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  3. 黒木太郎・花子さんのレビュー一覧

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    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

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    中野 ジェームズ修一 (講師),日本放送協会 (編集),NHK出版 (編集)

    5つ星のうち 4.0 レビュー詳細を見る

黒木太郎・花子さんのレビュー一覧

投稿者:黒木太郎・花子

14 件中 1 件~ 14 件を表示

夫婦で読むセックスの本

2008/10/12 16:11

ご夫婦でお読み下さい

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

妻 うらやましかったわ、この本。
夫□のっけから、ため息ですか。
妻 だって、この本を書かれた堀口先生はこんなことを書いているのよ。「今思うと、雅子のときにも、母として、妻としての大変さをもっと理解することができたらよかったと思います」(198頁)。雅子さんは堀口先生の奥様のこと。わたしもこんなこと、一度でいいから言われてみたい。
夫 この本は堀口貞夫さんと雅子さんという産婦人科医夫妻の共著なんだよね。本文はご主人の貞男さん、それぞれの章末のコラムを奥様の雅子さんが執筆されている。お二人がすごいところは、お二人とも七十歳を超えられているのに、現役で今でも活躍されている。
妻 ここまでお年を重ねてこられたから見えてくること、いえることもたくさんあると思うわ。シニアの人が性の相談をお二人には安心してできるというのもわかるな。
夫 そうだよね。相談しようとしても相手の医師が若い先生だと相談すること自体が恥ずかしいというか。
妻 先の貞男先生のコメントだって、実はお孫さんを育てている息子さん夫婦を見ていて初めて知識でなく体験として理解されるのよね。そして、それをきちんと口でいう。文章に書く。なかなかできないわ。
夫 夫婦というのはある意味やっかいな関係だよね。まったく生まれも育ちも違う男女が婚姻という手続きを踏んで夫婦になった途端に、相手が何もかもわかってくれるものだと思ってしまう。だから、夫婦の間では口にしなくてもあれもしてくれるだろう、これもわかってくれるだろうと思い込んでしまう。それがされないと「こいつ、何もわかっていない」となる。もちろん、この本でも書かれているように、セックスの問題でもそう。
妻 夫婦だけでなく、親子でもそうだわ。あるいは友人でも同じことがいえる。つまりは距離のとりかたにすごく問題があると思うの。ここまで関係があるのだから、わざわざ言わなくてもわかるはずだと思ってしまう。例えば、あなたがわたしと手をつなごうとする。でも、時には強くひっぱられて「痛い」と感じるときがあるとするでしょ。そんな時、わたしが顔をしかめたら、あなたはせっかく手をつないでやったのになんだよ、と思うわよね、やっぱり。
夫 そりゃあそうだ。
妻 それがもうだめなのよ。妻だって手をひっぱられたら痛いと思うことがある。そのことが夫婦ということだけでわからなくなっている。この本でも書かれているけど、女性の更年期の問題だって、月経前のイライラだって、もう少し話し合えばわかることが、夫婦ということで問題を隠してしまう。
夫 この本の中で貞男先生も雅子先生も「きちんと話し合う」ことを何度も書かれている。夫婦だからこそもっとコミュニケーションをとることが必要なんだろうね。
妻 貞男先生がうまいこと書いている。「思いやり」ではなく「思いあい」だって。
夫 そして、そういう「思いあい」って、当然わかりあっているにちがいない関係にこそもう一度考えないといけないことだね。夫婦、親子、友人、上司と部下。
妻 雅子先生がこんなことを話している。「もしどちらかが死ぬまで一生一緒に過ごそうと思っているなら、お互いの気持ちが行き違ったままではあまりにも寂しい。多少なりとも心が通いあい、楽しく暮せるようになったほうがいい」(9頁)
夫 そうだよね。この本、「夫婦で読むセックスの本」というより「夫婦で読む人生の本」といった方がいいかもね。
妻 ところで、あなた、来世はまたわたしを選ぶ?
夫 うーむ、コメントはひかえます。

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重松清のまなざし−夫と妻の官能講座《第3回》

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

妻 最近総合週刊誌の平均実売部数で「週刊文春」が十二年ぶりに首位に返り咲いたというニュースがあったわね。
夫 というより、それまで首位を守り続けてきた「週刊ポスト」が「週刊新潮」にも抜かれて三位になったという方が驚きかな。文春・新潮に対して、どちらかというと女性ヌードなどのグラビアを売り物にしているポスト・現代の凋落が大きい。
妻 男性もいささか女性ヌードに食傷ぎみともいえるわね。ヘアー・ヌードなんて今ではごく普通に見れるものね。
夫 ヌードだけじゃなくて、全盛期の頃の「週刊ポスト」は大人の隠れ家みたいな雰囲気があった。それがやっぱりなくなってきたといえる。今回の、重松清の『なぎさの媚薬』はそんな「週刊ポスト」に今も連載中なんだけど、「週刊ポスト」ももう一度首位を目指して、主人公のなぎさを見習って欲しいところだ。
妻 渋谷の街の娼婦、なぎさ。男の方から彼女に出会うことはない。「死にたいほどの寂しさを背負った」男にしか彼女は声をかけない。そして、なぎさと出会った男は彼女の媚薬で過去に戻って、当時のあこがれの女性とセックスをするというのが、この連作の変わらない設定よね。
夫 この『なぎさの媚薬2』では、昔のバンド仲間だった女性の死をきっかけにしてなぎさに出会う哲也と、子供を生めないばかりに《家》を追い出されて悲惨な死を遂げた兄嫁をいまだに忘れられない圭の、ふたつの物語が収められている。
妻 二つの物語とも最後には運命を変えてしまう。当時できなかったセックスをすることで、その人の運命まで変えてしまうのかと考えると、セックスもおろそかにできないわね。
夫 この連作は官能小説の範疇にはいる作品だし、官能小説としての出来もいいけど、男にとっては切ない夢物語だよ。
妻 でも、重松清は巧いわね。すごく感じる書き方をするわ。
夫 重松の巧さは描写力だと思う。官能で高まっていく身体の変化の描き方なんて、見事というしかない。ビデオとか写真とか即物的に官能を得る手段はあるけど、重松の描写力はそれ以上だ。まるで自分が主人公になって女性を見ているような気にさせる。二作めの圭の物語では、彼は兄嫁たちの寝室にある姫鏡台の鏡の中から兄嫁たちの性をじっと見ている。もちろんなぎさの媚薬によって。そんな圭のまなざしがいつの間にか読者のまなざしになっていく気がする。そして、それは重松清のまなざしでもあるわけだ。
妻 ところで、貴方もなぎさみたいな娼婦に会いたい?
夫 僕のことはともかく、「週刊ポスト」の編集者はそう思ってるかもしれないね。

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倉庫の中の美しき虜囚

2005/09/11 18:27

漢字の勉強−夫と妻の官能講座《第8回》

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

夫 今回は漢字の勉強をしよう。テキストは森奈津子の『倉庫の中の美しき虜囚』。
妻 相変わらず強引ね。森の『倉庫の中の美しき虜囚』は現代ものの官能短編が7編収められていて、それぞれがSMだったり、監禁ものだったり、近親相姦だったりで、官能好きな人には色々楽しめる短編集だけど、どうして漢字の勉強ができるの。
夫 確かにこの短編集はいろんな官能の形を扱っているのだけど、どの作品にも森の好みというかテーマが隠れている。それが<嬲(なぶ)る>という漢字なんだ。
妻 「幼い淑女と崇拝者たち」という作品の中にも「嬲られるということは、相手に気に留めてもらっているということだ。愛されている証拠だ」というような表現もあったりするし、あとがきの中で森自身が「時には彼女に嬲られるように愛されることを望み」なんて書いていたりする。
夫 この漢字を見ていると本当に巧く出来ていると思う。男と男の間に女がいて、なぶるって読ませる訳だけど、言葉の意味を見事に表した漢字だ。
妻 女という漢字もやわらかにひざまずいている女性の姿からできた象形文字だったわね。
夫 漢字というのはひとつの部首からできているのは学校で習ったと思うけど、この嬲るという漢字の部首ってわかるかい。
妻 男じゃないの。
夫 残念ながら、男というのは部首にはないんだよ。答えは女なんだ。女を部首にしている漢字はたくさんあるのに男は部首にも採用してもらえないのだから情けない。
妻 奴、好、姑、妻、妾、姦、婚…確かにいっぱいある。
夫 女の部首の漢字だけで女の一生が描けそうだね。
妻 男と女と男で嬲るという漢字なんだけど、女と男と女っていう漢字はあるの。
夫 嫐という漢字がある。たわむれると読むそうだ。なぶるという意味もあって、森の作品を読むとこの漢字の方が作品の印象に近い。二人の女が男をなぶって、愉しんでいる。
妻 二人とは限らない。「名無しの男と四人の女たち」という作品では四人で一人の男をなぶっている。女と女と男と女と女。
夫 さすがにそんな漢字はないけど。

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少年よ大志を抱け−夫と妻の官能講座《第5回》

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

夫 今回は官能小説の大作『女薫の旅』について語ろう。何しろ週刊誌に連載されて8年、文庫本が12巻まである大作だから、今回のテキストにはこの『特選集+完全ガイド』を使う。
妻 イケメン作家の神崎京介の代表作ね。
夫 主人公は山神大地という、伊豆修善寺に住む一人の少年。その大地少年は中学3年生の時に島野先生という英語教師を相手に初めて女体を知って以降、同級生や先輩の美女、アルバイト先の旅館の若女将など次々と美しい女性たちと関係をもっていく。今回のテキストではこのシリーズに登場する23人の女性たちがガイド風に紹介されていて、簡単に大地少年の女性遍歴をたどることができるようになっている。
妻 それに「山神大地の成長全記録」とつけられた文庫本全12巻のあらすじで大地少年がどのような場面でこれらの女性たちと出会って、交わっていくのがわかる。「成長全記録」ってすごい言い方だけど。
夫 官能小説ではこの『女薫の旅』シリーズのような男の子の成長物語はとても重要なジャンルなんだよね。女性遍歴を通じて、主人公の性の技巧が高まっていくことが表現できるし、多くの女性たちを描くことで読者を飽きさせないことができるようになっている。僕なんか、このジャンルの原点は『源氏物語』じゃないかと思っているくらいだよ。
妻 大きくでたわね、と言いたいところだけど、なんとなくわかるような気がするわ。源氏の生涯って大地少年のように多くの女性と関係することで、生きていることの哀楽を自然と身につけていく。だから終盤の源氏は若い時にはなかった苦渋が残り香のように立ち上がって、物語に深みを与えている。
夫 大地少年も同じなんだよね。このテキストにも書かれていたけど、「大地は常に純粋な気持ちで女性に挑み、セックスという行為を通じて女性の心の深さを学んでいく」ことになる。だから、大地少年の性は単に猪突猛進でなく、相手の気持ちを思いながらのものになっている。そういうところが女性の心を開放するんだろうけど。
妻 でも、読者の多くの男性たちはそんなことより、いわゆる濡れ場に興味があるんでしょ。
夫 そりゃあ、官能小説だから、あの場面がちゃんと書かれていないと面白くないもの。今回のテキストでは全12巻の中から珠玉の名場面が8本も収められているから、お買い得だよ。
妻 年齢も職業も違う8人だから、それぞれが面白かったわ。貴方ならどの女性がお好みかしら。
夫 そういうのって源氏の有名な「雨夜の品定め」みたいだね。男同士ならともかく、今回は黙っておくことにするよ。

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紙の本名美・イン・ブルー

2005/11/06 18:41

妻への詫び状−夫と妻の官能講座《第11回》

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

夫 石井隆って知っている?
妻□映画監督よね。昨年杉本彩の主演で話題になった『花と蛇』は石井隆作品だった。
夫 映像へのこだわりを感じさせる作品を撮り続けている監督だ。でも、私にとって石井隆というのは若い頃に衝撃を与えてくれた漫画家だという思いが強い。最初に石井の作品を読んだ時の鮮烈な印象を忘れられない。今回の作品『名美・イン・ブルー』はそんな石井の、70年代後半の作品を収録している。
妻 官能描写がすごい。こういう漫画が70年代にすでに描かれていたことも驚きだわ。
夫 石井の作品のすごさはその官能描写だけでなく、書き手のアングルの衝撃だった。当時石井のような視線で女性や性の場面を描いた漫画家はいなかった。
妻 今読んでも彼の視線が従来の漫画家のそれでなく映像の視線に近いというのがわかる。
夫 石井の作品の中でしばしばビデオに映し出される男女の痴態が描かれているが、それ自体彼の官能が<見る>ということにこだわったいるのがわかる。
妻 この本には9篇の作品が収められているけど、どの作品の主人公も名美という名がつけられている。
夫 石井作品における<名美>は記号だと思う。名美がOLであろうが女子高校生であろうが、彼の中では<名美>そのものが女性の代名詞であり、官能の代名詞でもあったのだろう。私にとっても名美は強烈なキャラクターだ。いつまでも忘れられない女性の一人でもある。
妻 この作品集にはあの吉本ばななが寄稿している。その中で吉本は「彼(石井隆)は<名美>を通じて、普遍の女性を見つめつづけてきたのだと思う」(238頁)と書いている。
夫 その名美だけど、石井に言わせると彼の亡くなった奥さんにそっくりだったらしい。
妻 この作品に収められた「名美の憂鬱 私の憂鬱」と題された石井の短文に書いていたわね。実はこの短文がとってもいい。亡くなった妻への愛情を感じさせる。
夫 石井が<名美>シリーズで人気漫画家になる一方で、エロ漫画家と卑下されて妻につらい思いをさせることに思い悩んでいたこととか、その結果漫画を描くことをやめてしまうこととか、当時の愛読者だった私には思い知らなかったことだ。官能を描くことに不自由な時代だったのだろう。
妻 石井の短文は切ない<妻への詫び状>なのよね。この短文を読むだけでも価値のある一冊だといえる。

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そして俺は途方に暮れる

2005/08/07 17:40

世界の中心で、}}}}をさけぶ−夫と妻の官能講座《第6回》

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

夫 今回は第二回「女による女のためのR−18文学賞」で読者賞を受賞した、渡辺やよいの『そして俺は途方に暮れる』がテキストだ。
妻 R−18文学賞」ってどんな賞なの。
夫 新潮社が主催の文学賞で、女性が書く官能小説が対象。選考委員も山本文緒・角田光代という女性作家だし、賞の運営も女性がしているみたいで、最近新設された数多くの文学賞でもユニークな賞だね。今年(2005年)で五回めになる。
妻新潮社も変わったわね。
夫 そうだね。新潮社っていえば老舗の出版社だけど、数年前から官能ものに力をいれている印象がある。SM小説の巨匠団鬼六の小説が新潮社から出た時には驚いた。
妻 それだけ性の問題が開放的になったということなのかな。
夫 そうだね。しかも男性だけが楽しむというか読むのではなくて女性も読めるようになったし、女性たちが男性作家の描く官能場面にあきたらずに自分たちの快楽を素直に表現するようになってきた。
妻 でも、その一方でここ数年間は純愛ブームでもあるのよね。『世界の中心で、愛をさけぶ』とか『いま、会いにいきます』とかがものすごく読まれている。それらの作品はほとんど性が描かれていない。官能小説を女性が書く時代なのに、この純愛ブームはどういうことなのかな。
夫 人間って抑制力があるじゃない。一方に行こうとするとそれを押しとどめようとする力。そもそも男と女の関係って抑制力で保たれている感じがある。
妻 性を語り始めた女性を抑制しようと純愛に涙する男性。
夫 でも、純愛だけがすべてではないことを認識しないと。この渡辺やよいの『そして俺は途方に暮れる』には五編の短編が収められているが、その中でも「どうなっちゃってんだろう」は二十歳の学生と四十一歳のピンサロ嬢の物語だけど、良質の純愛小説だよ。そんな話ありえないよって言われそうだけど、『世界の中心で、愛をさけぶ』なんかも、ありえないということでは相当なものだと思うけど。
妻 ありえない分だけ渡辺やよいのように正直に××××と書く方が人間らしい気がする。
夫 多くの人たちがせっかく性をきちんと語り始めたのだから、ごまかさないで欲しい。愛は大切だけど、それが絶対なんてことはないし、性をきたならしいものみたいに考えてはいけない。渡辺の作品はそのことを教えてくれる。

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たまゆら

2005/07/03 17:19

火と氷の入り交じった女-夫と妻の官能講座

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

夫 妻と一緒に官能小説を読んでみるというのもどこか心ときめくものがある。今回は藍川京さんの『たまゆら』。
妻 この物語の主人公の霞は四十歳手前の新人官能小説家という設定で、作者の藍川さんご自身が気鋭の女流官能小説家だから、
すごくリアルな感じがするわね。きっと藍川さんも主人公の霞のように今最も仕事に熱中しているんじゃないかしら。
夫 まあ全てが自分の経験ということではないだろうけどね。でも、主人公の霞という女性はいい女だよな。
妻 活字でわかるものなの、いい女かどうかなんて。
夫 そりゃあわかるさ。文章で描かれた女性が想像できないと官能小説としては失格だよ。藍川さんはさすがにいい書き手で、霞を巧く描いている。背筋が伸びたいい女だよ。普通の生活の場面でそうだから、官能の場面がよけいに活きてくる。
妻 そんないい女の霞も夫婦生活は可哀想ね。性生活もなく、自分の仕事にも夫は理解を示さなくて。
夫 その不満が新しい恋を生むっていう訳さ。
妻 ここで、霞の恋人になる挿絵画家の神城の登場ね。登場した時は五十三歳。でも、若々しい感じで描かれていたわ。
夫 あまり野暮ったいと霞とのバランスがとれないからね。いくら霞が愛や性を渇望していたとしても付き合いたいと思わせるものが男にもないと。でも、この神城がどんどん惨めに描かれていくのは、男の読み手としてもつらいところだね。
妻 直接的じゃなくても霞に結婚を迫ったり、性の交わりがワンパターンだったり。とにかくうじうじしてるのよね。普通霞のようにいい女と付き合っていたらもっと溌剌としてきてもいいはずなのに。あれじゃあ、霞もつらいわよね。
夫 愛し合っていた二人がそうやっていつしかお互いを理解しえなくなっていくわけだ。でも、くどいようだけど神城の描き方はどうも酷すぎないか。
妻 未練を引き摺るのはやはり男性の方じゃないかしら。あまり引き摺れば神城のように醜くなってしまうのよ。女性はその点もっとドライなのよ。神城は霞のことを「火と氷の入り交じった女」って言ってたけど、情熱と冷静をあわせもっているのは女性全般にいえることじゃないかしら。そういうことも含めて女流官能作家としての藍川京さんの宣戦布告みたいな作品だわ。

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真面目に<ラブホテル>を学問しました-夫と妻の官能講座《第10回》

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

夫 官能小説を色々読んでみると性愛を行う場所が結構重要な要素になっているのがわかる。学校の教室であったり、病院の一室であったり、非日常的な場所での性愛が官能度を高めている。そういう点からいえば、官能小説における空間論はもっと論じられてもいい。
妻 今回は真面目ね。テキストは鈴木由香里の「ラブホテルの力」という、多分書籍の分類でいえば社会学になるのかしら。
夫 鈴木はラブホテルのことをこう書いている。「ラブホテルという空間には、人の性的な経験にイメージと意味合いを与える強力な磁場が存在するかのようだ」(10頁)。確かに<ラブホテル>といえば、性愛を行う場所だと大抵の人は考えるはずだ。というより、それ以外考えにくい場所ではある。
妻 かといって、官能小説の舞台になるかといえば、もちろん多くの作品の中で描かれてはいるものの、けっして華やかな場所ではない。むしろ仕方なくそこが選ばれたような貧弱な空間として描かれることが多いような気がする。
夫 ラブホテルだったら、どんなことがあっても性愛をするだろうみたいな常識が読み手に働いてしまう。物語としても意外性が薄まってしまう。そこが学校の教室であったり病院の一室であったりすれば、そんなところではしないという思いが読者に緊張を与える。物語性というのはいかに読者に緊張を与えるかということからすると、ラブホテルは官能小説には適さない空間だといえる。
妻 でも、その一方で閉じられた空間としての物語性はどう考えるの。閉じられた空間だからこそ物語性は高まるという考えはないかしら。
夫 確かに。誰の目にもふれない空間だから、その場所で行われることをどう想像しようと自由かもしれない。物語として閉じられた空間は重要な要素だと思う。ただラブホテルの場合、想像される範囲があまりに狭い。性愛が行われている、その一点からなかなか抜け出せない。
妻 鈴木も書いているけれど「ラブホテルの空間と場所は強いイメージを発散している。(中略)想像力を封じ込め、魅力的な都市伝説が生じる余地を与えないほど、強烈なのである」(100頁)。
夫 まさに「ラブホテルの力」だ。でも、だからこそその力を逆手にしたような作品がぜひ読みたくなる場所でもある訳で、それが描ければ官能小説の世界も広がるような気がする。
妻 ラブホテルを舞台にした秀作を期待するわ。

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好きのゆくえ

2005/10/09 20:49

好きの意味−夫と妻の官能講座《第9回》

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

夫 官能小説といえば男性を読者にした読み物だと大抵の人が思っているが、最近は書き手も読み手も女性の進出が目立つ。今までは性のことを話すのが恥ずかしくて、しかもはしたないことのように思われてきたけど、そんな古い慣習が少しずつなくなってきた。
妻 今回のテキスト『好きのゆくえ』も内容的には従来男性だけが楽しんでいたような物語だけど、実は女性週刊誌に連載されていた作品なの。
夫 しかも作者はイケメン官能作家の神崎京介。
妻 主人公は三十歳の独身OLというところに、神崎さんの苦心のあとがある。なぜなら単に若さにまかせて恋愛をする年齢でもないし、性においてもある程度は経験もある。そんな年齢の主人公を描くことで、神崎さんの得意な官能の世界が表現できている。
夫 最初は戸惑いもあったみたいだ。最初の章は書き手の視点が主人公の女性だったり、相手の男性だったり、文章として出来がよくない。ただ回が進むにしたがって、書き手の視点がしっかりしてくる。神崎さんもようやく女性の立場で書くことに慣れてきたのがよくわかる。
妻 ある意味仕方がない。神崎さんはやはり男性なんだから女性の立場で官能を描くのは難しいと思う。だから女性官能作家がたくさん進出してきた。私たち女性はこんな風に感じるのよって意思表明を始めた。だからといって神崎さんの作品がだめだということではなく、男性の目からみた場合女性の官能ってそういう風に見られているんだと参考になる。
夫 作品名の《好き》ってどういう意味かな。
妻 週刊誌に連載されている時は「男好き」だった。でもその《好き》とは意味が違うような気がする。
夫 辞書で《好き》って調べると「心が引きつけられる様子」なんて載っている。嫌いの反対だ。
妻 ちょっと違うかな。
夫 では、「心が引きつけられていつもすること」という意味は。物好きとかで使われる。
妻 これも違うように思う。原題はこれに近いかな。でも主人公に悪い、これでは。この男性に付いていっていいのか、主人公はいつも迷っているのよね。そして最後には自分に素直になろうと決心して新しい男性と付き合い始める。
夫 そうだね。「自分がそうしたいと思う通りにすること」という意味の《好き》と思う。この作品で神崎さんは単に官能を表現するだけでなく、色々なしがらみから解き放されていく女性を描きたかったように思う。そういう意味でも神崎さんの新境地となる作品だ。

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てっぺんまでもうすぐ

2005/09/04 21:32

女と男のてっぺんはどう違うか−夫と妻の官能講座《第7回》

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

妻 本の帯って面白いわよね。本の内容を知らずに本の帯に書かれている惹句だけで思わず買ってしまったり。
夫 昔「腰巻大賞」なんていうのがあった。
妻 今回のテキストの帯は大賞ものよ。《最初に男の人にいたずらされたのは、5歳のときだった》
夫 刺激的だね、かなり。本は渡辺やよいの『てっぺんまでもうすぐ』。
妻 渡辺さんは『そして俺は途方に暮れる』で第二回「女による女のためのR−18文学賞」で読者賞を受賞したんだったわね。前回のテキストでとりあげた。
夫 今回は彼女の《衝撃の自伝小説》で《母親の虐待、過食と拒食、セクハラ、無数の男たちとのセックス…》と、連綿と女性しかわからない衝撃的な内容が綴られている。
妻 《女でなければわからない悲しみ》っていうことになる。きっと渡辺さんがこの作品を書く際に意識したのも女性の読者なんだろうなぁと思う。
夫 男からみるとただただ凄いとしかいいようがない。男性にも語れないこういうトラウマみたいな事情があるだろうけど、ここまで素直というか直截的に描けない。女性が語り始めたというより、根本的に男と女には違いがあるように思う。
妻 そんな彼女がそれでも愛を意識するようになる男性とのセックスの場面が、そしてここから題名がとられているんだけど、男性には理解できない女性との大きな違いかもしれない。
夫 絶頂感ということ?
妻 「快感の波、波、波、ああ、来る、来る、来る、てっぺんに届きそう」(216頁)この言葉の繰り返しが女性のてっぺんへ登りつめていく感じをうまく伝えている。
夫男性のてっぺんとは確かにちょっと違うかな。男性の場合ぐっと引き上げられる感じだ。
妻 てっぺんに届いた彼女はそのあとでこうも感じている。「じわじわ身体の中心からにじみでてきた泉のような感情が、全身に拡がっていくのを感じる」。ここでは身体的な変化だけでなく、相手のことを想う感情の拡がりでもある訳だけど。
男 女性の快感の方が豊かだよね。女性の場合は汲めども汲めども尽きない泉みたいで、男性は流れた後には何も残らない鉄砲水みたな。今度生まれてくる時は、女性になってみたくなったよ。
妻 女でなければわからない快感っていうことね。

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紙の本愛の流刑地 上

2006/06/24 11:51

この物語に何故ビジネスマンははまってしまったのか−夫と妻の官能講座《第12回》

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

夫 今回は、日本経済新聞の朝刊に長期連載された渡辺淳一の話題作を読んでみよう。
妻 渡辺の代表作のひとつ『失楽園』も日本経済新聞の連載だったわね。
夫 「洛陽の紙価を高めた」とまで言われた。
妻 あの作品も過激な性の描写が評判になったけれど、今回の作品もかなり激しい。毎朝あのような文章を読んでから仕事に向かう国民っていうのも珍しいのではないかしら。
夫 企業買収や経済動向の前に、まず男女の性がある。でも、考えようによっては、それもまた正しい人間のありようかもしれないよ。経済って冷たい数字から出来ている感じがするけど、実はとても人間的だと思う。人間の欲望が経済の基盤のひとつだし、人間の関係の一つひとつが経済取引に影響している。
妻 それはそうかもしれないけど、なんだか釈然としない。
夫 この物語の主人公は作家という自由業、そして彼と関係をもつ女性の夫は製薬会社のエリート会社員という設定になっている。会社員である夫の性が幼稚で、自由業の主人公の性が多彩という構造にもなっている。ビジネスという戦場で疲れた夫の性が貧弱というのも可哀想な話だ。でも、疲れているけれど興味はある。誰しも主人公のような性を味わいたい。
妻 だから、毎朝まずこの物語を読んでから仕事を始めるということなの。
夫 最近は女性の社会進出も進んでいるから、女性だって読んでいる。女性にも女主人公のように至高の愛の極地に関心がある。男にしろ女にしろ、人間である限り、性は避けられない関心事なんだよ。それを隠そうとすることが間違った考え方だと思う。経済も大事、政治も大事。でも、それよりも大事なことが性にはある。
妻 でも、毎朝この物語を読んで欲情しているビジネスマンが満員電車で互いに密着しているというのもすさまじい光景ではないかしら。性のありようは人間の根幹だと思うけれど、やはり表舞台にはふさわしくない。あくまでも秘めやかな個人の世界なのよ。
夫 保守的だよ、それは。
妻 ちがうの。性の開放を否定している訳ではない。人間のあらゆる営みにおける性のポジションをどうみるかという問題なの。
夫 この長い物語の初めの方で、女主人公が性の快楽に目覚める場面があって、その中でこんな表現がされている。「生殖は本能だが、エクスタシーは文化である」(上巻・146頁)
妻 笑ってしまったわ、その箇所。
夫 でも、このような能天気な表現こそが多くのビジネスマンに受けたのかもしれない。何しろ、文化なんだから、この物語は。

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紙の本懲りない男と反省しない女

2005/07/24 22:30

男と女は、所詮不可解−夫の妻の官能講座《第4回》

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

夫 前々から不思議だったというか、わからなかったんだけど雑誌『婦人公論』ってどんな人が読んでいるんだろうね。
妻 そうね、私も読んだことはないわね。病院なんかで見たことがあるけど。
夫 なんとなく知的な感じがするご婦人が読んでいそうな感じがするけど。体裁は『文藝春秋』とか『中央公論』に近いものね。今回はその『婦人公論』に連載されていた、官能小説の大御所渡辺淳一の…。
妻 失礼な、直木賞作家ですよ。
夫 まあまあ、その渡辺淳一の対談集です。対談の相手は無名の女性で、女1とか女2という具合に匿名になっている。
妻 そんな風にいうと、まるで仮面ライダーのショッカーの群れみたいね。
夫 渡辺先生は、そんなショッカーたち、おっと間違った、女性たちを相手にして、男と女の違いというか、それぞれの身勝手さを言いたい放題している。こういう対談が載っていた『婦人公論』ってやっぱりよくわからないな。どこにも知的な感じがしないもの。これだったら、ロールケーキの作り方とか年末の大掃除とかの方が余程知的に思えるけど。
妻 貴方はどこが気にいらないの。
夫 渡辺先生からすると、男はまるでアレのことしか考えていないみたいだし、女は夢ばかり見ていることになる。しかも断定口調だし。女1とか女2はもっと反論しないと。そこで納得したら渡辺先生の思うつぼ。
妻 でも、反論しようにも先生の言うこともなんとなくわかる気がする。男って先生がいうようにあのことしか考えていないと思えてしまう時があるもの。そもそも貴方がそこまでむきになるのも変。人間って真実を衝かれたら異常に抗弁するものよ。
夫 そんな目で見るなよ。男がすべて渡辺先生のいうような生き物ではないんだから。
妻 連載中にたくさんの感想や意見の手紙が来たらしいけど、きっと先生の話に感銘というか賛同というか、ここまで言ってもらってうれしかったと思うわ。
夫 だから、違うって。渡辺先生が話しているのは、あくまでも男の一面であって、すべてではないんだから。
妻 ふふふ、一面であってもやはり認めるのね。貴方も「拘束されると逃げ出す男」なのかも。

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紙の本今週、妻が浮気します

2005/07/11 23:35

妻の浮気を許せますか-夫と妻の官能講座《第2回》

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

夫 重松清に官能場面を書かせると巧いよね。
妻 いきなり、直木賞作家ですか。
夫 重松は物語の運びが巧くって、読んでいて素直に心に落ちてくる書き方なんだよね。直木賞受賞後もいい作品をたくさん書いている。例えば『流星ワゴン』とか。
妻 生きることに絶望した主人公がワゴン車に乗った父子連れに出会うのよね。実はこの二人は死者で、未だにあちらの世界に行けずにいる。主人公はそんな二人のワゴン車に乗せられて、彼にとっての大切な時と場所に連れて行かれるのだったわよね。重松らしい、家族愛に満ちたいい作品だったわ。
夫 よく覚えているね。主人公が最初に連れていかれる大切な所って覚えてる?
妻 もちろんよ。主人公の妻の浮気の現場よね。街なかで彼は男と歩く妻を見つけてしまうんだけど、現実の彼はその場面から逃げ出してしまう。
夫 そうそう。でも、ワゴン車で大切な所に連れて行かれた主人公はホテルから出てきた男を問い詰めて、妻が誰彼なく性行為をしていることを知ってしまうんだ。ここからだよ。重松の凄いところは。帰ってきた妻と彼は性を交えるのだけど、この場面が官能的なんだ。『流星ワゴン』は世評の受けがいいけど、結構この場面はハードだよね。
妻 だからこそ、信じていた妻に浮気をされた主人公の辛さがよくわかってくる。
夫 もう気がつかない? 重松のこの物語の設定は、今回の『今週、妻が浮気します』という作品とよく似ているでしょ。インターネット上で、一人の男が妻の浮気に悩んでいることから、この物語が始まるんだけど。
妻 そして、多くの仲間たちが彼の相談に答えていく。でも、それが官能とどういう関係があるの?
夫 そうなんだ。この物語にはほとんど官能の場面がないんだよね。でも、シチュエーションはすごいでしょ。夫が妻の浮気に気がつく、夫が妻の浮気現場に踏み込む、そして、絶縁を言い渡して部屋を出る。言葉にすれば確かにそうなんだけど、夫が入って来る前に妻は浮気相手と何をしていたのかとか、妻はその時どんな格好をしていたのかとか、もし重松清なら凄い官能場面を展開してたはずだよ。官能小説ってその場面に至るまでの状況説明ってとても大切なんだと思うよ。
妻 夫と妻ってそういうシチュエーションを極端に嫌うのよね。本当はもっと大事にしないといけないのに。だから、妻の浮気も許せないのよね。官能から逃げてはいけないのよ、夫婦って。
夫 うーむ。でも、やっぱり妻の浮気は許せないな、僕には。
妻 亭主の浮気もね。

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紙の本私という病

2006/08/16 23:02

嫌いな男、嫌いな女−夫と妻の官能講座《第13回》

6人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

夫今回は、実際にデリヘル嬢に挑戦したとして大変話題になった中村うさぎさんの本がテキストです。
妻月刊誌『新潮45』に「『人妻デリヘル嬢』やってみました!」という題名で掲載された時は驚いたわ。その時はすでにうさぎさんは有名人だったから、どうしてって思った。
夫後世の人のために注記しておくと、「デリヘル」っていうのは「デリバリーヘルス」の略語で、風俗業の一種だ。出張して売春を行うという業種だ。それを作家でもあったうさぎさんが実際にしたというのだから、衝撃だった。この本は雑誌掲載分を加筆してさらにどうしてそんなことを行ったかを釈明した内容になっている。
妻 釈明はひどい。世の中の男性諸氏が色々誤解しているようだから、説明したものなのよ。だから、うさぎさんは<まえがき>の中で「男性の皆さん、この本は、あなたのオカズにはなりませんよ」(5頁)って、ちゃんと書いている。そして、女というものをきちんと見ている。
夫 それはどうかな。そもそもうさぎさんはこの本で一部の男性をすごく敵視している。セクハラした男とか痴漢した男とか。彼らが男という優位な記号を使って女性を見下している。今回の「デリヘル嬢」という経験を通じてそれがよくわかったみたいな論調だ。盲人、象をなぜるの寓話のようだ。
妻 どういうこと。
夫 昔のインドの寓話で六人の盲人がある時象を触ったというのがある。一人の盲人は象の鼻に触って「象は蛇のようなものだ」といい、二人めの盲人は象の耳に触れて「うちわのようなものだ」と答えた。六人の盲人がそろって別なものを言ったという寓話で、部分を論じて全体を把握していない喩えに使われる。
妻 うさぎさんが部分しかみていないということなの。
夫 だってうさぎさんが書く「男性」はすごく偏っている。まるですべての男性が女性に欲情して、女性を蔑んで、そのせいで女性にストレスがたまってみたいな書き方が嫌いだ。
妻 でも、大筋では男性の力って強いのよ。
夫 か弱きは女性って訳ですか。最近の女性はうさぎさんのように発言の場があったりして、決して弱くないと思うよ。ここまで書かれて黙っている、反発しても取り上げてもらえないのだろうけど、男性の方が余程弱いと思うけど。
妻 取り上げてもらえない、ということは誰もが男性が強くて女性が弱いって思っているということではないかしら。
夫 それが、女性がもっとも否定する固定概念だね。。そういう固定概念の否定から女性の発言が始まったはずなのに、いまだにそれにのっかかった議論をしているのも、女性だ。
妻 でもそのようなことはうさぎさんもわかっているわ。実はこの本で描きたかったのは男性でもなく女性でもない。私という自身なのよ。その自身がわからないから、彼女は「デリヘル嬢」にもなった。「私たちは、分裂した自己を抱え、矛盾に苦しみながら生きている」(130頁)って書いている。
夫 この場合の「私たち」が女性だけでなく男性も含んだところの「私たち」であって欲しいものだよ。

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