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  3. 鳥居くろーんさんのレビュー一覧

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先月(2017年6月)

鳥居くろーんさんのレビュー一覧

投稿者:鳥居くろーん

206 件中 1 件~ 15 件を表示

ナンバーワンに神経をすり減らすかオンリーワンに安住するか、それが問題だ。

15人中、13人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

学力の低下。学級崩壊。教育の現場で異常事態が起きている。なぜ。どうして。

受験戦争?ゆとり教育?しつけが悪い?教師の質の低下?原因に挙げられるものにはいちいちもっともな理屈がついているが……それだけでここまでひどくなるものか?

「子供たちは、わざわざ勉強しないよう努力しているのではないか」そう考えることからこの本は始まる。しかも、いわゆる下流と言われる家庭の子供にその傾向が強いのではないか、と。上流の子供は勉強をしていよいよ上流へ、下流の子供は勉強から逃げていよいよ下流へ。教育費の多寡だけでは片付けられないこの現象には、もっと根本的な原因があるに違いない。
そのようにして、著者の考えは進む。

「勉強ってなんの役に立つんですか?」
といって勉強をせず
「自己決定」した自分の進路に不満ばかりぶつけ
しまいには
自分の無能さを、何もしない、何者にもならないことで隠蔽する

そういった若者が生れる背景を読み解く。その手練は説得力があり、また少々ショッキングでもある。

私自身は教育の現場から遠ざかっているので、この説が正しいのかどうかはわからない。ただ、自分自身にあてはめていうならば、腑に落ちることは多かった。私自身、ニートになっていてもおかしくはなかった身なので、鋭い指摘がいちいち痛かったが。

「人間」という単語の「間」と言う文字にどういう思いがこめられているのかは知らないが、人は他人との「間」を形作ることができて初めて「人間」になれるのだと、私は解釈している。人はひとりでは生きていけないし、ひとりでいるとダメになっていく。なにより、自分ひとりが生きていたとて何の意味もない。
そのことを理解せず、自分ひとりでたいていのことはできると思いこんでる奴は、ただのアホウだ。そういうアホウをこれ以上つくってはならない。

その第一歩として……そうだな、草むしりからはじめようか。

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紙の本鴨川ホルモー

2007/03/05 02:45

レーズン・もののけ・茶巾絞り、人道はずれの魍魎花火!京都びいきは是非。

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

全面的下心にまどわされ、あやしいサークル「京大青竜会」につかまってしまった安倍くん。そのサークルの真の目的とは、京都に千年伝わるという伝統競技「ホルモー」を継承させることだった。
ホルモーとは何か?ま、チーム同士で行う一種の戦争ゲームである。少々不気味だが、わりと楽しそうなゲームだ。ただ、ひとつだけ言っておかねばならないことがある。それは、ゲームから脱落した者に課せられる罰についてだ。脱落したそのとき、全身全霊をこめて、彼はこう叫ばねばならない。
「ホルモォォォォォーッ!!」

よくまあこんなバカな設定思いついたな。かなり笑った。おかげで今日は風呂入りそこねちまったよ。

自虐的な京大生ネタもおおいに笑わせるんだが、「ホルモー」継承の過程がとりわけおもしろい。なにせ安倍くんたちは途中まで「ホルモー」が何なのかわからないのだ。必要な知識と訓練を積むまでは「それ」が見えないからなのだが……「こんなん覚えてどうすんねん、本当に意味あるんか?てゆーか、もうちょい有意義なこと他にあるやろ」と思いながら、でもやめられない、そのあたりの葛藤がなんか妙にリアルで。

でも、上級生と下級生の師弟関係ってのはいいよね。これがストーリーの中心をズバッと貫いてるおかげで、ただ面白おかしいだけのエンタメ小説にはないどっしりとした安心感が生れて読後は心地いい。面白おかしいだけだとなんか読んだあと虚しくなるんだよね。アレが嫌でさ、からっぽの自分が何かに食われちまうような気がして。


京都は寺社仏閣があちこちにあって異彩を放つ都市だけど、大学っていう場所もまた、私的でなくて公的でもない、街の中の異物みたいな不思議な感覚のするところだ。で、そんなところに子供でもない大人でもない、地域にもつながりがないニュートラルな存在・大学生が住まっている。連中がこの世ならざるものに捕まってしまっても、そりゃー道理ってモンでしょって自然に感じられてしまうのに目をつけた、そこにこの作品の真価があると思う。

『鴨川ホルモー』しかしまー見事なネーミングセンスだな。本当は「ゴンベー」でも「バンジョー」でも良かったんだろけど、なんか「ホルモー」じゃなきゃいかんような気がしてくるもんな。

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森からドングリとキノコが消える

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「ナラ枯れ」という言葉をご存知ないだろうか。

ここ30年くらいで「松枯れ」という現象が日本中に広がり、これまで長く守られてきた多くの松林が無残に枯れ果てたことを知る人は多いかもしれないが、それと同じような現象が、いまナラ(コナラ、ミズナラなど、ドングリを作るもっとも一般的な樹種のひとつ)を中心として広がりつつあるそうだ。

松枯れの主因がマツノマダラカミキリと、それが媒介するマツノザイセンチュウであったように、ナラ枯れもカシノナガキクイムシと、それが媒介する病原菌の仕業であることがはっきりしているが、問題はそう単純ではない。

樹勢の強いナラであれば、仮に昆虫に穴を開けられても、その樹液で虫を追い出すことができる。つまり、害虫と害菌が猛威を振るうというそのこと自体が、ナラを中心とした広葉樹林そのものの衰えを示しているのだ。ではその衰えの原因はなにか……鍵を握るのはキノコ。菌類の専門家であり、松林再生プロジェクトでも精力的な活動を行ってきた著者が、ナラ枯れの真相を探る。

……近年、キノコの発生量が激減したとの話をよく聞く。特に去年の秋などは、まれに見るキノコ不作で、多くの愛好家を泣かせたようだ。ここんとこの異常気象と荒れる一方の山林環境のせいなのかな、と個人的に軽く考えていたのだけど、問題の根はもっと深かったようだ。全ては土の下で起こっているだけに。

ナラが枯れて、キノコが採れない。それだけなら街の人は「関係ないや」と、そう思われるかもしれない。ただ、同じ現象がマツ、サクラ、クリ、スギ、シイ、カシと広い樹種におよび、弱った樹が子孫を残そうと花や実を大量につけてしまうことを考えれば……これは近年の花粉症の増加、シカやサルなどの獣害の増加(山村荒廃の影の主役)の遠因として考えざるをえない。水害や山崩れも増えるし……全てはつながっているのだ。

キノコを偏愛する者として、少なからずショッキングな内容だった。CO2削減とかは後回しでいいから、なんとかしようぜ、中国……

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いっい湯だぁ~な♪時空を越えた風呂マンガ・古代ローマより愛を込めて

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

――伝統的な浴場にこだわるあまり、閑職を言い渡された古代ローマの建築技師・ルシウス。失意の中、彼は気晴らしに訪れた公衆浴場の浴槽の底に、ぽっかりと開いた穴を見つけてしまう。穴に吸い込まれた彼を待ち受けていたのは、なんと、現代日本の風呂であった!

いやー、ヘンテコリンな漫画はいくつもあるから大抵のことでは驚かんと思っていたけど、風呂マンガとはおそれいった。しかも国籍はおろか時代まで超越してしまうこのスケールのデカさ!

なんてったって、古代ローマの風呂と現代日本の風呂がつながっちまうって発想がすっばらしいねー。よく考えりゃ風呂ってトコは、老いも若きも男も女も奴隷も金持ちも日本人もローマ人もみんなそろってスッポンポン。宮崎駿の「千と千尋」の舞台にも使われた、世にも稀なるボーダレスな空間なのであります。

こんな異空間なんだから、古代ローマと日本がつながっちゃっても全然不思議じゃないよな、と、なんとなく思わせてしまうところに、風呂の恐るべき魔力が秘められていると言うべきか。

風呂上がり銭湯のフルーツ牛乳で恍惚に浸ってしまうルシウス……あー、こんな幸せ空間に自分も浸りたい!そんな衝動に駆られてしまうこと請け合いのワンダフルな作品でありました。

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紙の本炭と菌根でよみがえる松

2009/04/23 22:43

浜辺の松を救え!(幻のキノコ・ショウロが食いたいだけだったりして)

7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ショウロというキノコをご存知?
 
直径3センチくらい、まんじゅう型の地味ぃ~なキノコで、海岸沿いの松林で採れるんだけど……つい先日、初めて食べました。ちょっと鼻につくくらいの豊かすぎるキノコ臭とショリショリとした食感が奇妙にアンバランスで、ほほえましい感じ。薄く切って、すまし汁なんかに浮かべたら結構おいしいだろうなー、などと思えるモノだったけど……今はこのキノコ、滅多に手に入らず、『幻の食材』あつかいされているみたい。
それもそのはず、全国的な松枯れで、海岸の松林そのものが瀕死になっているからなんだそう。そういえば、白砂青松なんて風景、最近ほとんど見ないですもんね。
 
――背景暗転、どこからともなく人の声――
 
S:ハッハッハ、それは違うよそこのキミ!
 
K:はっ、この声はいったい?
 
S:僕の名前はショウロマン!まあ、ショウロの精みたいなものかな?松がなくなったからショウロが消えたなんて、そんな一面的な見方では真実は見えないよ!
 
K:ショウロの精?一面的な見方?
 
S:そう!確かにショウロは松の根にとりついて栄養を集める。松がなければショウロは生えられないんだ。でもそのかわり、松の根の生長を助けてあげることができる。だから……
 
K:だから?
 
S:僕たちショウロがとりついた松はとても元気になる。松枯れ病にだって負けない木になるんだ!すごいだろ?松がなくなったからショウロが消えたんじゃない。僕たちがいないから松がダメになっちゃったんだ。
 
K:え?そうなの?じゃあキミたちをあちこちの松にとりつかせれば、海辺の松は生き返るんだね?
 
S:うん、それがね……
 
K:ダメなの?
 
S:そうなんだ。僕たちは落ち葉やゴミの少ない栄養の乏しい砂地じゃないと、すぐ他のキノコやカビに負けちゃうんだ。これまでは、キミたち人間が、燃やすための松葉や枯れ木をせっせと集めてくれたから、僕たちも長いこと生えていられたんだ。でも今じゃ、誰も松林の手入れなんかしてくれない。僕たちも松も今や風前の灯だよ……
 
K:そんな……なんとかならないの?
 
S:うん。まず手入れだね。茂った草や木を取り除いて、土をはぎ取り、きれいな砂といれかえて、若い松を植えてもらえれば。
 
K:うへぇ、なんだかすごく大変そう。
 
S:あと、炭だね。
 
K:炭?あの、バーベキューとかに使う?
 
S:うん。僕たちが菌糸を広げるのにとても都合のいい構造をしているんだ。他の菌を遠ざけるアルカリの成分も入ってるしね。どう?できる?
 
K:うん、時間と手間がすごいけど……何とかやってみる。
 
S:たのんだからね!それじゃ!
 
 
――って、どんな展開や!ま、それはさておき。
海辺の松を取り戻したいと願う人にはもちろん、キノコをはじめとした生き物に関心がある人にも、経験と実践に裏付けられた生きた知識がタップリの一冊。
 
現在の日本の自然というものは、長い長い人間たちの活動の末に作り上げられたものであって、けっして自然のみによって成されたものじゃない。古くからの風景が失われいくのを、ただ黙って見守るのか、それとも手を加えて守るのか……手つかずの自然というものが必ずしも豊かでないということを。人間もまた自然の一部であるということを。うーん、なかなかに奥が深い。
 
近年のキノコ関連本ではイチオシ。


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紙の本きのこ

2006/06/04 23:39

観察屋さん専用、中級者以上向け。

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

数あるカラー図鑑の中でも名作の呼び声高い「山渓フィールドブックス」シリーズ。その中の「⑩きのこ」の新装版。

「新装」といっても中身はほとんど変化なし、とはいえキノコ仲間のあいだでは今なお評判のよろしいこの図鑑のこと、今後さらに多くの人の手にとられることを考えれば、このリニューアル、おおいに歓迎したい。

この図鑑がとにかくステキなのは、その質実剛健さにある。
掲載種数は大量1155種!
シンプル&コンパクト、まったくムダのないお堅い構成!
冬虫夏草・粘菌・サビキン マイナー菌類大活躍!

まさしくキノコを観て調べるだけで幸せになれる観察屋さんのためにあるような図鑑である。しかもジメジメした野外でも使用に耐えられる防水仕様の表紙、これがなめらかで触っているだけで気持ちよく!軽すぎず重すぎず、このサイズがまた絶妙で!井沢さんの写真もキレイだし!用もないのについついめくってしま…ボキッ

いかん。力みすぎてエンピツが折れてしまった。

ということでこのキノコ図鑑はたいへんにおすすめでございます。ただし、完全に使いこなすためにはキノコ分類中級レベルの知識(キノコの「科」ないし「属」の見当をつけられる)が必要でございます。ご精進なさいますよう。

追伸:表紙カバーの写真はよりによって通称“destroying angel”『破壊天使』ドクツルタケですね。最強毒キノコが表紙を飾る……その真っ直ぐさがまたステキです。

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危険・有毒生物

2007/05/09 02:05

カモノハシに毒があるとは驚いた

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ハチやヘビのような有毒動物はもちろん、食べると中毒を起こす動植物や病気を媒介する衛生害虫・害獣にいたるまでありとあらゆる有害・危険生物をカラーでまとめた大図鑑。
基本的に図鑑というのは、好奇心を満たすものではあっても、役に立つものではない。その点、この図鑑は、害を受けた後で調べるにしても、害を受ける前に読むにしても、まさに実用のための図鑑だと言ってよいと思う。
ただ、予期せぬ効果と言っていいのかどうか、「危険・有毒」という範疇でくくることで、大型哺乳類から微生物まで、実に多様な生き物を一冊に集められた、というのがこの図鑑の大きな魅力となっている。
普段生活しているだけでは気にも留まらない、どうでもよいと思っているような虫でも、それがいざ危険となれば注意を払わざるをえないもの。そういう自己主張する連中が自然界にはこんなにもたくさんいるんだ、と思うと、怖いと思う反面、「こんな生き物もおったんや」と、生きものの世界の豊かさも同時に感じられて……。この怖い物見たさ、恐怖と好奇心のアンビヴァレントな感覚を呼び覚ます力がこの図鑑にはあると思う。
数々のカラー写真やダイナミックなカラー図版はさすが学研と言ったところ。基本的に国内の危険生物を扱うが、タランチュラのような海外の有害生物も加えて彩りを添える。「ヘビにかまれたときの正しい対処の仕方」のような豆知識ももちろん盛り込まれており、生き物好きなら漫然と読んでいるだけでも充分に楽しめる。
しかしまあなに、この世でもっとも危険な生き物を載せ忘れているのは大失点だな。それがなんという生き物か、みなさんもご存知であろう?

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紙の本養老孟司のデジタル昆虫図鑑

2006/07/30 03:04

万におきて無視さるる身の虫どもの昔のことを蒸しかえし(意味なし)

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

図鑑と称するものに「養老孟司の」と人名が冠されている。

(ほう、図鑑もずいぶん私的になったものよ……)

などと思い、手にとってみた。なんのことはない、図鑑というよりも写真つき昆虫エッセイといったところか。

なれど、この本の本意とするところ(シャレではない)は、これらの写真が、およそ素人の手により市販のスキャナで撮影された、というところにあるらしい。なればこそデジタル写真図鑑……。

うむ、しかしまあ、たしかにこの技、あなどれぬ。

1センチやそこらの昆虫が細部までもらさず撮影できる。しかもデータ保存はもちろん、拡大、複製、印刷、携帯、加工……まあ要するになんでもござれだ。養老氏も言うように虫だけに使うには惜しい裏ワザではある。こころざしある者はその商業利用・新分野開拓に尽力されたし。

さて、養老氏の文章はといえば……

まあ、良くも悪くも相変らぬ。そう言いおけば判るものには判ろう。判らぬものは……読めばよい、それだけのことだ。別に判ったからといって何がどうということもない、その曖昧さが美徳なのだ、といえばそれは煙巻きであろうが。最終的にムシ好きのオジサン、その一事ということになろう。

さて、私は養老氏のファンでもなんでもないのではっきり言わせてもらう。この本、『図鑑』と称するにはいかにも虫の種類が少なすぎる。美男美女ならいざ知らず、氏のプライベート写真なぞ、この際どーでもよいので、もうちと虫の数を増やして再登場いただきたく思う。
さらにいえば『昆虫図鑑』と冠する限りは甲虫ばかりでなく、他の虫にも挑んでいただきたかった。たとえばカマドウマやスズメガ、ザトウムシやゲジなどは(後半は昆虫じゃない?申すな!)個人的趣味として是非ともまじまじと眺めてみたいものである。
え?なに?撮影法まで丁寧に書いてあんだからそういうのはてめぇでやり給え、と?そうか、この本の真意はそこにござったか……不覚。

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キノコ愛・万歳!西日本のキノコ好きが作りました。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

六甲山系という地の利を有し、西日本でも有力と見られるキノコサークル「兵庫きのこ研究会」の手によるローカルきのこ図鑑。
 
ナメコ、マイタケ、シメジ、ジコボウ……キラ星のごとく列挙できるA級美味キノコたち。これがしかし、ことごとく東日本のものであることに気づく人は少ない。いやいや、西日本にだってあるぞ、マツタケが……ごめんなさい、もう松林ってほとんど無いし。
正直に言いましょう、西日本のキノコ狩り文化はほぼ消滅しました。じゃあ西日本のキノコサークルは何を楽しんでるのかって?そんなもの決まってるでしょう、種類を調べたり写真を撮ったりして楽しむんですよ~。
 
この『兵庫のキノコ』は、そういった開き直りがステキな図鑑。持ち寄りの写真と文章が活き活きとしていて、いかにもキノコ好きな人々が楽しみながら作ったという雰囲気が伝わってくる。
 
以下引用。
 
『道路沿いや林地で見られる地味なキノコだが、足元がお洒落な紫色になる。乾くと淡い色になり様変わりする。食用になるが、放尿跡や動物の死骸近くなどに生えるため、お勧めできない。』(オオキツネタケ:井口幸子)
『このキノコとの始めての出会いは2月、にわか雪がちらつく寒い日だった。腐朽の進んだ倒木に、寒さにも負けず凛とした姿で群生していたのには感動した。』(センボンクヌギタケ:田中實)
『幼菌のころ、青緑色の傘にこってりとヌメリをまとった姿はまるで和菓子のようだ。低地からブナ帯でも見かけたことがあるが、その色から意外に見つけにくい。落ち着いた黄緑色のこのキノコを見つけると何故かホッとする』(モエギタケ:土屋規麻太)
 
いやー、温かみのある文章の図鑑というのはシロウトにしか成し得ないこと。悪いことばかりがクローズアップされがちな現代だけど、こんな楽しいこともできるようになったんだから、なかなか捨てたモンじゃないよ、今の世の中。
 
  
写真・文章・レイアウト、いずれもレベル高し。後ろ半分の『キノコを楽しむ』コーナーの構成も出色。総合的に見て実用的というより娯楽的図鑑だが、西日本のキノコファンには断然オススメの五つ星。

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紙の本裏庭

2007/07/14 14:42

ファンタジーという名の神話

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

なんの予見も持たずに読んでいたら
 
話が突然 鏡の中の世界に取り込まれ驚く
 
私はこの手合いの展開に慣れておらず
 
しかしそれにしてもどこかで読んだような
 
などといぶかしく思っておれば
 
思い出した これは童話の世界であった
 
さらにいうなら世界各地の古い民話や伝承
 
それらを下敷きにしている
 
先祖代々より見知った世界
 
いうなれば神話なのかもしれん
 
常識とか立場とか そういったものでできた分厚いヨロイ
 
それを着込むことに慣れてしまった我々が
 
生身を取り戻すことはもはや
 
なまじなことでは果たされまい
 
そう 遠い記憶をよびさます声に触れる そのことをのぞいては
 
 
世間一般の評価はどうあれ、梨木香歩の文体は私にとって脅威。たいそう魅力的なのだが、一度引き込まれると自分自身を見失いそうな不安を感ずる。それはただ優しいというだけでなく、恐ろしい感覚をも呼び覚ます根源的なもの。たとえ好きであれ、そうそう迂闊に読むことはできない。

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紙の本漢字百話

2003/05/07 03:00

道の示すもの

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

≪道とは恐るべき字で、異族の首を携えてゆくことを意味する。≫
≪それは戦争などのために敵地に赴く軍を、先導するときに用いられる。そのとき異族の首を、呪具としたのであろう。首狩りの俗が行わたのも、そのような呪的行為に用いる必要からであった。≫

血なまぐさい。普段私たちが何も考えずに使っている漢字の成り立ちは、意外にも野蛮だ。しかし、その情景を思い描いてみればわかることなのだが、それが決して悪いことだとは思えない。神への畏れも呪いへの怖れもそこに刻まれる。遠い古代の人々の吐息がここまで届く。文字の陰にわずかににじんでいる血が、人間の根底にあるものを示してくれる。

漢字は呪具だ。甲骨文をはじめ、かつてはそのように用いられ、やがて政治、思想、芸術、実用の道具などへと様々に転用されて、日本にも浸透し、今に至った。その文字体系はすでにひとつの思想体系であり、アルファベットや仮名に比べれば、重々しいものかもしれない。

しかし、逆に、時には当て字やなぞなぞなど言葉遊びとして、あるいは反射的なイメージを喚起するキャッチとして、漢字は今もなお身近にある。その成り立ちが霊感を呼び起こすための呪具であるとするならば……商品のタイトル、あるいはポスターや雑誌の見出しに踊る漢字は、むしろ、先祖帰りしたそれであるように思われる。

ただ近頃はカタカナやアルファベットが目に付くようになった。その効果を否定するつもりはないが、呪具すらも捨て、音だけの世界にさらなる先祖帰りを図ろうとしているのではないかと、私は勘ぐってしまう。現代日本の大衆文化において音楽だけが突出してしまい、しかもその中核を担うグループ名や曲名のことごとくがカタカナかアルファベットであることが、なんだか象徴的に思われるのだが……気のせいか。

何かへの畏れがなければ呪具はいるまい。異族の首をかざして道を清める必要もあるまい。したがって……彼らには道も要るまい。それが道でなくMICHIで満たされるのならば。あるいは未知が、私たちにとっての道標であるのかもしれない。

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岩明均とシャレ

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ある日、天からふってきたエイリアンのタマゴ。そこから生まれたのは、人間のからだをのっとり、しかも食料として人間を食べる「人食い」生物たちであった……。ところが、主人公の高校生・シンイチを襲ったエイリアンは脳を奪い取るのに失敗し、やむなく彼の右腕に居候する。かくして、シンイチとその右腕「ミギー」の、生存をかけた闘いが幕を開けるのであった。

知る人ぞ知る名作。

この岩明均という漫画家、シャレが好きである。「手動権(=主導権)をよこせ!」「後藤(=五頭)」みたいなダジャレに限らず、シンイチのガールフレンドを「こぉっ!」と叱りだす爺さんが突如出現したり、ぶっ切れた青春野郎が勝負を挑んできたり、と、どう反応していいのか分からないジョークのようなシーンもたびたび登場するのだ。いやいや、そればかりでない。キャラクター設定やストーリー展開すらも、シャレに左右されているフシがある。
もしかすると、シャレはこの人の創作における基本パターンなのかもしれない。そもそも、人間が体を乗っ取られて人間を食うバケモノになってしまうという設定そのものがシャレ的な思いつきではないか。

このイデオロギー色の強い作風にあって、シャレを多用するということは、一見、矛盾する行為のように思われる。しかし、事実はその逆のようだ。伝えたいメッセージがたくさんあるがために、しかもそれをどう伝えていいか考えるとかえって行き詰ってしまうがために、不如意としてのシャレの力に頼る必要があったのだ。

同じような役割をするシャレに、短歌の「かけことば」という技巧がある。ある情景に心情をかさね、それを風流に表現したいと強く望むゆえに、逆に、それ自体は風流でもなんでもないシャレをきっかけとして詩を呼び込む。詩想を導く起爆剤。天から降ってくることばを落とす避雷針。

岩明均は、その効用を知っており、キャラクター設定を、ストーリー展開を、シャレ、すなわち、瞬間的なひらめきに任せている。少なくとも、私にはそう感じられる。


余談になるが、「名前なんてどうだっていい」と言うミギーの考え方は、作者の理念であるように思われる。登場人物の服装は、わりと適当。その背景もわりと適当。主題以外はどうだっていいと言わんばかりのこの動物的な一途さが、そこに見え隠れする。そんなところにも、私は無条件で好感を持ってしまうのだ。

それにしても、ラストは非常にいい。強いメッセージを思いつきに委ねたからこそ生まれた予定調和なのだろう。美しさが、そこに感じられる。

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ひらけ!きのこワールド!その無用な情熱に乾杯

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

おっ、乙女の玉手箱シリーズ!宝箱じゃない、玉手箱!この微妙に古風で魅惑的な響き!

かつては生き物の本と言うと犬猫といったペット、さもなくば教育モノか図鑑くらい、といった窮屈さを感じさせるもんだったけど、近頃は、なんだかよくわかんないマイナーな生き物の本も出るようになった。しかも多様な視点で取り上げられるようになって。たとえばそんな生き物たちのフォルムだとか配色だとか、デザインという観点から……そんな流れで、キノコにもこんな本が出版される日が来たのだなぁ、などとちょっと感慨深く。

知る人ぞ知るキノコ女子にして重度のキノコ病患者・とよ田キノ子さんの手による、ビジュアルに特化した「きのこカタログ」。編集がすこし変わってて、五つの動詞をテーマにして章が立てられている。

雑貨や服飾、切手など、きのこアイテムが一堂に会する『愛でる』
日本全国のきのこスポットを巡る『旅する』
意匠やシンボルとしてのキノコ、生き物としてのキノコ、本・写真・映画……『調べる』
ホクトぉぉぉぉ!エリンギぃぃぃぃ!『食べる』
キラ星のごとく活躍するきのこアーティストたち『発信する』

おお、この五つの「Do」に込められたアクティブなパワー!俺が追い求めてきたのはこれだ!キノコ雑貨を集める、キノコ写真を撮る、キノコオブジェのある公園を探索するなど、どう考えても無駄なことにだって、実はメチャメチャ意義があるような気が俺もしてきた!
現代というカチコチと凝り固まった世界に、自分なんかは窮屈さを感じるわけだけど、こーいう感性に触れるとノーミソに風穴を空けられるというか、ブチ抜かれるというか、はっはー、なんだか元気が出てくるねー(なに言ってんだか)。

さてさて、この本でもうひとつ注目すべきはデザインかな。五つの章はそれぞれ橙、緑、青、ピンク、紫を基調に構成されていて、そのカラフルさがキノコをかわいくポップに演出している。気分がウキウキするね。それでいてシュールで妖しい空気もふわっと。レイアウトもよく練られているみたいだし、印刷もバッチリ。

個人的にスゴイ良い出来だと思うんだけど。これを機にもっときのこコレクターやきのこクリエイターが増えるといいな。

ただ、この『乙女の玉手箱シリーズ』というのが、まだ『きのこ』の他に『マトリョーシカ』しか出てないのが気になる。きのことマトリョーシカ……いくら玉手箱に入れるったってマイナーにもほどがある。きのこの名誉のためにも早く仲間を増やしてくれい。

それにしてもグッチのきのこスカーフが素敵すぎる。

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硫黄島に死す

2007/08/28 17:57

こゆい

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

表題作『硫黄島に死す』を含む戦争モノを中心とした短編、七本立て。多くは太平洋戦争末期、大活躍からほど遠く、抗いようのない大波に洗われる人々を描く。つつましく無為に死ぬ者、つつましく無為に生き残る者。その差はどこにあるのかはわからないが、大波の前にはいずれにしろなすすべがない。読後にはつい遠い目をしてしまう自分がいる。
 
◆戦争モノには濃密な時間が流れる。それは死が常に身近にあるからだ。死を意識した時、人の時間は濃くならざるをえない。
「戦争は愚かしいものだ」というのは正しいと思う。が、その濃密な時間を経験した者と経験しない者とがその言葉を同じように放った時、その重みは果たして天と地ほども違うのではないか、といつも思う。
 
とりあえず戦争モノの小説を読む。私の希薄な時間が、少し濃くなる。それだけでいい。

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紙の本自分でつくるこれ、うましっ!

2006/10/13 18:57

自炊をはじめる人には救世主かも☆

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

私はレシピというものが大嫌い。

なぜって、あんなものを頼りにして料理を作っても、楽しくもなんともないもの。それに、窮屈でしかたないもの。その上、なんだかおいしくないんだもの。

わたしは、わたしが美味しいと思うものを、腹減ったとき食べられるように作りたい。たったそれだけなのに。あのレシピというヤツは、さも「私が正しい」と言わんばかりに私の前に立ちはだかり、作る意欲を妨げる。
その点、小林カツ代は偉大だった。レシピの存在しない料理本『自給自足』を提供してくれたからだ。

『醤油をピャッとかける とは答案用紙の答にマルをつける感じ。』
『三本指でパラパラ は、こう。御焼香の、あの要領。』
あ〜、それそれ。ほのぼの系の大きなイラストについている添え書きが、いちいち腑に落ちて。

『即、ジャジャとやりたい気持はわかる。が、しばし手は出さない。見守ってやるのだ。』(『豚肉の生姜焼き』の項より)
などは、わたしにとっては人生修養の一環にすら感じられ。
……あれから約十年がたち、『自給自足』を本屋で見かけることはなくなった。でもタイトルを変えて文庫本となっていたのをついこないだ見つけて、自炊をはじめたばかりだった当事のことを思いだした。今では朝飯夕飯はもちろん、昼の弁当も自炊。ズボラすぎて腕前はちっとも上がらないけれど、それでも自分の手でご飯を作れるという自信は、わたしのなかでけっして小さくない。
できるだけおいしい料理をできるだけ簡単に。勘と目分量の支配する家庭料理の世界への入門書は、レシピという呪縛から私を解き放つ救世主だったかもしれない。

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