サイト内検索

詳細検索

ヘルプ

セーフサーチについて

性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示を調整できる機能です。
ご利用当初は「セーフサーチ」が「ON」に設定されており、性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示が制限されています。
全ての作品を表示するためには「OFF」にしてご覧ください。
※セーフサーチを「OFF」にすると、アダルト認証ページで「はい」を選択した状態になります。
※セーフサーチを「OFF」から「ON」に戻すと、次ページの表示もしくはページ更新後に認証が入ります。

  1. hontoトップ
  2. レビュー
  3. 森亜夫さんのレビュー一覧

森亜夫さんのレビュー一覧

投稿者:森亜夫

46 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本作画汗まみれ 増補改訂版

2001/10/23 13:36

日本のアニメーションに関わるすべての人の必読書

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 長らく絶版となっていた名著が復活である。それもうれしいことに「増補改訂版」になっている。全面的に手を入れてあり、詳細な注や「ニモ」以降の話題も充実している。何度読んでもすばらしいのは、東映動画黎明期の内情を克明につづる筆致である。情報としても詳しく、また、当時の「青春時代」の熱気を感じることができる。資料として、また読み物として一級品である。また、改訂版となり、大塚自身年齢を重ねたこともあってか、随所に「アニメーター」を志す若者へのアドバイスがちりばめられている。アニメに興味がある人にも、アニメが好きな人にも、アニメ業界に就職を求める人にも本書は必読書である。
 旧版で掲載されていた大塚のラフスケッチや、子ども時代の絵(恐ろしいほど正確なスケッチ)が割愛されていること。それだけが、残念ではある。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本整体 楽になる技術

2002/06/20 15:19

身体論の入門書

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 すでに指摘されているように、この本は私たちが普段考えるような「整体」についての本ではない。逆に「整体」という言葉が、ここまで広い範疇を含んでいるのかと驚くような広い身体技法について言及されている。
 白眉は、やはり身体論から見る文明論である。著者はそんなところは余技で書いているのかもしれないが、身体論から見る現代社会論は非常に新鮮である。とくにいじめについての記述など、考えさせられる(この部分だけでも、学校関係者は必読であろう)。
 もっとも重要であるはずの実際の整体技術が、新書という制約からか、説明と図が離れていて、ぱっと見て理解は難しい。また、図も、一部しかなく、それは残念である。もっと、図入りで大判の実技編の刊行を望むものである。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本舞姫 1

2002/01/03 02:07

昔少女も、いま少女も、心少女もバレエを通して人生を考えさせられる名作

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 山岸涼子といえば、『アラベスク』が有名。むろん、それも名作だけど、今回は日本のどこにでもいそうな篠原六花ちゃんという女の子が主人公。バレエが好き、でも、自分にはバレエ向きの身体は与えられていないと悩む主人公をとりまく、個性的な脇。中でも須藤空美という子の存在が読者にずっしり重くのしかかる。
 太ることを恐れるという些細な「身体コントロール」から、バレエという非常に高度な「身体コントロール」までの世界を描きながら、一方で、老いる病むということを逆光から照らしだしている。
 いま少女も、昔少女だったひとも、そして、「心は少女」と思っている男の子、おじさんにもぜひ読んで欲しい名作。一巻を読めば必ず次が読みたくなることは必至である。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

「男女」は制度であると認識したそのさき。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 帯に「男女(問題)」? 現実はここまでおもしろくなっているのです。…と書かれた本書。タイトルからして、「男女」は「制度である」というラディカルさである。九人の個性溢れる論者が展開するのは、これまた「男女問題」である。
 個性溢れるというのは得てして皮肉に使われる言い方でもあるのだが、これは皮肉ではない。編者斎藤美奈子の慧眼というべきか。特に、「現役小説家」の前半の配置などは、普通はしないだろうし、「佐々木由香」さんというネカマの評論も、目端が効いている。

 ただ、平凡な読者としては、後半の読みごたえと前半が釣り合いが取れないような感想を持った。後半はオーソドックスといえばオーソドックスな評論である。しかし、形はオーソドックスでも、述べられている内容は「ラディカル」である。特に最後の三者、横川寿美子、ひこ・田中、金井景子には、改めて眼を開かされた。ジェンダーフリーという言い方がなされて久しいが、それがどのように「現実」とクロスしていくのか。

 「男女」は制度だと言うのは易しい。では、それらが「制度だ」と見抜かれた先に何があるのか。横川寿美子、ひこ・田中、金井景子に共通する視点は、「子ども」と世界である。ここに、もっとも先鋭的に、先の問いの答えがあるのかもしれない。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本舞姫 2 (MFコミックス)

2002/01/03 02:17

待望の第二巻。おまけが笑えるお徳な一冊

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 待望の第二巻だ。内容は、第一巻の緊張感を維持して文句なくすばらしい。しかし、意外な嬉しいおまけがあった。巻末の魔夜峰央との対談、山岸涼子、魔夜峰央のバレエコラム、短いバレエエッセイマンガ。どれも大爆笑である。四〇過ぎの未経験男がバレエを始める(魔夜)、四七歳で、バレエを再開(山岸)。ただでさえ、本編でバレエのすばらしさに酔いしれ、「バレエしてみたいなあ」という思いがむくむくと育ったところに、この巻末だ。
 このマンガのせいで、バレエ人口が増えるかもしれない。
 そのくらいのインパクト。必読である。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本サブカルチャー反戦論

2001/12/25 22:38

ヤングアダルトから大人まで「戦争」について考えるために。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 サブカルチャー批評において第一人者であり、マンガ原作者、若者向け小説家としても第一線で活躍する大塚英志の、米国同時多発テロに発する米国の報復戦争への論説である。
 驚いたことに、初出はアニメ雑誌の自分の連載小説にはめ込まれものや、若者向けの小説雑誌のものがある。詳しい経緯は本文を参照して欲しいが、そうまでして彼が若い人々に伝えたかったものとは、何か。
 今は「戦時下」である…と著者大塚は言う。言論の不自由がじわじわと拡大し、テロ事件への同情と正義の戦いへの賛同以外の言説を微細な場面で封殺していっていると。
 若者向けに書かれているだけに、非常に読みやすい。わかりやすいとは言い難いが。特に第三章の柄谷行人への批判は、文壇の人々にはどう響くのだろうか。どの物書きも、この章だけは、「自分のことを言っている」という思いを持って読んで欲しい。その上で、著者大塚に反論を返すべきだろう、と思う。
 平易な文章、わかりやすい比喩。その上で、非常に難解な次元の「戦争」について語る本書は、若い人から年長の者まで、「戦争」について考える上での必読書である。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本ベルセルク 22

2001/12/25 13:16

歴史に残るマンガ

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 すばらしい! の一言につきる。物語は、21巻でキャスカを救ったガッツの再出発、「何も変わっていない」と微笑むグリフィスの、「夢をかなえる」ための所業を交錯させながら、高みへと上っていく。「鷹の団」のころを思い出させるような、グリフィスの美しさと泰然自若とした態度。変わっていないのに…。読者は、ガッツと共に、胸をかきむしられるような思いをするだろう。
 マンガを読みなれていないひとには、ちょっと厳しいものがあるかもしれない。こまわり、台詞、背景の書き込み、など、細部に目を奪われてしまうからだ。
 しかし、「ベルセルク」は後世に残る作品である。読んでおく価値は、必ずある。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

芦原英幸、絶筆!

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 かの名作『空手バカ一代』の後半を飾ったのは、だれあろう、芦原英幸その人であった。ひょうひょうとした人格、「ケンカ十段」と恐れられた芦原英幸の最後の著書である。空手を知らない人間にとっても、マンガで知った芦原英幸は恐るべき快男児であった。現実の芦原英幸もまた、疲れを知らない空手や門下生への愛情にあふれた人物であったことを、この本は教えてくれる。『空手バカ一代』の時代から、道場設立、極真からの破門など、波乱万丈の人生がとうとうと語られる本書は、今手にはいる唯一のものである。(『流浪空手(さすらいからて)』はとうの昔に絶版となっている)。
 希代の空手家が、ALS(筋委縮性側索硬化症=発症すれば、呼吸器をつけなければ数年で死亡する)の病魔に襲われるという皮肉。しかし、芦原英幸は呼吸器を拒否し、最期まで空手のために生きた。その生きざまには、延命にばかり拘泥する現代医療についても考えさせられる。
 芦原会館門下生はもちろん、格闘技を愛する者ならば、必ず手にしておきたい一冊である。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

キャラクター文化の現在----現場からの声

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 著者の秋山孝氏は、美大で教鞭をとりながら、現場のキャラクターデザイナーでもある。彼のポップな勢いのあるうきうきするキャラクターは、氏の名前を知らない人も、一目見れば、ああ、あれかーとわかる。
 さて、本書は、その現場での視点が、縦横無尽に生きた「キャラクター文化」についての本である。アトムやのらくろ、スヌーピーやミッキーマウス、キティちゃんといった「キャラクター」が、どうしてこのように人々に受け入れられるのか。著者の秋山氏は、それを「キャラクターを介したコミニケーション」として位置付ける。本書の前半の、幼児の描く絵、古代人が描いた絵に対する分析と現代の「キャラクター」が、コミニケーションというキーワードで一気につながる分析は、見事としか言いようがない。
 後半の著作権に対する現場からの声にも、見るところが多い。
 現実問題として、キャラクターが著作権フリーになったとき、「キャラクター」として生き延びることが可能なのかどうか。
 著者に聞いてみたいのは、最近インターネット上に溢れているAA(アスキーアート)と呼ばれるキャラクターのことである。モナー、いよう、しーちゃん、ギコ猫などのキャラクターは誰にでも描けるし、どこにでもコピペ可能である。こんな「キャラクター」は、従来の「キャラクター文化」から言うと、どこに位置するのだろうか?

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本悲鳴をあげる身体

2002/06/26 16:04

ゆるやかな病院化社会への批判

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 幸せを感じることの、第一に、著者は「食」の問題をあげる。なるほど、生まれ落ちて、「食べさせてもらう」ことの満足は一番根源的で深い。その「食」が外部化されていく過程で、家族という共同体が揺らいでいるというのである。
 話は「食」に限らない。現代社会において、身体をもっとも管理しているのは、医療である。医療は、身体に関する情報を数値化し、人々の身体に関する技法の共同性を分断する。そのような見方で、医療を語るかたりくちは、決して大げさでないし、攻撃的でもない。しかし、医療への本質的な批判たりえていることには、読者は注意を払うべきである。
 医療をトピックとして取り上げるのだが、その各論としては、日常の病院という空間から、脳死移植、体外受精や代理母などの生殖技術にまで及ぶ。しかし、著者の語り口は従来の生命倫理といった堅苦しいものではない(生命倫理にも、堅苦しくない本はあることはあるが、一般的に倫理というものは、堅苦しいものだと私は思う)。
 身体が<ゆるみ>と、<すきま>を生きるとき、遊びが生まれ、現実世界のリアテリティが支えられる。<ゆるみ>と<すきま>を失った身体で、現代人はいったいどこにいくのか。
 医療によって、ある意味の「身体の共同性」を失ったことが記述されているが、医療そのものへの批判にはならない。しかし、心ある人は、彼のこの本を正しく「病院化社会への批判」として受け止めるだろう。
 各章扉の石内都さんの写真が本書の内容と響あって、とても心地よい。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

オカルトをときほぐす。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 平易な話し言葉で書かれており、非常に読みやすい。言葉以前のこと、言葉の起源を考える、言語論から見た作品の世界という三章でなりたつ。言葉は平易ながら、アイヌ語やラカン、ライヒ、加茂真淵、折口信夫などを縦横無尽に引用しながら、言語について述べていく。
 しかし、私がもっとも感銘をうけるのは、第一章の「言葉以前のこと」である。著者には不本意な読みかもしれないが、言葉以前の世界のコミニケーションを深く洞察したこの章では、いわゆるオカルトが「耳」を中心とした感覚(=胎児の感覚)からときほぐされている。
 胎児は耳で(聴覚で)「見る」という仮説から、臨死体験を分析しているその手つきは鮮やかであり、また、胎児からまた胎児へと帰る(死ぬ)という人生の見方には、多くのことを考えさせられた。いわゆる霊能者が、なぜ「見る」ことができるか。このようなことは、非科学的であるとむげに否定されることが多かったり、見えるから見えるというわからない説明によることが多かったが、この本のなかで、著者吉本は、愚直なまでに説明しようとしている。
 ただ、心配なのは、内コミニケーションの完成を一歳未満としているが、そのことが、新たな三才児神話(この場合は一才児神話だ)を作り出さないか……ということではある。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

インセストタブーに対する最新の知見

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 刺激的な論考集である。文化人類学、文学、霊長類学、生物学の最先端のインセストにまつわる知見を披瀝している。個々の細かい人類学的な検討は、一般の読者には多少退屈かもしれない。しかし、退屈さを吹き飛ばしてあまりあるのは、その論考集としての構成である。半ばに挿入された西田利貞の批判的な検討によって、読者はもうひとつの視座を提供されることになる。
 明快でわかりやすい西田の一刀両断と比較して、文学畑のの論者のきめ細やかな論考。どちらも十分におもしろいが、何よりも、両者が同じ土俵で議論したそのスリリングさはシンポジウムに参加できなくても、十分に伝わる。
 個人的には、小馬徹の論が、霊長類学を批判的に検討している部分が独創的で非常に示唆的であった。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

実践と理論のフェミニズム最先端

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この対談集は、「どうせ対談だから軽く読める」「わかりやすい」を期待すると裏切られる。そのかわり、払った労力に見合った内容であることは間違いない。
 
 全四章構成で前半の大沢真理、河野貴代美との対談では、現場における「実践」についての話が展開される。大沢真理氏は、あの「男女共同参画基本法」の制定にもかかわったかたで、なぜ「共同参画」なのか、なぜ「平等」では駄目だったのかなど、興味深い話を聞くことが出来る。河野貴代美氏は、フェミニズムカウンセリングの第一人者。現場でのカウンセリングが今日、行政とどのようにリンクしているか、かかわっているのか、またそれらの問題点について語る。
 後半は、理論的な話に重点がおかれる。
 ジュディス・バトラーの翻訳者であり、理論をひっぱっておられる竹村和子氏との対談は、『ジェンダー・トラブル』を理解し損ねた人間にもわかりやすい。(もちろん、『ジェンダー・トラブル』と比して、であって、簡単に読めるというものではない)。
 足立真理子氏との対談では、「福祉国家」「フェミニズム先進国家」北欧への鋭い批判があり興味深い。
 ミクロとマクロをつなげる努力は、個々人のなかでもされているのだが、この本全体の作りもそうなっているところが、これまた秀逸である。

 フェミニストにならない、もしくはフェミニストが嫌いでもかまわない。この本を読めば、現代の諸問題を考える上で、フェミニズムを軽視してはならないことを理解できるであろう。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本安彦良和全仕事集

2001/12/13 11:50

美麗、豪華な一冊。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 安彦良和、三冊目の画集である。アニメーター時代、ファンたちのあいだで囁かれた「ちょっとデッサンの狂った、その感じがいい」という評を、この三十年の仕事のなかで良い方に裏切ったということを実感させてくれる一冊。アニメの安彦良和しか知らない人も、漫画の安彦良和しか知らない人も、必見である。絵描きとしての、仕事のもっとも良い部分が、この画集には納められていて、オリジナルの漫画やアニメに疎い人でも、十分に堪能できるだろう。
 また、巻末におさめられた萩尾望都との対談も、とても興味深い。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本風を野に追うなかれ

2001/12/13 00:12

古びない、新しくあり続ける問題

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この本を読み直そうと思ったそもそものきっかけは、岡田斗司夫の『30独身女、どうよ!?』。そこで岡田斗司夫が言ってるようなことを、ちゃんとすでに言ってる人がいたはずだと、本書にたどりつくまで、80年代の女性学関係のエッセイをいくつか読み直した。この、89年初版(ハードカバー)の本の中で、著者小倉千加子が言っている問題は、じつは、全然解決されていなかったという現実に、気づかされてしまう。軽妙で平易な文章であるし、取り上げる題材が、松田聖子とかだったりするものだから、さらさらと読めてしまうが、その実著者の視線は、フェミニズムが取り落としてきた(に違いない)深い暗い現実の隙間にまで届いている。
 一つは、小谷野敦が『もてない男』で、ぶち上げたフェミニストへの不満に通底する。それは、「いい男とうまくやってるように見えるフェミニスト」への反逆と違和感の表明である。小谷野はこんなフェミニストがいることを見逃してはならない。
 専業主婦の怨念と絶望とに真摯に向き合うとき、近年流行りの底の浅い『くたばれ、専業主婦』(石原里紗)なんて言葉とはまったく逆の言葉が、小倉千加子からは紡がれる。共感と、愛情と。
 彼女が近年、エッセイなどの一般向け書物を書かないのは、とても残念なことだ。
 しかし、彼女が十数年前に放った言葉は、いまだに光り続けている。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

46 件中 1 件~ 15 件を表示