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  3. つきこさんのレビュー一覧

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    3月のライオン(1)

    3月のライオン(1)

    羽海野 チカ(著),先崎 学 (将棋監修)

    5つ星のうち 4.5 レビュー詳細を見る

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    はらぺこあおむし 改訂

    はらぺこあおむし 改訂

    エリック=カール (さく),もり ひさし (やく)

    5つ星のうち 4.5 レビュー詳細を見る

つきこさんのレビュー一覧

投稿者:つきこ

53 件中 1 件~ 15 件を表示

輝くもの天より墜ち

2008/04/26 23:17

美しいこと。おぞましいこと。

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

美しいタイトルを裏切って内容は衝撃的です。

宇宙の辺縁にある惑星ダミエム。翼を持つ美しい妖精のようなダミエム人を保護する名目で、連邦から派遣された保護官が常駐するその星に一団の観光客がやってくる。観光客の目的は特異な自然現象”ザ・スター”。超新星爆発によるオーロラを思わせる現象とともに、彼らは驚くべき事件に遭遇する。

何か美しいもの。きれいなもの。

そんなものに対する無知や鈍感さが招く、おぞましい災厄を描いたこの物語、「たったひとつの冴えたやり方」でキュートな女の子に過酷な運命を選び取らせたように甘さを許しません。ユニークで魅力的なキャラで煙幕を張ろうと、本書は主人公が大人であるだけにもっと容赦がありません。

おぞましい災厄もやがて去り、美しいもの・きれいなものを蹂躙した後の世界に何を見るのか。

蛮行に立ち向かう勇気を描いたものは数あれど、蛮行の後に来るものをも予見して稀有な一冊。とても悲しいことですが、美しいもの、きれいなものを完膚なきまでに叩き潰しにかかる今の日本にあって、本書が提示する暗い示唆にうっすらと背筋が寒くなるよう。

「オーケー、グリーン」作中で何度も繰り返され、最後の最後で発せられるこの台詞。万感の思い。そんなものを鮮烈に痛切に感じさせ、圧倒されます。

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我々が恐れるべき唯一のものは、恐れることそのものだ

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

空気の読めなさ具合を競わせたら当代無比のふたりによるメディア論。
実はこの日本は悪の秘密結社、例えば13人委員会に牛耳られているのだ!……なんてオチがあった方がどれだけ救いがあるか。恐怖の大王を生み出しているのは何なのか。日本のメディアと社会に巣食う、救い難さが満載です。

森巣のような一介の博打打がなぜそんなことを憂慮せねばならないのか。そして森のようなテレビ出身の中途半端なライター兼ディレクターが、なぜこんな批評家もどきの発言をせねばならないのか。本書の意義と面白さはまさにそこにつきます。ギョーカイから距離を置いた人(弾かれたとも言う)ゆえの直言が爽快であり、痛快であり、悲しくもなります。
プロローグとエピローグを挟み、
・報道番組の悲惨な現場
・質問しないメディア
・見せないメディア
・懲罰機関化するメディア
・善意の行方
の全五章で吊し上げられるのは、テレビや新聞雑誌などのマスメディア。    森のボツに終わったドキュメンタリー企画で、彼が至高の人に問いかけたかったこと。私はそれを人として極めてまっとうな感覚だと思う。けれどそれは言っちゃおしまいよという”大人の分別”が、そんな問いさえ、疑問さえ公にすることを許さない。メディア内部いたるところで、この大人の分別と事情が顔を出し、今や惨憺たる有り様になっていることがよくわかります。
そして今、そんな大人の分別こそが曲がり角に来ている。そう感じさせる議論の数々でした。

森は、この負に振れた現状でも正にも転化し得るはずと説く。行間から滲み出る彼のいい意味での善良さが、救い難い状況であっても希望を抱かせる読後感だった。森巣の毒と笑いがより一層引き立つ。ところでこうした大人の分別から自由になることは、いちいち何でも個別具体的に精査せよ、考えよということでもある。考え続けるのは楽ではない。
そうなった時、考える人と考えない人との間に線を引く陥穽に陥らないこと。

森は「二者択一ではない。人はそもそも矛盾と曖昧さを抱えた生きものだ。だからこそこの世界は豊かなのだ」と言う。
考える人も考えない人も共に生きるからこその豊かさのはずだ。
そして、そんな森の言葉を美しいと評する森巣の言葉もまた美しい。
時間の試練に耐える精神の強度というものを学ぶ格好の書。
680円の新書としては破格に思えるほど充実した内容です。お買い得です。

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紙の本鴨川ホルモー

2007/02/17 12:44

こんな事あるわけない、でもこんな事に血道をあげる大学生がいてもいい。京都を舞台にした異色の面白青春小説。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 恐らくは四条京阪駅前にほど近く、四条通りから八坂神社をバックに揃いの浴衣姿で楽しげに闊歩する学生さん。そんな表紙につられつい本書を手に取る人は多いのではないでしょうか。
ー葵祭りに駆り出される大学生バイト
ー祇園祭の夜、鴨川での花火(注:禁止です)
ー鴨川べりのベンチで寝そべる学生さん
 あぁ、京都だよ。
 しかし、そんな京都への憧れや郷愁を吹き飛ばすような物語がそこには待っています。
 鴨川ホルモーって一体何さ???と一心にページをめくると、そこに展開するのは常人の想像力をはるかに超えた途轍もない物語。いや、ほんと途轍もないです。
 鴨川ホルモーの全容を知った時には私の方こそホルモー、と叫びたい衝動にかられましたよ。
 面白い、確かに面白いのですが頭の片隅で呆然としてしまう。そんな要素がてんこ盛り。
 とりわけ”吉田代替わりの儀”のくだりは一読の価値ありです。ここまで奇想天外なエピソードはここ数年来の読書経験をして最も強烈といわしめるもの。
 よくぞ思い付いた、よくぞ描ききったと作者の異能に脱帽するばかりです。
 おまけにおっとりのんびりゆる〜くマイペースに日々を過ごす京大生の生態がとってもリアル。
 このぬるさ加減がまた、この物語全体を覆う大きな魅力のひとつとなっています。
 商業ビルや高層マンションが次々に乱立する京都の街中に、もはや昔日の面影を探すのは無理。
 だけど千年の昔から、細々ながらも脈々と受け継がれているものもやっぱりあるのかもしれない。
 こんな事あるわけないと思いつつも、あってもおかしくない。
 そんな京都に流れる独特の空気を見事に紙面に描き出したところにこの小説の楽しさがあるのではないでしょうか。
 とりあえず、笑い上戸の自覚がある方には人目を避けての読書をお薦めします。

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羽田浦地図 新装版

2007/09/16 00:45

得意話はもう聞き飽きた、自慢話はもうこりごりだ。こんな話を待っていた。

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ネットで他人の書評をもとに良書に出会う事など夢のようだった昔、私が知らないすごい本に出会う最も手っ取り早い方法は、信頼する作家のお薦めに頼ることだった。この本もそうして知った本のひとつ。夭折した作家・鷺沢萠(さぎさわめぐむ)が感動のあまり全文をノートに書き写したという表題作を、二十一年ぶりに復刻となったおかげで初めて読む事ができた。

世の中にはどう頑張ろうとどうにもならない事もある。今は羽田空港として知られるその場所に、48時間以内に退去という占領軍命令で忽然と姿を消した三つの町があった事など、恐らく今多くの人は知らない。
本書はそんな羽田を舞台にした表題作他三編からなる、ノンフィクション作家でもある著者の小説集。それは誤解を恐れずに言えば踏みつけにされた人達、彼方へと飛び去る飛行機を尻目にそこでしか生きられなかった人達を綴った物語。

オイルショックにドルショック、時には戦中・戦後にまで遡る本書は確かに昔話だ。町工場が主な舞台だけあって地味でもある。けれど何かが変わってしまった、世の中が急に冷たくなってしまった、そんな風に感じる今に生きる人の心にもきっと届くはず。
世の中は変わる。馴染んだ世界も消えてゆく。どうにもならないと知った上でどう生きるか。恨みつらみをぶつけるでなく苦労を誇るでなく、たいらかに生きようとした登場人物の姿が胸を打つ。
奇跡は起こらない。ただ冷徹な現実だけがある。優しいだけでもしょうがない。理不尽を受け入れる開かれた心、受け入れつつ前に進むしなやかな力。多分再び理不尽なことが噴出するこれからの世に一番必要な、そんなものに本書は満ちている。
ネガティブな単語を連ねてしまったが、読後感は意外と明るく温かい。工場では浮いた存在の男が雀に餌をやる話「雀のくる工場」などは微笑ましくユーモラスでさえある。著者自身、旋盤工としてその職業を全うした人。地味な物語の一語一語にそんな著者の人生が染み出ているかのようだ。あとがきで知った著者の生き方にちょっと感動した。身近にこんな人がいれば、その周囲の人の人生もまた豊かになっただろうと羨望さえ感じる。

今本は次々に出版されて、あっという間にお蔵入りになる。お蔵入りになった本を入手するのは難しい。だからこそ復刻に尽力された編集者に心から感謝したい。そして羽田浦の方言をはじめ、本書の中で私は幾つもの鷺沢萠の影を見た。作品は無から生まれるわけでなく、古今東西過去さまざまな作品を踏襲し変化する。過去に繋がり未来に繋がる。そんな小説との出逢いをこれからも本当に待っている。

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カイト・ランナー

2006/05/13 14:55

君のためなら千回でも

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 君のためなら千回でも。
 最初にこの台詞が主人公に向かって発せられた時、アフガニスタンは緑豊かで活気に溢れた平和な街だった。次にこの台詞が発せられた時、そこはタリバーンが支配する荒廃し変わり果てた故郷でのことだった。
 かつて乳兄弟であり幼友達でもあった忘れえぬ人の口から出た誓いの言葉、主人公が彼の遺児にその言葉を伝えるまでには長い長い戦乱と混乱があった。
 現在のアフガニスタンからは想像もつかない豊かで平和な時代があり、その平和な世界はソ連のアフガニスタン侵攻により崩壊、主人公はアメリカへの移住を余儀なくされる。
 アメリカで長期間ベストヘセラーにランキング入りし現在も読まれ続けているこの本書、どうしてこんなに人気があるのか読んで納得。アメリカは移民の国、しかしアメリカに来る人全てが夢と希望に溢れてこの地をめざしたわけではなく、戦乱や政争に追われやむなく故郷を後にし、慣れない土地でそれでも生きていかねばならない人も多い。そんな人の心を本書はがっつりつかまえる。
 主人公の父は誰もが認める“男の中の男”、主人公は立派な父が誇りでもありそんな父の希望にそえない軟弱な自分を恥じている。しかも同じ家に住む召使の息子であり乳兄弟でもある自分と同じ年頃の少年はいつでも父の思いにかなっているようでそれを羨んでもいた。身分の隔たりはあれど決して拭い去れない劣等感がもとで乳兄弟とは決別してしまい、その事をずっと悔やんでいた。
拭い去れない苦い思い、やり直せない過去。忘れたはずの過去にやり直せる道があったら?そうして主人公は過去と向かい合って行く。
 ここで描かれる“豊かなアフガニスタン”は一握りの恵まれた豊かな人のものだ。それは著者自身がこの本の中でも指摘している。何より外国に逃れられた事がその証拠だ。しかし決してその豊かさを独り占めしていたわけではなく、他者への心配りを主人公の父は常に忘れなかった。そんな生き方を文化の違う国で理解してもらうのは難しい。アメリカに移住後思い通りにならないもどかしさから時には周囲と衝突する父と、故郷では父のようには生きられなかったが故に新天地で解放感を感じる息子。
 この小説には“戦乱に追われ流浪するアフガニスタン難民”というストーリーだけでなく、そこには父と息子の家族の物語があり、様々な形の友情の物語があり、恩讐の物語が含まれている。小さなエピソードのひとつひとつから家族の、友情の、そして故郷への尽きせぬ思いが感じられる。そしてアフガニスタン難民という著者の生い立ちゆえに圧倒的なリアリティで語られる戦乱時のアフガニスタンの惨状。わずか20年で徹底的に荒廃した国土と人心。前半の古き良き時代が美しいだけに悲惨さが際立つ。
 争いが人々の生活の何を破壊し、何をもたらしたのか。
そのつけを払わされるのはいつも幼い子供であり、この物語も安直なハッピーエンドでは終わらない。残された遺児の瞳が再び輝く日はやって来るのか。
カイトランナーとは凧を揚げて走る人の事で、かつてアフガニスタンには“凧合戦”という子供達にとって最大のイベントがあった。凧よ空を舞え、子供達よ凧を追え、そのために私が出来る事があればなんでもしてあげたい。そう思いつつ本書を読み終えた。

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紙の本希望−行動する人々

2008/05/25 00:02

まともな年長者でありたい。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「あきらめないで、最後まで希望は捨てちゃだめ」地にめり込みそうな絶望に打ちひしがれた時、こんな言葉ほど虚しく響くものはない。けれど違う、希望は捨てたり拾ったりするものじゃない。その人の身の内から湧き出てくるものだ。そう実感させてくれるのが本書です。口述歴史家とも呼ばれるスタッズ・ターケルが、9・11後を憂い、90を超える老体をおしてインタビューし本にまとめた、恐らく彼の最後の書。

多くの人の肉声を通じて浮かび上がってくる事にこそ、耳を傾ける価値があるとする彼のスタイルがとても好きです。本書では様々な形で逆境を乗り越えた人達が登場します。ホームレスに医療を出前する医師、自分が通う大学職員の地位向上のために座り込みをする学生、イラク市民を救う活動を続ける平和運動家、太平洋戦争中の強制収容所体験を経て公立高校の校長になった日系二世…。必ずしも問題は解決していません。けれど、これじゃだめだ、ほっておけない。やむにやまれず、見るに忍びなく。行動を起こしたきっかけはとてもシンプルなもの。ただこれだけは許せない。そんな衝動に突き動かされて行動を起こした人達へのインタビューで構成されています。自分で解決の糸口を見つけるべく何らかの行動を起こして、初めて見えてくるものがある。差し伸べられる手もある。行動を起こしたその時点で、問題の半分は解決したような気さえしてくる体験談がとても力強い。

ここは欧米か。国情が違えば方法論は時に無意味だろう。けれど彼の国が行った道は、いつか私達も辿る道。今まではそうだった。ノウハウだけを知りたい人には無用かもしれない。でも、これだけは我慢できない。そんな気持ちはきっと万国共通だし、そこからどう這い上がったかの心の軌跡を知ることは、国情の違いを割り引いても有益なはず。希望の光は地に打ちひしがれた時に燦然と輝くものでなく、一歩を踏み出すごとに少しずつ体内を循環し始め、そしてあら不思議。いつのまにかなんだか元気が漲ってるじゃない。そんな具体例がたくさん詰まってます。

もうだめだ、何かが間違っている。その声に応えてたくさんの本が何かを語り出す。ターケルの最後の願いとも思えるこの書は速やかに日本でも翻訳され、文庫という安価な形で出版された。そして過去どの時代よりも簡単に、そう知ることができる私達は、もしかしたらとても凄い時代にいるのかもしれない。原題は希望は最後に死ぬ。ターケルにとってはこの本を書くことこそが希望だったのだろう。真摯にその言葉に耳を傾けたいと思う。英語力に自信のある方は原著をどうぞ。本書は全訳ではなく原著からの抜粋です。

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紙の本うなぎ丸の航海

2007/07/09 13:29

うなぎはえらい。うなぎを追う人もえらい。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

うなぎ。これ以上はないほど身近にして神秘に満ちた魚。
どのくらい神秘かというと、ちょこっとその生態が明らかになっただけで、ネイチャー誌に論文が載る事3度。えっうなぎで?驚きです。
本書はネイチャーハットトリックを成し遂げた東大海洋研究所塚本教授のもと、ニホンウナギの産卵場特定という使命を帯び、荒海へと漕ぎ出した調査船白鳳丸に密着した海洋冒険ドキュメント。胸が躍ります。ナビゲーターは無頼の作家。ただ船に乗りたかったという理由で調査船に乗り込んだ、ウナギにはずぶの素人で呑んべ。べらんめぇ調で知られざるウナギ生態研究の最前線を語り尽くす。真摯に時にはワイルドに、世紀の大発見に挑む研究者の姿に、無頼の作家は惚れ、読者もほだされる。作家は門前の研究者となり、嬉々としてウナギ研究にのめり込む。未知なる物は常に楽しい。その姿に世界で自分が最初に知る、そんな楽しさを思う。
けれど、それがどうした。
多くは語られないけれど、日々彼らが科学とは何か自問自答する姿が見てとれる。彼らは学術的に素晴らしい成果・業績を挙げている。だが産業界の後ろ盾乏しき学問に、文科省を始めとする世間の目は厳しい。
けれど、それこそそれがどうしただ。
立派だけどつまらない事もする、すごい事をやっているけれど報われない事もある。それでも諦めずにウナギを追う姿には”世界で自分が最初に知る真実”を追求する者の真の偉大さが垣間見えて頭が下がる。今やお金さえ出せば宇宙旅行だって手に入る。けれど知力体力そして時の運。三拍子揃ってようやく目にする人類で一番乗りという体験は、金銭には交換不可能な、彼らだけが知る世界だろう。一番乗りなんか意味無いし、と運動会ではビリッケツ体験しかない勉強秀才がうそぶいたとしても、それはやっぱり負け惜しみだろう。

かつて無心にバッタを追った少年は長じて生物学者となり、一年の半分以上を船で過ごす。ロマンだ。けれどDNA大流行、鯖に鮪を生ませようとする試みが進む今、彼らの研究スタイルを泥臭いと思う向きもあるだろう。嬉しい楽しいだけで終わらないうなぎ丸の冒険譚は、現実に根差しつつ夢を追う事の難しさを織り込んでいて貴重だ。でもやっぱり夢を追う事は楽しい。けれど僕は私は夢を追って旅に出る、そんな若者が続いてくれればいいなと、夢を見る頃を過ぎた人は思うのです。彼らの姿に惚れ込んだ、無頼の作家が注ぐ憧憬の眼差しが切なくも心地いい。

白いご飯の上でホカホカと香気を放つ蒲焼の一切れ。その来し方行く末に畏敬の念が沸き起こる事必至。うなぎ丸に幸いあれ。何といっても鰻は天然ものに限るのだから。

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伝えたい、分かりたい、その入口で立ち止まってしまう人へ

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 恋愛は究極のコミュニケーション。この人を分かりたい、私を分かって欲しい。
そう思う事の幸せと痛みに、初々しくも心が温かくなりました。
 コミュニケーション強者は得だ。恋愛強者ミサコが魅力的なのも同じ理屈だろう。
 この小説の一方の主人公伸を関西人全般にあてはめるのは早計だけれど、関西人の根拠希薄な多幸感はコミュニケーション強者である事に由来するとつくづく感じた。打たれ強さは発した言葉の数に比例する。その結果、対人関係における最終奥義を他者より早く獲得する。どうにもならんこと、ようわからんこともあるけど、でも別にそれでええんちゃうん?

 納得のいかない結末に長年拘りがあったライトノベル”フェアリーゲーム”。その感想をメールを通じて語り合うことで知り合った伸とひとみ。うわぁ〜この人めっちゃわかってるやん。でもちょっと俺にも言わせて。伸の心情を関西弁で意訳するとこんな風。話を聞く、でもそのオチないんちゃう?ひとこと言わせてや。返事を返す。そうして積み重ねられていく二人の物語。後天的に習得した第二言語では伝わらないニュアンスがある。ひとみが新しいコミュニケーション手段の習得に二の足を踏むように、伸が関西弁を使うように、心底相手に伝えたい事がある時人はネイティブに戻る。
 伝えたい、でも伝わらない。
 一言一句違わずに自分の心情を語るのはとても大事な事、けれどもっと大切な事は伝えたいという気持ちが相手に届く事。荒削りでも言葉足らずでも、その気持ちが届く限り関係は途切れない。伝えたいと思うそんな人がいる事が何よりも特別な事だとわかる。
”繋がりたい”という細い糸が次第に確かな物へと変わりゆく過程が丁寧で、伝える事の大切さと難しさにしみじみと感じ入る。
 突き詰めれば異文化コミュニケーションのこのお話、”あなたと私はこんなにも違う”例え同じ本に感動したとしてもその違いは歴然と立ちはだかり、その違いをどう越えていくのか、読ませてくれる。
 すごく言葉足らずなくせに、言わなくてもいいひと事は鋭かったりと、対人関係は面倒だし難しい。けれどそこを越えた所にすごく楽しい事が待っているような。言葉を尽くして他者と向き合う楽しさに目覚めれば世界は変わる。
 伝えたい分かりたい、その入口で立ち止まってしまう人の背を優しく押す事になればいい、そんな物語でした。

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紙の本玻璃の天

2007/05/14 23:35

謎は明かされる、けれど著者の問いが胸を離れない

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ベッキーさんが帰ってきた!博覧強記の物知りにして銃の腕は現役将校のお墨付き。ベッキーさんの人となりこそがこのシリーズ最大のミステリー。花村家のご令嬢・英子さんと専属のお抱え運転手ベッキーさんのシリーズ第2弾、本書では英子さんの活躍が目立ちます。英子さん、少し大人になられました。主人公の成長が実感できる物語っていい。周囲の人に温かく見守られ、時には痛みを知りながら、着実に英子さんは成長していきます。しかし、その背後に忍び寄る時代の影。
 読了後、えっ、こんなに暗い時代になっちゃったの!?と驚きました。本書ではそんな時代を象徴するとある人物が様々な波紋を呼びます。
なぜこの時代が舞台なのか?
 ラジオ放送の始まりに胸を躍らせる人々、銀座資生堂パーラーでクロケットに舌鼓をうつ人々。いつの時代も目新しいものに目を輝かせ、こんなすごいものができたね、便利になったねと興奮に胸を躍らせる人の姿・気持ちは今の私達と少しも変わりはしないのだと教えてくれる。
 他方、女性運転手ベッキーさんが珍獣扱いだった昔に比べ、タクシーどころか長距離トラックの運転手にさえ女性が進出した昨今、ルールや常識は変わるのだという事を教えてくれます。
 そんな中、北村薫が放つ真直ぐな問い。言っちゃったよ。真っ向ストレート、直球勝負だよ。読んでる方が青くなりました。大丈夫か?こんな事言って。
 舞台を過去に移す事で、見えてくるのは現代に潜む危うさ。
“前に進むしかない、時間を巻き戻す事はできないのだから、前に進むしかない。”
 その時人はどう変わるのか、世代が変わり時が移りお前達はどう思うのか?生活は変わり、ルールも変わり、人のありようも変わったのか?人の進歩はいかほどのものか。カタストロフィを迎えた時代を知り、迷走する世界を横目にしながらも、選ぶ道はいつも同じなのか?そんな静かな問いをぶつけられたような気がしました。
 ああ北村薫はやっぱり先生なんだな、と高校時代の恩師を思い出します。数学や古典や世界史を語りながら、もしかしてこれが世の中の真理というものかと思うような事をぽろっと言っちゃって、後年しみじみとその言葉をかみ締める、そんな経験ありませんか?幾つもの言葉が頭の中をぐるぐると駆け回り、胸をざわつかせます。
 謎は明かされる、けれど著者の問いかけがいつまでも胸を離れない。解のない問い、立場の違いによって無数の解がある問いを考え続けるのは苦しい。世の中の平穏より今夜の夕飯どうしよう、その方がずっと切実な問題だったりするのだから。けれどそんな時、本の向こうに端然と佇む静かな決意を秘めた著者の眼差しを感じ、少し慰められます。そうしてその著者の眼差しに叶う読者でありたいと心から願う。そう思うのです。
 ま、そんな辛気臭い事考えなくても、本格推理らしく謎解きを楽しむも良し。本の達人らしく本好きの心をくすぐる薀蓄を楽しむも良し。どんな読み方をしても楽しめる、けれど脱線大歓迎だった私は王道(=ミステリ)とは関係のない所に心を動かされるのです。
 君死にたまふことなかれ。世界には安価な命と高価な命があるらしい。生まれた場所が違うだけなのにどうして?そんな疑問に納得のいく答えなど返せない。それでもなお、死を是とするは否、が当たり前である世界であって欲しい。

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紙の本海の鳥・空の魚

2007/04/06 21:49

この世にはグレイな層がある

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

人生のごく若い時期に
世の中にはグレイの層があると知った事は
私にとって幸運だった。
世間は再び好景気にわいているらしい。
巷にそこはかとなく流れる浮かれムードとは
無縁の生活を送る私は
古い本を手にとって落ち着かない心を静めようとする。
グレイでもいいんだ。読み終わった後、私は安堵する。
真っ黒でもなく、ぴかぴかに光輝く白でもない、グレイな層。
少し息苦しい時もあるけれど、
恐らく今後そこから出る事はないであろう世界で
呼吸するのが少し楽になる。
20編の掌編からなる短編集。ひとつひとつはとても短い。
だがそこには普通に生きる普通の人の生き難さと
ほんのちょっとした事でその生き難さから浮上する瞬間が
それはもう見事に、鮮やかに、描き出されている。
どれも好きなのだが特に好きなのが
「グレイの層」「明るい雨空」「ほおずきの花束」
「ポケットの中」「星降る夜に」の五編。
それでも五編もあるがこれ以上は絞りきれない。
”人に優しく”。
なぜ優しい方がいいのか、
この五編を読むだけでもはっきりとする。
ほんのちょっとした事でいいのだ。
ほんのちょっとした優しさで、
普通の人は幸せな気持ちになれるのだから。
そんな事をこの本は教えてくれる。
そして、優しい気持ち・幸せな気持ちが多い方が
きっと生きやすい。
映画にアニメにゲームに様々なジャンルの影響を受け
その中であえて小説というスタイルを選んだ
現在の小説家の中にはとんでもなく豊かな才能の人がいる一方
ただ消費財としての小説を量産しているだけの人もいる。
本を読むのは退屈な時間をやり過ごすためだけなのか?
本を読むことで見過ごしてきた何かに気付く事がある。
言葉にならないもやもやした気持ちを代弁してくれる事がある。
そんな読者がいる事を置き去りにされたような気分の時に
私は彼女の小説を手に取る。
初版から既に15年近い歳月が流れ
夭逝したこの作者の新作をもう読む事はない。
その事を心から残念に思う。
一方、何かを確かに彼女から受け取った。
そう言える本と出会えて私は幸せだ。

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アマゾニア

2006/05/30 12:49

アマゾンの森に遊ぶ楽しさ

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

“女同士はややこしい”。その言葉は嘘ではないけれど本当でもない。女だけの世界は意外と居心地のいいものだ。しかしそこに“男”がからむと途端にややこしくなるから面倒なのである。
時は16世紀、黄金を夢見て無謀にもアマゾンの森に迷い込んだイスパニア人の男が二人。
男子禁制のはずのアマゾネスの部族に二人の西洋人(しかも男)が迎えられたことから彼らの世界は大きく変わっていく。ただでさえ生まれるはずのない男の子をめぐって部族内が紛糾していた矢先、さらなる厄介事の発生はそれまで平穏に保たれていた秩序を崩壊させ、ひとつの不和が次の不和を呼び次々と災いがやってくる…とまぁこんな感じで物語は進行していくのですが、とにかく面白い!
強いて分類すればファンタジー?精霊は出てくるし、戦いはあるし、世界は破滅しそうになるけれど、今までに読んだどんなファンタジー小説ともその趣は異なっていて(大体アマゾンのジャングルが舞台の小説自体とても珍しいだろう)大人が読んでも楽しめる物語に仕上がっています。初恋くらいでジタバタする尻の青いお子様が世界の救世主になるような、間違ってもそんな物語ではありません。
例えば物語の幕開けは、長年の宿敵である“オンサの部族”を壊滅へと追いやった戦勝気分も抜けきらぬ“結びの宴”からスタートするのですが、この“結びの宴”とはぶっちゃけ戦に勝ったお祝いにご褒美として“泉の部族”の女達の体を他部族の男達に与えるというもの。こういう儀式がさらりと描かれる辺りが大人向け、冒頭から読者を驚かせてくれます。
“結びの宴”に“お宿りの儀式”などいかにも神話的な儀式の数々が繰り広げられる上に登場人物達の名前が、赤弓に夢見鳥に“影の三つ子“岩影・草影・沼影!なんと素敵な名付け方なのでしょう。この辺りでまず今後の展開を思ってわくわくしました。
そして泉の部族の女達はもとより彼女達を取り巻く男達、カイマン—鰐—の頭被りをした鰐の部族(この部族長がまたかっこいいのだ!)や亀の部族、猿の部族の面々の何と個性豊かで魅力的なことか!いいぞ、かっこいいぞ、強いぞ!読み進むほどにこの後はどうなるの???と頁をめくる手を止められない、そんな快感を久しぶりに味わいました。
奔放な想像力で紡ぎ出された物語を心ゆくまで堪能することのなんと幸せで楽しいことか。
“現実とは全くかけ離れた世界に想像の翼をはばたかせる楽しみ”をお求めの方は是非お試し下さい。読後感もすっきり爽快。あぁ楽しかった。

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ジェニーの肖像

2005/08/16 12:53

忘れえぬ物語

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「ライオンハート」のあとがきでこの小説の存在を知ってからずっと読みたかった本だった。
恩田陸に「ライオンハート」を書かせた小説とは一体どんな小説か。
ずっと気になっていたその小説が新訳で再登場、早速読んでみました。
一読後、なんてきれいな物語なのだろうとため息がこぼれました。きれいで儚くて哀しいお話。ロマンティックすぎるかもしれませんが時にはこんな風にきれいなものにどっぷり浸かりたい時もあります。
売れない画家イーベンの前に度々現れる少女ジェニー、彼女はいつも突然やってきて突然去っていく。しかも不思議なことに会うたびに彼女は大人びてゆく…
というのがこの小説のあらすじですが、この素敵な物語を味わうには一切の疑問やツッコミは封じ込めたほうが賢明です。
ただ虚心に、寄せては返す波のように惹かれあいそして離れていく恋人の姿に思いを馳せ、ただ愛しい人に逢いたいという、一途で強い想いが引き起こす不思議な世界に身をまかせるのです。
淡々とすすんでゆく物語には派手さはないけれどじ〜んと心に染み入る何ものかを感じさせてくれます。出会いと別れ、もうそんなに若くもない我が身ゆえに身につまされるのかもしれません。
またこの物語はその時々で読み返して心境の変化を楽しむことができる物語のような気がします。
恋の何たるかをまだ知らずただ憧れに胸を躍らせている時、恋に破れ悲しみにうちひしがれている時、生涯の伴侶を得た時、失った時。
その時々で感じるもの見えるものが変わっていくような気がします。
最後に恩田陸の解説が寄せられていますがこの文章がまた秀逸です。
ある本をきっかけにまた違う本を知る。本好きにとってはたまらない喜びです。

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紙の本最後のシュート

2004/09/09 14:39

アメリカンドリームは凡人には成し難いことを思い知らされる本です

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この本を読み終えた日は、偶然にも田臥勇太が日本人として初の米NBA入りを果たすというニュースが流れた日でもあった。
 田臥がNBAプレーヤーになるまでには様々な困難があったことと思う。しかし同じようにバスケットで成功することを夢見ながらスラムに暮らす黒人少年達の前に立ち塞がる困難とは全然別のものだ。
 本書はニューヨークはコニーアイランドにあるリンカーン高校の強豪バスケット部のスター選手4人の物語である。彼等は強く才能に溢れている。(4人のうちの一人は現在NBAで活躍中でアテネオリンピックの米ドリームチームにも選出されているような選手だ。)
 彼等がめざすのはスポーツ奨学生として有力な大学でプレーすること。その先にはNBAでプレーすることも含まれるが、目下の最大の目標は奨学金を得てスラムを脱出することだった。
 彼等ほどの才能と実力があればその目標は容易にクリアできそうな気がするが、アメリカでは奨学金獲得に際しSATという学力テストを課しており基準点をクリアできなければ大学への進学そのものが断たれてしまう…
 大学へ進学できなければスラムの貧しい生活から抜け出す術はない。失敗すればまさにゼロしかない状況。
 また将来の金の卵候補に群がるスポーツ関係者、甘言を弄し近付いてくる大学のスカウトマン、家族の期待とプレッシャー。その間にも銃や麻薬で命を落とす友人・知人、自分もいつ撃たれるかという恐怖。そういったもろもろのことにも耐えていかなければならない。
 すでに一芸に秀でていながらさらに多くを要求される彼らの姿が痛々しい(訳者あとがきで明らかにされるが4人のうちのひとりラッセルのその後には胸を衝かれる)。
 超人的なプレーだけでは越えられないいくつもの困難。そういった困難をひとつひとつクリアしていって初めてかなうプロ入りの夢。
 アメリカンドリームをかなえるのは本当に並大抵のことではないと改めて思い知る。
 本書では時に唖然とさせられ、時には眉をひそめたくなるようなエピソードとともに米バスケット界をとりまく現状と問題点が語られる。人種の問題。貧困の問題。スポーツを題材としていながらその読後感ははっきりいって重苦しい。だがそれだけに読みごたえは十分だ。
 全米でバスケットボールの男子高校生プレーヤー数50万人、大学への奨学金を手にする者の数はわずか1パーセント以下。その過酷な現実があますことなく語られている。
 

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紙の本女教皇ヨハンナ 上

2006/05/15 13:15

先へ進む人、そこにとどまる人。進んだ人が見た世界とは。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

時は中世、科学よりも神の教えが尊ばれた時代。封建制度のもと一般庶民はもとより女性の人権は徹底的に貶められた、女性にとってはまさに暗黒の時代。
そんな時代に生を受け、ただひたすら好奇心の赴くままに学問の道を究めようとし、女性であることを偽ったまま修道院に暮らし、遂には時の最高権力者ローマ教皇に登りつめた女性がいた!…かもしれないという伝説をもとにしたのが本書、断片的に残された史実ともいえないような伝聞をもとに大胆に創作、波乱万丈な展開は文句なしの面白さです。
女として生きるか、個人の幸福を追求するか。
本書の主人公の場合は個人の幸福=聖職者としてのキャリアですが、現代なら“両方とる!”と軽く言ってしまえるような事が中世ではいかに途方もない望みだった事か。高貴な生まれでもない一介の女の子が勉強するなんて事は女にあるまじき行為とされた中世では、まずキャリアを得るまでがひと苦労。ましてやキャリアと女の幸福の両立なんてありえない!はずだったのですが、そのあり得ない事があったかもしれないと考えると俄然面白い物語になるわけです。
主人公ヨハンナを襲う理不尽さに身悶えし、そんな彼女を優しく見守る守護者の姿に安堵し、そして教会内の権力闘争に明け暮れる堕落した聖職者に憤りを覚えつつ、そんな輩を尻目にひたすら自分の職務に献身的に励むヨハンナの姿に共感し、と大河メロドラマ的要素もたっぷりと堪能。
今よりもずっとずっと不自由な時代に生きた女性が何とかして自分の思いをかなえようとあがき、もっと先へこの向こうへと自分の未来を切り開いてゆこうとする姿に胸が熱くなります。壮大な大河メロドラマではありますが、それだけに終わらない面白さなのはこのヨハンナの思いの強さに共感できるからではないでしょうか。
実在したのか否か本当のところはわからないけれど、彼女の存在に心励まされた女性は多かったのでは、という終わらせ方がまた心憎い。いつの時代にも女性だからと諦めず閉ざされたドアをほんの少しこじ開けて、次へ、その向こうへ、そうやって連綿と今の私達に続いている、そんな作者のメッセージを感じたような気がするのはうがちすぎでしょうか。
しかも面白いだけでなく、取り上げられる事の少ない中世ヨーロッパという時代の雰囲気、キリスト教の複雑怪奇さを知る上でも本書は良い参考書になっています。フランス革命を知るために“ベルばら”を読むように、中世という時代を知るために手にとって見て下さい。歴史書としてもおすすめです。

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七月七日

2005/02/28 14:07

「ブラザーフッド」や「プライベートライアン」の映画を観るようにこの本を手に取って欲しい。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 映画ならともかく戦争しかも第二次大戦中の小説なんて辛気臭くて読んでられない、そんなに人にこそ是非手にとって欲しい。善きにつけ悪しきにつけ読後さまざまな余韻を残すことは間違いない物語なので。

日系アメリカ人のショーティーが主人公。
彼は日本語を理解し日本人としての教育を一世の両親から受けてはいるが物の考え方、感じ方は当然のことながらアメリカ人により近い。
しかしショーティーは日系人として差別を受けながら育ち開戦後は強制収容所へ連行された過去を持つ。アメリカは決して万民にひらかれた自由と正義の国ではないと身をもって知っている。そして日本人からは同じ日本民族でありながらアメリカに味方するものとして裏切り者呼ばわりされる存在。
 日米のどちらかを一方的な善とも悪とも思い定めることのできないショーティー。
絶対の正義など有り得ないと既に知ってしまっている彼の“どっちもどっち”の視線を通して戦争が語られていく。

 既に希望を失っている彼には、国を守るという大儀に燃えた若者が抱くような“なぜ戦わなければならない”という感情の揺らぎは見られない。彼なりの目的を果たすために淡々と与えられた任務をこなしていく。しかしそんな彼でさえ戦闘が激化するにつれ、あまりにも理解しがたい日本人の行動に苛立ちを覚え疲労を募らせていく。

読了後さまざまな疑問が頭に浮かんだ。

まず第一にこの既視感は何なのだろう、と。
戦争の事はよく知らないしこの小説で始めて知ったことがたくさんあるにも関わらず、どこかで見たことがあるしどこかで知っているような気がするのは何故だろう?

逃げ惑う日本人よりも追う米兵に同情するのは何故だろう?
私だってこんな任務はやってられない。物語終盤で主人公に付けられたアメリカ人護衛兵がそう弱音を吐く気持ちがよくわかる。

戦争を経験した人ならどう考えるのだろう? 日本人よりも米兵の考え方の方がより理解し易いと言ったら怒られるのだろうか? これだから戦争を知らない奴は、と。

またどうして作者は第二次大戦中の日本軍をテーマとした小説を次々と書くのだろう?

確かにテーマは重い。しかし是非映像で観てみたいと思わせる印象的な描写が幾つもあるし、ここぞという時に放たれる台詞の数々や、主人公が敵兵の遺留品から相手の動きを探ろうとするところなどはミステリーの謎解きにも通じる面白さを感じた。絶妙のバランスで加味されたエンターテイメント性がこの物語をより読み易いものとしている。

哀切に満ちたラストシーンがとにかく素晴らしい。
無口で無愛想、感情を忘れたように振舞うショーティーであっても人の子なのだ。その場にいるみんなが誰かの子供であり、敵だろうと味方だろうと兵士だろうと捕虜だろうとその点ではみんな同じなのだ。
ここで示される祈りにも似た願いを一体誰が叶えられるのだろうか。

そして、既視感の源はここにあったのだと気付く。
ここで示された願い事は今も世界の到る所で繰り返されている。
その背後には60年前のサイパンで本来死ぬべきではなかった日本人とそれに巻き込まれるように命を落とした米兵と同じように、多数の無意味な死が転がっている。

繰り返される戦闘と繰り返される無意味な死。

作者が戦争をテーマに書き続ける理由もそこにあるのだろう。
そしてこの物語が読まれるべき理由もそこにある。

国は国民を守りはしない、特に国民がその保護を最も必要とする時には国は国民を守りはしないし、国のために命を落とした国民を国が本気で悼むことなどありはしない、ということを私達は肝に銘じるべきであろう。

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