サイト内検索

詳細検索

ヘルプ

セーフサーチについて

性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示を調整できる機能です。
ご利用当初は「セーフサーチ」が「ON」に設定されており、性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示が制限されています。
全ての作品を表示するためには「OFF」にしてご覧ください。
※セーフサーチを「OFF」にすると、アダルト認証ページで「はい」を選択した状態になります。
※セーフサーチを「OFF」から「ON」に戻すと、次ページの表示もしくはページ更新後に認証が入ります。

  1. hontoトップ
  2. レビュー
  3. 亜李子⇔Aliceさんのレビュー一覧

亜李子⇔Aliceさんのレビュー一覧

投稿者:亜李子⇔Alice

15 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本複合汚染 改版

2003/06/04 13:33

自分の身を守りたいならば読むべき作品

7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 僕がこの本と始めて出会ったのは、ほんの数ヶ月前である。それまでは有吉女史の存在すら知らなかった。この本の中に出てくる市川房江女史や紀平悌子女史にしたって、名前程度しか知らなかった。彼女達がどんなことをしたかなんて、以ての外だ。確か教科書に載っていた気がするが、それほど印象は強くなかった。
 もし、この作品が教科書に載っていたならば、テキストとして使用されていたならば、彼女達の印象はもっと違っていたかも知れない。それよりも、もっと環境に対して興味を抱くことがあったかもしれない。
 どうして「社会科」では環境問題を取り上げているのに、日本人にとって切実たる現実を見せないのだろう。海外の銅像が酸性雨で溶けている写真を見て、どれほど環境汚染に興味を持つ子供がいるだろう。
 これを読めば否が応にも自分の置かれている環境を振り返らざるを得なくなってくる。

 読み始めは選挙問題やらが拘ってきて、そこで飽きる人もいるかも知れない。ならばそこを飛ばして読み始めても全く構わないと僕は考える。
 だが、作中にも出てきたが、選挙活動をしている最中のこと、それまで自分には関係ないような顔をしていた往来の人々が、環境汚染によって人体に——つまり当の本人達の健康に影響が及ぶと聞いた途端、顔色を変えたという場面が出てくる。
 僕らはきっと切実に自分達に関わりがないことに関しては、どこかで黙殺してしまう傾向にあるのだろう。今の政治然り。

 本書の中ほどには、実際密接に健康に影響を及ぼす野菜や穀物についての話が出ている。
 日本人の主食の米でさえその例外ではない。
「我々は水銀を食べているのだ」という云い得て妙な表現すら出てきた。
 この意味を知りたいのならば是非この作品を手にとって欲しい。

 環境問題の本としては、レイチェル・カーソン女史の『沈黙の春』が有名だが、僕は日本人には寧ろ『複合汚染』をまず読んで欲しいと思う。『沈黙の春』は確かに切実に訴えかけるものがあるが、こちらは日本のつい20年ほど前のことを如実に描いている。
 そう、更に読んで欲しい理由としては、これはほんの20年前に書かれたものだということだ。20年が長いと感じる人もいるかも知れない。だが、この本を読むと20年前と現在は大して変化していないのではないかと思える。
 20年! 20年だ! それだけの時間がありつつも何も変わっていないじゃないか。
 年号が変わっただけじゃないのか。世紀が変化しただけなのか。
 これは長期にわたって新聞に連載されてきた物語だ。読者も多かったろうと思う。
 けれども、そんな風に環境問題に対して注意を喚起してきたにも拘らず、現代の日本は全く変化していないように見える。
 環境サミットだなんだとやっているわりに、現実問題どこがどう変わったのか、明確に解らない。現に温暖化の傾向はやむところがなく、けれども国民は自分達の贅沢過ぎる暮らしを省みようともしない。

 つい先日、厚生省は、キンメダイやメカジキに含まれる水銀が胎児に影響を及ぼすからと、妊婦には摂取を控えるようにと発表した。
 だがしかし、「妊婦以外は問題ない」というのは一体どういうことであろうか。
 これを鵜呑みにしていいものかどうか、この本を読んでよく考えてみて欲しい。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

生か死か、しかし選択肢がいかさまだったら……

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 フィクションでは、その物語の構成が最も重要といって良い。大黒柱でもある主要な筋があって、その他に細かなエピソードが付属する。物語を解体してゆくとそんな風に捉えられる。
 だが、一番興醒めするのは、その骨組みが明らかに読み手である我々に解るように書かれているときだ。
 人間に喩えて云うと肉付けが足りなくて骨が剥き出しになっているグロテスクな状態、家で云うと作り掛けで雨風にさらされたら腐りゆくような脆弱な状態である。
 このデルトラ・クエストではその骨組部分がしっかりしているのだが、それを全く感じさせない。そこにあるはずなのに、存在を重苦しく読み手に感じさせないのだ。その点に関してとても巧いと思う。
 本作品では副題『ネズミの街』とされているが、ネズミの街で起こる事件だけを取り扱っているわけではない。そこに至るまでの過程、旅の途中で起こる事件に対しての取り組みや仲間たちの心の揺れ動きをももれなく取り扱っている。読後に思いつくイメージが、副題から思い起こされるイメージだけではないのはこのためだ。
 物語に無駄な部分は何ひとつ存在しない。それぞれ、読んでいるときには思いつきもしない箇所で繋がりを持っている。それが読むに従って明らかにされていくのがまた爽快だ。

 他にも巧いと思ったのが、『ベニスの商人』で読んだことのある、問題への解決法だった。
 かの有名な古典文学、紫式部の『源氏物語』では、漢文の『長恨歌』や、和歌からも引用されている箇所がかなり多く存在する。これは作者の、文学への強い関心と共に、聡明さをも示している。引用することは決して物語を貶めることには繋がらない。千年以上経った今でも色褪せない『源氏物語』を見れば解るだろう。寧ろ、引用することによって印象を寄り強く訴えることが出来るのだ。
 デルトラの中の『ベニスの商人』は、カップの中から引いたものによって『生』か『死』かの選択を迫られるというものだった。しかし、その中をふとした弾みに見てしまった人物が、中身は両方『死』だと教えてくれる。だが、それを訴えたとしても云い掛かりだとし、反対にまずい立場に追い詰められる可能性もある。
 ——果たして、こんな状態だったらあなたはどういう行動を起こすだろうか。
 あッ、これは…と、そのときにも『ベニスの商人』を思い出したが、主人公が一体どんな行動をするのか、楽しみだった。解決法は知っているが、その解決を登場人物に委ねたくなる。そうさせたくなる物語なのだ。
 この解決法を知らない人ならば、一体どのように解決するのかドキドキすること請け負いだろう。
 もし、この解決法が解らないという人がいたら、是非とも読んでいただきたい。絶対に後悔はさせない物語だ。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

欺かれたラストシーン

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 デルトラ・クエストがロール・プレイング・ゲーム的な面白さを持っているのは、目的のものに向かってイベントをクリアしたり、経験値を貯めたりという途中経過をもその物語に描ききっているからだ。経験値を入手するために戦闘をこなすという、半ば作業的な行為はさすがに書けないが、しかし精神的なレヴェルアップのための経験は、キャラクタたちは冒険の中で多く積み重ねている。それに、そういう一見物語の主説に不要にさえ思われるものに惜しむことなくページ数を割いていることも、我々読み手を引き込むことに一役買っている。

 この巻では『うごめく砂』に宝石があるだろうと見当をつけた主人公たち一行だったが、先立つものがない、と足踏みをしていた。しかし、ふと耳にしたリスメアでの競技大会に出場しようということになる。そこでは優勝すれば金貨千枚、決戦まで出場すれば金貨百枚が手に入るという。
 その賞金欲しさになんの躊躇いもなく出場を決めた主人公らだったが、そこにはとんでもない裏工作が待っていた。
 裏切りと、恐れと、そして謎の人物——。
 ページを繰る手を急かすように、次々と畳み掛けてくる困難と試練。だがまだまだそれは物語の途中でしかない。ここまでの驚きと興味深さを我々に抱かせたとしても、ラストはまだ遠いのだ。そのことにまた驚かされる。

 また、ラストでは思わぬ結末が待っていた。
 ワンパターンでまた終わるだろう、と半ば『水戸黄門』のドラマでもみているような気分で読んでいたら、見事に裏切られた。……それもいい意味での裏切りで。
 欺かれたにしても、ワンパターンではない斬新なラストシーンに、またしてもやられた、という感じだった。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

これこそ『愛と友情と闘いのファンタジー』

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 前作までは物語の導入部的なものもあったり、旅の仲間たちとの精神的な繋がりや信頼を深めてゆくような部分があった。だから、素直に仲間の忠告に耳を貸さなかったり、仲違いをするようなことも間々あった。しかし、今回の場合には仲間同士で争っている場合ではない。前進するにあたって数々の難問が待ち構えていたのだ。

 四巻で影の憲兵団から逃げてきたリーフたち一行は、逃げ出した先で再び影の憲兵団の兵士たちに出会った。逃げ出そうとすれば逃げ出せたのだけれども、彼らに捉えられた珍獣・キンの子どもを助けるためにわざわざ身を挺して救出しようとする。
 この点で、主人公が旅の中で成長してきたことを思わせるだろう。見つかったら殺されるかもしれない。けれども、それでも主人公・リーフはキンの子どもを助けようとする。
 「きっと助けてくれるのを待っているはずだ」と。
 そうして無事に助け出したはいいが、次なる目的地『恐怖の山』へ向かおうとする彼らに、キンたちがその現状を伝える。そこでは小人たちが毒を塗った弓矢で襲ってくるということで、今では誰も近づけないのだという。
 それでも主人公たち一行は、残りの宝石のひとつを手に入れるためにそこに向かわなくてはならない。どんな恐ろしい試練が待ち受けていようとも——。

 冒険だけならば荒々しくてとても読めたものじゃないのだが、それだけではないこの作品はとても読みやすく、そして面白い。
 友情もさることながら、必要なときには躊躇わずに行動する彼らがとてもいとおしい。物語が進行してゆく中で、彼らが段々と成長していく様子がとても微笑ましかったりする。
 この作品では伏線が幾つも隠されていて、今後どう展開してゆくのか楽しみにさせてくれる。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

ピリリと響くとんちのスパイス

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 第一巻で唸らされた、このデルトラ・クエスト。果たしてあの面白さは二巻にまで継続し得るものだろうかと半信半疑で読んでみた。
 始まりが良くても続きはいまいちという作品は掃いて捨てるほどにある。そんな駄作でしかないのならば、例え他の作品が良くてももうこれ以上読むまいと思っていたのだが……。

 この『嘆きの湖』では、第一巻での冒険をする目的や主人公の生い立ちなどは殆どない。読者に対して読ませようというそういう試みがない代わりに、もっと他のもので作中へ引き込もうとしている。
 この作品では、幼少のみぎりに読んだ『一休さん』などのとんちの話を思い出した。幼い一休さんが、大人をとんでもないとんちで云い包めてしまう、というあの話だ。大人になると、それを「子どもの無知さ故に出来ることだ」とか、「この子どもは大人になるととても悪い人間になるのだ」と云うが、それでも面白いと思う。大人は一休さんに云い包められる法師たちに自分を重ねてみてしまうから、口惜しさ故に前述のようなことを云うのだろうが、僕はただ単に一休さんのとんちが面白いと思うのだ。
 そんな、純粋に面白いと思える「とんち」がこの作中には効いている。
 悪意で読めば『屁理屈だ』と一蹴しそうになるとんちも、子どもの素直な眸で通してみるときには、単純に面白いと思えるのではないだろうか。

 謎解きを取り入れたこの物語、けれどもラストがいまいち弱かった気がする。
 まだまだ続きがあるにしろ、一区切りつけるのならばもっとちゃんと幕を引いて欲しかった。
 けれどもあれやこれやと手を変え品を変え紡ぎ上げられるこの物語、まだまだ続きが気になるのであった。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

手軽な面白さ

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 はっきり云って、最初はあまり惹かれなかったこの作品、作者のエミリー・ロッダが好きだったから読み始めたようなものだっだ。
 ロッダ女史の作品『リンの谷のローワン』シリーズは、冒険だけではない面白さが各所ごとに組み込まれていて、思わず子どもだけに読ませるのは勿体無いと思った。だが、『デルトラ・クエスト』は表紙からしていかにも子ども、それも少年向けかと思ってしまう。だから手を出すのを少々躊躇ってしまった。しかし、それは杞憂に終わった。

 物語はロール・プレイング・ゲーム風で、主人公の少年が失われた七つの宝石を取り戻す冒険物だ。宝石を手に入れるのは容易ではなく、主人公とその仲間たちは毎回その奪還に苦戦する。宝石を守る怪物を倒したり、途中で出会う人々との交流も大切だ。
 この第一巻ではその宝石が奪われてしまったときのことと、主人公の少年・リーフが旅に出るまでの経緯、これから共に旅をする仲間との出会い、そして第一の宝石を取り返すまでの冒険が描かれている。
 途中まで読んでいると、ふと、この物語は一巻で区切りがつけられるのだろうか、と不思議に思う。この厚さでは物語が中途半端に終わってしまうのではなかろうかと、思わず最後のページまで捲ってしまいたい衝動に駆られるのだ。
 というのも、それほど厚くないこの本なのに、展開は言葉どおり息つく間もないほどに早く、没頭して読んでいると残りのページ数があまりに少ないことに驚かされるのだ。だが物語はまだ結末に及んではいない。すると、続刊があるにしても、物語が中途半端な結末で括られてしまうのではないか、と考えてしまう。
 けれども、最後まで読めば解るとおり、ちゃんと各巻ごとにはっきりしたラストは得られる。すると今度は、このページ数でよくひとつの区切りをつけて物語を終わらせることができるものだ、と感心してしまう。

 値段も手ごろだし、時間があるときにでもちょっと読んでみてはどうだろうかと思う。画面の外にもこれだけ面白い冒険物語が存在していることを是非知って欲しい。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本青の炎

2003/02/06 21:30

ホラーよりも、ミステリよりも

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 貴志祐介氏の今までの作品を顧みると、どれも『ホラー』に属するものだった。ならばこの作品も『ホラー』なのかというとそうではない。

 ——バンッ!
 と大きな音がして観客を驚かせるようなものは一回だけ(若しくは精々二回止まり)通用する手口で、大抵の三流ホラーがその手口を使用している。映画は特にその傾向にあるのが嘆かわしい。寧ろそれが『ホラー』なのだと割り切ってしまったら、青の炎にはこのジャンルは当てはまらないことは明確だ。
 ならば、『ミステリ』なのかと云われると、どうにもそうだと納得できない。貴志氏はミステリとしてのこの作品に一体納得がいっているのだろうか。ミステリにしてしまうには勿体無いと思うのだ。

 この作品は、きっとホラーが嫌いなひとでもミステリにアレルギヰを持っているひとでも難なく読めると思うのだ。
 作品紹介は他の評者方もしていることだから割愛することにするが、この内容からも両ジャンルには当てはまらない気がする。敢えて云うなれば『青春+恋愛+スリル』。——嗚呼、スリル小説というのが一番しっくりくるかも知れない。数々のスリラー映画を残したヒッチコックの映画を観るときのように、連続した緊張感。そして、戦慄。
 適度の興奮を幻滅により掻き消すことなく、貴志氏はこの作品を書ききっている。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本エミリー

2003/02/08 17:09

リアルな恋愛小説

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 恋愛小説なんて、と云って莫迦にする者もいるだろう。まるで取るに足りないものだとして手にも取らない者もいる。けれども、それは本当の恋愛小説を知らないからだと思うのだ。彼らは陳腐なラヴ・ストーリィと恋愛小説を混同している。

 野ばらちゃんの恋愛小説は、恋愛の何たるかを今までの既製のラヴ・ストーリィの概念に囚われずに書かれている。甘い口付けだけを望み、下半身の熱に目を背けるようなことはしない。リビドーをも恋愛に必要不可欠なものだとして作中に組み込んでいる。
 この辺りは、都合のいい大人になってしまったひとには解らないだろう。ついつい顔も知らぬ誰かへの影響を考え、不可のひと言に尽くしてしまう。そんなことをしたって、いつかは知ることになることなのに。寧ろ、そんなふうに隠してしまうから世間が混乱してしまうのだ。それを可とし容認しなければ何も一歩も進まない。

 子どもは大人が思っている以上に敏感で、それと明確に解らずとも莫迦にされているというのは察知する。だから、推薦図書だなんだと大人が良かれと薦める本は、大抵一笑に付されるのだ。そんな本は綺麗ごとしか書いていないから。けれども野ばらちゃんの作品は、全てを包み隠さずに書き記している。
 だからといって、野ばらちゃんの作品を誰かに勧める気にはなれない。自分で見つけ出して、自分で感じることが必要だから。そうしなければ、推薦図書と同じ位置付けがされてしまうだろう。薦められたとは思わずに、読みたくなったら読んでみればいい。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

シークのたくらみ

2003/03/26 16:22

ペーパーバックの手触り

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ハーレクインというもの自体が海外からの輸入物なので、なかなか日本の恋愛小説に慣れているひとには読み難いものかも知れない。主人公の女性が恋をするタイプは、日本人全体的なタイプでもなさそうなところも難しい。しかし、そういうことを忘れて、一人の欧米人女性として読んでみると、これがなかなか面白いものだったりするのだ。

 もともとが海外のものであるから、勿論のことこれは訳書である。しかし訳書にしたって原文を180度回転させるような記述がなされるわけがないし、読んでいると意訳はされているものの内容はほぼそのままといっていいだろう。だからこそ読んでいると、作家であろうと海外女性の思考が手にとるようにわかる。寧ろ、彼女らの少女めいた思考に、どの国でもそれほど変わらないものなのだな、と思わせられる。
 結局はディズニーの作品のようにハッピーエンドで締め括られるのだが、そこまでの経緯が日本のものには見られない味付けで、結構物珍しく感じられる。生活習慣は勿論のこと、仕草や、登場人物の物事への目の付け所も違う。それが或る意味これを読む楽しみといって良いだろう。日本という狭い国の境界に捕らわれず、自分を海外の女優と夢見るのもまた一興である。そしてまた、ペーパーバックをバスタブで読むだなんて、まさに海外女性への憧れを具現化したものではないだろうか。

 この作品ではハッピーエンドになるのだろうな、と思いつつもそれなりにドキドキする展開が待っている。女性ならではの心理描写なども面白い。
 なによりエピソードがついて、ちゃんと締め括っているのが気に入った。ハーレクインの中には、恋人同士になって目出度し目出度しで終わってしまうものも数ある。伏線を使わずに終わらせてしまうのはどうかと思うのだ。恋愛目的で読むのならばそんなことはどうでもいいのかも知れないが——。

 日本でも出版されている少女向けのラブ・ストーリィとは違って、ハーレクインはそれなりの描写もあるので、やはり成熟した女性が読むには適したものだろうとは思う。『Vコレクション』とは一線を画す女性向の恋愛小説であろう。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本悪魔とプリン嬢

2003/03/25 21:59

宗教或いは哲学の問題

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 全体を通して漠然としたイメージを残したこの作品、ストーリィは至って簡単なものである。或る旅人が平和な田舎町・ヴィスコスに遣って来て自分の考えを立証する為の証明を村人たちに行なわせようとするのだ。
 旅人・シャンタールはまず、宿屋のプリン嬢に接近した。
 彼は云う。
「人間は誘惑に屈する機会を与えられれば、遅かれ早かれその誘惑に屈する」
 と。
 彼はそれを証明するために十一枚の地金を用意した。一週間以内に村人の誰かひとりが死体で現れたら、この地金は全て村のものとなるだろう、と彼は云う。そして、その提案を村人全員に伝えるようにプリン嬢に云うのだった。
 ——条件さえ整えば、地球上のすべての人間が喜んで悪をなす。
 果たしてシャンタールの考えは証明されるのだろうか。

 この作品を読んでいる途中、ふと、『シンプル・プラン』という映画を思い出した。その作品は、山中で大金を見つけた男が、その大金を欲したが故に多くの殺人を犯してしまうという映画だ。詳細は書く必要もないが、彼は引くに引かれず実の兄をも殺してしまわなくてはならなくなる。そして思いも寄らぬ結末に、人間とは一体どんな存在なのか、僕は考えてしまうこととなった。
 その映画では、シャンタールの考えは“正”とされている。大金に対する欲に、主人公の男は引き金を引いてしまっているのだから。だが、この作品では一体どうであろうか。

 途中、十五年以上ドアの前に座って時を過ごしてきた老女・ベルダという未亡人の亡き夫とプリン嬢の祖母の幽霊が、何故シャンタールがこんな証明をしなくてはならなくなったかという理由を明らかにする。それはあまりに偶然で、悲惨な理由だった。彼はその“偶然”のために、これだけ非人間的な考えを抱くこととなってしまったのだ。これは悲しむべきことだろう。
 以前“保険金殺人”というものが起こった。保険金を掛けた相手を事故や自殺に見せかけて殺害するというものだ。推理小説のネタにもよくなっている。この作品では村人たちをこの加害者たらしめようとしている。だが——。
 現実に関しては、実際に事件は起き、それが露見したものもある。露見していないものもある。また、殺意を抱きつつも殺害には至らなかったものもあるだろう。殺害のきっかけとなったことは些細なことかもしれない。そして、それは偶然なのかもしれない。

 ストーリィとしてはいまいちの感が拭えないが、人間心理に関してはあながち身近に起こり得ないともいえないものであり、非常に興味深いものである。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本風葬の城

2003/02/10 15:00

手術は失敗でした

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 と、同じように、『実験は失敗』に終わりました。後戻りは出来ません。
 筆者が自作解説にて書いているのです、“この作品はある実験で”あったと。実験内容は、言わずもがな読めば解るのですが、主人公・浅見光彦の視点で書かれた文章がプロローグ以外にはないというもの。同人誌でもないのだから、商業誌でこういうことをやってもいいものかと先ず思い、また、あからさまなるその書きかたが面白みを殺いでいると。

 簡単なティーンズ向け小説には、視点をコロコロ変えることによって主人公がいる場所以外の場で起きている出来事をも報せることをしたりします。また、それによって読者である少年少女に共感を持たせようというのも本音でしょう。
 けれども、曲がりなりにも推理物の名を語ってこのような作品はいかがなものでしょうか。
 視点が変わることには、ストーリィが簡単ならば共感し易いという利点もありますが、少しでも入り組んだ内容だと混乱してしまうことがあります。この作品の場合は勿論後者で。
 そもそも浅見光彦シリーズは彼のキャラクタでもっているのだから、彼が出てこなければ意味がないでしょうが(本音)。

 冒険する意気込みは良かったのでしょうが、磁石を持ってくるのを忘れて迷ってしまった気分です。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本歌枕殺人事件

2003/02/09 19:30

内容と値段の釣り合い

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 内田康夫氏の作品は、浅見光彦シリーズ(間違ってコロンボも読んでしまったこともあったが)しか読んでいないのにこういうのもなんだが、売上の殆どをキャラクタの個性に依存しているように思える。賢兄愚弟の浅見兄弟の弟・光彦が、名探偵として各地で活躍する様は、それはそれで面白い。その旅先で出会う美女(実はあまり興味はないが)も売上に貢献しているのかも知れない。けれども、肝心の内容面を考えてみると、首を傾げたくなってしまう。果たしてこの値段と内容は釣り合っているのだろうか、と。
 この作品は会話が始まるとその部分が長い。故に情景描写が疎かになってしまっている感が拭えない。そこで喋っている以外のキャラクタは一体どんな行動をしているのか。某変身物アニメなどでの、変身中は手を出してはいけないお約束並に、彼らは何もせずに、場合によっては呼吸すらせずに沈黙しているのかも知れない。
 また、情景描写があるときや、何らかの説明の場合にはくどいほどに長い。早くストーリィを進行させたい読者としては、ついつい飛ばし読みをしてしまう。

 本は腐るものではないし、賞味期限がないから、希少本や限定本は別として、いつまで経っても値段は変わらない。だが、そのシステムはやはりおかしいと思うのだ。
 時代を経て内容が見直されて再び売れ出すものも有る。かの指輪物語なんてまさにそうだ。良いものは売れ続ける。しかし、時代を経て『古臭い』だとか『湿っぽい内容』なんていわれてしまってはもうおしまいだ。資源の無駄にさえなるだろう。
 制作費や人件費以外に、内容の面白さで値段が上下しても良いのではないかと思った。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本仄暗い水の底から

2003/02/06 20:55

確実なる“ホラー”作品

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 推理小説には、最終的に真犯人を追い詰めるというオチがある(ないものもあるけれども)。子供向けの童話だって、起承転結を追って、例え夢オチだろうとオチはある。しかしホラーにはそれがないのだ、と、この作品に思い知らされた。

 映画化もされたが、その映画化について何が凄いといったら『これを映画化できたこと』に尽きる。というのも、この本に収録されているのは短篇で、映画化するのに時間を幾ら水増ししても出来ないのではないか、と思ったからだ。映画の結果はどうあれ、映画化されたことは凄いと思った。
 それに、内容面としてもこの作品を映画化するのにはいささか不安があった。というのも、この作品はホラーで、“オチ”がない。オチがなければフィルムにしたところで面白くなるはずもない。結局映画は観なかったから、面白かったか否かは知らないが。

 読み終わって首を傾げたひとは多かったのではないだろうか。ページは本当にここまでなのだろうか、落丁ではないか、もしかしたら新しい手法で他の短篇の中でオチがつくのだろうか、と。けれどもページ数を確認するとちゃんとページは続いている。そして結局どうにも腑に落ちないまま次の作品へ読み進めるのだ。
 ——或いは見落としているだけでどこかにオチに繋がるような文章が内包されていたのだろうか。
 何とも据わりの悪い読後だった。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本白の闇

2003/04/11 16:41

非常にリアルタイムな作品

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この本を手に取るきっかけとなったのは、その当時良く見ていた新聞の広告欄にたまたまこの本が載っていたからだった。あまり記憶していないのだが、その記事にはこの本の説明として、「原因不明の病気に侵された人びとの恐怖や、社会の混沌ぶり」を描いたものだとされていたと思う。その文章に非常に惹かれて読んでみたのだが、その説明程良い作品だとは云えない。寧ろ、何となく落ち着きがなくて、読んでいるとハラハラもドキドキもしない代わりに腹の底から湧きあがるような苛立ちを感じる。それは、キャラクタのメンタルな部分の描写のせいだったり、我々では考えつかないような突飛な行動が多々見られるからかも知れない。舞台の状態も薄暗くて良く見えず、実際これを『作品』として世に出してもいいものだろうかと首を捻ってしまう。
 しかし、現在話題になっている原因不明の肺炎から引き起こされている社会不安や集団心理を見ていると、この本はそれを描いているのだと思う。不安感からマスクが大量に売れたり、予防法を励行したりと。作中では盲人となった人びとが食料を奪い合ったり、安全な場所を確保するために他の人間を力でねじ伏せたりと非情な描写も多い。けれども、実際にこのような状態になったら我々人間がそうしないとは決して誰も云えないのではないだろうか。

 心理的なことでは非情に興味深いこの作品だったが、最後に落としてしまった。いや、見逃してしまったのかも知れないが、その病気のそもそもの原因は何かが良く掴めない。ウィルスなのか新薬の副作用等なのか、判然としない。それが作者の意図なのかもしれないが、そうだとしたら全く上手い趣向とは云えない。ただ単にオチが思いつかなくて慌てて纏めてしまったというような形にしか受け取れない。そしてそうだというのに、時間が経てば盲目が治ってしまうという乱暴な締め括りなのだ。長いあいだ人々の混乱や心理的混沌を読ませられてきた立場としては、これでは面白くない。
 興味本位でのみ一度だけ読みたい本である。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本最後の記憶

2003/02/08 18:59

本格?

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 綾辻行人氏の初の本格ホラーというが、まあ、『本格』なのであろう。この作品を本格とするのならば、僕はまさにホラーの門外漢となる。どう逆立ちしてみても、面白いとは云えないのだ。
 文章面では、綾辻氏のミステリは読破しているくらいだから認めている。ストーリィ構成も悪くはない。しかし、読後にどう思ったかは別だ。
 ——この作品は『いまいち』の一言に尽きる。

 鈴木光司氏の『仄暗い水の底から』の書評でも述べたのだが、オチがないのだ。綾辻氏は自らもそれを認めているが、どうにもそれでは座りが悪い。伏線を張っておいて使わないのと同じである。その場合、伏線を張り過ぎたら起承転結すら支離滅裂になってしまう。だが、ホラーはそれでいいのだと開き直られる。読者としては、最後まで読んだのに作者に開き直られてしまったらどうすればいいのだ。最終ページかと思いきや、まだラストシーンが書けていないのです、続刊をお待ち下さいと云われたようなものだ。いや、『ホラー』はその続刊すらないのだから尚悪い。
 そして再び、ホラーとはこういうものなのだと痛感させられた。

 けれども思うに、ホラーとは果たして本当にそういうものなのだろうか。
 幼い頃に読んだ江戸川乱歩の作品は、まさに『小粒でもピリリと辛い』だった。幼心ながらその恐怖心はいまだ残っている。判断力がついた今でも、乱歩の作品は凄いと思うと同時にぞっとさせられることが多い。乱歩は直接に我々の恐怖心に訴えかける作品を書いていたのだと思う。オチがあるないなんて考える隙すら与えられていない。
 乱歩の作品とこの作品を比べてみると、如何に違うかが良く解る。例えば、この作品は時代を経ても残るであろうか。……判断は各自に任せるが。
 ホラーにしても推理ものにしても、時代を経てさえ残る作品こそが秀作だと思うのだ。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

15 件中 1 件~ 15 件を表示