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    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

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    中野 ジェームズ修一 (講師),日本放送協会 (編集),NHK出版 (編集)

    5つ星のうち 4.0 レビュー詳細を見る

uwasanoさんのレビュー一覧

投稿者:uwasano

58 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本物は言いよう

2005/01/13 22:20

下品な文化が許される土壌に物申す

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 政治家や文化人の発言やマスコミの言説で、おかしな物言いに出くわすことがある。舌禍事件として問題視されることもあるが、同じような発言が繰り返される場合も多い。これはなぜなのだろうか? 著者は、性や性別に関係する物言いの実例から、この国の未熟な文化土壌をあぶり出した。
 数々の事例を見て浮かび上がるのは、政治家もマスコミも物事を深く調べたり考えたりせずに発言していることである。例えば谷垣禎一財務大臣の「放火なんていうのは、どちらかというと女性の犯罪なんですね。」発言。また大橋巨泉氏の「専業主婦が少なくなればなるほど、少年犯罪が多くなっているのは数字で出てますね。」発言。これらは統計上正しくない発言である。このように、行政や立法の人間でも事実をろくに調べない。事実から物事を考えないような人間だと、政策立案や政策執行を任せられないと思われる。
 また「ジェンダーフリー教育」がらみで、米長邦雄氏(p304)も産経新聞・読売新聞(p306)も、頓珍漢な言説を披露したため、著者に批判されている。「ジェンダーフリー」が和製英語だから駄目だ、という人もいるが、それも誤解なのだ。教育委員も全国紙も「ジェンダーフリー」について何も勉強せずに批判しているのが分かる。これらの頓珍漢な声に押されてか、政府は「ジェンダーフリー」という言葉を使わない方針らしいが、ゆとり教育の転換といい、これといい、教育に関する政府の一貫性の無さにがっかりさせられる。著者は、「ジェンダーフリー教育」を白紙に戻し、「男女平等教育」をきちんとやれと提言している(p322)のだが、まあそれが現実的か。
 三浦朱門氏や太田誠一氏や西村眞悟氏の強姦発言は、男の絶倫が尊ばれるという日本の土壌に問題がありそうだ。テリー伊藤の『お笑い大蔵省極秘情報』でも、インタビューされた大蔵官僚は自分たちの絶倫さをアピールし、スキャンダルを起こした中島義雄・田谷廣明の両氏をかばっていた。学のある人間が、紳士とは言えないような発言をしている。日本の教育は、紳士を作るのに失敗している。
 こんな日本の社会のありように、今まで文句を言う人はいなかった。著者は、雑誌「噂の眞相」で「一人圧力団体」を5年間も続けた。雑誌連載中も、権力者や文化人を名指しで批判していて面白かった。この本は、その連載が土台となっているのだが、個々の文化人批判が目的なのではなく、日本の文化土壌を問題としているのがはっきりと分かった。
『週刊ポスト』の横山ノック事件の実録モノの記事(p169)のように、セカンド・セクハラを軽く考えているような、そういう土壌が確かにある。この下品な土壌が、この本により変わるかどうか。多くの人が、この下品さに気づくかどうかがポイントとなる。この本は、それに気づくためのガイドブックなのだ。


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紙の本佐高信の新・筆刀両断

2006/08/16 22:21

「真面目で上品な記者では権力と戦えない」と過激にかますコラム集

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 小泉政権の時期に、反小泉の思想を出し続けた評論家・佐高信氏のコラム集である。2004年から2005年にかけて『週刊新社会』に連載されたコラム「毒言毒語」と、2000年から2001年にかけて『サンデー毎日』に連載されたコラム「政経外科」の抜粋が収録されている。解説を著者との対談本『だまされることの責任』もある、ジャーナリスト・魚住昭氏が書いている。
 魚住氏の解説「佐高信と反ファシズム」でも取り上げられている、コラム「立派な強盗に」(p112)がよい。佐高氏は、新聞労連の集会で「記者の仕事はユスリ、タカリ、強盗の類いなのだ」とアジった。「言い過ぎだったかな」と思いながらアジったわけだが、講演後、女性記者から「サタカさん。私、立派な“強盗”になります」と言いにきたという。新聞労連という、政権チェックの役割を担う人々に、一発かましてやらねば、と過激にアジる佐高氏。それに対し、ナイスなリアクションが返ってきたというオチである。佐高氏の考えるジャーナリズム精神が伝えられたな思った。
 私は子供のころ、バスツアーで東京を観光したことがある。読売新聞社で社員から話を聞くというコースだった。その社員がずいぶん力を入れてツアー客相手に話をした。エリートのイメージはなく、泥臭いというイメージだった。あれから20年以上たった。今、記者達はどうなっているだろう。政権に近づきすぎて、書くべきことを書けない状況になっていないか?
 北朝鮮のマツタケ問題が出た時、「食っても書け」と佐高氏は言う(p68)。これは、知り得た情報を全部書くという『編集長を出せ! 『噂の真相』クレーム対応の舞台裏』の「噂の真相」編集長・岡留安則氏の主張とつながる。接待されても書いてしまうことが正義なのだ。
 魯迅の言葉「フェアプレーは時期尚早」(p96)が紹介されているが、マツタケをごちそうになったとか、知り合いだからとか、そんなことで書かないようなら、記者失格である。。「沖縄返還の密約を暴いて不当逮捕された毎日新聞の元記者、西山太吉」(p112)は、「烏天狗の群れ」(p230)と呼ばれる警官=権力に逮捕された。このことを、絶対に忘れてはならないだろう。
 ジャーナリズム精神は権力をチェックすることに意義がある。在野の精神と言い換えてもいい。大新聞の場合、新聞記者が政権内部に取り込まれてしまわないか、心配である。
 放送局や雑誌やフリーの記者についても同様である。ジャーナリストでも、政権内部に食い込む過程で、自身が権力を得てしまうという、渡辺 恒雄氏や猪瀬直樹氏の例もあるだろうが、本来ジャーナリストは権力チェックに撤するべきだ。この二人も昔は在野の精神を持っていたらしいが、いつしか堕落してしまった。この二人はあくまで特殊な例なので、他のジャーナリストはまっとうな道を歩んでほしい。

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「誠意を持って話し合えば、解決できる」というポリシーでクレームに対処する岡留編集長

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 かつて『噂の真相』(略称・噂真(ウワシン))という月刊誌があった。コラム等の連載陣のページが充実していた。それらは、今、佐高信『タレント文化人筆刀両断!』、斎藤美奈子『物は言いよう』、永江朗『メディア異人列伝』、田中康夫『東京ペログリ日記大全集』等といった書籍で読むことが出来る。しかし、この雑誌のメインは、コラムではなくスクープ報道にあった。大手マスコミが取り上げない、日本のタブーについても、挑戦的に記事にしていた。本書は、その雑誌の編集長・岡留安則氏が、スクープ記事に対するリアクション、つまり、クレームにどう対処してきたかを語ったものである。
 作家、芸能人、政治家、天皇、警察、検察、右翼、暴力団、部落関係といった記事を掲載してきた噂真は、様々な人からクレームを受けた。それらに対する編集長の基本姿勢は、「相手の主張をよく聞き、対処する」という、極めてまっとうな正攻法だった。過激な雑誌を作り続けた編集長は、クレーム対応については、「誠意を持って話し合えば、解決できる」というポリシーを持った常識人だったのだ。
 クレームを受ける側が常識人としても、クレームを付ける側が常識人とは限らない。記事に対して京都地裁に提訴し、傍聴席に“そのスジ”の人を列べた野中広務氏(p189)、自分と右翼幹部との関係をちらつかせ、「俺のことを書いたら、黙っていないやつがたくさんいる」とベタな脅しをしてきた内閣情報調査室室長(p196)、雑誌の印刷所、取引銀行、取次会社に威嚇的抗議行動を起こす右翼団体(p232)、右翼団体員二人の編集部襲撃事件(p246)等、常識が通用する相手ばかりではなかった。
 ライブドアのホリエモンこと堀江貴文氏が逮捕前、日本外国特派員協会講演で「(憲法上の天皇制を変えないのは)右翼の人達が怖いから」と言っていた。噂真に対する右翼の襲撃を見ると、この意見はあながち的外れではないようだ。報道を抑えるのに、暴力による抗議を行い、それが有効であるという事実。噂真は岡留氏は乗り切ったが、他の報道機関にはあまり期待できない。もし岡留氏のレベルの人がもっと多ければ、噂真のレベルの雑誌記事はもっとあってもいいはずだ。
 暴力ですべてを支配するという、『北斗の拳』のラオウの思想が、現実世界でも覆いつつある。暴力で世界を支配してもうれしくないだろうし、テロリストを生み出す可能性もある。噂真がネタにしてきたような権力者の方々には、覇道より王道の思想を勉強し、基本的にスキャンダルを起こさない、清廉な人であってほしい。先進国というのは、暴力で物事を解決しない国のことだと思う。言論の自由があるのは、日本の誇りである。

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超A級ヒットマンの名を受け継いだ営業マンを主人公としたアクション劇画

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 稲葉十吉(いなばとうきち)は34歳、結婚して半年の、そこそこ成績のいい平凡な営業マンだ。接待帰りの夜中の2時頃、田舎の旧道を車で走っていた彼は、拳銃による殺人を目撃する。殺人犯=超A級ヒットマン“二丁”もまた撃たれて死ぬ間際だった。二丁は死ぬ直前、十吉に標的の殺害及び自分の恋人の救出を命じる。それが出来なければ、十吉本人及びその家族が皆殺しになる。その時点から心ならずも“二丁”の名を継いだ十吉の戦い始まる・・・
 突然、裏社会に引きずり込まれた男を主人公としたアクション劇画である。「人生、急転直下」「突然始まる命懸けの二重生活」と表紙にあるとおり、巻き込まれ型サスペンスに、サラリーマン+ヒットマンの二重生活の面白さが加わる。営業マンとして培った能力は、裏社会でどう生かされるか? 営業マンと違い、ヒットマンの失敗は即、死につながる。本当の意味でのサバイバル(生き残り)のためのリアルな戦いが開始される。
 洋画『コラテラル』(トム・クルーズ主演)や『ニック・オブ・タイム』(ジョニー・デップ主演)に似ているが、こちらの劇画の方がずっと面白い。情報量の多い込み入った物語なのだが、映画と違い、劇画はじっくり読めるため、濃厚さを味わえる。そのくせ、テンポの良い物語世界も堪能出来る。本でなければ味わえない面白さがある。
 また、登場人物、犯罪組織、銃器、アクション等が、どれもがリアルに描かれていて、説得力がある。銃撃戦のシーンがたくさん出てくるが、残虐さをほどほどにしてうまく描かれている。
 人物等はリアルなのだが、この劇画の物語には、基本的にはリアリティはない。しかし、ある特殊な状況下で人はどのような行動を取るか、というシミュレーションはよく出来ている。架空の物語として楽しむのに丁度よい作品である。
 この劇画に登場する犯罪組織“コンビニ”も、劇画の物語として構築されたリアルさがあり面白い。地域ごとに支部長がいる、エージェントは金に細かい、内部の対立・裏切りがけっこうある、という部分部分がとてもリアルである。第1巻では出てこないが、“スーマー(スーパーマーケット)”という名のライバル組織もある。一般企業社会をモデルに犯罪組織を構築しているわけだが、現実の暴力団に存在するという「振り込め詐欺を教える組織」や「北朝鮮から覚醒剤を輸入している組織」よりも、ずっとリアルさを感じる。
 この劇画を読んでいて、別の劇画作品『クライングフリーマン』と『静かなるドン』を思い出した。これらは、実写で映像化された作品だが、『今日からヒットマン』も含めて「裏社会にまぎれ込んだ平凡人」の話である。これらは全部、リアリティがあるんだか、無いんだか、よく分からない作品群だが、「ありえねー」と一蹴せずに、劇画でしか味わえない、奇想天外な面白さにどっぷりとハマりたい。

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会社というものを根本から考えるためのガイドブック

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 新聞記者、研究所員、大学教授を経て、経済評論家となった奥村宏氏による「最上のブックガイドにして、最高の「会社論」講義!」(表紙)である。「会社をめぐるさまざまな問題を取り上げ、これについて書かれた本に対して私の考えているところを学生に講義するように書いた」(p2)とあるとおり、ほとんどすべての頁で本が紹介され、それらから何を得られるのかを書いている。株式会社がどのように生まれ、どう発展してきて、どこへ行くのかという歴史的な流れと、日本・アメリカ・ヨーロッパの動向という地域的な事例が縦横に語られる。そして、アメリカでも日本でも、株式会社の欠陥が明らかになり、現在、それは死に至る病にかかっているというのが、著者の認識である。
 著者は「会社とは何か」という根源的な問いを持ち続けている。多くの学者が、株式会社を守るために、どのような制度改革をすべきか、ということを考えているのであろうが、著者は株式会社自体に欠陥がある、これを根本的に変える必要がある、という立場である。
 「私が読んだ本で不満や反発を感じた点についても正直に書いた」(p3)とあるとおり、とくに、会社の実態を知らない学者の書いた本に対し、手厳しく批判する。岩井克人『会社はこれからどうなるのか』、『会社はだれのものか』(p64)や米倉誠一郎『経営革命の構造』(p128)、青木昌彦『経済システムの進化と多元性 比較制度分析序説』(p181)等のその道のプロの本についても批判している。たとえ有名な本でも、内容を鵜呑みにすることは危険であると教えてくれる。
「では、どうしたらよいのですか」という問いに、「それはあなたが考えることです」と答える(p16)。『ザ・コーポレーション』のJ・ベイカンも「青写真はない」という答えで、奥村氏は「わが意を得た思いがした」という。評論家の佐高信氏の本や、医師で評論家の野田正彰氏の本も、「答えはあなたが考えてください」というタイプの本を書くが、マークシートを埋めるような試験ばかりやっている人の場合、この手の本はもどかしいかもしれない。多くの読者は直接的な回答を欲しがるだろうと思う。しかし、それは「新興宗教の教祖」を欲するようなものである。「自分の頭で考えよ!」は、どんな教祖の言葉よりありがたい教えである。
 とは言え、現在、多くの日本人が信じているであろう大企業信仰から解脱するにはまだまだ時間がかかるかもしれない。日米の多くの人がこれを信じているようだし、最近は国家を超える多国籍企業もある。P.W.シンガー著『戦争請負会社』』のように、戦争を引き受ける会社まである。まるで、高橋留美子の漫画『うる星やつら』に出てくる面堂家の私設軍隊の世界である。
 こんな大企業体制は、それほど昔からあったわけでない。国家が滅んでも、大企業は続くと考えている人もいるかもしれないが、本当のところは分からない。継続可能な会社=永久に続く企業とはどうあるべきか? 企業人なら誰もが考えるであろうこの問いについて、原点から考えるきっかけを、この本は与えてくれる。

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竹中平蔵が目指す「新自由主義のキングダム」は立派なものなのか?

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

竹中平蔵の思想と行動を追求した本である。竹中は新自由主義を日本に適用させていった。規制を緩和し、企業に自由を与える方法であるが、「利益追求のためには、違法で無ければ、何をやってもいい」という思想である。この思想を自ら実践し、成功させていく姿を描いている。
 他の研究者と共同研究をした内容を、単著で勝手に使うエピソードがある。使われた鈴木和志は泣きだしてしまい、今でも竹中の本を「見たくないから見ていません」(p61)と言う。また、高橋伸彰も自分の作成したグラフを拝借されて「しょうがないなあ」と言う(p62)。顰蹙を買ったとしても、違法でなければやるのである。
 住民税の逃税の話もある(p114)。住民税回避のために住民登録の抹消と再登録を繰り返すという、脱税(違法)にならない方法を、自ら実践した。「合法ならば何をやってもいい」という思想の実践である。
 だんだんエスカレートしていく。彼の影響で人の死に繋がっていく。「竹中プラン」で、りそな銀行を監査していた朝日監査法人の公認会計士が自殺した(p200)。たぶん、竹中や木村剛は、このことに痛みを感じていない。悪いのは銀行や自殺した会計士のほうだと、考えていると思う。
 新自由主義の思想は弱肉強食の思想である。弱者は強者に食われてその栄養となり、それを「誉れ」とする。うまく循環している生態系の動物世界ならば、それでもいいのだろうが、人間世界で「誉れ」と言っていいのだろうか?
 「自分のやっていることが正しいと、心から思っています。」(p177)という竹中だが、本当にそう思っているのか? 中谷巌の本に対し「細かいことがだんだん分からなくなってくると、みんな思想と歴史の話をします。大いにされればいいが、それで政策を議論すると間違えます。」(p285)と批判している。竹中の目指している新自由主義のキングダムは、多くの学者が研究してきた思想と歴史を無視していいほど立派なものなのか? 今まで作り上げてきた社会秩序を崩壊させてしまうのではないか? 心配になってくる。
 日本振興銀行が破綻する直前に、木村剛は手持ちの株式を売却している。さらに刑事裁判の弁護を依頼した弘中惇一郎弁護士の口座に3億円超の資金を移動させている(p315)。木村は懲役一年執行猶予三年の判決なので、有罪といっても無罪みたいなものである。こんなんじゃ、今後、こんな銀行家や弁護士がうじゃうじゃ出てきてしまう。ろくな社会にならない。
 浜田宏一(p79)や伊藤隆敏(p81)が竹中を批判したエピソードが出てくる。3人ともリフレ派なので、みんな同じように見えるのだが、竹中は「本来的な意味でのアカデミズムの人じゃない」(p84)という。もし、ちゃんとした学問の人だったら、他人の研究を盗んだり、「公共投資の拡大論者」から「財政緊縮論者」へと変貌したり(p322)しないと思われる。「言論の基本的ルールを逸脱しているがゆえに、言論戦に敗れることがないのである」(p322)と言われるが、そんな権力者は詭弁家であってはいけない。
 アカデミズムの人じゃないとしても、向かうところ敵なしの権力を手に入れた。血筋によらず、「学問のすすめ」(福沢諭吉)のような努力で、である。理想的なロールモデルとなるはずなのだが、このままでは駄目だ。貧困対策をやって成果をあげるような、そんな正義に目覚めてた権力者になってほしい。

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第一次世界大戦から東京裁判までの分かりやすい歴史

3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 国家の軍事力増強案を提示しているようなタイトル「戦争に強くなる本」だが、サブタイトルの「入門・太平洋戦争 どの本を読み、どんな知識を身につけるべきか」を語った本である。ブックガイドブックの体裁なのだが、紹介される本のすばらしい解説書になっている。これにより、第一次世界大戦から東京裁判までの分かりやすい歴史知識を得ることが出来る。
なぜか中学校や高等学校の教科書は面白くない場合が多いのだが、この本は本当に分かりやすい太平洋戦争の歴史の入門書だった。この本をそのまま教科書に使ったほうが、いいかもしれないほどだ。
 以下、いくつかの思ったことを書く。
 ヒトラーよりムッソリーニのほうがちゃんとした理論をもっていた。全然知らなかった。この時代のイタリアについて、もっとちゃんと捉える必要がある。
 「社会に不満が蔓延し、ただただ改革が望まれるような状態になってしまうと、具体的な政策の内容よりも、この人はなにかやってくれそうだ、といった、指導者のカリスマ性に多数の国民がなびいてしまう」(p83)。現代の日本のことを言っているようにしか思えない言葉だ。日本は全体主義になっている可能性が高い。
 「第一次大戦中に出現した成金的な企業が、戦後も整理されず、銀行は、これらの企業によって莫大な不良債権を抱えることとなってしまっていた」(p87)。今だから分かる「大正バブル崩壊」の記述である。これについては、『バブル興亡史』塩田潮著(日経ビジネス人文庫)に詳しく書かれていた。大正時代の後、日本は戦争への道を突き進む。平成のバブル崩壊後は、どうなるのか? いやな歴史はたどりたくない。
 「予算の分捕り合戦では異様に張り切るのに、責任問題はとことん避けようとする、そんな腐れ官僚体質が、帝国陸海軍の首脳部にはびこっていたのである。国益よりも省益を優先させるような軍官僚が、国を滅ぼしたのである」(p139)。同じように、官僚が日本を滅ぼす可能性は今でもある。怖いことだ。
航空機工場で作られた飛行機は、滑走路のある飛行場まで、牛車(ぎっしゃ)で運ばれたという(p169)。このエピソードは
『昭和史の論点』坂本多加雄ほか著(文春新書)でも書かれていたこと。「これでは勝てるわけがない」という章のタイトルどおりだ。
 もっと真面目に、国家の運営を考える必要があった。こんな歴史をたどらないように、もっと歴史を勉強する必要がある。

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現代文明批判の最高峰の漫画

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 大和小学校は児童・教職員の862人とともに、未来世界へ跳ばされてしまう。そこは、黒い雲に覆われた、見渡す限りの砂漠の世界。そこでの子供達が体験する人生とは? 過酷な生き様・死に様が描かれる…
 1972年から1974年まで、週刊少年サンデーに連載されたSF漫画で小学館漫画賞の受賞作である。主人公の小学6年生・高松翔らを襲う数々の試練。基本的な舞台背景に、食料・水が無い飢餓状況があり、その世界で、まず教職員である大人から狂い出す。襲いかかる数々の化け物(妄想が生み出す怪物、蜘蛛のような姿の未来人類、未来オニヒトデ等)やペストの発生。しかし、本当に怖いのは人間達だった。子供達が一つにまとまらず、グループに分かれて、ナイフや槍で殺し合う… 仲間だった連中が、食料を求めて争う。過激派の内ゲバ事件をモデルにしているようで、狂気の世界が展開される。
 内ゲバの真っ只中、主人公の翔が盲腸(虫垂炎)になり、医者の息子が手術する(第5巻)。ランドセルを背負った小学生が、鉛筆削り用のカッターナイフで「危険な執刀」を行う。麻酔薬無しなので、翔の痛がること痛がること。
 自分がこの状況に出くわしたら…と絶えず問い続けるのが、この漫画の読み方である。私の職場がタイムスリップして、誰かが盲腸になったらどうなる? 手術をしたり、されたり出来るのか? それとも、ほったらかしにし、たかが盲腸で、人が死ぬのを待つだけなのか? こういうありうる状況のシミュレーションを、絶えず考えておくことが、危機管理能力に繋がる。
未来にいる翔と、現代にいる母親が、時間を超えたコミュニケーションを行う。物語の最初、翔はささいなことで母親とケンカして登校してきた。遠くの世界に離れてしまった、翔と母現が、不思議な力により繋がっている。母親は翔の危機をたびたび救うことになる。
 現代社会では、未来世界での危機を分かっているのが母親だけであり、周囲の人の視点では、その母親は狂気の姿に見える。ペストの薬・ストレプトマイシンを未来世界に送るため、彼女は自らの腕を包丁で傷つける(第4巻)など、狂気そのものだ。これを読んでいる読者だけが、彼女の行動を狂気と見ない視点を持てる。神の視点である。
 作者はこの作品を読んだ読者に問いかけている。この作品を読んだ、神の視点を持った読者は、このような危機の未来を回避出来るのか? この作品は30年前の漫画だが、描かれている現代文明の問題は、何一つとして解決されていない。現代文明批判の最高峰の漫画だと思う。
 グレゴリー・ホブリット監督の「オーロラの彼方へ」(Frequency)という映画があり、無線機を使った声だけのタイムスリップの物語なのだが、漫画「漂流教室」の影響を強く受けていると思った。「漂流教室」ファンは、この映画を見ると楽しめると思う。

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誰のための改革か

2002/06/24 12:39

小泉政権の経済政策への徹底批判

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 小泉政権の経済政策について、経済評論家の内橋克人氏が、各種の経済学の専門家たちと対談した本である。登場する専門家は、金子勝(財政学)、山家悠紀夫(金融論)、神野直彦(財政学)、長坂寿久(『オランダモデル 制度疲労なき成熟社会』著者、ワークシェアリング関係)、ケンジ・ステファン・スズキ(SRAデンマーク社「風のがっこう」代表)、小野善康(マクロ経済学、国際経済学、産業組織論)の各氏で、それぞれの立場から、小泉政権の経済政策に対し、批判的な言説を唱えている。
 まず、同政権発足前からあった「経済戦略会議」が「規制緩和」や「公的資金導入」を提言した。現在の小泉政権もこれらを継承し「構造改革」のスローガンで高支持率を得たわけである。しかし、その支持者達は、そこで語られる「規制緩和」や「構造改革」の中身をチェックしていない。経済の専門家がその中身を見ると、どんな問題点が見えてくるのか?
「経済戦略会議」は、「市場競争原理至上主義」というべき主義の集団だった。規制緩和を行い、市場の自由競争にまかせれば、何もかもうまくいく…という素朴な思想が原点にある。しかし、内橋氏や専門家たちは、その論拠が薄っぺらであることを指摘している。「構造改革なくして景気回復なし」という小泉政権のスローガンも、「少しも実証的でないのです」(山家、p75)と言われる。また、その主義は、結果的に、一握りの勝者と多くの弱者を生み出す可能性が高いが、政権は「多くの弱者」への視点を持っているのか?
 「私は現内閣の小泉首相、竹中経財担当相、石原行革担当相、塩川財務相、この四人に共通している点があると思います。それは“非生活人”ということです。どうみても生活感覚というものが伝わってこない」(内橋、p89-p90)といい、生活者の視点が無い政権が弱者を切り捨てる状況を懸念している。
 また、諸外国の政策が、一面的な見方しか伝わっていないという例が指摘され、興味深い。
例えば、ニュージーランドが規制緩和の成功例として取り上げられるが、それは本当かどうか? 「全く異なる見方」(p28)を紹介し、ジャーナリズムの問題も指摘される。
 オランダのワークシェアリングも、日本の「正規とパート」とは全く別物であることが、長坂氏によって指摘される。なぜか日本では「パート労働による賃金切下げ」のための言葉として議論されてしまうという。企業サイドの陰謀が感じられる。
スズキ氏によるデンマークのエネルギーや農産物の話も、非常に参考になる。オランダといい、デンマークといい、彼らヨーロッパ人の本当の力は、市民がそれぞれ哲学を持ち、彼らによる民主主義が成り立っていることにある。
 「私がデンマークの大学でたいへん勉強になったことは、たとえば筆記試験で四時間以下の試験はないのです。教科書から参考書、全部持込みOK。ただ解答は一五枚くらいになる」(スズキ、p164)という教育によるものだ。官僚主導の日本とは格が違うと、思わざるを得ない。

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原秀則・矢野健太郎に圧倒されるホノオと、岡田斗司夫に出会う庵野秀明ら。

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出版社の編集者から電話がかかってきて、原稿など出来ていないのに、「(学園漫画を)すぐに送ります!」と言ってしまうホノオ。女の子が上手く描けないホノオは、少女漫画を模写する方法で力を手に入れようとする。一方、庵野秀明、山賀博之、赤井孝美の3人は、岡田斗司夫に出会い、大きな力を手に入れる・・・

漫画家になる野望が達成出来なくて、苦しむホノオ。今まで、あだち充や高橋留美子等をライバル視していたが、今回は、原秀則や矢野健太郎である。「最大のライバルの出現に心を悩まされていた!」(62頁)という原秀則。将来自分のやろうとしていたことを先にやられてしまい、大声でその名を叫びまくった矢野健太郎(134頁)。

原秀則について、「マイナスポイントはないけど・・・内容もないんだよ!!」(28頁、オビ)とか「新人なのに無駄ゴマの連発!! これといった内容がやはりない!!!」(36頁)という。言っていいのか? そんなセリフ。まさに「島本和彦制御不能!!」(オビ)だ。
実際は「無駄ゴマ」なんか無いわけで、描く必要性のあるコマなのだが、恋愛漫画とか苦手な人だと、こうなってしまう。怪獣が出るとか、何か事件が起こらないと、読んでいられないのだ。よく分かる。
それに対し、ホノオの考えを全否定するトンコさんがよい。ホノオの描いたヒエラルヒーのピラミッド(172頁)を引っくり返すのだ。「この三角はっきり言って逆や思うよ」(176頁)という全否定シーン。SFヒーローものが上というのは、製作に予算のかかる映画・ドラマのピラミッドとして考えるなら正しいが、漫画では違うのだろう。

矢野健太郎について。人望はあるけれど、大芸大で3回留年し、ずっと1回生を繰り返していた先輩。「漫画家になれなかったら、すべてが終わりなんだよ!」という崖っぷち状態だったのだが、ついにデビューする。しかも、ホノオのやりたかったことを、全部やってしまう。
次々にライバルが世に出ているのに、自分は遮断機で遮られている(表紙)。「うかうかしてると・・・踏み切りが開かないまま全部俺をおいていっちまうぞ・・・!!」(165頁)と、苦しむ。悶々とした日々だったのだろう。今後、どう世に出ていくのか? 興味は尽きない。

今回の巻のテーマとして、オリジナリティとパロディの話がある。岡田斗司夫の家は、刺繍屋「岡田刺繍店」として、ブランド品と似たオリジナル商品を出す方法で、資産形成をした(83頁)。実写でウルトラマンのパロディを作った庵野秀明らとウマがあったのだろう。この後、彼らは様々な過去作品をパロディとしてうまく取り入れ、作品を作っていく。岡田斗司夫の思想の影響が出ている。「やったもん勝ち」(80頁)、「先に考えてんやったら・・・先にやらな!!」(81頁)と、庵野らを言葉巧みに誘い、煽っていく。「文化的なものをめざそう」(190頁)とも言う。単なるパロディでないものを作り出したのも、また事実である。
一方、ホノオは、ギャグで新しい分野の開拓を目指す。松本零士、小林まこと、矢野健太郎ら、先人が開拓してしまっている分野には行けない。オリジナリティにこだわっているのだ。他人と同じことをやっては意味が無いという熱い思い。北海道出身だからか、熱い開拓者精神がある。
同じ北海道出身の吾妻ひでお「実験しないやつは物書きじゃない」というセリフを思い出す。

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紙の本許されざる者

2003/12/25 20:55

2002年の“許されざる者”達の記録

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 評論家の佐高信氏が5つの雑誌に連載しているコラムをまとめたものである。2002年の様々な事件の責任者を、“許されざる者”として糾弾していった記録である。
 まず企業。この年は雪印、日本ハム、東電等の大手企業の事件が明らかになった。スキャンダルはどこの企業でも起こる可能性があるわけだが、それを隠そうとする企業の体質に、佐高氏は怒る。なぜそんな体質になったか? それらの企業は“社畜”と呼ばれる会社人間ばかりだからだ。社員にみそぎ研修や社歌斉唱等で個を無くすような教育を施し、会社人間に洗脳してしまうところに原因がある。会社内部の社会だけで、自己完結してしまう日本の会社組織は、閉じた世界である。もっと外に開かれた会社にならないと、これからの時代を生き抜くのは不可能だろう。
 p57に雪印食品のDECや、東芝の扇会、日立製作所の自衛消防隊といった、企業側の秘密組織が紹介されている。「外へ開かれた眼をもつ社員は異端として」排除してしまうという、日本企業特有のものだ。まるでカルト教団である。これらに対抗するためには、個人は内部告発するしかないだろう。p61に、トナミ運輸のヤミカルテルを告発した串岡弘昭著『ホイッスルブローアー=内部告発者』(桂書房)が紹介されている。トナミ運輸は衆議院議長の綿貫民輔氏の会社として知られるが、健全な競争をさせたほうが、会社も地域も活性化するだろう。内部告発をするネタが無い=スキャンダルを起こさない企業になるのが一番である。健全な競争の大切さを知っている者ならば、この論理を分かってくれると思う。
 政界・官界はどうか? 2002年は、外務省スキャンダル、辻元事件、鈴木宗男事件が起きた。著者は外務省スキャンダルについて、鈴木宗男等を生贄とした外務省が一番の悪だ、という構図で見ている。佐高信著『失言恐慌 ドキュメント東京渡辺銀行の崩壊』(現代教養文庫)の大蔵官僚主犯説と似ている。官僚主導ではなく、政治主導のリーダーシップが期待される。
 政治を選ぶのは国民である。国民の意識はどうか? この年は、W杯サッカーや、北朝鮮拉致事件の影響で、かつてないほど愛国心を意識せざるを得ない年だった。サッカーと卓球の比較や、石原莞爾論、「倫理的体力」を唱えた司馬遼太郎の紹介、「戦争嫌い、熱狂嫌い、流行嫌い」の藤沢周平の紹介等、偏狭な愛国心の克服を目指した評論も目立つ。 熱狂的愛国心は、ここ数年の流行である。p186で、「私達は小泉首相のあとをついていきます」という小泉首相ファンからきた葉書が紹介されているが、疑いの目を持たない、盲目的心酔は極めて危険だ。まるでカルト教団信者みたいだ。もっと冷静に自分の頭で考えるということが必要である。このような偏狭な考えで他国と戦争にでもなったら、大変である。かつての大戦の教訓は、「戦争を引き起こしてはならない」ということであるはずだ。「アメリカのような強い国には逆らわない」という教訓だけじゃ、あまりにも悲しすぎる。

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空飛ぶストリートファイター・エアマスター登場!その重力に引かれるように、個性豊かなキャラクターが続々登場!!

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 ストリートファイトの世界で、その華麗な空中殺法によりエアマスターと呼ばれる女ファイターがいた。無敵を誇る彼女の正体は、女子高生(1年)の相川摩季だ。彼女は5歳頃から、母親により体操の英才教育を受け、女子体操界の女王と呼ばれた。体操を過去のものとし、ストリートファイトの道へ進む摩季。心のスキマを埋めるような緊張感を求めて、強い敵を求め歩く。そんな彼女の重力に引かれるように、「勝負だ! エアマスター!」と続々と敵が現れる…
白泉社ヤングアニマル連載中の、柴田ヨクサル氏による漫画である。ストリートファイトという、殺伐となりがちな題材が、アクションとシリアスとギャグが混ざった漫画となり、すこぶる面白い。サブカルチャーを含めた今風の文化を、舞台設定やセリフの中などに巧みに取り入れ、楽しませてくれる。
エアマスターの戦うインセンティブ(動機付け)は、体操選手時代に経験した大きな緊張感を得るためである。そのために、大いなる敵・ライバルの存在が必要であるわけだが、これはスポーツ漫画の王道である。真っ当なスポーツの世界ではなく、ストリートファイトのバーリトゥード(何でもあり)の世界というのは、最近の流行か? ちゃんとした格闘技の世界にいけばいいのに…と思っていたら、第8巻で女子プロレスのリングに上がることになる。まるで『クライング・フリーマン』(小池一夫原作、池上遼一作画)である。
 第1巻で、エアマスターに勝負を挑んだのは、「職業・未来のスーパーモデル」を自称する崎山香織と、個人情報誌によりエアマスターを呼びだした三節棍の使い手・時田伸之助。
 崎山は、摩季の空中戦を避けるため、天井の低い地下道をストリートファイトの舞台とした。この場面で、アニメ「蒼き流星SPTレイズナー」を思い出した。主人公の操る機体・レイズナーは、通常の3倍速のスピードで飛び回る能力(V−MAX)を持っていた。このレイズナーと戦うにあたり、狭い限定空間に浮遊機雷を浮かべて、その動きを封じた死鬼隊という敵がいた。エアマスター=レイズナー、崎山=死鬼隊に当たる。舞台設定で有利不利を操る崎山の頭脳プレイは、エアマスターに撃破されてしまう。しかし、崎山は敗退しない女だった。単なる頭脳派、単なるサブキャラでないという、そんな崎山が主役級で大活躍するのは第8巻である。
 第2巻以降、「敵のインフレーション」と言われる、次から次へ強敵が現れる展開が続く。伸之助の三節棍みたいな武器らしい武器だけじゃなく、BMX(自転車)やら花火やらを使った格闘家も登場する。BMXの競技をテレビで見たことがあるが、格闘技に使うのは珍しいと思う。漫画だけか。

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宇宙飛行士になるための「選抜」を受ける日本人たちのドラマ

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 時は20XX年の近未来、史上初の人類火星着陸が成功。火星に降り立った宇宙飛行士達は、謎の立体十字架=テセラックに襲われ、J・スチュアートだけが生き残る。アメリカ大統領は救出作戦を計画、そのための宇宙飛行士の志願者を募り、日本でもその選抜が行われる。第1次選抜開始時点、NASDA(宇宙開発事業団)に集まった志願者は1万人だった。21歳のトラックドライバー・三河度胸、同じく21歳の香港生れの日本人・筑前智、生き物の考えていることが分かる能力を持つ女性・市原茶々らが、その選抜に挑む…
 世の中には様々な選抜がある。難しい選抜と言えば東大の入試合格、甲子園出場、アメリカ横断ウルトラクイズの勝ち残り、ノーベル賞受賞といったところか。しかし、文句無しのトップレベルの難易度と言えば、宇宙飛行士になるための選抜である。
 宇宙飛行士と言えば「進化した人類」「究極のフロンティアスピリッツ(開拓者精神)の持ち主」というイメージである。現実に秋山豊寛、毛利衛、向井千秋といった日本人宇宙飛行士が続々と生まれ、「俺だってチャンスがあれば」と思っている日本人は1万人ぐらい軽く突破するだろう。はたして近未来、宇宙飛行士になりたい日本人達は、どのような試練を受けるのか?
 「宇宙飛行士の選抜」の物語なのだが、「日本人の選抜」という点を主軸にした物語である。主人公の度胸は、自分の名前を嫌う、おとなしい真面目な性格。これは、日本人に多い性格で、日本人代表と言える。対称的なライバルとして、陽気で社交的で豪快な性格の筑前がいる。彼はアメリカ人的な性格である。外国人と付き合うには「ハッタリかましてつっぱねるぐれーじゃねーと」と度胸に教える筑前だが、度胸はそれが出来ない性格である。対称的な二人が、対照的に試練をこなす。第1卷は、「閉鎖環境適応検査」を、二人がどう突破するのかがメインで描かれる。読むと力がはいる漫画である。

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オウムを取り巻く日本社会の駄目さが見える

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 オウム真理教・広報担当の荒木浩氏を主人公にしたドキュメンタリー映画「A」の製作過程を、監督の森達也氏が語った本である。
 一連のオウム事件に関与したとされる教団幹部達が逮捕された後、荒木氏が広報担当として、テレビに出てきた。彼を見て、ドキュメンタリー素材として、直感・確信した(p17)という著者は、何度も手紙を出しコンタクトを図る。荒木氏と接触し、その依頼は受諾され、撮影を開始する。著者が撮りたかった「オウムの中から外を見る」(p50)と、日本社会はどのように見えるのか? 
 警官達の仕掛けによる公務執行妨害(「転び公妨」という)により信者が不当逮捕される(p120)。通りがかりの人は「全部死刑にしちまえばいいんだよなあ」「ポアされて本望だろ」(p121)と笑い合う。「穏やかで常識のある方」と荒木の言う人物が、週刊誌の中吊り広告では「殺人マシン」と書かれている(p169)。テレビ番組は、オウムに対してある種のイメージを刷り込ませるように作られる(p195)。この時期の日本は、ヨーロッパ中世の魔女狩り状態にも似た状況が形作られていった。
 【自らの空白に、「グル」ではなく「組織」の大いなる意思を充填させて、自分の言葉で思考することを放棄して、他者への情感と営為への想像力をとりあえず停止させただけ】(p196)、と著者の語る日本社会。オウム側も、それを糾弾する日本社会側も、実は同じ病の中にある。まるで鏡のような関係なのだ。一人一人が自分の頭で考えないように操作されているような社会。国家が仕組んでいるわけでなく、メディアが一方向に進んでいく。テレビのドキュメンタリー番組製作にいた著者は、その仕組みを見抜き、警鐘を鳴らし続ける。
 ドキュメンタリー映画「A」がドイツで上映され、観客の質問に答える著者の言葉もいい。「ほとんどの日本人に共通するメンタリティ」として、【共同体に帰属することで、思考や他者に対しての想像力を停止してしまう。その危険さを僕は描いたつもりです】(p249)。先の大戦で、日本とドイツは全体主義どおしで同盟国だった。そんな国の国民に、「ドイツ人にはそんなメンタリティはないと本当に言いきれるのでしょうか?」と問いかける著者。圧巻である。
 著者はあとがきで、オウム事件以後の日本がどんどん悪くなっていると指摘する。「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」(p253)と言う言葉を持ち続け、「こうなれば持久戦だ」と語る。イスラムの自爆テロや北朝鮮の拉致事件問題がクローズアップされているが、この本の著者のような姿勢が大切なのではないか? 私は今後も著者の活躍から目が離せない。
 あとがきの後の、宮台真司(社会学者)の文庫解説「私たちが自滅しないための戦略」もいい。

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紙の本文学で社会を読む

2001/08/24 20:11

つらい社会を生きるための50冊のフィクション

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 評論家の佐高信氏が、戦後50年の1995年に『戦後を読む 50冊のフィクション』(岩波新書)として出した本の改訂文庫版である。50冊の文学を、「アジアと日本」「戦争と人間」「日本の戦後」「株式会社日本の病い」「それでもここで生きる」の五つのテーマの章に分類し、現実社会との比較をしながら解説し、戦後とは何かを問いかけている。
 取り上げられている文学は、人々があまり直視したくないものをテーマとしたものが多く、それこそ社会の真の姿である、と佐高氏は言いたかったようだ。差別の問題や、戦争が落とした影や、日本特有の会社の問題といった、つらい社会ばかり描いた文学である。つらい社会の中で、人々はどう生活していったか、どんな戦いをしたか? そんな物語を選択していったようだ。
 佐高氏の評論は、いつでも社会の問題点の指摘ばかりだった。どうすればいいのかといった答えを言わない、問いばかりだった。ここで取り上げられている50の文学も、安易な答えを出しているものは皆無である。つらい現実との戦いの姿を描き、そこから読者に学ばせようとする。
 最近、戦前・戦中の思想を体現したような、国家中心の社会を目指すような歴史教科書が出来て話題となっている。戦前・戦中がよい世の中とは思えないが、今現在に閉塞感を感じ、過去の日本に打開策を探そうとする意志は分かるような気がする。しかし、国家中心の社会になったところで、その先に何があるというのか? 彼らの目指す社会は、ひどくつまらないように感じるし、このつらい現実を打破することは出来ないだろう。
 佐高氏は、「最後の進歩的文化人」と呼ばれる。理想主義者というような意味らしいが、理想が無くなって、現実追随主義者ばかりになるのを、恐れているようだ。これからの日本社会は、ハッピー日本から程遠い、弱肉強食のサバイバルの時代になりそうだ。生きるのがつらい世の中は、ますます加速する。佐高氏のような理想主義者こそ、この状況を打破できるのではないか。現実追随主義者は、阿呆な指導者に迷走させられ、生き残るのは無理だろう。

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