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15 件中 1 件~ 15 件を表示

ナショナリストの溜飲を下げるものではないが、知的に面白い

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書は、アメリカにおける朝鮮史研究の専門家が著した、比較的中立な立場の書物である。
 歴史は政治によって解釈が変わる性質のものとはいえ、日本の近現代史は過剰に政治的に解釈され、時として客観的データが無視されてきた。
 朝鮮人(韓国人と北朝鮮人の総称として使っているだけで他意はない)とそれに迎合する多くの日本人は、朝鮮半島における日本の「植民地支配」を絶対悪とみなしてきた。朝鮮半島の経済発展を妨害してきた日本が立ち去った1945年以降、ようやく朝鮮人は経済に力を入れ始め、奇跡の経済成長を実現したのだという(現状では韓国に限られた話になってしまったが)。
 一方、日本人のなかには、日本が朝鮮半島を近代化させたのだと主張する者もいる。日本は朝鮮人を搾取するどころか、資金的には持ち出しの方が多く、日本人は同じアジアの同胞として、半ば無償の善意をもって朝鮮半島の近代化に努めたという。
 いずれの主張も、客観的データよりは自己弁護の色合いが強いものだ。歴史は、身の丈を無視した自己愛や恩着せがましい修辞で語られるべきではない。
 本書では、戦前の朝鮮資本の代表格であった「京城紡織株式会社」と資本家の金一族を通して、「植民地支配」の実態と近代化の萌芽が明らかにされていく。
 日本は「圧制者であると同時に、社会経済の変化の推進者」として振る舞い、「資本主義発展の最初の原動力」となったのだった。
 朝鮮資本は「宗主国」に柔順であり、満州国建設にも実業界の立場から賛成していた。朝鮮半島は決して帝国主義とは無縁の貧しい経済ではなく、それ相応の経済力を身につけていたのである。
 朝鮮半島の戦前経済史を解き明かして行く作業は、ナショナリストの溜飲を下げるものではないが、知的に面白い。ただ、知的な面白さが魅力であるからこそ、場違いに挿入された朝鮮半島の民族運動、ナショナリズムの記述が邪魔になっているように思う。本書のような中立な本であっても、政治的なアリバイを施しておかないといけないのだろうか。
(宮島理/フリーライター 2004.02.11)

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この日本で、43年間ものサバイバル生活を続けた男の半生

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 43年間、日本の山奥でサバイバル生活をたったひとりで続けていた人物がいる。
 高度成長、バブルと日々変転する俗世と切断された場所で、ひとり違った「時間」を過ごしてきた人物の生い立ちには、人情の厳しさと優しさが同居している。
 本書の著者でもある加村一馬さんは現在57歳。昭和21年、群馬県で8人兄弟の4男として生まれた。
 幼い頃は、父親とはよく山に出かけ、貧しい家庭の食事を支えるために山菜やきのこを採取した。「かぶと虫の幼虫の食べ方」や「ヘビの食べ方」も父親の見よう見まねで覚えた。山中での「かやぶき屋根の家」の作り方も学んだ。
 次第に加村さんは両親から折檻を受けるようになる。度重なる折檻に絶えられず、ついに犬のシロと一緒に家出を決断。足尾銅山の洞穴に住み着く。
 この一時の家出が、後に43年間ものサバイバル人生へとつながっていく。
 加村さんはこう述懐している。
「親父から逃げ出したくてたどり着いた足尾鉱山で、親父を思い出してひのきの枝を束ね、入り口の風よけを作る。そのときはただただ必死で作ってるだけだったけど、いま思えば何とも複雑な気分だったな……」
 親の折檻から逃げ、人間を避けるようにして山奥に住み着いた時、生き抜くために役だったのは、幼い頃、親から教えられた「智恵」であったという皮肉。
 一方で、シロとの死別、自殺の衝動にかられ、富士の樹海に入ったエピソードなど、43年間には苦しみもたくさんあったようだ。
 加村さんは2003年9月に保護された。長い孤独な時間を経て、ようやく人情に囲まれることになったのである。
(宮島理/フリーライター 2004.06.20)

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日本について言いたい放題、中国とアメリカの本音が見えてくる機密文書

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 1971年、ニクソン訪中の地ならしのために、キッシンジャーが秘密訪中していた。主に周恩来と会談し、その記録はずっと機密扱いされてきたが、2001年に機密解除された。
 会談では、ベトナムや台湾、朝鮮半島などの問題について、驚くほど率直に意見が交わされている。計10回に及ぶ、周恩来・キッシンジャー会談記録は膨大だ。日本について言及されている分だけ、ざっと紹介しよう。
 周恩来・キッシンジャー会談記録が機密解除となった時、まず話題になったのが昭和天皇に関する記述であった。
周恩来 天皇に会われたことはありますか?
キッシンジャー とても複雑な人物です。真に心からの会話はありませんでした。総理、私はこのことで何か秘密を明かそうとしているのではありませんよ
 一部新聞記事では、両氏が日本の「天皇制」に対する生理的違和感を表明していたかのような書きぶりだったが、本書で該当箇所を確認してみると、昭和天皇のパーソナリティに言及しているだけだった。周恩来が「天皇は、日本軍国主義を維持するシステムの基礎」と発言しているものの、北京政府の態度としては月並みなものである。
 両氏の関心はほとんどすべて、日本の「軍国主義復活」に寄せられている。周恩来は、アメリカがアジア支配の前衛として日本を軍事強化しようとしていると非難する。
 キッシンジャーも一部反論しながら、大筋では「危機感」を共有しており、いわゆる「ビンのフタ」論によって在日米軍の存在理由を説明している。アメリカは日本の暴発を抑えているのであり、周恩来が望むような「日本の中立化」を実現すれば、日本の再軍備は進み、中国はかえって後悔することになるだろうと指摘している。
 また、周恩来は経済発展した日本についてこうも語っている。「経済の拡大は必然的に軍事的拡大をもたらします」──高度成長を続けながら、軍事支出を急速に増やしている現代中国を予見するかのような言葉である。
(宮島理/フリーライター 2004.04.19)

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「いい人たち」が作り上げた「道路の権力」

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 道路公団民営化推進委員会委員である猪瀬直樹氏が、官邸、自民党、国交省、道路公団、そしてマスコミと、現代ニッポン権力の源泉である「道路」を取り巻く現場を丹念に記録した、読み応えのある一冊である。読者の関心も高く、早くも10万部を突破している。
 まず本書を読んで誰しも驚くのは、いわゆる道路公団内部の「改革勢力(片桐・元民営化推進委員会事務局次長)VS抵抗勢力(藤井・前道路公団総裁)」という図式が、実は「公団益」をめぐるコップの中の嵐に過ぎないという指摘だ。その証拠に、いわゆる「改革勢力」は不自然にファミリー企業問題を無視していると猪瀬氏は言う。(「構想日本」や「言論NPO」といった団体が「改革勢力」に与しているのも、どういう裏事情があるのか気になるところだ)
 詳細は本書を読んでもらいたいが、要するに「改革勢力」とは公団の抱える債務を税金で処理して「きれいなカラダ」で民間会社となり、株式上場を目指そうという立場。一方の「抵抗勢力」は、とにかく新しく道路を造りたいという立場だ。(この対立は藤井氏ら技術系職員と片桐氏ら事務系職員との主導権争いが根っこにあるとの指摘は以前から報道等でなされていた)
 猪瀬氏はそのどちらの立場でもなく、あくまで税金を使わずに債務を処理するべきと主張している。その点で、当然ながら最近出てきた「高速道路無料化論」とも相容れない。
 本書に収められたスリリングな場面としては、何と言っても今井委員長が辞任に至るまでのやり取りだろう。緊迫した委員同士の議論が、迫力ある筆致で描写されている。石原行革担当相(現・国交相)が印象通り頼りない男として描かれているのも笑える。
 猪瀬氏は「いい人たちがニッポンを支えている、そしてニッポンを駄目にする」という。これは、組織を弛緩させ駄目にするのは、わかりやすい「悪役」ではなく、多数の「怠惰な凡人」だという一面の真理を指している。
(宮島理/フリーライター 2003.11.25)

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アメリカの「不正の文化」を告発する社会批判の書

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 現代アメリカにはびこる「不正の文化」を告発する一冊。企業トップから医者、スポーツ選手、消防士、工場労働者まで、あらゆる階層の人々が、道徳や社会的忠誠心よりも目先の私的な利益を追い求めて、不正を働いているさまざまな事例が、いくつも紹介されている。
 本書によれば、現代アメリカに「不正の文化」がはびこるようになった原因は、「勝ち組と負け組の差」の拡大にあるという。「そんな社会では、勝つためなら手段を選ばない人間が増えてくる。これは、不正の文化を理解するうえでまちがいなく重要な点」であるというのだ。
 経済格差が生まれた遠因は、そもそも保守派が推し進めてきた市場主義的な思想にあると本書は考えている。ルーズベルト以来ジョンソンまで、アメリカは「政府の積極行動主義」によって労働者の権利を守り、市場を適切に規制し、強者と弱者の格差を縮めながら発展してきた。その流れをつぶして、市場主義を加速させたきっかけが「ロナルド・レーガンの大統領就任」であったという。
 保守派は「犯罪、麻薬、婚前性交渉」については熱心に懸念を表明してきたが、「欲望、嫉妬、物質主義、不平等」については「道徳論争から除外」されてきたとし、主に歴代の共和党政権を厳しく批判している。
 ただ、本書にはひとつ大きな問題がある。具体的なデータに乏しいのだ。このことは本書自身も認めていて、「結局、この本は、社会学というより社会批判の一冊だ。今日行われている不正の大半を過去のある時点と比較するデータはまず含まれていない」と告白している。
 さらに「どのみち、だます側は自分の行動や動機について率直には語らないものだ」と、半ば開き直った態度も見せている。なるほど、経済格差が拡大した90年代に政権を担っていた民主党政権(クリントン)よりも、その前後の共和党政権(レーガン、ブッシュ)に対して名指しで批判的な態度をとっている本書もまた、隠された「動機」を持っているのかもしれない。
(宮島理/フリーライター 2004.09.23)

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紙の本下山事件

2004/03/21 17:55

下山事件の「闇」、現代ニッポンの「闇」

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 1949年に立て続けに起きた、下山事件、三鷹事件、松川事件という3つの鉄道事故をきっかけに、反共の気運が高まり、日本は「逆コース」へと突入した──というのが、教科書で習う戦後史の「常識」となっている。
 なかでも、下山定則国鉄総裁が礫死体となって発見された下山事件は世間を揺るがした。当初は共産党=労組が犯人と目されていたが、その後、真相は藪の中である。
 一方で、下山事件はGHQ=右翼が仕組んだ「謀略」であり、共産党=労組を反社会的存在として世間に認知させようとしたのだ、と主張する著作も少なからず存在してきた。
 本書も、基本的には後者、つまりGHQ=右翼が事件に関与していたのではないかという視点で、推理を試みている。
 矢板玄という、戦前は「矢板機関」、戦後は「キャノン機関」に関わっていたとされる人物を補助線にしながら、事件の「闇」に迫っていく。
 途中、矢板玄をめぐる最大の「手がかり」を見失ってしまうなど、消化不良なところもあるのだが(詳しくは本書を読んでいただければわかるが、この「手がかり」喪失は不可抗力なのでしょうがない)、松川事件と下山事件を結ぶ「亜細亜産業」というキーワードを発見し、かつて亜細亜産業が置かれていたという現存するビル(通称「ライカビル」)を訪ねたりと、読者を引き込む装置には事欠かない。
 個人的には、矢板玄の弟である康二氏の言葉が印象に残った。
「(兄は)人を殺めるようなことはしていないと俺は信じている。……仮にもし、仮にだけど下山事件がなかったら、今の日本はどうなっていたと思う?」
 最後に、本書はいわゆる謎解き的な本というよりも、下山事件を通して現代ニッポンの「闇」を知るという、筆者が他の著作・映像においても一貫して抱えているテーマが描かれているものだということを付記しておく。
(宮島理/フリーライター 2004.03.15)

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石原慎太郎「無意識過剰」の深層に迫る

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 国内外から「ウルトラ・ナショナリスト」との評価がある一方で、首相待望論も根強い石原慎太郎・東京都知事。本書は、慎太郎という無邪気で過激な「無意識過剰」の人物を、父・石原潔の生い立ちにまで溯って描く大部である。
 スキャンダラスな描写として、慎太郎の異母兄の存在が、慎太郎本人の口から初めて語られている。潔は艶福家であり、芸者遊びも巧かったという。
 そのような父を持つ慎太郎だからこそ、美濃部亮吉や宮沢喜一といった「知的スノッブ」を嫌悪しているという本書の指摘は興味深い。一般大衆以上に知的スノッブを嫌悪する慎太郎の特性が、ポピュリズムの源泉になっているとしている。
 また、潔が山下汽船というベンチャー気質の海運会社に勤めていたことから、慎太郎が官僚気質の巨大海運会社、日本郵船へのコンプレックスを顕わにするくだりも面白い。
 この日本郵船的なるものへの「競争心と敵愾心」が、現在の慎太郎が抱いている官僚嫌いの原因のひとつになっているという。
 慎太郎が若い頃、左翼活動へ傾倒していたという「疑惑」についても言及されている。しかしそれも、「転向」ではなく、むしろ変わったのは戦後日本の方であり、慎太郎の「座標軸」はブレていないとする。
「反米」とされる慎太郎の態度も、内実は「日本をまともな普通の国として認めてくれ、というアメリカへの根強いエディプスコンプレックス」の裏返しだと、筆者はその深層心理を推測する。
 本書のタイトルにもなっている「てっぺん野郎」は、昭和37年から38年にかけて慎太郎が書いた恋愛娯楽小説だ。典型的な成り上がり者が主人公のこの作品が世の出たのち、慎太郎は政治運動に手を染め、やがて政治家になっていった。
「てっぺん野郎」はこれからどこへいくのか。筆者とともに考えさせられる一冊である。
(宮島理/フリーライター 2003.10.30)

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敗者が勝者をリードする?!戦争という皮肉

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 戦争と勝利は同じものなのだろうか。
 いわゆる「9・11」を体験したアメリカは、世界中から同情を得ることとなった。しかし、イラク戦争に「勝利」した途端、一転して国際的な非難を浴びるようになる。イラク統治が重荷となり、一日も早い主権回復に躍起となった。戦争に勝利することと、良い戦後を迎えることとは、必ずしも一致しない。
 本書は、従来考えられてきた、戦争の目的は勝利であるという通念を徹底的に疑う。
 第二次世界大戦で敗れた日本とドイツは、敗北によって良い戦後を手に入れた。さらに究極の敗北者であるユダヤ人は、古代エジプト人やバビロニア人といった迫害者たちが滅亡するなかで、「敗北のプロフェッショナル」として二千年間生き残ってきたという。
 これらの歴史的解釈から、筆者は敗北こそ最善の策であるとの結論を導き出す。
 興味深いのは、勝利は相手の敗北によってしか成し遂げられないが、敗北は敵の同意に関係なく「ドゥ・イット・ユアセルフ(自分でできる)」であるという分析だ。つまり、勝利を獲得するには幾多の困難を伴うが、敗北は簡単に手が届く。今日のように超大国アメリカが覇権を握る状況では、敗北はより効果的な手段になるという(なんとも強烈な皮肉だ)。
 ただし、敗北にも作法と条件がある。筆者は「戦うための敵をつくる」「国民の結束を弱める」「軍隊を弱くする」「国旗から白旗をつくる」など、事細かに敗北のマニュアルを提示する。両手をあげて降伏する際の、腕の角度まで指南する偏執ぶりが笑える。
 勝利だけを目的としていたのでは、いつまでも戦争は終わらない。たとえばイスラエルが過去の戦争において勝利をあえて放棄し、うまく敗北していれば、講和交渉をするために否が応でもアラブ諸国に国家として認知されることになったはずと筆者は言う。
 中東戦争にも従事した筆者ならではの炯眼が、凡百の反戦思想とは違った国家と民族の「勝利」像を描き出している。
(宮島理/フリーライター 2003.09.24)

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功利的な楽観主義が描く21世紀の世界

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 イギリスのジャーナリストである筆者は、反米と反グローバリゼーションの風潮に対して、「アメリカ帝国」とグローバリゼーションの効用を物静かに説く、高校教師のようである。
 アメリカは、ローマ帝国や大英帝国と違って、帝国を築くことなく世界的な覇権を握った最初の国である。それまでの帝国と違い、アメリカの「支配」は寛容の精神に貫かれていると筆者は言う。
 多国間主義の立場から、アメリカのユニラテラリズム(一国中心主義)を非難する声は大きい。「世界が一国による圧倒的な支配という状況にとどまるよりは、力の均衡のとれた状態へと移行する傾向がある」という古典的な国際関係論に対して、筆者は、冷戦終結以後、アメリカの同盟国がむしろ増え続けている事実に着目する。「あのように強大な国と対峙した場合、たいていの国は立ち向かうよりも、むしろ取り入ろうとするようだ」とミもフタもないことを言う。
 20世紀の前半には、2度の世界大戦や大恐慌などにより、世界は混乱に陥った。これは、イギリス帝国がその力を失い、力の空白が生じたからだ。このことから「人間の営みのなかで無秩序は伝染病のごとく世界に広まる」という教訓を筆者は導きだし、「アメリカ帝国」による寛容な「支配」を功利的に説いてみせる。
 筆者はさらに、反グローバリゼーションの根っこにある資本主義の「不人気」「不安定」「不平等」「汚染(環境破壊)」の問題を取り上げる。
 世の中には、資本主義に取って代わる「同志愛にみちた居心地のいい名案」、すなわちユートピアを夢想する罠が常に待ち受けている。筆者はその代表であった共産主義の実態をナショナリズムの台頭とあわせて論じつつ、資本主義の発展とグローバリゼーションが世界の貧しい国々を着実に豊かにしてきたと主張する。筆者が描く未来は明るい。
(宮島理/フリーライター 2003.08.20)

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「カウボーイと酒場の主人」の国際社会

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 筆者は、いわゆる「ネオコン」と呼ばれる政治家に支持されているシンクタンクの研究員である。本書の元となった論文が発表された時には、世界的に話題となった。日本でも、テレビ討論番組などで「ネオコン」を読み解くカギとして引用された。
「ネオコン」という言葉が表すものは、アメリカのユニラテラリズム(単独行動主義)を体現するとされる人々である。それは一方で国際協調を説く「ヨーロッパ」を、アメリカ的なものに対するアンチテーゼとして浮かび上がらせる。
 しかし、本書によれば、かつては「ヨーロッパ」こそが、国際法よりもパワーによって行動していたという。18世紀から19世紀初めにかけては、「ヨーロッパ」の列強こそが、現在のアメリカのように振る舞っていたというのだ。
 同時に、その当時のアメリカは、国際法を重視するよう「ヨーロッパ」に呼びかけていた。つまり、かつての「ヨーロッパ」はパワーを持っていたので「強国の流儀」で行動した。アメリカは新興国家であり、パワーも身につけていなかったので「弱者の戦略」を採用していた。
 現在は、アメリカと「ヨーロッパ」の立場が入れ替わっただけだと筆者は言う。
 筆者はさらに、第二次大戦後の歴史を紐解きながら、冷戦時代というイデオロギー対立によって覆い隠されていた両者の関係、冷戦崩壊後に露呈した図式などを丁寧に解き明かしていく。アメリカが現在のような立場を取るに至ったのは、ブッシュかクリントンか、共和党か民主党かに関わらず、歴史の必然であったという。
 本書のなかで有名になった「カウボーイと酒場の主人」のたとえ話を引き合いに出すまでもなく、「ネオコンの論理」とは「覇権」という概念を中心とした、リアリズムに貫かれている。
(宮島理/フリーライター 2003.07.07)

「ネオコン」関連書

『イスラム世界はなぜ没落したか? 西洋近代と中東』
バーナード・ルイス著/日本評論社
かつて世界の中心だったが、全てが一転し、あらゆる面で西洋に屈することになったイスラム。何がうまくいかなかったのか? イスラム世界没落の原因と苦悩を、中東史研究の権威が描く。イラク戦争決定に影響を与えた衝撃の書。

『ネオコンの真実 イラク戦争から世界制覇へ』
ローレンス・F.カプラン著/ウィリアム・クリストル著/ポプラ社
ネオコン(ネオコンサヴァティズム)と呼ばれる米国共和党の最右翼の政策集団にとって、イラク戦争は一つの布石に過ぎないのだ。先制攻撃をも正当化する彼らの恐るべき世界戦略を赤裸々に語る驚愕のレポート。

『ネオコンの標的』
宮崎正弘著/二見書房
イラク戦を強行した次の標的は? ネオコンが叫ぶ「日本に核武装を」の真意は? 日本の命運を左右する米国新保守主義の誕生秘話からその具体的人脈と金脈、宗教諸団体とのからみなどを詳細に検討し、今後の米国の動向を探る。

『ネオコンとは何か アメリカ新保守主義派の野望』
田原牧著
ブッシュ政権を背後で操る政策集団、アメリカの「新保守主義派」。保守を名乗りながら改革の旗を振る彼らはいったい何者なのか、そしてその世界戦略は? イスラエル・パレスチナ問題を梃子にアメリカ政治の現状を逆照射する。

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ポスト国連の国際統治を模索する一冊

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 グローバル化という言葉が一人歩きしている。グローバル化を賞賛するものは、たとえばビジネスチャンスを呼び込むものとして宣伝する。一方で、ローカルな経済や生活を破壊し、富める者のエゴを増幅させるという観点から、グローバル化に反対する運動も世界各地域で起きている。
 本書は、グローバル化という手垢にまみれた言葉にこだわることは、かえって現実を見落とすことになると警鐘を鳴らす。
 現実の世界で起きていることは、爆発的人口増加と「ニュー・ワールド・エコノミー」という2つの大きな流れであり、この大きな力によって、世界はかつてない負荷とチャンスを同時にはらむことになった。国境を超えた経済システムが拡大し、国民国家の統治力はますます低下していく。
 このように、グローバル化という言葉に頼ることなく、現実を丁寧に紐解いてみせる。
 そのうえで、今後20年間に解決するべき20の地球規模の問題を提示する。環境問題などの「地球の共有」に関する問題。貧困問題などの「人間らしさの共有」に関する問題。国民国家の統治力が衰えていくなかでの新たな課税システムの確立など「ルールの共有」の問題。
 これらの問題を解決するためには、従来の条約や協定、政府間会議、G7、国連などのシステムではうまく機能しない。また、世界政府の構築も非現実的な選択である。そこで筆者は、インターネットでいう「オープンソース」型の地球規模問題ネットワークを構成していくべきだと主張する。具体的には、オープンな組織が問題のある国家などについて監視・告発を行うというものだ。
「評価」を根拠に関係各国の自律的行動に期待するというシステムが、どこまでうまく機能するかはわからないが、面白い提案ではある。ポスト国連の有り様が模索されている今、興味深い一冊だと言えよう。
(宮島理/フリーライター 2003.05.31)

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ベトナム戦争は「誤解」の産物だった──『マクナマラ回顧録』の続編

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 多くのアメリカ人にとって触れられたくない過去。それがベトナム戦争である。ケネディ、ジョンション政権下で国防長官を務めたロバート・S・マクナマラは、あの泥沼の戦争を始めた当事者として、1995年に詳細な回顧録(『マクナマラ回顧録 ベトナムの悲劇と教訓』共同通信社)を著した。このあまりに遅きに失した弁明に対して、ニューヨーク・タイムズ紙をはじめ多くの批判が寄せられたという。「何を今更」という感じであろうか。しかし同時に、ベトナム戦争は当時のアメリカ世論の多数が支持して行われたのであり、マクナマラひとりの責任ではなく、アメリカ全体の問題だと、マクナマラの回顧録の意義を積極的に評価する声も少なくなかった。
 本書は『マクナマラ回顧録』の続編とも言える一冊である。ベトナム戦争を防ぐ術はなかったのか。和平交渉を早める方法はなかったのか。アメリカ、ベトナム双方の戦争当事者の声を拾いながら、戦争が起こった経緯、エスカレートしていった背景、そして和平交渉の裏側などを検証していく。
 悲劇のはじまりは、アメリカ、ベトナムがお互いの目的を誤解していたことにあったという。アメリカは南ベトナムを失えば「ドミノ理論」で東南アジア全域が共産圏になってしまうと考えたが、北ベトナムは単に国土統一を目指していただけだった。北ベトナムはアメリカがベトナムを植民地化しようとしていると信じ込んでいたが、アメリカは同盟国(南ベトナム)を守る意図しかなかった。
 この他にもベトナムの中立化構想の挫折など、誤解の積み重ねで状況が悪化していった流れが当事者の「語り」とともに明らかにされていく。北ベトナムの頑迷さも指摘されているが、やはり大きかったのはアメリカのユニラテラリズム(一国主義・単独行動主義)にあったと見ているところが興味深い。交渉のチャネルを確保することの重要さを痛感する。

(宮島理/フリーライター 2003.04.23)

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紙の本ブッシュの戦争

2003/03/21 17:07

「連合」は目的か手段か─対テロ戦争の課題

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 2003年3月20日、米英を中心とする多国籍軍によるイラク戦争(第2次湾岸戦争)が開始された。本書は、米ブッシュ「戦時政権」トップの声を数多く拾い集めながら、そのリアリズムに基づいた意思決定に肉薄する。
 イラク戦争は「9.11」から始まった新しく長い戦争の一環である。「9.11」の直後から、ブッシュ政権内では早くも現在につながる「連合」の問題に直面していた。
 パウエルは国連の承認を得るためにもアルカイダに目標を絞るべきと提言していた。一方、チェイニー副大統領は「連合」は目的ではなく「テロリズム一掃の手段」と反論した。ラムズフェルド国防長官はテロ支援国家としてイラク問題を早期から提起していた。
 2001年9月19日という、テロのショックも覚めやらぬ時から、ブッシュ大統領が次のように冷静な見通しを示していたことにも驚く。「2年後には、アメリカに味方するのはイギリスだけになっているかもしれない」。今日、そこまで厳しい事態には陥っていないが、仏露独は「連合」から離脱してしまった。
 アフガン攻撃が終わり、ブッシュ政権ではあらためてイラク問題が浮上した。ラムズフェルドが強硬論を唱える一方で、パウエルは依然慎重な態度を崩さなかった。
 パウエルは「単独行動主義(ユニラテラリズム)」を戒め、国連あるいはその他の手段で「連合」を形成することを提言した。ライス国家安全保障問題担当大統領補佐官は、パウエルの提言に賛同しつつも「国連は、第1次世界対戦後の国際連盟とたいして変わらない代物になっている」と看破し、国連を「牙を持たない討論団体」と断じた。
 結局、ブッシュ政権はライス流リアリズムを採用した。「連合」は目的ではなく手段である。これを国連=世界秩序の軽視と考えるか、世界秩序維持のための新たな「重荷」の発見と受け止めるか。世界秩序に関する永遠の課題を本書は提示している。
(宮島理/フリーライター 2003.03.20)

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戦後日本を思想的に東西分断してきたもの

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 1994年に『「悪魔祓い」の戦後史』(雑誌掲載は1991年〜)で「進歩的文化人」の罪を洗い出した稲垣武氏の功績は大きい。わが国は地理的には分断を免れたものの、思想的には戦後長らく東西に分裂していた。ソ連、中国、北朝鮮を賛美して多くの国民を誤った方向へ導いたのが進歩的文化人である。稲垣氏による糾弾は言論界に大きな衝撃を与えた。
 しかし冷戦が終結して10年以上の年月を経てもなお、わが国の思想的分断は完全には解消されなかった。北朝鮮による日本人拉致問題は、つい最近まで進歩的文化人とその末裔によってデマ・妄言として足蹴にされてきた。
 本書では、拉致問題解決を直接・間接に妨害してきたといってもいい進歩的文化人の発言が集められている。朝鮮戦争や帰国事業、大韓航空機事件まで含めて、彼らの行状が明らかにされる。
 和田春樹、坂本義和、吉田康彦、小田実、野中広務、加藤紘一、中山正暉、田中眞紀子、河野洋平、村山富市、田辺誠、土井たか子、辻元清美、田英夫……進歩的文化人以外にも、自国民保護や国益も忘れて日朝国交正常化に執心した政治家たちが槍玉に挙げられている。また、朝日新聞や日教組の罪状もしっかりと記されている。
 日本および日本人よりも北朝鮮に取り憑かれた面々に共通するのが、厚顔無恥と世渡りのうまさだ。拉致の事実が明るみに出たことで、潔く謝罪をしたり過去の発言を恥じるかと思われたが、実際には論点のすり替えや相対化に開き直っている。小泉訪朝前と後でまったく変わらぬ進歩的文化人の思想的態度に、怒りと虚しさを感じる。
 一方で稲垣氏は、北朝鮮の将来は暴発かルーマニア型革命しかないと看破する。進歩的思想を批判し続けてきた氏の言葉は重い。
(宮島理/フリーライター 2003.02.25)

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「通産省と日本の奇跡」の幻戦後日本は自由市場メカニズムによって成長した

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 構造改革は「日本型経済システム」を見直すものだと一般に考えられている。機能不全に陥っている従来のシステムを改め、新しいシステムを構築するという立場だ。
 一方で、今こそ「日本型経済システム」を復活させるべきと考える人もいる。構造改革による「アメリカ型経済システム」の導入が従来のシステムを狂わせているというわけだ。
 しかし、本書によれば、そもそも「日本型経済システム」という「通念」を前提にすることが間違っている。政府が民間企業に介入・指導することで、戦後日本の経済成長が実現したという「通念」には根拠がない。
 ケーススタディとして「三光汽船(海運再編成政策)」「日清紡事件(繊維工業政策)」「出光事件(石油政策)」「住金事件(行政指導)」を検証しながら、次のような事実が導き出されていく。
(1)通産省に代表される中央省庁は有効な「政策手段」を持たなかった。(2)例外的に有効でありうる「政策手段」があった場合にも政府はほとんど行使しなかった。(3)「産業政策」は失敗したのではなく、実施されなかった。つまり、存在しなかった。(4)戦後日本の経済成長は、「産業政策」と呼ばれる政府の積極的介入ではなく、自由な市場メカニズムによって実現した。(5)日本は他の先進市場経済諸国と異ならない。
 筆者は、前作『日本経済論の誤解』で「系列」という「通念」を検証している。銀行が系列企業に介入・指導することで、戦後日本の経済成長が実現したという「通念」には根拠がないことを示した。
「産業政策」や「系列」の有効性を信じたがる人々の心は、政府への依存心となって現在まで続いている。「『バブル経済』とそれに続く日本経済の長期停滞からの脱出策」を政府に期待するのは無意味であり、「われわれにはもちろん、日本を含むいずれの国の政府にも妙案はないだろう」と筆者は言う。
(宮島理/フリーライター 2003.01.31)

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