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ゆみゆみさんのレビュー一覧

投稿者:ゆみゆみ

10 件中 1 件~ 10 件を表示

紙の本溺レる

2002/03/31 23:43

くすぐったい

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 表題作の「溺レる」は、なにかから逃げている男女の物語である。トラックに乗せてもらったり、新聞販売所で働いたりして、二人は淡々と逃げていくのである。
 二人がなにから逃げているのかなんて、野暮なことを考えるのは止めよう。「溺レる」を読むときは、とにかく作品に流れる時間に身を任せてみるのである。すると、頭のなかを撫でられているような心持になってくる。気持ちよくて、更に身を任せていると、今度は心をくすぐられるのである。ああ、なんていい気持ち。
 川上さんの優しい言葉の文章の底には、そこはかとない快楽が潜む。ふわふわあわあわと読みながら、私はその快楽にいつの間にやら溺れているのである。頭を愛撫されて、心をくすぐられて、気持ちよくなって、ますます川上さんの小説を読むのである。「溺レる」は、その快楽具合が、もっとも深い。だから私は、はまってしまった。もう何度も読んで、何度も愛撫されて、くすぐられている。そのたびに新しい官能を発見して、ますますはまってしまっている。
 逃げる男女の会話に笑い、行為に泣く。そしてそこに流れる時間に、身も心もゆだねてしまう。なんて贅沢な時間を過ごしているのだろう。
  
 

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紙の本竜宮

2002/08/28 21:57

島崎にて

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 川上弘美という小説家は、人間以外の生き物たちを描くのが上手だ。妄想や創造力を的確な言葉で表現しなければ、読者に対して説得力がない。この難作業を川上さんはするりとやってのけている気がする(もちろんものすごく推敲しているのでしょう)。
 『竜宮』は、カミの世界からやってきたものが自分以外の者と交流する短編が収められている。中でも私が特に好きな話は、『島崎』という話である。

 『島崎』は、このような話である。
 長く生きている女性(推定80歳くらい)は、自分の先祖にひとめぼれしてしまう。二人はずっと一緒にいるのだが、セックスはないし、恋人同士にもならない。
 好きとはどういうことなのか、女性は分からなくなっていく。好きという概念はあるのだが、実体はない。
 最後に、二人は旅行先で涙を流す。そのときだけ、彼女は先祖と溶け合った気になる。先祖が死んでしまったら、確実に自分が死ぬよりも悲しいだろう、と確信しながら…。

 哀しい短編集だと思う。登場人物たちの寂しさや孤独が、行間からじわじわとにじんでくるからだ。しかし同時におかしい短編集だと思う。そこはかとないユーモアがゆらゆらとたゆたっているからだ。
 哀しいんだか笑えるんだか、あいまいである。そして、私はそのあいまいさを愛している。

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私のスタイルを探して

2002/08/24 22:25

おしゃれとは、ずばり!

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 私の友人に、ずば抜けてきれいな子がいる。美人で体型もよい、でもそれだけではない美しさ。彼女のほかにもきれいな子はいるけれど、でもその「きれい」とは、何かが違うのだ。
 理由を考えているときに、光野桃さんの文章に出会った。
 論理的で、流れるような文章。いつも感情で生きているわたしのもやもやした思考のかたまりは、光野さんの言葉によって確固としたものになった。
 光野さんの目は優しい。身近な女性、男性たちに向ける言葉。くわえて、イタリアで厳しい自分磨きをしていたことが、宝石のような言葉からさりげなくこぼれてくる。
 この本で、光野さんが二十代、三十代という期間にわたって、おしゃれと格闘してきたことが描かれている。身なりだけではない。自分とも戦って、ようやく「私のスタイル」を見つけることができたのである。
 そう、結局おしゃれってものは、自分をよく知ることから始まるのだ。そうか、上に書いた私のきれいな友達は、常に自分と向かい合って泣いたり笑ったりしているもんな。

 この本を読んだ人は、老若男女問わず、絶対に自分のスタイルを探したくなります。そうして、自分と向き合う厳しさを知るのだろう。それが快感にかわれば、しめたものだ。

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紙の本体は全部知っている

2002/08/24 16:27

体に刻まれているもの

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 いかにも「吉本ばななだなあ」と思う短編集である。「いかにもこの作者だなあ」と思わせる小説って、とてもたいせつかも。なぜならば、読者は知らず知らずのうちに、その作者の作品に流れている「テーマ」を嗅ぎ取っている、ということだからだ。
 ところで、「吉本ばななだなあ」と思う、この短編集についてである。
 地味な毎日を繰り返している人々がふと見上げた空の美しさ。一人で歩く夜の公園の不気味さ。その不気味さの中で出会う些細な事柄。
 そういう、何気ない場面描写に、私はなぜだか感情や記憶をかき乱されるのである。私にとっての吉本ばななの小説って、そういう存在。
 吉本ばななが描き出す情景は、確かに私にも覚えがあるのだ。いつだったっけ、幼稚園の帰り道? テストが終わった後のすがすがしい帰り道? 失恋して泣きながらの帰り道? はっきりとは言えない、でも確かに私の記憶に、彼女の作品の中の情景はつながりやすい。
 きっと、私の体に確かに刻まれている感覚を吉本ばななはうまく言葉にしているのだろう。だから「ああ、分かる、こういう感じ!」とひざを叩きたくなってしまうのだろう。
 『体は全部知っている』の中の短編には、読者である私の体が覚えているから、心がうまく適応していく、そんな宝石のような情景が、たくさん詰まっている。

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あべこべ

2002/08/16 11:32

文章に酔いしれる

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 久世光彦さんの文章に、私は何度も酔っている。本物のお酒に浸るよりもつよいアルコールが、文章自体から染み出ているんだ。この『あべこべ』も、例外ではなかった。
 例えば、こんな文章。

『いつだって自分に自信がなく、カモシレナイ、カモシレナイ、と迷っていた。迷ってばかりだと落ち込む一方なので、半分投げやりに、テモヨロシイと勝手に決めて、その場その場をしのいできた。けれど所詮は、マスヨウニと自棄の神頼みの綱渡りだったような気がする。こうして逃げ切るだけなのかと思ったら、一粒だけ涙がこぼれた。』
 
 長くなってしまったが、上の文章を読んだとき、私はうなってしまった。自信がなくていつも逃げる自分の行動をこうやって言葉で表すのか、と感動したからだ。主人公でもある語り手は、六〇代前半なのだが、何の何の、なかなか色気のある男性なのである。その彼の『人生の蓄積』というやつが、この文からにじみ出ているではないか。二〇代前半の私にはたまらんかった。

 そう、久世さんの物語には、久世さん自身の『人生の蓄積』が、言葉となってうねっている。それが私を酔わせるんだ。久世さんごのみの女性(かもしれない)弥勒さんや、実在する文芸評論家がモデルか?と思わずにはいられない穴さんがかもし出すそこはかとない魅力にも、私は参ってしまった。
 
 
 

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紙の本ゆっくりさよならをとなえる

2002/04/11 19:53

飲みともだち

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 川上弘美さんとゆっくりお酒を飲み交わしたい…と思うのは、私だけではないだろう。このエッセイは、お酒を飲みながら読みたい。ビールじゃなくて、日本酒の熱燗。アルコールにゆらゆらしながら、川上さんの文章ににやにやしながら、ゆっくりと読みたいなあ。できれば、川上さんと飲みともだちになりたい。そういう気持ちになるエッセイ集です。
 会社が嫌で嫌で、毎日私はへとへとになって家に帰る。お風呂に入って、夕食を食べて、ようやくほっとする。加えてこのエッセイ集を読むと、川上さんと世間話をしている心持になり、「まあ、明日もがんばるかあ」と少し前向きになるのである。
  ゆっくり、さよならを、となえる。相変わらず、川上さんの作品のタイトルは、読書欲をそそるなあ。

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Go

2002/04/06 09:36

男の子と女の子

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 馬鹿な私は、韓国とか日本とか、在日とか国境とか、全く考えないで読んだのである。金城さんの疾走に笑いながらついていっただけだ。だから「GO」に関する書評を読んでいるうちに、自分の馬鹿さ加減を再確認することができた。皆さん、在日について、真剣に考えているからだ。
 私がこの小説を読んで考えたことといえば、「男の子に生まれ変わって、桜井みたいなかわいい娘と恋したい!」ということである。主人公の杉原は本を読み、音楽を聴き、映画を観て、そしてそして(ここが肝心)、可愛い女の子と恋に落ちる。まさに私の高校生ライフの理想を生きているのである。
 いやなことを吹き飛ばしてくれる、金城さんの力あふれる文章。最後まで速度は落ちない。あっという間に読み終わると、今度はお気に入りの場面をじっくり読む。筆力があるとは、このことである。
 

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先が楽しみ

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 「最高のものを探し続けなさい。そして謙虚でいなさい。憎しみはあなたの細胞まで傷つけてしまうから」。
 これは、薬草作りを生業としていた主人公(雫石)の祖母が、恋人のいる海外へ行くときに残した言葉だ。
 まさにこの小説のテーマであり、よしもとばななが『キッチン』以来書き続けてきたことである。
 人間を信じたい、人間の善意を信じたい、というよしもとばななの本気の思いが、この小説をぐいぐいと引っ張っていく。その力に私は押さえつけられて、離れられなくなった。
 
 物語は、祖母の言葉を胸に抱いた雫石が、山から東京へ住むところから始まる。
 雫石は、目の不自由な占い師・楓のアシスタントとして働き、彼の恋人である片岡(男性)からは「ふん、生臭い女め!」という罵声を浴びせられ、妻と別居中の男性・真一郎とは、「いつか彼か私が死んだとき、それをお互いが宿に来なかったことで初めて知る」という、静かな恋を続ける。
 この小説には、悪人は出てこない。
 片岡は雫石に嫉妬して酷な言葉を投げつけるが、雫石がつらい目にあった場面では、あたたかいピザを焼き、涙をぬぐって抱きしめてくれる。
 本当に悪い人間なんて、この世にはいないのではないか、と思わせるほど、この場面はとてもよい。チーズがたっぷりのったピザが食べたくてたまらなくなる。
 
 雫石を取り巻く人間関係の変化、そしてもちろん雫石自身の変化をたのしみに、私は読み続けるでしょう。

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紙の本根をもつこと、翼をもつこと

2002/09/02 22:06

私は持っているのか?

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 ヒロシマ、カンボジア、屋久島、原発反対、成人式について…。
 田口ランディはいろいろな出来事について、または旅を通じて、そこに存在する人々との交流を書き続ける。まっすぐな言葉で、潔く書いている。彼女の言葉は、私の心にすっと入ってくるのだ。
 この「すっと」入ってくる感覚が心地よくて、私は田口ランディの言葉を求めてしまう。そして思うのだ、私も人の心にすっと入ってくる言葉を遣いたい、もっと自分を表現したい、と。
 広島に行っても、彼女は「整然としたまち」という感想を持っただけだ。原爆を落とされた地としての「悲惨さ」などは感じていない。
 ボランティアについての章でも、彼女は気取っていない。他人の痛みは分からないし、ましてや地球が傷ついているかどうかなんて分からない。電力をがんがん消費して、能天気に生きている、と書く。
 他人を見下していたときのことや、他人を踏み台にして這い上がってきた経験も書く。 田口ランディは、自分に嫌悪を抱いて死にたくなったりを繰り返して、そのことをまっすぐに言葉にしながら、生きている。そこに私は惹かれてしまうのだ。
 あとがきが、じつに感動的だ。
「根をもつこと、翼をもつこと。
 そのことを思い出し、それに支えられるなら、人はどのような環境においても、この世界にしっかりと関与して生きていける。
 たとえ私が限りなく変わり続けようとも、根があるから戻ってこられる。
 たとえ私がある場所に縛り付けられても、翼があれば自由だ」。

 根と翼を、私はもっているのか? 今もっていなくても、将来持つことができるのか?

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紙の本ウエハースの椅子

2002/04/08 09:55

ひたひたと、来る

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 江国さんの小説では、人々がよく音楽を聴く。この小説も例外ではない。主人公はカラヤンを聴き、ナイマンを聴いて、恋人と食事をしたり、愛し合ったりする。しかし奇妙なことに、江国さんの文章からは音楽が聞こえてこない。ただ、静けさだけがある。だから私たちは、江国さんの小説を読むときに、音楽を聴いてはいけない。静かな部屋で、一人で落ち着いて読むのがよい。
 一人静かにこの小説を読んでいると、私の背後に、なにかが、ひたひたと、来る。なにが来るのか? 孤独だろうか? 死であろうか? それとも、子供のときの思い出? 私は、その「なにか」を、なんとなく「恐い」と感じる。なにに、なんとなく「恐い」と感じるのか、分からぬままに、読み終わる。
 読み終わると、疑問がぷかぷか浮かんでくる。いったい、現実ってなんだっけ? 真実って、どこにあるっけ? つれづれなるままに、考える。そして、明快な答えを得られぬままに、私はとりあえず生活をしていくのである。
 この小説の中にひそむ「なにか」は、私の毎日の生活の中にも、確実に、存在する。もちろん、あなたの生活の中にも。
 

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