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先月(2017年1月)

鳩山マチ さんのレビュー一覧

投稿者:鳩山マチ 

1 件中 1 件~ 1 件を表示

紙の本夜のミッキー・マウス

2003/11/12 12:12

なんどでも、読みたい

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

谷川俊太郎の詩は、教科書で読んだ。中学のにも、高校のにも、載っていた。私はそれを試験勉強のために暗記し、演習問題を解いた。谷川俊太郎の詩を、そういう風にしか読まなかった10代の自分はとても不幸だったのではないかと思う。そして心配してしまうのだ。教科書に持っている素晴らしい詩を、私と同じようにしか読んでいない若者がいるんじゃないか、ということを。

大人になってから詩を読むようになって思うのだが、国語の授業で詩の解釈をするなどとんでもないことではないだろうか? 試験もまた然り。試験とは出題者の意図を当てるのが目的だが、そんなことをしても、その詩を「読んだ」ことになるはずがない。
読者は読むというより、言葉を感じる、その感じ方を楽しめば良いのだと思う。感じたことを言葉に出来なくたって構わない。読み方に正解はない。

だから本当は、あらゆる本には書評は必要ないのかもしれない(書評は本の案内だと私は思っているのだけれど、本の案内は時に読み方の誘導になってしまう可能性もあるからだ)。それでも私がこうして書評を書いているのは、せんえつながら、読み方に果てしない可能性があることを伝えることが出来たら、と思っているからだ。

この本のあとがきにこうある。
『「この詩で何を言いたいのですか」と問いかけられる度に戸惑う。私は詩では何かを言いたくはないから、私はただ詩をそこに存在させたいだけだから。』
私の書評よりも、作者のこの言葉が、詩を読む道しるべになるかもしれない。

さて、これは谷川俊太郎の最新詩集だ。いろいろな種類の詩が詰まっているので全体のイメージをひとことで伝えることは出来ない。というか、谷川俊太郎の詩の場合、たとえそれが短い一編の詩であっても、その詩の向こうに広がる果てしのない広がりをひとことで説明することはできない。ここでは、私が深く考え込んでしまった「ちじょう」という詩について話したいと思う。すべてひらがなで書かれた詩だ(なので必然的にゆっくりと読むことになる)。ラスト三行を引用してみる。
『つみをおそれていきるよろこびがあるだろうか
このちじょうはかがくのおしえるほしではない
しすべきものたちのおどるつかのまのあれちなのだ』
現実世界は決して「楽園」ではないことを忘れたいために私は時々読書に逃避するが、ここで現実世界が「あれち」であるとはっきり言われると、とても心細くなってしまう。でも「あれち」なのだ。その「あれち」にいるからこそ、私はこの詩に書かれた現実の辛さ、そしてその辛さの裏側にある美しさに気付く。同じ詩にはこんな一文もある。
『あいにひそむにくしみはてんしにはみえない』
人間にはその「にくしみ」が見える。人間は「あい」だけではなく、「あい」と「にくしみ」が同じ目で見えるのだ。その時、人間の見る「あい」は、あるいは天使が見るものよりも穢れているかもしれないが、より切実でそしてリアルであるに違いない。

私は何かから逃避して、現実世界に戻りたくない時に、この詩を読み返すだろうと思う。何度も読み返すと思う。この詩という存在が私に与えてくれるのは勇気でも慰めでもないが、確かなパワー、であることは確かだ。それは何ものにも代用しがたい。

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