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先月(2017年4月)

極楽蜻蛉さんのレビュー一覧

投稿者:極楽蜻蛉

3 件中 1 件~ 3 件を表示

理系大学での外国語

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 著者は東工大のロシア語の先生である。東外大ではなくて東工大というところが語学の教師としては肩の力が抜けるようで、なんとなくいい雰囲気なのである。 例えば冒頭の

「私は幼いときから理科がダメだった。…(中略)…私の授業中にこっそりと化学のレポートなんかを書いている学生を見つけても、そこに亀の甲形の図などが描いてあると、もうこれだけで叱るのを忘れてむしろ尊敬してしまう」 。

とか、学年末試験の話を描いたところ

「そろそろ学期末ですが試験はどうします」「えーっ、やめましょうよ」「やめるって、どうやって成績をつけたらいいのさ?」「出席回数」「授業にでているだけじゃダメです。語学は身についてナンボのものですからね。それに君たち、けっこう欠席も多いよ」「じゃあ平常点」「平常点ねえ。でも君たち常日頃からそんなにロシア語勉強してないし、それで点数をつけたらクラスの三分の二は落ちるけど…」「テストをお願いします」「テストは口頭試験と筆記試験があります。口頭試験というのは面接形式で、一人ひとりが私とロシア語で五分くらい会話をします」「…筆記試験でお願いします」「よろしい。では筆記試験にしますが、辞書の持ち込みはどうしましょうか?」「持ち込み可がいい!」「その場合はトルストイかドストエフスキーの小説の一部でも訳してもらいます。辞書なしで頑張るのならば、教科書の範囲にします」「…辞書なしでいいですから、教科書の範囲でお願いします」 。

など、読んでて思わずニンマリとしてしまう(私自身が教師の立場になったからだろうか) 。

 全体は4章からなり、第1章は上述のような軽い話、第2章は「外国語幻想」と題して外国語への常識を疑ってかかる。例えば「日常会話くらいは」とよく言うが、普通の日本人が持っている語彙は28000を超えるそうで、友人とのたあいない会話でも、あらゆる活用形や複雑な構文を用いていることを指摘、むしろ語彙が限定されている専門分野の方が会話するのも楽である、と結論する。他にも「外国語は幼いうちに始めないとダメか」「現地に行けば何とかなるのか」「分かる発音とうまい発音」など。

第3章は「学習法としての言語学」。言語学と一口に言っても様々な分野があり、興味深かったのは「比較言語学」で、「比較言語学は1786年にウィリアム・ジョーンズという人がインドのカルカッタでおこなった講演中、サンスクリット語、ギリシャ語、ラテン語などに失われた共通の源があったのではないか、という指摘があったのをきっかけに始まった、言語の系統を歴史的に分類する作業をおこなう学問である。この比較言語学は見事な成果を上げ、この先これ以上の成果は言語学では期待できないだろうとまでいわれている」 という研究分野だそうだ。「音声学」というのもあって、「i→a→uと口をゆっくり開けたり閉じたりして発音すると、その間に様々な母音がある」 なんて記述は実際口を動かして試してみたりして。

第4章は外国語にまつわる本と映画の紹介である。とにかくこの著者の文章は読みやすい。理工系の大学で理屈っぽい生徒を相手にしているせいか、論理が明快であり、そのくせ理屈っぽくなくて表現は平易、適度なユーモアに包まれている。私は2000円を超える本はたいてい市民図書館で借りてすませるのだが、この本は手元に置きたくて2400円出して買ってしまった。

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うどん王国高松、店舗形態は特異的、美味しさは普遍的。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 香川県のうどん屋さん探訪記である。全部で30軒余りの「100円台のメニューがある」店を紹介している。ただ紹介の仕方が徹底して関西漫才風で、例えば仲南町の「山内」という店は「『俺な、たいがい怪しい店行って来たけど、あんなすごいとこにある店は知らんわ。仲南の山の中や。道路からは絶対見えん。建物自体が見えん。山しか見えん』と言った後、しばらく考え込んだH家氏はこう言った。『営業する気あるんやろか』」といった具合である。元々は高松のタウン情報誌「月刊タウン情報かがわ」の編集部が93年から99年にかけて全4巻で出版したもので、本書はそのオムニバス版である。とにかく読み物として面白くて、しかもうどんが食べたくなる。

実際、私は最近、高松に一泊してこの中の3軒を食べ歩いてみた。高松にはセルフの店といわれる独特のシステムがあって、私が行った「さか枝」という店の場合はこうだ。まずレジで注文を言う。地元の人は「中天」とか「大天いなり」とかの専門用語を使う。私はうどん一玉と天ぷら2つ、\150+\80×2。代金を払って先に進むと、うどん玉を入れたどんぶりを渡される。それをその先の湯だめのうどんざるに入れ、自分で暖める。その先にはいなり、おにぎり、ばら寿司、天ぷらなどが無造作に並んでいる。私は三度豆とちくわの天ぷらをとった。その先でネギ、てんかす、ごまを入れ、大きなタンクの蛇口をひねり、ジョボジョボとだしを注いでできあがりである。地元の人は天ぷらをうどんの上に載せる。私は皿に取って醤油をかけて食べた。うどんはなめらかでコシがあり、うどんつゆもだしがよくきいていて、たいへん美味しかった。

システムは店によって多種多様。もっとも極端なセルフの店は飯山町の「なかむら」というところで、「自分でどんぶりを取って、うどん玉を取って、暖めて、だしをのせて、まな板の上で包丁を使ってネギを切って、食べて、器を返して、お金を置いて勝手に釣り銭を取る。」のだそうだ。日によってはこれに、「自分で裏の畑にネギを取りに行く」や「自分でどんぶりを洗う」が追加されるとか。他にも、自衛隊がトラックを横付けにして20人くらいが隊列組んでうどん食うてる店、客が具を持ち込んで天ぷらに揚げてもらう店、ちくわの天ぷらだけ8本もだしにつけて食う客がおる店、女の子がいつもコロッケかじりながら出てくる店などなど。まあ廉価な文庫本だし、面白そうだと思った人は是非一読を。

因みにこの「月刊タウン情報かがわ」の編集部から出ている「笑いの文化人講座」1〜20巻も面白い。いわゆる小ネタ本で「修学旅行の前の日に先輩のPさん(男)に『おみやげ何がええ?』ときいたら、拝むような目で『女湯の水』と言った」(善通寺市角野俊子)なんてのは思わず吹き出してしまった。ただしこれは地方出版物なので、高松以外の本屋さんでは手に入らない。ネット上に関連のサイトがあるので、そちらで楽しめる。「笑いの文化人講座」で検索をかけると良い。

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智恵子抄 改版

2002/06/28 17:23

詩を朗読すること

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夏休みに会津地方を旅行した。その際、土湯温泉というところから福島市内まで観光バスに乗った。普段は観光バスなどには絶対乗らないのだが、寄ってみたいと思っていた浄土平を経由して福島に戻ってくれるバスはこれだけだった。スカイラインを辿るものなので、途中でガイドさんが旗もって…ということはなさそうだ。しかし、乗ってみて、しまったと思った。バスガイドさんがちゃんとガイドするのである。修学旅行など学生相手のバスガイドさんはあまりしゃべらない。夜中に寝もせんでワーイワーイと遊んでいる学生たちが前後不覚で寝倒してしまうからだ。しかし、本来のバスガイドさんは景色の説明はするし、地元の民謡を歌うし、つまらないギャグを言ったりするのである。

フル操業しているガイドさんをしばらく呆然と見ていたのだが、やがて「それにしては…」と感じた。しゃべり方が舌っ足らずでたどたどしい。バスガイド特有のあの立て板に水のような鼻につくしゃべり方ではないのである。よく見ると、まだ高校生みたいな女の子が、それこそ一生懸命にガイドをしているという感じであった。今春、入社したばかりだという。思わず応援してあげたくなる(完全にオジサン?)とまでは言わないが、まあ、バックグランドミュージックと思えばさして苦痛でもないなあと。炎暑の下界に比べるとスカイラインをわたる風は涼しく、時々ガスはかかったが天気もまずまず。会津の山々の眺めも楽しめた。気持ちが良くて、知らぬ間に、うとうとと眠ってしまった。

「…れがあだたら…」という声で目が覚めた。窓外には昨日登ったばかりの安達太良山が見えており、ガイドさんが高村光太郎の「智恵子抄」の一節を朗読していた。「あのたどたどしい口調で、無茶しとるなあ」と思ったが…、しばらく聞いていると、あれあれ…、なかなか良いではないか。「あれが阿多多羅山(あたたらやま)。あの光るのが阿武隈川。ここはあなたの生まれたふるさと、あの小さな白壁の点点があなたのうちの酒庫(さかぐら)。それでは足をのびのびと投げ出して、このがらんと晴れ渡った北国の木の香(か)に満ちた空気を吸はう。」たどたどしいがゆえに芝居がかっておらず、朴訥で、一生懸命で、時々つっかえる感じが不思議と心地よかった。新鮮な驚きだった。「詩というのは声にのせるとちがうもんやなあ」と生まれて初めて気がついた。

そういえば京都の下宿でゴロゴロしていた頃、ラジオから「銀の滴(しずく)ふるふるまはりに、金の滴ふるふるまはりに。といふ歌を私は歌いながら流れに沿って下り、人間の村の上を通りながら下を眺めると…」とひどく印象的なフレーズが聞こえてきたことがあった。アイヌ神謡集といわれるものだと知り、すぐに本屋に行って買い求めた。そのときはこの出だしの言葉がいいのだと思ったが、最初に本で文字として見ていればあれほど強い印象を覚えただろうか。朗読され、人の声にのせられていたから、すぐ本屋に走ったのだろう。それは有名な女優さん(多分、吉永小百合さんだった)の端正な朗読で、会津のバスガイドさんのそれとは趣が違ったが、それはそれで別の魅力があった。

優れた詩の中には音韻のもつ心地良さが存在し、それは朗読することで鮮やかに浮かび上がる。ともに貴重な体験であった。

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