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よしたかさんのレビュー一覧

投稿者:よしたか

57 件中 1 件~ 15 件を表示

三国志

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 魏・蜀・呉の3国が中国の覇を競い合った時代の大長編。全60巻だけど、今回は、一週間ぐらいで一気に読んだ。それにしても、どれだけ多くの英雄が登場し、その多くが滅びていったことか。 主人公の、玄徳、孔明でさえ、志半ばで倒れてしまって、けっきょく、蜀の国も滅びてしまう。

 自分は、三国志ファンには珍しく? 魏がお気に入り。特に司馬仲達のファンだ。孔明よりも、レベルが低く見られがちだけど、最終的に、サバイバルレースを生き残ったのは、仲達なんじゃないか、と思う。もっと評価されてもいい、と思う。
 今回、一気読みしてみると、熱狂的な孔明ファンには怒られてしまいそうだけど、孔明というのは、そんなにたいした男だったんだろうか、と思った。
 
 孔明は、玄徳にあれほど息子の教育を頼まれていながら、とんでもないダメな皇帝に育ててしまっている。魏を倒そうとする遠征、北伐でも、ひとつのコースにこだわり、何度も失敗に終わっている。泣いて馬謖を切ったわりには、反骨の士、魏延は、人材不足のため、処分していない。体が弱いのに、仕事を部下に任せず、自分で、たくさんの仕事を抱え込んだ。結局、自分の寿命を縮めてしまったし、どうも、後進も育たなかったようだ。 

 このまえ読んだときは学生のときで、今は社会人になって数年、という違いがある。オトナになって? ものの見方が変わり、感想も違ってきたかもしれない。そのうち部下を持つようになったときに、もう一度読みかえすと、また違った感想を持つかもしれない。おもしろく、奥が深い物語だから。

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マジメでおもろいセックス白書?!

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 小説、絵、書、句、とにかく注文があれば、なんでも引き受けて、書き散らかしている。
 仕事を選んで、いいものを残そう、なんて気はさらさらない。
 もう五十歳になって、初老という年になったけれど、精力が落ちていくのに反比例して、女体が愛しくなる一方。
 主人公の安藤重広は、そんな男。
 今日も、仕事の合間にナンパやセックスに励むという毎日だ。

 著者お得意の“セックス白書もの”ともいうべきマンガ。
 フィクションなのだが、エッセイでもありコラムでもある不思議な構成だ。
 このマンガでも、著者の持論、とくにセックスについて、が作品のあちらこちらに見え隠れしている。

 たとえば……、
 人間はセックスをやるために生まれてきた。
 なぜなら、人間といえども、動物であり、生物だ。
 動物は種族保存のために存在する。
 つまり、種族保存のためのセックスのために生まれてきたことになる。
 これは、生物世界の絶対的法則である。
 真理とは、いつでもシンプルでわかりやすいものだ。
 などなど。

 思わず、なるほど、とうなってしまう。
 と言うのも、もともとセックスに関することは、この情報社会においても、ふつうに語られていない。
 極端に誇張して書かれたり、デマが飛び交ったり。
 そして、情報社会では、そういう情報のほうが、信じられることが多いのだ。
 だから、セックスについては、ますます歪んだ情報がまかりとおることになる。
 たとえば、AVが出まわるようになってから、ビデオの男優の行為をそのままマネしたりするようになる。

 いま、ふつうのセックスについて、ふつうに描かれたり、書かれたりしているマンガや本は、唯一、柳沢きみおのマンガだけじゃないか、と思うことがある。
 セックスのときにはコンドームを、というのが世間の常識だが、著者は断固として反対する。
 スキンをつけてやるセックスはニセモノ、だと。
 考えてみれば、著者がいうように、薄いゴムをかぶってキスしてもぜんぜん気持ちよくない。
 エイズや性病が怖い、という意見に対しては、だいたい病気をもっていそうな変な女とセックスしなければいいのだ、と明快だ。

 かといって、本書は、堅苦しい学習マンガというわけではない。
 エッチしているときに女がくしゃみをすると……。
 などの、おもしろい小話的なことも、たっぷり入っているのだ。

 そのほか、日本の政治家や若者についての辛口コラム的なページもあったり、タラバ蟹のバター焼きなどのグルメなネタなどもたっぷり入っている。
 とても楽しめるオトナのマンガだ。

 本書は、セックスについて、とくに老いとセックスについて、堅苦しくなく楽しめるエンターテイメントだ。

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ヌル・ゲーマーの“ゲーム歳時記”!

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 ゲームはぜんぜんやらない。ファミコンもしないし、ゲーセンもいかない。でも、本書はゲーム雑誌に連載されていた、ゲームについてのコミック・エッセイなのにおもしろい。ゲームの知識がまったくなくても、なんとなくおもしろいのだ。もちろんゲームにくわしい人ならば、うんうんそうなんだよな、とさらに楽しめることだろう。

 作者は、四コマを中心に活躍しているマンガ家。あまりゲームにくわしくない「ヌルゲーマー」だ。そんな作者が、いかにゲームを楽しめるようになれるか、の「ゲーム歳時記」だ。ゲームの王道ともいえるRPGが好きでなかった作者も、音楽ゲームという自分の得意分野を見つけて、だんだん好きなゲームも増えてきた。必ずしも人気のあるゲームをやるわけでもなく、それどころか、いつも純粋なゲーム・ネタともかぎらない。おもしろければいいや、という太っ腹な連載のようだ。

 ファミコン雑誌というのは不思議なもので、本書のようなコミック・エッセイのジャンルを確立させてしまったようなところがある。あんまりゲームにくわしくないマンガ家に、ゲームやホビーについてのコミック・エッセイを書かせるといパターンだ。ふつうなら、読者に人気のあるゲームをネタにするものなんだろうけど、この手のコミック・エッセイは、かなり制約もなく、自由に描かせているようだ。自分は、ファミコンをやらないくせに、こういうファミコン雑誌に載っているゲームについてのコミック・エッセイを読むのが好きだ。かなり内輪ネタも多いようなのだが、わからなくても、けっこうおもしろいと思ってしまうのが不思議だ。「あまりくわしくない人間がゲームについてのコミック・エッセイを描く」ジャンルは、とぎれずに続いて欲しい、と思っている。

 なんとなく今までゲームやらずに来てしまった人や、これからゲームをやってみたい人にオススメだ。自分も本書を読んでいると、いまさらだけど、ゲームをやってみたい、ゲーセンにいって音楽ゲーをやってみたい、と思うようになった。

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紙の本センセイの鞄

2002/03/11 19:30

あわあわと、色濃く、流れる日々……。

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 ツキコさんは、居酒屋で高校のときに教わったセンセイと出会う。
 センセイは定年退職して一人暮らし。
 奥さんはもう亡くなっている。
 センセイは文字通り余生を過ごしている感じだ。

 ツキコさんはもうすぐ四十歳になる一人暮らし。
 もちろん仕事もやっているようだけど、キャリア・ウーマンというわけではなさそう。
 とくべつな趣味もない。
 親しく行き来する友だちもいない。
 もちろん彼氏もいない。
 休日は一日家でごろごろして過ごすことも多いようだ。
 なんとなく世間からは一歩ひいて生きているような感じだ。

 この二人が出会い、ゆるやかな「おつきあい」を重ねていく。
 これは恋愛小説だけど、いま世の中にあふれているような恋愛とはちょっと違う。
 いまどきの恋愛小説にでてくる人間は、本書から見れば「恋愛体質」の人間ばかりだ。
 「愛こそすべて」と、右往左往している。
 それに比べると、ツキコさんとセンセイの恋愛はとても静かだ。
 恋愛というよりは、どちらかといえば「情」に近いような気がする。
 寒い日に二人で暖めあうような。

 「そうですか?」
 「そうですよ」
 ただ、オウム返しに相づちをうちあうシーンが、本書には何度も出てくる。
 とるに足らないことがらだ。
 でも、じっさいの生活において、とりとめのない話をしたときに、返事をしてくれる人間がそばにいることが、どんなに幸せなことか。
 「いい天気だね」
 「そうだね」
 これだけでいいのである。

 ツキコさんとセンセイは、馴染みの居酒屋で飲んだり、センセイの収集品? を鑑賞したり、市場や観光名所でもない島へ行ったりする。
 世の中の流行やせわしさとは無縁のところを、ふわふわと二人で漂っているようだ。

 たまたま自分は、予定のない日曜日にのんびりとこの本を読んだ。
 とても心地よい気分になった。
 川上弘美さんの文章は、とてもわかりやすい言葉をつかっているので読みやすく、それでいて、ときどき古風な表現が混じったりするところがとてもいい。
 読み心地のよい文章なのだ。
 活字を読んでいるのにいい音楽を聴いているときのような気分になれる。
 文章だけでなく、装丁も、本の紙も、クラシックで、物語の内容にとてもマッチしている。
 極上の一冊だ!
 のんびりしたい人、あせってる間に時間が過ぎていくように感じてしまう人にオススメだ。
 ただし、ジェットコースターのように物語が進んでいかないと刺激がなくてつまらない、という人にはオススメできない。

 なんの脈絡もないけれど、本書を読んで、戦前あたりの昔の日本人は、この二人のようにゆったりと生きていたんじゃないだろうか、と、そう思った。

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紙の本競争の原理

2002/02/25 21:30

「痛みをともなう改革」の次のビジョンは?

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 バブルがはじけて、不況が続いて、証券会社だけでなく、銀行や保険会社まで倒産する時代になった。そごうやダイエーまで、倒産寸前になるなんて、いったい誰が予想しただろう。新聞には、規制緩和、市場原理、健全な競争社会、などの言葉が、あたり前のように載っている。「痛みをともなう改革」という言葉もすっかり有名になった。もちろん、それでいいのか、という議論はうあるけれど、大部分の日本人は、しかたがないのかな、という感じで受けとめているようだ。
 では、この先どうすればいいのか、というと誰もわからないのが現状だろう。現代はビジョンなき時代、なのかもしれない。

 そこで、本書の出番となる。本書は、堺屋太一氏と渡部昇一氏の対談集だが、じつにはっきりと言いきっている。対談にありがちな、おたがいの意見を一方的に言いあって、最後になると編集者らしき人が、「そろそろまとめを……」というような対談とは、まったくちがう。
 本書は示唆している。大蔵省をはじめとする護送船団方式に代表されるような棲み分けの時代が終わったのだ、と。そして、そもそも「棲み分け」とは、進化が行き止まりになってしまった状態なのだ、と言いきる。「棲み分け」などというものは、現実的にありえないものなのだ、と。
 今後は、コンセプトと戦略をもつこと。さらに競争を体質化すること。以上が、進化への道筋なのだ、と。

 お二人とも、歴史にくわしいだけに、歴史上のさまざまな事例がああけられているのも楽しみの一つだ。とくに時代を切り開いた改革者として織田信長が多く取り上げられている。べつにビジネスマンでなくても、歴史好き、織田信長ファンにとっても、おもしろい一冊だ。
 2002年2月現在、改革に取り組んでいる小泉総理大臣も、織田信長に傾倒しているようだ。

 じつを言うと、本書は、昭和62年に発行されたもののリバイバルなのだ。つまり、バブルがはじける前に行われた対談をもとにしている。こんな昔に、今の時代を見通していたことには、ひたすら驚かされる。内容がまったく古びていないどころか、ようやく時代が本書に追いついてきたかのようだ。

 「痛みをともなう改革」、「グローバルな大競争の時代」などという言葉に恐れをなしている人もいるかもしれない。たしかに競争はしんどいけれど、そんなに悪いものではない。むしろやりがいがあるものだ。いたずらに恐れるようものではない。
 本書は、そう教えてくれる。

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もうひとつの経済システム!

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 好きなことをやる。金は、生活にこまらない程度に稼げれば良い。金儲けよりも、仲間と楽しくやりたい。誰もが一度は夢見る。しかし、現実には不可能だ。好きなことをやって貧乏するか、つまらない仕事をやって安定を手に入れるか、どっちかだろう。

 しかし、実現できる世界・手段があった。それが、シェアウェア、だ。プログラマーがソフトをつくり、ネット上で公開する。ユーザーは、使ってみて、気に入れば代金を送る。また、こういう機能をつけてほしいなどと、プログラマーに注文する。もちろん、全員が、きちんと金を払うとは限らない。でも、ネット上で販売するため、コストがかからないので、なんとかやっていける。趣味とボランティアとビジネスがちょうどいいバランスになっている。

 こんな世界があるのだ。この本を読んで、なぜ自分はプログラマーにならなかったのだろう、と本気でくやしくなった。

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21世紀的な隠者ライフスタイル!

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 この本は、ゆるやかな人間関係に身をおいて、気ままな中に本物の自分を生きる、新・仕事人間の哲学書だ。

 「隠者」というと、社会からドロップアウトした世捨て人のようなイメージがある。けれども、著者の言う「隠者」は、むしろ、仕事中心のライフ・スタイルをしよう、一生仕事をやっていこう、という積極的な生きかただ。

 そのためには、自分に先行投資し、スペシャリストになり、今度は、その能力をシフトして、専門分野を増やしていくハイブリッドな展開をすすめている。複数の専門分野をもって複数の業界で活躍できれば、業界のしがらみや、べたべたした人間関係にまきこまれることなく、自由に自分の好きなことができる。「インディペンデント(独立)」なスタンスがとれるのだ。

 世の中や人間関係は、ますます複雑になってきて、窒息しそうになっている人は多いはず。隠者は、21世紀的なライフスタイルなのかもしれない。

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紙の本陰陽師 竜笛ノ巻

2002/02/19 22:17

新レギュラー登場!

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 「陰陽師」もシリーズ7冊目。「鬼」を相手のシャーロック・ホームズ「安倍晴明」と、ワトソン役で笛の名手「源博雅」。天才と天然のコンビがおくる一大平安絵巻だ。

 小説、漫画、映画。これほど、メディアそれぞれでテンションが高いのも珍しい。昨年の映画版も好評だったし、今年はビデオ化、漫画版の完結など、さらにいっそうブレイクしそうだ。

 今回は、敵役として、たびたび登場してきた蘆屋道満法師に加えて、新たにレギュラー入りしそうな脇役が二人登場。

 ひとりは賀茂保憲。晴明には師匠の息子にあたる。どちらも陰陽術にかけてはトップレベル。かなりのライバル意識や葛藤がありそう。

 もうひとりは、むしめづる姫こと橘露子。確か「風の谷のナウシカ」のモデルになった姫だ。こちらも晴明に負けいていない。

 魅力的な脇役をしたがえて、ますます好調な陰陽師だ。

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男の流儀!?

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 「大市民」はフィクションなんだけど、男のたしなみについて書かれたエッセイ風マンガだ。マンガでこういうのって、初めてじゃないだろうか。時代劇作家、池波正太郎さんに「男の流儀」というエッセイがあるけれど、それのマンガ版みたいな感じだ。タテマエやキレイゴトはいっさいナシ。経験から実感としてわかったような本音を教えてくれるのだ。

 「大市民」は、コラムマンガでもある。日本について、年をとるということについて、いろんなコラムがマンガのストーリーのなかに散りばめられている。えらそうなことをいってるコラムを読んだりするとハナにつくことがあるけれど、物語のなかにとけこんでいるのを読むと、すんなり読めるのが不思議だ。

 また、「大市民」はグルメマンガでもある。といっても高級なものや変わったものは出てこない。ビアグラスで安くて若い赤ワインを冷やして飲むのが美味いとか、駅の立ち食い蕎麦はなぜかしみじみと美味い、というような身近なものがほとんどだ。それでいて、美味そうで、食べたくなってしまう。

 なんとなく人生に疲れてしまったようなときに読むのがオススメだ。

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潜水艦は21世紀の夢を見るのか?

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 日米で極秘に建造された原子力潜水艦が突然反乱を起こし、独立国家「やまと」と宣言する。世界平和への、長い航海が始まった……。

 潜水艦アクションは、もちろんのこと、21世紀の世界のビジョン、政治、外交などなど、「知的」な要素もてんこもり。このマンガを読んで、新聞の政治・経済欄を、よく読むようになった人って、結構、いるんじゃないだろうか。

 魅力の一つに、潜水艦アクションがある。潜水艦は、相手の姿を見ることはできない。音、ソナーなどで、相手を探り、モニターをみながら戦う。モニターの光が、網の目ののようになって、顔に反射しているシーンもある。潜水艦アクションは、とても、バーチャルだ。海江田艦長が相手を倒していくのは、まるで詰め将棋のようだ。

 もう一つの魅力に、21世紀のビジョンを、この作品が示している、というのがある。次々と、コンセプトが登場するのだ。政軍分離。世界的規模の超国家軍隊。やまと保険。戦争をなくすための抑止力としての、沈黙の艦隊。そして、世界政府。

 物語のラスト近くで、無敵を誇っていた「やまと」は、あっけなく沈み、カリスマ海江田艦長も、植物人間になってしまう。しかし、海江田艦長の夢は、生きつづける。同じ夢を見た人々によって。それが、ビジョンの力なんだろう。

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アメリカモデルとオランダモデル

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 グローバル・スタンダード、とよく言うけれど、実際にはアメリカン・スタンダードだ。日本はこれまで、アメリカをモデルにした社会づくりを進めてきたし、パソコンやインターネットの時代になって、ますます英語が「事実上の標準」言語になるにつれて、アメリカンナイズは加速している。
 では、アメリカ型社会が本当に素晴らしいのか、と聞かれると、そうだ、とは言いきれない。治安は悪い。サイコな事件は起こる。麻薬はなくならない。崩壊した家庭も多いようだ。少年の犯罪もエスカレートしている。日本でも、それを追うように、ハリウッド映画に出てくるような、犯罪や事件が起きるようになっている。

 本書は、アメリカモデルとは世界的に見れば特殊なもので、それとは別に、オランダモデル、というものがあり、むしろ、日本には、オランダモデルのほうが向いているのだ、と教えてくれる。著者は、アメリカのニューヨークで4年半生活し、アメリカのダイナミズムに感動して、長い間、アメリカ的考え方を良し、としていた。それだけに説得力がある。

 筆者が、オランダ・モデルの特徴として挙げている項目のうち、特に印象的なのは、「パートタイム経済」と、「社会悪は根絶せずコントロール(制御)する」という考え方だ。
 フルタイム勤務か、パートタイム勤務かで、給料や年金、その他の扱いに差がつかないようになったおかげで、オランダの人々は、どちらかを選択することができるようになったのだ。このため、パートタイマーは、休みの日には、家族と過ごしたり、あるいは、別の仕事を引き受けたり、と自由なライフスタイルをおくるとができるようになった。
 また、パートタイムが社会的に保証されることにより、リストラで人を減らすのではなく、ワークシェアリングによって仕事を分け合い、失業者を減らすことができるようになった。もちろん、収入は減るわけだが、その一方で、ほどほどに働き、ゆとりを持って生きる、という生活も送れるわけだ。

 また、オランダ人の「コントロール」主義は、売春、麻薬、安楽死などの必要悪を排除するのではなく最小限にしていこう、とする姿勢だ。例えば、アメリカでは、法律で全面的に禁止する、いわば外科手術的方法論をとるとしたら、オランダでは、法律よりも皆でで協議することを重視する、漢方薬的な方法論をとっている。現実に、アメリカでは、どんなに取り締まっても、麻薬、暴力、殺人、児童虐待、売春などは、犯罪が地下にもぐるだけで、撲滅できていないだけに、説得力がある。

 著者は、オランダ社会と日本社会には、共通点がある、という。お上意識が強い、コンセンサス社会である、などなど。
 今後は、盲目的に、アメリカの後を追いかけるよりは、もう一つ、オランダモデルを視野にいれて、相対的に、日本の将来を考えるべきだ。現在、日本でも、リストラと失業率の増加による反動か、ワーク・シェアリングの考え方が、新聞等で盛んに取り上げられるようになっている。だからこそ、オランダモデルについて、今、深く学ぶべきだ。

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夜の前にあったかいコンクリートの前に座って!

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 のちに“夕凪の時代”よばれた時代。
 おそらくは近未来。
 地球温暖化の影響なのか、横浜は海に沈んでしまって、丘だった部分だけが陸地として残っている。
 どうも、文明は、スピードを出しすぎたあとに急ブレーキをかけように、いまは停滞しているようだ。

 そんな時代に、岬のコーヒー屋では、ロボットの"アルファ"が、店を開きながら、オーナーの帰りを待っている。
 客は少ないようだが、ファンはけっこういるようだ。
 ガソリンスタンドのオヤジや、その孫のタカヒロもファンの一人。

 「ロボットでよかった。いくらでも待っていられるから」
 というのは、アルファがいつ帰るかもわからないオーナーを待ちながらつぶやくセリフだ。
 ふつう、ロボットというと、人間よりもズバ抜けた能力ばかりが注目されるけれど、不死イコール死なないために時間が無限にあって、そのぶんのんびり人を待ち続けてくれる、というのも、かなりすごい能力なのかもしれない。
 なかなか気づきにくいことだけど。
 そんなアルファには、月琴で中国のセレナーデをひいたり、不思議な東方系の舞踊を踊ったりするのがとてもよく似合う。

 自分は、アルファとタカヒロが、岬で初日の出を見るエピソードが好きだ。
 こういう季節の年中行事なんてのは、未来になって、ロボットがいるようになっても、あんがい変わらず残っていくのかもしれない。
 このマンガは、ひょっとしたら“近未来歳時記”なんじゃないか、などと思ったりした。

 “癒し”というよりは、ただぼうっとしたい人や、のんびりしたい人にオススメ!

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妙なことでも二人でやればイベントに!

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 子どもがいない比較的若い夫婦、というのはどうもいつまでも学生気分がぬけないようなところがあるのかもしれない。テンションがあがり続ける怒濤の恋愛期が終わっても仲がいいのは、友だち同士になっているからだろう。

 二人で暮らしていると、相手の妙なクセや性格に気づいてしまったりする。結婚式に行くのがめんどうだ、と言っていながら、夜中にこっそりスーツを着てみるダンナ。そしてその行動を見抜いていておちょくる妻。もう、ほとんど無敵のコンビネーションができあがっている。

 また、毎日の暮らしのなかでは、われながらなんでこんな変なことしてしまったんだろう、ということがある。なぜやったのか、自分でもわからない。とうぜん他人から見たら、なお、わからない。そして誤解をまねく。妙なことから風呂場で大騒ぎしているダンナを見て、たまには一緒にお風呂に入りたいのかな、とかわいい勘違いをする妻。二人でいれば、日常生活のなかのこういう平和な誤解とすれ違いは、レクリエーションのレベルに達しているのだろう。

 もちろん積極的に二人で奇妙なことをすることもできる。妻が簡単な双眼鏡で遠い家を覗いている。逆に向こうからはこちらはどう見えるんだろう、と考える。考えるだけでなく、夫を誘って実行してしまう。わざわざ目印となる赤い布を窓にかけておいて、双眼鏡で見たあたりへ歩いて行って、今度は双眼鏡で自分たちの部屋を覗いてみるのだ。自分はこのエピソードが好きだ。まあ、べつにどうってことのない結果になるだろう、というのは見えている。実際に大したおもしろいことにはならなかった。けれども、なんてことのないくだらないことでも、二人でやるとイベントになるのだ。だから二人でいる意味がある、ような気がする。

 最初はべったりとベタがぬってある絵に違和感を覚えるかもしれない。なんだか暗い感じがするし。けれども、中身は大違いだ。ほのぼの、というわけでも、癒し系というわけでもないのだが、思わずくすりと笑ってしまうようなマンガだ。

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手塚治虫はやっぱり偉大だったのだ。

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 代役専門の舞台俳優で、舞台をひきうけると見物客がつけている宝石を盗むドロボー。それが七色いんこだ。

 このマンガは自分が子どものころチャンピオンで連載していた。そのころは手塚治虫さんも晩年のころ。正直、古くさいなあ、と思って読んでなかった。手塚治虫さんも少年誌では苦しくなっていたんじゃないだろうか。
 しかし、いま読んでみると、じゅうぶんおもろしい。びっくりする。これはオトナのマンガだったのだ。手塚治虫が子どもたちの感性についていけなくなったわけじゃなくて、子どもたちの感性が幼児化して、手塚治虫についていけなくなっていただけだったのだ。みくびってしまって反省。
 しかも、この作品は、まだブームになるまえのミステリーだったんじゃなかろうか。古くて新しい。手塚治虫はやっぱり偉大だったのだ。

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紙の本ゆっくりさよならをとなえる

2002/02/28 22:15

所在ない毎日を楽しむ!

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 「センセイの鞄」でブレイクした川上弘美さんのエッセイ。

 川上さんは不思議な人だ。生活感があるのに所帯くささがない。一人であちこちふらふらしているけど、ちゃんと友だちとも遊んでいる。居酒屋と古本屋が好きなようだ。古いものが好きなようだけど、パソコン通信を早くからやっていたり、と新しもの好き? な面もある。奇妙な人と出会うことが多い。たとえば公園に座っていると、妙なじいさんにタバコやビールをねだられたりする。

 本書は、“癒し系”というわけでもない。ただ、なんとなく疲れているときに読みたくなる。読んで、つらい気持ちが昇華されるというわけではない。ただ、所在のない人がいて、途方にくれたり、うろうろしたり、まごまごしたりしている。自分だけじゃなかったんだ。そんな安心感がある。

 しかし、川上さんは、そんな所在のない毎日を楽しんでいる。それだけはマネできない。子どものころ意地悪だった女の子と久しぶりに会うことになって、もうおたがい大人なんだし、そうそう意地悪もされないだろう、と考えていたら、巧妙に意地悪されてしまったりする。そんなことも、ふぅむ、という感じで楽しんでいる。

 たまたまある雑誌で、「猛スピードで母は」で芥川賞を受賞した長島さんと川上さんとの対談を読んだ。長島さんが言うには、川上さんのは「無能文学」かもしれない、ということだ。いい意味での“無能”ということだろう。川上さんも、つげさんのマンガ「無能の人」のファンであるようだし。
 川上さんの小説やエッセイを読んでホッとするのは、なんとなく世の中から一歩ひいたような感じがただよってくるからじゃないだろうか。複雑で不透明でヒステリックな時代や世間や人間関係に疲れている人が多いから、川上ワールドの「あわあわ」とした雰囲気にひかれるのかもしれない。

 本書を読んでいると、辛いことや嫌なことがあって、友だちにグチをこぼしたとき、「がんばれ」と励まされるのでもなく、「たいへんだったね」と共感されるのでもなく、「そういえば、わたしもこんなことがあったよ」と言われているような感覚がする。会って顔をみて話をするだけで、なんとなく元気が出てくる人がいる。当人に向かってそれを言うと、「わたし何にもしてないよ」と言ったりする。本書はそんな人に似ている。

 ちょっと疲れている人や、テンションがあがりすぎて上手くクールダウンできない人、自分からエアポケットにはまりたい人にオススメだ。

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