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  3. Snake Holeさんのレビュー一覧

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    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

    中野 ジェームズ修一 (講師),日本放送協会 (編集),NHK出版 (編集)

    5つ星のうち 4.0 レビュー詳細を見る

Snake Holeさんのレビュー一覧

投稿者:Snake Hole

36 件中 1 件~ 15 件を表示

刑務所の中

2002/02/27 15:01

悔悟も反省もない「男達」の生活

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 まずは知らないヒトのために教科書的な解説をする。花輪和一というのは70年代初め頃から「ガロ」で活躍 (というにはあまりに寡作だが) していた,一部にカルト的ファンを持つ漫画家である。
 1994年に「趣味のモデルガン蒐集が嵩じて発砲可能な改造銃を入手,山林などで試射していた」として逮捕された。大方の予想を裏切って (事件を起こしてない銃刀法違反で実刑を食らうのは珍しいそうだ) 懲役三年執行猶予無しの判決に控訴せず,なんつうかおとなしくお勤めを果たして出所,1998年から青林工藝舎発行の「アックス」に「記憶による刑務所漫画」を連載している。この本はその一連の拘置所・刑務所漫画をまとめたものである。
 一読,なんつうか悔悟も反省も,ましてや司法制度への怒りなんてものも全くない淡々とした「男達」の生活である。5人組の部屋,イイ歳をしたおっさんたちがふとんの上でふざけて「テレビ視聴一ヶ月禁止」を食らうあたりにリアリティが漂う。なんつうか,刑務所の本来の目的は「懲役」という字にもあるように「懲らしめ」なんだろうが,受刑者たちはちっともそう思ってない,というか「お勤め」という言葉でわかるように「仕事」みたいに考えている感じだ。その,「どんなところにもある日常」が面白い。
 私が学生のころバイトしていた雀荘の常連 (ヤクザの親分) が暴行教唆だかで1年半くらい実刑を食らったことがあった。以前とは別人のように血色よく太って出て来たのに驚いたっけ。「そりゃお前,早寝早起きして三食規則正しくメシを食ってりゃこうなるわ,持病の胃弱も治ったぞ」とか…。これを読むとさもありなんではあるが…,犯罪者健康にしてどうするんだ,という意見もあるかもな(笑)。

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紙の本夜のフロスト

2002/01/17 09:42

それで,フロストってのは名刑事なのか?

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 大英帝国はデントン市の名物警部,ジャック・フロストが下ネタジョーク連発で奮闘する「非・推理小説」(これはオレが勝手に名前をつけた)の第三弾,約750ページである。
 本書の解説をお書きになっている霞流一氏の頭の中では,このフロストという警官,「メグレ + ドーヴァー」というイメージなんだそうだが,残念ながら後者ドーヴァーの出て来るジョイス・ポーターのシリーズを一冊も読んでないワタシにはピンとこない。というか,オレの頭の中にあるフロストのイメージは,「ガラの悪いコロンボ」である。昔,コロンボ役者のピーター・フォークが女子プロレスのマネージャーを演る映画があったのだが,あの時の彼の役柄がまんまこのフロスト警部に重なるのね。
 だいたいの粗筋は(このシリーズはいつもだいたいこんなだが)こうだ。例によってデントン警察署は人員不足,次々と発生する凶悪事件,それほど凶悪でない事件,犬も喰わない事件。折悪しくそこを流感が襲い,なんと署員の半数が欠勤ということになっているところに,希望に胸を膨らまして部長刑事に昇進したばかりのフランク・ギルモアが赴任する。コンビを組むよう命じられた相手が歩く悪夢,ジャック・フロスト警部そのヒトであった。フロストの上司を屁(まぁほんまに「屁」以下の上司なんだが)とも思わない勤務態度や,連発される下品なジョーク,規則破りに辟易しながら,自分だけは署長の覚え目出たく成績向上,出世を目指すギルモアだがはたして……。
 さて,冒頭に「非・推理小説」と書いたがこのシリーズ,実にいつもフロストには犯人が直感で分かるのである(本人がそう言う)。推理なんか要らない,フロストがこいつが犯人だと思ったヤツが犯人なんだ。が,彼が並みの小説に出て来る警官ではないのはそっからだ。この勲章まで貰っている名刑事(ただし下品だが)は,なんと証拠を捏造したり犯人に嘘をついたり,ありとあらゆる卑怯卑劣な手段を用いてこの真犯人を自白に追い込もうとするのである。
 なので読者は,フロストの暴走を「おまえ,もしそいつが犯人ぢゃなかったらどーすんだよぉ」とハラハラしながら読むことになる。しかも実際,そいつが犯人ぢゃないことも多々あり(笑),えらいことになるのだが最後にはなんとなくつじつまがあってしまう,のがこのシリーズの魅力なんである。今回の「夜のフロスト」でも5つか6つの事件が錯綜して発生し錯乱の元に捜査されるのだが,このややこしさの全てが,ラストにむかってまるでルービック・キューブの面が揃うように解決して行く快感はすばらしい。そして今回も,フロストが本当はとんでもなく優秀な警察官なのか,それとも単に運がいい中年オヤジなのか,という疑問だけが残るのである(笑)。

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あたりまえのこと

2002/01/17 10:24

なんとまぁ感想とか書評を書きにくい本であることか

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 倉橋由美子の小説読本(と,オレが思っているわけぢゃありません,オビにそう書いてある)。それにしてもなんとまぁ感想とか書評を書きにくい本であることか。
 なにしろ「いかなる基準があるとも示さずに,褒めたようで褒めていない,けなしたようでけなしていない,何やら評者の挨拶のような言い訳のような,我田引水風のおしゃべりも混じった感想が批評と称して行われ,これで世の中が丸くおさまっている。この我田引水的部分が特に長くなったものは評論と呼ばれる。そして評論をいくらか圧縮したものに本の内容の紹介を加えてこれから買おうか買うまいかと迷う読者の便を図るものが書評と呼ばれる」てな具合に批評,評論,書評なるものどもの,実にあやしげなる正体をば,それもまた念のいったことに一刀両断するではなく,ナナメ35度に倒した出刃包丁でゆっくりと鮮やかに削いで行くがごとく,よほどのバカでない限り包丁で頬を撫でられたように理解できる文章で解き明かしてくれちまうのである。……こうまで喝破されて通りイッペン,ナミの書評が書けるやつぁつまりこの本を読んでないつうことになるだろ,困ったね。
 いやほんまの話,読んでいる途中に本を置き,これまで小説についてのあれこれを議論したことのあるヤツバラ電話で叩き起こし,お前は倉橋先生のこれを読んだか読んでないのか愚か者めと自分の手柄でもないのに誇り罵りたいような気持ちを抑えることが難しかった。私小説を笑い,恋愛小説を揶揄し,主人公の自殺で終わる小説を罵る,こう言ってはなんだがオレの嫌いなモノ全てに関してオレよか見事な悪口を言ってくださるその筆致を追うは至福の極みでありました。
 あとがきによれば,小説以外の文章を書くことも発表することもこれが最後とのことなのだが,このように痛快かつ論理的な小説論,あとに続けるヒトがいるとも思われない。せめては倉橋作品の未読のものを,この冬かき集めて読もうかしらん。

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韓非子 上

2001/11/09 13:34

マキャベリに先立つこと1,800年のマキャベリスト

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 買った時は宮城谷昌光「晏子」とか,先月読んだ酒見賢一「周公旦」みたいな,歴史上実在の人物を主人公に作者の解釈想像邪推に脚色を加えた伝記風小説かと思っていたのだ。……でも考えてみたら安能先生は奇書「封神演義」こそ翻訳してらっしゃるが,その他の著書はみんな評論,論文なのであった。
 そしてこの韓非子こそ,先生驚嘆してやまない「マキャベリに先立つこと1,800年のマキャベリスト」,「紀元前の『現代政治学者』」,韓非子の残した55章10万余言の書物を,原文に当たり直して解説して行くというまさに安能先生しかなし得ない偉業だったんである。うう,実は読了して少しくコーフンしているので,若干浮ついた調子になってしまうがすげぇ本なのである。およそ政治を学ぼうと思うもの,行政の職に就こうとするもの,市民運動に参加しようと思うもの,代議士になって裏金を掴もうと思うものはすべからくこの書を読むべきだ。
 と,オレの興奮だけではその気にならないヒトのためにひとつクイズを出そう,誰でも知ってる「矛盾」という話があるでしょ? 実はあれの出典はこの「韓非子」なんであるが,あの話はある特定の一派の,ある特徴的な主張を論破しバカにするために書かれているのである。さて,韓非子がバカにしたのは諸子百家のウチのどの一派のどんな主張でしょうか? 答えは当然この本の中にある。そしてその答えに得心した時,あなたもワタシと同じように,みんながこれを読むべきだ,と思うはずである。
 カヴァー折り返しの著者紹介によれば安能務先生,今年4月に御逝去されている。冥福をお祈りしたい。

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街角から慣れた手付きで掬い上げられる「ズレ」たち

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 建築家,評論家,そして小説家でもある松山巌のエッセイ集。1978年から2000年までの間に,いろんな媒体に発表された114篇のエッセイを集めたモノで,まえがきによれば「およそ20年にわたる私 (著者) の関心事の束」である。
 1978年,すっかり「自殺の名所」になってしまっていた高島平団地を見に行った「高島平団地」に始まり,前世紀,つまり20世紀の幕開けに著された平出鏗二郎の「東京風俗史」に思いを馳せる「未来の東京案内」に終わる。移り変わる街,人の姿のなかから,ふと小さな「ズレ」のようなものを掬いあげる,その手付きがすばらしい。
 中でも気に入った (とは書くべきでないような気がするんだけどね) 作品をいくつかあげると,超高層ビルに代表される巨大建築の死角を語った「巨大な箱」(1984) ,遊園地の入園料に新風営法が露にした風俗の荒廃を見る「浅草花やしき」(1985) ,観光以外に何も思い付けない町興しに寒くなる「越前大仏」(1988) ,そして解説不要の「貧乏」(1990) ……。
 1995年の「星の皺」に自分の精神状態を確かめるのに街で出会う老人の顔を眺める,という話が出てくる。精神のバランスが悪い時は老人達の顔に刻まれた皺が醜く見える,逆なら皺もイキイキと見える,のだそうだ。オレも調子がいいときは道行く女のヒトがみんな美人に見えるなぁ,そう言えば (笑)。

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紙の本雪月夜

2002/02/27 14:49

救いのなさがこのヒトの味

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 相変わらずの星周節,登場人物の誰にも感情移入できないのにコワイもの見たさみたいな好奇心に引っ張られて結末まで読まされてしまう,なんつうかひと昔前のヨーロッパ系ギャング映画みたいなリアルな救いのなさがこのヒトの味である。
 小説の舞台は北海道の根室,この街で幼い頃から差別されて育った二人の男,片や「露助船頭 (レポ船の船長のこと) の息子」である幸司,自らが「アカでないことを証明する」ために右翼団体に身を投じるがテロにしくじって帰郷,30にして世を拗ねて生きている。片や「アル中のちんぴらヤクザの息子」の裕司,幸司を追って入った右翼団体からヤクザになり,組の金とオンナを連れて逐電した右翼時代の同僚,敬二を追って帰郷する。敬二が持ち逃げした金は二億,オンナはロシア人の娼婦で,幸司が一度だけ手を貸した密入国仕事の際の「客」だった。
 幼い頃から差別される同士として反目しあいながら腐れ縁でツルんできた幸司と裕司の確執が二億の金と娼婦ナターシャをめぐって動き始め,地元ヤクザ,悪徳警官,市議会議院にロシア船の元KGB船員までを巻き込む大渦になっていく,この,まるで洗濯機の回転の中に投げ込まれたような読感 (オレの造語,「読後感」ではなくあくまで現在進行形のこうとしか呼べない感触がある,と思う) がすばらしい。547ページ一気読み。

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睡魔

2002/02/27 14:46

マルチのヤツらはいいこと言うのだ

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 主人公の趙奉三は大阪で事業に失敗,東京に逃げて来てタクシーの運転手をしていたが,交通事故で続けられなくなり失業。自分の体験を元に小説を出版するも思うようには売れず……ってこの辺,著者自身の体験らしいが,悪友の誘いに乗って健康マットのマルチ商法に突っ込んで行く。
 この健康マットのセールス・トークには大笑いした。いわく,大気中にはニンゲンの健康にいい「磁気」が一定量ある。これがなければ生物は生きていけない。なぜかというと赤血球にはプラスとマイナスがあり,互いに反発することで血液の流れが促進されているからである。ところが現代人は磁気を発している土をアスファルで覆ってしまい,この磁気を吸収できない。この健康マットは表面の突起の下に強力な磁石を多数縫い込んであって不足しがちな磁気を補給できるスグレものである……あんた,アスファルトやコンクリートで磁気が遮られるなら,例えばオレの部屋でコンパスが北を指すのは何故ですか (笑) 。
 いやしかし,このマルチの会社「ジャパン・エース」(もちろん架空の会社である) が二泊三日で行う研修会に参加したみなさんは欲と二人連れだ,この説明をすんなりと受け入れてしまうのである。実際,ああニンゲンというのはこのように洗脳されてしまうのか,うぬぬ,この雰囲気の中に叩き込まれたらオレも危ないかもなと思うくらい,この研修会のシーンはスゴい。
 一個だけ紹介しておこう。見知らぬ同士の参加者にペアを組ませ,一人を壁に向かって立たせる。そしてペアの人を信じて後ろにそのまま倒れろというのだ。そう言われて棒のように倒れられるニンゲンは少ない。すると指導員が「なんで相手を信じないんだ! 他者を信じなければ自分も信じてもらえませんよ! 受け止めてもらえなくてもいいぢゃないですか,受け止めてくれなかった相手は倒れた相手を本当に信頼しますよ! 信じあうことは素晴らしいことなんです!」と叱咤する。
 なかなかいいこと言うぢゃないかと思うヒトもいるかも知れない。が,誰がやってるかを忘れちゃいけない,こういう演出で疑いを持つことに対する罪悪感を植え付けて行くのである。いやはや,小説としても面白いが,今後の人生こういうモンに騙されないための参考書としても有用な一冊と言えよう,掛け値なしにオススメしたい。

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K井K一の熱狂に酔え,絶望を観よ

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 コミックモーニング連載時から一部 (ってオレの周りだけど) で熱狂的に面白がられていたマンガである。いや,今日現在のコイズミ人気ワイドショウ政局を見れば,あまりと言えばあまりの内容に当時否定的だったヒトタチにも,この作品がどんだけ先見性があったかがわかっていただけるのではなかろうか,な,そうだろ?
 以前,イシハラ都知事の施策は大衆に迎合するポピュリズムであると言う批判があった。オレはどちらかというとイシハラ都知事が嫌いであるが,この点に関してはイシハラ都知事の味方だ。政治家が大衆に迎合してナニが悪い,つうか,大衆がバカならそのバカに殉じるのが選挙で選ばれる民主主義体制下の政治家というモノなんであり,愚かな施策の結果はそれを支持した大衆がひっかぶるのだがらそれでいいではないか,と思うのね。
 そんなわけで,そのポピュリズムをとことん追求した結果が「クイズに勝てばどんな望みでもかなえてもらえる『国民クイズ体制』だ」というこのマンガは実にいいセンをついていた,と思うんである。「料理の鉄人」の鹿賀丈史と「新・クイズ日本人の質問」の古舘伊知郎を足して二で割ってアンプリファイしたような主人公の司会者,K井K一の熱狂に酔え,絶望を観よ,共に哭き共に歌うその声が,今夜も阿呆宮を揺らすのだ。

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紙の本頭蓋骨のマントラ 上

2002/02/27 14:08

ミステリの枠を超えた重層的な小説

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 アメリカ人が書いた中国チベット自治区 (というべきか単にチベットと言うべきか) が舞台の,中国人を主人公にした宗教絡み骨絡み (題名の通り) の「『薔薇の名前』的ミステリー」である。
 いや物語の設定上しょうがないんだが,ヒトの名前が漢字 (中国人は漢字だ) だったりカタカナ (チベット人やアメリカ人はカタカナ表記である) だったりするだけでややこしいのに,それに加えてあんまり馴染みのないチベット僧院における宗教上の地位だの地名だのも断わり無しにカタカナで出現させるので読み初めから100ページほどはかなり苦しんだ。…どうすればいいのかは解らないが,翻訳に一工夫欲しいかも。
 まともかく,なんとかそのあたりの関係が飲み込めてしまうと,いやこれは単なる推理小説としてだけではなく,中国のチベット支配に対する問題提起小説としても,一人のチベット僧侶を主人公にした教養小説としても,チベット仏教の神髄 (もちろんアメリカ的理解によるそれなんだけど) を語る宗教小説としても読める,重層的な読みごたえのある小説ではないか,と思えて来る。いや面白うございました。
 物語のあらすじには触れないでおく。そういうものを書くとこれから読む人の意識が「あらすじ」という一本道を辿るだけになってしまうだろう,この小説はそういう風に読むとつまらない種類のものだと思う。もちろん主幹であるミステリとしてもよく出来ている。さすがに2000年度のMWA (アメリカ探偵作家クラブ) 最優秀処女長編賞受賞作であった,とだけ書いておこう。
 あっと一ケ所だけ難くせをつけると,主人公が子供の頃父親から習ったという占いの書物は記述から間違いなく「易経」のことなので,これを指して「老子の書いた本」というのは作者の間違いである。翻訳者の三川さんが下巻末の解説で「ストーリーの内容と結びついている部分はむやみに直すわけにもいかず云々」と書いているのがこの部分か,と思う。

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紙の本魔界転生 上

2001/11/17 17:49

ああ,山田風太郎よ永遠なれ。

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 世の中には,まだそれを読んでいない,これからその本を読むというヤツがねたましくなるような本がある。山田風太郎「魔界転生」はそのひとつ。
 私が初めて読んだのはもう20年以上前であり,以降4,5年ごとに読み返す。そして読み返すごとに,この本の中身を何も知らないでこれから読むことができるヤツはなんと幸せであろう,と思うのである。
 酸鼻を極める島原の乱終結の時,魔道士森宗意軒の妖術にて転生する天草四郎,続くは荒木又右衛門,柳生但馬守,宝蔵院胤旬舜,そして剣鬼宮本武蔵……,彼等を操っての陰謀にひとり立ち向かうは柳生十兵衛!
 深作欣二の映画も浦田保則のアニメも白井政一のリメイクも石川賢の漫画も面白さにおいて,この原作の半分にも達していない。ああ,山田風太郎よ永遠なれ。

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紙の本魔法の時間

2001/11/09 13:16

野球好きなら是非読むべし

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 キンセラは映画「フィールド・オブ・ドリームズ」の原作『シューレス・ジョー』の作者で,アイオワと野球についての小説しか書かない,と心に決めている (としか思えない) 作家だ。この作品ももちろん,題材は野球,舞台はアイオワである。
 主人公のマイク・フールは大学を出たばかりのプロ野球選手志望,ルイジアナ州立大学で3年生のシーズンに活躍してモントリオール・エキスポズのスカウトの目に止まったが,経営学の学位のためにこの話を蹴る。ところが急転直下,4年生のシーズンは最低の成績しか残せず,卒業と同時に彼に舞い込んだオファーはアイオワのセミプロ,「コーンベルト・リーグ」に所属するというグランドマウンド・グリーンシャツだけ。マイクは学業優秀なため,IBMなど多国籍企業から引く手数多,だが野球への夢を断ち難く,このアイオワの田舎町でチャンスを待つことに…。
 そのグランドマウンドの街は小さいが野球選手の天国のようなところ。午前中は街に一軒しかない保険会社で働き,午後には練習,夜には紅白試合を行う。この練習や紅白試合を町の全員が観に来るのである。保険会社の社長の家に下宿したマイクはその家の一人娘に惹かれて行く,社長とその奥さんも娘とマイクの仲を取り持つような雰囲気だ…。
 …これ以上何か書くとネタバレになりそうなのでやめておくが,ハートウォーミングないい話である。アメリカ人の最良の部分と,野球を愛する気持ちはどっかで重なりあっているのだろう。この本に描かれているようなものの積み重ねの上に,メジャーリーグの,たとえばシアトル・マリナーズのあの熱狂があるのだ。野球好きなら是非読むべし。

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ベクター 媒介

2001/11/09 09:54

炭疽菌によるテロを予見?

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 ニューヨークの監察医コンピ,ローリー・モンゴメリーとジャック・ステープルトンが活躍する4作目 (もっとも二人が揃ってからは3作目かな) ,クックの場合これのように過去の作品と登場人物が共通でも特に「シリーズ」扱いされないし,そのシリーズばっかり書くこともない。読み始めてしばらくして,「ああ,あん時の監察医が今回も主役なのねと気付く」みたいな,思いがけず旧友に逢うような驚きが心地いい。
 これは作家の側の問題で,読者であるオレが言うのは大きなお世話かも知れぬのだが,ジェフ・アボットの図書館長ジョーダン・ポティートのシリーズとか,パトリシア・コーンウエルの女性検死官ケイ・スカーペッタのシリーズみたいな,魅力的な設定,キャラクターみたいのを確立してしまうと,思いついたストーリーの全てをムリヤリ彼等に演じさせてしまうということがあるのではなかろうか……。シリーズの主役だから,死ぬのが当たり前の展開で死ななかったりしてる気がするんだよね。
 勝手に想像の羽を広げると,作家自身は「このストーリーのためにちょっと違う性格のキャラクターを創造したい」てなことも思うんぢゃないか? が,出版者側は「そんな,このシリーズのキャラクターの人気が続く限り,どんな物語もこいつらに演じさせればいいではないか」という態度……そういうのに作家が反抗して殺される,というのがそういえば「刑事コロンボ」にあったなぁ,出版社の社長がバクダンマニアの殺し屋を雇う話。
 話が逸れた,ロビン・クックはその辺の塩梅が絶妙なのね。主人公が再登場したのはこのニューヨークの監察医たちの他にはロスアンゼルスの女医マリッサが活躍するニ作があるが,同じ女性主人公でもローリーとマリッサは人種性格服や音楽の好みまで書き分けられていて,この二人のキャスティングを置き換えたら全然別の物語になるであろうくらいだ……。そっか,今気がついた,つまりこれは手塚治虫方式なのね。日本人になったりアメリカ人になったりドイツ人を演じたりするが手塚マンガでアセチレン・ランプは常にアセチレン・ランプ的役をやるのであり,同じ性格俳優でもハム・エッグとは微妙に違うのだ。
 肝心の中身をちょっと書いておく。ニューヨークの監察医ジャック・ステープルトンの元にある日運び込まれた死体は,生物兵器にも使われる炭疽菌に犯されていた。実はこれはマンハッタンに炭疽菌をばらまこうというとんでもない計画の実験段階だったのだ。……まるで今のアメリカを予見したような話なんである。カットバックの手法で交互に描かれる犯人側と追求側のすれ違いのサスペンス,いやぁ,さすがはロビン・クックだぜ,まじ,読まないと損します。

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紙の本もてない男 恋愛論を超えて

2002/01/17 10:16

面白悲しく痛ましい

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 なんつうかなぁ,世の中には立場によって読みましたよ,あれ,とか言いにくい本というのがあるではないか。で,買ったくせにずっと読まないでいたのである。つまりですね,40ツラ下げて独身でいると,こういう題名の本を読んで「面白かった」と言うことにコトバ通りの意味以外の「ニュアンス」というものがついてまわってしまうんである。これがまことに煩わしいのだ。
 著者小谷野クン (いきなり親近感持って「クン」とか呼びたくなっちゃうのだ) の論旨はつまり,「今の世の中は恋愛教に冒されているのであり,その中で『恋愛弱者たるもてない男』たち不当に貶められている!」というもんで,このことを古今東西の文学,戯作,マンガに評論などを引き合いに出しつつ面白悲しく痛ましく説いて行くのだ。
 本人はこの文章を「私怨で書いている」と言うが,だからこそ面白い読み物になっている。特に「源氏物語」は平安期には「オナニーのオカズだったはずだ」という論考とか,高橋留美子「めぞん一刻」を引き合いに出しての「女は押しの一手」というのは罪作りな幻想だ,という議論,そして「妾の存在意義」と題した愛人論などは,掛け値無しに読むに値する。
 しかし何よりも評価し賞賛すべきなのは彼がこの本をこの題名で書き出版したそのこと自体である。この本が売れ彼の論考が有名になればなるほど,必然的に彼は「『もてない男』の小谷野さん」になっていくのであり,文字で書けばカギカッコがつくからまだしも,会話の上では「もてないおとこのこやのさん」なのである。そして,付和雷同メダカスクール的傾向を強めるこのクニの風潮では,「もてないおとこの」とキャッチフレーズのついた男に惹かれる女性は加速度的に減少し続けているのである。

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今日の正義が明日の邪になる思想

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 我々は「中華思想」というと漠然と,周りを見下した自国文化至上主義みたいなもんをイメージする。社会科の教科書で見たのだったか,真ん中に中華と記した簡単な地図で,北は「北荻」,南は「南蛮」,東は「東夷」で西に「西戎」と書いてあるのがあったはずだ。荻蛮夷戎は全て野蛮・未開を表す言葉だから,「中国人は自分達がもっとも進んだ文明を持っていると思っていたんだよぉ」と確か中学で社会科先生が言ったような気がする。
 ところが安能先生によればそれは違うのである。実は中華思想という言葉はあるが,その実態がキチンと精査されたことはない,いやできないのだ。そしてその,確たる分析や定義を拒むところに「中華思想」の秘密があるんである。この本はその「中華思想」の秘密を,辛亥革命に始まる中国の現代史をネタ元に解き明かして行くという実に野心的な刺激的な本であり,「封神演義」に始まる安能先生による中国史読み物のいわば完結編になっているわけだ。
 しかしまぁなんと,目からウロコというかコペルニクス的転回というべきか,そうかそうだったのかの連打連発の仰天思想だぞ,こいつは。いわく「中国人でいわゆる『法律』を心から本気で『守る』などと誓ったヤツは未だかつて一人もいない」,「私という字の原形は『ム』で意味は自分の縄張りを囲む,ということ。その『ム』に背く意味の『八』を施したのが『公』で,だから中国人における『公私』というのは宿命的に相容れないものなんである」,「中華思想には西洋的な『神と悪魔』のような絶対的対立の観念がない,陰陽の全ては変転するものであり今日の正義が明日の邪になって不思議はないのだ」
 特に毛沢東の革命を「マルクス・レーニン主義を換骨奪胎して中華思想に合わせたもの」と喝破するラストは圧巻である。中国現代史の「名前の読めない登場人物 (笑) 」が沢山出て来て多少読みにくい部分もあるが,さすがに安能先生,という読み物であった。

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植物のこころ

2002/01/17 09:38

植物はなんにも言わないけれど

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 「植物にウソ発見機をとりつけて,話し掛けたり音楽を聞かせたりするとちゃんとそれに反応する」という話を最初に読んだのは確かピーター・トムプキンスとクリストファー・バードの「植物の神秘生活」という本だったと思う。眉に唾をつけながら,しかし実はそういう話が大好きなので,酔っぱらって家に帰る道すがら,沿道の銀杏だの槐の木だのに「元気か」とか話し掛けたりしたもんである。
 その後,黄綬褒章までもらっている,でもトンデモ本学者 (なにしろ「日本超科学会会長」なんだよね) である橋本健センセイの「植物とお話する法」つうのを読んで「こらあかん,こらトンデモ科学だ」と思ったのだが,そんでもそれを信じているヒトをキチンと論破できるだけの根拠というもんがワタシにはなかった。まぁ論破しなくちゃならない理由も事情も都合もナニもなかったので別に困ったりもしなかったんだけど。
 で,本日この本,「植物のこころ」を読み終えた私はすっかり「植物と話をするなんてトンデモ話,ウソに決まってるぢゃないですか。なぜなら★●■」と言えるヒトに成長したわけである。そう,植物は確かに「生きて」いるが,知性があったり感情を持ったりはしない。ウソ発見機はニンゲンの感情の動きが代謝に影響するのを利用したもんだから,逆に言えば代謝を行うイキモノであれば植物だろうと昆虫だろうと反応はするんである。
 著者の塚谷さんはその辺の誤解を解いた上で,イキモノとしての植物の存在,戦略,適応について解説する。知ってるようで知らない,目ウロコ的事実もあってなかなか楽しかった。例えば俗に「寄生蘭」と呼ばれているカトレアなどは正確には「着生」しかしておらず (他の植物を「足場」として利用はしているがそこから養分は吸い取っていない) ,「寄生」と言われるのは濡れ衣だ,とか,ボルネオに生息するというアリノスダマという植物の不思議な生態 (こいつはなんとアリに建て売り住宅を提供してその「家賃」を養分にするのだ) とか……。
 もいっこ,植物,特に我々が食物にしたり観賞用に育てたりして利用している植物の大部分は遺伝的同一種,いわゆるクローンである。ヒトには人権というものがあるので,そのクローンを作るということには倫理的問題がつきまとうだろうが,羊やウシのクローンについて「神への挑戦」だの「神の領域」だのというのはピンと来ない,だって例えばバラとかサクラとか,ずっとそうやって来たくせに,と長いこと思ってきたのだが,植物学者である塚谷さんが同じようなことを書いているのを読んで嬉しかった。
 なんだかさぁ,一神教世界では動物と植物を同じ生物として同列に扱わない傾向……というか,とかくイキモノに序列をつけたがる傾向があるような気がするんだよね。ウシよかクジラの方が賢いんだから喰っちゃだめ,とかさ。それって実はめちゃゴーマンな考え方なんぢゃないかと思うんである,私は。

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