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まりんさんさんのレビュー一覧

投稿者:まりんさん

19 件中 1 件~ 15 件を表示

ワーキングプアを愛し,激励し,包み込む著者に拍手!この本を読んでからというもの,金持ちを見たら意味もなく追いかけたくなるんですが,私の住む田舎町にそんな金持ちはいませんでした……。

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

世の中には1秒で何億というお金が手に入る人も居れば,働けど働けど暮らし楽にならず,を忠実に実行している人もいる。
私は現在,幸いにも(?)正社員として今の会社で働いているが,当然超勤もすれば,超過勤務手当なんて2割しか出ない。別に私だけではなく,うちの会社で働いている皆が入社以来そうなのだから,私はそれで何とも思わなかったし,寧ろ稼動先があるだけでも幸せなほうかもしれない,なんて思っていた。そして我が社の社員の殆どがそう思っているのではないだろうか。
この本の著者は,所謂ワーキングプアと呼ばれる存在をとても愛し,彼らが不得意とする分野,諦めていた分野を開拓し,貧乏は一人じゃないし,正社員であっても貧乏だ,貧乏暇なしにしたのは自分じゃないしアナタでもない,世の中がそうなんだ! だから自分を責めるな! と熱く語ってくれている気がした。私にも自分を責めた経験があり,誰かに「君は頑張っているよ,君は何も悪くない」と言って欲しかった,と思ったことを思い出した。この本にはそれが溢れていて,嬉しくなった。
ただ熱く語っているだけではなく,今辛いならここに相談してはどうだろうか,と,提案もしてくれている。困っている内容が明確であれば,まずはここに駆け込んではどうか,と非常に分かりやすく紹介されているため,とても助かる。思わず私も紹介されていた団体のサイトを開いて真剣に見入ってしまった。
読後,直接何も生み出さない非生産的な金持ちを見たら,無意味に追いかけたくなった。
だって私達は日々何かを生産している。生産して生産して身体を壊し,精神を壊し,それでも自分を奮い立たせ,叱咤し,周囲に気を使い,使えないと言われないように自己鍛錬し,女性らしくという言葉を免罪符にして細々とした面倒臭い仕事をさせられ,それでも笑顔を作り,自分じゃなくてもいい仕事なんじゃないの? と思ってしまうどうでもいい仕事を悲しくもこなしている人が居る。まあ,私なんですが。
読みやすく情報が詰まっており,とても面白かった。
貧乏人として,ひっそりと立ち上がりましたよ私は。
職場の席を。

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紙の本容疑者Xの献身

2008/01/16 16:43

ほぼ絶対に袖触れ合う可能性も無い其処の貴方へ

11人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

貴方がこの書評に目を通してくれたのは,単なる偶然であることに間違いはないだろう。その偶然に感謝する。
万が一にも私がこれまでゆっくりと書き溜めてきた過去の書評に目を通し,私という人間に興味を持って頂いた上でこの文章を読んでおられるのであれば,更なる感謝と共に,騙された気分になってもらってでも構わないから,是非この本を手にとって欲しい。
 
この本は私がこれまで紹介した数々の本の中で最も「相手の趣味趣向を考えずに万人に紹介できる本」である,と私は思っている。だからこそ,私はこの本に関する文章を書きたくなったのだ。
 
どんなジャンルを書かせても上手い東野圭吾の理系推理小説系作品・湯川学シリーズの3作目である。月9「ガリレオ」の原作シリーズの最新作であると述べたほうが分かりやすいかもしれない。近々映画化するという話も聞いた。
「理系出身である自分の知識を駆使した作品を書きたかった」と著者が述べているとおり,如何にして感情を挟まず理屈でトリックを解決するか,という作品で,光の屈折だとか,電流がどうとか,そんなこといわれてもオイラ数学嫌いだからわかんねえよ,と言いたくなる単語が小説の中でいくつも使われているのに,このシリーズはそれを目にするのが全く苦にならない。逆に,こんなに面白い小説があるのかと感動を覚えたので,「探偵ガリレオ」「予知夢」そして「容疑者Xの献身」という発表された順番で読んできた。
 
結果,その順番で読んで正解だったと思っている。
前の2作品についてはどちらを先に読んでも構わないが,私としては絶対に湯川先生シリーズを読む3冊目にはこの作品が来るように計算して読んでいただきたい,と思う。その理由は,前2作は短編集であり,1つの物語の内容が所謂連続ドラマの1話分に相当する。「容疑者Xの献身」はその連続ドラマの映画化に相当する内容,とでも考えて欲しい。
 
前2作には殆ど犯人や探偵・助手役の心理的葛藤が描かれることはなかった。「何か犯人にとって都合の悪いことがおきた」→「よって被害者を殺した」→「探偵役が科学によって解決した」→「犯人ガッカリ」という流れでストーリーが進む。いやしかしそれはそれで日本が誇る何でも上手に書ける作家・東野圭吾,やはり読ませてくれるのである。寧ろ,本著を読むまでは湯川先生シリーズのこのシンプルな展開がとても気に入っていたため,「濃厚な心理描写!」「泣いた!!」とあちこちで聞く評判の前に,私は足踏みをしてしまっていた。
 
いよいよ「予知夢」を読み終わり,「容疑者Xの献身」に手を伸ばさなければならなくなった。この時点で私はあまり期待していなかった。「泣ける!」と紹介されて読んだ本の中に,私を泣かせたのは1割にも満たなかったという過去の経験から,その部分については期待していなかった。また,ベストセラーが必ずしも面白いわけではない,ということも知っている。
そして私は3時間少々で読了した。
ストーリーについて詳細に語りたいが,そうすると止まらないので,敢えてやめておく。ラスト30分間は泣けて泣けて涙が止まらなくて,始まりも偶然なら終わりも偶然という必然性に咽が震えて更に泣いた。「容疑者Xの献身」の前に泣いた本は同じく東野圭吾の「手紙」だったが(私は東野圭吾に泣かされてばかりいる),「手紙」が自身を重ねて号泣するのと違い,登場人物たちを想って泣いた。
 
まさにラストまでのテンションは圧巻だった。それこそ映画を観ているようだった。
大多数の推理小説がそうであるように,犯人は追い詰められ,探偵役によって事件の真相が80パーセント暴かれる。不遇な人生を歩んできた数学の天才である犯人は,犯した過ちによって身柄を確保されようとも,思考の中で自分は自由であるから決して不幸せではないと自分に言い聞かせる。自己に対する身柄の不自由さなんて,守るべき者たちが幸せになるのであれば何ら問題ではない―――――
 
それが「愛」であるのなら,他の登場人物の「愛」はどのように表現され,物語が終わるのか? ここまで読んで下さった貴方なら,きっと気になって仕方ないのではないだろうか。安心してこの本を手に取って欲しい。前述したように,この本は私が責任を持って貴方に薦めることができる,数少ない本である。そして貴方自身でこの物語の結末を確かめて欲しい。
何度も言うが,このシリーズはどれも面白い。保証する。しかし,前2作を読んでから,この本を読んでいただきたい。その方がこの本の素晴らしさを何倍も味わうことができる,と,私は声を大にして言いたい。

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紙の本有頂天家族 1

2008/03/11 13:16

この門をくぐる者は一切の高望みを捨てよ

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この本は,破天荒である。

 いつかは読まなければならない日が来ると思っていて,いざその日が来て颯爽と過ぎ去った今,短くかつ幸せな読後の余韻に浸っている訳だが,まだそのふんわりした気持ちが抜けないうちに,この気持ちを文書にしたいなあ,と考えこれを書いている。
 
 登場人物の殆どが人類ではなく,狸,天狗,元人間(今は天狗?)等錚々たるメンバー。
 ここで貴方は試されている。この世界に触れただけで「ナニヨコレ!」と本を壁に投げつけるようでは貴方の度量が分かるというものだし,ならばそもそもこの本を手にした自分を叱るべきだ,と私は思う。だがご安心を,この作家はそんな不条理をまるで踊りを踊っているような感覚で読ませてくれる稀有な作家なのだ。
 
 狸が可愛い。
 主人公は狸であり,(狸界の)由緒正しい家柄の三男坊である。
 彼には淡い初恋の思い出もあり(相手は元?人間),父の仇を討つという使命もあり(仇も狸),ステキでカワイイ許婚もいる(もちろん狸)。彼には,雷には弱いけど強くて優しい母,真面目過ぎる長兄,悩みすぎて蛙になっちった次兄,そしてまだ小さくて愛らしい毛玉な弟(当然全部狸)がおり,彼らを巡る面子が元人間だの,天狗だの,妖怪のような人間に意地悪な従兄弟等,愛らしい魑魅魍魎。私達の肉眼では見えない世界,視界に入らない世界で繰り広げられるスペクタクル。
 世界は狭い,いや広い,と思わせる筆力にはただただ脱帽である。
 
 物語としても一級品。
 母の愛,兄弟の絆,陰謀そして淡い恋。狸の世界,見えているけど見えていないだけかもしれない世界の中の物語。最初緩やかに始まる物語はテンポ良く加速していき,辿りつく先には,昔懐かしいお風呂屋さんの壁画のような,天晴れな風景が見えてくる。狸万歳。
 
 森見作品の素晴らしさは,『世の中は不思議に満ちている?』と首を傾げつつも頷きたい気分にさせてくれるところにある。
 例えばこう、ふと目線を下に落とすと,アリが床を闊歩していたとする。私とアリは運命的にも目線を合わせたかもしれないが,私は当然気が付かない。そもそもアリの目がどこにあるかも分からない。一方,私の視線に射すくめられたアリと言えば生命の危機を感じたかもしれないし,もしかするとその瞬間,種を超えた愛が彼に芽生えていたかもしれない―――――なーんて考えただけで身体がふんわりしてしまう。(そして『私にアリの愛が届くのか』という別の物語が生まれる)
 
 読み終わると,「絶対ない」と否定できないところに物語を、面白みを感じるようになる。それがどんなに馬鹿馬鹿しいものであっても,楽しければ,面白ければそれでいいのではないだろうか,と考えるようになる。
 本にはいつだって,不思議と愛が満ちている。
 
  
 この本は,愛すべきモノである。

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紙の本ラヴレター

2003/04/16 22:02

失恋に効く薬。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

一言で表すなら、失恋物語である。
しかし、こんな優しい失恋ならしてみたいと私は思ってしまう。
失恋は痛い。でも、この失恋はとても優しい失恋なのだ。

結婚を考えていた恋人が山で急死し、彼の思い出のアルバムを見ていた女性は、その住所宛てに恋人に向けて手紙を出す。数日後、死人から返事が女性のもとへ訪れる……訳が無い。それを書いたのは恋人と同姓同名の中学時代のクラスメイト。藤井樹「さん」という同姓同名の女性だ。運命である。

女性と樹さんは文通を始める。
女性のフィルターを通してその恋人である「樹くん」が語られていくうち、樹さんは中学時代の「樹くん」を徐々に思い出していく。それは図書館での1シーンであったり、夜の自転車置き場でライトを照らしながら見たテストの答案であったり、クラスメイトに仲を疑われ、からかわれた日であったり……。

この物語を知ったのは、当時テレビで繰り返し放送されていた映画版の予告編である。雪が降り積もる中で佇む主演女優の横顔が、高校2年生の私の瞳にとても美しく映り、魅入られた私は映画の公開を待てず、小遣いを握り締めて本屋へ原作本を買いに行った。
あの頃の私が繰り返し読んだのは、全て二人の樹が織り成す想い出話の部分だ。そのやり取りは17歳の私にとって本当に魅力的に映り、淡々とした会話が逆にとてもドラマチックで、まるで自分の思い出のような気分になった。

最近読み返してみたが、やはりこの物語は優しく、懐かしかった。
いつ読んでも、キレイな物語だなと思う。
今では私も主人公である二人の女性と同じ歳になってしまい、初読とは違って女性たちの視点で物語を読むようになっていた。歳を取ったなと思う。
今度失恋した時に備えて、枕の横に置いておくことにする。
そんな私たちのために文庫化して貰ったんだと、都合良く考えるのもアリだよね。

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いつも上天気 1

2003/04/01 11:34

海だけは変わらずに、僕らを見ていた。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

泣かない子供が増えていると、どこかで聞いたことがある。
それは「泣かない」ではなく、「泣けない」のではないだろうか。
彼らはきっと、死角となった部屋の隅で、誰にも見られず泣いている。
膝を曲げて、小さくなって、小さい身体を更に小さく小さく折り曲げて。

主人公はそんなタイプの少女だった。
海辺の街に育った彼女は海辺に立つ音楽学校へ通い、音楽と共に日々を過ごす。
自分さえ楽しく、何の悩みも無いかのように楽しく大口を開けて笑っていれば、
それだけで周りが、そして自分が幸せになれると信じていた。
だけどそれは間違い。
少女は、人知れず苦しんでいた。ずっと。
自分は誰にも愛されない。
自分が愛する人々は、絶対に私なんか好きになってくれない。愛さない。
だけどそれは誰にも言えない。
「バカでマヌケな自分」という殻でコーティングしなければ、
誰も私なんか、見向きもしないだろうから。

この物語は、そんな彼女と彼女を見守る少年が織りなす大河ドラマである。

愛する人々が自分を振り向かないと思う絶望感。
愛する人々に災いが降りかかった時、
それは自分が誰かを深く愛してしまったせいだと思う絶望感。
だから私は誰も愛せないと思う絶望感。
それを抱えて少女は笑う。腹を抱えて笑う。
大笑いしている自分を演出して、見せつけるかのように。
私には愛する人なんかいない。
だから神様お願い、誰も深く傷付けないで。

「なんて切ないドラマだろう」と、私は思う。

救いは、そんな彼女を常に見ていた少年が居たことだ。
ドラマは、少年のナレーションから始まる。

悲しい分だけ笑い、その分だけどこかで泣いている少女が居ることを、
どうか、あなたにも気付いて欲しい。分かって欲しい。

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紙の本海辺のカフカ 上

2003/03/31 22:12

そして終わり、そして始まる。

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

進まない時間を抱えて生きていた少年と老人がいた。

少年は時間を進めるために、ある日、家を出た。
それまでの15年間は、時間を進めることばかり考えていたので、
少年は何にも染まらず、酷く透明な人間になってしまっていた。

老人は時間を止めるために、ある日、家を出た。
老人の時間が幼い頃に止まってからというもの、そのままの状態で時が流れた。
それは無期懲役の受刑者と同じで、あまりにも長い時間、透明であったから、
老人は次第に、色が付く事を恐れるようになった。

二人はほぼ同時期、それぞれ家出をした。
勿論、透明な自分に合う「色」を求めて。

この本は、私が今までに出会ったどの本とも違う、
「始まり」と「終わり」の物語である。

読み進めていくうちに、少年の時間が徐々に動き始めるのが分かる。
少年は行動し、悩み、出会いと別れを経て、苦悩し、また歩き出す。
そんな少年に自分を重ね、まるで自分を読んでいる気になる。
夢中になって貪ると、少年は消え、老人がページから顔を出す。
長い人生で色に染まることの無かった人間は、こんなにも儚くて優しいのか。
読者は老人が欲するモノを手に入れさせてあげたい、と願うだろう。
手に入れたとき、老人の時間が終わることを読者は知っている。
だがその瞬間、私達は幸福な傍観者となる。

無関係だった2人の人生が絡み合い、彼らの周囲も劇的に変化していく。
それらが絶妙なバランスをとり、物語の中に読者を上手く受け入れてくれる。

私達は常に始まることへの期待と不安を抱えて生きている。
始まりと終わりの持つ切なさを描くことで、著者は読者に向けて、
こんなメッセージを残したかったのではないだろうか。

「精一杯生きなさい」

心の空腹感が思いきり満たされたような読後感は、癖になる。

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紙の本博士の愛した数式

2004/06/20 10:31

優しく微かに発光する、「マル」。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

映画を観ていたようだった。

私は学生時代、数学が大の苦手であった。
テストの度に台風が来ればいいのにと思っていたし(延期になるだけなのだが)、数学なんて普段の生活に全然役立たず、強いて言えばスーパーに行って、おつりが計算出来ればそれでいいと思っていた。
そんなだったから、高校を卒業する頃には、私の頭の中に数式なんて残っておらず、大学では一切『数』とつく授業は取らなかった。

この本を友人に勧められた時、タイトルだけ聞いて数学入門書だと勘違いした。
勿論その時は適当に笑顔を作り、相づちに終始した。

レンタルDVDを返却するために出向いた複合型レンタルショップの書籍コーナーを徘徊していた時が、私とこの本の初対面現場だった。
「ああ、これか」と何も考えず手にとった。

『彼のことを、私と息子は博士と呼んだ。そして博士は息子をルートと呼んだ』

これがこの本の出だしである。

人にも第一印象があるのと同じで、本にもそれがあると私は言い続けてきた。
この本のそれは「マル」だと思った。
まず、角がなく、かといって形はそんなにはっきりとしておらず、おぼろげで、淡く発光しているような感覚を覚えた。
言葉にすると、「優しい」が一番近いかもしれない。

私は今日までにこの本を3度読み返した。

まず書籍コーナーの新刊棚で、出会い頭、2時間かけて立ち読みをしてしまった。
私は立ち読み客であるにも関わらず、直立不動の状態でハンカチで涙を拭いては読み進め、段々と手に持っていたヘルメットやら、鍵やら、財布やらを足下に置き、読み終わるまで店内に居座る嫌な客と化した。一端手を止めて、購入して家でゆっくり読もうという気は微塵も起きなかった。博士とルート君と「私」さんの心の交流が温かくて暖かくて、まるで数式を愛する博士が数学という分野に持っていた愛のように、私はこの本を読み進める手を止められなかった。
最後まで読み終わり、私は読み終わった本をすぐにカウンターに持っていき、カバーを掛けて貰い、DVDを返し、家に戻り、ニューシネマパラダイスのサントラを聞きながら、ベットの中でまた読み返した。そしてまた今日も読み返した。友人にも勧めた。

本文253ページの間に、様々なドラマが詰まっている。
作者の力量も勿論だが、数字を可愛いと思ったのは初めてだ。

私はこの本の御蔭で、いくつかの数学用語を知った。
その一つが双子素数。
私の無知を笑わないで頂きたい。
だって、これまでの人生で数学は敵だったのだから。

「双子素数がおそろいの服を着て並んで立っている」
想像する。
「41」と「43」という双子の姉妹が、並んで立っている姿。
なんて可愛いんだろう。

この本は、読む人毎に微妙に違う物語になると思う。
それは、読者の想像力によって補う部分が多いから。
帯に「ラブスートーリー」と打たれてはいるが、私が読んだ『博士の愛した数式』という本は、そうではなかった。しかし、不思議なことに読む度に感覚が変わってくる。次読み返す時、ラブストーリー編になっているかもしれない。

こんな素敵な本を紹介しない訳にはいかない。


特に数学から目を背けてきた、アナタ。
是非読んでみて下さい。
勿論ストーリーも素晴らしいのですが、それを彩る数字や数式、これらがなんと不思議な事に、愛らしく、美しく見えます。
ヒトヨヒトヨニ…ルート2のことは覚えてますよね?
そのルート2を守っている「√」、

『何でも匿ってやる寛大な記号』

なんだそうです。
「√」が数字のお母さん代わりだったなんて、素敵な発見だと思いませんか?

この本には、そんな世界が一杯です。

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紙の本本格小説 日本近代文学 上

2003/05/24 10:28

「よう子ちゃん、太郎ちゃん、雅之ちゃんの三人が、手と手を取り合って濃い霧の向こうの眩しい光の世界へと掛け抜けていってしまったような気がしました。」

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

読んだ。とうとう読み終わってしまった。

私はこの物語は相手(敵)のいない将棋のようだと思った。
陣地を守る(もしくはこちらへ攻め込もうとする)相手がいないのだから、兵隊は思うように動くことが出来る。歩も飛車も角も、金も銀も王将も。後退する必要がないので、ひたすら前進を繰り返す。やがて、そこが盤上であることも忘れて……。

「大切な人のために」何かをしてあげたい、プレゼントしたい、教養を高めたい、そういう気持ちは昔も今も変わらない。そして、それは生きていく原動力になり、生命力となり、明日への糧となる。見える物が欲しい訳でもなく「大切な人」から「凄いね」「自慢だ」「誇りだ」と言われたい。
それは日本では実現しない。だから僕はアメリカへ渡った。

人は凄い。幼い頃にふと漏らした一言が、このように他人の運命を動かすことになる場合もある。その渦が大きければ大きい程、渦に巻き込まれる人間も増え、ドラマは生まれる。
そう、それがこの物語だ。

読了して、「誰も報われなかったな」と思った。
だが、幾等私のような外野が彼らの物語についてどうこう言おうとも、幸せかどうかは、登場人物である彼らだけが知り得ることであると、直ぐに考え直した。

読んでいる間、私は語り手達の聞き役だった。語りが全て終わった時、ああ、リアルだと思った。だから、外野という言葉がすんなり出てきたのだと思う。

是非、聞いて頂きたい。
語り手達の声は、とても澄んでいる。

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哲学者かく笑えり

2003/04/28 10:51

「有り得ない」

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

私の大好きな、土屋教授のエッセイである。
そしてこの文庫は、私が土屋教授の全著作を揃えたきっかけとなった「働く女性の意識調査」というエッセイが掲載されていることから、土屋教授作品の書評を投稿するとしたら、絶対にこの本から書くと決めていた、思い出の(?)文庫だ。

この方のエッセイは決してくだらなくなんかない。少なくとも私は1度もくだらないなんて思ったことはない。ただ、こんな人が近くにいたら嫌だなと思う。本を通しての対岸の火事であるから大笑い出来るのであって、もし私が飲み会の幹事で、上司に会費を取り立てに出向いた時、「私は去年のうちに今年の会費を支払っているから、今年は払わない」なんて言われたら、きっと苦笑いしか浮かべることが出来ないだろうと思うからだ。

私は「働く女性の意識調査」に出会ってからというもの、この本を老若男女問わず薦め続けた。このエッセイ最高なのよ!と。しかし、私の気持ちを分かってくれる大人はほぼ皆無に等しかった。「くだらない」「意味分からん」「こんなの読んでるの?」と可哀想なものを見る目で見られたこともあった。賞賛してくれたのは岡田あーみん好きの友人と、どんとこい!超常現象を購入した友人だけだった。どうしてだろう。こんなに面白いのに。

皆様のご判断を仰ぐため、名作『働く女性の意識調査』の一部をここに抜粋する。
----------------------------------------------------
彼女たちの気晴らしを尋ねたところ、
圧倒的に多くの者が「その他」に気晴らしを求めていた。
◇気分転換に何をしていますか
相撲(0%)
爬虫類の研究(0%)
道路工事(0%)
詩作(1%)
哲学(1%)
その他(98%)
----------------------------------------------------

意味もなく「有り得ない」を口癖にしている人が増えていると聞く。
実は私も読み終わってすぐに使ってしまった。

「こんなの、有り得ない!」

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紙の本おしいれのぼうけん

2003/04/01 13:41

今でも夢に見る。

1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

私と言う幼稚園生は、それはそれはイヤなガキだった。
「おひるねのじかん」は先生たちの休憩時間であることを知っていて、
昼寝せずに、先生たちからお菓子のおこぼれを貰っていた。
水飲み場の蛇口を押さえて、スプリングラーのように水を飛ばすのが好きで、
周りを水浸しにしただけでは飽き足らず、砂場をプールにしたこともあった。
勿論問題児認定され、毎日叱られた。

先生たちは、
「コイツをどうにか大人しくさせなければ!」
と思い、色々思案されたに違いない。
1日ブランコ搭乗禁止等色々してみたが、ダメだった。
そして気が付いた。
そういえばコイツは最近、字が読めるようになって嬉しくて仕方ないらしい。
「コイツに本を与えておけば、黙る。」

先生はノンタンシリーズから餌付けを開始し、幼稚園生は夢中になって貪った。
何冊目かに与えた本が、この物語だった。
この物語に出てくる二人も、問題幼稚園児である。
幼稚園生は読後、初めて先生が怖いと思い、
「この幼稚園に押入れが無くて良かった」と胸を撫で下ろした。

それから幼稚園生は、押入れの中だけでなく、
壁のシミ
トイレの通気溝から聞こえる隙間風の音
ドアのノックする音
廊下を歩く足音
母親の顔
などなど、それこそ数え切れない程のものを怖がるようになった。

この本は、子供初心者が恐怖というアイテムを手に入れる参考書である。

わんぱく幼児をお持ちの優しいお母さん、素敵な先生、1度お試しあれ。
その証拠に、私は数十年間この本の存在を忘れたことがありません。
多分、死ぬまで忘れないと思います。
ああ、怖かった。

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最高の足、そして、最高のドラマ。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

思えば私は、辛い「走り」しか経験したことがない。

運動が苦手な私は、小学生の頃はいつもマラソン大会をどうやって休もうか考えていたし、中学生の水泳大会ではわざと運営委員に立候補し選手として出場せず、高校生になると、バレーボール大会自体を原動機付自転車の免許を取る為、自主的にサボった。あまりにもマヌケである。

ここに、1人の黄金の足を持った少年が居る。
彼の名は——壱岐雄介。
日本海の疾風(かぜ)と呼ばれる、一人の海人(いや海少年と呼ぶべきか)である。

彼の走りは日本海の疾風そのものであり、強くピリピリし、そして、優しい。
その周りには、
優しく聡明な兄
最愛の父親の死因を作り、それを悔いて居きる少女
獰猛なライバル
そして、共に走る仲間達
それらが音を奏でる。そして旋律になる。

少女は疾風を愛し、兄は少女を愛した。
そして疾風は———。

私は一番この23巻が好きだ。
想いを背負って走る姿は美しい。それがひしひしと伝わってくる。
ただ美しい。

この本を読むと、私も一緒に走っているような気がする。
実際にカロリーも減ってくれるといいんだけど。

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紙の本幻詩狩り

2007/06/18 21:41

そして舞台は思わぬ方向へ飛び,ああ,ファンタジーね,と思う。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ファンタジー,ああ,ファンタジーね,と思った。
率直に感想を述べさせていただくと,このような言葉になる。ファンタジーを軽視しているわけではなく,読後魂が抜けたような,魂がふわりと浮いたというか,そんな感じを表すなら、ファンタジーかな,と思ったのだ。
実際読み出してからは一気に読んでしまった。
舞台が目まぐるしく変わるのに,それが全く煩くない。
ハードボイルドかと思えばダヴィンチ・コードを思わせる知的な外国人たちのやり取りになり,それが時を経て現代日本にたどり着く。そして物語は更に舞台を変え————
物語はある詩を軸にして動き出す。
その「詩」がとても印象的に語られるのだが,果たしてそれがどこでどう威力を発揮してくるのかが気になって仕方なくなる。それを知るためにはどんどん読み進めていかなければならないのだから,当然その手は止まらない。しかし,「詩」を軸に最初に語られた視点が後々になって徐々に生きてくるので,全く違う時代設定かつ場所であるのに,それらがバラバラにならず,ひとつのストーリーとして生きてくる。物語はどんどん佳境に向かって疾走し,読み手である私は芥川龍之介の有名な小説『蜘蛛の糸』の主人公の如く光さえ届かない深い深い崖の下に突き落とされたかのような感覚に陥る。
そして,時は動き出す。
「ファンタジーであるということは,先が読めないということなのだ。」
という言葉を捻り出すのに私は20分も掛かってしまった。ファンタジー小説というのは「幻想的な小説」のことを言うのだと,私の電子辞書が教えてくれた。幻想が想像であるとすれば,その小説は想像力の赴くままに書かれたものである,と思う。この小説はまさにそうだと感じた。
現実ではない。
だからこそ先が読めず,別々のストーリーが独立しているにも関わらず,軸である「詩」がそれらを強く結びつける。想像力の世界は無限であり,約10年前に書かれたものとは思えないくらい自然に読むことができたのは,作者の力量であると思う。
ああ,良いファンタジーでした。

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紙の本煙か土か食い物

2003/06/15 09:38

ジェットコースタードラマって昔ありましたよね。あれ、ハマりませんでした?

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「えー! アンタ本なんて読むの?! マンガしか読まないと思ってた!」

こんな風に言われたこと無いですか? 無いですか、そうですか。
私は数え切れない位あります。
そりゃそうです、人前で「じゃー今から本読むから見ててね、どっこいしょ」なんて読書しませんからね。家に帰り、誰も居ないところで一人楽しんでます。ていうか、マンガは本に入らないんですかね。面白いんですけど、どちらも。

そんな私が会社で先輩に呼びとめられ、いきなり廊下でこの本を渡されました。
「オマエが読みそうな本なんだ」
「はあ、怖い本ですか? トイレ行けなくなるから嫌です」
「それがさ、スーーーーって一気に読めるよ」
訝しげに私は先輩と3秒ほど目を合わせた後、じゃーお借りしますと言って踵を返しました。

いやー、これ面白い!
私はどちらかと言うと、物語には偏屈な程完璧で簡潔な整合性を求めるので、涙を飲んで評価の★を1つ減らさせて頂きましたが、物語は常にハイテンションに進みます。テンション高いのは主人公だけなのですが、主人公の視点で進んでいくので、物語も常にハイテンション。周りの登場人物は真面目でテンション低い人物とイカれた人物だらけ。「なんだこれ、こんなのアリかよ!」が後から後から出てくるので、もうそんなの慣れっ子になってしまう自分が凄い。そしてそれが気持ち良いのです。ランナーズハイの状態って、こんな気分なんでしょうか。
家でこの本を読んでいる間、私は何度も、
「すげー!」
と言ってしまい、母に、
「すげー、なんて言うのやめなさい」
と窘められました。
家族と同居されてる方、この本をリビングで読むのは止めましょう。

たった今読み終わったので、これから本屋へ行ってこようと思います。
だって「すげー!」んだもの。これは一種の麻薬ですね。

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紙の本手のひらの蝶

2003/06/15 09:03

ここではない何処かで、もし出会っていたなら。

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何故こんなにも、淡々と静かなのだろう。

この本は「少年の母親殺し」と「連続婦女暴行殺人事件」を軸に描かれる人間模様である。

母親の惨殺現場で血だらけになりアイスピックを持って佇んでいた少年が保護され、主人公の女性精神科医と出会う。彼は事件のショックから心を閉ざしていたが、そこに彼の事件を担当している刑事がやってくる。女医と刑事はお互いに惹かれあるようになるが、また更に婦女暴行事件の犠牲者が現れ、事件は思わぬ方向へ。被害者たちの共通点は香水? 母親殺しとの繋がりが見え隠れする中、主人公は真実に突き当たる。

キーワードは「虫」。

人間は命あるものを踏み躙った時、少なからず動揺する。
それが心の葛藤を生み、孤独を生み、思考能力を低下させ、「狂う」。
だがそれは人間だけだ。
自分が生きる為の手段としての殺戮は、どこの世界でも毎日行われている。
それが普通であり、平穏であることを忘れてはいけない。

猟奇的殺人が何件も起こる中、最後まで静寂が流れている。
私にはそこが怖い。

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紙の本顔 FACE

2003/04/04 18:03

スーパーマンは実在しない。ゆえに、スーパーウーマンも実在しない。

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あなたは初対面の女性の職業が「婦警さん」だと知った時、
きっと特に何も考えず「凄いなあ」と思うでしょう。
次に、目の前にいる女性のことを「凄い女性」だと思うのでしょう。
そして、畏怖の目で見るのでしょう。

警察小説の名手として名高い作者の、
これまた珍しい女性警察官を主人公とした小説である。
主人公はどこにでもいるような、本当に普通の女性。
カッコイイ人に憧れるし、カラオケで熱唱し、飲んだくれたりもする。
同僚の怪我を自分の痛みと思って泣き、
「これだから女は!」と決め言葉を言われて何も言い返せぬまま、
部屋に帰って泣いたりもする。
手柄を立てれば男性はおろか、同僚の女性にまで妬まれたりすることもある。
拳銃が怖いと言って、女性の先輩に
「男性社会で働く女性としての自覚が足りない!」
と、どやされる姿が、何ともリアルで困ってしまう。

そんな彼女が持ち前の似顔絵作成能力と推理力で、
事件とその裏を見ぬいていく姿が気持ち良い。

どうして作者はこんなにも登場人物をイキイキと書けるのだろうか?
一気に読める文章の巧さと爽快な読後感が、もう本当に素晴らしい。
主人公はきっとこの日本の何処かに今も居て頑張っているはずだ。
でなければ、こんなにリアルなはずがない。

男が怖いものは、女だって怖いんだ。
男が嬉しいと思うことは、女だって嬉しく感じるんだ。
男は頑張っている。けれど、女だって頑張ってるんだ。

主人公の頑張りを読んでいて、ふと、隣に座る男性にそう言いたくなった。


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