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先月(2017年2月)

-さんのレビュー一覧

投稿者:-

6 件中 1 件~ 6 件を表示

アイアイの特徴と人類の二足歩行の起原をつなぐ見事な論理

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 傑作と言っていいだろう。本書は、現生霊長類の生態および形態の特徴と、人類が二足歩行をするようになった理由という、一見離れた2つの話題を見事につなぐものである。中心となる概念は、著者の手になる「口と手連合仮説」だ。

 口と手連合仮説は、霊長類の歯と手の形、そして主食の間に強い関係があると主張する。著者はこの視点をマダガスカルでのアイアイの調査から得た。アイアイの手の形は特異で、特に中指は針金のように細長い。歯もリスのようで、霊長類では特殊なものである。それは何故か。著者は原因がその主食にあることを発見し、さらに他のサルを調べることで、この関係が霊長類一般に存在すると確信する。これが本書前半の内容だ。

 口と手連合仮説には、形は知られているが生態のわからないサルの主食を推理する力がある。そのようなサルとして、後半では初期人類が取り上げられる。著者は初期人類の主食に関する既存の説を検討し、70年代に発表された1つの説に注目、それを口と手連合仮説と組み合わせ改良することで初期人類の主食を見い出し、その仮定の上に、人類が二足歩行を始めた理由にまで到達する。

 本書は一般向けの解説というより専門家向けの論文だが、説明がわかりやすいため一般書として問題なく成立している。性質上、妥当性の判断にはピアレビューが必要だが、専門外の私が見た限り議論はほぼ健全である。ところどころで論理が怪しくなるが、それらの妥当性は議論の本筋に影響を及ぼさないと思われるので、問題はないだろう。個人的には、初期人類に関する議論はゆるくならざるを得ないと思っていたので、本書には認識を改めさせられた。

 本書の勝因は議論のスタイルだろう。対象をよく観察し、よく考え、一般性の高い結論を引き出し、それを武器にさらに難度の高い問題に挑戦する。こうすることで地に足の着いた議論ができ、抽象度の高い話題でも読者を放り出さずにすむ。見事だ。

(上原子 正利/bk1科学書レビュアー、km_bk1@mail.goo.ne.jp)

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読者を試す「面白さ」のグレイゾーン

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イグ・ノーベル賞の存在が日本で知れ渡ったのは、犬語翻訳機バウリンガルの受賞がきっかけだろう。そのせいか、この賞は一般に「ユーモア」という言葉で表現されることが多い。私もそういうものだと思っていた。しかし本書を読むと、どうもそう単純なものでもないようだ。

本書で紹介される受賞業績を見てみよう。シンガポール首相による国家規模でのツバ吐き禁止の強制、グリズリーと安全に親睦を深められるスーパースーツの開発、ニワトリの体内で起こる常温核融合の研究、ミニ原人ミニ竜の化石の発見、直腸に挿入された異物に関する論文の分析、恋愛と強迫神経症が生化学的に区別できないことの発見、台湾議会の乱闘習慣……

と列挙しても、色々な意味で混乱していてどういう賞なのか分かりづらいだろう。この賞の授与対象は、「人を笑わせ、そして考えさせた」研究、「真似ができない/するべきでない」業績とされている。この基準も分かりづらいが、要は選考委員会がどんな意味であれ面白いと思えば対象になるようだ。どんな意味でもいいので、「面白さ」の一般性は考慮されず、好意的な面白さと冷笑的な面白さの区別もない。受賞業績を見ると、多くの人が笑いそうなものも微妙なものも同じ扱いで並べられている。しかも、本書では各業績がどういう意味で面白いのかが説明されない。「業績に対する良し悪しの判断は、各個人の主観に完全にゆだねられている」(p.29)。そのため読者は、次々と現れる「面白い」業績を自分で解釈しなければならないのだ。

この混乱は意図的なものらしい。「総じて世間は、ものごとを二つに分けることを好むようだ。(中略)その点でイグ・ノーベル賞は趣を異にしている」(pp.11-12)。ノーベル賞ならまずまともだと思っていいだろう。トンデモ本大賞ならまずアレだと思っていいだろう。しかし、イグ・ノーベル賞はそんな単純な判断を許さない。「考えさせ」るのだ。なかなか深い賞である。

(上原子 正利/bk1科学書レビュアー、km_bk1@mail.goo.ne.jp)

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「イギリス地質学の父」は相当珍しそうな人物だった

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 ウィンチェスターのこれまでの本は、テーマの選択が絶妙で、記述は詳しく、派手さは無いが無味乾燥にはならない印象の良いものだったが、本書もその通りだ。今回は1800年前後のイギリスを舞台に、科学としての地質学の成立に重要な役割を果たしたウィリアム・スミスという人物が描かれている。

 当時のイギリスでは、主流派がキリスト教の信念に支配される一方、知識人は科学的な思考を受け入れ始めていたようだ。世界観の過渡期に生まれたスミスは、測量士として炭鉱に入るうち、地下の世界の重要な法則を発見する。その法則は、地層は一定の順序で重なりそれぞれ一定の化石を含むという、今日では当り前だが当時は誰も気付かなかったもので、これによってスミスはイギリスの広範囲の地質図を初めて、しかも独力で作り上げることに成功し、後に「イギリス地質学の父」と呼ばれるようになる。

 という科学上の業績も重要だが、本書で面白いのはスミスの人生全体だ。彼は田舎の鍛冶屋の息子であり、科学界の中心の上流階級と同化できずに盗用され排斥される一方、能力の高さ故に援助され名誉を回復される。宗教との関係も微妙で、彼の発見は科学的世界観の大きな部品であるにもかかわらず、敵対関係にはならない。性格や行動は特徴的で、「落ち着きがなく、おしゃべりで、飛躍が多く、ぞんざいなところもあ」り、定職に就かず技術者の腕一本で国中を飛び回り、無計画な金遣いで債務者監獄に放り込まれ、22歳年下の妻は精神に異常をきたしている。色々な意味で境界にいる、相当珍しい人物だったようだ。著者は詳細を省かないため(余談も多い)、当時の状況がよく再現されている。

 ただし本書には、大げさな表現や軽薄な単純化が所々で目に付くという問題がある。劇的な演出を狙ったのだろうが、詳細を重んじる著者の資質は安易な単純化の対局にあるため、無理をして失敗した感がある。読む時はこの点に注意を払う必要があるだろう。

(上原子 正利/bk1科学書レビュアー、km_bk1@mail.goo.ne.jp)

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あなたは数学者 上

2003/03/26 17:32

数学を勉強するのではなく、数学で遊ぶための本

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 数学の力には3つの側面があると思う。科学や工学の道具としての力、学習者に論理的な思考の訓練をする力、そして、考えることが好きなら誰でも楽しめる遊び道具としての力だ。1つめと2つめは受け入れられやすいだろうが、3つめはどうだろう。一般に数学は遊び道具どころかネガティブなイメージで捉えられがちだ。それも当然で、ほとんどの人にとっての数学に接した経験が、おもしろくもない教科書を使って強制的に勉強させられるというひどいものだからだろう。

 数学で遊ぶといっても、遊び方の参考になる本はあまりない。中学や高校の教科書は決まった答に向けてほぼ決まった道筋の上を進むもので、遊びには耐えない。大学でも、運良く良質の教科書を見つけでもしない限り事態は変わらない。一般向けの数学関連書はどうかというと、数学の外部から数学を描いた本なら、例えばサイモン・シンの優れた著作がある。しかし、それはあくまで外から眺めたものだ。自分で遊ぶための参考にはしづらいだろう。

 この本はその目的にかなうものだ。著者は数学の歴史を振り返りながら実際にさまざまな問題を考えることを通じて、数学をするときに必要な物事の考え方を読者に伝えようとしている。私の場合、受験のためにやっていた数学は数学ではないと後から気付いたのだが、本書の記述はそういう感覚とよく一致していてうなづかされ(例えば観察と帰納の重要性)、かなり楽しませてもらった。

 しかし、これは対象読者を選ぶ本でもある。文章は所々でわかりづらいし、図には間違いや欠落があり、解読に手間がかかる。数学慣れしていない読者にはかなりの努力を要求するはずだ。その辺は割り切って、自分のペースと理解にあわせて読めばよいだろう(私も結構な数の問題を無視して飛ばした)。読むときには必ず紙とペンを用意し、いろいろ書きながら問題を考える必要がある。たとえゆっくりでも読み進んでいけば、思考能力が相当鍛えられるはずだ。

(上原子 正利/bk1科学書レビュアー、km_bk1@mail.goo.ne.jp)

【目次】
上巻
はじめに
訳者まえがき
1 三角形の秘密の世界
2 数とパターン
3 科学としての数学
4 数学ゲーム
5 数学ゲームを作る
6 認識力と想像力
索引

下巻
訳者まえがき
7 類似性と類推
8 確実性、証明、啓示
9 科学における数学
──真理を求めて
10 科学における数学
──近似モデル
11 数学のたのしみ
12 ミニアチュアの世界と長い旅
13 数学の冒険
索引

【関連書】
新井紀子著・ムギ畑編『数学にときめく あの日の授業に戻れたら』講談社ブルーバックス
上原子正利氏による書評→「素人だからといってナメてはいけない」

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専門家は説明する時に何をしなければならないか

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 微妙な本である。本書は、一般読者を対象に熱力学を本格的に説明しようとしたものだが、一般向けとしては失敗していると言って間違いないだろう。わかりづらい本である。わかりづらさの原因は、内容のレベルの高さというより説明の技術にある。説明慣れしていない専門家の文章が適切なチェックを受けることなくそのまま外に出てきたかのようだ。読者が専門家ならわかりづらい論理や説明不足も補って読んでくれるだろうが、一般向けでこれは通用しない。
 かといって、全くダメな本と言う気にもならないというのが微妙なところだ。書名や目次から想像できる話の枠組はおもしろそうに見える。丁寧に仕上げれば成功したのではないかと思う。もったいない、という印象を受ける。

 内容は、エネルギーとエントロピーの初歩的な説明、それらの概念が成立するまでの歴史的な過程、生物学などの他分野との関係、量子力学と相対性理論による修正などである。これらの説明では一般向けを意識して数式の使用が抑えられているが、そのせいで逆にわかりづらくなっている。本書の文章の堅さを考えれば、高校レベルの数学まで使っても問題ないはずだが、著者は付録の数学の説明で「比例関係」のような初歩的な概念まで説明している。そういう説明を必要とする人は、数式のあるなしに関わらずこの文章にはついて来ないだろう。つまり、著者は対象読者層の設定に失敗している。個々の事項の説明では、結果を天下りに与えることで読者を放り出す場面が目立つ。

 本書を改良するなら、まず対象読者を明確にすることが必要だろう。次に、その対象読者層に属するレビュアーを用意し、その人物に理解できるように説明を組み立て直す必要がある。利用する数学の程度の決定や天下りの記述といった問題は、こういう過程を踏んでいないから起きるのだろう。説明とは相手があってのことである。相手に向き合わなければ、それは独り言になる。

(上原子 正利/bk1科学書レビュアー、km_bk1@mail.goo.ne.jp)

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紙の本監視社会

2003/01/15 18:18

今日の監視社会をどう認識すべきか

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 現在の我々の社会は監視に満ちている。そして、その監視は、巨大な権力を持つ組織が大衆を管理するために行なっている、といった単純な枠組みで捉えられるものではない。本書は、そのような「オーウェルは仄めかしてすらいない」今日の監視社会をどう認識すべきか論じたものである。

 監視社会の成立は、科学技術の進歩に影響されているが、技術決定論では理解できない。著者はこう言う。「私たちの遊牧民的世界にあっては、見知らぬ者たちの社会の追及するプライヴァシーが、実際には、監視の高まりをもたらす」(p.51)。その通りだろう。だから、監視の主体は社会に遍在する。「日常生活へのこうした集中的注視の背後には、いかなる単一の作為主体も存在しない。問題は、近代型の集権化されたパノプティコン的管理ではなく、個人データをかなり自由に流通させる多中心的な監視ネットワークなのである」(p.250) 。監視「国家」ではなく、監視「社会」なのだ。そして、一般には対立すると見られがちなプライバシーと監視の関係も、「今日の監視は、人間集団を分類・類別化する手段であり、単に、個人的空間を侵害する手段、個人のプライヴァシーを侵犯する手段ではない」(p.258)ということになる。

 これらの議論は、監視を単純に肯定するものでも否定するものでもなく、現実的なものだ。また、著者の意識の中心には、リスク管理が適切な代替道徳だという思想への異議があるようだ(p.28)。これは考察すべき価値を持つ問題だが、そのための方法は具体性を欠いている。続巻で議論されるのだろうが、困難な作業になるだろう。

 なお、本書は文章がわかりづらい。これは、内容の難しさのためではなく、著者の説明能力か、訳文の問題だろう。この点は本書の価値を下げている。不明瞭な文章から意味を読み取ることを嫌う人には本書は勧められない。狙いは良いので、他の研究者によって洗練された形で議論が再構成される事を期待したい。

(上原子 正利/bk1科学書レビュアー、km_bk1@mail.goo.ne.jp)

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