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レビューアーランキング
先月(2017年6月)

notmolyさんのレビュー一覧

投稿者:notmoly

8 件中 1 件~ 8 件を表示

確信犯的妄想のリアリティ

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

宮崎駿は、確信犯的作家である。
本業の映画にしてもそうだ。
「なんだこりゃ? ○○じゃんか!」
とか思って、あとでパンフを読み返してみると、冒頭の解説で本人が「いけしゃあしゃあと○○をやりたかったのである」などど、しっかりコメントをしている。
そんなことは、百も承知なのである。
しかもそれを、あけっぴろげに肯定して恥じ入るところがない。
ずるいのだ。
この本も、いきなり「宮崎駿の妄想ノート」「資料的価値はありません」等々の確信犯的宣言から始まっている。
おまけに、登場人物はドイツ兵もロシア兵も全員ブタ。
「すげえ、強そう」「ティーガーっていうんだよ」
などと、第二次大戦の熾烈な東部戦線で、遠足に来た子供のような会話が交わされる。

にもかかわらず、描かれた若きドイツ戦車の苦闘の戦記には、ただならぬリアリティがある。
もちろん、れっきとした本物の戦記が原作として存在するからでもあるが、やはりそれは宮崎駿のなみなみならぬ「妄想力」と、ヴィジュアリストとしての才能に負うところが大きい。
妄想も、ある才能をテコにとことん追求すれば、限り無く真実に肉迫するというお手本のような本だと思う。

これを読んでしまうと、スピルバーグの映画『プライベートライアン』もウソ臭く見えてしまう。
あのアメリカ軍が人道の名のもとに農家の末っ子兵士を救出するために特殊部隊を編成するなんて話の方が、タチの悪い妄想なのではないかと思えてくるのだ。

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善人は早死にする

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

タイトルの通り、ユダヤ人漫画家である作者が、アウシュヴィッツから生還した父親の話を聞きまとめた作品である。
物語の時間軸は、父親の回想と、話を聞く息子の現代における生活を行き来しながら、回っていく。

この本を読んで思い出したのが「善人は早死にする」という言葉だ。
とにかく、この父親はしたたかでヤなオヤジである。
収容所でうまく立ち回り、生きるために必要なものを、実に巧妙に手に入れる。
同じ収容所にいても、そこには一様の悲惨さではなく、平時の社会と同様の、「格差」が生まれるのだという現実が、ここには描かれている。
貴重な記録であると思う。

さらに衝撃的なのは、現代において、この父親が黒人への嫌悪感を露骨に表す場面だ。
「信じられないわ! あなたがそんな人種差別を口にするなんて!」
という、作者の妻のセリフは、そのまま読者のものであろう。
しかし、作者はその事実を隠すことなく、オブラートに包むこともなく、そのまま描き出している。
やがて、日本でのほほんと暮らす自分自身も、この父親を責める言葉を持ちえないことに気づく。

「平和」「平等」「人種差別」。
こういった聞きなれた言葉の意味が、自分自身と世界の現実の間で、かい離を起こしているのではないか?
そんな疑問を突きつけてくれる本である。

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紙の本ジュラシック・パーク 上

2003/03/18 17:36

アイデア勝ちの全世代向けジュブナイル

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

あまりにも有名な映画原作であるし、どんな物語なのかも特記する必要はないだろう。
これはもう、クライトンのアイデア勝ちである。
アイデアとは、「琥珀に閉じ込められた虫から恐竜のDNAを取り出す」ことでもなければ、「カオス理論をダシにしてシステム崩壊の様を描き出す」ことでもない。
それらのネタを「恐竜のテーマパークを舞台にした冒険活劇小説」に仕立て『ジュラシック・パーク』というタイトルを冠したことである。
厳密には、ジュラ紀をはずれた生き物の話でありながら、音感優先でつけられたこのタイトルだけで、もう本書の「勝ち」は決まったようなものだ。
「そんなこと、ネタを知ってれば誰でもできる」などと、後からどうこう言ったところでコロンブスが草葉の陰で笑うだけだろう。

かといって、本書がそれだけのものかと言えば、決してそんなことはない。
「さて、今日はこの章で終わりにしておくかな」と思っていても、ついつい「もう一章、もう一章」と、読者をぐいぐい引っ張っていく力は、さすがである。
サスペンスの盛り上げ方もいい。
映画にはなかったが、恐竜のカウントプログラムを単純に反転させるだけで、パークの異常があらわになるというシーンには、ぞくぞくさせられた。
「そんな単純な見落としがあるか」というつっこみもあろうが、現実に複雑なシステムが単純な見落としから深刻な事態に陥ったというニュースが後を断たないのも事実だ。
クライトン作品は、常に現実の風潮を味方につけている(ある意味ずるい)。

肉食恐竜が跋扈する血なまぐささを持ちながら、決して過剰さや下品さに堕することなく展開してゆく様からも、クライトンがこの小説をジュブナイルとして書き下ろしたことがうかがえる。
「子供と、かつて子供だった大人のために」
『ジュラシックパーク』は、コナン・ドイルが『ロストワールド』にこめた、全世代向けジュブナイルのスピリットを、正当に継承した一編であると思う。

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68kMacという底知れぬ迷宮の案内図

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

その昔…
一般ユーザにとって、パソコンOSの選択肢は「WindowsかMacか」ではなく、「MS-DOSかMacか」だった。
当時は、まじめにコマンドライン、キャラクタベースのMS-DOSが、操作性においてMacOSだけでなく、あまたのGUI(グラフィカル・ユーザ・インターフェース)より優れていると主張する論客がいたものである。
あの人たちは、いまも断固としてWindowsを使うことを拒否しているのだろうか…
とまあ、そんなことはさておき、本書はちょうどそんな時代に生まれたMacで、逆説的にコマンドラインバリバリのUNIX系OS、NetBSDを使うための入門書である。
(ちゃんとX Windowも付いてはくるが)

本書は、まず読み物として面白い。
筆者のBSD導入の動機(NeXT StepをMacで走らせる!)から始まって、古いMacユーザの琴線に触れるような記述が多く、68kMacに触れたことのある者なら「そうそう、わかるわかる」とノせられしまうこと必至だろう。
一方、入門書としてもちゃんとおさえるべきところはおさえられている。
特に、筆者自身が平均的Macユーザのスキルと知識というものをきちんと把握しているので、「ここはわかんなくてもいいからね」「とりあえずこれで先に行こうね」と、無駄のない展開で解説を進めていく手腕はさすがである。
気がつくと、68kMacを毒林檎に例える筆者の予言通り、BSD=UNIXの奥深さにハマって迷宮をひたすらもがき進んでいる自分に気付く。
とりあえず、必要なハードがそろっていれば、本書と付録のCD-ROMだけでX Windowまでたどりつけることは、私が保証する(もちろん、もっと先もある。私がグズなだけ)。

手許に、68kMacがころがっている人はもちろん、BSD=UNIXの世界に触れてみたい中古のQuadraなどを格安で手に入れてでも、本書片手に迷宮探索にのりだす値打ちはあると思う。
うまくいかなくても、大丈夫。
ほとんどの68kMacは、メーラー、ブラウザーとして、まだまだそれなりに使えるから。

(DOSマシンはどうなのかな…?)

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「死んだら地獄へ行くよ」

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下巻に収録されたエピソード「野分」。
これにつきる。
もちろん、他にも優れたエピソードは、『百日紅』には、多く収録されている。
「野分」に至る前に、それらを読んでおくことも、もちろん必須だろう。
それでも私がこの一編を推すのは、「野分」が『百日紅』全編…にとどまらず、杉浦日向子の漫画諸作品…を通して描かれている、江戸に生きる人々の「情」について、飛び抜けた表現力を持っていると考えるからだ。

葛飾北斎の娘、お栄には、歳の離れた盲目の妹、お猶がいる。
「野分」は、このお猶とお栄、その母と北斎の一時の交流を、穏やかな展開と、さりげないが味わい深い会話によって、深く描いている。
この、慈しみ、優しさはどんなに飾っても、これ以上心に染み入っては来ないだろう。
「漫画」という表現形態の、ひとつの完成形ではないかとすら思われる。

「かわいい?」
「かわいいよ」
「やさしい?」
「やさしいよ」
「ねえちゃん…」
「ん?」
「死んだら地獄へ行くよ」

こういうダイアローグを発想出来る杉浦は、まさに天才であろう。
つくづく漫画家としての引退が惜しまれるものの、その限られた創作活動の中にあるからこそ、「野分」はひときわ穏やかだが強い輝きを放っているのかも知れない。
ぜひ、この味わい深い「情」を描いた小品を堪能されたい。

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日本漫画における群像劇の到達点

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手塚治虫は、似顔絵がとてもうまかった。
人間の特徴をとらえて、少ない線に凝縮し、表現することにかけては、天才的な才能を持っていた。
単に、ヴィジュアルとしての似顔絵ではなく、言葉を話し、泣き、笑い、怒る人間の「様」をとらえて「漫画」として描き出すことにかけて、天才であったと思う。
『アドルフに告ぐ』で圧倒されるのは、そういう人間の有り様が、実にいきいきと、多彩さと豊かさをもって描かれているということだ。
それだけなら何のこともないように思えるが、『アドルフ〜』には、手塚が数十年に及ぶ漫画家キャリアを通して生み出し、幾多の作品に繰り返し登場させてきた、おびただしい数のおなじみキャラクターがいっさい登場しない(約2名の例外を除く)。
つまり、この作品に描かれた多彩な登場人物たちは、すべてこの作品のために新しく作られたキャラクターなのだ。
これは、すごい。
同じく晩年の作品『陽だまりの樹』にも言えることかも知れないが、『アドルフ〜』で描かれた、人種や社会的身分のバリエーションはけた外れだ。
とにかく、どんな小さな役柄のキャラクターも鮮烈な印象を残す。
主人公の潔白を証言するおばさん、ナチスのエージェントに協力を求められ「ハイル、ヒッタラー」を繰り返す駐在、神戸の町で半端者を仕切る「親分」、海千山千のUボート艦長…
これら、小さな役を与えられた人々が折り重なって、動乱の時代を舞台にしたこのミステリー劇に、圧倒的な厚みとリアリティを与えている。
それは正に「漫画」ならではの力である。
未読の方は、ぜひこの日本漫画がたどりついた群像劇の到達点を堪能してもらいたい。

個人的には、憲兵隊士官、本多大佐の造形に非常に惹かれた。
「由紀江さん、まことに失礼する…」
ラストのキスシーンは、手塚漫画屈指の名ラブシーンだと思う。

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紙の本レッド・マーズ 上

2001/05/06 00:43

骨太なSF大河ドラマ

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 大作である。アメリカ、ロシアの合同探検隊による火星探検から、数十年の時をかけて植民地がつくられ、やがて崩壊してゆくまでを、複数の登場人物(「最初の百人」と呼ばれる初代探検隊員たち)の視点で描き出す。読者は、火星の土の冷たさ、超高層を吹き荒れる風の強さ、何年も吹き荒れ続ける砂嵐の色を、実感しながら読み進むことだろう。
 ジェームズ・キャメロンの手で映像化が進んでいるそうだが、あまり期待できそうもない。なぜなら、視覚的に提示された映像だけでは、この小説が持っている実感が伴わないと思うからだ。『レッドマーズ』は、ひとつひとつの情景を火星自体のバックボーンと、それを見つめる人間のバックボーンの上に、複合的に描き出している。これこそ、正にSF小説の醍醐味、小説というメディアならではの楽しみだろう。
 植民地崩壊の過程で提示されるカタストロフ…特にSFファンにはなじみの深い、ある巨大建造物の崩壊は圧巻。
 登場人物たちが、これまたひと癖もふた癖もある人間ぞろいで、互いに互いを「しょーもないやつ」と思いながら、愛さずにいられないという様も、大人のエンタテイメントとして立派に出来ていると思う。特に終盤、意固地な女性地質学者とその夫が見せるドラマは感動的だ。日本人女性でヒロコという名の、『風の谷のナウシカ』を彷佛とさせるカリスマ的キャラクターも登場する。
 『ポセイドンアドベンチャー』にも似たハッピーエンドはやや安直にも思われるが、読みごたえという点では、間違いなくおすすめできる。

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紙の本エアフレーム 機体 上

2001/05/06 00:08

メディアvs専門性のドッグファイト

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 マイケル・クライトンといえば、最新科学情報をもとにしたエンタテインメント小説の巨匠であるが、彼の作品を面白くしているのはその「情報」を料理するための調味料として、それらに対するクライトン本人の明確な見解がスパイスとして効いているからだと思う。
 『エアフレーム』においてクライトンは、高度なテクノロジーに関する情報を、メディアが安直に伝達する危険性を訴えている。実際ほとんどの読者は、航空機一機の運行を支える責任が、いかに入り組んだ構造を持っているかに驚かされるだろう。飛行機の欠陥…それは(この本の根幹をなしている情報が真実なら)即航空機メーカーの責任ではないのだ。我々一般人はそれを知らないのは、メディアの責任であるという主張とともにクライトンは物語を展開してゆく。
 インターネットに極まったメディアの自由化は、逆に技術の専門性という牙城をおびやかしつつある。クライトンは本作で、この潮流に大きな疑問を投げかけているのだ。
 そうした現代的問題をリアリティをもってあつかいながら、物語の構造として善玉、悪玉がはっきりしているのもクライトン作品の特徴だ。悪玉はモラル的にとてもほめられた人間たちではなく、その報いを受けることで読者の溜飲を下げることも忘れない。最新の科学情報をあつかいながら、こうしたエンタテインメントの「お約束」を忘れないところが、クライトン作品の人気の秘密なのだろう。
 個人的には航空機業界の内情よりも、らつ腕キャスターのインタビューを控えた主人公に、対メディア戦で百戦錬磨という謎の女性が、簡潔だが完璧なレクチャーが行うくだり(下巻)が面白かった。このレクチャーは、覚えておくと読者にも役にたつことがあるかもしれないので、お楽しみに。

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