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先月(2017年8月)

ろこのすけさんのレビュー一覧

投稿者:ろこのすけ

1 件中 1 件~ 1 件を表示

紙の本流れる星は生きている 改版

2006/03/24 20:20

命の遺産

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本書は1939年、新京(今の長春)の観象台に赴任する夫と満州に渡った著者が’45年敗戦後、夫と引き離されて乳飲み子、幼児(6歳、3歳)を連れて引き揚げるまでの凄まじい脱出の記録である。
長春から奉天を貨物車に乗り北朝鮮へ入り、徒歩で沙里院から険しい山、沼地を越え、幾つもの川を渡り、乳飲み子を背負い、幼児二人を引きづるように従え、北緯38度線を越える道のりは言葉を絶する苛酷さである。
途中靴はすりきれ、2歳の子供と著者は裸足。
多くの日本人たちは集団を組んで引き揚げるのであるけれど、行程の難行もさることながら人間関係の凄まじさに人間の業をみる。極限状態のなか、人間はその本性をさらしていく。
しかし、人間はいろいろである。
食べるものも底をつきお金もなくなった著者は子供のため、生きて帰るためにはありとあらゆる智慧をしぼるがやがてなにもかも万策つき果て、物乞いを決意。
門のない家で朝鮮服を着た主婦がでてきたが、「なにかください」の声がかすれていえない著者。
主婦は「何も言うな」と言い、「今、物をあげると村八分になる。あなたがたには何の罪もありません。だから今、ものを捨てますからそれを拾いなさい」と言って、朝鮮の器「パカチ」にご飯、朝鮮漬け、みそをいれたふろしきを置いていった。
こうした篤い人間の情は戦争も、国境も、イデオロギーも越え、幾たりもの人たちを救ったことだろう。
また幼い子供たちは餓え病気になりながらも母の「生きて帰ろう」の執念に従っていく。そんな中、胸がつまる部分:
ゆでた芋を子供たちに分けたとき、母親の分も欲しいといって泣き出した次男に芋を分けた。そんな母を見た7歳の長男正広が「お母さん、僕のをお母さんにあげるよ、お母さんお腹がすいておっぱいが出ないでしょ」と言って半分食べ残して歯の跡がついているお芋を差し出した。
7歳になったばかりのこの子が自分が餓えながらも(三日空腹)母の身を案じてくれるせつなさと嬉しさに私は声をたてて泣いた。
こうした苦難の引き揚げもついに終わりをとげ引き揚げ船で帰国した著者と子供たち。
まさに「母は強し」なのであるが、そんな一言ででくくるにはあまりにも苛酷な道程である。
戦争というものの忌まわしさをいまさらながら強く感じる。
あとがきで著者はそれぞれ(夫、長男、次男、長女)について語っている。
夫婦(夫は作家の新田次郎)の間で「引き揚げの話」は禁句だとか。
そしてあの歯の跡のついたお芋を母に差し出した長男は「引き揚げ話」になると席をはずして決して語らないという。
また次男(数学者の藤原正彦)は「ボクはどうして川がこわいのだろうか、日本でも、アメリカでもどんな小さな川でも、立ち止まって考えてから渡るような習慣だ」と云う。
夫も子供たちも引き揚げの苦しみは鮮烈に焼きついて離れない深い傷となっているのだろう。
そして乳飲み子だった娘はいまや二児の母。
最後に著者は「何一つ残してやるものはないけれども、この本だけは、たった一つの遺産として、彼らに生きる勇気を与えてくれるかもしれない」と述べている。
苦難の中をかいくぐって生き抜いた一人の女性、母の記録は私たちに多くのことを教えてくれている。
どんな岐路に立たされても生きる勇気をもつことを。
そして戦争の忌まわしさを。
本書は大いなる遺産である。

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