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葉山さんのレビュー一覧

投稿者:葉山

4 件中 1 件~ 4 件を表示

紙の本パルムの僧院 改版 上

2002/02/17 17:42

作者名に臆してはいけないぞ!

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 一冊の本は一つの閉じた世界である。
 開いた時に世界は始まり、閉じた時に世界は終わる。…なんか聞いたような台詞だな。まあいいや。映画や演劇など、本に限らないが、一つの作品すなわち一つの虚構世界は私たちの眼前にある時点で既に全ての運命が定められているのだ。だから、例えばサスペンスなぞの場合、主人公に背後から迫る殺人鬼の存在を警告することは不可能だ。世界は我々がどう願おうと定められた運命をなぞるだけで、僅かに可能な抵抗といえば本を閉じることくらいだ。
 当たり前である。当たり前ではあるが、その不毛な願いを止めることも難しい。優れた娯楽小説であるほど、難しい。なぜなら、娯楽小説というものは起承転結波乱万丈であるものだし、優れたものは登場人物が魅力的に造形されているものだからだ。思い入れ無しに何時間も活字を追うことなぞできるものか。少なくとも私はできない。という訳で、今日も私は無駄と知りつつ怒ったり泣いたり笑ったり突っ込みをいれたりしながら本を読む羽目に陥るのだ。不毛である。が、これこそ読書の快楽ではなかろうか。
 パルムの僧院は、その手の不毛を充分に味わわせてくれた、憎い小説である。実のところ、スタンダールという有名どころの名前に怯えてなかなか手をつけられなかったのだが、これが面白い。
 時はナポレオン盛衰の近代黎明期、パルムの専制君主国家都市を舞台に美男子や悪い美女、ダンディーなおっさんや成り上がり物の法律家、箱入り娘に臆病な君主といった紋切り型で魅力的な登場人物達が、16世紀的行動規範通りに恋と陰謀に明け暮れるという粗筋である。
 というより、善良で顔だけが取り柄の非常に頭の軽い、やることに分別がなく関わった人間全てに迷惑を掛けずにいられない割に、本人悪意も反省もないどころか迷惑を掛けた自覚すらないという非常に傍迷惑極まりない歩く災害のくせに誰一人彼を恨むものはいないといういけいけどんどんな主人公の起こす波紋に、周囲の人々がそれぞれの特性に従って有為転変する物語と云おうか。後ろは見ずに突っ走れ。
 突っ込みどころ満載につき、独り読み耽りつつぶつぶつ呟いていた私は傍目から見たら怪しい人であったに違いない。が、実に楽しかった。こういう読後に何も残らない、単純な読む喜びを味わったのは久しぶりであった。有難うスタンダール。他のも読んでみようかな…。

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紙の本蟲師 1

2001/07/30 15:19

白昼夢を飛んでみたくは無いか?

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 私は昔から怖がりで、幽霊やら人間やら動物やら大抵のものが恐怖の対象であったが、何故か妖怪は恐ろしくなかった。人に仇成すものもいるとは知っていたが、人と相容れないくせをしていつも人の生きる片隅に息づいているようで、彼等は何処か鷹揚で哀しく、懐かしいような気がした。
 この漫画にある『蟲』にそれを思い出した.『蟲』は孤狸妖怪の類よりも文字どうり虫に近い、意思の通わせることのできない生命にではあるが(たまに例外もいる)、けして手が届かないようでいてふと足元を見るとそこにいるような、その曖昧な距離感が似ている。
 気づいてみるとこの捕らえどころの無い曖昧さは漫画全体に漂っている。頼りになるのかならないのかのらりくらりとしている狂言回しの蟲師といい、生活風物は江戸そのものなのにGパン穿いてるのがいたりするし、絵の線も下手なのか巧いのか判断がつきにくい。なんだか夢でこの漫画を読んだんじゃないかと疑ってしまうような心もとなさがある.悪い気分ではない.むしろ心地良い.私は好きだ。
 こう云う夢中浮遊を味わってみたい人にはお勧め。

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紙の本柿の種

2001/07/29 13:34

詩情に溢れる科学者

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 理系の文章という奴がある。簡潔、平明、直裁。論文慣れした彼等の文章は、必要最低限まで無駄が省かれるのだろう。美辞麗句に慣れた目には、無愛想なまでに言葉の少ないこの人の散文は酷く心地よい。蕩尽を尽くした文章も悪くない。でもできるなら、彼のように涼しい文章が書けるようになりたいと願う。
 科学者、と先に述べたが、物理学の最先端を走ってきた彼は時に一風変わった研究もした。例えば、椿の花が何故何時も上を向いて落ちているのか、とか、硝子に鉄球をぶつけてその割れ目の走り方を見る、とか。ちゃんと測定し、海外の雑誌に論文発表もしているのだ。呑気な、と呆れたが、実を言うと羨ましい。自分で選んでおきながら、ひとつの分野に閉じこもってを続けていると、不意に息苦しさを覚える。ふと感じた疑問、魅惑を感じた些細な事柄、それを何故追求しないのだ?何時の間にか私は私を架空の枠組みに押し込んでいたらしい。そうだ羨ましがることは無い。汝の欲することを成せ、だ。
 つらつらと述べてみると、なんだか難しい本のようだが、別段堅い話なぞ無い。そういう心の目のしっかりと開いたオジサンが、思ったこと考えたこと感じたことを日々綴った散文集であると纏めて終わらせて頂く。御清聴感謝。

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紙の本センセイの鞄

2001/08/08 02:10

恋愛の定義についての一考察

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 マザコンファザコンシスコンブラコン、ならばやはりグランパコンとでもいうのだろうか。何かドロンパみたいだが、昔から私はそれであった。ジジイ好きなのである。
 何故ジジイ好きなのかというと、当然私の爺さんが素晴らしい人であったこともあるが、性の匂いが無いというのも一因なのではないかとこの本を読んで考えた。精神的にはどうであれ、物理的に性を無理強いすることの不可能な老人に対する安心感。かなり残酷でわがままな言い分ではあるが。
 この本の中で、語り手である30代女性のツキコさんと高齢者であるセンセイはこまごましたエピソードとともに恋愛に関係を発展させてゆく。だが正直言って、彼等が恋愛感情を持ち始めるのが不思議でしょうがない。話からはあからさまにツキコさんがセンセイを押せ押せに口説いているのだが、ツキコさんがセンセイに持っている感情が恋愛感情とは到底思えないのだ。一緒にいると安心して、楽しくて、しっくりする、性欲の無いのんびりした感情。それって別に恋愛じゃなくていいんじゃないか?楽しい飲み仲間で良いんじゃないか?
 という訳で、話中1度彼等が情を交わすシーンがあったのだが、それがどうも不自然に感じられた。やわやわしたワタアメをたのしんでいたら、急に馬刺しが口中に飛びこんできたような不快感。馬刺しも嫌いではないが、別にして欲しい。前半の二人の依存し合わない友達関係の、何処か現実離れしたやさしい話が心地良いぶんそう思う。

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