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  3. ねねここねねこさんのレビュー一覧

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    3月のライオン(1)

    3月のライオン(1)

    羽海野 チカ(著),先崎 学 (将棋監修)

    5つ星のうち 4.5 レビュー詳細を見る

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    はらぺこあおむし 改訂

    はらぺこあおむし 改訂

    エリック=カール (さく),もり ひさし (やく)

    5つ星のうち 4.5 レビュー詳細を見る

ねねここねねこさんのレビュー一覧

投稿者:ねねここねねこ

50 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本サロメ 改版

2009/12/16 00:22

恋の究極、美の極致

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「恋の測りがたさにくらべれば、死の測りがたさなど、なにほどのことでもあるまいに。恋だけを、人は一途に想うてをればよいものを。」 (同書引用)
 
 
美を強く、殴られた感覚で思うもの。
古今変わらず存在する、恋にあるものの究極を描いたひとつに思う。
中村うさぎもエッセイで言及していたものなのだが、『幸福な王子』と『サロメ』のこのふたつを同一人物が書いたことは、とても興味深いことであるように思えている。
 
世紀末芸術というときには、ビアズリィの絵柄とあいまって、この作を思い出すことが僕は多い。
退廃と狂喜。赤い月の様相に駆られて進む人々。
サロメには赤と黒色が相応しいものに考える。
恋の色彩を考える。濃密で、すべてを終わらす恋の狂喜を。
 
サロメは唯一、恋を求める。
 
「預言者ヨカナーンの首を!」
 
それだけを、彼女は強く望んでいる。
 
重厚なものが存在する。濃密なヴェールはあやしくしっとりと、舞いの後にあった官能と悲劇を運んでくる。それは何より美しく、強い衝撃で肌身に震えを運んでくる。
 
究極のひとつ。恋の極北でもあろう。
そしてそのものは、ビアズレィの挿画、充分な耐久力がある無比壮麗である文体、そして福田氏の訳は見事。表現される情景は、頭がくらくらするような酩酊とかなしい陶酔で否応なく読者を美世界に引き摺り込む。
脳の一部が覚醒し、肉体には酷くアブサンがまわったように。
毒を受け入れて、妖艶に微笑み、死するように、この書は微笑みかけてくる。
濃密さ、妖艶の色が濃く浮かぶ。それは血の色にも通う。
美しい、そしてかなしい悲劇の色に。
 
百年を経ても変わらぬ美しさ。
恋は狂喜のひとつである。
しかしながら、そのことを何より美しく思いもする。
赤い月は、世界の終わりのように美しい。

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紙の本人魚姫

2009/12/12 22:09

人魚姫、彼女の願いはどこに届くか。精神に殉じた存在はこころに深く刻印される。

7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

過剰な装飾を入れず、読みやすいままに原文の雰囲気、美しさを思わせる、金原瑞人氏のすてきな訳。色と質感の視覚からこころが静かになっていき、童話世界の誘惑から陶酔を感じることができる、ビーズ作品の清川あさみ氏。ふたりのすてきなカップリング。
リトルモア、ビーズ絵本のシリーズ二作目。

『幾重にもかさなる布、丹念に縫いこまれた糸、宝石のように輝くビーズ。
 つよく、しずかに息づく絵が、人間に焦がれた人魚の恋を、語り始める――』

帯のコピーのそのままに、非常に美しい、すてきな絵本に仕上がっている。¥2000の価格もこれなら納得である。豪華ですてきな絵本として、丁寧に保存し読むを返している。プレゼント用、そして保存用に、お薦めしたい一冊に思う。
これは非常に良質な、大人の童話であると思う。
 
以下は物語の感想として。
結末がわかっている彼女の運命を、それでもどうにかしてやりたく、見守りたい思いでページを捲っていく…。急に読み返したくなって見たものの、思うこと多く、どうしても書かずにいられなくなった。
 
 
 
悲恋話、人魚姫の物語。ふと、アダムとイヴの話を思った。
智恵の実を食したことでの楽園追放。エデンは深海の園だった。人魚姫は夢みがちで無口な存在だったのだが、末の王女としてただ生きていくというだけでなら、何不自由のない生活が約束されていただろう。
しかし、彼女は知ってしまった。魅力的な見たことのない世界の夢。
そして恋するということを。
人魚姫は、人間になって愛されたかった。多くの犠牲を払っても、王子と結ばれるそのために。人魚ではなく、人間として。彼女はしかし誰よりも、人間らしいこころを持っていたと思う。
愛されたい、愛されたい、
愛されたい。
彼女は王子に恋をしていた。
 
不憫な恋。運命の悪意さえ思ってしまう恋。
報われない彼女の嘆きはしかしながら、かなしみから変質容易い憎しみに支配されてしまうこともなく、内面を見つめ返しつつ、自らのものを全て、受け入れて去る死を選んだ。
この物語を果たして、胸を痛めずに読めるだろうか。
完結した物語を触れて思うとき、その視覚、手触りなどとともにして、彼女のこころのこと、そして救いがあるのかなどと考えてしまう。すべてを投げ打っても、願いはされど叶わなかった。そのことで、救いはどこかにあったのかと。
 
彼女を追った物語は、智恵の実を食べて恋をしたところから、ひとつずつ、大切なものを喪失する旅になる。
願いを獲得するために、彼女はとても真摯である。彼女は自分の環境から、家族、美しい声を失い、その上で、肉体の痛み、かなしみさえ得てしまう。しかしたったひとつ、何より欲しかったそのものは、永遠に彼女の手には入らない。
その孤独とかなしみ。僕らには、いったい何が言えるだろうか。何をわかってやれるだろうか。
見守る心はひどく痛む。
感情移入などしてしまえば、どこまでも、そしてどこまでも、かなしみだけが募っていく。
 
とてもつらい、そしてかなしい恋だった。しかし最後の決断で、彼女は引き返すこともできた。己を取るか、それとも愛した他を取るか。
いや、自らの身体生命と時間を得るか、それとも信じた精神を取るのか。
 
人魚姫、彼女は曲がることをしなかった。
その者を愛したということ。
自らの精神に彼女は殉じた。
こころの清浄と潔癖さ。彼女は自分の信である、恋心に殉ずることを選択した。
 
僕らはこの、ちいさな物語を追っていく。それは切ないかなしみと、痛みを引き連れやってくる。
そうしてひとすじ光りがある、凛々しくて、清く尊く思うものをこころのなかに留めていく。
 
読者として。物語に触れる、世界を紐解く個々人に、この童話に救いを求めるとするならば、そのものが唯一あるとすれば、哀しい潔さを決断した、彼女のこころの崇高さと僕は響いて感じている。
曲がらずに、こころに殉じた彼女のこころ。それはどれほどに美しいものか。残酷な世界にそれでも輝いた、粒の涙の美しさに思う。
 
強い遣る瀬無さは存在する。
されど潔癖で美しい、夢があったことに僕は気付く。
暗闇のひかり届かぬ深海で、一瞬だけ輝いたものを想像する。夜空にひかった星々を、思いがけない瞬間に垣間見たような気もしている。
切ない光の輝きは、目よりも脳に焼き付かれる。
こころの深くに刻印される。
 
人魚姫の彼女は海の泡となり、そうして救われたのだろうか。
それは彼女のこころだけ、自らとして知っている。
彼女はとてもかなしくて、愛情をされど捨て去りはしなかった。
自らの物語のなかで、彼女は生きて、そして消えた。
彼女は世界を愛そうと、すべての力を振り絞った。
彼女はたったひとつだけ、充たされることを祈っていた。
 
その祈りが、清浄が強く、胸を打つ。
 
彼女のために、僕は祈りたく考える。
目を閉じて、深い海の底にいたものに思いを馳せる。

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紙の本幸せな王子

2009/12/09 03:19

それはこの上なく美しく、切ない、祈りに似たこころ

8人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

リトルモアのとてもすてきな絵本のひとつ。
この上なく美しいと信じる、物語のひとつ。
奥行きとそして味がある清川あさみ氏の作品と、丁寧な愛情がじっとり伝わってくる、金原瑞人氏の翻訳で100年の後にまた、美しく息を吹き返した。
たとえばクリスマスの前に、この本に会えたらとても幸運なことだ。
 
このものには願いと祈りの欠片がある。
世界に吹く冷たい風にあるながらの、宝石のような欠片がある。
思いがあふれて止まらない。
天に運ばれた、世のなかでいちばん大切にあったもの。
美しいものが伝わって、涙流さずにいられない。
童話以上の童話であり、こころ動かずにはいられない。
 
幸福は物質的なものではなく、精神が感じる状態のひとつである。
そのものがどのようなものであり、どの刻に、いったい何が充たされて、思えるかは個人次第である。
何人もの美しい人物や、宝石、名酒に囲まれてもそれを思えない人はいるし、コップ一杯の水を飲めるとき、隣にいる誰かを思えているだけでそれを感じられる人もいる。
おそらく何を求めるかが、その人の個性、人格になるのだろう。
いったい何を求めていて、何を充たされたく、願っているのか。
 
美しいものに触れたとき、切なくなるのはどうしてだろう。
物語の、ここに存在した王子とつばめ。
彼らは語りかけてくる。本質と、世界とこころを伝えかけてくる。
冷たくなったつばめ。
二つに割れた鉛のこころ。
つばめは王子がすきだった。
王子はかなしみがなくなった、世界をずっと夢見ていた。
身を滅ぼすほど、夢みていた。
 
やさしいひと。遠い目をして生きるひと。
世界を信じたく思うひと。
僕のすきである人たちに、この物語を届けてあげたい気がしている。
届いて欲しい気がしている。
 
僕たちはそれでも、夢みるこころをなくさないように。
美しいこころが、美しいものであるという、信じるこころをなくさないように。
 
切に思う。
廻りあうべき多くの人たちに、届いて欲しい一冊だと。

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紙の本死化粧師 6

2009/11/18 00:47

過去と尊厳を死者に。生者に未来と思い出を。

7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

【 embalming(エンバーミング)】
 遺体に防腐、殺菌、修復などの処置を施し、生前の姿に近く戻す技術。
 日本では「遺体衛生保全」と訳される。

 
ただ読み流すでなく、思わされること多いもので、一巻からずっと流れを追っている。
生と死にあること。
この物語はエンバーマ、間宮心十郎の成長と、遺体が伝える物語の…。
そして、彼を取り巻く人々のグリーフワークの話でもある。
 
エンバーミングは米国やカナダでは一般的になってもきているらしい。
多く葬儀にあたり、死んだ人々を修復し、生前の姿で世界を旅立たせる。
死者が抱えるものは多用だ。そしてそれぞれがオリジナルである。
エンバーマの彼は、故人の抱えるもの、彼らの生きた証を蘇らせる。
その者の夢。歩んだ過程。残し、守ってきた物事。
死しても尚、気懸りになってしまうだろう、生前、伝えられなかった想い。
 
人間は二度の死を迎えるのだという。
ひとつは生命が終わること。
もうひとつは、その者が忘れられてしまうこと。
己の人生を送った、死者の尊厳。残された者に尊かったものであればこそ、生者は死者に引き摺られ、導かれもしてしまうだろう。
その者への愛、敬いの心、不在で知ったものの大きさ。
残された者は死者に思いを馳せてしまう。
残されたものが旅立ったものを見送るとき、死者が送った人生に思いを這わせないわけにいかない。
己との関わり、そのもののこころ。
その手伝いをエンバーマ、間宮は過不足なく行う。
現在、時を止めてから、死者の時間に思いを這わせて。
遺体の安堵の微笑によって、残された者には思い出と未来を。
遺体である死者には、その者の確かな過去と、敬意を。
そして死者は、二度目の死に大きな猶予の期間を得る。
映し出される、死者の人生が人々に残る。
 
死者の過ごした生がある。そしてそのものを見つめてしまう。
死という行為が結局は生に繋がるという事実。
死して尚、残る故人の想いがある。
個人が死んで残された、遺族が抱える感情がある。
いのちが止まるその前に、彼らは確かに生きていた。
各々の生をそれぞれ生きてから、彼らは天へと召されていった。
 
届かない。いまは語らないものになってしまった、生きた人々の胸のうち。
それらのドラマが、胸を打つのだ。
送るため。その人らしくあるために。
その人らしくあったために。
 
時にそれぞれに葛藤のうちを見せながら、間宮は遺体を修復していく。
人生の、人々の尊厳を守るため。エンバーミングという行為によって、故人が世界に残していった、香り、面影を蘇らせる。
想いさえ彼は、届けて修復し続ける。
遺体を彼は修復し、人生を送ったものの死をその者らしく弔って、残された生者に前を見せ、存在を未来に生かしていく。
僕はそのことで涙さえ、やはり流れてしまうのだ。
血と肉と、思いが入った人の道程。
物語は秀逸な人間ドラマである。

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紙の本グレーテルの記憶

2009/10/20 23:49

蝶の羽化を少女は見たことがあるだろうか

7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

グレーテル。少女の日々。
蝶の羽化を少女は見たことがあるだろうか。
 
少女という存在。幻想と現実のあいだを漂うもの。
夢と理想を考えて、それでも地面に足があるもの。
 
少女という業。
それは飛びたいこころであり、されど飛べない枷があるもの。
 
漂うが、いつも戻ってきてしまう。
それでも日々を旅しながら、あたらしいちいさなすてきを見つけていく。
そのものはだけど脆くて気がつくと、遠くに消えてしまっている。
そのものをぎゅっと抱きしめて胸にしまう。
胸のなかはだあれも入ってこないから。
小さな細い息だけど、ゆるり吐くことができるから。
 
無力感と、儚さ。それは透明な纏いである、残酷と美しさの代名詞なのだろう。
切なさと、郷愁にも似たそのこころ。飛びたくて、空ばかりずっと眺めている。香りとして、そんな存在が込められている。
読み手が意図さえしないところで。
漂うもの。ふわふわとゆれる儚いもの。
空気が動く。ゆれを感じる。
 
 
白倉由美の魅力。羽化するときの蝶に似た、不安定で澄んだ美しいものがある。
蝶の羽化を見たことがある人はいるだろうか。
僕は見たことがない。
とても残念なのだけど、奇蹟はたやすく訪れない。
 
白倉由美のつくるものたち。
そのものによって、ひとは「思い出させ」られてしまう。
あの痛々しい、けれど尊く思う日々。
やさしさも残酷も、理知も感性もすべてがあった。
闇の静かさも、光の色のあたたかさも、
微笑みも、苦しく、きついこころも。
 
白倉由美の内側にはいつも少女が住んでいる。
すって、それからはいて。その少女はいつも、世界でひっそり呼吸している。
すこしでもやさしい色があればいいと、まるで祈るよう表紙を見る。
蝶の羽化。
いまもって青空へ舞うための羽は不安定で、薄くてとても透明な、澄み切った色で光を受ける。
はたして蝶は飛べるのだろうか。
 
少女という存在が抱える、理不尽さ。
願って止まない。
蝶の羽。飛べるように。
世界がやさしくあればいいと。

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あやめ 鰈 ひかがみ

2009/03/02 11:05

退廃からの誘い、艶めかしく閉じられた夜の世界に

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

囚われたものたち。
夜と現実と過去と夢にこの者たちは囚われて、創造も破壊も出来ず流される。
停まったままに流される。各々に落魄した彼らは欠けたままうつろうように停まり続ける。
存在しているのか、それとも。
あやふやなそれらはすべてが定かではない。
日常のままに幻想の扉があやしく開かれる。
 
退廃の魅力、錆びの味。
普遍性からもそれらは芽生える。
現実の日常とそして過去と夢。
異常正常の境界の夜を彼らは彷徨い続ける。
作者は三つのそれぞれをラカンの「想像界」「象徴界」「現実界」へと当たるかとも言っているが、なるほど分かるような気もしてくる。
それぞれは近いところから溶けていくのだ。
境界であって個々に存在する物事から、世界が溶かされ異界に入る。
しかしもそれらはリンクされ、作品で幻想の紡ぎを呈して夜へと閉じる。
芸術品にまで昇華して思える三つの中短篇。
それぞれはのべつにリンクしながらも、各個の夜の独立も保つ。
そうしてそれらは舌を出し、人を妖しく誘っている。
昏い眼差しで誘っている。
 
現代にある、寂れた退廃の夜からのいざない。
それらは生で艶めかしく、芳しい潤沢な艶を見せて光る。
まるで甲虫の殻のように。有機の動く四肢にある、蠢く小枝の脚のように。
これは誘惑である。
詩人の文章に紡がれた、危険で妖艶ないざない。
極上の文章に綴られた誘惑は、蒸し暑い夜の湿度へ人をいざなう。

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紙の本ボトルネック

2008/10/07 01:35

完璧になった世界で、絶望を叫ぶ

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

米澤の最高傑作のひとつ。
軽やかな文体でさらりと書くまでも、現代の、個人の禁忌を抉る漆黒。
生きる個人は世界を映す鑑である。内的世界のうちに外部世界も映し出すから。
もしもその構築が、すべてが、否定されるものだとしたら。
それを事実のうちに、深く理解してしまったならば…。
無力どころかマイナス。己が世界の元凶と、わかりすぎるほどわかったならば。

「書きやがった」と思う本に、出あったのは久しぶりかもしれない。
桜庭の『私の男』以来だろうか。
テーマ、モチーフのこともあり、桜庭は女性的だった。
ボトルネックは男性的、よくよく少年的である。
両者とも、しかし似ているような気がした。
どこか似ている。しかしながら、女性は強く、少年は弱い。
閉じた世界で生きるのさえ、狡猾に生きようことは出来ない。
身を滅ぼしていく、事実の突きつけ。
世界の奥に救いはなかった。

感受性のやわらかな存在。
時間の流れにおいて、そうした時期を人は過ごすものに思うけど
剥きたてのゆで卵のようにつやつやした、ものが崩れるのをなぜか思った。
世界からの、存在の全否定。
一面で、世界はこの上なく残酷である。

世界と個人がすべて、できそこないだという現実。
できそこないにしてるのは、自分だったという絶望。
自覚する。正しいものは何もなかった。
救われたかった。
救われなかった。
彼の嘆きを誰が拾ってやることができるだろう。

ただひとつ、救いのようにも思えるのが
彼女の死が彼を引き込んだという考え方だろうか。
しかし、それさえ救いになるのだろうか。
信頼関係に思えていた、彼の幻想は崩れてしまったのに。
いちばん大切なものさえ、偽りだったというかなしみ。
ほんとうじゃなかった。
何もわかってなどなかった。

無力感と絶望。できそこないにしている、
できそこないのなかのできそこない。
無力であり、自分は何も変えられなかった。
無力がさらにマイナスだった。
怖るべき自覚。
一握りの希望も彼は掴み取れない。

世界はかくも残酷だった。
その場所に住まう天使に色はない。
残酷な無表情で事実を眺めている。

人はその上でさらに、立ち上がることができるだろうか。

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紙の本わるい本 新装版

2008/10/07 01:19

わるいー。そして愛しい。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

わるいなあ。うーっ!
わるくて、そしてたのしい。
こころがうきうき、そしてほわほわ。

わるいやつ。
たまにはんせいしたりもする。
だけどわるいのこんなにも、いとしくおもえるのはなんで?

いたずらずきのわるものくん。
たのしい、かなしい、いきていく。
なんでかちょっと、げんきになれる。
とってもすてきな、やさしいほん。
いつもてもとにおきたくなる。

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願わくば祈りを

13人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

1.14計画。パスカの羊。過酷な潮流に巻き込まれた少女たち。
罪の物語。無垢に対する残酷の話。
歌劇団を擁する、格式ある公爵ブラッドハーレー家の養女へ。
華やかな舞台への進出に孤児たちの喜びはどれほど大きかっただろう。
人生が転換する時。無残なる別舞台の幕が開かれる。
 
少女たちの夢。美しい未来が拡がっていると信じて止まなかったこと。
夢が叶った瞬間。希望は無残に踏み躙られる。
肉体的、精神的に極限の蹂躙。穢れ汚されてしまうこと。
物語の力。画力に定評ある作者は、作中でこころを切り取りそれを写した。
夢と誇りについても。現実の残酷を以って対比とし震えるものを作品として。
一片の絵には物語があるように、憂いが細部にすらも掛かる。
コマのひとつひとつ。第六話の最終ページが胸に焼き付いて離れない。
 
燃えつきる灯火としての少女のことば。夢から諦観へと変わった瞳に見えるものは…。
かなしい、どころではない。
そのものは、見るものから言葉を奪わせる。
言葉というものは感情にいつも追い付かない。
 
夢が潰えて、汚される。
攻撃性の捌け口。祭りの贄、儀式存在に供されること。
過酷な現実を前にして、少女たちのこころは消え入りそうなままに…。
 
システムに投げ込まれた人々たちの悲劇。
システムのなかで人は人であることを止めている。
四肢が冷たいままに、はらはらと内が撹乱される。
人として生きる誇りを強く思う。
祈りに似た気持ちを少女に思いもする。
 
願わくば祈りを。
夢みた少女のこころのために。

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紙の本はてしない物語

2007/05/25 16:06

物語を愛する人々へ

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

究極の物語だと思う。物語を愛する者への物語。物語を、かつて愛した者への物語。すべてのものがすべて以上でここにあり、ひとりだけのやさしい温度で抱き締めてくれる。
本を開くとある、どこにでも行ける物語。そこにしっかりといながらも、どこまでも拡がる物語。つながる終わりのない永遠。この本に出会えたことに感謝する。物語の力をそして信じる。

最初は中学生のとき。そして今、大人になってもう一度。空想は…、どこまでも世界が拡がって行く。
子供のころ夜遅くまで読んでいた。そして今も、色褪せぬ美しさをもって、こころをファンタージエンへと飛ばしてくれた。
大切な人との出逢いがあるように、感謝して、震える思いで本に入る。震え、この上ない歓喜。世界の姿は読後にそれまでと変わっている。時に人生を変えてしまうほど。この上ない感謝と献辞を捧げたい。これはそんな本、とても大きな物語だ。

物語の象徴、生命の水を守るもの。アウリンの紋章、蛇。ウロボロスをどこか思わせる(二匹の円環だが)明暗それぞれの二匹を見る。東洋の陰陽図をも思い出す。
ファンタージエン、物語に行った人物。バスチアン・バルタザール・ブックス。バルタザールの名で思い出す、贈り物をした東方三賢者。彼の名には乳香を与えた賢者のものがあった。
これはこじつけであろうが、神聖と本、物語の姓名がバスチアンにあった。名は体の抽象。時として具象すら思わせる言霊。そして更に、虚無で崩壊の進む世界は彼が名を付けたことにより再生した。種族、人間の子。物語を愛する人の旅。アトレーユから受けた、バスチアンの旅は僕らのものでもある。

一冊の本の話。
物語はきらきらした神秘と、朧にも永遠の円環を近くに映してくる。
遠くで近いもの。無いようだけど在るもの。僕たちは読み手でありつつ、登場人物のひとりとして本に入っていく。

すきなシーンの一つ。死と再生を繰り返す、夜の森ペレリンと砂漠ゴアプ。色の砂漠の片隅でバスチアンはイニシャル『BBB』を書き残す。ここにいますよって、名を刻む。
読む人は合図を見落とさない。この物語は、読むものが確かに体験する真実なのだ。
そして冒険の果てに、彼は生命の水を得る。水を飲み、運び、世界を繋いでいくために、物語はあるのかもしれない。
その力を信じる。「ものがたり」とそして、人を信じる。物語を愛する物語。残したBBBの文字に、夢幻であり無限の大きな世界を夢見ている。

「遠い、遠い昔のこと、(中略)わたしたちの国の女王幼ごころの君は、重いご病気で、もう死にかけていらっしゃいました。女王さまには新しいお名前が必要で、それをさしあげることができるのは人間世界のものだけだったのに、人間がもうファンタージエンにこなくなっていたからです。」
「はてしない物語という本です。(中略)表紙はあかがね色の絹ばりで、動かすと光るんです。二匹の蛇が、一匹は明るく、もう一匹は暗い感じに描いてあって、その二匹が、それぞれ相手のしっぽを咬んでいるんです。中は二色で印刷してあって、章の始めが、とっても大きな、きれいな飾り文字になっていました。」(文中抜粋)

語り尽くせない思いがある。この感動を言葉で示すことなどできるのだろうか。
ファンタージエンを訪れる。そして生命の水を飲む。出会えたことを繰り返し、繰り返し何度も感謝する。
何百年経っても、この物語はきっと色褪せない。物語を愛する人々が、この話を見つけてくれることを期待して止まない。それは「あなただけ」のもので、「あかがね色のなか、しっかり待って」いるのだから。
読まれることを、扉を開くことを待っている。
百年後の世界へ、千年後の世界へ、永遠へ…。

ものがたり。遥かで近くに存在する、夢幻で無限の物語。

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彼女のなかには少女がいる

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「肉体は魂の錘なんだ」
石が語るさまざまな話。
少女の心に残った、奇妙で美しい思い出のこと。
「過去の女」「グラスの中の世界一周」「シロツメクサ、アカツメクサ」
そして上記の「語る石」。
現代の美しい童謡。
こんな話が書ける人は、どんな方なのかと思う。
彼女のなかにある、宝石のようなものを思う。
それは愛しくて遠い、少女時代の夢のかけら。
自覚的な大人でありつつ、その夢を紡ぐ、真摯なやさしさ。
森奈津子、エロのみにあらずと再度思う。
いつものモリナツもすきだが(笑)、当該書、後半のものには凄みがある。
ホラー作品集 <異形コレクション>収録のそれぞれ、力がある人だとやはり思う。
話として読ませる。残るものがある。
森奈津子、彼女のことを想像する。
大人という存在でありつつ、彼女の心には少女がいる。
「過去の女」「グラスの中の世界一周」
読んでカクテルを飲みたくなった。
マルガリータ、アラウンド・ザ・ワールド。
テキーラとジンベースのそれぞれ、
バーテンダ森奈津子のカクテルで一時の夢をみたい。
夜の一粒の媚薬は、切れある清涼感とともに
切なさも備えた鮮やかさで在る。

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紙の本子供たち怒る怒る怒る

2009/10/21 00:06

できそこないの世界の、神話となる虐殺のために

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「ひとりでできることには、限りがあるんだよ」
僕が小さいころ、よくよく言い聞かせられた言葉。
それから時も過ぎ去って、現在ふっと考える。
「幾つか備わる感情が個人に蓄積され続ける。
 そのものが許容量を越えてヒートして、内に留まらなくなったら…」
感情が蓄積されていくことは生きることなのだと思う。
しかしながら、そのものが暴発されることさえもきっと生きることなのだろう。
その先のやがて壊れ行く定めへと歯車が回転していくことになっても。
 
人はやがて慣れることにも慣れてしまうが、かなしい不安定が安定になってしまうのなら、それより大きな不安定で破壊をしてそれから創って行くしかない。
血みどろの創世神話。残酷を以上の残酷で彩って、虐殺を虐殺していく先にある、スタートラインに立つ一歩。
 
残酷なくだらない世界を、壊して壊して壊す決意。
創る前に壊す。徹底的に、完膚なきまでの虐殺を決める…。
読者として客観で眺めているうちに、主観がやがて訪れる。
寂寥感と刹那にある感情に押し寄せられる。
しかしながら、マイナな心地良い温みは開放感も確かに引き連れてくる。
切実に「ほんとう」であること。
ほんとうの喜び、ほんとうのかなしみ。
ほんとうの怒りを感じること。
いくら陳腐な言葉であれ、放熱の証を墓標に建てること。
それは生きること。助かりたいこと。
いくつかの人と物にはそのための破壊と創造の道程がある。
創造という行為に附随の前提条件。
虐げられた虐殺の暴力。
内にあるもの。反動の大きさ。
 
まっすぐと歪み。生のない破壊と生ある破壊。
美と醜、それらは引き連れる。明暗そして陰陽の大極図のような関係性。
破壊、破壊、あらたな創造。
血を流し、犠牲を伴い打ち建てる。そのものはだけど、妙に光る。
激しい感情に酩酊と茫漠感を感じつつ、静かながら何故か滂沱するものもある。
滂沱する内の理由はわかっていない。ただ、理由と原因のヒントなら幾つかを書から読めようか。
佐藤友哉の書くものを時折ひどく読みたくなる。
中途半端に飽きがきて、生きたくなるとき、それは確かに。
 
酷い話である。そしておそろしいものである。
思考がトレースできるなら、これも人。灯火が業火となって焼き尽くす。
血を流して惨くも光る未来のための、創造と破壊。

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紙の本おおきな木

2008/10/09 03:22

ほんとうのやさしさと愛はどこか切ない

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「愛とは、惜しげなく与えるもの」
これは誰の言葉であっただろう。
この本をはじめて読んだとき、一生忘れないだろう衝撃を受けた。
人生を変えてしまうほどのもの。
生きるということは、人を愛するということは、どれほど孤独に身をやつし
そして美しいものであるのか。

この愛はある種絶望と向き合っている。
絶望とは計り知れない孤独であり、しあわせをそれでも感じていられること。
そのものを包み込むよう愛するとき、自らの打算は消えるのかもしれない。
…いや、あるのか。
おおきな、孤独のなかの愛。そのものが笑ってくれればそれでいいと。
ほんとうに大切なものが、救われるならいいのだろうと。

自己犠牲という一言では、間に合わせられない深さと重みがある。
「そして木はしあわせだった… でもそれはほんとかな?」
どうだろう…。しばし考える。
すれすれのところかもしれない。
孤独と愛は表裏であり、さびしさも多く去来するものだろう。
しかしながら、それでも、
しあわせだったと思いたい。
見つめて存在するその木は、しあわせだったのだと思う。
愛というものの本質は、ときに痛々しい姿を映す。
痛々しいまでもそのものは、高潔で、そしてやさしい光を投げる。
存在とは何か。人を想うとはどういうことか。
時に忘れそうになる度に、この書のページをそっと捲る。
懐かしいような、しあわせな時代を思い出すような、
どこまでも切なく、やさしい温度に身を任せる。

おおきな木の、とてもおおきなこと。
切り株になった木の姿は、どこまでもおおきく、そしてやさしい。
理想論だと笑われても、理想をなくすよりはいい。
その姿は夢を映して飛ばせるものだ。
ただただ、しあわせを感じるために。
ほんとうのしあわせはどこか切なくて、それでもこころが安らぐものだ。
自らの求める存在が、少しでも笑顔を見せてくれる限り。

ページを捲るたび、いつまでも流れる涙が止まらない。
この書が手許にあることは、幸運なものだといつも僕は思う。

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クールで透明なひとりへ。それは水晶の光に似た、

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「いつも一人の女の子のことを書こうと思っている。
 いつも。たった一人の。ひとりぼっちの。一人の女の子の落ちかたというものを。
 一人の女の子の落ちかた。
 一人の女の子の駄目になりかた。
 それは別のありかたとして全て同じ私たちの。
 どこの街、どこの時間、誰だって。
 近頃の落ちかた。
 そういうものを。」
                       『「ノート(ある日の)」』より
 
 
岡崎京子のことば。 彼女の言葉には表現者の確たる美しさが感じられる。
不遜と大いなる思い込みを承知で述べてみるなら、僕のなかにある似たものに、それは触れてきて振れる気がする。
一人の女の子はわたしたち、そして僕たちのものである。
(アニマ、アニムスの例えなくとも、「僕たち」に拡張することを許して欲しい。程度の強さはそれぞれでも、こころに住まうものとして少年少女はともにある)
客体と主体でそれぞれ見つめるものならば、鏡のもの、そして人形を僕は思う。人形作家の作品が低い温度で重なる気もする。
 
どこかほどけて溶けるように、つれづれ感じる、淡い、確かな。
それは瞬間を垣間見せ、一足の軽やかに見えるステップの中にすべてを映す。
その魅力をこうして活字で示そうとすると、そのものはとても難しく感じられる。
なんというか、取り止めがないのだ。
はぐらかされるようでそれでいて、切っ先鋭く入られるような。
純粋なものとくだらない(という岡崎の主張に思える)、他愛のないものを共に持つ。
そのものは、だから複数の角度の魅力を持つ。傾ける角度で色が変わる、水晶の石を通した光のような。涼しい気配と驚きの、夢を一瞬見せるような。
 
しかしその夢はすぐ醒める。それに加え夢の着色は資本主義、現代の現実の欠片に満ちてもいる。
夢を見て見ない。クールでドライな儚い希望。
稀有な才能を持つ女性漫画家岡崎が、書いた活字の話たち。
なんと表したらよいのだろう。まるで本ではない本のようだ。
そしてこのものには、こころのなかに住まうものの深いところにある魅力がある。
クールでドライな生活と夢。虚無というものをとつとつと、ゆらり語られている感じを受ける。
 
岡崎京子の魅力は、突き放しのものにもある気がする。
ただあるだけ。そのものはとても刹那的だ。
そしてその刹那、それは空虚でもありえるのだ。その空虚を彼女は「何いってるの? そんなのあたりまえじゃない」そう言って、ありのまま、すべてそのままに突き放してくる。
付属するものはとても薄い。
夢見ることに線を引く、それがひとつの夢であるよう…。
 
全能の観察者である瞳を持ち、彼女は助けることをしない。落ちていくだけのものたちを彼女はそうして書いていく。
すべてありのままに…。見つめる客観と、僕たちそしてわたしたちの主観と現代の「ひとり」を持って。
 
助けがない、という状態。そのものは現実をどこか映している。至って個人的なものでありながら、とある社会をも映している。
しかしながら、それは冷酷とはまったく異なる。冷酷というものの温度すらありはしない。刹那の日常と「普通」であること。狂気や光があったとて、そのものは至極あたりまえに転がるものたち。殊更価値を見出して、声高に訴えかけることをしない。
そのことに、ある種の安心も感じてしまう。何より誠実なものを、どこか思える感じもする。
 
儚さの中にすべてはあり、消えてしまうものをただ見送る。とても刹那的な美しさ。
客観の傍観者として存在すること。そしてそのものに喜びも嘆きも殊更思わないこと。
突き放すクールなものだけそこにある。ただ吹き抜ける風のこと。客観の「もの」としてすべてが位置していること。それはまるで、かくのごとく言の矢を放つようにも感じられる。「価値なんて求める行為はナンセンス」だと。
 
しかしながら、それでも表現してしまう。
物を表し、そのものの反映として、何かを絶えずに見せていくこと。そのものの意識は、もしかしたら、深遠にある原初の衝動に始まるような…。
 
価値なんてすでにないことを知っている。クールに行くのよ。クールにね…。
されど残るのはなぜだろう。
僅かだが熱を出さねばならぬ思い。落ちていく過程に人は煩悶する。
すべてが刹那、価値もない。されど表し、動かねば、生きることすら困難になる。
 
水晶の光に良く似た言葉がある。
双極のものを纏いつつ、岡崎が落とした言葉の美しい光。

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紙の本アヒルと鴨のコインロッカー

2007/03/28 01:56

三人の世界。かなしいせかい。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

これは三人の物語。
皮肉と残酷に彩られた、世界に住むもののものがたり。

それは物語の終わりへと、奇妙に加速し進んで行く。
セピアで郷愁を思うような、からからと音がしそうなトーンのもの。
表層で隠された現在。そして今を作る、物語であった消えぬ過去。
一見ユーモラスにさえ思う、奇妙な今に過去が届く。
過去と現実が繋がる。
膨れ上がったものは、神のない現世へ無情の秤を落とす。

世界の皮肉が浮かぶ。
作家による、かなしみの語られなかった言たちが
人を物語に浮かび出させる。
繋がった現実が浮かぶとき、世界は哀しく沈んで行く。
終わったものの終わりを、見届けようとするように。
行き着いたその先。そこは世界の果てなのかもしれない。


なんだろう、この感覚は…。
どこか腑に落ちないものがある。
物語であれど、これが現実なのだろうか…。
飄々として、されどどこまでも哀しいもの。

かなしみは誰が引き受けるのだろう。
閉じ込めた神は、どこまで無力なのだろう。
今後の未来に於いて、人との関係性を変えた
人物が幾許いることが、唯一の救いなのだろうか。
求める救いが失われた、人物数多くいたなかで。
動物園で一瞬の夢を見たことなど、些細だけなんてかなしすぎる。

確かなものはない。
残っているものは、何なのだろう。
淡々とかなしみだけがある。
さびれたそのものに、足が止まる。

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