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  3. アリョールさんのレビュー一覧

レビューアーランキング
先月(2017年8月)

アリョールさんのレビュー一覧

投稿者:アリョール

14 件中 1 件~ 14 件を表示

「公共放送のあり方」を追究する労作

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 紅白歌合戦も担当したチーフ・プロデューサーが、ビックリするほど高額の制作費着服事件を起こすなど“不祥事”が相次いだことから視聴者の「NHK受信料不払い」が激増。今年1月には朝日新聞が「政治介入・番組改変疑惑」を報じたが、いまNHKは、本来の姿である「公共放送」への取り組みに関して深く問われる立場にある。
この本は、放送評論家の著者が“NHKと公共放送の問題”を追及した放送ルポルタージュの労作だ。ジャーナリズム機関は「民主主義の番犬」というウォルター・リップマンの言葉を引いたりしながら、社会問題化した“NHKの体質”について考察する。

 一挙に噴き出した諸問題は視聴者に“いったいどうした、NHK?”と思わせ、また“NHKって何だ?”という疑問も抱かせることとなった。それが受信料不払いに繋がったわけだが、しかしホントに、NHKって何なのだろう?
 日本経済新聞社の放送担当記者・編集委員として長期間NHKを見つめてきた著者は、そういう立場だからこそ重ねられた経験を基に、そうした問いに答えて行く。
 いわゆる「海老沢体制のもと」で、NHKは視聴者よりも「永田町の方」を向くようになったと著者は言う。そうした傾向はいまに始まったことではないけれど、しかし海老沢体制時代は際立っていたようだ。
 そんな状況を、川口幹夫・元NHK会長は「政治がNHKをダメにした。政治が悪い!」と語っていたとある。
 公共放送としてあるまじき態度で、そのあたりは同じように受信料を主財源として運営される英国BBC放送との比較を通して解説される。
 “公共放送”については、視聴者の側もきちんと考えなければならない。そんなことも含め、多くを教えてくれる本である。

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テレビCMは「時代に鈍感」と徹底批判

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 大胆なタイトルだが中身はもっと大胆。
 たとえば「テレビCMは、人と違う事をするのを恐れるマーケターによって作り上げられた神話である」とか、あるいは「30秒テレビCMを喜んでみる人は多分いないだろう」というフレイズがある。
 この本は、ま、ひと言でいえば、ブランドの側がテレビCMや広告代理店などに対し訣別を予告する一冊なのだ。
 キィワードは「時代の空気」。
 インターネットが大衆化した現代社会において、マーケティングのあり方は現状のままでいいのだろうか、テレビCMは時代の空気を反映しているだろうか。
 マーケティングコンサルタントと紹介される著者はブランドのありようを説きながらテレビCMをこっぴどく批判、CM制作でのカネの使い方に異議を唱える。
 消費者はいま自らの意志で宣伝広告を選ぶ(プル型マーケティング)というのに、テレビCMは相変わらず広告を押しつけて(プッシュ型マーケティング)やまないというわけだ。
 「Googleは今や、コーラやアップル、ナイキなどよりよっぽどポップでクールなブランドになった。そして、このGoogleこそがテレビCM崩壊後の世界なのである。つまり、プッシュ型マーケティングが終わり、消費者主導のプル型の情報接触で消費者はすぐに求めているものが手にはいる」。
 ここでいう「消費者主導」こそが上に書いた「時代の空気」を意味するわけだが、著者は、その見方をさらにこう発展させて行く。
 「コミュニティこそが、今日唯一の、スケールある経済といえるのではないだろうか」……。
 テレビCMにはうんざり、という消費者の心情から経済構造を見通した注目のビジネス書。

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紙の本特別料理

2007/05/10 11:36

食材の「アミルスタン羊」とは……?

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 猛烈に怖いが見事に面白い短篇を10篇収めた短篇集である。
 短篇の名手である著者ならではの精妙な描写が各編に共通、雰囲気に酔いしれる。田中融二訳に感謝だ。
 表題作は驚異的に美味な特別料理で知られるレストラン「スピローズ」の物語。
 ラフラーは部下のコステインを「スピローズ」での夕食に誘う。
 メニューは日替わりの一品と定められ、その内容は料理が出てくるまでわからない。しかも、店主スピローは常連客に「秘密」の厳守を義務づけている。飲み物は「冷たい水」だけ。ま、いわゆる知る人ぞ知る店の極端な例といえるかも知れない。
 コステインは最初のスープで我を忘れてしまう。以降、ラフラーともども最後まで無言のうちに食べ終わるのだが、この「沈黙」こそが絶妙な味を彷彿させている。
 ある晩、とうとう給仕が「今夜はスペシャルでございます」とささやく機会に恵まれた。特別料理はアフガニスタンとロシアの境にいる「アミルスタン羊」を素材とし……。ここから先が本当に怖い。
 ほかに、スケジュールのずれが身も凍る恐怖を呼ぶ『アプルビー氏の乱れなき世界』を推す。

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書き写したくなる傑作

9人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 最初のページ、最初の行から引き込まれる。
 ひと言で言えば、文章よし・視点よし・思考よしと三拍子そろった傑作だ。

 簡にして要を得た文章は、さながら明治の文豪による小説を読む気分をもたらす。それでいて、ふいに聞き慣れた口語体が出現するところもおもしろい。たとえば1950年代の科学者が原子力に抱いた期待について述べるくだりで「物理学者福田信之の書には、なんともノー天気に書かれている」とあるような。

 視点のよさは、日本の原発問題は米国による広島への原爆投下に始まる核兵器開発の流れに本質があるという指摘を、冒頭から提出している点にある。
 そのため読み手は、何の抵抗もなく思考の流れに身を委ねられるわけで、著者のこうした姿勢が、すぐれた文章とともに「読みやすさ」を生んでいると気が付くのである。

 何行でもいい、何ページでもいいが、どこかに書き写したくなるような中身をもつ一冊だ。

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紙の本ウォーター・ビジネス

2005/09/07 22:34

卵一個に「水190リットル」が必要!

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ウォーター・ビジネスの現状を通して「水」の将来を見定めようとする本である。
 たとえばアメリカは、地下水を使いすぎたせいで“水涸れの危機にある”という。中西部の穀倉地帯で利用される「センター・ピボット灌漑施設」が猛烈な勢いで地下水を費消しているからだ。その量は、なんと一基で1日「82トン」。それが毎日、広大な綿花畑に撒かれているのである。
 しかし、いうまでもなく地球上の水の量は限られている。およそ14億立方キロだ。ウォーター・ビジネスは、その限られた量の水を「巨大な利益追求の道具」に変えてしまった。
 一例を挙げれば「ニワトリの卵」がある。ニワトリ一羽分の餌をつくるために必要な水の量を計算すると、卵一個あたり「190リットル」を越えるというのである。2リットルボトルで90本以上だ。
 そういった怖くなるような報告が次々に展開する本である。
取材中、何度となく強固な「取材拒否」にあったというが、著者はその障壁を見事に乗り越え、情報公開を嫌うウォーター・ビジネスの本質に迫る。

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紙の本日本語のゆくえ

2008/05/27 08:23

日本語のゆくえ

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 吉本隆明のこれまでの仕事がわかりやすく述べられ、きわめて魅力的な一冊となっている。

 源氏物語は平安期の作品ではあるけれども近代文学に通ずる高い文学性を有している、その文学的な価値は普遍性をそなえており、したがって、苦闘しながら原文を読まなくても現代語訳によって十分感じ取れる内容なのだと、吉本隆明は本書で、まず「芸術的価値の普遍性」について語り始める。

 特長は「分かりやすさ」にあり、同じ源氏物語の現代語訳なら与謝野晶子の訳がいちばんいいと思うと断言。理由は、長々と続く原文に現代の句読点をどんどん入れ込み、格段に読みやすい訳文を作り上げているからだとする。

 おそらく与謝野晶子はふだんから古典文学を読み込んでいた、いわば「からだで訳している」のだと著者。「町家の娘」にはそういった習慣があったのではないかと推測する。
 本書のこの導入部がいきなりおもしろい。

 核心は1960年代半ばに刊行された著者の『言語にとって美とはなにか』や『共同幻想論』を解説しながら「言語・芸術・共同幻想・日本人」などについて語る流れにある。
 刊行以来40年を経たいま、著者がいまのことばでこれまで行ってきた仕事を対象に論ずるわけで、明瞭な語り口が魅力的だ。

 最終章では「現代の若い詩人たち」の作品を30冊ほど読んだ上での問題意識を提起。若い詩人たちの詩には何もない、まさに「無」だと断じつつ、静かな迫力をもって状況の重大さを訴える。

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あくどく巧妙な“たばこ販売戦略”を追及

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 盛り場で若ものたちの“歩きたばこ”をよく見かける。
 以前は気にもしなかったが、このごろは足元に火のついた吸い殻が転がってきたりし、街で目を配るようになった。すると、いるいる、吸いながら歩く10代の女たち男たち。
 たばこ産業は“低年齢層に向けた喫煙のすすめ”に成功したようだ。
 この本は、ときには「14歳の子供たち」にたばこを買わせ、たばこの販売量を増やしていったたばこ産業の“あくどく巧妙なマーケティング戦略”を追及した注目の一冊である。編者のASHは<Action on Smoking and Health>をいい、たばこ広告の禁止や、公共の場における禁煙の義務づけといった禁煙運動を展開する健康推進団体。ロンドンを本拠にたばこ産業との激闘を続けている。
 本書で印象深い告発例を挙げれば、いわゆる「低タールたばこ」についての報告がある。たばこ産業は「低タールたばこ」が人の健康を損ねることはないといい続けるが、ASHにかかわる医師たちはそれがウソであることを見抜くのである。
 強烈な“反・喫煙”をテーマとする本だが、たばこ好きにも一読をお薦めしたい。その人たちが好んでいるものの中身は、味でも煙でもなく“ただ猛毒のニコチンだけである”と教えられるからだ。

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真夜中に捨てられる靴

2007/06/13 11:17

研ぎすまされた恐怖感

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 『ランボー』の原作者として知られる著者による短篇集。8篇の短篇が収められている(山本光伸訳)。
 どれもがみごとにミステリアスな仕立て。しかもかなり怖い。
 中でも、毎夜、同じ場所に靴が捨てられる話を描く表題作は不気味。約436ページの本書にあってこれだけで約4分の1を占める中編作品。「陰謀もの」の傑作だ。
 主舞台は、サンタフェ市警に勤めるロメロ巡査の通勤路。ニューメキシコ州サンタフェの丘の上、バプティスト教会前のオールドペコス通りである。
 5月のある夜、ロメロは「道路に落ちている靴」に目を止める。ナイキのジョギングシューズだ。「はて?」とロメロ巡査はいぶかしげな顔を浮かべた。昨日も道路の真ん中にサンダルがあったと思い出し、さらに「一昨夜は?」と自らの記憶を確かめる。そう、一昨夜も何か靴が落ちていた。毎夜、何者かがオールドペコス通りの中央に靴を落とし続けているのだが、背景は何か?
 この疑問が重大なきっかけとなり話が加速する。
 ロメロ以外は「靴がどうした?」と誰も気にもかけないのだが、誰が何をいおうとロメロは疑問と違和感にこだわり続け、そのまま時が年が明けた。やがて5月のある夜、落ちていた靴に「足があった」という新事態が生じたのだ。
 人の死に関わりがあるとなっては警察も動かぬわけにはいかない。
 後段は大々的な捜査が展開することになり、終盤でロメロは、それこそ「ランボーもどきの活躍」を見せる。
 アメリカだけで約85万人死亡という1918年のスペイン風邪に材をとった『目覚める前に死んだら』、エルヴィス・プレスリーの偉大性を訴える強烈な短篇『エルヴィス45』、あるいはハリウッドの有名な脚本家が殺人者に変貌して行く過程を詳述する物語『ゴーストライター』などなど、全体にみなぎる特長は「研ぎすまされた恐怖感」。ホラー好きならずとも読み応え充分だ。

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ドリームガール

2008/02/11 09:38

「高級娼館」の乗っ取りを策謀する美女エイプリル

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 アクションシーンのスピード感、張り込み中に交わされる会話。
 気の利いた機知と皮肉にあふれるハードボイルドの傑作だ。

 エイプリル・カイルの名を覚えておられようか。
 本シリーズ『儀式』で登場、父に虐待され15歳にして娼婦となったあのエイプリルだ。「無惨な状態」にあった彼女を知ったスペンサーは、少しでもましな境遇へおこうと高級娼館の主パトリシア・アトリィに預けた。
 20年後、スペンサーの事務所に「とびきりの美人」となったエイプリルが訪れる。彼女はいまボストンで富裕な客に“セックス好きの主婦や女子学生”をあてがう娼館を経営しているという。
 ところが最近、エイプリルの周辺で嫌がらせが続発、何者かが店の乗っ取りを目論んでいるらしい。ついてはスペンサーの力を借りて不気味な相手を追い払いたいという事情だった。スペンサーは依頼を引き受け、ホークと組んで営業妨害を仕掛けていたギャングのオリィとその手下を追い払う。
 が、問題の根はさらに深かった。スペンサーはニューヨークに出向いてパトリシア・アトリィにも再会。娼館乗っ取りをめぐる闇の正体を探る。
  
 その過程でスペンサーとホークが見せる息の合うやりとりに注目。痛快きわまりなく、これだけでも一読の価値が充分あるのだ。

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紙の本たんば色の覚書 私たちの日常

2012/06/08 00:55

日常ということ

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

副題に「私たちの日常」とあり、読んで行くと絶えず日常への問いが繰り返される。
 かならずしも「日常」の語を用いなくても、この本は読者に日常性のありようを訴えてやまない。

 その日常は重く、暗く、とても思索的で、したがって人生規模の日常性が語られて行くのである。

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デス・バイ・ハリウッド

2006/01/10 18:23

望遠鏡で「のぞき」をするうちに……

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ハリウッドで生きる映画人たちの風俗を描くミステリー。帯に「ポルノすれすれ/悪趣味すれすれ」とあるが、ケバケバしい露悪趣味が特色となっている。
 著者は『刑事コロンボ』の脚本家。したがってストーリー展開と人物描写には安心してのめりこめる。
 脚本家のボビー・ニューマンは「下り坂のシナリオライター」。妻は女優で、業界の有力者と浮気をしている。鬱々とするある晩、ボビーは望遠鏡を使って自宅周辺の「のぞき」を始めた。が、これが人生を一変させる一大事となるのだ。
 初めは“実に淫らな光景”だった。
 が、間もなくボビーは“殺人”を目撃する羽目に陥ってしまう。

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子どもたちを「メディア漬け」にして恥じない親を糾弾

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 武器を用いた暴力から自殺まで、このところ子どもの事件が相次いでいる。背景に小中学生を取り巻く状況に問題があるとはかねて言われてきたことだ。が、では子どもたちの何が異常で、どういうことが問題なのか。
 本書は、そういった“子どもたちの危機”を見つめる報告書である。NHKで子育てに番組に長く携わってきた著者は、さまざまな具体例をもって子どもたちの“危うい環境”を告発している。
 特長は子どもたちの「からだの異変」に注目していること。たとえば遊び場の多くがエアコン完備となった70年代、「朝の体温が35度台」の子どもたちが出現した。が、それから25年経ったいまは、朝は35度台で「午後から夕方にかけて37度5分前後に」なる子どもが「かなり」増えているというのである。
 あるいは、子どもをテレビなど「メディア漬け」にして恥じない親を糾弾、家庭教育への失望感を訴える。

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会議が絶対うまくいく法

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書冒頭、「多くの人は、会議を必要悪だと考えている。“あーあ、また会議かよ。会議なんて、どうせ時間の無駄なのになあ”という具合に」とある。
 とはいえ、イヤだイヤだといいながらも会議なしではいられないのが現実で、この本はそこをうまく突いた。
 なんと巧みな書き方か、話は「会議の歴史」から始まるのである。
 「今日のビジネス社会で広く行われている会議の原型は、19世紀のイギリス議会で生まれたものなのだ」という。
 そんなこと、考えたこともないと思ううちに引き込まれてしまう。
 内容的な軸は、ファシリテーター(議事進行係)の役割解説と、インタラクション・メソッドと名付けられた会議指揮法の紹介。読者は、この本を日常的に携行したくなる。あまりに退屈な会議にウンザリしたときなど、参考にしたくなるのだ。
 何よりびっくりさせられるのは本書の初版(原書)が1976年であること。
 この本は何と、延々27年間も読み継がれてきた会議指南の一冊なのだった。

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LVMHにとってカルバン・クラインは脅威か

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 LVMH、いわずと知れたブランド帝国「モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン」の社長兼CEO(最高経営責任者)であるベルナール・アルノーがロング・インタビューに答えた対談録である。話の主軸となるのはLVMH創始者としての経営理念や企業戦略だが、私生活も含め、LVMH誕生のいきさつからフランス経済の展望までが具体的に語られ、興味深い内容となっている。
 たとえば“前進あるのみ”といった経営姿勢について「富と安心のためですか?」と問いかける場面がある。
 ベルナール・アルノーは「私にとってお金は目的ではないし、何かを意味する指標でもありません。富裕階級の仲間とみなされるのが最も心外です」と答えるのだが、この考え方を覚えておいて後段のアメリカン・ブランド論を読むと面白い。
 そこでは、ギャップやカルバン・クラインのようなブランドは脅威となるかと問われる。そしてベルナール・ルノーはこう答えるのである。「ギャップやカルバン・クラインのようなブランドは一過性のものでしょう。その存在も成功もブランドの力というよりは、流通のテクニックに頼っているだけです」。
 ブランドへのとらえ方が経営姿勢にも通底しているようだ。つまり、よくあるアメリカ風資本家像への反抗心。
 本書全体を通して、いかにもフランス風の“対アメリカ的断じ方”が訴えられ、ビジネス書という枠を越えて読み手の視野を広げてくれる。

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