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先月(2017年1月)

踊るらいぶらりあんさんのレビュー一覧

投稿者:踊るらいぶらりあん

3 件中 1 件~ 3 件を表示

大噓新聞

2002/01/29 20:55

ウケを狙うならここまでやれ

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 インターネットから生まれた、いわゆる「ウソ」の本である。表紙は「大嘘新聞」という新聞紙を括った写真がデザインになっていて、中身は新聞切り抜きの形を取っている。全ての記事は4月1日付になっていて、4月1日(エイプリルフール)付の新聞から切り抜いたという体裁になっている。けっこう芸が細かい。
 タイトルの「大嘘新聞」とは、もともと「光デパート」氏のホームページ「大嘘百貨店」中にある名物コーナーである。したがって「光デパート」氏が編集長、「やゆよ」「義眼」両氏が特派員、「佐野祭」氏が新聞小説担当作家という設定になっている(らしい)。「佐野祭」氏の小説は、なんだか清水義範あたりが喜んで書きそうな「ことば」をめぐる不条理が次々と出てくる。「義眼」氏による瞬間芸の集大成「料理豆知識」「新年度特集・試験に出るアメリカの地図記号」などは、新聞のパロディとしてはどうかと思うが爆笑必至の面白さである。
 記事とその署名をよく見ていると、それぞれ書き手によって“最初からありもしない大会などをでっちあげる”「光デパート」氏、“既存の団体や制度などをうまく使ってゆがんだ記事を書く”「やゆよ」氏に“書き出しはまともなのに途中からだんだんねじれていく”「義眼」氏と、ウソの傾向というか作風があるのに気がつく。読む人によってそれぞれ笑いのツボにはまるウソ作者がいるに違いない。「とりあえず笑いたい」という人におすすめだ。

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紙の本イグアナくんのおじゃまな毎日

2002/01/29 21:01

ほろ苦いユーモアが◎

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 十一歳のお誕生日にプレゼントとしてやってきたのはイグアナだった。
 物語はいきなり「プレゼント」と「イグアナ」という意表をつく組み合わせを用意して、ほろ苦いユーモアを含んで始まる。家はちょうど<カイチク>してエアコン付きのサンルームを作ったばかりで、イグアナをくれた親戚はパパの勤める学校の理事長である。「やる」と言われて断れる状況ではなかったことを、十一歳になったばかりの主人公はさらりと語る。
 語り手かつ主人公の少女はクールである。というか頑張ってクールであろうとするおっちょこちょいである。「プレゼントに恐竜なんか欲しくない?」ときかれて、うっかり「生きてるのなら欲しい」と言ってしまってから「バッカみたい」と後悔するタイプだ。クラスメートの男の子がちょっと気になって、朝は眠いからイグアナなんかのために早起きするのはもったいなくて、命を大切にしましょうなどということはこっぱずかしくて言えないような、ごく普通の小学生だ。だから主人公はイグアナなんかいらない。パパもイグアナの面倒なんか見るのは面倒くさい。ママはトカゲのたぐいが大嫌いである。わざわざ飼われていながらこれだけ家族じゅうから疎まれるペットも珍しいのではないか。
 家に来たとき、このイグアナには「ティラ」(ティラノザウルスの意らしい)というカッコよさそうな名前がついていた。しかし主人公は、嫌いな人から押しつけられたヘンなイグアナを、そんないい名前で呼んでなんかやらない。こんなヤツは嫌いだ、世話するのなんかイヤだ、だからこいつの名前は「ヤダモン」だ、と不思議な三段論法を振りかざしてヘンな名前で押し通す。主人公の持っているユーモア感覚には、少し毒があって面白い。
 イグアナは熱帯の動物である。だから気候の合わない日本で育てるのは難しい。温度管理と餌の調合がちょっとでもうまくいかないとあっさり病気になって死んでしまう。言葉で言うのは簡単だが、これがなかなか手がかかる。しかももともと欲しくて飼いはじめたイグアナではない。たちまち家族じゅうがネをあげた。イグアナが起こす事件はどれも些細で、それだけになんだかせつない。本当にタイトル通りのおじゃまな奴だ。ごく普通だった家族が、たかがイグアナのせいでキリキリ舞いさせられていく様子を、主人公は精一杯クールっぽく語る。イグアナをめぐる不協和音が最高潮に達したあと、物語は急速に穏やかな雰囲気を取り戻す。この呼吸が実にうまい。しみじみと主人公に向かって(イグアナに向かってかもしれないが)「よかったねぇ」と言ってやりたくなる。
 物語の終盤に出てくるのだが、本当になついたイグアナをお腹に乗せて眠ると見られるらしい「緑の夢」というのがすばらしく圧巻である。実にのどかそうで楽しそうで、こんな夢ならば、ひとつ現実逃避に見てみたいかもしれないと思わせる迫力に満ちている。現にこの夢を見た主人公も主人公のパパも、とても幸せな気分になったそうだ。いいなぁ。
 だからって私自身がイグアナを飼おうという気は起こらないけれども。

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紙の本花見川のハック 遺作集

2002/05/15 10:15

血肉はぎ取るように書かれた物語

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

サブタイトルに「遺作集」とある。その通り、単行本は著者が亡くなった直後に出版された。彼の生前に書かれた他のどの作品よりも、自己投影の色合いが濃いように見える。著者自身も、死期が近いであろうことを意識していたと思わざるを得ない。
実は私は、単行本が出たときに一度この作品集を読んでいるのだが、あまりにも似通った作品が多いのが鼻について、そのときはこの本の良さが理解できていなかった。稲見一良の魅力を理解するのは、それなりに人生経験を積んだ大人にしか無理なのかもしれないと思う。
稲見一良の作品を読むにあたって、作家本人についての予備知識があるかないかで、読者の受け止め方は大きく変わってくるに違いない。大阪生まれでテレビ番組制作などに関わってきた人で、肝臓ガンの宣告をうけた後に執筆活動に入った。主に鳥を獲物に狩猟をよくする。1994年にガンでお亡くなりになった。
ガンの摘出が不可能だと知ったあとでデビューした作家は、文字通り血肉はぎ取るように執筆していたのではないかと想像する。だからこの人の構築する物語世界はどれもこれも、著者の体験に基づいた、著者にとってなじみ深い世界であり、描かれる男たちはみんな著者自身である。たとえ舞台がアメリカの森であっても、登場人物がアウトローの殺し屋であっても。登場人物の一挙手一投足、どれをみても読者は彼らの後ろがわに著者本人の姿を透かし視るはずである。
 最後に収録されたわずか2ページの掌編「鳥」は、小説というよりは辞世の句と言った方がふさわしい。一読して涙する人もいるに違いない。

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