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  3. 伊豆川余網さんのレビュー一覧

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    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

    中野 ジェームズ修一 (講師),日本放送協会 (編集),NHK出版 (編集)

    5つ星のうち 4.0 レビュー詳細を見る

伊豆川余網さんのレビュー一覧

投稿者:伊豆川余網

38 件中 1 件~ 15 件を表示

名訳でたどりついた大長編の余韻

14人中、14人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2006年夏刊行の第1巻以来約1年、5冊目にあたるこの別巻の刊行で「光文社古典新訳文庫」版の『カラマーゾフの兄弟』が完結した。
 この1年、仕事の合間に何冊もの本を読んだが、この『カラマーゾフの兄弟』2巻以降の4冊ほどその刊行を待ち望み、刊行されるや夢中になって読んだ作品はない。とくに、3巻目が出た年初以降は間隔が長く、次巻の出現が文字通り渇望された。
 春が終わり夏が近付くと、4巻が最終巻ではなく、別巻というかたちで5冊目が出て、これが真の打ち止めになるという情報が紹介された。その前後から、本シリーズのある種「異様」な売れ行きも、各紙誌で採り上げられはじめ、渇きはさらに募った。カラマーゾフという媚薬(もしくは猛毒)をあつかう光文社の営業戦略にすっかりはまった格好だったが、読み終えた今、本書を出してくれた同社に感謝こそすれ、不満はない。
 第4巻と本巻が同時発売されたとき、2007年の夏は、その後の記録的な猛暑をまだ予測させてはいなかった。4巻に引き続いてこの別巻に収録されたわずか60ページあまりの「エピローグ」を、残暑とは名ばかりの8月の盆休みの最中に読み終えてしまったとき、達成感よりも言いようのない寂寥感が、じわりと押し寄せてきた。
 そもそも『カラマーゾフ』という小説の存在を知ったのは高校生のときだ。乱読を繰り返していた当時、『罪と罰』その他を文庫版で読んだあと、この作家の最高傑作と呼ばれる本書の深淵に立ち淀んだ。同じ新潮文庫で挑み、挫け、岩波文庫でもだめだった。どうしても、第1部の冒頭で思考停止に陥ってしまうのである。傑作に立ち向かえない自身の無能無力を呪ったこともあった。
 爾来幾星霜。昨年この光文社版が出た際、その版元への既成のイメージもあって半信半疑、手にとった。恐る恐る開いて見た。読みやすい。なんとも不思議な律動感で、ことばが体に入ってくる。かくして、いとわしい父親の存在、不思議な3兄弟(主人公であり狂言回しであり、父や二人の兄に比べて「善」を振られているアリョーシャも、実のところ妙な人物である)と膨大な人物が織りなすこの長編に、この一年とことん参ってしまった。
 自分のようなただの読書好きからすると、ドストエフスキー(の魅力をおそらく摘出してくれたであろう本訳書)の魅力は、輻輳する思想や信仰以上に、その話術にある。本書は、実は一人称の「私」が、カラマーゾフ家に起こった事件を語る体裁で書かれている。したがって、地の文はもとより、(とくに)三兄弟たちの長過ぎる会話も、壮大なる「語り物」の一部なのである。「語り物」である限り、盛られた思想以上に重要なのはテンポというかリズムであって、この光文社版が私を含めた大多数の読者に支持されたのも、そのあたりを工夫した、亀山郁夫の訳文にあったのは間違いない。
 もうひとつ光文社版の成功を言えば、各巻(原作の「4部構成+エピローグ」という仕組みを反映した巻立ても良かったが)巻末に懇切なる「解題」が付されており、錯綜する物語を跡づけるのに有益だったこと。この別巻ではさらに、その集大成というべき長い解題があり、長編と格闘した後の読者の疲労を癒やしつつ、その世界と対峙した余韻を楽しませ(再度悩ませ?)てくれる。併載された、本作に重点を置いた略伝「ドストエフスキーの生涯」も、たいへん知見に富む。
 読後一週間あまり、果てしなく続くかに思える今年の酷烈な暑熱を浴びつつ、心は、見知らぬ凍てついたロシアの大地に飛び、さまよっている。

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紙の本男振 改版

2006/02/15 15:45

これぞ逸品

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 堪能。再読して今さらながら、池波作品の風通しの良さに感銘を覚える。
 本書が、今はなき「月刊太陽」に連載されていたころ、10代だった当方は関心のある特集に応じて同誌を時々購入していた。特集以外で最も夢中にさせられたのが、この小説。連載開始時、主人公・堀源太郎が自分とほぼ同齢だったこともあって、源太郎が若殿側近の俊秀として将来を約束されていたにもかかわらず突然の奇病で運命が変転してゆく展開に目が離せなくて、毎月同誌の発売が待ち遠しかった。
 いま、池波正太郎の年譜をひもとき、本書が連載されていた1974年を見ると(池波51歳)、唖然とせざるを得ない。前年来『鬼平犯科帳』を「オール讀物」に、『剣客商売』を「小説新潮」に、『必殺仕掛人』を「小説現代」に書き続けており、毎月の連載としてこれだけでも恐るべき筆力だが、なんとこの年1月から『真田太平記』の連載が、「週刊朝日」で始まっている(完結は1982年末)。本書の「太陽」連載は、7月号から翌年9月号だ。
 もはや永遠の時代小説のヒーローとなった鬼平も梅安も秋山親子も、明治の講釈場が産んだ豪傑譚をさらに魅力的に仕立てた長編読物も、池波のスケールの広い作家活動の賜物で、我々を今も尽きること無い読書の愉悦に導いてくれる諸作を同時代に次々と紡ぎ出していた事実に改めて敬服する。だが、こうした代表作中の代表作誕生の合間に、『男振』のような佳編が産み落とされていたことは、どれほど賛嘆しても賛嘆し過ぎることはない。
 本書は江戸時代を舞台にしたお家騒動ものだが、悪人らしき悪人は登場しない。主人公の将来を閉ざそうとする敵役はいるが、その実像の描写は最後までないし、物語の中盤以降主人公に及ぶ魔手も確かに卑劣ではあるが、胸が悪くなるような嫌悪感を呼び起こすようには描かれていない。かといって、本書が底の浅い通俗小説かというと、まったく違う。巧みなストーリーと、女性も含めて魅力的な脇役という定石は当然ながら、そもそも主人公に突然起こった奇禍の設定が、抜群だった。この設定を少しでも誤ると、話は陰惨もしくは猟奇趣味を帯びるか、逆に滑稽過ぎて共感に至ることは絶対なかっただろう。
 人は同情されるよりも嘲笑されることで、さらに身の不運を呪う。若者であればなおさらで、等身大の人間としての主人公の悩みを真摯にとらえ、脂の乗り切った手練の作家が自在の表現力で描いたとき、繰り返し賞味し得るまことに愛すべき一編となった。
魅力的な場面はいくつもあるが、前半、牢にあって温かい麦飯に食感を覚える箇所などは、物語が緊迫の連続だけにまことに効果的で、これはもう鬼平をはじめとするシリーズ諸作の食事場面に負けない鮮やかさ。また終盤、「男振」という題名の意味が明らかになる場面も、ここまで読み進んできた読者の胸の奥に必ずや熱い潮を満たさずにはおかない。
 再読してもうひとつ思うのは、作者が、「月刊太陽」という、いわば趣味の良い雑誌への連載ということをかなり意識していたのではないかということと、その成功だ。鬼平なり梅安なりでは、市井の裏面が舞台だけに、男女の描写は随分となまめかしい体臭が漂い、それが娯楽小説の身上にもなっている。だが、本書では、奇禍に襲われても(あるいはそういう境遇であればこそ)、女性への本能を抑えきれない若者特有のエロスがきわめて上品に描かれており、そこがまた再読していて好ましかった。「オール讀物」や「小説現代」の読者にはやや欲求不満だったかも知れないが、それは池波の意図したことだったろう。
 フルコースで味わう濃厚な食材だけが食の魅力ではない。淡淡とした一品ながら、玩味すべき逸品というのもある。
 いまやそれらがすべて、手軽に味わえる。池波への敬意と感謝は計り知れない。

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紙の本日本のいちばん長い日 決定版

2006/07/14 16:58

不朽のドキュメント作品

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ついに文庫化してくれた、文藝春秋に感謝したい。
 今や「昭和史」の第一人者、ともいうべき著者の原点が本書ではないか、と思う。
 だが、初版時(1965年)の著者名は「大宅壮一」。当時、「文藝春秋」編集部次長だった著者の名を、同社からの刊行物に出すことは憚られたのであろうし、ジャーナリストとして勇名を馳せていた大宅の名で出すことは、営業上も有効とされたのかもしれない。そのあたりの経緯は、半藤氏自身「あとがき」でさらりと触れている。
 その後、角川文庫に入った後、「決定版」として1995年に文藝春秋が再度単行本化した。当方が最初に読んだのは、この版だが、その前に、映画になっている。
 公開が1967年だから、映画化は初版刊行後すぐに決定したものだろう。正直に言えば、公開から数年後、TVで観、さらにビデオで数度観て、当方の「いちばん長い日」への畏敬と恋着は始まった。つまり原作より先に、映像があった。映画クレジットは当然ながら「原作 大宅壮一」である。
 橋本忍脚本、岡本喜八監督の布陣もさることながら、いわば、当時の(東宝系)男優陣を棚卸しして作り上げた傑作であり、その後つくられた東宝の戦争映画、近年の戦争を主題にした各社の映画とは、格も柄も段違いである。モノクロ画像と、抜群の配役が織り成すドラマは、確かにフィクションだが、描かれた内容は全く、本書の大筋に沿っている。だからこそ、映画は魅力的であったし、だからこそ、本書へたどり着いたとたん、ページを繰るのを止めることができなくなった。
 本書の魅力は、8月15日という日本にとって歴史を画することになった日に向かって、次第次第に収斂してゆくドキュメントの迫力だ。プロローグではポツダム宣言傍受(7月27日)から書き起こしているが、本編は8月14日正午から、翌15日正午まで、ほぼ1時間刻みで章立てとしている。公刊された文献はもとより、当時の生存関係者への取材を通して、政府、軍隊、官僚、といった組織の力学、天皇から一兵卒までの気息、それらを包み込んでいた暑く、重苦しい真夏の24時間の空気、というものが、伝わってくる。
 半藤氏はその後、多くの戦史もの、歴史ものの好著を陸続と執筆している。ここ数年は、平凡社の『昭和史』『同 戦後編』が広く江湖に迎えられたことで、いわば昭和の最高の語り部となった。だが、主題の重みと濃縮された緊迫感、人物群像の魅力などによって、本書は今なお、著者の代表的著作といってよいだろうし、今後も読み継がれるべき、ノンフィクションの傑作だと思う。

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紙の本テレビの黄金時代

2005/12/05 15:53

回顧談でない壮快な「現代史」

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 なんとも面白い。数年前の『文藝春秋』連載時にも、あまりの面白さに卒倒しそうになった。毎月1回ごとでは物足りず、単行本になったらと思っているうちに刊行されたが(2002年秋)、書店で立ち読みしただけで我慢した。気がついたら数ページ進んでしまっており、ここで買ったら、たぶん半日は何もできなくなりそうで、恐ろしかった。忘れかれていたところで文庫化を知ってしまい、時間のとれた週末を選んで読み耽った。
 通読し、もう1度読んで思ったことは、本書の「面白さ」の本質が、筆者がしばしば語っている、自身の「書き手」というこだわりが生み出した活字文化の面白さ、という当たり前の事実である。抑制された文体、自身の見聞に基づく自負は、筆者の他の著作にも貫かれているが、沸騰する時代と空間を叙しながらも、著者の姿勢は部内者の成功譚でも伴走者の回顧談でもない。そこが心地よい。また、“いい時代”に現場に立ち会った者が何かを思い出して語ればある程度面白いものになる、という大方の浅はかな見方を打ち砕く。
 1959年、テレビの世界のとば口に立った著者は自らを「観察者」と定義している。そのすぐ後で、次のような自恃あふれる一文が続く。「観察眼をすてられないのは、ある意味で弱点になるのだが、作家の目を持って生まれついた者の不幸でもある」。この前に、「放送作家」時代の野坂昭如との出逢いがあるので、この一節は妙に陰影が深い。
 本書に登場する“テレビ人”の多くは、(世代的に当然だが)活字媒体主流の時代に育ちながらアメリカ音楽と映画に猛烈な影響を受け、やがて日本型の「バラエティ」を生み出していく世代である。彼らのなかには、その後、いわゆる「物書き」に転身した人もいるが、それはひとつの祭りが終わった後で、ひとつの才能がそのように向かわしめたのであって、本書の著者のように、「黄金時代」の沸騰のなかで己れの才質を意識し、格闘して、その後の果実を得たのとは異なるだろう。
 本書が成功者の回顧談でないことは、著者自らの「この文章を回想録と思っている人がいるかも知れない。そうした要素があることは否定しないが、回想録を書くのなら、苦労はしない。ぼくは歴史小説を書くような心構えで、これを書いている。ただし、〈小説〉ではないから、フィクションはない。とすれば、現代史の一種か。〈描写〉ということをしなかったので、気楽な回想と思われたのかもしれない」という一節にも凝縮されている。
 現代史といっても、著者は唯物史観の信奉者ではないから、叙述された人物群像はきわめて魅力的に描かれている。名プロデューサー井原高忠を筆頭に、永六輔、青島幸男、井上ひさしら作り手側、渥美清、クレイジー・キャッツ、坂本九、てんぷくトリオ、藤田まこと、ドリフターズ、コント55号ら出演側、前者から後者へ転身した前田武彦、ナベプロ帝国の総帥渡辺晋、その他、有名(当方にとって)無名に拘らず、過不足ない登場の仕方には、筆者の「観察眼」が縦横に行き渡っていて、ぞくぞくする。
 本書は、いわば「日本のテレビ水滸伝」という読み方もできよう。本家の「水滸伝」で、一度は集まった豪傑がやがて霧消していったように、また「水滸伝」の前にも“歴史”があり、その後も“歴史”が流れていったように、一抹の感慨を抱かせつつ、その濃縮度、壮快感は再読三読に耐え得るものだ。

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紙の本悉皆屋康吉

2008/06/30 13:52

失われゆく職業に宿った豊かな世界。読まないと損をします。

7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 読んでよかった、そう素直に思える一冊。
『日本国語大辞典』で「悉皆屋」を引くと、「『悉皆』は一切の意で一切を引き受けることを看板に掲げたところから」と前置きした上で、語釈がある。そして、最後に次のような引用があって、それが何より分かり易い。「悉皆屋といふのは、昔は大阪ではじめた商売だという。大阪で、着ものや羽織の染模様、小紋又は無地の色あげ、或いは染直しもの、などを、請負って、京都の染物屋に送り、仲介の労をとって、口銭を儲けたのが、はじまりである」。実はこの出典こそが、本書の冒頭部分なのである。
 そもそも、この本に惹きつけられる人は、「悉皆屋」という商売を知っている人か、舟橋聖一に関心がある人だろう。自分は、辛うじて前者。辛うじてというのは、「知っている」というほどの知識も、実体験もないから。ただ、知人の知人が、かつて、都内の有名百貨店に出入りしていた「悉皆屋」さんで、永年蓄えたその道の知見はもとより、もはや文化財に等しい江戸言葉を駆使するその姿に、敬服してしまったという経験をもっている。
 そんな「悉皆屋」を描いた小説を、舟橋聖一が著わしていたとは、不覚にも知らなかった。昭和16年に書き起こし、昭和20年、空襲を逃れた熱海の旅館で脱稿したという。小説の舞台は、東京。時代は関東大震災を挟んで、2.26事件の前夜まで。いわば、日本がその伝統の殆どを失うことになる大戦争に突き進む直前、江戸以来続いてきた和装文化の、最後のきらめきを生きた下積みの商売人の物語である。……などというと、何か黴の生えた職人もの、芸道ものか、もしくは鏡花・荷風ら明治の大家たちが縦横に描いた花柳小説の亜種のように怪しまれるかも知れないが、意外にも古くさくなく、読みやすい。とかく明治の漱石・鴎外の文章より、昭和前期の(特に風俗を描いた)小説に、むしろ妙なテンポのずれ、文体への違和感を感じることは、ままあるけれど、本作は違う。明治37年本所横網町生まれ、しかも帝大出の父をもつ(当人も東京帝大卒)舟橋の環境と素養の所以なのだろうか。
 ことに、先ほどの冒頭部分から、主人公の康吉が日本橋に店をかまえるまでの前半部はもう、手放せない面白さ。江戸の古老が当然のように呼吸し、和装がまだまだ当たり前である一方、明治以来の新しい社会秩序と新たな経済活動が生み出した衣裳文化と、その贅沢が頂点にまで達した昭和時代前期までの時代相が、巧みな語り口で飽きることなく展開する。
 何よりも、登場人物がみんな生き生きとしているのが素晴らしい。意地が悪いと見えた同業の番頭の意外な推輓、お嬢様の優しさと我が儘、貧窮して露われた主人の性根の卑しさ、元芸者の女将の悪達者な開き直り、官吏に嫁いだ身内のひどい仕打ち、そうした窮状を支えてくれる、住み込みのばあやの心根、その嫁の心意気……。そうした人間関係の中で、丁稚から身を起こした康吉は、下請けの商人から、ひとかどの「芸術家」への夢を少しずつ実現していくのである。作者自身が旧制の高校を出た水戸や、京都の都ホテルなど、舞台を東京から移す目先の変え方も定石通りだが、間然とするところがない。
 後半は、お嬢様育ちの細君に手を焼きながら、時代の変化を見すえ、しかし、決して時代に迎合しない主人公の生き方に、自然に共感が湧き起こる。誰しも気づくように、戦時の統制下、贅沢を禁じられ、一方的な価値観を強要された作者の鬱屈が、そこに投影されているのは間違いない。
 舟橋聖一といえば、『花の生涯』くらいしか読んだことのない(自分もそうだった)方は、本書を読まないと損をする。1990年代に一度文庫化されたときは文春文庫だったから、今回の講談社文芸文庫より、遥かに安かった。しまったという後悔もあるが、今回は何と言っても、出久根達郎(茨城出身)という適任者の、味わいのある解説が付いている。

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紙の本日本の歴史 別巻 対談・総索引

2007/03/22 11:35

これ1冊に日本史を読む魅力が詰まっている。

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 これは、お買い得と言ってもいい文庫である。
 世に歴史放談的、研究顕示的、啓蒙過剰的対談本は雲霞のごとく刊行されているが、古代から近現代史まで概観して、これほどの充実を誇る1冊はないだろう。その充実はある意味当然であって、これは1960年代前半の出版史を飾った、旧中央公論社の名シリーズ「日本の歴史」全26冊の配本時に、それぞれの担当巻の執筆者が対談した内容を別紙「付録」として付されたものの集積であり、その多彩な対談内容を1冊に凝集したものだからである。もっとも全体の4分の1ページは全26冊の総索引だから、この別巻を対談本としてのみ買う人間にとっては、総索引部分は無意味だが、対談内容の充実からいって費用対効果を決して損なうものではない。
 どの巻で、誰が誰と対談しているかは、「収録作品一覧へ」のボタンをクリックして、読者諸兄自ら確認して頂きたい。執筆陣が当時の第一級の研究者ばかりであると同時に、対談相手の豪華な顔ぶれは、この時代のこの版元の底力を思い知らせるものであろう。個人的には、1巻の執筆者・井上光貞と丸山真男、3巻の執筆者・青木和夫と土門拳、5巻の執筆者・土田直鎮と瀬戸内晴美(まだ「寂聴」ではない)、9巻の執筆者・佐藤進一と杉本苑子、11巻の執筆者・杉山博と会田雄次、12巻の執筆者・林屋辰三郎と野上弥生子、13巻の執筆者・辻達也と松本清張、19巻の執筆者・小西四郎と円地文子、あたりが面白い。
 ちなみにただ一人、2冊分対談しているのが司馬遼太郎。3巻で直木孝次郎と古代史を、20巻では井上清と明治維新を談じている。当時の司馬は産経新聞に「竜馬がゆく」を、サンデー毎日に「国盗り物語」を連載している時期であり、まさに天馬を翔るごとき隆盛期であったが、対談の内容は格別ではない。もちろん近年の俗流史家と二流作家の対談に比べれば、消閑の読み物以上の価値はあるが、そもそもの2巻「古代国家の成立」と20巻「明治維新」を旧文庫版で読んだ際、当方が他の巻に比して興味深く読めなかった記憶とも関係があるかも知れない。
 いま、「旧文庫版」と言ったのは、今回(2004〜06年刊行)刊行された「改版」と銘打った文庫化以前に、すでに1970~80年代、巻立てはそのままに文庫化はなされていて(ちなみに相前後して版面は変わらず「中公バックス」版という並製のシリーズも出ていた)、自分たちの世代は、この文庫版すなわち「旧文庫版」で、高校、大学時代に当シリーズを読み、教科書以上の情報量、読みやすさと質の高さを兼ね備えた文体と構成に、大いに啓発されたものである。
 本巻(別巻)収録の各対談は、実証研究を踏まえながらも対談という、許容量の広い形式であるから(研究者の質の高さと、聞き手の学習意欲の高さもあって)40年を経ても、充分に精読に耐える。3巻の青木と土門の仏像についての一節など、昨今の仏像ブームのなかで、今なお新鮮だ。
 では、26冊各巻の今日的価値は如何だろうか。古代史を筆頭に日本史研究の日進月歩は甚だしいものがあり、それに対する手当てが、今回の「改版」では巻末に後輩研究者の「解説」を付したのみ、というのは如何にも寂しい。その「解説」も、店頭で数冊一瞥したが、必ずしも40年前の名著たちの充分な補訂にはなっていない。せめて、(帳合の問題があるから本文中には無理にせよ)各巻ともテーマごとに補注をつけ、最先端の研究のエッセンスを盛るくらいの手間をかけることで、この名シリーズを甦らせて欲しかった。それで数百円の価格アップを招いたとしても、自分ならそれによって改めて全巻を買い直したと思う。

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「断絶と継続の二重織り」を綴っりきった立花版昭和史

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 たいへんな名著だ。上下2巻の重厚さ、ページあたりの文字量に圧倒され、読み始めるまでは、やや竦む。だが、読み進むにつれ本当に圧倒されるのは、本書(特に下巻)の予想以上の、たいへんな面白さに対してである。幕末の東大前史から昭和初年までを扱う上巻も、もちろん面白いが、その面白さは「天皇」と「東大」という視座を得た立花隆という無類の論客が、日本近代史の正史逸史の奔流を手際よくかき分けて見せてくれている、という段階に留まる。無論、その留まり方は尋常でなく、上巻だけでも第一級の著述だ。
 しかし下巻に至って我々は、近代史への蒙を開かれるのみならず、その理解が現代の我々の足場を照らす装置であることを、いつの間にか再認識する。上巻に掲げられた「はしがき」が記すように、本書は、著者が資料を渉猟するにつれて「文藝春秋」連載当初の意図から転じ、「ナマ資料が即物的に面白かったということがあるが、それ以上に、歴史に対する目が開いてくる面白さがあった。東大の歴史には日本の歴史そのものが埋め込まれているということが、だんだんわかって」(上/p19)くるのである。
 下巻前半は、「戦前の日本社会の最大の歴史的分水嶺」(下/p163)とされた美濃部達吉の「天皇機関説」問題に紙数が割かれている。込み入った論争を、透徹した視点と適切な助言で一気に読ませる本書の白眉だ。そして、天皇自身いわば機関説支持者だったのに、天皇親政論者である青年将校はこれを認めず、二・二六事件というクーデターに至る。天皇が事件直後だけは「自ら主体的に決意し、主体的に行動した」結果、「かねて決起将校たちが実現を望んでいた通りの天皇親政型天皇」として行動し、「昭和の歴史が生んだもっともパラドキシカルな悲劇」(下/p182)を生んだという。読者はこの一節までに、青年将校に影響を与えた狂信的な論者が東大卒の思想家であり、多くの東大在学・卒業生の信奉者がいたことを豊富な史料で知らされており、再度憮然とせざるを得ない。
 中盤以降は一部の東大教授たちの非実証的な史論天皇論に呆れ、後半は昭和10年代の経済学部内の権力闘争を、興奮と慨嘆を交互に抱きながら読み進むことになる。叙述され引用されている史料のいくつかは史家や関係者には自明かも知れない。だが、著書のような公平な立場と読みやすい構成で提示されなければ、一般読者には真実として伝わらない。
 また、戦後初の東大総長・南原繁にとって、多くの東大生が「学徒出陣」した際に無力だったことがトラウマになったとも記されている。この結果、天皇制護持と自由主義を奉じて復興期の教育界言論界を主導し、国内各層に大きな影響を与えたのはある種の美談にも読めるが、その日本再出発の原点が、実は天皇退位論にあったと知ると、その後の日本の運命と重ね合わせ、感慨深い。現代において、「責任感、義務感などの道義的精神が広くゆらいでいるのは、このためばかりとはいえないにしても、これが無関係ともいいきれないだろう」(下/p685)。
 最後には、大内兵衛、有沢広巳ら東大を追われたマルクス主義学者が戦後一躍脚光を浴び、経済復興の担い手となった経緯も記される。軍部に忌避された経済理論が実は統制経済と近縁関係にあったこと、その後の東大マル経の栄光と、ソ連と冷戦体制の崩壊で再び権威を失った現代にまで筆は及んでいるが、こうした興亡を著者は、歴史は「断絶と継続の二重織り」(下/p686)という的確な評言で締めくくっている。

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紙の本私と20世紀のクロニクル

2007/11/15 16:57

日本文学の真の恩人

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 巻を措く能わざる一冊とは、本書のことである。
 ドナルド・キーンという名を知ったのは、20年以上前、朝日新聞に連載された『百代の過客』が最初だった。その精緻な研究に目を見張るいっぽう、平安朝の著名な作品はいわずもがな、一般の日本人はおろか、おそらく国文学の専門家でさえ生涯手に取るかどうか分からないような「日記文学」にまで射程を広げる姿勢には、畏敬するほかなかった。
 その反面、当時おそまきながら“イザヤ・ベンダサン=山本七平説”を知った愚学生としては、「アメリカ人キーン氏はほんとうに実在するのか」、と見当はずれな疑問を抱いてみたりもした。
 その後、様々な著書や対談を通じて、この人の博学ぶりには賛嘆せざるを得なかったが、本書を読んで断片的に知っていた、半生の有様がつぶさに明かされ、驚嘆と畏敬はさらに高まったといえる。
 まず、私も含めて多くの読書人が誤解しているのは、これほどの業績を挙げながら失礼にもキーン氏の日本語力についてであろう。本書の中でも、某東大教授にして、キーン氏の日本古典原典のテキスト精読を信じられず、翻訳書を読んで書いたのでしょうと、失言するくだりがある(キーン氏の人柄か、文脈から憤りは感じられないが、おそらく呆れているだろう)。
 確かに、我々が読むことのできるキーン氏の日本語の著書は(本書もそうだが)いずれも訳者名がある。しかし、それは日本人でない彼の日本語への敬意であって、彼の語学力の問題ではないことは、本書前半のすさまじいばかりの日本語学習で明らかである。『百代の過客』冒頭には、米海軍に所属して激戦地で採取された日本兵の日記を来る日も来る日も読むという衝撃的な前歴が記されていたが、本書では、その前後のそれこそ猛勉強の様子や、その結果獲得した多くの著名な日本人文学者との交歓が綴られていて(巻末に索引あり)、唖然とせざるを得ない。
 その結果、キーン氏の日本語と日本文学、さらには失われてしまった日本文化への理解がいかにホンモノかが分かり、ある種の粛然たる気分に包まれる。彼にとって「日本」ないし「日本文学」は全人格を賭した対象であって、溺愛や玩弄の対象ではないのである。極めて印象的に綴られる「日本学」研究の先達、著名なエリセーエフへの満腔の期待と深い失望も、キーン氏の不断の学習姿勢を鑑みれば、当然のことと言えよう。
 しかし、あるいは、それ故にこそ彼は、アメリカ映画「ジュリアス・シーザー」を観た感動を、しかも、これが最も嫌いなシェイクスピア作品であると前置きした上で、こう記すのである。
「私が日本語にどれだけ打ち込もうと、それ以上に私の中の何かが、英語の言語の響きに揺り動かされたのだった。これは、必ずしも悲しむべきことではなかった。もし私が、日本語で書かれた作品の美しさを過不足なく翻訳で再現しようとするならば、英語に対する愛情なくしてそれが出来るはずもなかった。」
 故人となった著名人とのエピソードも興味が尽きない。中でも、ノーベル賞をめぐっての三島と川端という宿命の両者の発言、姿勢についてのくだりは、今や歴史的資料ともいうべき貴重な言説といってよいだろう。

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名作は半世紀経っても古びない。

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清張の長編は、ほぼ読んでいるが、間違いなくベスト3に入る傑作。
(ほかの2作は、『点と線』『Dの複合』『砂の器』『黄色い風土』からどれか、か)
 生誕100年で清張がいろいろと採り上げられ、再映画化の宣伝でさらに話題になっているので、学生時代以来久しぶりに再読しようかと思っていた矢先、このカッパノベルス版が新装版として出たので、購読した。
「創刊50周年特別版」とあり、解説(山前譲)によれば、最初の刊行が、1959年12月。この年、この月が、光文社カッパノベルスの創刊だったとのこと。連載は同じく光文社「宝石」で、1958年3月号から60年1月号までだから、ほとんど、連載完結と同時に単行本化されたことになる。新シリーズ立ち上げに清張(100年-50年だから、当時50歳の働き盛り)の最新作を投入した当時の光文社の力の入れようが想像されるし、それに値する作品だ。

 再読して改めて感服するのは、清張の視点の卓抜さ。
 刑事でも探偵でもない主人公が、手探りで“事件”の謎に近づいていくというパターンそれ自体は当時にあってもことさら新基軸ではなかったはずだが、新婚早々失踪した夫の行方を探る若い妻、という主人公像の巧みな設定が、物語の鍵を握る「遺書」や「登場人物の過去の仕事」などのアイデア以上に、作品成功の最大の功績であることは間違いない。
 物語は当初、定石どおり主人公(と読者)を不安に陥れるべく、ゆっくりとした進展しか示されない。その結果、世間知らずだった女主人公に、読者は苛立つよりも共感する。謎解きそのものは、ある程度誰でも見当がつく。むしろそれ以上に読者の関心をつなぐのは、主人公の変化。彼女は、事件の経緯を探る過程で、2週間たらずの結婚生活だった夫の、「妻」であることを強く意識し、人間的に強くなる。ここに、半世紀後も読み続けられる本作の最大の魅力がある。
 また、最初の長編『点と線』が、今に至るまで「時間」と「空間」のアリバイ崩しと、いわゆる「トラベルミステリ」の原典になっているように、この作品では、上記の《犯罪素人の主人公の試行錯誤》という設定に加え、興味をつなぐいくつかの要素の対比が、その後の「旅情サスペンス」的読み物(およびそのTVドラマ化)の定番を、用意したのではないか。
 すなわち、[1]都会と地方(生活)の差。[2]見知らぬ土地での滞在がもたらす不安と、それと背中合わせの日常性からの離脱。[3]伝統の文化が醸し出す安定感と、荒涼たる風土が生み出す圧倒的な自然の力。そして、[4]移動の不便さから生じる混乱と、場面転換の効果。それらの総和としての“旅情”。
 これらの順列・組み合わせで、たいていの「トラベルミステリ」は出来上がるだろう。その先覚者、もしくは日本における最も効果的な実践者だった清張は、この作品で、冬の雪国、しかも地方都市として人気実力とも(恐らく今も)評価の高い金沢、およびその後背地である怒濤轟く能登海岸、という絶好の舞台を用意した。解説の山前氏が称賛するように、「数ある日本のミステリーのなかでも、物語と舞台がこれほどマッチしている長編もない」。
 
 映画は、旧作も新作も見た。それぞれ時代を感じさせるし、演出の工夫を楽しめるが、映像化の特色として、新旧2作とも3人の女性の描き分けが要になっている。これは女優あっての映画だから当然だが、原作では、加害者の女も被害者の女も、その「実像」は描かれず、両者が接触する場面も(主人公の視野の圏外だから当然だが)、描かれない。
 昔読んだときは、これがもの足りなかった。だが今回読み直して、むしろ彼女たちの“実像”が描かれぬまま、つまり、彼女たち自身による“知られたくない過去”への言及がいかなるかたちでも綴られぬまま(あくまでも、主人公自身が足と耳目で得た知識とそこからの類推だけで)、二人がこの世から「退場」する原作の叙述のほうが、主人公の「妻」としてのやりきれなさと「女」としての共感が滲み出ていて、余韻がある、と納得した。
 もう一つ、原作にあって、新旧の映画にはない点は、夫の同僚の役回り。親身になって捜す誠実さは、原作も両映画も共通だが、原作では、その過程で同僚の男が、主人公に対してあからさまではないものの好意を寄せ、それに主人公が気づいて困惑する、という心理が描かれる。このあたり、連載読み物のストーリーテラーとして、清張の手練れぶりを感じる。
 書名の由来は、最後の数頁で暗示的に示される。その含意は、最後数行に描かれたあらゆる情景(ここまで描き継いできた風景と心理の相乗)とともに、意味深長な書名の多い清張作品のなかでも白眉、といっていい。

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紙の本史観宰相論

2009/11/11 13:57

清張の凄さを、改めて感じる一冊。

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 事実上、日本近代史最初の「宰相」=首相だった大久保利通(制度的には内務卿)から始まり、伊藤博文、山県有朋、原敬、加藤高明、田中義一、近衛文麿、鳩山一郎、吉田茂など、明治以来100年に及ぶ、主な「宰相」たちの、役割と文字通り功罪を論じている。
 歴史を辿りつつも、趣味や家族愛のような鼻につくエピソードに走ることなく、あくまで、近代国家の責任者の資質、という点に絞って書いている点が、何より魅力的だ。
 かといって、起伏のない生硬で抽象的な宰相論にはなっていない。もちろん、人気作家の想像力に驕り勝手に潤色を施した弛緩した肖像画の連作でもない。さまざまな関係資料を渉猟しても、煩辱な印象はない。その辺りの呼吸は、さすがだ。
 執筆されたのは1980年。もう、大作家として世評の定まった時代。
 それだけに、構成も文章も練れている、とも言えるだろう。近いテーマで、本書より遥かに有名な『昭和史発掘』や『日本の黒い霧』も、確かに凄い仕事で、あの時代、清張という「個人」があそこまで調べて書いたのは奇跡。だが、世評が高い一方で、この2篇が60~70年代の述作であるために、清張の気負いも激しく、今の眼で読むと「お勉強」の要素が濃くなる点があるのも、否めない。
 その点本書は、テーマと執筆時期の幸せな和合がある。しかも、採り上げた人物が、いずれも著名なので、読んでいて飽きることなく頁を繰ってしまう。
 大久保と西郷、伊藤と山県、桂太郎と山本権兵衛、原敬と加藤高明、西園寺と近衛、鳩山と吉田など、ことさら対比的に扱ってなくとも、彼らのディテールを相対的に描くことで、よりコントラストが強調され、それぞれに強い印象を残す。
 また、彼ら以上に精細に富むのが、「宰相」を意識した、あるいは「宰相」になりたくてなれなかった政治家たちの描写。たとえば、三井出身の森恪(名は「かく」もしくは「つとむ」)、政友会・民政党・新党倶楽部と渡り歩いた床次竹二郎、陸相時代の軍縮断行が祟ってついに陸軍からそっぽをむかれた宇垣一成ら。
 そこには、日頃漠然と我々が彼らに感じている「虚像・実像」とは似て非なる、もう一回り大きな、あるいはもう一歩近づいた、あるいはもう何ピクセルか詰まった、迫力ないし明度ないし精度を感じる。
 それはまた、単なる歴史の懐古趣味、床屋政談風の人物月旦でない、清張の今日的視点の意味に思いを及ばせる。それは必ずしも、頂点に立った政治家たちの倨傲、責任者としてのブレということだけではなく、人が人を「おさめる」ことの意味のようなものだ。
 さらに。
 まさに「現代」を彷彿させる、次のような瞠目すべき一節も一再ではない。
「鳩山の性格は饒舌であった。(中略。賢母である)春子は、夫和夫が達せられなかった総理大臣の夢を息子の一郎に託したといわれる。(中略)彼は勉強も良く出来たし、生来の楽天家であり、名家育ちを意識した坊ちゃんであった」
 小説の面白さは今さら言うまでもないが、本書のようなノンフィクションにおいても、冷徹な人間洞察を積み重ね続けた清張の視点の恐ろしさは溢れている。生誕100年を期して復刊されたのであろうが(親本は文藝春秋刊)、まことに時宜に適った刊行。

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演劇の言葉を通じて語り切った「昭和」

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 この比類のない名著に対して、bk1上でいつまでも書評が登場しないのが甚だ不服で、ついに自ら書くことにした。bk1は、他のネット書店と異なり良質な書評が多く(これは読書人の常識でしょう)、「読書界の梁山泊」(これは当方のかつてな思い入れでしょうか)として具眼の士を多数擁すると信じるが、なぜこの名著が放置されているのか、大いにを疑問だった。
 本書の刊行は昨年末。如月小春は6年前に46歳で亡くなったが、奥付を見ると、2006年12月19日とある。すなわち命日である。
 そもそも、1992年から96年にかけて「すばる」に連載された原稿が、なぜ今頃になって刊行されたかということのひとつの理由が、ここにある。つまり、その旺盛な活動の最盛期に突然、クモ膜下出血に倒れ、ついに逝ってしまった如月氏の七回忌に(ご家族たちが)祈りを捧げる意味で、この時期に刊行されたと推測されるのである。
 本書の全体は、昭和初年に舞台人生活をはじめ、昭和の終焉とほぼ時を同じくしてこの世から退場した中村伸郎という名優へのインタビューを基にしているが、ただの聞き書きではない。中村を中村たらしめた出自、環境への丁寧な叙述は当然としても、中村が登場する前の日本「新劇」界の胎動の素描から始まり、戦争、復興、爛熟、解体と、昭和とともに歩んで来た「劇作家」という時代の担い手たちの仕事ぶりを極めて精密に描き出している。
 演劇史というのは、知識としていくら読んでも、未見の戯曲に関しては結局場面が浮かばず、隔靴掻痒を強いられることが多いが、本書は全く違う。岸田國士から、久保田万太郎、三島由紀夫、そして別役実に至る昭和の劇作家たちの〈ことば〉と、そこに籠められたメッセージが、いわばスポットライトを浴びた中村のという舞台人の実体により添って、まことにいきいきと伝わってくる。
 そして本書には2つの魅力がある。一つは、中村をまさに時空を超越できる一人舞台の主役に据えて、複数の主題を擁する昭和演劇の巨人たちの様々な主題を、次から次へとオムニバス的に観せてくれた、という点。その舞台は、ときに小津安二郎や黒澤明という映像の達人たちも絡んでおり、その結果、奥行は無限に拡がっていく(同時に、小津作品の「語り得ない何か」について語るという表現手法が、語り尽くすことに傾きがちの新劇出身者中村を聳動させ、その後の中村に影響を与えててゆくという分析も、興味深い)。
 今一つは、存在することと演技することとが、ほぼ同義だった中村の歩みを通して、演劇の言葉と変容と、昭和史の断面という事実を鮮やかに照らし出している、という点。この点に関しては著者自身が、「新劇は、近代日本の精神の混乱と動揺を、演劇というジャンルに於いて、一身に引き受けた」という的確な言い方でまとめている。
 読後、中村という伴走者とともに何か途方もない旅をしてきたという感想も、じわりと湧き上がる。それは、中村の晩年20年にわたって形影というべき関係にあった別役実との仕事について論じたくだりでの、「別役にとって、中村こそ、近代でありつつ日本であるという矛盾を越える、精神の拠点だった」という評言によって、ある程度達成感を得る。だが、我々は直ちに伴走者の向こうにいる如月自体の視点に思い至らざるを得ない。
 如月は最後に、「中村の闘いは、言葉におきかえることができない」と言う。そして、この稀有の批評家は、中村を通じ、「言葉」によって我々に、演劇の魅力を伝えてこの世から飛び去ってしまった。これほど輻輳しつつも明敏で、活力に溢れた著述への感銘とともに、批評家如月が、もはやいないという事実の重みを今、噛みしめている。

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紙の本日本宗教史

2006/08/16 01:15

スタンダードであることがラジカルであることの証明のような名著

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たいへん面白く読んだ。
 入手しやすく手軽に読める新書という形式による概論・概史は、常に諸刃の刃を含んでいる。手軽さは浅薄な読物に変じ易いし、概論は概して折衷と項目の羅列に堕し易い。
ところが、本書は、極めて読みやすいわりに中身は濃く、倦んだりしない程度に実例を挙げて広い目配りを怠らないばかりか、さまざまなことを考えさせてくれる。
日本において宗教とは“神と仏”である。たとえば、古代における仏教の受容に関して、「それまで必ずしも明確でなかった神々の個性が次第に明確化されるとともに、寺院の影響で神を祀る固定した神社がつくられるようになっていった」のはもはや自明であり、その後の「神仏習合」についての解説も、同じ著者の10年前の『日本仏教史』(新潮文庫)と変わらない。だが、続いて「神仏習合こそ、日本の宗教のもっとも「古層」に属する形態と言うことができる」と論じるとき、我々は、日本的な支配被支配のモデルを想起する。
著者が語る“日本の宗教の歴史”を、今なお日本社会の基軸となっている象徴と実体、もしくは、すべからく「何か」に包み込まれつつも、常に一体化を拒む二重構造、すなわち「同化とその拒絶」というアナロジーで読んでしまうのは、危険なのかも知れない。
だが、神仏習合について、著者はこうも語るのだ。
「日本の神は仏教によって滅ぼされたのではない。神は仏の支配下に立ち、変貌しつつも、完全に混合し一体化してしまうわけではない」
これは、無宗教を標榜しつつも、個人と世間に共依存を繰り返すまさに現代の我々自身の分析そのものではないだろうか。いや、著者のいう「古層」(この用語について、著者は「はじめに」で丸山真男のそれであることを紹介し、その評判を真摯に伝えた上で、慎重に用いることをためらっていない。あたかも鋭利な古刀を手にした達人のように)とは、やはり、我々の拠って立つ日本社会そのものではないのだろうか。
 いっぽう、クリスマスではしゃぎ、神社へ初詣でに出かけ、仏式で葬礼することに違和感をもたない我々の先祖たちの信仰については、次のように述べている。
「さまざまな信仰は雑然としているようであるが、必ずしも無秩序というわけではなく、今日と同様にある程度の分業がなされていたと考えられている。すなわち、死に関する儀礼は仏教の独占するところであり、それに対して、現世利益的な面は、仏教・神祇信仰・陰陽道が併せ用いられる。現世利益のうち、積極的な子孫繁栄や立身出世は神祇に祈り、疫病の除去などの消極面には陰陽道が用いられ、仏教はそのいずれにも関係した。」
そして、明治政府による「神仏分離」だ。形式的には“神と仏”の分化を促し、その結果、「国家神道」が誕生したという“近代”の逆説の叙述は、最も興味深い箇所である(「神仏補完」という用語もまことに当を得た表現)。極めてデリケートなテーマであるので、詳細については、ぜひ読んで頂きたいとしか申し上げられない
。特に『日本仏教史』の読者であるならば、この最終章(近代化と宗教)を読むだけでも意味があると思う。と同時に、この一章があるゆえに、本書はいわゆる凡庸な宗教概説の域を超えているのである。
 著者は最後に「どのように『古層』が呼び出され、また、新たな『古層』が形成されてゆくのか。長い歴史の蓄積を振り返りながら、今日の宗教状況をも見定めていくことが、宗教史研究のもっとも大きな課題といえるであろう」と結んでいるが、これは謙譲である。“神と仏”つまり、日本人の信仰対象についての論述は、そのままあらゆる場面における今日的課題を、強く呼び覚まさずにはおかないからだ。

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慈愛に満ちた宮本のまなざしに泣く

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 比類のない本だ。民俗学というジャンルの枠を超えた、かけがえのない書物だと思う。
 バードの記した日本は、いわゆる「古き良き美しい日本」では決してない。彼女が歩いた明治前期の東日本各地にたち現れるわが同胞たちの生活は、おおよそ貧しく、不潔である。バードより2世紀近く前、同じく東北を歩いた芭蕉の句「のみしらみ馬の尿する枕もと」は諧謔の表明だったとしても、句材は明治初期なお(あるいはその後も長く)、現実そのものだった。かつ、バードの旅は、「近代国家」の裏庭というものがいかに悲惨であったかを教えてくれる。悲惨とは、貧困から来る生活実態でもあるが、当時の日本人の無知から生じる偏見の凄まじさでもある(いっぽうで、今や絶滅した、独特の人情も背中合わせになっている)。
 彼女の教養と公平な観察力(そして、読み易い翻訳)のお蔭で、我々はことさら不愉快を感じずに100年以上前のわが国の実態を知り得るが、その行間からは、ときにすえた臭いが立ち上って来る。だからこそ、たまたまた目にした山形県置賜地方の物成りの豊かさに対して、バードはこれを「アジアのアルカディア(底本の高梨健吉の訳では「アルカデヤ(桃源郷)」と表記)と絶賛したわけだろう。この一節は、山形人ならずとも確かに感銘を受ける。
 こうした、記録された過酷な現実を読み解きながら、宮本常一という人はその対象をなんと深い慈愛に満ちたまなざしで見つめていることか。
 バードの著述に限らず、明治の日本を旅した外国人の記録を資料として評価し、その功績を賞賛する「研究者」は当然多いだろう。だが、宮本のように(宮本も、勿論評価もしているが)、そこに描かれた衣食住、そして信仰の有様を、分析的にではなく、温かく自分の言葉で補完し、語りかけた「研究者」がいるだろうか。バードは、横浜で契約した通訳兼案内人の伊藤という男(下の名は伝わらない)の地方人へのあからさまな偏見(アイヌへの差別はその頂点)を冷静に描写しているが、それを解説する宮本の目はあくまで優しい。宮本は、いわば精密に描出された透視画像を前にし、そこに示された現実を踏まえながらも、決して社会学や経済学のメスで怜悧に切り割いたり、歴史という科学を振り回してこれみよがしな診断も下したりはしない。そこが、泣ける。
 本書は講演がもとだが、バードの著述の引用と、宮本の読み解き部分のバランスも絶妙である。もとより編集者(原著は未来社)の手腕もあるだろう。だが根本には、羞恥を知る好奇心、節度ある熱情、ともいうべき、およそ研究者にとって不可欠ながら、なかなか得がたい宮本の天分ともいうべきものが横たわっており、その結果、この比類のない書物が生まれたと思う。
 宮本常一は、『忘れられた日本人』という奇跡的な名著一冊でも、不滅の存在である。だが、今となっては宮本のような「研究者」は生まれ得ない。彼が歩んだ研究者人生のような選択肢を、21世紀の日本はもはや(宮本が健在だった時代以上に)許さないからだ。バードは、その得がたい体験によって、結果として何人もの「忘れられた日本人たち」を書き留めてくれたが、その記録を丁寧に読み解いた本書は、まさに「宮本常一」という、もうひとりの『忘れられた日本人』の物の見方、考え方をも浮かび上がらせてくれる一冊といっていい。

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紙の本ゼロの焦点 長編推理小説

2009/11/19 14:36

傑作は50年後も古びない。

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 清張の長編は、ほぼ読んでいるが、間違いなくベスト3に入る傑作。
(ほかの2作は、『点と線』『Dの複合』『砂の器』『黄色い風土』からどれか、か)
 生誕100年で清張がいろいろと採り上げられ、再映画化の宣伝でさらに話題になっているので、学生時代以来久しぶりに再読しようかと思っていた矢先、このカッパノベルス版が新装版として出たので、購読した。
「創刊50周年特別版」とあり、解説(山前譲)によれば、最初の刊行が、1959年12月。この年、この月が、光文社カッパノベルスの創刊だったとのこと。連載は同じく光文社「宝石」で、1958年3月号から60年1月号までだから、ほとんど、連載完結と同時に単行本化されたことになる。新シリーズ立ち上げに清張(100年-50年だから、当時50歳の働き盛り)の最新作を投入した当時の光文社の力の入れようが想像されるし、それに値する作品だ。

 再読して改めて感服するのは、清張の視点の卓抜さ。
 刑事でも探偵でもない主人公が、手探りで“事件”の謎に近づいていくというパターンそれ自体は当時にあってもことさら新基軸ではなかったはずだが、新婚早々失踪した夫の行方を探る若い妻、という主人公像の巧みな設定が、物語の鍵を握る「遺書」や「登場人物の過去の仕事」などのアイデア以上に、作品成功の最大の功績であることは間違いない。
 物語は当初、定石どおり主人公(と読者)を不安に陥れるべく、ゆっくりとした進展しか示されない。その結果、世間知らずだった女主人公に、読者は苛立つよりも共感する。謎解きそのものは、ある程度誰でも見当がつく。むしろそれ以上に読者の関心をつなぐのは、主人公の変化。彼女は、事件の経緯を探る過程で、2週間たらずの結婚生活だった夫の、「妻」であることを強く意識し、人間的に強くなる。ここに、半世紀後も読み続けられる本作の最大の魅力がある。
 また、最初の長編『点と線』が、今に至るまで「時間」と「空間」のアリバイ崩しと、いわゆる「トラベルミステリ」の原典になっているように、この作品では、上記の《犯罪素人の主人公の試行錯誤》という設定に加え、興味をつなぐいくつかの要素の対比が、その後の「旅情サスペンス」的読み物(およびそのTVドラマ化)の定番を、用意したのではないか。
 すなわち、[1]都会と地方(生活)の差。[2]見知らぬ土地での滞在がもたらす不安と、それと背中合わせの日常性からの離脱。[3]伝統の文化が醸し出す安定感と、荒涼たる風土が生み出す圧倒的な自然の力。そして、[4]移動の不便さから生じる混乱と、場面転換の効果。それらの総和としての“旅情”。
 これらの順列・組み合わせで、たいていの「トラベルミステリ」は出来上がるだろう。その先覚者、もしくは日本における最も効果的な実践者だった清張は、この作品で、冬の雪国、しかも地方都市として人気実力とも(恐らく今も)評価の高い金沢、およびその後背地である怒濤轟く能登海岸、という絶好の舞台を用意した。解説の山前氏が称賛するように、「数ある日本のミステリーのなかでも、物語と舞台がこれほどマッチしている長編もない」。
 
 映画は、旧作も新作も見た。それぞれ時代を感じさせるし、演出の工夫を楽しめるが、映像化の特色として、新旧2作とも3人の女性の描き分けが要になっている。これは女優あっての映画だから当然だが、原作では、加害者の女も被害者の女も、その「実像」は描かれず、両者が接触する場面も(主人公の視野の圏外だから当然だが)、描かれない。
 昔読んだときは、これがもの足りなかった。だが今回読み直して、むしろ彼女たちの“実像”が描かれぬまま、つまり、彼女たち自身による“知られたくない過去”への言及がいかなるかたちでも綴られぬまま(あくまでも、主人公自身が足と耳目で得た知識とそこからの類推だけで)、二人がこの世から「退場」する原作の叙述のほうが、主人公の「妻」としてのやりきれなさと「女」としての共感が滲み出ていて、余韻がある、と納得した。
 もう一つ、原作にあって、新旧の映画にはない点は、夫の同僚の役回り。親身になって捜す誠実さは、原作も両映画も共通だが、原作では、その過程で同僚の男が、主人公に対してあからさまではないものの好意を寄せ、それに主人公が気づいて困惑する、という心理が描かれる。このあたり、連載読み物のストーリーテラーとして、清張の手練れぶりを感じる。
 書名の由来は、最後の数頁で暗示的に示される。その含意は、最後数行に描かれたあらゆる情景(ここまで描き継いできた風景と心理の相乗)とともに、意味深長な書名の多い清張作品のなかでも白眉、といっていい。

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サブタイトルの真の意味は最後にわかります。

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 傑作評伝である。文麿の弟、もしくは戦前、N響(NHK交響楽団)の前身、新交響楽団を立ち上げた日本楽壇の先駆者。その程度しか知らなかった当方のような読者には、全編にわたり、興味津々である。のみならず、近衛秀麿を知らないのは当方の無知のせいのみでなく、戦後暴露された「醜聞」と、(N響を中心とした)日本楽壇の「冷遇」、その結果、反近衛派の人々の跋扈があったという事実が、最後半部で明らかにされている。
 80年代、イギリスのレコード専門誌「グラモフォン」である評者が記したという、「復刻を望むのは近衛とベルリン・フィルの戦前の演奏であって、カラヤンのはその次」という評価が、日本ではほとんどといっていいほど伝わらないのも、そういう経緯かと思う。
醜聞とは、秀麿の飽くことない女性遍歴の中の一人、映画女優・澤蘭子の発言に基づく。蘭子は1937年(昭和12)から1945年までの欧米滞在中、事実上の「妻」だったが、秀麿にはドイツ人女性の愛人がいた。これ以前から正妻のほかに複数の女性と交渉があった性癖を読まされている読者には、蘭子の異常な嫉妬と、戦後当人が暴露した秀麿の奔放な生活は、彼女のほうにも責任があったように読める。これは必ずしも評伝作家の贔屓目と言い切れないことは、秀麿が、手をつけた愛人たちにその後も、それなりに手当てしていることで説明されている(もっとも、その「手当て」には、兄文麿の意を受けた文麿夫人千代子や、秀麿正妻泰子の働きがあった。)。とはいえ、ナチス・ドイツ崩壊時、ソ連軍に捕らえられ、過酷な生活の結果一女を失った蘭子は、やはり同情すべきであろう。
 秀麿のほうは、ドイツの高官たちとともに米軍に捕らえられながら、フランス経由でアメリカに連行され、1945年12月には帰国できた。ワシントンでの尋問時、子供の数を聞かれ、(英独語ともに堪能な)秀麿が沈黙していると、“こんな簡単な質問になぜ答えられないか”と問い詰められた際の秀麿の答え。「ちょっと待ってほしい。いま、正確に数えているところだ」。後年、朝比奈隆が“先生、そろそろアチラのほうは控えたら”といったら、「相手は悦んでおりますよ」と答えたという逸話とも符合する“名場面”だ。
 戦後日本楽壇の冷遇は、秀麿の(天賦の楽才に加え)「華族」という特権階級出身者であればこそ可能だった戦前の活躍への羨望と、それゆえの警戒が下地にあった。それは、戦前戦中の日本人指揮者、というより音楽家として唯一といっていいほどの国際的活躍の証明でもある。ベルリン・フィルをはじめ多くの欧米の楽団で客演し、喝采を浴び、フルトヴェングラー、E・クライバー、クレンペラー、ストコフスキーらと交流、もしくは彼らの招聘をうけ、シベリウスからはラジオ放送での自作演奏を評価されて国賓待遇でフィンランドに招かれている。あのおそるべきトスカニーニからも、ニューヨークフィルの副指揮者に指名されているのだ。同業の母国人であれば、羨望・怨嗟の結果、帰国後は謀略をめぐらせて冷遇したかった者もいただろう。このあたり、戦後画壇から排斥され続け、近年漸く大回顧展が実現した藤田嗣治とやや似ている。
 だが秀麿は、藤田と異なり、再渡欧という道を選ばなかった。劣悪な経営環境のなか、日本での楽団設立をこいねがい、苦闘するのである。実子・秀健のいうようにドイツへ渡ったほうが、晩年もう一花もふた花も咲かせることができたのではないかと、思わずにはいられない。

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