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はなさんのレビュー一覧

投稿者:はな

17 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本鷺と雪

2009/07/04 10:43

雪と祈り

11人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 昭和初期の物語というのは、どこか重い。どれほど華やかで明るい物語だったとしても、どこかに暗く重い影を感じさせる。それは現代を生きる私たちが、その後、物語の舞台たる日本がどういう道へ進むのかを知っているからか、あるいは、その時代を生きた人たちもどこかでその影を感じていたのか。少なくともこの『鷺と雪』のヒロインである少女は、軍事とも政治とも無縁の世界に身を置きながら、世界のきしみを感じている。

 北村薫の「ベッキーさんとわたし」シリーズの3作目。(どうやら完結編のようである)
 英明で、切ないほどに強い心をもったベッキーさんと、その導きを受け、素直で柔らかな瞳で世界を見つめる英子嬢の物語は、まさに開戦前夜の東京で紡がれる。描かれるのは、北村薫お得意の「日常の謎」だ。神隠しにあった子爵、ライオンを求める少年、映っているはずのない婚約者。一つ一つの謎は、英子嬢によって、するりとほどかれるが、その裏で暗い影は忍び寄り、物語は劇的な幕切れを迎える。

 『鷺と雪』というタイトルがぴったりの美しい物語だ。けれど哀しい。
 ”騒擾ゆき”という言葉が出てくる。山村暮鳥の詩の中に出てくる言葉だそうだ。国を揺るがす動乱に、雪が似合うのは作中に書かれているように、桜田門外の変など、いくつかの歴史的動乱が実際に雪の中であったからだろう。しかし、それ以上に、この言葉には、痛みにも似た祈りが感じられる。流された血を雪で隠してしまいたい。悲鳴を、しんしんと降る雪に吸い込ませてしまいたい。真っ白な雪ですべてを覆ってしまいたい。どれほど白く染めても、消してしまうことなどできないとわかっているけれど。

 雪で消してしまうわけにはいかない現実を、これから英子は生きる。その行き先を私たちは知るすべはない。”善き知恵”を信じ、”明日の日を生きる”英子の未来を、後世の私たちは祈ることしかできない。せめて、ふたたび、雪で覆いかくすべき血が流されることなきよう生きることを、誓いながら。

 それが、作者の祈りのようにも思えた。

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紙の本獣の奏者 1 闘蛇編

2007/11/20 20:15

希望の物語

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この本が出版されてから1年近くが経ち、その間に多くの人が、私に感想を告げてくれた。中でも、顔を輝かせて、目を潤ませて、本を抱えて私のいる部屋に飛び込んできた中学生の顔は忘れられない。本を読むことの純粋な喜びを教えてくれる本だと思う。

 闘蛇編、王獣編の二冊に分かれているが、話の内容は大きく三つに分かれる。母を失い村を追われた主人公エリンが蜂飼いの男に拾われ、育てられていく子ども時代、獣ノ医術師にになるための学校で学ぶ少女時代、王獣と心を通わせるという他の誰もなし得なかったことを成し遂げ、それがゆえに苦しみの中に立たされる終盤。
 エリンは知ることへの欲求に取り付かれた少女だ。特に自分と違う生き物の生命のあり方に惹かれてやまない。知りたくて、近づきたくて、ひたすらに観察し、考え、エリンは多くのことを自分の知識としていく。無邪気ともいえるその欲求は、しかし結果として、越えてはならない壁を越え、国の行く末を左右するものとなっていく。

 全編に流れているのは、哀しみだと思った。エリンの孤独。同じ過ちを繰り返す人の業。どれほど近づいたかに見えても決してわかりあえぬ人と獣。人と人。聡明であるがゆえにその虚しささえともなう哀しみから逃れられない人々を見て、こちらも胸が締め付けられるほど哀しい。だからこそ、最後に射す一筋の光が沁みる。哀しく虚しく切ない、生き物の性の物語。けれどそこには希望がある。


 同時に、この物語に心動かされる子どもたちの存在にも希望を感じた。珠玉の一作である。

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紙の本3びきのかわいいオオカミ

2008/03/01 21:14

心と心をつなぐハッピーエンド

10人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 言わずと知れた『3匹のこぶた』のパロディである。

 1ページ目では、頭にカーラーを巻いたお母さんオオカミが、マニキュアを塗りながら、可愛いオオカミたちに、家を出て生活するように話している。
3匹のオオカミは家を出て、レンガのうちをつくる。そう。いきなりレンガのうちをつくってしまうのである。そこへやってきたわるブタ(これがもう本当に人相の悪い憎々しいブタなのである)が、思いっきり吹いたくらいでは壊れないが、なんとこのブタはハンマーを持ってきてレンガの家をぶち壊してしまう。やっとの思いで逃げ出したオオカミたちが今度はコンクリートの家を作ると、これは電気ドリルを持ち出し破壊する。鉄骨と鉄板で要塞のような家を作れば今度はダイナマイト。

「きっとぼくたち、いままで まちがった ざいりょうで うちを つくってたんだ。もっと ちがうもので うちを たてなくちゃ。」

そう思ったオオカミたちが次に選んだ材料は・・・?

 文句なしに面白い。文章もいいし、絵も細かい部分まで凝ってて、絵だけじっくり見ても楽しめる。オオカミとブタの役回りを逆転させると言う発想自体はそれほど目新しいものではないだろうけど、かわいいオオカミたちと、わるブタとのキャラクターが絵から十分に伝わってきて、いい。そして、どんどん要塞化していく家に意味がないことを悟ったオオカミたちの行動と、そこからつながるハッピーエンドもいい。

 私は絵本に教訓は求めていない。大人も子どももとにかくこれを読んで楽しんでくれれば十分だと思う。その上で、私はこのお話に、この世界をも救う手立てが書かれているのだと思う。頑丈な家を作り、相手の顔も見ずに拒絶し、そして相手はそれを破壊する。その繰り返しから生まれるものは何もない。そのことを笑いとともに、過不足なく教えてくれる作品である。


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紙の本だいじょうぶだいじょうぶ

2007/11/03 10:36

世界で一番優しい呪文

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 幼い男の子とおじいちゃんはいつもいっしょに散歩しています。たくさんの面白いものきれいなものを見て、おじいちゃんはいろんなことを教えてくれます。それと同時に、世のなかにはこわいものやあぶないものもたくさんあるんです。
 犬がおそってきたらどうしよう。
 飛行機が落ちてきたらどうしよう。
 お友達となかよくできなかったらどうしよう。
そのたびにおじいちゃんはいいます

「だいじょうぶ だいじょうぶ」

 今でもそうですが、子供のころは本当に周りにはこわいものが多くて、自分なんか生きていけないのではないかと不安になることがありました。今の子どもは、その思いが、ずっとずっと強いのではないかと思います。現実問題として子どもたちが安心して暮らせる世の中をつくることはもちろんですが、同時に、常に緊張にさらされている子どもたちを救うのはこんな一言ではないかと思うのです。

 しかし、このお話。すこし難しいのか、小さい子にはあまり受けません。読んで感動して、周りの人間にも聞かせまくりましたが、いちばん感動してたのは私の父親でした。
「だいじょうぶ だいじょうぶ」
こういってもらいたいのは、子どもにかぎったことではありませんもんね。


 そう、幼い男の子は大きくなり、おじいちゃんは年をとります。幼いころ、自分の世界を救ってくれたこの言葉を今度は男の子がおじいちゃんに言ってあげるのです。

「だいじょうぶ だいじょうぶ」

 もろくて不安定な世界を支える、強くて優しい言葉。 たくさんの人にこう言える自分でありたいです。

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紙の本天と地の守り人 第3部

2007/05/23 21:35

ありがとう愛しい人へ

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 『精霊の守り人』を手にとり、初めてバルサとチャグムと出会ったのはもう10年近く前のことです。
「おれのことチャグムってよんで。さようならチャグムっていって」
弱く懸命だった幼いチャグムと、癒しきれぬ傷を抱いたままチャグムを慈しみ命がけで守ったバルサとの別れのシーンが心に焼きついて消えなくて、それからずっとこの2人を見つめてきました。
 守り人シリーズの完結です。
 作中でも時は流れ、チャグムはもう幼い子供ではない。それでもそのまっすぐさ、ひたむきさ、優しさは変わりません。国と国のぶつかりあい。この世界サグと異世界ナユグのかかわりから生まれる大災害。その混乱を誰も傷つかず傷つけずに越えたいと、それがどれほど困難であるかを知りながら願い続けています。そして、それがかなわぬ願いであると知りながら、一歩でもそれに近づけようと、必死でまさに必死で力をふりしぼり続けている。読んでいる立場としてもエールを送らずにはいられないその姿を、もちろんバルサも守り抜こうとします。チャグムよりはもっとずっとシンプルに、愛しいものを守ろうとするバルサも迷いのない瞳で闘い続けます。
 そしてそのバルサの「帰る場所」としてあり続けたタンダもまた。
 ラストを明かすわけにはいきませんが、彼らを見つめ続けてきて本当によかった。そう心から思う。ありがとう。

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紙の本人魚姫

2007/08/15 11:08

いちばん美しい童話

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

人魚姫。 
 もちろん、子供のころからよく知っている話だったが、幼い自分がどういう感想を持ったのかはあまり覚えていない。かわいそうな話だとその程度の認識しかなかったろうし、子ども心に人魚姫の運命が理不尽なものに感じられていただろう。あまり好きだったとは思えない。
 大人になり、人魚姫が、すべてを捨ててでも王子の側にいたいと願った想いや、自分の命と引き換えでも眠る王子を殺すことができなかった想いも、いくらかは共感できるようになり、そうするといっそう人魚姫の結末が哀れで、改めて読み返す気にはならなかった。
 そこで出会ったのがこの本だ。

 ページを開くとそこに青い海があった。布と糸とビーズで織り上げられた海の底の世界。ページをめくっていくたびに現れる一枚一枚に手を伸ばさずにはいられず、画に触れれば指先から光があふれ出るようだった。海の底のしんとつめたい深く澄み切った青いきらめき。人魚姫の愛らしい桃色の輝き。そして魔女の住処からは、ねばついたどす黒い闇が。
 一ページごとに胸が引き絞られるほど切なく苦しいのに、目を離すことができなかった。
 画があまりに多くを語るが、添えられた美しい文章も決してそれを損なっていない。呼吸するのを忘れるほどに引き込まれる画と、美しいけれどシンプルな日本語で語られる、哀しい物語。
 私が今まで出会った中で間違いなく一番美しい童話だ。

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紙の本ベルカ、吠えないのか?

2007/05/02 21:56

「血」と本能

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 面白かった。というと私の感想を一言で言い表していない気がする。
 すごかった。
 第二次世界大戦中の1943年から、冷戦終了の90年代初頭までを描いた物語。軸となるのは徹底して「イヌ」たちである。人間でも世代が移り変わる数十年、当然イヌたちは何代も何代も世代が移っていき、その「血」は世界中に散らばっていく。歴史に記されることはない、けれど確かな足跡を残しながら。
 人間の政治、戦争、歴史に弄ばれるようでいて、その実、イヌたちはそれぞれの場所で確固としたアイデンティティを築いている。その様子が丹念に描かれる。
 正直に言って、背景となる現代史も、イヌたちの系図も、正確にはほとんど理解できていない。それでも問題はない。なぜならイヌたちもそんなものは理解していないから。それを理解していなくても、イヌたちは、自らの血と本能でもって、しっかりと歴史に存在している。その鮮やかさが読み終わっても、心から消えなかった。

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紙の本天地明察

2010/06/07 15:24

天の理と、人のあたたかさ

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

骨の髄まで文系人間の私は、冒頭付近にある図形で本を閉じそうになったのですが、耐えて読んでよかった。

江戸時代初期。不明なことが多い分、今よりもずっと学問が、人の生きる社会に寄り添っていた時代でしょう。
日常のあらゆるところに転がっている問いを解き明かすことは、世を照らしていくことであった。
そんな中、天を相手取ってその大きな謎を解き明かそうとした強く優しい人たちの物語です。


天地明察。
なんと美しくすがすがしく大きな言葉でしょう。
天と地の間に生きる私たち。
常に迷い惑い苦しみ、とても「明察」などとは言えない生を送っています。
それは、春海の生きる400年前も、私の生きる今も同じ。
たくましく明るく希望を持って生きているように見えるこの物語の登場人物たちにしても、その生には、解き明かせぬ苦しみが多くあるのでしょう。
けれど星は巡り、地はここにあり、人の手でそれをつなぐことができる。

若い春海は、ただ算術を愛する一人の青年にすぎません。己しか見えず、世には己と算術しか存在していない。
その春海が、多くの人と出会い歓び学び、かえようもない絆と信頼を築き、その想いを背負って、天へと手を伸ばす。
その手が天に触れた瞬間感じたのは、天地の雄大さと同時に、人の限りないあたたかさでした。

天地明察。
この天と地の間で生きる人と人の心は、偉大な理が解き明かす天の働きと同じくらい、確かで雄大なものだと、心に染みた物語でした。

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原点にして、永久の島

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 私にとっての読書の原点であり、ファンタジーの原点である作品。のみならず、本邦ファンタジーの礎であり、ライトノベルのメディアミックスのパイオニアである作品だと思います。

 数多のメディア展開、続編や番外編が世に出されていますが、作者もあとがきで述べているように基本となるのは、このパーンとディードリットを主役とする『ロードス島戦記』全7巻でしょう。この2人は私にとっての永遠のヒーロー&ヒロインです。
 純朴で、無鉄砲で、正義感が強く、やたらお人好し。少年らしい単純さで英雄を夢見て旅立ち、幾多の試練をくぐりぬける中で、真の英雄へと成長していくパーンの姿はいつ見ても胸が熱くなります。可憐で美人で勝気でやきもち焼きで一途なディードリットは、私の中で究極のヒロインです。
 そしてそれを取り巻く登場人物たちの魅力的なこと!数え切れないくらいいるのですが、私の中で大きな存在なのは、争いを好まず、目立つことも好まないにもかかわらず、強い意志をもってロードスの平和のために苦難に立ち向かい続ける真の賢者、魔術師スレインです。そのほかにも、とにかくカッコイイ傭兵王カシュー、パーンの幼馴染のエト、話が進んでいけば、パーンに思いをよせディードをやきもきさせる女戦士シーリスや、陽気な吟遊詩人マールがあらわれ、そして、パーンの最大のライバルとなるマーモの騎士アシュラムも欠かすことのできない勇者です。これら大勢の登場人物たちがこのロードス島を舞台にいきいきと活躍します。

しかし、これほどキャラクターが立っていて、さらに小説としての完成度がそれほど高いわけではない(やはり作者の水野良は小説家ではなくゲーム作家なんですよね)にもかかわらず、不思議とこの作品はキャラクター頼みの小説になっていません。それはやはりこの物語がTRPGからきていること、登場人物たちの冒険を作者がゲームマスターの視点で、俯瞰で見つめていることが根本にあるのではないかと思います。

 個々の登場人物の個性や背景や信念が確固としてあり、それでいて物語はそれに頼らず物語としての力を持って淡々と進んでいく。そこから生まれる感動がこれほど強く深い。それを確認させてくれるという意味でも、やはり私にとってこの作品は、読書の原点であり、ファンタジーの原点です。

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オシムはなぜあんなにもサッカーと人を愛しているのか

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この本の紹介がしたいと、ずいぶん長いこと文章を考えてきましたが結局まとまりません どんな言葉を連ねたところで”オシムの言葉”には絶対にかなわないのですから。
イビツァ・オシム。
日本サッカー史におそらくは長く名前を残すであろう人物。
この本は、オシムの、政治と戦争に翻弄された半生と、JEF UNITED市原・千葉の監督として日本に来てから成し遂げたことを綴った伝記であると同時に、著者の『誇り』『悪者見参』に続く、ユーゴスラビアサッカー三部作の最後を飾る作品です。
オシムがJEF UNITED市原・千葉の監督になってまもなくして、インタビューや記者会見でのオシムの発言が注目されるようになりました。
皮肉やわかりにくい比喩が混ぜられた発言は、それでも多くの人をひきつけました。
それらは豊富な経験と知識から来る冷静な分析、洞察によって成り立っていますが、それだけではあんなにも多くの人の心には届かない。
オシムのすべての発言の根底にあるのは、サッカーとなにより人に対する深い愛情です。
だから彼の言葉は輝く。
あれほどまでに深くサッカーと人を愛するようになったのはどうしてなのか。
それはおそらく彼の生きてきた人生と深いかかわりがあるのでしょう。
その一端をこの本でうかがうことができます。

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紙の本夕凪の街 桜の国

2006/06/08 10:32

この国で生きるということ

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 昭和20年、原爆が落とされたときから、広島は「ヒロシマ」となり、世界でただひとつの街になりました。その街には、それでも普通に生きる人々がいて、彼らは悲劇を日常とともに背負って、生きて、苦しみ、死んでいきます。
 「夕凪の街」は原爆投下から十年後の広島が舞台。被爆した女性がひっそりと命を終えるまでが描かれています。わずか35ページの物語。読み終わった時、しばらくの間、ページを閉じることができませんでした。
 「桜の国」はその数十年後。もう誰もが原爆のことなど忘れたかのような世界で、それでも残る傷をこれも静かに描いています。
 ヒロシマには二度行ったことがあります。二度とも、平和祈念式典に参加しました。
 小学生のときと、高校生のとき。やけつくような暑さをただ覚えています。
 その後、私は長いこと、そういったものから眼を背けて生きてきました。この物語は、そういった「ごく平均的な日本人」を責めるではなく、むしろ優しい視線を向け、向き合うための勇気をくれるような気がします。
 当たり前なのかもしれません。作者のこうの氏自身、広島出身でありながら、被爆者が身近にいることもなく、深く知ろうともせず、逃げるように生きてきた。その不自然さと後ろめたさを両手に抱えながら、精一杯の思いで筆をとったそうですから。
 献辞につぎのようにあります。
 広島のある日本のあるこの世界を愛するすべての人へ
 広島のある日本のあるこの世界を愛するものの一人として、向かい合わねばならないものがあります。それは義務や責任ですらなく、宿命のようなものですらあるかもしれないと思うのです。

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紙の本フライ,ダディ,フライ

2007/12/13 09:47

I can fly I can fly I can fly!!

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

オチコボレ高校生ザ・ゾンビーズと、さえない中年サラリーマンのひと夏の冒険。
疾走感にあふれたさわやかな物語。


10代のころ、小説や漫画や映画を見ては、すぐに影響されて、走ったり、踊ったり、歌ったり、闘ったりしてました。
大人になってくると体が重くなり、頭が固くなり、すぐには動けなくなる。
だけど、この作品を読んで、久々にすぐに走り出してみました。
こんな年になって、小説や映画に影響されて動き出すのがちょっと恥ずかしかったんだけど、それができる自分が嬉しくもありました。
そうさせてくれるだけのエネルギーがザ・ゾンビーズの面々とおっさんにはあります。

人は空を飛べない。
あまりにも当たり前のことです。
それでも空に向かって両手をはばたかせ続けることには意味がある。
そう思わせてくれる作品でした。

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紙の本ラヴァーズ・キス

2006/08/20 10:31

大好きだよ、のキス

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「BANANA FISH」や「YASHA」とは赴きを殊にした吉田秋生珠玉のラブストーリー。
 場所は鎌倉。
 湘南の高校生たちを中心に、時期を同じくした三つの物語がオムニバス形式で語られる。
1話目「Boy Meets Girl」
 日頃、男から男へと渡り歩いている里伽子は、ある朝、海岸でサーフィンをしていた男と出会う。同じ高校のその男藤井朋章は、女がらみで悪い噂の堪えない「ろくでなし」。 恋愛感情が生まれるはずもなかった二人だが、里伽子はなぜか藤井に惹かれていく。
2話目「Boy Meets Boy」
 鷺沢(男)は先輩である藤井に憧れていて、藤井と急接近していく里伽子に嫉妬心を抱く。鷺沢の後輩の緒方もまた鷺沢に思いを寄せ、彼はその思いを一途にぶつける。 交錯する思いのなかで、鷺沢の藤井への思いは募っていく。
3話目「Girl Meets Girl」
 里伽子の妹、依里子は、いくつもの要因から姉を嫌っている。 そのひとつが、里伽子の親友美樹の存在。依里子は美樹を慕っているが、美樹もまた里伽子に友情以外の思いを寄せている。
 里伽子と藤井の恋愛を中心に、いくつもの思いは交錯し、藤井が学校をやめ鎌倉を離れることをきっかけに物語は収束に向かう。
 想いを告げるもの、決して口に出さぬもの、つながる心、報われぬ想い。
 それぞれに傷を負った高校生たちが、それぞれの想いを静かに温めていく様が丹念に描かれている。
 いくつもの恋は決して幸せな結末ではない。でも彼らはその恋を悔やむことはない。小さなキスを交わした後、また夏の風の中を前を向いて歩き出すのだ。
 こんな恋ならしてみたいと思った。

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紙の本月光 第1巻

2008/09/01 22:46

ファンタジー作家・那州雪絵の世界の厳しさと心地よさ

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 那州雪絵の代表作は、学園青春コメディの傑作『ここはグリーンウッド』である。それには異論はない。それと同時に私は那州雪絵はファンタジー作家だと思っている。『ここはグリーンウッド』の中の名編『ここは魔王の森』を持ち出すまでもなく、SFファンタジー、ホラーファンタジーの良作を多く書いている。
 その那州雪絵の、唯一のファンタジー長編『月光』が待望の文庫化である。

 東京から始まった物語は、主人公・藤美が異世界に引きずり込まれるのと同時にその舞台を移す。そこは光の半球と闇の半球に分かれた世界。「理の力」と呼ばれる魔力が世界を満たし、それをコントロールできる王が支配する。300年もの長きにわたり、王として存在した女王の死を境に、世界は狂い始め、その混乱の真っただ中に、藤美は巻き込まれていく。

 主人公・藤美は意思をもった少女だ。この物語の中で藤美はおおむね受動的な立場に置かれる。大きな運命のうねりは、藤美に、多くの選択肢を許さない。その中で藤美は、目の前の状況と自分の心を見つめ、与えられた選択肢にとらわれることなく、意思をもって自分の進むべき道を決めていく。けっして派手な主人公ではないが、激変していく世界の中でのその姿は、小さくだが、しっかりと輝いている。

 その藤美を、少し遠巻きにしたような周りでは、多くの人が、変わっていく世界を前に、右往左往している。その中で興味深い対比を見せるのが、シファカとロリスだ。武官と文官。それぞれ宮廷の若手のエースである二人。史上最年少の騎士団長を務めるシファカは、保守的である。決して旧弊的なわけでも、融通が利かないわけでもないが、王を、ひいては世界を守るという使命を絶対と考え誇りに思っている。対する書記官のロリスは、好奇心と探求心が旺盛で、変わりゆく世界にいち早く気がつき、それを受け入れ先に進もうとしている。親友同士でもある二人の意見の相違は、そのまま世界の混乱を映していて面白い。

 しっかりとした世界観の枠組みの中で、さまざまな立場の人々が魅力的に描かれる。生きていくことのせつなさ、やるせなさを感じるとと同時に、それを確実に超えていく人のしたたかさが、心地よい。

 『ここはグリーンウッド』を読んで、その心地よさを少しでも感じた人には必読の一作だ。

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紙の本ハチミツとクローバー 10

2006/09/10 20:21

静かで穏やかな2人のラストシーン

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 完結し、読み返してみて思ったことは、私にとってこの物語は、竹本とはぐみの物語だったのだということ。
 作中竹本は何度も壁にぶつかりますが、それはどちらかというと「自分探し」につながる自身との葛藤。この物語のメインテーマ(?)である恋愛に関して見れば、主人公の竹本は実に地味です。ただ、静かに穏やかにまっすぐはぐみを思い続け、思いを告げ、それでも何ひとつ起こらない。
 はぐみはその想いを感じ続け、けっして応えることはできないけれど、ほとんど無自覚にけれど誠実に受けとめ続ける。
 その静かな関係こそが、『ハチミツとクローバー』の芯に存在し、個性的な登場人物たちの個性的かつ強烈な恋愛の中にあって光を放っていたのだと思います。
 この最終巻で、2人の関係はひとつの結末を迎えます。
 静かで穏やかな2人のラストシーン。
 竹本とはぐみが、ただただ誠実に重ねてきた日々そのままの、優しい光に満ちたラストシーンでした。

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