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  3. 良泉さんのレビュー一覧

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先月(2017年8月)

良泉さんのレビュー一覧

投稿者:良泉

409 件中 1 件~ 15 件を表示

安易な風潮に流されるな

25人中、23人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 衆議院議員選挙の開票速報を見ながら書いています。
自民党が歴史的大勝利。単独でも300議席に達しようかという勢いで議席数を伸ばしています。自民党の亜流でもある無所属・新党などと合わせると、もう改憲に必要な3分の1の議席数には単独で十分手の届くところにきました。
蝿のように手をすりながら公明党を頼る必要もありません。アメとムチをちらつかせながら民主党の中の改憲勢力と妥協を重ねる必要もありません。もう改憲は現実の動きに入っています。
本当に、このような結果を国民は選択したのでしょうか。選挙戦の中でも、共産党・社民党以外の候補者から改憲に対する考えが聞かされることはありませんでした。憲法改正は選挙の争点にもされることなく、小泉首相のパフォーマンスの影で着々と歩を進めていることになります。
日本の行ったあの誤った戦争体験から導き出された日本国憲法。これがあったおかげで日本は第二次世界大戦後60年間、他国の人を殺すことはありませんでした。日本が他国に軍隊でもって強権的な態度に出ることはありませんでした。こういった事々に正当な評価がなされないまま、改憲への道を突っ走ることには大反対です。
今では、日本の自衛隊の装備は、世界でも有数のものとなました。軍事費ベースで見たとき、日本は世界の中でも最上位グループの軍事大国です。このような現実と憲法9条がマッチしないから改憲が必要との議論がありますが、無論、これは本末転倒の話です。憲法9条及び憲法全文の理念があったからこそ、自衛隊の巨大な軍事装備が他国の国民に向けられることを防いできたのです。大きな歯止めとして有効に機能してきたのです。
憲法は他の法律とは格が違います。現実の些細な動きにあわせて場当たり的な改訂をしていくものではありません。憲法は日本国民総意の理念です。理想・夢って、簡単に放棄したり修正したりするものですか?
かつての日本が、帝国主義をふりかざし、多くの国の人達を痛めつけた。そんな国だからこそ、その反省を全世界に示し続けるためにも、世界に誇れる平和憲法を変えてはいけないのです。
改憲派による改憲への道筋が整えられつつある現在において、改憲反対派も団結し、声をあげていく必要があります。
本書は、憲法を守ろうとする人達の真摯な訴えをまとめたものです。「え、あんな人までが!」と驚かされるような、これまで政治的な発言をしてこなかったような人の訴えも含まれています。とにかく声を出していかなければいけないのです。本書のような試みが地道に続けられ、一人でも多くの人が考えるきっかけとなることを祈ります。

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憲法を限りなく理解するために

22人中、19人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 憲法改正論議があちらこちらで聞かれるようになった昨今でも、では憲法が何のためにあるのかが明確に理解されていないことが多い。
 憲法は、ただただ「権力者を監視するため」だけにあるのだ。
 つまり、憲法は、権力者の横暴からわれわれを守ってくれるためにある。
 戦後60年、日本は武器を持っての直接的な戦争を行うことはなかった。われわれは戦場で敵の弾に撃たれて犬死することはなかった。それもこれも憲法第9条が常に権力者の行き過ぎを監視し、憲法論議が権力者の権力乱用を阻止してきたからだ。
 今、憲法第9条が変えられようとしている。戦力面から見て実質的に軍隊と言える「自衛隊の存在」という現実と、「戦力不保持」の憲法第9条の矛盾をあげつらって、憲法第9条を改悪しようとする考え方がある。
 いま、まさに、【「理想」が「現実」に押しつぶされようとしている】。
 自衛隊の存在とその持つ戦力の巨大さは、確かに憲法第9条での制約をすでに超えていると思う。
 え、だからって憲法の方を現実にそぐわせればいいの?
 よく考えて欲しい。今の現実を選び取ったのは、戦後の日本国民である。まがりなりにも民主主義的な国家運営が続いた戦後日本が、今の状態であることは、残念ではあるが国民の総意とされても仕方が無い。しかし、今の現実に至るまでの様々な防衛論議、国会論戦を思い出して欲しい。憲法第9条の歯止めが、どれだけ有効に機能してきたことか。歴代自民党保守タカ派政権の思惑を、押しとどめ押さえつけてきた源は何か。憲法第9条のおかげで、日本の行き過ぎ、過去と同じ過ちの繰り返しが避けられたことは間違いない。
 「憲法が変わっても戦争にならないと思っている人」、それは大間違いだ。憲法第9条の改悪論者が示す改悪案をじっくり見て欲しい。彼らが望んでいることは、ただ「日本を戦争ができる国」にすること。そしてもしそれが実現し、将来日本が戦争にまきこまれることになっても、実際に戦場に行き、弾に撃たれるのは、彼ら権力者ではない。われわれなのだ。
 それでもなお、「俺は愛する人を守るために戦う」などと安物映画のセリフみたいな言葉に酔いしれるのが好きな人、はっきり言う。
 戦争できる国になることが、愛する人を守ることにはならない。戦争できる国になるということは、愛する人もろとも自分自身をも犠牲にしてしまうことなのだ。

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紙の本TPP亡国論

2011/09/22 04:13

流されずに、しっかり本質を視る眼を

24人中、18人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 トロイの木馬。
 著者はTPPのことをこう呼ぶ。
『オバマ大統領が「環太平洋で連携しましょうよ、カモーン」と言って、差し出してきたTPPという贈り物は、実は、日本の農業市場の防壁を中から打ち破るための「トロイの木馬」なのです。』
 保護主義貿易などというと非常に悪いものという印象が植え付けられている。これを必要と考える者にとってでさえも、せいぜい必要悪とくらいにしかとらえられていないのではないか。
 しかし、自国の産業を守る、もしくは自国の労働者を守る。さらに言えば、国家が自国の国民の生活を守る。これを否定してしまえば、では、国家なんてなんのためにある?ってことになる。国家が一部の層にだけ手厚い保護をし、多くの国民を路頭に迷わせた、そんな時代の国家が国家の正しいあり方だったなんて、誰も思わないはず。
 国をあげて、世界の中でも貿易戦略を構想し、必要に応じて自国産業を保護する政策をとることは正しい。事実、多くの国でそうしている。
 著者は言う。
『戦略的に考えようとする思考回路に、サーキット・ブレーカーが付いていて、あるコードが出ると、それに反応してブレーカーが自動的に落ちて、思考回路を遮断してしまう』
 著者は、これらのコードを例示する。
「開国/鎖国」「自由貿易」「農業保護」「日本は遅れている/乗り遅れるな」「内向き」
 多くの方に身に覚えのある感覚であろう。開国か鎖国かと問われれば、今の世界情勢の中で鎖国なんてありえない。遅れていると言われていれば、何とか変えていかねばと思うし、乗り遅れるなと言われれば、いまあわてて動こうとする。そうなると、自由貿易の害悪などというところにまで頭が回らない。一斉にTPP擁護に向かう。その中身の詳細な吟味もできないままに。
 そして、そこに、つけ込んでくる者たちがいる。
 アメリカでは農地価格が高騰しているという。新興国の成長に伴う食糧需要の増大やバイオエネルギーへの注目で、冷え込んだまま停滞している住宅地需要と対照的に大規模農地が投機の対象となってきている。
 そして、それにつれて、当然、アメリカの、ひいては世界の穀物物価は高騰することになる。
 こんなことは、これからいくらでもあることだろう。急な天候不純や国家間抗争に起因する輸出制限。そんなたびに農産物輸入価格が高騰することになろうとも、食糧自給率の極端に低い我が国では、有り金はたいても、どんなに頭を下げてでも、他国から食料を輸入せざるを得ない。
 TPPは、これを加速する。
 再度、本書からの引用。
『TPPの交渉に参加したとたん、日本は、アメリカが主導する外需依存国・一次産品輸出国の連合軍に、完全に包囲されるでしょう。』
 TPPに賛同しているのは農産物輸出国の集まりである。そんな中に農産物輸入国日本がたった一人で乗り込んでいく。どうぞ、骨の髄まで食い尽くして下さいと言わんばかりに。

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歴史を後世に伝え行くために

22人中、18人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 8月1日付けの朝日新聞によると、広島・長崎の平和式典に出席する国連総会議長が訪日前に会見し、次のように語った。
「(原爆投下は)人類の歴史における大変な悲劇だ」「二度と繰り返さないためにも忘れてはならない」
 自身がカトリックの神父でもある議長は、「キリスト教社会を代表して許しを請いたい」とも語ったとある。
 また、同じ新聞の別の面には、その長崎での記念式典において長崎市長が読み上げる平和宣言の骨子が発表されている。
 市長は、その冒頭で、「核兵器のない世界をめざす」と表明したオバマ米大統領のプラハ演説への評価を掲げ、世界の人々へプラハ演説への支持表明を訴えるそうである。
 毎年この時期になると、広島の原爆が怒りとともに伝えられる。その訴えの中には、なんら一切の迷いも含まれることなくはない。純粋に原爆被害者であるヒロシマの怒りが核廃絶の願いとともに伝えられる。
 しかし、一方の長崎の訴えは、広島のそれとは大きく対照的である。どちらかというと、どこか祈りとも感じられる静かな響きがある。
 冒頭で紹介した国連議長の発言、にどこまでその意識が込められているのか、定かではないが、長崎の原爆には、通常の戦争における敵味方の闘いとはどこか少し異質の感がどうしても残る。
 長崎原爆は、キリスト教社会の代表国の一つアメリカが、日本の中でも特にキリスト教信者が多い長崎において、しかも信者の街浦上の天主堂直上で炸裂させたものであったことが、その異質感の正体である。
 核廃絶を願い訴える気持ちは、広島も長崎も同様である。しかしながら、その戦後の歩みは、先の異質感そのまま、大きく異なっていくこととなった。
 長崎に戦後10年ちょっとの間、もう一つの原爆ドームが存在した。
 爆心地近い浦上天主堂の崩れかけた壁を中心とする崩落した建築物や像の「ガレキ」である。
 そのありし日の写真を見る限り、もしそれが現代に残されていたなら、まちがいなく、広島の原爆ドームに匹敵する反原爆の象徴的遺物となったであろうことはまちがいない。
 レンガを積み上げた壁、壁に残される丸窓とアーチ型の入り口。そして一帯には、黒く焼け焦げたマリア像や顔が半分えぐりとられた天使像、立ったまま首の無い聖マルコ像が散乱する。
 ある意味、原爆ドームより、はるかに見る者に原爆の威力と悲惨さを訴える力が大きかったのではないか。
 しかし、それも、ほんの一部が移築され保存されただけで、1958年3月14日に取り壊されてしまう。
 広島と長崎の戦後の歩みは、その時点から大きく異なる別な道を進んだと言える。
 なぜ、浦上天主堂は原爆ドームのように保存されることがなかったのか。なにがその撤去を決断をさせたのか。
 市の中心部と爆心地浦上の宗教的、文化的亀裂の長い歴史、戦後急に沸き上がったセントポール市と長崎市の姉妹都市提携の謎。
 政治と、イデオロギーに翻弄される人々の姿が描き出される。そして、黒こげのマリア様は、その翻弄の波に結局飲み込まれてしまうことになる。
 日本軍が中国や朝鮮の地で行った数々の蛮行の記録を残そうとする人たちがいる。そのことが二度と同じ過ちを繰り返さないための使命だと感じる人がいる。一方、過去の日本が行った行動を美化したい人たちがいる。日本軍の過ちの記録を消し去ろうと躍起になっている人たちがいる。また、別な意味で、日本軍の蛮行を強調する一群もある。日本軍の蛮行を強調し、日本への原爆の投下を正当化しようとするアメリカの言論もある。
 数々の思惑とたくらみの中で、歴史の事実が隠されたりゆがめられたりしていく。
 われわれは後世に、どのようの歴史を伝えていけばよいというのか。
 本書より、1962年5月の雑誌TIME記事。
「広島は今でも過去の「キノコ雲の残影」に捉われているが、長崎は今を生きる強い決心がある。米国の原爆に関する調査委員会は、「この都市(広島)は世界で唯一、過去の不幸を宣伝している」とコメントしている。」
 冗談ではない。原爆ドームは決してヒロシマの“誇る”観光施設なんかでは決してない。
 われわれが後世に、公平な判断基準をゆだねるために歴史に残すことができるのは、歴史が生み出したそのままの遺物だけなのではなかろうか。
 正の遺産も負の遺産もすべて含め。

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現代日本人の戦争犯罪

21人中、17人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 日中戦争勃発にともない開始された日本軍による南京侵攻及び占領後の掃討の過程で、かつてない規模で一般民衆を含む中国人民への大量虐殺事件が起こった。殺人・暴行・略奪・放火・強姦などなど、日本軍は人間が想像しうる限りのありとあらゆる蛮行を連日連夜働いた。これらを総称して南京大虐殺という。
 南京大虐殺については、多くの優れたジャーナリストや研究者による地道な調査により、被害・加害当事者まで含めた当時を知る人々からの聞き取りや日記などの記録資料が数多く集められている。大虐殺の事実は、今では世界的に歴史上の定説とされ、多くの人の常識となっている。
 しかし、時代の節目節目に、折に触れ、思い出したかのように一部の保守派論客達は、虐殺の規模を意図的に縮小化する説や、あるいは虐殺は無かったとする説を持ち出してくる。かつての加害の実態を覆い隠そうとする彼らの悪意に満ちた企ては後をたたないようである。
 過去の歴史に盲目となり、日本がアジアの中で孤立してしまわないためにも、過去の歴史に対する地道な研究活動は続けられる必要がある。
 本書もそのような歴史の真実を照らし出すための貴重な一冊である。
 日本軍侵略時の南京にキリスト教宣教師を中心とする20数名の欧米人がとどまり、多くの中国人民を日本軍の魔の手から救い出していた事実はあまり知られていない。彼らは南京国際安全区を設定し、難民収用・救急活動等にはげんだのである。本書は、彼らの活動記録であるとともに、日本人でも中国人でもない彼らの第三者的な眼線を中心に見た南京大虐殺の記録であり、新たな視点を提供してくれる。
 さて、いつの戦争どの国の戦争においても占領軍側の蛮行というのは見られるものであるが、日本軍の中国侵略戦争において特に顕著に見られたのが「強姦」である。本書の中でも多くの被害記録が残されている。日本軍は中国人女性に対し、幼女から老婦まで、まさに見境無く襲いまくる野獣であった。
 戦争とはいかに恐ろしいものか。これらの日本軍人も日本にいては、よき夫であり、よき父親であったはずの人々であった。原因と考えられることは本書でもいくつか示唆されている。戦争という極限状態での独特の心理状況、日本の軍隊内に特に顕著であった全体主義的統制系統への反発、当時の日本人に浸透していた中国人蔑視感情。
 ただ、いずれにしても、過去に自国が犯してしまった過ちは謙虚に認め、将来の友好につなげていく努力は、加害側が積極的に真摯な態度で行っていく必要があることだけはまちがいない。
 「強姦しても罰せられんのやったら、オレらみんな強姦魔になってる」(西村眞悟・1999年)
 「集団レイプする人はまだ元気があるからいい。正常に近い」(太田誠一・2003年)
 こんな下品で理性のかけらもない発言をかつての強姦被害者が聞いたらどう感じるだろう。この人達にはそういった想像力さえ全く欠如している。
 そして、こんな発言をする人間が国の代表として選挙で当選する現代の日本には、真摯な反省の態度と将来に向けての努力は全く見られない。
 現代の日本人は、あの時代に蛮行を行った日本人と同じ罪を犯し続けているのである。

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紙の本安倍晋三の本性

2007/07/18 04:08

最後に、この人の本性を知っておこう

30人中、16人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

新潟中越沖地震が起こったのは、午前十時過ぎ。安倍首相は参院選選挙遊説のため長崎に居たが、急遽その日の予定をすべてキャンセルし帰京した。そして、驚くことにその日の夕方には被災地入りし、現地視察を行った。
大規模災害において首相や関係閣僚が現地視察を行うことは今や慣例行事となっている。しかし、被災当日に首相が現地入りするというのは聞いたことが無い。首相のたっての指示によるものらしいが、でも、これって早ければ良いことなのか?
そもそも首相がそうまでして現地に行ったからといって何になる。まだ倒壊した家屋の下に人が生存しているかもしれないというそんな時にだ。首相受け入れのために手をとられる地元関係者にとっては迷惑このうえない。首相ご一行のためにサイズを考慮してピカピカの作業服を準備するだけでもまどろっこしい。
あいかわらず繰り返される安倍首相の単なるパフォーマンス。支持率の一直線の低下を何とか食い止めようとする必死な様は、しかし滑稽でしかない。訴える政策の中身を持たない政治家が、せめてもの手段として有権者の感情に訴えようとパフォーマンスに堕する姿は物悲しくさえある。
不謹慎ではあるが、つまらない想像をする。もし、この地震により柏崎刈羽原発から放射能漏れでも起こっていたら、安倍首相はどうしたであろう。現地入りどころか、東京にさえ帰ってこなかったのではないか。そのまま九州を逃げ回っていたのではないか。しょせん、自身が虎穴に入るようなことは決してしない人だ。
避難所で、作業服を着て被災者に話しかける首相の様を見て思う。いくら親身なふりをして話しかけようが、この人の頭の中には、例えば「被災者への公的支援拡充の必要性」などという発想は、決して浮かばないのであろう。本当の意味での弱者への配慮などできるような人ではない。
同じ日の朝日新聞より。参院選高知選挙区で3選をめざす自民党現職が、安倍首相が掲げるスローガン「美しい国」について「意味がよく分からない。(中略)絵に描いた『美しい国、日本』で応援に来られて適当なことばかり言われたら、馬鹿にされたような気がする」と痛烈に批判した。
ついに身内からも見放されつつある。
もともと「美しい国」という単純で抽象的な単語の繰り返しだけで、国民の心を捉えられると考えたところが、すでに幼稚な発想であった。国民はそんなにバカではない。
安倍晋三の本性。今となっては、今さらかもしれない。もう少しで政権からずり落ちるであろう人物だ。しかし知っておいて悪くは無い。このような人物を、一時の迷いとは言え総理大臣にまでしてしまったわれわれ国民は、大いに恥じる必要がある。二度と失敗しないためにも。

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まずは、憲法を知ることから

20人中、16人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 憲法を変えるか変えないか、いま日本は大きな岐路に立っている。
 自民党は結党以来の悲願とも言える改憲に向け、近年ますます右傾化を強め、ついに“タカ派のプリンス”を総裁に担ぎ出した。
 ある大手新聞社は、独自に改憲試案を作成し、紙面上で大々的に発表した。
 改憲派の勢いは増すばかりである。
 しかし、改憲派の動きには、どうしても気になるところがある。“自分よがり”なのである。「こうすべきだ」「こうあるべきだ」をさかんに押し付けようとする。
 そもそも憲法って誰のもの?
 もちろん、国民みんなが共有し尊重しているもの。これを変えるか変えないかなんて議論は、国民みんなが共に考える必要がある。「変えるべきだ」との上からの押し付けは、まさに憲法の唱える国民主権への反逆だ。
 憲法を変える必要があるかどうかを考えるためには、まず今の憲法を知らなくてはならない。大人から子どもまですべての国民が。
 井上ひさし氏は様々な場所で日本国憲法の重要性を訴え続けている“護憲派”である。
 その氏が、子どもたちでも理解できるように、日本国憲法前文と第9条をわかりやすく表現したものが本書である。
 まずは子どもたちにも今の憲法を十分知ってもらう。その願いが、いわさきちひろ氏の美しい絵を背景に華麗に描かれている。
 本書の中で氏は「憲法を変えてはいけない」といった抑圧的な決め付けの表現は決してしていない。ただ、たんたんと、憲法のすばらしさを説くのみである。
 日本は、いま、大きな危機を迎えている。自衛隊は今や、その本来持つべき以上の武力を有し、戦闘の続くイラクにまで行ってしまった。北朝鮮核実験のどさくさの中で、「日本も核武装をしては」といった議論を起こそうとしている与党高官もいる。日常的な警察力強化は、戦時中以上の監視社会にすでに突入している。
 しかし、それでもまだ抑止が効いているのは、やはり憲法のおかげなのだ。解釈改憲の限度はさすがに超えることはできない。
 こんな国が今の憲法を捨ててしまったらどうなる。後は、一直線に「戦争をする国」へ突き進むだけ。
 まずは国民みんなが、憲法を知らなくてはならない。とりあえず、ここから。

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次に狙われているには、3.11後の日本だ

16人中、15人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ハリケーン・カトリーナがアメリカ南部を襲った後、ニューオリンズ選出の共和党下院議員はこう言った。
「これでニューオリンズの低所得者用公営住宅がきれいさっぱり一掃できた。われわれの力ではとうてい無理だった。これぞ神の御業だ」
 東日本大震災により多くの街が奪われ、「きれいさっぱり一掃」させられた惨状を目の当たりにしたばかりのわれわれは、どのような思いで、この言葉を聴けばよいだろう。
 ニューオリンズでは、それ以降、ほんのわずかの「持てる者達」が多くの「持たざる者達」を足蹴にし支配していく構図が一気に進んだ。
 そして、まちがいなく、この日本にも、「今がチャンス」とばかりに狙いを定めている者達が必ずいる。
 本書より。
『危機に直面した国民は、魔法の薬を持つと称する者には誰にでも多大な権限を進んで預けるということをよく理解していた。その提唱者たちが有権者に、自分たちの世界観がいかに優れているかを説明したわけではない。彼らは危機から危機へと巧妙に渡り歩き、経済的緊急事態における人々の絶望感を利用して、誕生して間もない脆弱な民主主義政権の自由を奪うような政策を強引に推し進めてきた。』
 ミルトン・フリードマンを仰ぐ新保守主義者達は、世界各地で「公共領域の縮小」「企業活動の完全自由化」「社会支出の大幅削減」を目的に、政治活動を行ってきたが、その突破口として「経済的緊急事態における人々の絶望感」が付け狙われた。
 その戦略は、すでにフリードマン著「資本主義と自由」の序に示されていた。
『現実の、あるいはそう受けとめられた危機のみが、真の変革をもたらす。危機が発生したときに取られる対策は、手近にどんな構想があるかによって決まる。われわれの基本的な役割はここにある。すなわち既存の政策に代わる政策を提案して、政治的に不可能だったことが政治的に不可避になるまでそれを維持し、生かしておくことである』
 まさに、新保守主義者達は、構想をうちに持ちつつ来る「現実の危機」を“待ち望んで”いたのだ。
 しかし、彼らが押し進める新保守主義が創り出したものは、「ひと握りの巨大企業と裕福な政治家階級との強力な支配同盟」でしかなかった。
 本書上巻では、現実に新保守主義者達に狙われ餌食とされた実例が示される。
 スハルト民主政権打倒後のインドネシア、ピノチェト将軍によるアジェンデ民主政権打倒クーデター後のチリ。
 しかし、驚くべきことに、新保守主義者達が“仕事を成し遂げた”のはこれら全体主義的政権においてのみではなかった。自主管理労組連帯の組織力が強化された後のポーランドやアパルトヘイト政策から脱却した南アフリカにおいても、民主的な政権がことごとく彼らの罠にはまっている。
 ついに恐るべきは、その国の政権が確信犯的にこの「現実の危機」を創り出すこととなった。
 大国イギリスにとって、持ち続けることにほとんど意味のないフォークランド諸島に、サッチャーはなぜあれほどこだわったのか。あれだけの戦争(紛争)を起こす意義は何だったのか。
 その後のサッチャー政権の急激な回復とサッチャリズム強化を知っているわれわれは、今になってその意味が納得できる。
 よく知られている中国天安門広場での民主化デモであるが、われわれはその意味をしっかり認識しておく必要がある。
『民衆の抗議運動は、経済改革それ自体に向けられていたわけではなく、改革がフリードマン的な特徴を持っていたことー言い換えれば、急激かつ冷酷無比で、そのプロセスがきわめて反民主的であることに向けられていた。』
 国家による弾圧が、新保守主義者達の思うがままの改革を呼び込んだ。
 ソ連崩壊にいたるロシアの改革への介入もあった。
『ロシアもまた、シカゴ学派の経済プログラムか正真正銘の民主主義革命か、二つにひとつの選択を迫られた。』
 これらの新保守主義的“躍進”に、どこかでストップをかける必要がある。
 再度、本書より。
『新自由主義者のなかにも誠実な人間がいるのはたしかだ。だが、とりわけシカゴ学派の経済学は腐敗を助長しやすいように思われる。収益や欲望を大規模に駆り立てることが、いかなる社会においても可能な限り最大の利益をもたらすという考え方をいったん受け入れると、個人を豊かにするほとんどすべての活動は、それがたとえ自分や仲間だけを利するものであっても。富を生み経済成長を促す創造的な資本主義の活動に貢献するものとして正当化することが可能になってしまうからだ。』
 日本も狙われていることは、絶対に間違いない。

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紙の本マルクスは生きている

2009/06/10 00:02

いま求められているもの

23人中、14人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 GMが事実上、国有化された。小さな政府を目指して、自由主義という聞こえの良い言葉を隠れ蓑に、弱者切り捨て、富の一局化をはかってきた大きな流れが、いびつな形で崩壊した。GMはそのような人々にとって、二度と目にしたくない負のモニュメントとして、これからも存続する。
 旧ソビエト連邦が崩壊し、連鎖反応のように旧東側諸国が瓦解していった日々、「資本主義の勝利」が高々と叫ばれた。“図に乗った”アメリカの一国覇権主義はおおいなる勘違いをし、まさに“図に乗った”過ちを繰り返し、結局、今日のGM・クライスラーの結末となった。
 現時点で勝者は誰なのか?
 GMの国有化と社会主義を混同するわけでは全くないが、ボロボロになった資本主義のなれの果てが、主要産業の国有化とは、皮肉という言葉を通り越して滑稽でさえある。
 この現代において、やはり、「マルクス」は、まだまだ必要とされているのではないのか。
 マルクスを経済学にとらわれず、歴史認識において、そして現実の認識において活用する考え方が、今は求められているのではないか。
 カルト指向的な非科学的な思考や行動傾向と、自由主義への徹底的な信奉は、結構、近似している。
 マルクスの唯物論により救われるべき人物は、この世に多いのではないか。
 著者の不破哲三氏の名前も懐かしさを伴う頃、本書を読み、まだまだご健在の氏の今後の活躍を大いに願う者の一人である。

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日本が犯しつつある二度目の罪

15人中、14人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 「撫順の奇蹟を受け継ぐ会」という会があります。もとの名を「中国帰還者連絡会」というように、日中戦争において中国本土で日本軍の一員として戦争に参加した人たちの集まりです。
 それでは、「撫順の奇蹟」とは何でしょうか。
 この人たちは、1945年の日本国敗戦後、中国に取り残され、「撫順戦犯管理所」と「太原戦犯管理所」に戦犯として拘留された人たちです。そしてその撫順で、そして太原で、「奇蹟」が起こったのです。旧日本軍の手先として、想像しうるすべての残虐の限りを尽くした殺人鬼から、元の優しい人間へ、「奇蹟の回復」を果たしたのです。
 少し長いのですが、撫順の奇蹟を受け継ぐ会のHPより抜粋します。
 「中国政府の戦犯にたいする方針は「戦犯とても人間である。その人格を尊重せよ」という人道主義の政策であり、・・・この人道的で暖かい待遇は、私たち戦犯に大きな感動と反省とを呼び起こしました。・・・中国人の道義性の高さに感動し、このことをどう理解すべきか、真面目に考え始めました。」
 自分たちが、あれほど残酷な目に合わせてきた中国の人たちの人道的な振る舞いに触れ、この人たちは、それからどのように考えるようになったのでしょう。再びHPより。
 「自己の過去を反省する学習によって、人間の良心を取り戻し、過去の罪を告白して、中国人民に謝罪する認罪運動を巻き起こすことが出来ました。・・・私たちの活動の出発点は、「認罪」(過去の戦争の非を認めること)であります。」
 日本が二度と誤った道に進むことの無いように、自分たちが過去に犯した罪悪を告白し、啓発する運動が始まりました。
 自分が過去に犯した罪、すでに時が過ぎ、自分が言わなければ、周囲の人たちでさえ、知らないか、忘れ去っているであろう罪、これをあえて告白する勇気。真の勇気に敬服すると同時に、これらの人たちの声を大切に残していく必要性を痛切に感じます。われわれが、またあの時代のように、間違った道に進んでいくことの決してないように。
 しかし、もうひとつ忘れてはいけないことがあります。日本という国としての贖罪です。
 はじめての戦後生まれの首相が誕生しました。この人は、ただ若いからというだけでなく、本当の意味で“無知”の人のようです。過去の日本が犯した罪の数々について、全く知らないのか、それとも知らないふりをしているだけなのか。
 過去に自分の犯した罪を決して忘れることなく自己の苦悩と闘い続ける志の高い人々と、過去に自国の犯した罪を知ろうともせず、近隣諸国に対し強権的な外交に出ようとする日本の総理大臣。この落差には、ただただ落胆するばかりです。
 このような総理大臣を選び出した有権者たちは、また過去と同じ罪の道にはまり込みつつあるのです。

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過去の苦い体験を無駄にしないために

14人中、13人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 例年8月15日に近くなると、各マスコミで“恒例行事”のように「戦争報道」を繰り広げます。特に今年は、第二次世界大戦敗戦後60年という節目の年でもあったせいか、その扱いも特別大きかったような気がします。
 そんな中、紙面全面を戦争特集とした8月15日付け毎日新聞の特異な構成には驚かされました。しかし、その構成よりもさらにショッキングであったのが、そこで1面トップ記事として掲載された戦争に関するアンケート調査結果です。
 毎日新聞の調査によると、
・日本が米国や中国などと戦った戦争を「間違った戦争だった」と答えた人は43%、「やむを得ない戦争だった」と答えた人は29%であった(全年代平均)。
・「間違った戦争」との回答は20代と70代以上が3割台で、他の年代より低かった。
・70代以上では、「やむを得ない(45%)」が「間違った戦争(37%)」を上回った。
・20〜30代では、「分からない」との回答が3分の1を占めた。
 日本が朝鮮・中国・東南アジア諸国をはじめとする諸外国を侵略したあの15年戦争を「やむを得ない戦争だった」と感じる人が3割近くもいるのです。そして、なお驚かされることに、実際にあの戦争を体験した世代である70代以上で戦争を肯定的に捉える傾向が高いということです。日本人にとって、あの戦争はいったい何であったのか、あらためて深く考える必要がありそうです。
 さらにもう一つ気にかかることがあります。20代〜30代の若い世代で、「分からない」という回答が3分の1を占めていることです。日本では、あの誤った体験が、どのように若い世代に継承されてきたのでしょうか。
 本書は、副題を「大人のための歴史教科書」としているように、まさにこのような人達に多く読んでもらいたい書です。
 あの戦争はなぜ起こされたのか。一般の国民はどう考えていたのか。一部の軍部が突出したとしても、それを押さえる国民世論は喚起されなかったのか。戦争開始後もいくどか訪れた早期停戦の可能性はなぜ破棄されたのか。文化人やマスコミはどう対応したのか。
われわれ現代の日本人は知らなさ過ぎるのです。これまで過去に盲目であり過ぎたのです。
 著者が主張するように、単純な善悪二元論を排し、勧善懲悪的な決まりきった文句でけりをつけるのではなく、「あの戦争」の本質をじっくり学習するのに最適の本です。

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紙の本太平洋戦争

2005/09/07 02:04

再び戦争をする国にしないために

14人中、13人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

日本が行ったアジア諸国に対する侵略戦争である「15年戦争」。その本質を知るためには、日清日露戦争以降、第二次世界大戦終結までの約50年間にわたる日本帝国主義の誤った価値観及びそれに基づく日本軍の蛮行の数々を知る必要がある。
−あの戦争はやむを得ない戦争であった。
−欧米の侵略からの自衛戦争であった。
−日本はアジア諸国を独立・開放に導いた。
−日本統治時代の遺産の数々が今日のアジア諸国の繁栄の源となった。
 このような虚言・暴言・妄言が、一般人のみならず政権中枢に位置する政治家からも懲りもせず吐き出され続けるのが、戦後の日本である。
 日本という国はいったい、過去の体験から何を学んだのか。あの戦争により多くの国々に被害を与え、のみならず自国内においても多くの悲しみを生み出した。
 戦後まだわずか60年。これだけの期間で忘却してしまうには、あの悲劇はあまりにも大きすぎる。そして日本が勝手に忘却してしまうことは、日本がかつて大きな悲しみを与えた国々・人々に対してあまりにも失礼ではないのか。
 本書は、あの教科書検定制度をめぐる裁判で知られる家永三郎先生による渾身の書である。15年戦争がなぜ起こされたのか。どうして戦争を回避できなかったのか。また開戦後もいくどもおとづれた早期停戦の可能性を日本はどうして忌避し続けたのか。
 本書を読んであらためて思う。あの戦争は日本の軍隊が中国・東南アジアなどの国土に赴き、もともとそこに住む人々に対し行ったものなのだ。決して中国や朝鮮の軍隊が日本本土に進出してきたわけではない。明治維新以降、急速な資本主義化をあせった日本が、封建制下で萎縮した国内経済を不足として海外に活路を求めて侵出していたことにより起った戦争だったのだ。日本は琉球・朝鮮・中国・東南アジア・樺太の砂糖や鉄鉱やコメや石炭や大豆や木材などなどを必要とし、同じように、遅れたアジア諸国からの資本収奪を望み植民地政策を続ける欧米諸国と覇権争いを行ったのだ。
 これを侵略戦争と呼ばずしてどう呼ぶのか。過去の大きな誤ちとして真摯な態度で継承していかなければ、歴史というものが全く無意味になってしまう。
 愚劣な保守政権により、日本が再び戦争のできる国になろうとしている。このような時代だからこそ読むに値する重たい書である。

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恥ずべき国民への警鐘

28人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

著者が述べているように、南京大虐殺の真偽に関する論争は、決して「泥仕合」でもないし「どっちもどっち」の足の引っ張り合いでもない。
南京大虐殺が実際にあったのか否か、といった歴史の検証は、学問上はとっくの昔に決着がついている。
先に「論争」と書いたが、これは「論争」と呼ぶこともばからしいくらいの話。事実は大虐殺否定派による一方的な歴史改竄謀略なのである。本来なら無視してもかまわないようなこのたくらみに対し、著者ら歴史を正しく継承しようとする者たちが丹念に受け答えしているに過ぎない。
それにしても問題なのは、大虐殺を否定しまぼろし化しようとする一部の人間がいる。そのことはさておき、そのような者たちの発言が、今の日本社会において無視できないくらいの大きさの力を持っているということだ。そのような暴言が許容される素地を、日本社会は隠し持っているということだ。
著者たちが貴重な時間と労力を割いて、いちいち反論しなければならない理由もここにある。
同様なことは他にもある。保守系政治家らから、あいかわらず忘れた頃に飛び出してくる歴史改竄発言である。
「日韓併合は韓国にも責任がある」(藤尾正行1986年)
「アジアはその(日本)おかげで植民地支配から独立」(桜井新1994年)
「日韓併合というのは円満に結ばれた条約」(渡辺美智雄1995年)
「(創氏改名について)朝鮮の人たちが名前をくれといったのが始まり」(麻生太郎2003年)
「(日韓併合は)両国が調印して国連が無条件で承認したもの」(江藤隆美2003年)
などなど。
有力政治家の発言だけに、これらがまた一定の浸透力を持って響く。あっさり真に受けて同調する手合いが続出する。
これが日本の現実なのだ。日本国民とは、この程度の愚劣な恥じ入るべき歴史認識しか持ちえていないのか。嘆かわしい限りである。
過去の戦争において、日本は、少なくともアジア諸国に対しては歴然とした“加害者”であった。加害者なればこそ、絶対に忘れてはならない歴史というものがあるはず。それは、人間として最低限守らなければならないルールであったはずではないか。
過去に盲目となる者は、の例えのごとく日本は現代においても、加害の歴史を継承し続けていることになるのではないか。
その意味では、現代の日本人にも、立派に戦争責任があると言えるのではないか。
厚顔無恥、鉄面皮、破廉恥、厚かましい、ずうずうしい、恥知らず。
こんな言葉が、日本及び日本人の代名詞となる日も遠くない。
南京大虐殺について、過去からの論争経緯を簡潔にしかも仔細漏らさずまとめあげた本書でもって、少なくとも南京大虐殺に関する不毛な論争は終わりにしてもらいたいものである。

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紙の本アメリカ黒人の歴史 新版

2007/06/24 04:40

人間性を失わないために

13人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 人種や宗教などを理由として、人間が人間を見下す、差別することは、決してあってはならない。しかし、悲しいことに人類の歴史においてこのことは多く見られた。その中でもアメリカ黒人の歴史ほど、長期的かつ大規模に差別が行われた例は少ない。かつての奴隷制度といった、全く人道に反したいわれなき差別を受けてきたアメリカ黒人の歴史は、正しく記録されなければならない。そして、人類が同じ過ちを繰り返していくことの無いよう、その反社会性を明らかにしていかなければならない。
 それは、日本人にとっても決して他人事ではない。
 中曽根康弘氏「アメリカには黒人とかプエルトリコとか、メキシカンとか、そういうのが相当がおって、平均的にみたら(知的水準が)非常にまだ低い。」
 渡辺美智雄氏「日本人は真面目に借金を返すが、アメリカには黒人やヒスパニックなんかがいて、破産しても明日から金返さなくても良いアッケラカのカーだ。」
 このような言葉が平気で口から出る人たちの感覚を疑う。そして、このような感覚しか持ち得ない人たちを国会に送り込み、しかも一人は総理大臣にまで持ち上げた我々は恥じなければならない。差別者を国の代表として選び出した我々も、差別の共犯者と言われてもしかたがない。
 かつて日本は、中国・朝鮮をはじめとするアジア諸国の人達をひどく差別した。そしてその差別意識と自分たちの誤った優越感を基に、それらの国々への侵略戦争を行った。低俗な差別意識が根底にあったからこそ、日本軍兵士たちは人間性を失い、その国の人たちに乱暴狼藉を働いた。
 その差別感覚は、日本が敗戦により打ちのめされても完全にも消えることはなかった。現代においても、日本の首都東京の知事は平気でアジア諸国蔑視発言を繰り返す。その知事を支持する人が多い。
 そんな日本人にこそ、この本をじっくり腰をすえて読んで欲しい。

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紙の本岸信介 権勢の政治家

2007/06/19 10:20

過ちは繰り返してはいけない

12人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 現総理大臣の安倍晋三が尊敬して止まない”おじいちゃん”岸信介。昭和の「妖怪」とも「巨魁」とも言われ、1987年に90歳で大往生するまで、自民党を影で操る「黒幕」「フィクサー」として暗躍した。
 日本が敗戦後、自身の戦争責任を自覚し、真摯に反省し、損害を与えた国々や人々に明確な謝罪と賠償をしてきたか。二度と侵略戦争という過ちを自ら起こすことの無いよう、自らを戒め、態度で示してきたか。すべて「否」である。
 日本はあいかわらず戦争責任の追及から逃げ続けている。最近では、従軍慰安婦問題や中国人・韓国人強制労働問題でも国としては知らんふり。
 村山・細川総理談話といった自民党下野時に出された戦争責任を認める発言をも、また反故にしようとしている。
 自衛隊はますます増強され、国外への派遣も珍しくさえなくなった。戦時下のイラクにも派兵された。
 有事の際の権力発動体制は確立され、集団的自衛権の行使さえも首相の口から平気で検討が口にされるようになった。
 肌寒さと背筋の冷たさを感じながら、それでもなお、まだ遅くない、まだやり直せると強い気概を持っていたい。
 あれだけ敵味方双方に大きな被害と多大な不幸をもたらした戦争が終わり、国民が一丸となってやり直しを誓った戦後。新しい平和憲法に希望を膨らませ、二度と戦争は起こさないと9条を打ち立てた戦後。その戦後がどこから狂ってしまったのか。どこから日本は、アジアの国々からあいかわらず冷たい眼で見られるような信用の無い国になってしまったのか。
 私はそれを、岸信介の戦後復権時に見る。
 侵略地満州で特権階級として傀儡国を統治した官僚時代。日米開戦時、国務大臣として開戦の勅書に署名をした政治家時代。戦争拡大にこれだけの大きな役割を果たした人物を、日本は戦後、完全に復権させてしまった。総理大臣にまでしてしまった。
 そもそもA級戦犯容疑が不起訴となったのも、岸自身の獄中工作が噂される。そうではなかったとしても、当時のアメリカの反共へのシフトという政策転換による単なる偶然であった。決して、岸の戦犯容疑が払拭されたわけではないし、誰からも免責されたわけではない。
 総理大臣になってからの岸の強引な政治運営は説明するまでもない。日本を二分する政治課題であった日米安保を、反対を主張する一般民衆を機動隊の暴力で押さえつけてまで成立させた。その過程で死者まで出した。敗戦時の人々の平和を求める心と希望は、この時点で粉々に粉砕された。
 今また、その”おじいちゃん”を尊敬する安倍晋三が暴挙に出ている。強引な国会運営で次々と悪法成立を押し通している。憲法改正も堂々と口にしている。
 歴史は繰り返す。審判するのはわれわれ国民だ。もう二度とわれわれの平和と希望を壊されてはいけない。われわれは今こそ何をするべきか。

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