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  3. 基山健さんのレビュー一覧

レビューアーランキング
先月(2017年1月)

基山健さんのレビュー一覧

投稿者:基山健

26 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本パラサイト・シングルの時代

2002/01/07 23:27

パラサイトは雇用の世代間格差から生まれる

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 パラサイトシングルは生活の負担を負わず豊かな生活をしているなどとパラサイトシングルを非難するような物言いに、読んでいる途中でなんとなく違和感を覚えたが、語られるべきことは語られている書であろうと思う。パラサイトシングルと非婚化、少子化との関係、親の経済的利用可能性と階層分化、諸外国とのポスト青年期の比較などについては非常に鋭い分析が展開されている。また、対応策について、今の経済状況下では、もはやサラリーマンと専業主婦という家族で、若い男性の収入だけで生活をしていくことはできないのだから、夫婦共働きで、家事・育児を分担し合ってそこそこの生活をする、という方向になっていく必要があるという主張も的確である。
 山田氏も若干触れているが、パラサイトシングルの問題を考える際に不可欠なのは、雇用慣行の変革や労働市場の整備ではないかと思われる。現在、若者の多くが失業や、低賃金、不安定な非正規雇用の状態に置かれている一方で、中高年は強い解雇規制によって職を失うことがなく終身雇用、年功賃金によって働き以上の賃金を得ている(中高年のリストラが報じられるが、その数は若者の失業に比べれば圧倒的に少ない)。パラサイトシングルは結局、中高年(=親)によって就労機会から追い出されている若者(=子ども)が、家庭の中で親から経済的利益の還元を受けているに過ぎないのだ。
 雇用をめぐる世代間格差こそがパラサイトシングルの発生要因である。中高年が若者の職を奪っているという構造を変えない限り、問題は解決しない。しかし、中高年には自らの既得権を守る労働組合というセクターがあるが、若者には何もない。本書にあるように労組が強いヨーロッパにおいて若者の失業率は驚異的である。若者の側から状況を変えるための核が必要である。

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紙の本サヨナラ、学校化社会

2002/07/20 22:42

既得権にしがみつくオヤヂたちに痛恨の書

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

…いじめ、不登校、学力低下、学級崩壊、教師の性犯罪などなど、教育や学校について、いろんな問題が出てきている。でも考えてみれば、学校なんて先生に言われたことをいかにうまくやるかだけが問われるところだ。だけど今、社会は大きく変わりつつあり、自分の頭で考えることが重要になってきている。我慢だけを強い、考えることをさせない今までの学校なんてさっさと壊れたほうがいいんじゃないか。
「子供のための教育を」とか言って良心的に教育や学校をよくしようとしている大人もいるみたいだけど、今までの学校システムの中でぬくぬくとしていた一部の教師とか親とかが、今のシステムを守ろうとしているだけだと思う。だいたい、大人が「子供のため」と思っていることが、実は全然子どものためではないことはよくあることだ。
生徒に向かって「がんばれ」と言わない教師はいないだろう。経済成長期には、我慢して勉強し、進学し、就職すれば、それなりの収入を得、いい生活をすることができると思われていた。しかし、今は我慢して努力したところで、それが報われる保障は全くない。社会は大きく変わっているのに、学校という閉ざされた空間で何も考えずに生きてきた教師たちは、あいわらず「がんばれ」しか言えない。教師たちは学校の中で先生に言われるままに動き、その延長上で教員という職を得ることができた。その成功体験をひきずってしまうのかもしれない。それに教師は大失業時代の今でも、終身雇用、年功賃金という経済成長期の恩恵を受けてのうのうとしている。彼らが教える生徒たちは未曾有の就職難なのに…。

そんなことを考えていた私にとって、この本に書かれていることは「よくぞ言ってくれた」と思うことばかりだ。学校だけでなく、社会を覆っていたさまざまな「常識」の持っているインチキを見事に暴いている。「労組は正規雇用という稀少化しつつあるパイを既得権として必死に防衛している、守旧派であり抵抗勢力」「自分で自分の評価ができない、他人の目でしか自己評価できない従属的な意識は、学校で叩きこまれてきた習い性」「『構造改革』が、ようやく教育の分野にまでおよんできたことをひそかに歓迎」…。
今までの学校化社会の中で真面目に生き、今の社会の流れを嘆いている良心的な人々にとって、この本の衝撃はあまりに大きいだろう。自分のすべてを否定されたと感じ、この本から目を遠ざけてしまうかもしれない。
今の社会を根本的に問い直すこと無しに、嘆いたり、思い付きで何かよさそうに見えることをやっても全く意味がない。「教育の切り捨てを許すな!」とか言う人もいるけど、既得権にしがみつくオヤヂたちを大量に生み出す社会のしくみをまずぶっ壊さなければ、何も始まらない。

あと、まじめに社会学やフェミニズムを勉強しようと思っている方にとっても、この本は注が充実しててとてもためになると思いますよ。

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「抑圧」に敏感でいたい

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 書名どおり、彼女らのパートナーについても触れているが、それだけではない。日本社会でのマイノリティである彼女らの怒りが語られている。
 彼女らの怒りは、学校に対してもぶつけられている。安積「男とか女とかは関係なく、文部省教育が人に対する気配りや優しさを全部そぎ落としてきたのね」(p44)。辛「いまの自分が社会に出てわりと打たれ強いのはなぜかっていうと、学校行かなかったから。…私はどうしてみんな同じことを考えられるのか不思議でしょうがない」(p72)
 私は彼女らのような立場にいないので、彼女らの思いをすべて理解することはもちろんできない。しかし、社会的に弱い立場ある人がどのような状況にいるのか、そして自分も彼女、彼らを踏みつけていないかについて、もっと敏感でいたいと思った。

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フリーエージェント社会では今の形の「学校」はいらない

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 組織に属さずに仕事をするフリーエージェントという新しい働き方について大胆に述べている。フリーエージェントすることはけっして「不安定」「孤独」ではない。仕事と家庭を両立させるのではなくブランドする。障害となるのが雇用者を通じた保険制度だ。
 デジタルマルクス主義(=コンピュータが安価になり、労働者が生産手段を手にするようになった)、HOHO(=His Office/Her Office。カップルが自宅内にそれぞれ個人用のオフィスを持つ家庭)といった刺激的な言葉も紹介されている。
 教育についての記述は印象深い。フリーエージェント社会では「脱学校」化が進み、義務教育という「均質化装置」は不要になり、多様な教育が行われるようになる。「アメリカ社会の中で、フリーエージェント経済の価値観や形態に最も適応できていない機関は…学校なのだ」(p311)。
 解説では『仕事のなかの曖昧な不安』(中央公論新社)の著者、玄田有史氏が日本におけるフリーエージェント社会の可能性について述べている。

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組織の硬直性を乗り越える社会変革の方向性と生きる道筋を提示してくれる本

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 中学生のころ(今から10年くらい前)には運動会や合唱コンクールなどがあると、普段より朝早く来てみんなで練習するということがよくあった。私としては、みんなで何かやるということはそれほど好きではなかった。そもそも運動が苦手だったため、運動会の練習などのために朝早く来たくない。練習でへまをすれば文句を言われるし、終わってからもいじめられることもあった。合唱コンクールでは指揮者を押し付けられ、「自主練」を自分が主導してやらなければならなかった。練習をしたくない人々からは当然煙たがられた一方で、他のクラスが「自主練」するなら自分のクラスもやらなければならないという雰囲気があった。高校でもスポーツ大会などでは同じような感じだった。
 「クラス一丸になって」などというと、美しいもののように捉えられがちである(今は変わってきているのだろうか。私が学校に通っていたころはこういう雰囲気が強固にあった)。本当にクラスのみんながやりたくてやっているのならよいが、実際には、他のクラスもやるから、先生から有形無形の圧力があるから、やらざるを得ないということも多いであろう。そうなるとやりたくない人々にとってはたまらない。「やろう!」という雰囲気が作られている中でやりたくないとはとても言えない。運動や合唱が苦手な者にとっては、それらの練習は苦痛でしかなく、うまくやれなかったりすれば罵声を浴びせられる。本番で失敗などすれば、「負けたのはおまえのせいだ」とあとあとまで陰湿ないじめの標的にされることすらある。地獄である。
 この本を読んでいてそんなことを考えた。今から思うと学校はものすごく息苦しいところだったと思う。生活のすべてが学校で逃げ場がない。学校でいじめられたりすれば、自分の全人格が否定されたような気になる。学校に行かないなど、逃げる手段が全くないわけではないが、逃げようものなら「学校さえ行けないようなやつが社会に出てやっていけるわけがない」などという言葉が飛んでくる。今は社会人になって組織で働いているが、学校ほど締め付けが厳しいところはなく、そこに適合できなくとも生きていけることが分かった。
 「組織の硬直性」が日本社会の問題点としてよく言われる。学校も会社も地域も個を重視せず、組織に囲い込む体質を持っている。あらゆる組織が硬直的なわけであるが、特に大半の人が通過する学校がその硬直した組織を支える人間を作る役割を果たしているのではないかと思う。
 本書では学校以外にも、会社や地域などの組織の閉鎖性の問題点について書かれている。組織への「囲い込み」は、個人レベルでは《不自由》、社会のレベルでは《不平等》、組織のレベルでは《不適応》(非効率)をもたらしてきた。人々の生活圏の拡大や生活パターンの多様化する中では、これまでのように組織が囲い込みを行っていては立ち行かない。組織の役割は「場」の提供にとどめ、独立した個人のネットワークこそが必要である。これまで組織が持っていた病理性、それが現在変化しつつあること、どのような方向に変えていくべきか、といったことが、PTA、部活動、自治体、会社、生活クラブ生協などさまざまな事例を挙げながら述べられている。
 著者紹介には「サラリーマン時代に感じた、組織の論理が個人の論理よりも優先されることへの違和感から、個人尊重の組織論を提唱・展開している」とあるが、経験が原点となっている著者の分析には説得力がある。
 本書は、あらゆる部分で「行き詰まっている」と言われる日本社会をどのように変えていけばよいのかについての示唆に富んでいる。同時に、閉鎖的な組織の中で苦しんでいる人々にとっても、自分の悩みが自分の責任によるものではなく、構造的な問題であることが認識でき、生きる道筋が見えてくるのではないだろうか。

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紙の本戦後政治史の中の天皇制

2002/02/19 22:18

岐路に立つ天皇制。戦後史とともに振り返ろう

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 ふだん生活していて、天皇制を意識することはほとんどない。皇太子妃の出産など、何かイベントがあるときはワイドショーなどでもやたら取り上げられられるが、少し立つと何事もなかったようになる。しかし、天皇制は日本の歴史始まって以来、ずっと存続してきたものであり、日本の政治史とは密接な関係がある。
 本書は、タイトルのとおり、戦後政治史の中の天皇制について論じたものである。出版されたのは90年の1月であるから、天皇が交代したちょうど1年後くらいだ。
 戦後の日本の政治の歩みは決して一様ではない。50年代までは戦前の体制に戻そうという動きが確固としてあったが、60年安保以後は経済成長に重点が置かれることになった。80年代になると「戦後政治の総決算」が唱えられてその転換が図られ、90年代の政権交代、連立政権の登場などで戦後政治の大きな改変が行われ、現在に至っている。本書は、このような戦後政治史の歩みの従属変数として天皇制がいかに変化してきたかが述べられている。
 女帝論など天皇制の存続のために何らかの改変が行われようとしている現在において、戦後政治史の中で天皇制が置かれてきた状況を問い直すことには意義があると思われる。その際に本書は大きな助けとなろう。

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「限られた範囲の中での平等とそのコスト」の視点に感銘

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 「根源的」と言うのにふさわしい書である。専門的な内容が含まれ、読むのには骨が折れたが、まさに「フェミニズムの最前線」に触れることができる。しかしすでに事態は先に進んでおり、「彼女はもはやそこにはいない」のだ。

 労働問題に関心を持つ者として、以下の点を紹介したい。足立氏との対話の中で、フェミニズムと資本主義との関係が語られている。上野氏は欧州について「金持ちの会員制クラブ」と評し、ある範囲の閉じられた階層や集団の中では分配平等が達成することもありうるが、誰がコストを払っているのかという問題があると述べる。同様に北欧の福祉国家に対しても、原資に限りがあり、分配の範囲に関して限定的にならざるを得ないと疑問を呈する。日本の均等法についても、希少化してしまった正規雇用という資源の分配平等を要求し、男社会で男なみに競争することを機会均等というのであれば「悪い冗談」だと言う。これらの根底として、権力、地位、収入といった既存の社会が価値を与えた資源の分配平等のために自分はフェミニズムをやってきたのではないという思いを語る。さらにこの先、フェミニズムが資本主義に対する評価、資本主義との関係をめぐって分岐するのでは、という見通しが示されている。

 上記の中で、私は「限られた範囲の中での平等とそのコスト」といった視点に根源的なものを感じる。いわゆる左翼的な立場からはあまり聞かれない点である。日本における失業の問題にもこの構図は当てはまる。終身雇用、年功賃金によってまだまだ「平等」に恩恵を受けている中高年と、アルバイト等の低賃金、不安定労働に甘んじざるを得ない若年層。上野氏もシンポジウム等において、若年層の高失業率や非正規労働者と正規雇用労働者との格差を考えると、正規雇用労働者は特権階級であり、その待遇の切り下げは不可欠である旨の発言をしている。現在議論が起きているワークシェアリングについても、外部にコストを押し付け、一部の人間の間のみでの平等にならないようにする必要があろう。

 また、河野氏との対話の中で、女性センターの相談員のアウトソーシングについて話されている。上野氏はアウトソーシング自体はよいとする。経営リストラに沿ったものであり、行政職のように異動しなくてよいし、専門性が評価されるからである。問題は、スペシャリストとしてそれに見合った待遇条件と身分保障を確保することであるとしている。この点も、労組や左翼からは出てこない主張であり、感銘を受けた。

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紙の本入門バクロ経済学

2002/08/05 17:04

経済学っていかがわしかったのか会議

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…経済っていまいちむずかしい。景気が悪いとか財政が厳しいとか、金融が、銀行がどうとかとはよく聞くが、本当のところはどうなってるのか。今の経済状況の中で、自分自身がどう行動したらよいのかもよくわからない。『みんなの経済学』、『経済ってそういうことだったのか会議』、『痛快! 経済学』なんて本を読んでも心行くまで理解できたとは言えない…。
こんなことを考えている人ってけっこう多いんじゃないかな。この本を読めば、今まですっきりしなかったことがすっきりする、と言いたいところだが、すっきりするわけではない。でも、今の経済学がすっきり説明しているようなことが、実はいいかげんなことで、分からないこともずいぶん多い、ということは分かってくる。そして結局は自分で考えて、自分がいいと思うようなことをすることが一番大事なのだ、ということが分かってくる。
対談者の1人、金子勝は「既存の経済学は完全に破綻した」、竹中平蔵や中谷巌の「主流派経済学」を「全然ウソっぱち、絵ソラゴト」と喝破する。金子は、ではどうしたらよいか、ということを完全に提示できているわけではないが、他の学者が言っているもっともらしいことのいかがわしさはよく理解できる。
経済学の限界についても語られている。いろいろな数字をいじってはいるものの、どうなったら人間は幸せに生きられるのか、ということについては、「ひどく淋しい結論しかない」。本書を読むことは、アヤシゲな経済学に惑わされることなく、自分の頭で考えるための第一歩となろう。

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「性」の切り口から連合赤軍を分析

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連合赤軍の幹部だった坂口弘の手記などを読んでいると、連合赤軍の山岳ベースでの同志リンチ殺害事件の背景には、「共産主義化」云々の思想の話というよりも、「性」に関係する話が多いような気がしていた。
ある女性は石につまずいて「いやーん」と言うと「男に媚びている」と批判され、指導者森恒夫について「目がかわいいと思う」と言うと「総括を要求されている者の態度ではない」と批判されて殺された。また髪や顔を気にしていたある女性は、自分の顔、唇を自ら殴るように要求され、そして殺された。
これは山岳ベースでの出来事のごく一部だが、極めて異常な世界だったことはすぐわかる。しかし、なぜこのような異常な世界が作り出されてしまったのか。
新左翼の世界にいた人の連赤事件についての分析を読んでも、新左翼の業界用語で語られていて、何がなんだかさっぱりわからない。それに比して本書の大塚の分析は非常にしっくりくる。事件は決して特殊な「凶悪犯」「過激派」によって起こされたものではなかったと感じた。時代や状況によっては、私もそこにいたかもしれない。

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「安心」の確保という見地からオルタナティヴな社会を構想

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失業、病気、老後など、人が生きていく中には、さまざまな不安がある。社会が不安定になっている今日、その不安はますます大きくなっている。社会変革が求められている時代に、どのような変えれば、安心して生きることができる社会になるのか。そういった問題意識から本書は書かれている。
各ライフステージにおけるリスクと安心、安心を与える主体、具体的な政策という3つの柱から本書は成り立っている。就労の形態をどうするか、少子高齢化への対処は、家族はどう変容しているか、NPOへの期待は、といった極めて現代的、具体的な問いが設定され、筆者の提言が大胆になされている。また、今後の政策を考える基盤となる思想についての検討もなされている。
今後の社会を考えるための示唆に富んでいるばかりでなく、社会科学の入門書としても最適である。

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シンプルな税制の青写真

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 高齢化、IT化、国際競争によって大きく変わることになろう税制をどのような形にしたら良いのか。本書では、所得税、消費税、法人税などそれぞれの税について展開されている。所得税の控除を整理する、年金に対しても課税する、相続税は税率を下げ課税ベースを広げる、といった主張がなされている。著者が描く将来の税制は、非常にシンプルである。
 財政改革の方向性としては、2004年ごろまでにまず不良債権処理をしたあとで、本格的な税制、財政改革を行うべきだとしている。しかし、その入り口の不良債権処理でつまずいているような状況では、先は見通せない。著者が描く青写真は日の目を見るだろうか。

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雇用の世代間格差を浮き彫りに

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 …多くの中高年がリストラで解雇されている。再就職しようにも年齢制限にひっかかって就職先がない。住宅ローンや子どもの教育費は重くのしかかってくる。耐え切れず自殺してしまう人もいる。一方、若者は、卒業後フリーターになったり、正社員として就職した者でも、仕事で少しでもいやなことがあると簡単にやめてしまう。いつまでも親にパラサイトしていい生活を送っており、なかなか結婚もしない。…
 大失業時代と言われる現在、世間の一般的な認識とはこんなところだろうか。総じて中高年はたいへんであり、若者はこのような時代にも関わらずふらふらしている、というイメージがあるように思われる。
 本書はその常識が誤っていることを各種のデータを詳細に検証することによって明らかにし、現在の日本の労働が置かれている状況を鮮明に描いている。特に、若者の現状について、若者の意識のみにその原因をおく言説が蔓延する中で、本書の持つ意義は大変大きい。
 失業率の上昇と言うが、実際には誰が失業しているのか。本書はまず、大卒の中高年の失業者はそれほど多くなく、25歳未満の中卒、高卒の失業者が多いことを統計から明らかにする。さらに著者は、若い人の中には、あまりに仕事が見つからないため、職探しをあきらめ、就職活動をしていない人も多いことを問題視している。このような人々は非労働力とみなされ、失業者にカウントされないのである。
 また、フリーターの増加が喧伝されるが、若者は必ずしも好んでフリーターを選択しているわけではない。正社員として働きたいと思っている若者はむしろ増えつつあり、就職口がなかったからフリーターになる者が多いのだ。就職してもやめてしまう人が多いのは、就職機会が少ない中では、自分に適していない仕事に就かざるを得ないミスマッチが生じやすく、それが転職に追いやっている、と説明できる。「若者は個人の明確な意識にもとづきフリーターを選んでいるというよりも、本人が自覚していない社会や経済のシステムによって知らずしらずのうちに選択させられている」(73頁)のである。
 では、若者を失業やフリーターの状態に追いやっている要因は何なのか。著者は中高年の雇用を最優先するさまざまなシステムであると指摘している。
 若者の雇用機会が減っている仕組みはこうだ。企業は高度成長期に大量の若者を採用したため、今では過剰な中高年を抱えることになった。しかも彼らは年功賃金で現在非常に高い賃金水準にある。しかし解雇規制があるため彼らを解雇することはできない。となると人件費抑制のためには新規採用を手控えざるを得ず、若者の就業機会は奪われる。
 また、「パラサイト・シングル」については、山田昌弘が「豊かな親という既得権に依存し、その既得権を手放そうとしない」(山田昌弘『パラサイト・シングルの時代』188頁)としていることに対して、「むしろ社会から『既得権』を与えられている中高年に、若者が『パラサイト』している」(63頁)と述べている。
 最近では、定年を延長、廃止して高齢者の能力を活用しようとする動きがあるが、これによってますます若年失業率が上昇することを著者は懸念する。今のように解雇規制が厳しいまま、定年という雇用の自然減をなくし「定年延長だけを見切り発車することは、すでに雇われている人々の雇用確保にはつながるものの、若年を中心に新規採用の抑制をよりいっそう深刻化させる可能性がある」(112頁)ということである。
 さて、雇用をめぐる状況がこのようなものであると理解した上で、この時代をどう生きたらよいのであろうか。著者はとりあえず「頑張る」「忙しい」「普通は」といった「仕事にまつわる曖昧な表現」を使うのをやめ、「自分たちの仕事を自分たちの言葉で語ってみ」よう、と提案している(154頁)。ぼんやりとした不安が渦巻く今の状況に流されないためには大切なことであろう。

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情報収集と情報活用に最適

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 インターネット上の情報収集について書かれた本は多いが、本書は情報収集からその活用法までを具体的に示している点で、大いに「使える」と思う。
 検索エンジンは、yahoo!、Google、フレッシュアイとさまざまあるが、それぞれに特徴があり、目的によって使い分ける必要がある。また検索エンジンによっては、複雑な検索ができる機能もある。本書では各検索エンジンの特徴や機能について解説されている。
 また、インターネット上には膨大な情報があり、それを収集しても活用できなければ意味がない。ブックマークに登録してもいちいち見に行くだろうか。ワードやエクセルで編集するのはすごい手間ではないだろうか。本書を読めば、より効率的な情報活用法が分かるはずだ。付属のCD-ROMには、WEBページの自動チェッカーやアドレスがクリッカブルになるメモ帳のソフトが収載されている。
 著者の関氏はgoo主催の「第1回検索の鉄人コンテスト」の優勝者である。関氏のサイトではその奥の深さを感じることができるだろう。

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覚えて使えるフランス語

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 著者はNHKテレビ「フランス語会話」のダンディな先生、大木充さん。テレビでもいっしょのパトリス・ルロワさんもCDに声で登場している。語学学習で重要な点は「やめない」ことだと言われる。「続ける」などと肩に力を入れなくても、やめないことが大切なのだ。この2人を見ているだけで楽しいので、勉強をやめようとはとても思えない。
 文法事項をすみから覚えるのでは、すぐ苦痛になってきて、やめたくなってくる。まずは簡単なフレーズを丸ごと覚えること。「スタンダード40」はフランスに行ってすぐに使えそうな表現ばかり。使うことが前提なので、覚えるのもぜんぜんきつくない。少し単語を変えればいろいろな場面で使うことができる。「スタンダード40」を覚えた人はNHKラジオ第2の「フランス語講座」に進み、今度は「ステップ100」で表現の幅をさらに広げよう(パトリスさんはこちらにも登場している)。

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数値をふんだんに使った社会保障改革の日米比較

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社会保障改革について、日米比較している書である。地方の自立や市場との整合性なども加味されており、また教育改革についても触れられている。特にアメリカの現状について、具体的な数値が挙げられて説明されており、資料として極めて有用である。
日本でも年金破綻にどう対処するか、医療・介護を社会経済の中でどう位置付けるか、教育改革をどう進めるかといったことは非常に重要な課題となっている。本書は日本の改革についても、示唆に富んでいる。

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