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先月(2017年8月)

現代思潮新社さんのレビュー一覧

投稿者:現代思潮新社

3 件中 1 件~ 3 件を表示

紙の本僭主政治について 上

2006/12/21 10:33

内容紹介

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

現代の全体主義に抗して哲学的思考を蘇らせようと、古代哲学者と今日の哲学者とのあいだに弁証法的対話をつくり出す! 彼が読んでいる諸著作の会話に立ち合っているかのようにその会話に参加してゆくシュトラウスの「劇的読解」。古代の「僭主政治」を理解するところから、社会と政治と哲学の本質へと突き進むシュトラウスの政治哲学。

『僭主政治について』はレオ・シュトラウスの古典読解、すなわちクセノフォンの「『ヒエロン』あるいは僭主政治」の読解である。僭主・ヒエロンと詩人シモニデスによる僭主政治を行うことの利益と不利益についての議論である。本書は、その対話の翻訳とシュトラウスのコメンタリー、そしてフランスの哲学者コジェーヴによるそれへの批判、さらにコジェーヴの批判的評注に照らし合わせたシュトラウス自らの立場の表明。最後にシュトラウス/コジェーヴの書簡集からなっている。(アラン・ブルーム)

【目次】
日本語版への序文 ネイサン・タルコフ/序文と謝辞/シカゴ大学版序文
編者序論
1 僭主政治について
クセノフォン『ヒエロンまたは僭主的な人』
レオ・シュトラウス『僭主政治について』
導入
(1) 問題 (2) 表題と形式
(3) 設定 A 登場人物たちとかれらの意図 B 対話篇の筋書き C 特徴的な諸用語の使用
(4) 僭主政治にかんする教え
(5) 二つの生き方
(6) 快楽と徳
(7) 敬虔と法律
『僭主政治について』への注

以下下巻
2 シュトラウス—コジェーヴ論争
アレクサンドル・コジェーヴ「僭主政治と知恵」
レオ・シュトラウス「クセノフォン『ヒエロン』についての再説」
3 シュトラウス—コジェーヴ往復書簡
書簡集/編者注/人名索引

レオ・シュトラウス
1899ドイツのマールブルク近郊のキルヒハインのユダヤ人家系の生まれ。マールブルク、ハンブルク、フライブルクの各大学で哲学を修め、カッシーラーの下でヤコービの研究によって学位を取得。ベルリンのアカデミー・フォー・ジューイッシュ・リサーチでユダヤ学の研究に携わった(コジェーヴとはこのころから交流するようになった)後、カール・シュミットの助力もあってロックフェラー奨学金を獲得し、パリ・ロンドンを経由して1938年にはアメリカに亡命。ニューヨークのニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサーチの教授を経て、1949年から1968年にかけてシカゴ大学で政治哲学を講じた。その間、本書のほか『ホッブズの政治学』(みすず書房)、『自然権と歴史』(昭和堂)『迫害と著術の技法』、『リベラリズム 古代と近代』(ナカニシヤ出版)、『政治哲学とは何か』(昭和堂)『古典的政治的合理主義の再生』(ナカニシヤ出版)など多数の書物を著し、1973年最後の勤務地、セントジョンズ・カレッジのあったアナポリスで死去。「注意深い読解」とも評される政治哲学の古典の読解を通して多くの有能な後継者を育成した!
その弟子たちはシュトラウシアンと呼ばれる学派を形成し、今日、彼らの多くがアメリカのアカデミーの世界はもとより政治、外交、法曹などの世界でも活躍している。現在ハインリッヒ・マイアーの手によりドイツ語版全集が刊行中。

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内容紹介

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【目次】
音楽の考古学——ダートフォードの方へ
チャック・ベリーについての必要な変奏
同じ物語のもう一つの側面——ブライアン・ジョーンズ
ローリング・ストーンズの発明
1963−64年——ローリング・ストーンズの真の栄光
1965年——Satisfaction「サティスファクション」
1966−68年——ブライアン・ジョーンズ、頂点と衰退
水と鉄と火の死者たち
1970−75年——メイン・ストリートのならず者
最後のらせん——ローリング・ストーンズ・アドリブ

本書について —— 國分俊宏(訳者)
『工場の出口』や『ビュゾンの犯罪』などのパリ郊外を描いた作品で高い評価を得ている現代フランス文学屈指の硬派作家フランソワ・ボンが、10年の歳月をかけて書き上げたローリング・ストーンズの物語、それが本書である。
少年時代からストーンズを追いかけてきたという著者は、その独特の息遣いを持つ文章で、原書で約700ページという圧倒的なヴォリュームの、緻密で雄大な物語を編んでみせた。
メンバーや周辺の人々の発言をくまなく拾い上げながら、それに安易に寄りかかることなく、これまで刊行された様々な伝記や雑誌記事などをいちいち突き合わせて、出来る限り正確な彼らの道程を描き出そうとするボンの狙いは、何よりもまず、伝説や神話に彩られたストーンズの姿を、「脱神話化」することにある。デビュー以前のまだ「ローリン・ストーンズ」だった頃の彼らについて200ページ以上を費やしているのもそのためだ。
全体として90年代初期までのバンドの歴史を記述しているが、本の主眼は、やはり60−70年代に置かれている。そのとき西洋世界で起きた変化がなんだったのか、そしてその大きな変化の、ストーンズもまた一つのシンボルに過ぎなかったのではないのか、そういう思いが、本書の基本姿勢となっている。
ストーンズについて書かれた本は数多い。だがそのどれもが、メンバーたちの意向に忠実に沿ったものか、あるいは彼らの輪の中にいた人物の一つの視点からの証言か、そうでなければ単なる写真集かインタビューの寄せ集めといったものだった。外部の人間が、何十年にも及ぶ執念深いファンとしての観察を基にしながら、様々な記録を重ね合わせてその歴史を一貫して大部にわたり記述しようとした本は、英語圏でさえこれまで存在していない。しかもボンは、「厳密な伝記」を目指しながら、小説家としての自らの領土も守り抜いている。
ここにあるのは、伝記と小説、あるいは音楽と文学が融合した、驚くべき力業の結晶だ。

著者紹介 フランソワ・ボン
1953年、大西洋に面したフランスの町リュソンに生まれる。父は自動車整備士、母は小学校教師。国立高等工芸学校で機械工学を学んだ後、電子ビームによる溶接の専門家として、フランスやモスクワ、プラハ、ボンベイなどで働く。1982年、小説『工場の出口』でデビュー、以後、作家活動に入る。小説のほか劇作品も手がけ、近作に、『メカニック』(Verdier、 2001年)、『大宇(Daewoo)』(Fayard、 2004年)、『死者と四人』(2002年、コメディー・フランセーズ座にて上演)などがある。各地で高校生や一般社会人らを対象に「アトリエ・デクリチュール(文章教室)」を開催していることでも有名。現在は、国立高等美術学校で文学の授業も担当している。
著者の公式サイト

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ファスビンダー

2005/09/27 11:57

内容紹介

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ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーは、戦後ドイツを代表する映画作家として世界で高く評価されていたものの、日本ではこれまでほとんど紹介されてこなかった。人間と社会の恥部を赤裸々に描きながら、スペクタクルの魅惑を浸透させる独自の作風。その早すぎる死から二十数年経った現在、そのアクチュアリティーは一層増しつつある。その稀有な才能の全貌を、当人や俳優たちへのインタビューや、各分野の代表的な執筆陣の評論により多面的に検証する。ドイツ、日本といった国境を越え、戦後‐映画‐政治の断面図が鮮やかに浮かび上がる画期的な一冊。
*****
《本書の内容》
ファスビンダー・インタヴュー、出演女優の座談会
ファスビンダー論
平井 正/岩淵達治/初見 基/斎藤綾子/四方田犬彦/
明石政紀/足立正生/井土紀州/渋谷哲也/平沢 剛
フィルモ・グラフィ
*****
ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー(1945-82)
ニュー・ジャーマン・シネマで括られるドイツの映画監督・演出家。1967年より劇団“アンチテアーター”を拠点に演劇や映画などの表見活動を展開。『四季を売る男』(1972年)がドイツ映画大賞受賞。1979年『ベルリン・アレクサンダー広場』でイタリア映画批評家協会・ルキノ・ヴィスコンティ賞受賞。1982年『ヴェロニカ・フォスのあこがれ』でベルリン映画祭グランプリを獲得。国際的な映画祭で評価され戦後ドイツを代表する映画監督と目されるが37歳で急逝。短い創作期間の中で40本を超える監督作を残したほか、脚本家や俳優としても活躍。

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