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ゆらさんのレビュー一覧

投稿者:ゆら

4 件中 1 件~ 4 件を表示

紙の本レキシントンの幽霊

2001/09/08 17:39

心のやみを垣間見たとき

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 物語の行方は不可思議であるけれど、描写の克明さや、語り口の安定感でリアリティを感じる7つの短編集。

 全体的にダークトーンといった感じの重さがあるのは、それぞれのテーマに、ありふれた日常の中に身を潜めている心の闇、孤独や暴力、恐怖を扱っているからだろうか。

 いじめを描いた『沈黙』。本当に怖いのは、いじめている当人ではなく、自分では何も生み出さず、表面的なことを無批判に受け入れ、踊らされ、集団で行動する「顔のない人たち」。沈黙という攻撃を受け続けた「僕」の言葉が、重く心に残ります。

 自らの過去の過ちによって残った心の傷、その恐怖心との葛藤を描いた『七番目の男』。一夜を過ごした居心地の良い屋敷での、現実と非現実の狭間のない不思議な体験を描いた表題『レキシントンの幽霊』。孤独であり続けた男の半生を淡々と描いた『トニー滝谷』など。

 過去に、実際にあったできごとを、村上さん自身のフィルターを通し、スケッチ風に描いた『回転木馬のデッドヒート』という短編集があるけれど、表現の精巧さとフィクションとノンフィクションが重なり合ったような雰囲気は、それに近いものを感じた。

 短時間でさらりと読める量でありながら、心の奥深く問いかけてくるようなそれぞれのテーマに、ふと立ち止まってしまう一冊です。

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紙の本夏の庭 The friends

2001/09/08 17:19

出会った夏は消えない

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ほんものの死んだ人を見てみたい

 きっかけはそんな好奇心から。小学生最後の夏休みを迎えた少年三人は、近所に住む一人暮らしの「今にも死にそうな」老人を毎日見張ることにする。死ぬ瞬間を見るために。

 なんとも不謹慎。だけど、この自然な好奇心、よくわかる。死ぬことがどういうことか考えるということは、同時に生きるとはどういうことなのかを考えることだ。

 少年たちと老人との不思議な友情とともに育っていく庭。合間に織り込まれた大人たちのやるせない事情。はたして、彼らは経験を通してそこにどんな答を見つけるのでしょう。

 生きていることが実感できない。死への歪んだ衝動で途方に暮れるような少年事件を耳にする昨今。死を感じとるのは死そのものからではなく、その人と関わりあい、同じ時を生きることで初めて自分のものとして受けとめられるのではないでしょうか。大きな痛みをともないながら。

 老いや死という重いテーマを扱っていながら、物語全体に吹き抜ける清々しい夏の風と濃い緑のにおい。それは、理屈で整頓しようとしていないところ、そして何よりも、少年たちがそれぞれに抱える迷いに強くまっすぐであるからかもしれません。

 以前からずっと気になっていた本なのですが、この本に出会えて良かった。10カ国以上で刊行され、映画化もされています。

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紙の本ブラック・ティー

2001/09/08 17:30

正しさは自分のなかにあるもの

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 たぶん、どんな人でも「やってはいけないこと」というものがあると思う。それは、単にその社会での常識や法律に照らし合わせたからだけではなく、誰が見ていなくても、自分の心が裁いてしまうもの。

 この本は、たとえば落とし穴にはまるように、きっかけさえあれば誰でも起こしそうなちいさな罪を描いた短編集。どちらかといえば、暗いテーマのそれぞれのお話。ところが、読んでいると感じる一定の距離感(作者と主人公たち、主人公たちと私)が心地よく、それだけに心の微妙な動きが静かに染みわたるよう。

 表題の『ブラック・ティー』は、電車の網棚から置き引きして生活している、かつて普通のOLだった女の子の話。寝る間も惜しんで働いていた頃と同じ街の片隅で、彼女は今こう思う。「常識さえ捨てれば、働かなくても暮らしていける方法があるのだ」と。

 そこにいたる背景は驚くような特別なものではない。けれど、書かれてはいないすき間から、ゆるされることを必ずしも望んではいない痛みが見えてくる気がするのはなぜなんだろう。

 網棚にわざと忘れられた、ブラック・ティーという名の高価なバラの花束。男の人から誕生日に花束をもらえるような、普通の生活に戻ることは可能。それでも、大勢の人のなかでまた生きること、花束を期待することが怖いと立ち止まっている弱さや歪みは、まっすぐな物語よりも私には共感できた。

 他、いじめられている姉を救おうとあやまちを犯した男の子の『誘拐犯』、妻子ある恋人にしてしまった、ある復讐『夏風邪』など。格好良く、綺麗には生きられない危うい現実を一歩引いた愛あるまなざしで描かれた作品たち。

 最近、書店に行くとこの山本文緒さんの本をたくさん見かける。それがなぜなのか、初めて読んだこの本でちょっとわかったように思う。

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紙の本東京タワー

2002/03/13 09:27

男の子たちとオンナたちの恋もよう

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 恋をするのは、ヒミツを持つことだとよく思う。明らかにできる恋でもそうでない恋でも。二人の間で共有する─あるいは、共謀といってもいいかもしれないそれらを、「他の人になんかわからない」なんて時おり思ったりもする。そんなふうにほんの少し滑稽で、厄介で、なんとも無防備に、この本のなかの人々は、恋をしてしまっている。

 主人公は、透と耕二という19歳の男の子。そして、二人とも年上の既婚の恋人がいる。
一見して対照的な二人。それは、恋のしかたにも表れているように思える。
 たとえば、透は、生活そのすべてに詩史(しふみ)の存在が息づいている。ひとりの時間、彼女の好きだと言った本を読み、彼女のお気に入りの音楽を聴き、彼女からの電話を(あまり期待しないように)ただひたすら待っている。ともすれば、詩史一色になっている自分を、「どうかしている」なんて1ミリたりとも疑ったりしない。そのまっすぐさ。

 一方、耕二は、最初から終わりを見据えている冷静さがある。それは、相手に家庭があることが前提。同年代の彼女もちゃんといたりして、だからこそ、いつも「捨てるのは自分の方」と思っている。したたかなようで実はとても弱い人。そう私には思えてしまう。

 江國さんの小説で男の子が主人公というのもあまりなかったのではないだろうか。また野蛮に身体を求め合う耕二と貴美子のような二人も。最も江國さんらしい登場人物といえば、詩史さんだろうか。とっておきのことをいつも隠し持っていそうな人。頭が良くて少女のように残酷な人。いつもはたぶん「こちら側」で語られるそういう人のありようが、今回は透の恋する目から表現されている。

 魅力的ではあるけれど、こんな人がそばにいたら、私はぶつかってしまうかもしれない。そう思ってしまった台詞がいくつかあったけれど、ここでは内緒にしておこう。

 東京タワーが見ている場所で繰り広げられる、ありふれた、そして特別な恋のお話。

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