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レビューアーランキング
先月(2017年4月)

T.S.さんのレビュー一覧

投稿者:T.S.

5 件中 1 件~ 5 件を表示

紙の本法隆寺への精神史

2002/02/25 01:55

法隆寺論をめぐる日本人論

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 「法隆寺のエンタシス(丸柱)は、ギリシアにルーツがある」という説。誰もが一度は聞いたことあるのではないだろうか。私自身もどこで聞いたか記憶はないが、いつのまにか知っていた。本書はこのエンタシス伝来説を中心とした法隆寺論の歴史的変化を追った仕事である。勘違いしがちだが、著者の仕事の焦点は、エンタシス伝来説を科学的に白黒はっきりさせることではない。また、法隆寺建立時代の一次文献にあたり新たな法隆寺論を展開することでもない。あくまで、近代における多くの人々による法隆寺についての語られ方の歴史的変化を追うことである。著者は法隆寺のルーツや歴史でなく、あくまでそれを語る人々や社会に興味をしめしている。

 本書によれば、エンタシス伝来説は十九世紀後半の西欧列強に追い越せという時代には高い評価を受けるが、戦前から戦時中のナショナリズム隆盛下においてはむしろ黙殺される。この時代、かわりに評価を受けたのは「法隆寺の伽藍配置は、シンメトリーをくずした形式を好む日本で作られたオリジナルである」とする法隆寺=日本起源説である。法隆寺論は「西方伝来説」と「日本起源説」という相反する説が、ある時期を境に手のひらを返したように主張されるという奇妙な現象が起きている。
 著者はこの奇妙な現象を、法隆寺論が時代背景に影響受けるという、最近の社会構築主義やポストコロニアル批評とも少なからず通じると思われるスタンスで説明する。また、科学的中立であると思われている学会の(「学会の動向」ということばに象徴されるような)多くの人間が関わることによる非科学的側面で説明を試みる。

 「法隆寺のエンタシスは、ギリシアにルーツがある」という説を出発点として、これだけ深く近代日本人の精神史を議論できるのは驚きであるとともに、建築史を大学で専攻した経歴を持つ著者以外にこのような仕事をなしえなかったのじゃないかと思う。

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鮮やかな視線の変換

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 猪瀬直樹氏の著書はいつも視線の変換を教えてくれる。丁度、白地部をみてたら壺のようだけど、黒地部に視線を変換したとたん向かい合う顔にみえる不思議絵のように。
 もともと『日本国の研究』として発表された本書において、著者は特殊法人や公益法人といった視えにくいシステムを鮮やかに解明してくれると共に、新たな視点を与えてくれる。
 身近な例でいえば、高速料金を払うこと、免許証やパスポートを更新すること、車検を受けること、資格を取得すること……など、だれもが当たり前だと思うことが、当たり前でないと気づかせてくれる。

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2分法を超えて

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物事を2項対立で考えることは、思考を整理するうえで極めて有効だ。
現在の経済学においても次のような2分法的思考が多く使われている。
新古典派vsケイジアン、市場原理vs政府介入、小さな政府vs大きな政府、競争vs平等、市場的効率vs所得再分配による公平、規制緩和vs公共事業政策…
しかしながら、経済学を特に次のように捉えた場合、つまり現在日本の抱える大きな、しかも早急に解決すべき問題を考える学問と捉えた場合に、上記のような2分法的な思考で大丈夫だろうかと少なからず思われてくる。
なぜなら、現代の日本への処方箋としては、右に行くか左に行くかの議論ではなく、少なくとも前に行く議論が必要だからだ。

現在の経済学者の多くが先の2分法のどちらか(広い意味での新古典派かケイジアンのどちらか)を擁護する立場で物事を語る中で、本書はそのどちらにも属さない著者による現代社会への処方箋といえる。

著者は、市場主義を批判するが、なくせとは言っていない。一方で福祉的な視点を常に忘れないが、モラル・ハザードも鋭く批判する。先の2分法を拒むことに由来するあいまいさが、議論を分かりにくく感じさせるかもしれないが、じっくり読むことで、新古典派とケイジアン双方の議論の利点と限界が見えてくる。そして、両者の利点を生かすという難題について考えるいい機会をつくってくれる。

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“数式を用いた”金融工学入門

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 数学は便利な道具だと思う。しかし、世の中の経済入門書には“数式を用いないこと”を売りにしているものが極めて多い。それだけ数式アレルギーの方が多いということだろう。ただ、マクロやミクロ経済学ならまだしも、数式を用いずに金融工学に入門することは極めて困難じゃないんだろうか。
 本書は最初から大量に数式が登場する。そういう意味で、数式アレルギーの方にはつらいんじゃないかと思うかもしれない。しかし、本書には仕掛けがある。それは、Excelを駆使する点である。だから、数式に眠くなったらExcelで遊んでいればいいのだ。
 そうこうするうちに、金融工学の入門書で神聖視されている場合の多いブラック=ショールズの方程式もたいしたことなく感じてくるから不思議。
 著者のやや饒舌な語り口も、そっけない数式へのよい味付けとなっていると、読み終わる頃には感じられてきた。

 なお、本書を読んでも、ブラック=ショールズ理論の応用、オプション価格問題等が解けるようになるわけでもない。あくまで、(ブラック=ショールズ方程式も包含される)確率微分方程式への入門書と捉えるほうがよい。ただし、ブラック=ショールズ理論に入門する前に本書を読むことは極めて有益だと思われる。

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紙の本文壇アイドル論

2002/08/28 23:56

「作家論」論

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本書は著者も述べているように「作家論」ではなく「作家論」論である。
作家の作品や著作を頼りに作家について語る通常の「作家論」というスタイルをとらず、作品や著作や作家について語られた文章を数多く(文芸誌、新聞、週刊誌など数多くのメディアから)掻き集め、それを頼りに作家について語ったのが本書です。

作品や著作は唯一普遍なものだが、それについて語られた文章は千差万別で、当然それを語る人、語られたメディアの立場、また語られた時代にもよる。つまり、本書は作家を作り出した(また時に黙殺した)人々、ジャーナリズム、そして時代について語られた書といってよい。

ただし、著者はやはり文芸評論家。もちろん本書には上記のような「作家論」論の影に、著者自身の「作家論」が見え隠れしている。このことが、「作家論」論という社会学的な試みをやや中途半端に感じさせているようにも思うが、本書を面白くしているのも事実である。

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