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先月(2017年8月)

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13 件中 1 件~ 13 件を表示

一途さと粘りと、そして心優しきエンジニア達

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 6月1日に池袋・サンシャイン60の「サンシャインプラネタリム」が閉館するなど、最近逆風が吹いているプラネタリウムの世界。多くのプラネタリウムは数千個から2万個の星を投影する構造になっている。

 ところが著者が1998年に開発した「メガスター」はなんと170万個の星を投影することができた。私はその投影を昨年見ることができたが、星空のリアリティは想像を絶するもので「プラネタリウムの星空」ではなく「バーチャル星空」というべきものだった。その後も開発は続き、この6月に初公開される「メガスターII」は410万個もの星を投影する能力を持っている。

 真に驚くべきことに、これらのスーパー・プラネタリウムは、企業が巨額の開発費を投じたのではなく、1970年に生まれた長身の若者が手探りで開発したものなのだ。

 本書は、著者である大平さんが自らの生い立ちと「メガスター」シリーズ開発の経緯をまとめたもの。いや実にとんでもなく、本当に感動的だ。演出であざとくお涙頂戴を狙うNHKの「プロジェクトX」は、本書の前にひれ伏し、吹き飛ぶだろう。これこそ正真正銘の個人の営為による開発物語なのである。

 著者は小学生の時にふとしたきっかけから、プラネタリウムを作ることにとりつかれる。最初は、夜光塗料で紙の上に星を描いただけだったが、やがて高校ではピンホール式の投影機を作り、大学に入ってからは本格的なレンズ式投影機「アストロライナー」を自作、就職後は前代未聞の星空を映す「メガスター」開発へと邁進する。その途中ではロケット開発にも熱中し、高度2km、音速突破まで達成する。「ロケットボーイズ」もびっくりだ。

 読後、印象に残るのは著者の才能ではない。不器用なまでの一途さと超絶的な粘りだ。そしてそんな著者を折に触れて導き、見守り、助ける日本のエンジニア達のやさしさである。エンジニアリングのイロハを教えてくれた隣家の杉浦さん、本物のプラネタリウムを操作させてくれた川崎青少年科学館の若宮さん、「レンズ式プラネタリウムが作りたい」と尋ねていった小学生の著者(その行動力にも驚かされるが)にきちんと応対し、レンズを無料で分けてくれたトキナー光学・町田工場。皆、なんとも素晴らしい心ばえではないか。

 本書の最初には、子供の頃の思い出として「学校では典型的ないじめられっ子で、ずいぶんひどい目にもあわされた」とさらりと書いてある。が、おそらく我々凡俗が本書から学ぶ部分があるとするなら、まさにこの部分だろう。あなたはひょっとして、身の回りの真にユニークな人材を変わり者扱いしてはいないだろうか、世間のレールから飛び出そうとする我が子に、むやみやたらと「あぶないから止めろ」「勉強しろ」と言ってはいないだろうか。身近にいるかも知れない「もう一人の著者」を自分の無知と偏狭さで圧殺してはいないだろうか。

 子供を持つ全ての人に、元気をなくしている勤め人に、希望をなくしかけている子供達に——すべての人にお薦めできる一冊である。

(松浦晋也/ノンフィクション・ライター)

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紙の本やわらかな遺伝子

2004/06/09 12:20

「氏か育ちか」ではく「育ちは氏につれ、氏も育ちにつれ」

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 昔から「氏か育ちか」という言葉があるように、ある人が現在あるようになったのは、遺伝のせいなのか、それとも生育環境なのかということは、さまざまな局面で議論されてきた。「頭がいい、悪い」という日常よく使う言葉ですら、追求していけば「親がバカなら子もバカ」なのか、「バカは教育で直る」のかという考えれば考えるほどこんがらかる問題が横たわっている。
 本書は最新の生命科学の成果に基づいて、この問題に明確に答える。「遺伝子のどの部分が発現するかは環境による」。本書の言葉を引用するならば、「『育ち』が『生まれ』を通じて威力を発揮しだす」のである。「氏」と「育ち」は相互に関係し合ってからみあい、環境に適応した個体を生み出すのだ。
 本書はこの事実を、「氏か育ちか」論争に参戦した12人の知性の肖像と業績を描きつつ解説していく。類人猿の中に人間の特徴を見つけようとしたチャールズ・ダーウィン、遺伝を何よりも重視したフランシス・ゴールトン、人は本能に支配されているとしたウィリアム・ジェームズ、遺伝のメカニズムを追求したヒューゴー・ド・フリース、経験を重視したイヴァン・パヴロフにジョン・ワトソン、人間の精神活動に普遍的なパターンを見つけようとしたエーミール・クレペリンとジグムント・フロイト、人間が文化を形成するとしたエミール・デュルケムに文化が人間を形成するとしたフランツ・ボアズ、模倣と学習の重要性を示したジャン・ピアジェに本能の重要性を主張したコンラート・ローレンツ──筆者は、これらの医学者、生物学者、哲学者などの思考を追いつつ、最新の分子生物学が彼らの主張をどう説明し、どう覆したかを追っていく。文体はやや饒舌で冗長すぎる嫌いもある。しかし、何よりも描かれる個々の事例が非常に面白いので、読むのに苦痛を感じることはない。「氏か育ちか」論争の歴史的なパースペクティブを鳥瞰しつつ、気が付くと分子生物学の成果にまで手が届いている。
 説明の過程で、いくつも興味深い事実が指摘される。「もしも教育が完全に平等ならば知的能力の差はすべて遺伝に依存する」という指摘は、教育関係者にとってかなり衝撃的ではないだろうか。評者は、他人への共感能力を欠くアスペルガー症候群について、「石器時代には必要な能力だったかも知れない」としているところではっとさせられた。アスペルガー症候群の患者は、一方で物事を体系化して理解する能力が優れる。そのような人が、何にでも共感し論理的思考を苦手とする人よりも、よりよく適応できる環境があったのではないかというのだ。確かにその通りだ。「ご先祖様は夜空の星になった」とばかり人間が考えていたら、天文学は発達しなかったろう。
 本書を、人間の行動を口当たりの良い「俗化されたドーキンスの理論」をもって説明しようとする疑似科学本(多くは血液型やセックスといったことを話題にしている)を「へえ、へえ」と言いながら読んだことがある人に強く推薦する。自然をモデル化するということは、思考にとって有力な道具だが、根拠のないモデル化は、思考のダイナミックレンジを狭める。本書を読むことで、口当たりばかりが良い本で狭められたあなたの思考にダイナミックレンジを取り戻そう。自然は常に我々が思うよりも多様で豊かで、そして面白い。
 最後に、「どうしてもっと、賢く/美人に/たくましく、生んでくれなかったの」というコンプレックスを持つあなた、本書を読んで楽になりましょう。評者は大分楽になりました。
(松浦晋也 ノンフィクション・ライター)

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喜び勇み、失敗の坂を転げ落ち、成功の拳を突き上げよ

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ものを作る、それも自分の頭でああでもないこうでもないと考え、自分の手で何かを作り上げることには原始的な快感がある。これに、自分の作ったもので他人と競うという要素が入れば、もうたまらない。子供の時に作った模型飛行機や凧、少し年配の方ならより強くしようと改造したケンカコマを思い出す人もいるだろう。

 本書は、大学工学部の学生達が、3人の先生に導かれて、「作って競う」世界へと突っ込んでいった記録だ。作るのは350mlの清涼飲料水缶サイズの人工衛星「CanSat」。宇宙空間に打ち上げるわけではないが、アメリカはネバダ州の砂漠でアマチュアロケットに搭載して打ち上げ、高度3000mから降下させて実験を行い、最後はパラシュートで回収するという本格的な運用を行うものだ。

 学生らは最初はおずおずと、やがて生活の全時間をかけてCanSatに取り組んでいくことになる。CanSatは実習用の教材ではない。宇宙に行かないだけの「実物」なのだ。本物の衛星を作るべく、東京大学と東京工業大学の学生らは、本気で働き、いがみあい、協力していく。登場する学生達はそれぞれに個性的だし、東大と東工大の大学のカラーの違いも出ていて、開発の過程はおもしろい読み物に仕上がっている。
 学生達を導く大学の先生らも、学生諸君に負けず劣らずキャラクターがはっきりしている。最初にCanSatの概念を提唱して、「やれば出来る、出来るんだ」と焚きつけた米スタンフォード大学のトィッグス教授、油っこいもの辛いもの高カロリーなものを食べまくってもりもり行動する東京大学の中須賀助教授、色々と考え悩む学生の後ろから近づいて「こんな構造はどうだろうね」ともっと厄介な機構をそっと吹き込む東工大の松永助教授。
 これらの先生達は、手取り足取り教えるということはしない。目標の面白さに取り付かれた学生達を見守り、決定的な局面で適切なアドバイスをする。そして影で資金調達を中心とした裏方に徹するのである。皆、素晴らしい先生達だ。

 本書は、苦労を重ねて出来上がったCanSat打ち上げの描写で終わる。詳細は読んでのお楽しみだが、印象に残るのは成功を喜ぶ者らではない。失敗し、打ちのめされてネバダの青空を見つめる3人の学生の姿だ。失敗こそは青春の特権なのだから、打ちのめされた3人の姿にこそ、CanSatというプロジェクトの本質が凝縮されていると言えよう。
 本書を、特に受験勉強に押しつぶされそうになっている高校生にお薦めする。大学をブランドで選ぶのはおろかなことである。どんな先生がいて、なにができるのかで選ぼう。ある目標に向けて「作り、競う」なら、絶望の坂を転げ落るにせよ、成功の拳を突き上げて叫ぶにせよ、どちらも素晴らしい経験なのだ。

 なお、本書には後日談がある。CanSatを経験した学生達は、次に一辺10cmの直方体の衛星「CubeSat」を開発し、ロシアのロケットで本当に宇宙に打ち上げたのである。2003年6月に打ち上げられた東大と東工大の衛星は、打ち上げ後1年を経た現在も順調に地球を回り続けている。
 その経緯については本書の著者の手によるインタビューがホームページで公開されている(http://www.unisec.jp/cubesatstory/)。いずれこれもまとまって本で読めるようになるだろう。とても楽しみである。

(松浦晋也 ノンフィクション・ライター)

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天才、男、友情、女、嫁姑、文明、戦争

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 これは一人の天才の物語である。その名はシュリーニヴァーサ・ラマヌジャン。1887年に南インドのクンバコナムに生まれた彼は、厳密な証明を旨とする西洋の数学とは独立して、恐ろしく奇妙な、しかし確かに天才の技としか思えない巧妙にして美しい数学研究を展開し、32歳で夭折した。

 これは2人の男の物語である。ラマヌジャンと、ゴッドフリー・ハロルド・ハーディ。1913年、ハーディは35歳にしてすでに著名な数学者だった。ケンブリッジ大学に在籍していたハーディは、自分の才能を証明してくれる人を求めるラマヌジャンからの手紙を受け取る。その才能を見抜いたハーディは、万難を排してラマヌジャンをイギリスに呼びよせる。彼は、直感に頼ったラマヌジャンの研究に厳密な証明を与え、同時に過去数世紀の西洋数学の成果をラマヌジャンに伝える。ラマヌジャンはハーディの期待に応え、2人の共同論文が次々に生み出されるが、ついに2人の間に学問上の尊敬以上の友情が芽生えることはなかった。

 これは2人の女性の物語である。ラマヌジャンの母であるコーマラタンマルと妻のジャーナキ。コーマラタンマルは息子を溺愛し、息子のためになら何でもした。それは同時にラマヌジャンを母として支配しようとすることであり、その妻もコーマラタンマルが選んだのである。選ばれたジャーナキは、夫となる男の顔すら知らぬまま13歳で嫁ぎ、コーマラタンマルの下で過酷な生活を強いられる。彼女らは、ラマヌジャンを挟んで激しい嫁姑の戦いを繰り広げる。ラマヌジャンが結核による死の床についた時でさえ、その諍いが止むことはなかった。唯一にして無二の天才は、死を目前にしてすら、共に愛する2人の女性の確執に苦悩しなければならなかったのである。

 と、同時にこれは2つの文化とひとつの戦争の物語でもある。湿度の高いモンスーン気候で発達し、厳密なカースト制度を持つ南インドの文化と生活習慣。そして、低湿度で冷涼な気候の中で発達したイギリス貴族の文化。
 戒律を破ってまで渡英したラマヌジャンは、どうしてもイギリスになじむことができない。プライバシー尊重を基本原理とするイギリス貴族の対人関係は、より人々が密着している南インドのバラモン出身の彼にとってよそよそしく感じるばかりだ。
 孤独感の中でラマヌジャンは必死になって食生活におけるバラモンの戒律を守ろうとする。しかし食事のすべてを母に頼っていた彼は、満足な料理の技能を持ち合わせていなかった。折悪しく第一次世界大戦が始まり、ドイツのUボートによる通商破壊作戦が、イギリス-インド間の物流を寸断する。ただでさえ逼迫する食料事情の中で戒律にこだわるラマヌジャンは栄養失調の坂道を転がり落ちていき、やがて結核を病んでしまう。

 天才、男、友情、女、嫁姑、文明、戦争——これだけそろって面白くないはずがない。数学にのみならず、科学全般に興味を持つ人にとって、本書はどんな小説よりもすばらしいエンタテインメントとなるだろう。
 著者は本文中で、いくつかラマヌジャンの研究をわかりやすく紹介している。紹介される数式はどれも謎めいていて魅惑的で、しかも確かにただのでたらめではなく何か堅固な数学的実体の現れと感じられるものだ。彼のノートに残された数式は、今もなお未解明の謎を含んでおり研究が続いているという。
 おそらく真のエンタテインメントはそれらの数式の中にこそあるのだろう。天才ならざる我々は、本書でその片鱗に触れることしかできない。数学の才能を持ち合わせていないことが非常にくやしく思えるほど面白い一冊である。

(松浦晋也/ノンフィクション・ライター)

関連書

『ある数学者の生涯と弁明』
G.H.ハーディ/C.P.スノー著 シュプリンガー・フェアラーク東京

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プロジェクトXぶっている場合じゃない!文部行政の貧困が見えてくる一冊

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 2000年、ハワイ・マウイ島で東京大学の「マグナム」望遠鏡が稼働開始した。口径2.02mの望遠鏡の目的は赤外線領域で、可能な限り多数の遠くの銀河を観測すること。この観測によって宇宙の年齢やその進化の様相などを知ることができる。本書は、マグナムの発案者が着想から完成までをまとめたものである。帯には「執念が生んだ奇跡の大逆転」とある。もちろんNHKの「プロジェクトX」にあやかってのものだろう。

 冗談じゃない!

 本書の眼目は、そんなお涙頂戴の部分にはない。本書、特に後半は、1)東京大学の教授という日本でもっとも恵まれた研究環境の一つで、2)おそらくは日本最高の頭脳の一人が、3)研究に必要な5億円の設備を作るのに、4)どれだけ研究を犠牲にし疲弊しなければならなかったか——の記録なのである。
 5億円だ。個人からすれば巨大な出資だが、企業活動とするならば悲しくなるほど少ない金額である。しかも立案から観測開始まで6年がかかっているので年平均で8000万円そこそこ。ちょっと気の利いたレストランならこれぐらい楽に稼ぐだろう。しかしそれだけの出資を得るために、著者は驚くほどの苦労を強いられる。しかもその大半は、さまざまな「規則」を言い立てる文部省(現文部科学省)の官僚システム、つまりは身内を説得するためのものなのだ。
 著者は一切愚痴も恨み言も書いていない。むしろ煩雑な事務手続きを遂行した大学の事務官らを称揚すらしている。寄付金を集めるための企業回りなどは「達成感はひとしお」とも書き、自分の経験した苦労を「貴重な経験」と総括している。
 しかし考えて欲しい。研究を指向し研究でこそ最大の成果を上げるであろう頭脳の、貴重な人生の時間を、官僚組織との折衝に使うというのは、国家的損失ではないだろうか。
 体裁こそ科学解説書であるが、官僚の論理が、我が国の活力を削いでいるということの端的な例として読める本だ。前半は実際の観測と宇宙論との関係をすっきりと解説しているので、もちろん天文学に興味のある人にも勧められる、しかしそれ以上に昨今の行政改革に関心のある人は是非とも読んで欲しい。できれば星新一の名著「人民は弱し官吏は強し」と併読して、ここ数十年ほどの間に中央官庁が行ってきたことの「罪」の部分を見つめて欲しいと思う。

(松浦晋也/ノンフィクション・ライター)

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道具の歴史を巡る知的エンタテインメント

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 建築を専門とする著者のところに、世紀末のある日、ニューヨーク・タイムズ誌から電話が入る。「この1000年で最高の道具」という題でエッセイを書いて欲しいというのだ。でも、一体何が最高の道具なのか。面白半分で始まった著者の探索はどんどん広がり、読者は著者と共に道具を巡る歴史の旅に連れ出されることになる。結論は「ねじとねじ回しこそが最高の道具だ」というもの。気が付くと読者は、ねじとねじ回しから見た世界史を読んでいる——という実に面白い本である。
 著者はまず自分の工具箱の中を点検するところから始める。ノコギリか、巻き尺か、カンナか、錐か。行き詰まった著者の胸に、奥さんからの一言が突き刺さる。「家にいつもおいている道具があるわ。ねじ回しよ」。そうか、と著者はねじ回しについて調べ始める。ブリタニカ、オックスフォードの両百科事典から始まった探索は、やがて博物館に実物を尋ね、古文書を手繰るまでに発展し、読者の目前に、ねじとねじ回しがたどった奥の深い歴史が立ち現れる。
 ねじの本質は螺旋であり、螺旋を最初に道具に適用したのはギリシャの発明家ヘロンだった。だが人類はその後長いこと螺旋が持つ道具としての可能性に気が付かなかった。螺旋の可能性が一気に花開いたのは、旋盤という螺旋を利用する道具が出現してからだ。特に18世紀のイギリスに、ジェシー・ラムスデン、ヘンリー・モーズレーといった天才的な職人が出現して、旋盤の改良を通じてねじの精度を上げていくあたりの記述は興味深い。ラムスデンの旋盤改良の動機は、より精度の高い航海用の六分儀を作るためだった。社会のダイナミズムが技術の進歩を促すという構図があったのである。
 もう一方のねじ回しについての話は、主にねじとの接触部の話になる。マイナスとプラスのねじ頭の歴史、なぜ自動車産業は、フィリップスのプラス頭のネジを使うようになったか、その他のねじ頭の工夫など、興味深い話が次々に出てくる。ちなみに著者が高く評価しているロバートソンねじというのは、正方形断面のドライバーで回すねじだ。日本ではあまり使われていないが、アメリカでは2×4住宅などで広く使われている。このような日米の文化の差でわかりにくくなっている記述には、できれば図解入りで注を入れて欲しかった。
 よくある大部のノンフィクションではなく、1段組、170ページのどちらかと言えば小冊子に近い分量の本だ。しかし内容は要点をしっかり押さえていて濃密である。好奇心を少しでも持っている人なら読んで損はない。もちろん「ねじの歴史」を知ったところで何も得になることはないだろう。しかし知的生活を豊かにしてくれることは間違いない。

(松浦晋也/ノンフィクション・ライター)

目次

第1章 最高の発明は工具箱の中に?
第2章 ねじ回しの再発見
第3章 火縄銃、甲冑(かっちゅう)、ねじ
第4章 「二〇世紀最高の小さな大発見」
第5章 一万分の一インチの精度
第6章 機械屋の性(さが)
第7章 ねじの父
工具箱小目録
謝辞
訳者あとがき
図版出典
注記・出典

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放浪する数学者の軌跡が描くネットワーク

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 数学は、紙と鉛筆と頭脳さえあればできる学問だ。つまり数学者は仕事のために一カ所に定住する必要はない。その体現者が本書の主人公であるポール・エルデシュである。彼は知人の数学者の家を(奥方が我慢できる限度まで)自分の住処とし、世界中の数学者の家庭を放浪して歩いた。一見はた迷惑なエルデシュ生活パターンを数学者のコミュニティが受け入れたのは、彼の数学者としての才能がずば抜けたもので、彼との共同研究は実り多いものだったからである。
 エルデシュは宿を提供した数学者らと共著の論文を多数発表し、その中にはその後の数学の発展にとって重要なものも多数あった。エルデシュ数という数字すら定義された。エルデシュと共著論文を持つ数学者はエルデシュ数1で、その数学者と共著を持つ者は2で以下続くというものだ。エルデシュとの関わりの粗密を表したこの数字は、ネットワーク論という新しい数学の分野を切り開くきっかけとなった。
 本書はそんなエルデシュの生涯を、様々な証言でたどった評伝だ。20世紀初頭、フォン・ノイマンやテラーといった天才を輩出したブタペストのユダヤ人コミュニティに生まれた数学好きな男の子が、どのような経緯で放浪の数学者となり、業績を積んでいったかを、直接エルデシュを知る人々へのインタビューを通じてまとめている。エルデシュの人となりと数学的な業績の両方にバランスよく目配りしているのが特徴だ。エルデシュの伝記としては「放浪の天才数学者エルデシュ」(ポール・ホフマン著 草思社)が翻訳されているが、こちらはどちらかといえばエルデシュの人柄に焦点を当てている。両方を読めば、この興味深い人物への理解を一層深めることができるだろう。
 数学者というエキセントリックな人種は伝記作者にとって魅力的な題材らしく、何冊もの傑作が生まれている。本書を面白いと感じたならば、数学者つながりで本を読んでいけば充実した読書体験ができることを保証する。
 この本で数学者という人種に興味をもったならばとりあえずは藤原正彦氏の「天才の栄光と挫折」(新潮新書)を、エルデシュが生み出したネットワーク理論の最新の展開について知りたけれは「新ネットワーク思考」(アルバート=ラズロ・バラバシ著 NHK出版)を、読むことをお薦めする。本から本へのつながりは、エルデシュが研究したネットワークそのものなのである。

(松浦晋也/ノンフィクション・ライター)

≪目次≫

第1章:旅
第2章:証明
第3章:出会い
第4章:ハッピーエンド問題
第5章:西洋史を変えた出題
第6章:失われた楽園
第7章:集合論
第8章:ポール・エルデシュ博士の素数
第9章:サムとジョーとアンクルポール
第10章:さすらいの数学者

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アイデアに形を与えるまでの試行錯誤を描く

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 アイデアは思いついただけではただの夢想と変わらない。アイデアに形を与えて実現するためには、技術開発が必要になる。そしてアイデアが革新的であればあるほど技術開発は、試行錯誤の色彩を帯びる。
 本書は「ゼムクリップ」から始まって、「鉛筆」、「ジッパー」、「アルミ缶のプルトップ」、「ファクシミリ」などなど身近な「仕組み」がどのようなアイデアからいかなる試行錯誤を経て現在の形になったかを解説した本だ。
 いや、実に面白い本だ。たかだか紙を止めるだけのクリップにかくも深い歴史と営々たる技術的な努力が詰まっているとは、鉛筆が折れるという単純に思える現象が、これほどまでに複雑なメカニズムを蔵しているとは——ひたすら感嘆するばかりである。著者の解説は、ジッパーやプルトップのような、その形状からして興味深い歴史があるだろうと想像できる発明でも非常に冴えている。本書の前半に集中するこれら4項目を読むためだけでも本書を買う価値はある。
 一方、中程で扱われるファクシミリや「コンピュータによる航空機設計」のようにやや込み入った技術については説明不足の感もある。特に航空機設計では著者一流の簡潔な説明が、対象の複雑さを説明しつくすことに失敗しているように思える。しかし、後半には「上下水道」、「橋」、「巨大建築」と著者が専門とする土木の世界が扱われ、それぞれ興味深い内容となっている。
 同じ著者による「橋はなぜ落ちたのか」と同じく、技術に関係する様々な要素を手際よく解説し、読者を飽きさせない一冊だ。現役技術者にもお薦めできるが、それ以上に「子供の頃は模型飛行機やプラモデルで遊んだが、今は事務職」というようなサラリーマンの方々に読んで欲しい。本書には物事の仕組みを探る喜びがあふれているからである。おそらくは読後、かつての模型を作った感触が指先に蘇るだろう。
 なお、本書最終章のテーマは巨大建築物だ。いかにして崩落しない建物を造るかが解説されていおり、1993年のニューヨーク世界貿易センターへの爆弾テロも扱われている。原著出版が1996年なので、本文中に911同時多発テロへの言及はないが、後書きによると著者は、「もう摩天楼は作られないだろう」と発言しているそうだ。あのようなテロでも壊れない建物を作るのは非常に困難であり、それならばオフィスを分散したほうがネットの発達した現在、実際的だからだそうだ。

(松浦晋也/ノンフィクション・ライター)

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原子をキーワードに宇宙論から地球生命までを語る

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 宇宙はどのように誕生して進化したかを調べる宇宙論は、ひっくり返すと「宇宙の中に生まれながら宇宙全体を認識しようとする我々は何者か」という哲学的な問いにつながる。だが「自分って何?」という問いにそうそう答えがあるわけではない。問いの対象を広げて「宇宙を認識する生命とは」「生命とは何」としても、かなりの難問だ。
 本書は、「宇宙とは」、「自分とは」という問いの間に、物質の基本単位である原子を持ち込む。「原子とは何であるか」という問いを挟み込むことで、宇宙論と生命史の両方を俯瞰しつつ解説するという趣向だ。原子を語ることは宇宙を語ることあり、また原子で構成されている生命を語ることでもあるわけで、なかなか上手な戦略である。
 記述は科学史や重要な発見があった時代の社会情勢への言及も含んでおり、平易で読みやすい。冒頭、神岡鉱山に設置されたニュートリノ観測装置「カミオカンデ」から説き起こし、ビッグバンへと話をつなげる。宇宙の進化から地球の誕生、生命の発生の進化と筆を進めて、巻末で「宇宙は開いているか、閉じてくるか」という話題で再度宇宙論に戻ってくるという構成だ。それぞれの話題の接続が自然なので、読者は違和感なく宇宙論と生命史の間を行き来できるだろう。
 一言で言うならば、「自分も含めた宇宙の丸掴み」を意図して書かれた本だ。大人向けに書かれた本だが、あえて中高生こそが読むべき本だと断言しよう。特に「宇宙って何」「自分って何」という根元的でやっかいな問いに取り付かれたティーンエイジャーに、お薦めする。適度にかみ砕かれた科学的で客観的な解説は、思春期にありがちな終わりのない自問自答から抜け出すためには、なまじの心理学の本よりもはるかに有用だろう。自分は宇宙で特別な存在ではないし、そのことは決して思い悩むようなことではないのだ。
 もちろん大人にもお薦めできる本だ。特に宇宙や生命に興味があるけれども取っかかりが見つからないという、文系教育を受けてきた人に最適である。

(松浦晋也/ノンフィクション・ライター)

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紙の本ナノテクノロジーを追う

2003/04/18 11:07

分かりにくい技術を分かりやすく説明

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 物事を誰にでも分かるように、簡単に説明することは容易ではない。説明するのが理科系の知識だと、その難しさはなおさらである。人間は「自分」を中心にして世界を認識しているが、理科系の知識では自分の感覚が把握している世界像とは矛盾したことを「これが正しいんだよ」と納得させなくてはならないからだ。「粒子であると同時に波である」というような、日常感覚からすれば矛盾したことをいわれても、おいそれと「分かった」とはいえないだろう。それどころか「重いものも軽いものも同時に落ちる」ということだって日常の感覚では当たり前ではない。コリオリ力を計算できる人でも、「コリオリ力を中学生にも分かるように説明しろ」と言われたら、途方に暮れる向きは多いのではないだろうか。
 本書はその難事に果敢に挑戦し、しかもかなり成功した本である。テーマは昨今はやりのナノテクノロジー。科学史のエピソードや適切な比喩を多用することで、これらの新しい技術の見取り図を読者の前に広げてみせる。概論から始まり、医療用ナノテク、ナノマシン、分子エレクトロニクスというように個々の分野を説明していくオーソドックスな構成だが、全体は短いトピックスの連続になっていて、拾い読みをしてもいいようにできている。
 驚いたことに著者は大学を卒業したばかりの若者で、本書は在学中に主催していたメールマガジンで発表した文章を集めたものだという。文章が読ませるだけの「華」に欠けるあたりに若さが出ているものの、これだけ分かりやすい説明ができるというのはなかなかの才能だ。早い話、量子コンピュータを本書のように簡明に説明することはなかなかできるものではない。本書の後書きからは、現在どのような仕事に就いているかわからないのだが、今後が楽しみである。
 新しい技術についての知識を仕入れなければと考えている大人はもちろんのこと、ちょっと知的に背伸びがしたい小学生高学年から中学にかけての理科少年にもおすすめできる。できれば学研の「大人の科学」あたりと合わせて、子供への贈り物にすると知識と実践のバランスが取れていいだろう。

(松浦晋也/ノンフィクション・ライター)

【目次】

第0話 トップダウンのナノテクノロジー 限界へ突き進む半導体
第1話 ボトムアップのナノテクノロジー 小さいばかりが能じゃないナノテクノロジーの創造性
第2話 難病とたたかうナノテク ナノテクと医療の関係は?
第3話 生物というナノマシン ナノワールドに存在する「ゆらぎ」の世界
第4話 ディスプレイを変えるナノテク LEDに浮かび上がる21世紀の姿
第5話 近未来のプラスチックコンピュータ すべてのものにICチップを
第6話 分子エレクトロニクスの現状 分子一つひとつを主役に押し上げる研究
第7話 量子コンピュータで夢の高速計算 コンピュータにできない計算をナノテクが解く
第8話 難攻不落の量子暗号 量子テレポーテーションが通信傍受不能な暗号を作り出す
第9話 産声を上げたDNAコンピュータ 自ら完成するジグソーパズル

同時刊行
『こちら気になる科学探検隊 バイオテクノロジーを追う』

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科学振興による日本復興の仕掛け人が語る

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 1945年8月15日、日本は連合軍に無条件降伏した。
 1カ月後、アメリカ陸軍のダグラス・マッカーサー将軍が占領軍(GHQ)司令官として日本に乗り込んでくる。それから7年間、日本は国としての独立を失い、アメリカに管理された。日本を占領したアメリカは、2つの目標を持っていた。すなわち、日本が二度と軍事大国にならないようにすることと、疲弊しきった日本経済を立て直し、アメリカが資金を投入しなくても自活できるようにすること。本書は占領下の日本において、科学技術政策の立案に携わった著者の回想と、占領下の科学技術政策の通史をまとめて一冊にしたものだ。

 著者らは、日本の科学技術を焦土から復興させるためにさまざまな施策を打ち出していく。そのバックボーンとなったのは「科学技術こそが日本の経済的自立に導く」という確信だった。読み進むと、占領下の日本における「秘話」と呼びうるエピソードが次々に出てくる。日本陸軍が行っていた「殺人光線」研究装置の保全、1948年に礼文島で観測された日食への遠征隊派遣、工業規格の策定などなど。

 興味深いのは、占領軍が行った二大禁止政策である、航空科学と原子力研究の禁止についての著者の態度だ。航空科学禁止についてはあまり触れていないにもかかわらず、原子力にはかなりの紙幅を割き、仁科芳雄博士などが開発していたサイクロトロンを米軍が破壊したことを「占領軍最大の失策」して非難しているのだ。どうやら航空の禁止は「当たり前のこと」であったのに対して、原子力は様々な民生応用が考えられるので一概に禁止するべきではないと考えていたようである。

 敗戦直後、世間では「科学する心」という言葉がはやったという。そこには「科学力が劣ったから戦争に負けた。日本は“勝つ”ために科学を振興させなくてはならない」という認識があった。同時期に著者らは、日本を経済的に復興させる手段として、科学技術振興を目指して働いていた。つまるところ「戦争をさせない手段として科学を振興」していたわけだ。

 地味な本だが、知られざる歴史に光を当てる好著である。占領史に興味がある人はもちろんのこと、「日本の自立」とか「普通の国日本」といった言説に惹かれる人も必読であろう。「日本の自立」といっても、歴史的にきちんと考えていくと、そう簡単な話ではないのだ。

(松浦晋也/ノンフィクション・ライター)

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性病と文化の関係を追う

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 人生を要約すると「食ってヤって死ぬ」だなどと言うこともあるが、実際内田春菊に指摘されるまでもなく「私たちは繁殖している」。ところが生物の世界には、その生殖の仕組みに乗っかって繁殖する細菌だのウイルスだのが存在する。性病だ。生殖が人間にとって根元的であるが故に、性病も人類の文化に多大な影響を与えてきた。本書はそういう性病と文化の関わりを追った本だ。
 冒頭で梅毒が世界中に広がる過程が紹介される。1493年にバルセロナで発病者が見つかり、船乗りと傭兵がヨーロッパ中に梅毒を広げ、1世紀もしないうちにアジア大陸を横断して日本に上陸する。コロンブスの艦隊がハイチから持ち帰ったという説が有名だが、真偽ははっきりしていない。
 そして梅毒に感染した歴史的有名人のリストがすごい。ヘンリー8世、イワン雷帝のような王侯貴族、詩人のハイネ、小説家のモーパッサン、作曲家のシューベルトにフーゴー・ウォルフ、哲学者のニーチェなど、枚挙のいとまがない。
 著者はそのような梅毒の流行を許した近世ヨーロッパの風俗、治療法の追求のその社会的影響と筆を進めていく。誤った水銀療法で幾多の命が失われ、有名な富豪フッガー家は、梅毒に効くとされた南米産のグヤナク木の販売で富を築き、そして19世紀に入って病原体であるスピロヘータの発見、そして治療薬のサルバルサンの発明へと至るのだ。
 最後の第4章は、20世紀に見つかった性病であるエイズについてまとめている。その感染拡大の過程と人々の対応が梅毒の時と似ているというのは恐ろしい。確かに我々は繁殖しているが、性病という繁殖の敵に対するスタンスは、今もぶれ続けているのである。
 性病のメカニズムとその時代毎の治療法、風俗、文化、医学と広い分野を渉猟しているが記述はあっさりしている。この分野ならもっと大部な著作にすることもできたろうが、筆致はあくまで話題提供というスタンスに留まっている。性病を通じて世界史を概観するというよりも、酒席でのちょっとした話題提供に役立つ本だ。

(松浦晋也/ノンフィクション・ライター)

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新発見を巡るレースと、それに翻弄される人々

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 がんは今なお我々にとってもっとも身近な難病だ。が、科学に進歩は目覚ましく、その正体はここ10年ほどで急速に解明されつつある。がんは、遺伝子の異常が起こしていたのだ。本書は1970年代後半から現在にいたるまでのがん研究の実態と、それが社会にもたらした影響を追ったもの。著者はウォール・ストリート・ジャーナルの科学担当記者を長く務めた医学報道のプロである。

 冒頭、1992年の乳がん遺伝子発見と、その発見がある女性の運命を変えたという、劇的なエピソードが披露される。一族の多くが乳がんを患う家系に生まれた彼女は、事前に乳房を切除する手術を受ける寸前だった。しかし彼女が乳がん遺伝子を受け継いでいないことが遺伝子検査で判明する。手術を受けなくてもよくなったのだ。

 これは医学の福音だが、同時に複雑な倫理的問題をも提起することになった。果たして人は、自分ががんの原因遺伝子を受け継いでいるということに耐えられるのか、生命保険や就職などで差別が起きはしないか——社会に巻き起こる混乱を尻目に、研究者たちはがんの原因となる遺伝子の変異を巡って激烈なレースを繰り広げる。家系図が完備しているモルモン教徒の記録から、特異的にがんを患う家系が抽出され、彼らの遺伝子からがんの原因となる部位がすこしずつ特定されていく。

 研究者相互の争い、がん家系に生まれた人々の悩みと葛藤、がん遺伝子に関する科学解説が、巧みな語り口の中にバランス良く盛り込まれている。「読書が遅くて」という人も3日もあれば読了できるだろう。がんに限らず健康に不安を感じている人、特に女性にお薦めしたい本だ。みのもんたのテレビ番組を見て、ココアやざくろを買いにスーパーに走る前に、まず本書を読もう。不安は無知からくる。知識こそが力なのだ。
 本書が生半可な健康法よりも、不安解消に効くことを保証する。

(松浦晋也/ノンフィクション・ライター)

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