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ケルレンさんのレビュー一覧

投稿者:ケルレン

80 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本白の闇 新装版

2008/10/27 22:29

すべての人間が視力を失う恐るべき世界

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ある日突然、ひとりの男の目が見えなくなる。それも真っ暗闇ではなく、すべてが真っ白になって。彼を家まで送っていった男もやがて同様に視力を失い、彼が行った眼科医や居合わせた患者たちが次々に視力を失っていく。どうやら正体不明の感染症らしいということで、政府は患者を廃れた精神病院に隔離するが、感染を恐れ、手当てをする者も食事などの世話をする者もいない。満足な設備もない失明者だけの生活は、やがて地獄と化していく。

 サバイバル状況の中で人間のエゴがむき出しになり、動物と化していく物語はいくつもあるが、すべての人間が視力を失うという設定は、自分たちがいかに視覚に極端に依存した社会を築いているかに気づかされる。そして「見る」、「見られる」という関係性は、秩序を保つ上で非常に重要なのだとわかる。「見る」ことのできない生活は不便であろうが、「見られる」心配のない社会というものは凄惨である。

 著者は「想像力、あわれみ、アイロニーに支えられた寓話によって、我々が捕らえにくい現実を描く」作家として1998年のノーベル文学賞を受賞している。本書はまさに恐るべき寓話である。

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テロの増加はむしろ過激なイスラム主義の衰退を意味しているのか

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

イスラム主義と聞けば、最近ではついテロリストを連想してしまいがちで、民族衣装を着たアラブ人が武器を持って声高に叫んでいるイメージが浮かんでしまう。これが短絡的で歪められたものであることはわかっていても、多くの情報はタリバンやアルカイダ関連に集中してしまって、他の側面がなかなか見えてこなかった。頻繁に報道されるようになったテロ事件が、どれもこれもがビンラディンの仕業ではないだろうし、これらの背景はいったいどうなっているのだろうと思っているときに、この本を見つけた。

 本書は1960年代から現在までの各地のイスラム主義運動を総体的に分析している。そもそもイスラム主義運動が具体的な形をとって社会に姿を現すのは1970年代で、それ以前の大半のイスラム諸国ではナショナリズム・イデオロギーが支配的であったのだ。ナショナリズム運動はヨーロッパの植民地主義と戦って独立を勝ち取る。ところが独立国家はエリート主義、独裁主義的色彩を強めていく。これらに対する批判や不満がイスラム主義と結びついていくのだが、著者はその過程を、敬虔な中産階級と貧困都市青年層の二つの社会グループを軸に克明に説いていく。両方の支持を獲得したイランのイスラム主義革命は成功したが、他の地域では対立と分裂を繰り返し、大衆を動員する力を失っていった。現在では穏健派は民主主義への接近をみせ、一方で過激なグループは政治的に無力であるがゆえに暴力への傾斜を強め、国際テロに走るしかなくなっている、という。

 イスラム圏は中東だけではない。イラン、パキスタンはもちろん、中央アジアからマレーシア、インドネシア、そしてエジプトからモロッコなどアフリカへも広がる。そして近年、新たなイスラムの地となったのが、移民によって広められたヨーロッパ諸国だ。なぜ、9.11テロのメンバーの何人かがドイツを拠点にしていたのか、なぜイギリスでイスラム主義のテロが続くのか。各国の移民の受入れ基準や宗教への対応の経緯を見ていくと、差別された移民の反乱と単純にみなすことはできないとわかる。

 イスラム圏の人口は増え続け、情報だけでなく金も人も国境を越えて動き回っている。そのネットワークがどのように広がり、どう関わっているのかを概観するのにも適した本である。

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紙の本大失敗

2007/06/16 00:56

壮大なスケールの暴力が恐ろしくなるほど美しい

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 宇宙飛行士パルヴィスは土星の衛星タイタンで遭難者の救助に向かうが失敗。自らをガラス固化して22世紀に蘇生する。目覚めた場所は地球外知的生命体の探査に向かう宇宙船エウリディケ号で、彼も任務に加わることになる。やがてたどり着いたクウィンタ星は、誰も予測しなかった反応で彼らを迎えることになり、地球人はじわじわと大失敗へと陥っていく。
 未知の存在とのファーストコンタクトの場合、相手側が優位に設定されがちだが、本書では地球人側の方が圧倒的に優位にあり、月程度なら簡単に破壊できるだけの科学技術を持っている。この設定がかなり重要な意味を持つ。エウリディケ号には科学者だけでなくドミニコ会修道僧が乗っていて、宇宙船の中枢コンピューターは通称GOD。意のままにならないクウィンタ星人に対して仕掛ける極秘プログラム名が「ソドムとゴモラ」となれば、未来の話でありながら、遥か昔の神話が裏返しで透けて見えてくる。それでいて、クウィンタ星の政治状況は東西冷戦時を極端な形にしたもので、このコンタクト空間には、地球の過去・現在・未来の象徴が同時に現出され、人類が幾度も繰り返してきた失敗を避けられないことが暗示されていく。
 地球人側の優位な技術力で、相手の科学レベルも軍事力も政治体制も知ることができ、信号さえやりとりできるようになるのだが、クウィンタ星人の姿はいつまでたっても見えてこない。一方で蘇生した宇宙飛行士は自分が誰なのか思い出せず、結局わからない。理解不能の姿なき異星人とアイデンティティを失った地球人、破滅へと向かう、美しさを感じるほどの壮大な暴力。読後感は冷たく重い。

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紙の本悲しき熱帯 1

2001/07/11 20:48

悲しき対象は、熱帯なのかそれとも我々なのだろうか

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 構造主義人類学の祖として知られるレヴィ=ストロースが、1930年代にアマゾン奥地のインディオを訪ねた調査旅行の記録である。しかし、ブラジル先住民の詳細な社会や文化の記録を期待すると、裏切られる。かといって、旅行記と言うにはあまりに考察が深く緻密すぎるし、時間も空間も交錯していて、つっかえたり飛ばしたり戻ったりして気がつくと、独特な世界観の中に取り込まれている。
 これが構造主義の認識方法なのかと理解するほど構造主義がわかっていない者にとっては、まるでノンフィクションを装った文学作品のように思えてくる。過酷な環境の中に苦労して入り込んで、知られていない社会集団の記録を一つ増やすことにどれほどの価値があるのか、繰り返し自問する著者の憂鬱さが全編に垂れ込め、未開社会に対する軽蔑は勿論、礼賛に偏ることも許さず、読む者を思索に引きずり込む。
 原著が出てから半世紀、日本でも絶えず版を重ねながら二十年以上も読み継がれてきたのも、うなずける。ふと思いついたときに、いつでもページがめくれるように、手元に置いておきたい本である。

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コーカサスと言った方が馴染みがあるだろうか、チェチェンも小学校占拠事件の南オセチアもこの地域だ

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

とても野心的でユニークな企画の本である。特定の地域についての本というと、歴史や地理が順々に書かれているものが多いのだが、本書は違う。歴史、建築、文学の三部構成で、それぞれ独特の観点からアプローチして、日本人にとって馴染みの薄いこの地域への興味を掻きたてる。

 カフカースはまさに交差点である。地中海に繋がる黒海と石油資源の豊富なカスピ海に挟まれ、現在のロシア、トルコ、イランの接続部にあたるため、ペルシャ文明が西へ、西欧文明が東へ、イスラム帝国が北へ、カスピ海を狙うロシアが南へと進むためには、必ず通らなくてはならない。故に大国に翻弄されてきた。

 その悲劇を象徴する例として詳しく取り上げられいるのが、北西カフカースの山岳民族チェルケス人の離散だ。一方的な軍事征服、百万人を超える国外追放、政治的駆け引きのために何度も繰り返される強制移住。似たような悲劇は他の民族にも降りかかり、チェチェン戦争のような紛争の要因にもなっている。
 一方で、自分たちの土地から遠く離れて活躍した人々もいた。例えばグルジア人だ。ソ連時代にスターリンやシュワルナゼなど政治エリートを輩出してきたグルジアだが、なんと十七世紀にはサファビー朝イランに仕えて、アフガニスタン統治に関わっていたのだ。グルジア人のある家系を取り上げ、ペルシャ語とグルジア語の資料から、グルジアとアフガニスタンの関わりを掘り起こした章は、国家単位の歴史というものが、いかに多くのものを見落としてきたのかを教えてくれる。

 文明の十字路であれば、多くの要素が融合され、ある意味では独自性がなくなるのではないかと考えるのだが、そう単純ではないことを示してくれるのが、アルメニアの建築史だ。千年を超えるその歴史の中で、基本的な技術や建築要素にほとんど変化が見られない。それも多くの他地域から取り入れられたものが、統合することなく独立して組み合わされているのだ。
 建物というのは、まず全体の調和を考えて部分を構成するものだと思うのだが、アルメニア建築の場合、部分が周りを顧みずに主張し優位を保っている。豊富に載っている写真や図で、その不思議な継ぎ接ぎ状態を確かめてほしい。

 周囲の国からは、カフカースはどのように見えていたのだろうか。それはロシア文学からうかがうことができる。典型的なのは、プーシキンの「カフカースの虜」や、トルストイの「コサック」に見られるように、本源的なもの、崇高なものとの出会いが期待できる場所と考えていたことだ。
 大国の疲れた青年が、自分を見つめなおすために赴く先ということは、裏を返せば、遅れた野蛮な土地と見られていたことも示し、実際、ロシアに抵抗し続ける民族は凶悪で未開な部族と考えられてきた。
 カフカースを自国の文明のルーツとみるか、それとも理解できない異郷とみなすか、その観点の変化が文学史の中に表れている。

 この本は、世界地図を傍らに置いて読んで欲しい。カフカースはほんの小さな地域だが、そこからロシア・ヨーロッパへ、また中央アジアへと興味が広がっていくに違いない。

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紙の本死体につく虫が犯人を告げる

2002/10/29 23:17

死体から始まる生態系

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 昆虫法医学の本と知って手にとったとき、私は勝手に、遺体に付着した蝶や甲虫のような昆虫から犯人に結びつく証拠を見つけるのだと思いこんでいた。推理小説では時々、珍しい昆虫が犯人の手がかりになることがあるではないか。しかし、大きな間違いだった。死体に最初に寄ってくるのは当然ハエであり、そして間もなく出現するのはウジ虫だ。そう、この本はウジ虫で埋め尽くされた本である。
 人によっては法医学というよりも、ほとんどホラーに思えるかもしれない。著者が関わった殺人事件の話がいくつも出てくるのだが、殺されたことよりもウジに食われたことの方が悲惨に思える描写が少なくない。例え死んだ後でも、自分の目鼻や肛門にウジ虫が群がっているなど想像するだけでも耐え難い。それなのに、著者は死体(実験の場合はブタだが)の腐敗していく様子をじっと観察し、ウジを成長段階ごとに採取して記録を取っていくのだ。こうして地道に蓄積されたデータが、死後経過時間の推定に大きく貢献している。ハエのライフサイクルの研究がこれほど奥が深く、おまけに捜査に役立つとは思いもしなかった。
 この本はまた、何かが生まれるところから始まるのではなく、生物が息絶えたところから始まる生態系を事細かに描写している。腐敗状態は刻々と変化し、ウジが発生すればウジを食べる虫が寄ってきて、またそれを食べたり寄生したする生き物が寄ってくる。食物連鎖の頂点にある人間が死体となったとき、末端のウジの餌となって小さな生態系を支える様は、おぞましさはあるものの、自然の仕組みの美しさを感じさせる。

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紙の本殺人者の顔

2002/03/25 20:46

スウェーデンの社会派ミステリー

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 冬の嵐が近づく夜、片田舎の村で老夫婦が襲われた。男は惨殺され、女の方は最期に「外国の」という言葉を残して息絶える。ヴァランダー刑事らイースタ署の面々は、犯人が外国人である可能性も含めて捜査を進めるが、手がかりはほとんどなく、犯人の動機さえつかめない。迷宮入りの様相を見せる中、外国人容疑者の線がマスコミに漏れ、外国人排斥運動に関わる人々を刺激してしまう。そして、移民逗留所でさらなる殺人が起こる。

 スウェーデンのミステリーは初めて読んだ。天候や風景の描写からは、荒涼として半端じゃない寒さがよく伝わってくるが、何よりも興味深かったのは、その社会状況だ。スウェーデンが移民を積極的に受け入れてきたとは知らなかったし、あんな寒そうな国に東南アジアやアフリカから渡ってきた人々までいるとは意外だった。移民をめぐる記述には、生活を脅かされるのではないかという不安と人種差別を否定する良識との葛藤がうかがえる。
 一方で、やはりと感じる馴染の問題も出てくる。老人問題、熟年離婚、世代につれた価値観の変化などだ。これらのスウェーデン版が、ヴァランダー刑事の私生活に踏み込んでじっくりと描かれている。
 本書を読んだ後、スウェーデンの映画監督ベルイマンに触れた新聞記事で、思いがけず著者の名前を見つけた。なんと彼はベルイマンの娘婿で、隣人でもあるという。ほとんど人づきあいをしないベルイマンだが、著者とは日常的に話をする間柄だとあり、ベルイマンとの交流を可能にした著者の魅力の一端が、この小説にも表れているのではないかと思う。
 刑事ヴァランダー・シリーズは、本書を皮切りに九作出ている。是非とも二作目以降を早く翻訳して出版して欲しい。

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アブラムシの生物学

2002/01/17 21:38

アブラムシの認識が一変する

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 アブラムシといえば、庭の草花にしつこくしがみついている、いまいましい虫としか思っていなかったが、本書を読んでその認識は一変した。
 生物学の研究者向けに書かれたのだと思うが、とても読みやすい構成とレイアウトで、添えられた写真や図も精緻で美しく(ゆえにかなり気持ち悪いところもある)、生物学もアブラムシのこともろくに知らない人間にとっては驚嘆するような記述の連続なので、「なんだこりゃ」とか「げぇーっ」とかつぶやきながら、どんどん読み進むことができた。
 それにしても、アブラムシとは、なんと不思議な生き物だろう。虫なのに単為生殖のときは胎生で、おまけに宿している子供の中では、すでにその子供の卵細胞ができていて、その卵細胞が胚になる頃には、そのまた子供の卵細胞ができているという入れ子構造になっていて、爆発的に増殖していくのだ。この驚異的な増殖による大量のアブラムシが、直接間接に多くの動物の食物となり、生態系の中で重要な位置を占めている。
 他にもアブラムシをあらゆる角度から取り上げているため、アブラムシを視点にして、環境の変化が生物に及ぼす影響や生物同士の密接な関わりが見えやすくなっている。アブラムシは、身近なレベルから生態系について学ぶのに適していると思うし、その面でも本書は優れた参考書である。

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マハーバーラタ最大の山場、大戦争の火蓋が切って落とされる

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 パーンドゥ兄弟が追放の期限最後の年、十三年目を迎え、物語は一気に動き出す。身分を隠してなんとか約束の追放期間を終えた兄弟は、ドゥルヨーダナに、せめて五つの村だけでも返して欲しいと訴えるが聞き入れてもらえず、ついに報復を決意する。
 大決戦を前にして、心ある者たちはなんとか戦争を避けようと、戦いは悲惨で無意味であること、戦いによる勝利は最低の勝利であること、怒りを抑えられない者は結局は滅びることなどを説き、必死に両家を説得をする。この説得に割かれた頁の長いこと長いこと。親戚から聖仙まで幾人もの者が入れ替わり立ち代わり、たとえ話を交えてとうとうと説く。しかし、説得も虚しく、大決戦の火ぶたが切って落とされる。

 パーンドゥ兄弟の最強の勇士アルジュナは、相手側に大祖父や従兄弟、たくさんの友人、知人を認め、戦意を喪失してしまう。そこで御者として参戦した賢者として名高いクリシュナ(最高神の化身としても崇められている)が、行為とその結果への執着を一切捨て、クシャトリアとしての義務を果たせ、と教えを説く。この部分が、ヒンドゥー教最高の聖典と言われる『パガヴァッド・ギーター』である。

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まずはマハーバーラタの世界に慣れよう

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 マハーバーラタは、古代インドを舞台に、二大勢力のクル家とパーンドゥ家が領土を巡って壮絶な戦いを繰り広げる、世界最大の叙事詩である。物語は、まず序章から始まり、両家の系譜を紐解いていく。これが、とても長く回りくどい。ひとつの呪いが新たな呪いを呼び、話が四方に広がる中で、重要な人物が生み出されていく。そして、ひとつのエピソードが語られると、その中から別の物語が生まれ、さらにその中から別の物語が飛び出してくる。どれも断片的で、本筋とは無関係のように感じられるが、実は後々の展開の重要な理由付けとなっている。

 最初のうちは、話がどこへ進もうとしているのかさっぱり分からず、戦いの発端となる有名なサイコロ賭博の話は、いつまでたっても始まる気配がない。半ば近くになってやっと主人公のパーンドゥ三兄弟が揃い、賭博ですべてを失うのはラスト30頁を切ってからだ。しかし、この巻を読み終えるころには、この独特の世界観に慣れ、登場人物の名前にも馴染み、先が楽しみになってくる。

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ユーラシアの遊牧民の視点から国家や民族の概念を問い直す

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 遊牧民というと、文明から取り残された辺境で、羊や山羊を連れて移動しながら、細々と生活しているようなイメージがある。確かに遊牧生活は極端な余剰生産をもたらさず、大旱魃や雪害などで集団がまるごと消えうせる危険もある。さらに、完全に自給自足をすることはできず、生活必需品や農業生産物などはオアシスや町の民との交流を必要とする。
 しかし、逆にこの集団的な移動性が点在する町を結びつけ、高度な騎馬の技術が展開力と統率性のある軍隊へと発展し、オアシスや町を取り込んで国家をつくってきた。
 ただし、この国家はわたしたちが考えるような、固定された場所にきまった民族が定住しているものとは違う。遊牧民にとっての国家は単に人々のかたまりをさす。中核となっているのはさまざまな種族や勢力が寄り集まった連合体で、属民も遊牧民だけとは限らず、定住地域の農民や商人などもいた。したがって、その構成によって、遊牧型あるいは農耕型の色彩が強くなり、近代になる前のユーラシアには、この二つの型への独自の振り幅を持つさまざまなパターンの国家があった。これらの国家パターンを取り込み、寄り合わせて巨大な複合体として現れたのが、モンゴル帝国であるという。
 学校で習った世界史では、分割された地域内での政権交代ばかりを追うせいか、近代以前は人の移動も物の移動も限定された区域内でのみ行われていたような印象があったが、この本に導かれて遊牧民の視点から世界史をたどり直してみると、ユーラシア全体がダイナミックにうねりながら時を重ねてきたことが見えてくる。

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神学校の死

2002/08/31 21:30

嵐の夜、孤高の学問の砦で起こる殺人事件

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ダルグリッシュシリーズの最新作である。ダルグリッシュは優秀な警官でありながら、詩人としても知られているという特異な設定のわりには、その詩自体が取り上げられることは滅多になかった。しかし、今回は少年時代の詩と捜査の続く夜に軽く書き留めた詩が披露される。
 少年時代の詩が書かれた場所は、思い出深い夏休みを過ごした聖アンセルムズ神学校で、その縁でダルグリッシュは神学校に滞在して、校内で起きた生徒の不審死を調査することになる。ところが訪れた夜、首都警察の警視長であるダルグリッシュの目と鼻の先で、凄惨な殺人が行われる。
 ダルグリッシュは、内部の者による計画的犯行と考えて捜査を進めるが、人里離れた海岸にこもって神学にいそしむエリート集団の理解しがたい道徳感に振り回される。さらに高価な宗教画、秘蔵のパピルス文書、英国国教会の事情や神学校の経営問題などが絡み、事件は複雑な様相を呈してくる。
 そんな中で書かれたもうひとつの詩は、ダルグリッシュがそれまでの生活を見つめ直すきっかけとなる。そして、犯人と対決する中で、自分の生き方は傲慢で浅ましいものではなかったかと自問していく。
 教会、古い建築物、歴史を持つ美術品、切り立った海岸、知識に溺れるエリートたちという、P・D・ジェイムズの小説ではお馴染の要素が聖アンセルムズ神学校に集結し、そこで書かれたふたつの詩の間に横たわる時間の中に、忘れ難い過去、憎しみや歪んだ愛情から逃れられない人々の苦悩が凝縮された傑作である。

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シッピング・ニュース

2002/05/13 23:10

風景が主役の物語

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 表紙の帯に、「ストーリーは風景から生まれる」と著者の言葉が引用されているが、まさにその通り!と叫びたくなるような本だ。主人公クオイルは、図体ばかり異常に大きくて気弱で不器用な子連れの男だが、彼が自分の居場所を見つけ、少しずつ自信をつけていく原動力となっているのは、舞台となっているカナダ東部の果て、ニューファンドランド島の風景だ。
 とにかく風景の描写がすばらしい。視覚や聴覚はもちろん、温度の感覚、嗅覚や触覚や味覚や天気の変化の気配、方向感覚や闇や海に対する恐怖感とか、そういったあらゆる感覚を刺激して、ニューファンドランド島の様子を伝えるのだ。行ったことがないのに、知っている場所のような気になってしまう。
 その風景から紡ぎ出されたような住人たちは、それぞれが独自に持つ、島との関わりにまつわるエピソードを、クオイルの前に次々と広げていく。おぞましい話や悲惨な話もあるが、先へ先へと読むのを急かせるような展開はない。しかし、退屈ではないし、飽きない。むしろ、ゆっくりと読んでいたくなる不思議な本である。毎日一章か二章ずつ読んでいたのだが、このペースでずっと読んでいたい、終わってほしくない、と思った。

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動物は世界をどう見るか

2002/05/12 21:39

動物の目モードが付いたデジタルカメラが欲しくなる

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 この世界は動物にはどう見えているのかを考察する本である。目の構造、視力、色覚はもちろん、何を優先して見ているのか(形か、明暗か、動きか)などを人間と比較していくと、どの動物も生活するのに必要な機能が発達していることが良くわかる。視覚だけでなく、聴覚やそのほかの感覚についても述べられ、針金を張った暗室でコウモリを飛ばすとか、ウズラに網膜像をずらすメガネをかけさせた順応実験なども多数紹介されている。さらに、動物の知覚世界をシュミレーションすることの落とし穴と可能性にも触れている。

 読み進めながら、何度もデジタルカメラを連想した。このところずっと、デジカメを買い換えようと、新製品が出る度パンフレットやレビューで機能を比べたり、開発者のインタビューなどを読みあさっているせいもあり思ったのだが、デジタルカメラは、視覚について考察する手軽な道具として、大きな可能性を持っているのではないか。光を信号として処理するしくみは、動物の視覚システムに近いものがあるし、カメラの開発者たちは、機械の目に人間の視覚を持たせようと奮闘してきたわけだから、機械の目に他の動物の視覚を持たせることも不可能ではないだろう。撮影した画像をデジタル処理したものは珍しくないが、液晶モニターを通して、紫外線をとらえるミツバチや高感度のフクロウの目で、物や風景を見ることができたら面白いと思う。

 著者も警告しているように、動物の感覚器の構造や神経システムを解明したところで、その動物が主観的にどう感じとっているかは今のところ分かりようがないが、知り得た知識からいろいろと想像するのは楽しいし、そこから有用なアイデアが生まれてくる可能性もあるのではないかと思う。とにかく、知覚に関して様々なヒントがたくさん詰まった本である。

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水の自然誌

2002/03/25 20:41

自然観察の優れた手引書

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 大気中、地上、そして地下の間を行き来する、水の循環について書かれた本である。水の循環について、蒸発した水が雨となって地上に戻ってくることでしょう、という程度の認識しかなかったので、本書を読んで驚いた。水の役割は多岐に渡り、その様は実にダイナミックなのだ。
 水は岩石破片をぶつけて河川の侵食を推し進め、侵食の続く限り蛇行は移動を続けて常に地表に変化を与えるし、湖では風や温度変化によって内部を底からかき混ぜて酸素が行き渡るようにし、洪水として溢れ出ることによって土壌の化学組成を調整したりするという。
 特に興味深かったのは、地下水の移動だ。
 水を豊富に含んだ層の内部で水が流れているというのも不思議だが、その層の組成や地層の構成によって圧力が変化し、その圧力に応じて水が上方へ向かったり下方へ向かったりしているとは思いもよらなかった。上方へ向かう地下水面が地表に達すれば湧き水となり、そこが窪地があれば湖ができる。流れ込む川が一つもない湖は、雨水が溜まったものと考えていた私は、とんでもない思い違いをしていたようだ。このような湖の他にも、地形や草木の生え方から地下水の流れを知ることができる。
 東西の聖人伝説には、湧水のありかをぴたりと当てるエピソードがよくあるが、聖人たちは経験や言い伝えから、地表に見られる特徴を読み取っていたのではないだろうか。
 理解を助ける図も多く、観察によって誰にでも検証できるようなことが取り上げられている。植物図鑑や野鳥図鑑とは違った側面から自然を見るコツを教えてくれる、野外観察の優れた手引書である。

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