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クォークさんのレビュー一覧

投稿者:クォーク

6 件中 1 件~ 6 件を表示

ある作家の日記

2001/09/19 18:51

何というジレンマ

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 「ある作家の日記」を読んだ。平凡なタイトルであるにしては、読んで心を打たれたので、少しばかりコメントをしたい。
 1882年イギリス生まれのヴァージニア・ウルフは、そこそこに裕福な家に生まれ育った。幼い頃から極度に感受性の強い娘だったようだが、13歳の時、母を喪った際、躁鬱病と思われる精神病に掛かる。
 その病は彼女を常に苦しめたわけではなく、幾度かの波のように彼女を襲い苦しめた。彼女の作品は、病の谷間の正常な時期にほとんどの作品が書かれている。
 彼女の持病を知らない夫は、結婚して初めて真相を知る。二人は相談の上、子供を作ることも諦め、夫は彼女の芸術活動と、更に彼女の自殺の企てを防ぐことに腐心したのである。けれどとうとうウルフは気が狂い、しかも今度はその病の世界から戻って来れないと自覚し自殺して果てるのである。
 紹介しようというこの「日記」は、そうしたウルフの狂気と狂気の硲で、常に病いという闇の訪れを恐れながら、中間期と呼ばれる正常な精神を保った時期に書かれたものなのである。
 才能を信じつつも世評に鈍感ではありえない彼女は、精神の破綻への危惧と同時に、彼女が書いた作品が狂気に陥った世界を描いているのではないかとも恐れていたのだ。
 才能を信じること。
 それは未踏の世界を描く者のみに許された特権なのだが、しかし新しい世界とは未見の世界であることを考えれば、やはり常に書かれつつある世界がまともであるか否かは世評の如何に頼るしかないというジレンマに陥るしかないのだ。
 何というジレンマであろうか。

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紙の本チャタレイ夫人の恋人 完訳

2001/09/17 23:57

セックスの果ての“自然”

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 恐らくは四半世紀ぶりにD.H.ロレンス著の『チャタレイ夫人の恋人』を読んだ。
 完訳版が出たということで、いつかは読もうと思っていたのだが、この連休を使って読み込んでみようと狙っていたのだ。
 昔、恐らくは学生時代だったと思うが、猥褻表現を巡って裁判沙汰にまでなった本ということで、マルキ・ド・サドの『ジュスティーヌ』や『悪徳の栄え』を読むときと同様、幾分なりの好奇心というかスケベ心たっぷりで購入し、一人、下宿の部屋で読んだのだった。
 今、中年となったこの年になって改めて読んでみると、この本、あるいはこの作家の素晴らしさを再認識する結果となった。敢えて再読して十分、満足することが出来た。
 性描写もこの時代、これより過激な描写の作品は溢れ返っていて、小生のように秘めやかな期待を持って読んだりすると、がっかりするかもしれない。
 けれど、この本には単に性の過激な描写が焦点にあるわけではない。
 というより、むしろ“自然”こそがテーマなのである。その自然の一つ、人間にとって大切な自然であるということで男と女という互いに交差する宇宙を繋ぐ行為としてのセックスという営みが謳歌されているのだ。
 話の内容は有名だし、粗筋を説明するほど愚かな行為はないと思うので省略する。ただ、ロレンス自身の許されざる恋ゆえの生涯に渡る逃避行(解説者の安藤一郎氏の言葉を借りれば「旅と遍歴」)が作品の背後に、あるいは彼の詩や文学全体の基底にあることだけは言っておいていいだろう。
 彼、ロレンスが戦った相手とはイギリスのヴィクトリア朝の偽善的美徳だった。その偽善に戦うための武器の糸口を求めて遍歴を重ねたのだが、解説者によれば「キリスト教以前の人々、キリスト教文化に侵されない原始的自然に、深い郷愁を抱いた」しかし、それは解説者によれば「一種の偶像崇拝にも似ている」となる。
 膨大な作品群を残したロレンスの生涯は、今度、解説を見て改めて気づいたのだが、なんと45年で終わっている。短いからどうということではないが、結核に倒れたとはいえ、彼はもっと長く自然を深く味わっていたに違いないと、小生は勝手に思い込んでいたのである。
 今度、知ったことは他にもある。補訳を請け負った伊藤礼氏による「改訂版へのあとがき」によると旧版の初版刊行は昭和39年なのだが(裁判に付される契機となった伊藤整による完全訳が出たのは昭和25年。当然、これは押収されている)、実は、昭和48年には羽矢謙一氏による完全訳が講談社から出版されていたのである。
 これは小生には全くの初耳だった。ということは小生が新潮文庫で検閲された形での伊藤整訳本を読んだ時には、既に完全訳があったことになる。
 まあ、そうした事情には関係なく、D.H.ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』は素晴らしい二十世紀の作品の一つであることは間違いない。

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紙の本君たちはどう生きるか

2001/09/19 19:20

吉野源三郎と遥かなるバーミアン

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 まず、一読して思ったことは、この本はタイトルで多少のそんをしているのではないかということだ。
 内容は、岩波文庫のカバーの説明にもあるように、「著者がコペル君の精神的成長に託して語り伝えようとしたものは何か。それは人生いかに生くべきかと問うとき、常にその問いが社会科学的認識とは何かという問題と切り離すことなく問われねばならぬ、というメッセージ」が内容の本なのだ。
 それだけだったら小生は購入しなかっただろう。もしかしたら小生はカバーにある、丸山真男の「回想」が付載という謳い文句に誘われたのではと、ふと思ったりした。
 ところが、実際に読んでみると、そんな杓子定規な説明など吹き飛んでしまったのである。第一章の「へんな経験」と題された一文からして、とても美しい叙述が続く。主人公であるコペル君が叔父さんに連れられて銀座のデパートの屋上に立っているシーンが印象的なのだ。
 霧雨の降る昼間、デパートの屋上から雨に濡れる街の情景がキラキラするように描かれると同時に、著者の多角的に情景を眺める視線が効いていて、ちょっと見過ごすことの出来ない著作だと思わざるを得なかった。吉野源三郎氏の文章は柔らかく温かで、タイトルの杓子定規ぶりとは大違いなのである。
 最後の第九章がまた小生には印象的に銘記される文章になってしまった。その章は「水仙の芽とガンダーラの仏像」と題されている。お彼岸の頃ということで話題がお彼岸から自然に仏像がいつ、誰が作ったのかという話になる。叔父さんの答えはギリシャ人が作り出したのだ、というものである。
「仏像がはじめて出来たのも、国からいえばインドさ。だが、インドで作られても、作ったのはインド人じゃなくて、ギリシャ人なんだよ」と叔父さんは続ける。
 つまり、仏教は言うまでもなく仏陀が始められ、アショカ王が広めた教えである。それがやがてヒンズー教に圧倒されていく。が、後年イギリス人の進出で仏教が隆盛していた形跡がガンダーラの地で発見されるのである。仏教彫刻として一番古いものが発見されたのだった。ところが、彫刻の技術としてはギリシャ人なのだが、表情などはインド人のものなのだ。
 叔父さんの結論として、二千年くらいの昔、ギリシャ人たちがやってきた。ギリシャの文化を伝えると同時にインドの文明にも浸っていった。こうした人々によってはじめて仏像というものが世に生まれたというのである。
 つまり元々インド人には仏陀の姿を像に刻む習慣はなかったのである。
 ところでバーミアンというのは今、話題のアフガニスタンにあって、ガンダーラの直近の町といっていいだろう(昨年だったかタリバンによる偶像破壊という大義のもとに、石仏破壊されたことでもバーミアンは有名になった)。
 また、少なくともギリシャ人勢力がかの地に根付くまでは仏陀の姿を示す像は刻まれなかった。しかし、中国や遠く日本に仏教が新しい教えとして伝わる時には、様々な仏教文化と共に、仏様のキラキラしい像が当初は国家鎮護の宗教ではあったが大きな役割を果たしたのに違いない。
 そうした遠い島国へ仏教が伝わる際に、ギリシャ人の影響(アレクサンダー大王の遠征などの影響)が果たした役割が大きいことに、何か遥かな思いが過ぎる。
 日本に伝わる仏教に偶像崇拝的要素がなければ、つまり仏陀など仏様の姿を像に刻むという要素がなければ、今日の隆盛に繋がったかどうか。その前に日本に伝わることさえなかったのかもしれない。

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紙の本看護婦だからできること

2001/09/18 00:22

デジタルの時代だからこそ看護婦にしかできないことがある

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 先週、何か車中で読める本はないかと近くの書店で物色していたところ、ふと、この『看護婦だからできること』というタイトルが目に飛び込んだ。手にして拾い読みをしてみた。文章が生き生きしている。長年の直感で、これなら外れにはならないだろうと思っていた。
 期待に違わなかった。看護婦稼業の裏表を実にあっけらかんといった感じで描いていて、これは読後感くらいは何処かに残しておこうと敢えて、ペンを執った次第である。
 小生は7年前と8年前に入院している。簡単な形成手術である。けれど、手術後の数日の間、包帯が顔に掛かっていて、洗髪ができず、不快な思いをしていたのである。
 ところが、見ると病室の人が看護婦さんに体を拭いてもらったり、髪を洗ってもらっているではないか。小生も恐る恐る看護婦さんに髪を洗って欲しいんだけど、とお願いをしてみた。看護婦さんは「ええ、いいですよ」と気軽に応じてくれた。洗髪の後の清々しさは言うまでもない。
 あるいはシーツの交換や夜の見回り、点滴の液の交換etcと、甲斐甲斐しく立ち働く姿は、なまじっか体自体は元気で、手術後の数日以外は歩き回れる人間で、半ば刑務所みたいに病院を感じかねない小生には、眩しいばかりだった。
 ところで、実は、そうした体験(看護婦さんによる洗髪)は小生には軽いカルチャーショックだったのである。忙しく駆け回る看護婦さんにそんな煩瑣な願い事をしていいはずはないと思い込んでいたのだ。
 無論、単に小生の無知・無理解に過ぎないのであって、人によってはそんなことは常識に類するのかもしれない。
 けれど、そんなサービスを自分で受けながらも、実は、あれはあの病院独自の業務形態、サービスの一貫に他ならないかもしれず、一般的な看護婦業の在り方かどうかは確信が持てないでいた。
 そうした疑問の数々が上記の書を読むことで一掃された。看護婦さんたちは、洗髪どころではなく、頭から爪の先まで磨いてくれるし、尾篭な話だが、うんこの世話まで(自分で排泄できない場合ですよ!)やっているのだ。
 本書では、決して、それが話の本筋ではないのだが、しかし、「うんこの臭いは人生の匂い」という件(くだり)は圧巻であった。また、そうした具体的な目に見えるケアだけではなく、患者さんの相談相手になったり、更には当然かもしれないが、患者の微妙な容態の変化を日頃の細心の観察で読み取り、適切な対処を施すわけである。
 ところで、今、結婚や「燃え尽き症候群」などによって看護婦稼業を辞めていく事例が後を絶たないという。が、一方では介護の時代でもある。看護と介護。似て非なるもの。けれど、どこか、根底においては通い合うものがありそうな気がする。
 既に(若くして)辞めていった看護婦さんたちが多いということは、態勢さえ整えば、介護に携わりうる潜在的な人材は、相当にあるということだ(勿論、看護婦さんに復帰しえる人材が多いということでもある)。
 これはやや一般論になるけれど、小生は、人のケアに直接関わる人材は、ある意味でお医者さんのように技術でしか往々にして患者には関われない人より、患者には密接な関わりの対象であるし、それ以上に端的に切実な救いや癒しの対象でもあると思う。時代は今、インターネットが広まり、ITが持て囃される時代である。人との連絡も電子メールで、というケースが増えている。情報も辞書や事典や本で調べるより、インターネットで検索したほうが遥かに早いし、しかも最新のデータが得られる。
 にもかかわらず、人は人との直接の関わりを希求していると、小生は思う。介護と看護、更には風俗(この最後の項目に難色を示す人は多いだろう)。人は、デジタル社会だからこそ、尚更に人の手の温もり、人によってしかできないサービスを欲しているのだ。

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埴谷雄高とギリシャの哲人と

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 もう刊行されて数年になるが、今年の4月下旬から5月の下旬の一ヶ月をかけて、『ソクラテス以前哲学者断片集 第一分冊』(岩波書店刊)を読んだ。
 小生はソクラテス以後の哲学者より、以前のターレスやエンペドクレス、パルメニデス、そしてなんといっても『第一分冊』の最後の章で採り上げられているヘラクレイトスの数々の言葉に惹かれて来た。
 何処か箴言にも似た言葉の数々は、雄渾な世界把握という特長があり、下手な現代の詩文より遥かに詩的であり、示唆に富むのである。
 学生時代の愛読書として山本光雄訳編の『初期ギリシャ哲学者断片集』は枕頭の書だったものだ。今も、これからもこの茶褐色に変色した『初期断片集』は座右の書であり続けるだろう。
 この『初期断片集』については『第一分冊』の付録の中でも触れられている。埴谷雄高の研究者としても知られる白川正芳氏による「哲学のパラドックス ——ギリシャ初期哲学をめぐって—— 埴谷雄高氏との対話」という一文が付録に掲載されているが、その中で埴谷自身によって言及されているのである。
 以下、白川氏によって記録された埴谷氏の言を示しておこう。
“この本のターレスの章の最初に出てくるディオゲネス・ラエルティオスの『ギリシャ哲学者列伝』は、英語かフランス語かドイツ語で必ず読みました。僕たちの時代は、文学青年のはじめは必ず読んだのですよ。この本は、山本光雄訳編の『初期ギリシャ哲学者断片集』(岩波書店刊)とともに、老年になってからの愛読書にもなりました。”
 但し、急いで付け加えておかなければならないのは、埴谷氏は特に前者の列伝が当時(明治時代)、インテリは必ず読んだと述べていることである。
 ところで過日、『埴谷雄高全集 別巻』(講談社刊)が出て、全集が完結した。埴谷雄高氏が亡くなられて既に4年以上の年月が流れた。その間に3年と半年近くを要した全集も揃ったことになるわけである。
 その全集の中に上記の白川氏による対話の記録が掲載されているのかどうか、小生は確認していない。既に寝たきりに近い状態になってからの対話だけに、貴重な記録だと改めて複雑な感懐を抱きつつの再読となったのである。

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貝がらと海の音

2001/09/17 23:49

禁欲の中の至福

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 車中での休憩の折にこの二週間ばかり読みつづけてきた庄野潤三著『貝がらと海のおと』(新潮文庫刊)を今夜半、読み終えた。
 何か不思議な読後感がある。庄野潤三は決してもって回ったような表現はしない。子供も手元を離れて老いた夫婦二人きりとなった日常の、それこそ有り触れた光景を淡々と叙述している。
 時に深刻めいた場面があっても、必要以上に感情移入することなく、さらっと描いていくのである。
 そのさらっと、というのが至難な業(わざ)であり、なかなかできることではない。
 老いた夫婦を巡る日常の中のちょっとした出来事の数々が、その事柄の有り難さを理解する人間には、すべて正に有り難いことであり、感謝の対象である。達観しているのだ、と、一言では片付けられない何かを、きっと彼の文学世界に触れた我々は嗅ぎ取るべきなのだろう。
 ありがたいことの数々、感謝の念に満ち溢れた日常。それでいて、彼の文学世界は禁欲的なのである。少なくとも小生はそう感じる。
 彼は、決して日常の出来事の底を理屈っぽい形で深入りすることはない。そしてそれは彼に探究心や物事への執着心が薄いからでも弱いからでもなく、実は、全くその逆で、彼は敢えて踏み込まないのである。
 即ち彼の意志が、彼の叙述の世界を区切っているのである。言葉の端的な意味で彼の文学世界は彼の意志によって輪郭付けられた世界に他ならないのだ。
 これは小生の邪推だが、この文学的姿勢は彼の戦争体験に由来するのではないだろうか。あるいは戦前の仰々しい国体に由来する人の日常の視線からは遥かに懸け離れた非常なる世界へ(あるいは非常なる表現世界、散華とか英霊とかへ)の嫌悪なり、否定なり、撤退なり、あるいは積極的には、人の視線のレベルからは決して離れまいという決意なのではあるまいか。
 現実にあるもの、そして現実に大切にすべきものは仰々しい言葉や観念や思想ではなく、人と人の何気ない関わりそのものなのだ…。このようにして禁欲的に眼差しを自ら制約することで、至福の世界を約束しようとしているのだろう。

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