り入れてエキゾチックな魅力で勝負するかと思ったが、全くその気はないようだ。彼が採用したのは、コラージュの技法。母国チェコの歴史・民俗的なイメージに、日本の妖怪画・幽霊画を取り入れるというやり方だ。ちょっと見ただけでは、どの作品のどの場面の挿絵なのかわからない。ホフマン的なイロニーを含んだ、乾いたユーモアが支配的なのである。
これが一体、あの『怪談』なのか?という疑問がムクムクと沸いてくるが、しかし、待てよ。ヨーロッパ出身のラフカディオ・ハーンには、案外、日本の怪異の物語はこんな感じに映ったのではなかろうか。私たちは、「小泉八雲」のこの名作を、しとしと・じめじめした短歌的抒情のフィルターを通して受容し、何の疑いも持たない。だが、西洋人であるハーンは、彼にとって未知のものである日本文学を、まずは彼が昔から親しんでいた西洋文化の文脈で読み解くしかなかったのではないか。それはとても自然なことだし、二つの文化の衝突が醸し出す緊張感こそが、『怪談』の真の魅力かもしれないのだ。西洋人であるハーンが抱いていたに違いない反近代主義の思想を、普通、日本人は『怪談』の中に見出すことはない。だが、シュヴァンクマイエルは目ざとくそれを嗅ぎつけ、的確に視覚化したのだ。
訳は定評ある平井呈一訳。格調の高さと読みやすさが同居して、文句なし。文化史の傑作「虫の研究」が収録されているのも大きな魅力だ。

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紙の本岡本太郎爆発大全

2011/05/15 20:49

本来の意味での「自己啓発書」

3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

これはすごい。
生誕100年を記念して出版されたとのことだが、収録された絵やオブジェは「巨匠の作品」という感じが全然しない。良い意味で「重み」がなく、自由な「軽さ」が爆発している感じだ。初期のシュールリアリズム風なものから後期のアクションペインティング風のものまで、まとめて見ると、既に知っている作品が結構あったにもかかわらず、改めて衝撃を受ける。外見はいかにもその都度その都度行き当たりばったりに作ったように見えながら、底の方には非常に一貫したものが流れているのがわかる。
芸術表現は、見る者を、そして創作者自身を、絶えず挑発するものでなければならない、という考えが一貫しているのだ。
「行き当たりばったりに作って、人を挑発する」ことを常に行うために、彼は厳しい修練を重ねていたことであろう。
彼の絵は、色や線がダンスをしているような、極めて動的な印象を見る者に
与える。人の心の奥から生まれて別の人の心の奥に侵入し、かき乱す、、その過程を含めたものが表現なのであって、完成された作品自体は、表現の一部でしかない、そんなことを訴えているかのようである。

太郎の絵には訴えたいもので溢れている。その「溢れ」がそのまま視覚化されて、筆舌に尽くしがたい「美」を産む。

そして、このままではいけない、限界を越えよう、といつのまにか自分に言い聞かせてしまう。
この一冊は、美術書というよりも、本来の意味での「自己啓発書」と言うべきなのではないだろうか。

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紙の本オジいサン

2011/03/25 20:01

京極夏彦が「老人小説」を!

3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

京極堂シリーズしか知らない人は京極夏彦の本当のおいしさを知らない。『冥談』や『厭な小説』や『死ねばいいのに』といった異様なコンセプトの作品群に驚いていたら、今度は「老人小説」ですか? たまげました。全編引退した70代の男の独白で、特に大きな事件は起きません。でも面白い。ドキドキする。読みながら、70代の男性の頭の中という、バーチャルな世界に踏み込んでいく感じがします。テーマ的には穏やかですが、小説としてはギラギラしているんじゃないかと思いますよ。

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超一流の人の努力

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この本を読むと、超一流の人というのはどういう努力をしているかがよくわかります。私にはとても真似はできません。四六時中仕事のことを考えていて、仕事をすることが好きで好きでたまらない人には参考になるでしょう。そういう人は、ちょっと大きな会社なら一人はいます。そういう自覚のある人は読むべし、読むべし。

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大人もまた子供である

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ロシアやチェコのアニメーション映画が最近よく上映されるようになってきた。歓迎すべきことだろう。日本のアニメ・ファンが、ディズニーや宮崎駿の精緻な作品だけでなく、東欧のアニメ映画の手作りのお菓子のような素朴な味わいにも高い評価を与えたことは、すばらしいことだ。ロシアをはじめとする東欧のアニメーションには、人と人との温かな交わりを、じっくり手間をかけて繊細に描いたものが多い。とりわけこの童話を原作としたアニメ『チェブラーシュカ』を知らぬ者は、ロシアには誰もいないのだという。

熱帯の森からオレンジの箱に間違って詰め込まれてロシアにやってきた分類不能の動物チェブラーシュカ(ころんでばかり、の意)。見知らぬ国で右も左もわからないこの小さな動物と知り合ったワニのゲーナ(昼間は動物園で見物される“ワニ”として働いている気のいい奴)は、一緒に生活し、世間を学ばせようとする。ところが、彼もそうそうしっかりした常識的な大人ではない。正義感は強いが、おっちょこちょいで毎日てんやわんやが起こる。チェブラーシュカはつぶらな瞳をぱちくりさせながら、周囲が繰り広げるドタバタに巻き込まれていく。

子供は子供であるが、大人もまた子供が単に育ったものに過ぎず、権威を振りかざせるような存在ではない、とこの作品は読者に気づかせてくれる。大人は当然子供たちを導かなければならないが、人間は等しく未熟な故に、みっともない事態にも陥る。だが、数々の失敗を収拾するのは不完全な人間同士の愛情の輪であり、それには大人も子供もない−この愛すべき平等性が、『チェブラーシュカ』の一番の魅力のポイントなのだと思う。

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紙の本巨象も踊る

2003/01/14 01:31

「実行」について考えさせる名著

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「わたしは本を書くタイプの人間ではない」「わたしは地味な性格である」と自認するガースナー会長。しかし彼の取った粘り強い行動に、同じく派手な自己アピールの苦手な日本人も共感するところが多いだろう。
彼は、IBMのCEO就任への打診を受けた当初は、頑固に固辞し続けたようである。IBMは93年当時苦境に陥っており、絶滅寸前の「恐竜」と評されていた。しかもガースナー自身、情報技術に関する専門知識はほとんど有していなかったという。
しかし就任した彼の変革のスピードは速かった。地域ごとのセクションに細かく分かれていた組織を一体化させること、社内政治を排して社員が必要な議題に対して直接話し合う気風を作ること(付録として、ガースナーが社員にあてて送った感動的なメール文が載っている)、採算の取れるビジネスモデルの再構築などなど。だが、わたしが読んで特に印象に残ったのは経営方針としての「手続きよりも原則を重視する」ことと「戦略以上に実行を重視する」ことだった。
組織が巨大化してくると慣例ができ、細かい規則が多くなりがちである。それらを守ることを第一義に考えていると、顧客へのサービスや市場の分析について考える時間が制限されてしまう。また、実行も遅くなる。この「実行が遅くなる」ことは、彼の考えでは致命的なことだ。多くの企業がしのぎを削っている現在、全く独自の戦略を開発することは極めて難しく、かつリスクも高い。業績の勝敗を分けるのはむしろ日々の実行にある、というのだ。企業人は徹底して「外向き」でなければならないとい哲学が底流にある。顧客に対し一時でも速く、少しでも多く、目に見える形で働きかけること。それは必ず信用を作り、利益を生む−勤勉を美徳とする日本人にはぴったりの指針ではないか。

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紙の本日本経済不作為の罪

2003/01/10 01:22

日本経済の実像を知るための教科書

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この本は「日本国民」であれば誰もが読むべき本ではないかと思った。この本が経済について格別斬新な知見を披露していると言うつもりではない。目が覚めるような景気回復の処方箋を示しているわけでもない。ただ、現在出版されている書籍の中でこの本ほど、日本経済の天候の様子をクリアに映し出しているものはないと感じられるのである。まるで人工衛星が撮った気象の写真のような鮮やかさ。日本という国に利害を持つ者−その大部分は当の国民だろうが−はとにもかくにも、飛ばし読みでいいから目を通しておいて損はない。

  著者は日経の編集委員。大風呂敷を広げない替わりに、資料を集め、細かな数字を拾い、現場をレポートする力には長けに長けている。基本的な主張はこうだ。日本の政治経済におけるいわゆる「失われた十年」説は本当だった。日本政府は民間企業でしかない大手銀行やゼネコンと癒着し、その利益を盲目的に優先する構造を作ってしまったがためにそれらをコントロールする力を失い、金融や産業の改革の必要を感じながらも改革に踏み切れなかった。また、対外的には、アメリカの政治的経済的方針に盲従する政策を続けてきたがために、アメリカが陥ったバブル景気や外交的苦境の罠にことごとく嵌まる破目になってしまった。

  要するに、日本の政治経済のリーダーたちが内外の圧力に対して右往左往するばかりで主体的な行動を取ることを怠ってきたツケがいかに大きかったか、ということである。こんなことは誰もが感じていることではあるだろうが、個別の具体的な例証・数字を基にして問題を根本から考え直すことはやはりプロにしかできない。その意味で極めて貴重な「経済の教科書」と言うことができると思う。それにしても良薬の何と苦いことか−。

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紙の本待つこと、忘れること?

2003/01/09 02:38

食べる頭と読む舌と

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 金井美恵子と言えば、凝りに凝った文体と構成を備えた前衛的な作風の小説家だ。虚構意識が強く、この人の手にかかるとどうということのない日常的な場面さえもが妙に現実離れした気分を湛えることになる。だから金井美恵子が「食」をテーマにしたエッセイ集を出すと聞いて「いったいどんなものになるんだろう」と興味津津だった。「食べる」という行為は、生活における「必要」と「快楽」という、相反する面を代表するものだからだ。果たして、その期待は裏切られなかった。

  ここで描かれているのは中年に達した作者と画家である姉・金井久美子(この本のイラストを担当している)の、食を中心とした生活ぶりだ。とりたてて贅沢でもなく、かといって質素でもない。だが、「ごく平均的な暮らしぶり」というのでは、絶対に、ない。そう、いかにも淡々とした日常的な日常を描きながら、「平均的」とか「ごく普通」とかいう概念を徹底的に排除しているのだ。味わうべきものをしっかり味わうためには、素材とは何か、調理とは何か、食べる場とは何か、を知らなければならない。作者は味覚を満足させるに至る過程を細かく細かく定義していく。「食」はいつしか「言葉」の領域に入り、様々な文学作品が引用され、味覚の満足が想像力の満足と不可分な関係になるところまで行き着く。だが、想像力のほうも毎度毎度、余りにも具体的な料理の個別性を基点にして羽ばたく。「こう」したら、「こう」おいしく、「こう」幸せになった。淡々と暮らしているように見えながら、金井姉妹は実は日常生活の果敢な冒険者たちであったのだ!

  かくして残り物の料理を混ぜ合わせてカレーをどぼんとつぎ込んだ一皿が「フェニックス(不死鳥)風カレー」と名づけられ、作者及び読者の、舌と頭を楽しませることになるのである。

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