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  3. 爪子姫さんのレビュー一覧

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先月(2017年6月)

爪子姫さんのレビュー一覧

投稿者:爪子姫

17 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本ごあいさつあそび 改訂版

2003/02/02 14:31

声色をつけて読み聞かせ

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

『いないいないばああそび』を保育園で見て、大きくてはっきりとした絵柄と、楽しいしかけに、これはいい! ほしい!と、書籍検索をしてみたら、同じシリーズの本がたくさん出ているのをみつけました。
『いないいないばああそび』のときは手の形のしかけで、顔を見せたり隠したり。
他の本にも同様の意匠のしかけがついていて、同じキャラクターが登場している様子。

よくよく考えて、一冊目は『ごあいさつあそび』これにしました。
ページいっぱいのことりが、ねこが、いぬが、そしてかいじゅうが(!)、ぺこりとおじぎして「こんにちは」。
うちの子はまだしっかり喋れないですが、絵を「こんにちは」とおじぎさせてやると、最後のところだけ「わぁ」と一緒に声を出します。かいじゅうさんの声はちょっと低めに出してやると、真似して「がぁ」と低い声を出します、これがまたかわいくて!!(笑)

次は誰かな?と言いながらページをめくると、子の目は本に釘付けです。

家の玄関で、尋ねてきたみんなを主人公の「ゆうちゃん」が出迎えます。そこだけしかけがちょっと違います。「ゆうちゃん」をうちの子の名前に変えて、ページを見せてやりました。その子供の絵にも興味を持ちました。手を伸ばして、自分でしかけをめくりたがります。

本に登場する“ごあいさつ”は、「こんにちは」だけではなくて、最後のページに一気に出てくるのですが、子供はそこにもちゃんと目をとめて「ばいばい」といったり他の言葉を言ったり、しています。
次はどれを買おうか考え中…

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紙の本ヘルタースケルター

2003/12/18 17:32

女の欲望と強さは、世紀を超える。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

岡崎京子初心者です。『PINK』は友人に薦められて読みました。知人がファッションモデルを辞めた噂話をしているときに「『ヘルタースケルタ』ーの世界だものねえ」と言うのを耳にしてこの作品の存在を知りました。

特徴ある描き方がなされています。これは作者の持ち味なのでしょう。説明に頼らず、ネーム運びはぶっきらぼうに見えます。説明なしで状況から気配をかんじさせるものだから、その状況のヤバさかげんが、直接感覚に訴えてくるのだと思います。時々入る突き放したようなナレーションも、効いてます。

あとは、描かれている舞台およびテーマのすさまじさに尽きると思います。

舞台が、主人公の心理が、わたしたちの実生活に繋がっています。りりこの欲望は私たちの欲望そのもの。美しくなりたい、注目されたい、邪魔するものは攻撃したい、弱いものはいじめたい。負けるのは怖い、醜くなるのは怖い、忘れられるのは怖い。
また、りりこの追い詰められるのを加速していったのは麻田検事の存在だと思いますが、麻田の調べている事件は、昔、健康な女性の子宮全摘出を多数やってつかまった産婦人科医の話を思い出しました。

それから、狂気の描き出し方。麻田の「やっと逢えたね タイガー・リリィ」という初対面の言葉から麻田がりりぃの心に住むようになり、大量の証拠資料を持参して一連の事件の証人になることを依頼されて、りりこは麻田が自分の過去を(すべてを)知る人間だと認識してから、妄想シーンが2度描かれています。薬の副作用か禁断症状かわからないがこの、りりこの妄想が、最もすごい。そして美しい。これはもう実物を見てもらうしかないです。

最も印象に残る言葉はこれでしょう。
「スターというものがしばしばきわめて興味深くあるのは/スターが癌と同様 一種の奇形(フェノメーヌ)だからです」
そしてこれがわたしたちの日常とマンガの世界を隔てている一枚の壁。りりこの強さは私たち、少なくとも私は持っていない。整形手術の後遺症が現れて絶望するとき、金持ちの恋人が別の女性と結婚を決めたとき、りりこは泣き崩れて、そして、さらに強い心をもって立ち上がる。巻頭に置かれた言葉「最初に一言 笑いと叫びは良く似ている」の言葉を実践するのです。『風とともに去りぬ』のスカーレット・オハラを連想しました。

彼女を立ち上がらせる力は、常軌を逸していると思います。デブでブスの過去がマスコミに暴かれても、非合法美容クリニックの「治療」をやめて全身にケロイドが現れても、りりこは、負けを認めないのです。
ラスト、りりこは記者会見の場で美しい姿で自殺を図るが果たさず、姿を消します。死ななかったのは彼女の意志なのです。控室にて激しい頭痛に悩まされながら、「ああ もう死にたい/でもここで 死んでたまるか」と、りりこは考えています。この強さは何だ。りりこはやはり、そのありようがいかに不自然であっても、スターの気質を持つ女として描かれているのだと思いました。りりこは死んでいない。ラストで、新しい生活を営んでいるりりこの姿が、ちらりと、描かれています。この作品の後味が悪くないのは、このラストがあるからでしょう。何やったって生きてるものが勝ち。自分で生きたいように生きたものが勝ち。そういわれたような気がします。

この作品の最大の功績は、りりこというキャラクターが描きあげられたこと、でしょう。がんばれりりこ。なんて私が声をかけると「お前なんかに言われたかねーんだよ」とぶっとばされそうですね。

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恋愛にもっとも大切なのは、自分に正直になることだと教えてくれる短編集

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

女性マンガ雑誌「フィール・ヤング」「コーラス」で人気の やまじえびね の短編集。全9編。
巻末の「僕の小さいルナ」を除く8編は、恋の物語。

恋愛という人間関係の局面における人の心の繊細な振れがやさしく描きあげられた、良質のラブストーリー群である。そのことはあとがきで作者も述べているが、あとがきを参照するまでもなく、作品から充分感じ、そして楽しむことができる。

シチュエーションはさまざま。
表題作は、女性同士のカップルの間にひょんなきっかけから飛び込んできた1人の女の子から見た、二人の関係を描いている。全てが同性愛を描いたものではなく、男女の物語もある。街で出会って、ほとんど言葉も交わさないうちに心が通じて、部屋で逢瀬を重ねるようになった若者と女の子の夢のような話、などなど。

音楽を聴くシーンがよく登場する。
実在する音楽作品のタイトルが登場するが、実物を知らなくても聞いている登場人物の表情や描かれている背景などから、その場面に流れる空気を感じ取ることができる。

恋愛小説に比べた恋愛マンガの優位性がここに現れていると、ふと思った。
空間を絵で見せることによって、時間的な「間(ま)」をも読者は直に受け取れる。
もちろん、その「間」の描写には、ジャンルを問わず作者は心を砕くものだろうが、文字のみの場合いったん頭の別な回路を通して理解して「間」を自分なりに再構築する必要があるところを、マンガによって絵と最小限の言葉で表される「間」は、読者の感覚に直接届く。そんな気がする。

フキダシの外に置かれる文章は抑制が効いている。評者の好きな文章をひとつ引用する。

「彼が/わたしを/描く//鉛筆の/走る音//ときどき/ナイフで/削る音//わたしは/2時間/動けない//でも/見える//まぶたの/うしろに/ガラス玉//糸に/通して//長く/長く//長く//長く」(「じゅずつなぎ」より)

そして、この作者の特徴である、整理された線で描かれた絵と、正直に自分の内面を語り合う素直な登場人物たちは、この短編集でも健在である。

先に、2003年10月発行の短編集『夜を超える』の評を書いたが、本書は2003年5月発行。
無論筆者はこの作者のファンなのでどちらも大好きなのだが、本書のほうがより人当たりがやわらかいというか、多くの読者に受け入れられやすい、言い方を変えれば洗練された内容といえると思う。この作者が現在進行形で雑誌に書いている作品などから入った人の入門書として適当かと思う。

以下余談かも。マンガの短篇は、発表作全てが単行本化されるとは限らない。この本には10年前の短篇も入っている。また、巻末の「僕の小さいルナ」は子育てをするアーティスト夫婦の日常を描いた短篇だが、5年前、わたしはこれが読みたくて、しかし雑誌を手に入れることができなくて、国会図書館まで読みに行ったのだった。単行本に収録されてよかった。やまじさん、まんが家をつづけていてくれて、ありがとう。

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紙の本夜を超える

2003/10/20 10:45

美に殉ずるものたちの物語

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 『LOVE MY LIFE』そして『インディゴ・ブルー』で女性同性愛を真摯に描いてブレイクした作家の短編集。
 帯文松浦理英子。装丁がいい。様々なスタイルで描き出された、美に殉ずるものたちの物語が、9編、収録されている。
 しかし、デビュー当時からのやまじファンとして、今回は少々偏った文章になることをお許し願いたい。
 ついに出たか!というのが、正直な感想なのだ。
 あとがきにもあるが作者のデビュー誌は「LaLa」である。シンプルな構図、大人の心理を繊細に描く現在の作品とは少々異なる、少女もしくは少年と美の世界がLaLaでは展開されていたのだ。そうした作品群のうち、LaLa増刊「Short Stories」に掲載された3作品が、この短編集に収録されている。
 特に巻末の「キュールとカルト」は、恋愛と美とのかかわりを描いて何度か試された類似の作品群(コミックス等未収録)の完成形といえる。
 当時の作風は、ストーリーもさることながら、登場人物の心理描写と構図、この二点に創作のモチベーションが集約されていたと見える。
 長篇を書くようになって、構図至上主義的、つまり過激に美しいコマが見られなくなってきているのが少々寂しい。特に、この本の巻頭に収録されている、松浦理英子の「乾く夏」を原作とする「夜を超える」は、その点からいうと、私には大いに不満である。描き足りないと作者本人があとがきで述べているが、そういう問題ではない。作者が原作から感じ取ったであろう美が、絵に描き出されていない。書き直しはなされないであろうから、作者と原作の出会うのが早すぎたことを嘆くしかあるまい。
 ただ一点のみ、ラストに現れる老婆の笑顔。あれはよかった。とりはだがたった。
 初出が「フィール・ヤング」の短篇は全て初見だが、「封印」がよかった。絵が美しい。この文章で主張している美と愛をよく表している作品といえる。

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★5つつけたがいわゆる逆選と取っていただきたい。

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 きっかり二時間で、読み終えた。
 日本の若者に広がりつつある無自覚なナショナリズムの現象を指摘し考察する内容の本。たくさん寄り道しているように見えながら、結論へ向けて話は加速していく。「それで?」「それで?」とページをめくる手が進む。

 カバー裏の紹介文が簡潔なので引用する。

  W杯サッカー、内親王ご誕生、日本語
  ブーム等、ポップで軽やかに“愛国心”を
  謳歌する若者。米国テロ事件、欧州極右
  の台頭等、世界情勢が混迷する中、この
  「愛国ごっこ」の次に来るものは何か?

 著者は精神科医である。上述の現象指摘の後、第二章では、エディプス神話が日本で崩壊しているとの指摘がきて少々驚かされる。それとナショナリズムとどうつながるのか不思議に思う。そして次の第三章のタイトルは「日本は『本当のことが言える国』か?」である。エディプス神話は日本において崩壊したのではなく、言い出せない状態なのだという。言いたいことを言うのが難しいから、日本人は代弁者を求めるという。「みのもんた現象」とは言いえて妙である。

 第4章はがらりと内容が変わる。日本において階級格差が広がっていることの検証である。つまり、このままいけば下層で抑圧された人々が黙っていないだろうということだ。
ここで本全体のテーマとつながる。ナショナリズムが悪いほうへ(ファシズムへ)傾かないとも限らない、気をつけろ!というわけだ。

 しかし。解決策は呈示されてはいるが、弱い。第5章では「愛国ごっこ」のゆくえとして三つのシナリオが描かれる。ひとつは鬱積したパワーを「祭り」で吸収する道。ふたつめは階級や社会システムから「降りる」道。みっつめは、実はみんな「ごっこ」なのがわかっていてそのうち覚めるだろうという道。これを書いている私には、二つ目が望ましいと思えたが、悲しいかな、サンプルに上がっているのがマンガ(しかも読んだことのない)であり、現実味を感じないというか、全く想像がつかないのである。

 結論。この本は危険な本だ。「きをつけろ、きをつけろ」は、「そうなるぞ、そうなるぞ」と表裏一体だ。肯定と否定が容易にひっくりかえることは精神科医の著者ならわかるはずなのに。著者は日本にファシズムを再興させたいわけではあるまい。なぜこんな警鐘ばかりの目立つ結末にしたのか。「こうしよう、こうしよう」と展開していただきたいと強く願う。時間がかかってもいいから、望ましい明日の日本社会像を描いた続編が、読みたい。

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セクシュアリティに名前はつけられない

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 やまじえびねの、女性の同性愛を題材にした長篇には、先に『LOVE MY LIFE』があるが、この『インディゴ・ブルー』はそれに続く作品である。
 前作が、設定やストーリー進行、絵の傾向などの面で、ハッピーなメルヘンの形をとっているのに対し、『インディゴ・ブルー』はより現実に近いドラマ仕立ての作品となっている。絵も、この作者特有の、少ない線で画面の空白を生かしながら美しく構成するタッチはそのままに、より劇画に近い味わいがある。
 ストーリーをみてみよう。
 主人公の中川留都は、女性に恋をした経験を心に秘めている新進小説家。編集者の恋人、乾龍二がいて、仕事の上でも性生活の上でもうまくいっているように見える。友人の紹介で矢野環に出会い、心を動かされる。「行動を起こすときがきたのかもしれない」。環も留津に一目惚れだった。留都は長篇の連載を始める。主人公は、男性の恋人と女性の思い人の間で揺れ動く女性。現実の留都と龍二と環の関係に似ている。執筆と並行して留都は、龍二との関係を続けながら、環とつきあいはじめる。それぞれの存在を隠して。ある日偶然がもとで龍二の存在が環に知られ、環は離れていく。悩み苦しんだ末、留都は決断する……。
 全編を通して流れるのは、人と人とが互いに心を開いたときに生まれる機微、といえよう。人が出会い、互いの生き方や考え方、ひいては存在そのものと深くかかわり合う、短く言えば恋愛の楽しみと苦しみのエッセンス、である。男と女の仲かそうでないかは、社会がもしくは道徳が押し付けるマイナス要因として外からやってくる。本人達にとっては誰を愛し誰を選ぶかが大切なのだ。現に龍二は魅力的な男性として描かれており、さらに留都の本心を知った龍二の苦悩も読むものに痛いほどよく伝わってくる。そして、留都は、龍二とのセックスを自分の中で否定しないのである。この状況だけ見れば、留都はバイセクシュアルと名づけることができるようにも思えるが、そういう呼び方はなじまない。
 環は「私はレズビアンという生き方を選んだ」と明言している。その、レズビアンという生き方については、特に享楽的な面は、描かれることはない。この文章を書いている私は、同性愛の人たちの恋愛ってどういうものだろうという興味本位で読み始めた部分がないでもなかったのだが、人間について、愛について深く考えさせられて、少々手痛いしっぺ返しをくらった。
 これは、留都が「ありのままでいられる自分を取り戻すため」の経験を描いた、恋愛の物語である。恋愛に同性愛も異性愛もない、全ての人がそれを受け入れる時代はまだ来ていないが、この物語のような出来事は、ごく近い将来身近に起こるかもしれないと思った。いや、私が知らないだけで、既にこういう生き方や出来事は身近にあるのかもしれない。

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紙の本あなたは絶対!運がいい

2004/05/31 11:19

不思議なテイストのすごい実用本

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 一口に言えば自己啓発本。人生をいろんな意味で上向き(幸せに、と言っていいかも)に生きるとはどういうことか、が、書かれている。

 さらりと口当たりのよい、読みやすい本。B5190ページ、わりと大きめの文字で行間も広く、大事な言葉は太字でしっかり主張していて。しかも、論理が貫かれている。それは、「○○学に基づく」でもなく、「××教の教えにしたがって」でもなく、「▽▽会の活動の中で出会った人たちを観察・追跡調査した結果」でもない。
 じゃあ何に基づいているか。
 24歳の女性の、経験、である。

 要約を試みる。心の中のプラスのパワーを溜めて自分の人間としてのプラスパワーのレベルを上げていくと、何がチャンスか、いつが静観すべき時期か見えてくる。そのためにすべきこと、努力と感謝(これこそプラスパワーを上げる最大の要素、と明示はしてないがわたしはそう理解した)とプラス志向。ことはこんなにも単純で、かつ難しいのだ。

 読みながら、この著者本人が、「この書き方で読者に伝わる、私の信じることを読者と共有できる」と信じながら書いている「プラスパワー」がびんびんにつたわってくる。よんでいてとてもいい気分になる本である。

 中にかかれていることは、本当に、一般的なことだとおもう。例えば、マタニティ食とかベビー食の本を買って通読すると、なんだ結局、栄養バランスのよさが肝心って所は一般的な基本と同じじゃないか、って思うことがあるが、それと同じ。私にも、こういう経験あったなあと読みながら静かに深くうなずいていた。

 著者自身の手によるへたうまほんわか調のイラストと図示(!)も味があっていい。


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これは!「巨人の星」以来のスポ根劇画だ!!

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客観的に言えばバレエマンガです。宮本すばるという少女がダンサーとして成長していく過程を描いた大河ドラマです。これを書いている現在11巻が最新刊ですが、そこまでの構成をおおまかに書いておきます。本文中に「××編 完」という記述がときどきありますが、章立ては柔軟なようなので、作中の記述を参考に独自に書きました。

●1巻〜3巻 第一部
 子供時代からバレエダンサーとして技術を習得する過程。
●4巻〜5巻 第一部
 ローザンヌ・バレエ・コンクール出場。
●6巻〜7巻 第二部 「職業舞踊手編」
 奨学金を得てバレエ学校に入学する資格を蹴ってニューヨークに渡り、システロン・バレエカンパニーという小さなバレエ団に入り、そこに居場所を得る。刑務所の慰問公演という過酷な場(なぜ過酷かは本編を読まれたし)で公演を行い、プロとして観客にバレエを見せることの意義を掴み取っていく過程。
●8巻    第二部 「職業舞踊手編」
 世界を代表するダンサー、プリシラ・ロバーツとの出会い。
●9巻〜11巻前半 第二部 「職業舞踊手編」 「ボレロ編」
 「ボレロ」という作品の公演を同じ日時に別の劇場でプリシラと行う(対決)ことになる。その過程。
●11巻後半 「イノセント・ワールド」
 すばる初めての恋愛。そして合衆国を去る。

総論。
1.絵の迫力に圧倒されます。荒っぽいという印象が残らないでもないですが、私はこのくらい荒いほうがよいと思いました。なぜならバレエ(ダンス)は踊り手にとって決して奇麗事ではないことが、ダンスを知らない読者にもこれで伝わって効果的なのではないかと思うからです。
2.よく取材されています。たとえば、バレエ「ドン・キホーテ」を「ドンキ」と略すのはバレエ関係者および愛好者しか知らないことだと思います。
3.登場人物の心理・行動に説得力があります。善人は奇麗事だけ行ってるわけではない、敵役にも行動に必然性がある、それがドラマをより良質なものにしています。
4.そして、つまるところは漫画、もっといえばおとぎばなしです。
 16歳で世界的に有名な作品の主役の振りつけをあらかたマスターする才能が実在し得るかどうかは疑わしいところですし、本人の努力の過程は最小限しか描かれていないとしても、成長の早さ、ストーリー展開の、描かれている時間に対する速さが、速過ぎます。だからこそ興奮して読める物語だともいえます。「普通なら1年半」とか「普通なら一ヶ月」とかいう言葉が、すばるの会話の相手からときどき言われますが、「そんなに待っていられない!」という激しさで、実際に一年を半年に、一ヶ月を一週間に縮めて生きている、そういうキャラクターです。

個々のエピソードに関する評は、それぞれの終わった巻のところに順次書いていこうと思います。

ひとつ心配事があります。11巻の終わり方が、そこで完了しても文句は言えない形になってます。そしてスピリッツでは休載中。アメリカを制覇したんだから次はヨーロッパに行くしかないですよ。
作者が取材中であること、そしてさらにスケールの大きな展開を見せてくれることを願ってやみません。

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いまのアメリカ合衆国とイラクとの関係をみていると、

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1996年末に発行されて1997年に人気を博していたこの本を、2003年のこんにち再び読み直す意義は大きい。読み終えてそう思った。

精神科開業医の立場から書かれた、人間のもつ邪悪性に関する本である。
著者を患者として訪れる「邪悪な」個人から話は始まる。
国家および人間集団が見せる邪悪性へと話がすすむ。
一見飛躍が大きすぎるように見えるが、この本が結論として主張していることを考えると、個人と国家の両方から人間を見ることは必要だったと納得できる。

難しい本である。この文章を書いている私が理解したところを簡単に整理してみる。

邪悪とは。人間のナルシシズムと怠惰に基づくものである。
邪悪は。嘘にはじまり、嘘につきる。
邪悪な人は。自分の欠点や抱え持つ問題点から目をそらし、責任を他者に転嫁する。
邪悪でなくなるには。自分の問題に立ち向かい、学習し成長すること。それは苦しい作業である。苦しみに耐える力を持つことで人は人らしく生きられる。

殺すのは人間だけではない。しかし殺すか殺さないかを選ぶのは人間だけである。
自由意志と訳されていたが、恣意というほうがわかりやすいかと思った(といっても原書を読んでいないのでそんなこという資格はないが)。
人間だけが持つのが、この自由意志である。
自由意志を持って、人間は善だけでなく悪も選ぶことがある。
前述のナルシシズムと怠惰が、その選択に影響を与えるとき、人は邪悪になる。

結論は、とても抽象的である。はじめから著者は自分がキリスト教に帰依していることを明言しているが、結びもとてもキリスト教的に見える。
しかしこの本のほとんど結びに近い部分で引用された「ひとりの年老いた聖職者の言葉」は、たいそう示唆的であり、異教徒(といっても私はふつうの日本人的無宗教者だが)にも理解可能に見えた。

大切と思うので、引用部分の全部を孫引きする。

  「悪に立ち向かうにはいくつもの方法があり、悪を征服するにはさまざまな方
  法がある。しかし、そうした方法は、いずれも、悪を封じ込める唯一究極の道
  は、意志を持った生きている人間の内部で悪を窒息(ちっそく=原文ルビ)さ
  せることだ、という真理の一面を示しているにすぎない。意志をもった生きて
  いる人間のなかに、あたかも海綿が血を吸収するように、あるいはその心臓に
  やりが突き刺さるように悪が吸いこまれたときに、悪は力を失い、それ以上生
  きつづけることができなくなる」
                  (第6章より。改行位置は変更しています)

それまでの展開のなかで、悪を破壊しようとしてうまくいかなかった話がいくつか紹介されている。上の引用は、悪は外在化して破壊するものではなく、人間の中へ吸収消滅させるものだと言っていると私は理解した。それは納得できる考えだ。

国家の、もしくは集団の邪悪を防ぐには、ひとりひとりの人間が悪の性質を理解して自分の中から悪を消すこと。これが必要なのだ。

この文章のタイトルは、もちろん1996年に翻訳出版された本書と直接関係するものではない。しかしいまを生きている私には深く関係することだ。
わたしたち日本人が合衆国の行動を止めることは、極めて難しいだろう。
しかし日本がなそうとしていることから目を離さずに、「民意」と異なることが行われようとするときには異議を唱えること、そのあたりから始めるべきなのだろうと、思った。

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紙の本いないいないばああそび 改訂版

2003/02/02 14:06

保育園のゼロ歳児クラスで、

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うちの子の参観日にはじめてこの本を見ました。
本人に気づかれると子供の普段の姿が見られないので、少し離れたところに隠れてそっと様子をのぞきます。保育室の一角で、先生がこの本を持ってすわり、読み聞かせが始まりました。
そのときこの本を見て、まず驚いたこと。

絵が大きいんです。動物の顔がはっきりしているんです。

本のサイズは、今測ってみたら、21.7cm×18.6cmありました。赤ちゃんに持たせる本としては、やや大きめのほうに入ると思います。そのページいっぱいに、動物の顔がひらきます。4メートルくらい離れた場所から、「あ、顔」とすぐ認識できました。色もきれいですし、それ以上に描線が太くしっかりしているためでしょう。

そのはっきりした動物たちの顔を、手の形に切り抜かれたページでかくしたり開いたりして、「いないいないばあー」を見せるわけです。手も顔に合わせた大きさです。先生の読み方も楽しそうで上手でしたが、見ている子供達、言葉のたくさん出ている子もまだ少しの子も(うちの子も含めて)もいっしょに「ばあー!」と声を出していました。

同じ日の面談のとき、「あの本いいですね」と担任の保育士さんに言ってみると、「そうでしょう、あの本は大人気で、みんながさわるからぼろぼろになって、セロテープで修理してあるんですよ」と苦笑いしていました。
これは買いだと思いました。

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恋する肉体 処女歌集

2003/01/09 11:08

女のセックスライフはこうじゃなくちゃ。

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 性愛を題材とした短歌集である。本文に入る前に周囲からせめてみよう。
 カバーには横たわる背中の写真が大きく印刷されている。表紙にはとがった肩。裏表紙にまわると腰から先の曲線が美しい。そして巻頭と巻末に、著者のポートレートが、着衣、脱衣、同一ポーズで掲載されている。やや伏し目ながら強い視線の、端正な姿である。
 あとがきをよむ。…そうだこの人、女優だった。エロ歌人、エロ歌集、そういう名前で評判になったという話は聞いたが、要するにこれは女優である著者が身体を張って提唱する、ひとつの性愛の形なのだろう。
 さて、そこまで全て忘れて本文の短歌を観賞する。
 むむ、これはポルノグラフィーではないぞ。もちろんそれを期待していたわけではないが。この語彙の豊富さはなんだ。著者は身体で遊ぶことと同じくらい、いやそれ以上に、言葉で遊ぶことを知っているようだ。

   拒むのは立前(ポーズ)本音は両肢(りょうあし)の付け根の唇(くち)がペラペラ喋る

 隠喩が多い。隠喩であからさまな表現を避ける姿がつつましいとは言わない、そうではなくて、隠喩でエロティックな場面が、豊かになっている。

   軋んでる私の錆びた蝶番油を挿してあなたの舌で
   動かずにじっとしていてわかるでしょ? アナタの先端(さき)に寄せるさざ波

 性交の場面ばかりではなくて、そこに至るかけひきの場面なども描かれるが、描かれているのは恋愛というよりは夜遊び。いや男遊びというほうが正確だろう。

   目が遇(あ)って遣ったり受(と)ったり二つ三つ容易(たやす)いことよあとは寝るだけ
   目を閉じて舌を絡めてふと気付くあなたの顔が思い出せない

 かよわい女、しとやかな女、受身の女、一般的に殿方が好む(と思われる)女性の姿はここにはなく、あるのは、積極的に性愛を楽しむ、たいそうアグレッシブな女性の姿である。小気味よい。たまに本気になりかけてちょっとセンチになる部分もあったりして、女としては実に感情移入しやすく、また読んで楽しく、スカッとする歌集だった。
 こういう本がもっともっと出てきたら、暗い時代も笑い飛ばして楽しく毎日を過ごせる? ちょっと大げさかな。

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紙の本求愛瞳孔反射

2003/01/07 14:55

異次元恋愛踏絵詩集

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 恋愛詩集です。おんなのこの得意分野ですね。私もおんなのこのはしくれ、勇んでよんでみました。

 冒頭の作品のタイトルは、「チョコくッキ」です。
 これは危ない。
 思いつめています。
 僕とあなたとひらがなとカタカナの区別がつかないくらい思いつめてます。
 ええー大丈夫かい応援するからがんバレー、とこっちもつい取り乱して知らないうちに感情移入しつつ続きを読みます。
 「速達」押印時無呼吸ですか。しかも首脳陣の考えた性戯ですか。
 思いつめているだけでなくどうも住む世界が違うのかもしれないと思いながら先へ進みます。
 なんだ、ふつうのデートの詩もあるじゃないか。コーラに輪切りレモンが入っていても恋愛に支障はありません。先へ進みます。
 思いつめているといっても、この恋する人に害はないのです。
 花束抱えてあのひとの部屋のドアにたっても、魚眼レンズから瞳孔反射が見えますかと問い掛けることしかできない(しかも私が推測するに、たぶんその問いかけは心の中だけでぐずぐずとつぶやかれただけでしょう)。
 いまどきのストーカーならドア蹴破って花束ごとあのひとを抱きすくめるくらいしてみなさい、とついけしかけたくなりますが、そこまではしないのです、しない性格なのかしない世代なのかはわかりません。
 恋愛詩集ですから性愛も出てきます。しかし獣姦ですか。しかもたいへんいさましく行進しながら行き着くところはきみの寝顔を、見る。おそらくきみに手はださないのでしょう。こうなるとそろそろ「いくじなし」という言葉を浮上させてもよさそうです。
 きんさん亡きあとのぎんさんに不凍液を注入すると本当に雪道に強くなるのでしょうか。気が利いているようでずれているようにも思えますが私には経験のないことなのでなんともよくわかりません。などなど毒を含んだ発想がさりげなくみえかくれしています。その毒が決して愛する人に向けられないのも、なんともいじらしいところ。

 まとめましょう。
 思いつめていて勇ましくて意気地がなくてズレていてときどき普通に幸せで。
 そうか、幸せって普通だったんだ。

 などなど考えながら読み進めるのに、さほど時間がかかっていないことに気がつきました。言葉がなめらかです。というかリズミカルです。とことんとんっと鼻歌交じりに、気がつけばなんともおかしな世界にどっぷりひたっていました。むむ。作者の策略は読者が思う以上に巧妙なのかもしれません。
 
   ねえ、君
   僕をみつけて  (「おねがい」)

 うんとうしろのほうにこういうフレーズを見つけました。
 恋愛詩集と言いながら、恋愛が描かれていながら、恋愛じゃないものも描かれていながら、この一冊には「僕をみつけて」とすべての読者に懇願する作者のたよりなげなすがたが見え隠れするようです。
 さて彼の恋愛は成就するでしょうか。引き込まれてしまった以上は応援するしかありません。がんばれ僕。

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紙の本いいおへんじできるかな

2003/03/07 15:54

近所でママ友達と一緒に見てみました。

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「『ごあいさつあそび』」は上から下へめくったけどこれは下から上へめくるのね

「このピィちゃんの口、かわいい!」
「下向いたあかんぼの顔って、くちがとんがっていて、ほっぺがまるくて、かぁわいいんだよねぇ」

「しかけページ、頭の丸いのもかわいいよね。」
「(なでなで)」
「あんた何やってるの(笑)」
「えへへ(笑)」

子「はーい」

「あ、人間のページでへんじした。○○ちゃーん」

子「はーい」

「ママのページはいまいちかな」
「『いないいないばああそび』のときのインパクトはないかな」
「文章もちょっと無理があるかも。でも遊ぶときは関係ないない」

子「がおー」

「かいじゅうさんだね。動物たちの出てくる順番とか本の構成はだいたいシリーズ共通してるんだね。」
「犬と猫の順番が逆のもあったよ」
「そうだった?気にならないや」
「でもチャトラ猫の名前がミケは猫好きの私にはちょっとだわ〜」
「じゃあ読むときトラちゃんに名前かえちゃえば?」
「そうしようっと」

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え〜っ、あの人があの人だったなんて!!!

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 アニメから入り、コミックスに最近はまったクチです。これを書いている現在(2003年10月)の最新刊のところに書きます。ちなみに少年サンデーの連載を立ち読みする習慣はありません(笑)。

 しかし、書くのが難しいコミックです。ミステリーであり、長篇ストーリーであり、それ以前に漫画である。つまり、魅力を紹介するときにネタバレがどこまで許されるか難しいところがありますね。

 一般的に「名探偵コナン」全編について。本格ミステリーです。キャラクターにだまされてはいけません。主人公が、薬で7歳くらいの身体にされた高校生探偵であるという奇抜な設定に胡散臭いものを感じていたので今まで手を出さなかったのですが、読んでみてびっくり。これはお子さまの読み物じゃないですよ。特殊な状況下で殺人事件が起き、限られた容疑者の中から真犯人とトリックを見破っていくという、ミステリーの常套(と思われる)プロセスは、各話必ずついてきます。

 ミステリーは小学生の頃怪盗ルパンや名探偵ホームズにはまりましたがそこまでで、深い知識はないですが、かなり本格的なミステリーだと思います。はっきりいって私のお粗末な頭では、解けない謎ばかりでした。特に暗号はもうお手上げ。

 次に、漫画です。謎が解けなくてもマンガを楽しむことはできるというわけです。小学生、高校生、大人、犯罪者、悪人、善人、ほんっとにさまざまな人間が生き生きと描き出されていて、ちょっとラブコメの味付けもしてあって、たくさんあるエピソードのひとつを読むだけでも楽しめます。私のお気に入りは灰原哀ちゃんと毛利小五郎のおっちゃん。

 そして、私はこれが最も気になるんですが、長篇ストーリーでもあります。短い話を積み重ねながら、これからどうなるの?といつも心に気がかりが残ります。主人公の江戸川コナンの正体は、高校生探偵工藤新一。黒ずくめの服の男たちの犯行現場を目撃したために怪しい薬を飲まされてお子さまの身体になるわけですが、その男たちと背後の組織をつきとめてもとの身体に戻るために、毛利探偵事務所に身を寄せて、彼らの手がかりを求めて様々な事件にくびを突っ込むというのが大きなストーリーです。目撃者として殺されたはずが、飲まされる薬を間違えて子どもになっているので、新一は捜索されています。正体がばれないように身を隠しつつ、組織に近づいていくサスペンスの要素も含み持った作品なのです。

 この42巻は、そのストーリーにかなり大きな進展がある巻といえます。その内容は書きませんが、抽象的な感想を言えば、そういう展開になるとは予想もつきませんでした。伏線が些少すぎるのではないでしょうか、と言うのは負け犬の遠吠えなのでしょうね、きっと。また、ここに至って、ある種の人物像の描き分けが出来ていないことが、大きな謎解きの妨げになっていると感じました。まあとにかく、読後のひとことは、「え〜っ、これじゃあわからないよ!!」でした。

 で、その後、以前にあったはずの伏線を探して旧巻をあさりまくったことはいうまでもありません。(笑)見直しても思う、やっぱりちょっと無理があるんじゃあないかなあ。でも話は佳境に入ったとはいえまだ続きます。今後の展開は見逃すわけにはいかないのでした。

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豆しばのねぇこれ英語で言える?

2009/08/03 21:51

ねえ知ってる? 豆しばは『サラダ記念日』を「俳句集」って言うんだよ。

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タイトルに記載の間違いが看過できないのでとりあえずここに投稿。豆知識の本でそれはないでしょう。別にうたよみの身になれとはいいません、でもブームのキャラを使った知識本で間違いを日本中にばらまくのはいかがなものかと思います。

豆しばはネタ的には大人向けでもキャラクターは小学生に大人気です。しかも版元は学研。影響力の大きさを版元も著者も編集者も自覚してください。これでまた「短歌?ああ知ってる、575ね」「俵万智さんって俳句書く人なんだよね」という人が増えるのでしょう。しかも、「学研の本に書いてあったよ」という確固たる自信を持って俳句と短歌を混同する人が何万人か増えるのでしょう。
重版時訂正じゃ間に合わないと個人的には思います。今すぐ正誤表を全国の書店に配布してください、学研さん。

さて内容。豆しばが好きで英語が好きな人には基本的にとても楽しめる本です。新ネタ満載。電車で読むのは危険です(笑)。ノンブルが、変わったところにふられてるなあと思ったらページの隅には枝豆しばがいました。こういう細かい遊びも好きです。上記の間違いで☆一つマイナス、それから、対訳英語の中に首を傾げてしまうものがいくつかあったのでもう一つマイナスで、3つとしました。

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