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郵便的確信さんのレビュー一覧

投稿者:郵便的確信

2 件中 1 件~ 2 件を表示

100年を超える辞書作りの奇跡!!

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

『大日本国語辞典』(松井簡治)といえば、『言海』(大槻文彦)とともに、近代の国語辞典の祖として、双璧を成すともいわれている。

『言海』は、文法の規範を示し、見出し語を五十音順に配列したのはもとより、それぞれの語について、ことばの単なる言い替えではなく語源にまで踏み込んだ説明をむねとした。それまでの節用集などの「字引き」からは大きく飛躍した近代国語辞典の嚆矢とされている。

それに対し、文法や語釈の工夫もさることながら、加えて実例を多く示し、あくまでも、その例に基づいて記述するという実証的なスタイルの国語辞典として、戦後の一時期まで国語・国文学者必携の辞書といわれたのが『大日本国語辞典』である。

その『大日本国語辞典』を作ったのが、著者の祖父・松井簡治である。簡治は国文だけではなく、漢学の素養があり、さらに英語にも通じていたので、当時刊行されはじめた『オクスフォード英語辞典』(OED)を目の当たりにした可能性がある。

『言海』が完成した翌年、明治25年(1892)に、日本にも用例を中心にした本格的な国語辞典が必要との思いを強くし、国語辞典の編纂を決意して、資料の採集にとりかかることになる。新しもの好きでもあった簡治は、実用化し始めたばかりの自転車に乗って古本屋廻りをしたという。

辞典作りに生涯を捧げた祖父・簡治は、あまり多くを語らず、いくつかの雑誌に書いた論文などが知られているだけである。孫にあたる本書の著者・松井栄一氏は、祖父の身近にいた少年時代の記憶をたよりに、簡治の実像に迫っている。なかでも埋もれていた談話筆記を掲載した意義は大きい。

敗戦直後に祖父が亡くなった後、『大日本国語辞典』の増補訂正作業を引き継いだのは父の驥(き)だった。父は、東京帝大の法学部を出たあと、役所勤めや弁護士やジャーナリストの仕事などを転々としながらも、俳句を研究したり自ら実作したりという多才の人だった。しかし、祖父の仕事の手伝いを忘れることは片時もなかった。本書には、晩年は辞書作りに専念し、増補訂正版を刊行することを夢見ていた驥の、俳句の実作や、俳句とオノマトペについて論じた遺稿なども紹介されていて興味深い。

父は昭和28年に59歳という若さで亡くなり、8万枚に上る増補訂正カードが残された。一方、著者は国語科の教師の職を選びその道を進むことになったが、転機は昭和35年に訪れた。小学館から声がかかり、このカードを生かして辞典を出せないかとの相談を受けたことは、その後著者が『日本国語大辞典』に深くかかわる契機となった。

以降、初版から第2版にいたる辞書作りのありさまが克明に描かれ、初版をめぐる論争から、第2版で成長した部分の分析、今後の課題にまで筆を進める。本書は、単に、『日本国語大辞典』の物語という枠を超えて、辞典編纂という事業を後世に伝える意味で、貴重な記録ともなった。辞典を愛し、日本語を大切にしたいと考えている全ての人に読んでもらいたい書である。

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日本語を国語施策の観点から見直した、著者渾身の力作!

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 日本を代表する『日本国語大辞典』の初版の編集長を務めた著者・倉島長正氏が、同辞典の歴史的位置づけを検証する過程で避けて通れなかった国語施策の諸問題を(→注)、20世紀の日本語の問題として主題的に論じた好著。新世紀の日本語を考えるためのヒントに満ちた刺激的な書でもあります。

 明治以降、近代化への熱狂と脅迫観念で、英語採用論や戦後のフランス語採用論が出たのは極端だったとしても、西洋の言語学理論に引きずられて、音韻文字(仮名、ローマ字)を金科玉条としてそれに縛られ、ゆくゆくは漢字廃止まで射程に入れた国語施策が最近まで行われていた事実に改めて驚かされます。戦後の「当用漢字表」が敗戦という事情で急に出来上がったものではなく、20世紀初頭から国が目差してきた施策のいわば集大成だったというわけです。

 われわれがごく当たり前と考えていた「漢字仮名交じり文」という言葉が国の公式文書に現れるのは、なんと昭和56年(1981)の「常用漢字表」の前文が初めてだったのです。「漢字仮名交じり文」が公認される経緯については、時枝誠記や吉田富三などの国語審議会での活躍から、5委員脱退事件、国語問題大論争、ワープロ・パソコンの普及などなどさまざまな側面に焦点を当てて詳述しています。考えてみれば、つい最近まで給与明細や預金通帳やレシートなどがカタカナのコンピュータ文字だったことも意外なリアリティをもってきます。

 文献資料に基づいた、第一部「国語審議会の歩んできた道」、第二部「漢字仮名交じり文への道のり」に対して、付載「古書肆大旦那の語る国語・国文」は、国語・国文の古書店「日本書房」の西秋松男さんへのインタビューで、橋本進吉、山田忠雄から時枝誠記、大野晋に至る国語学者との交流や、文部省国語課と国立国語研究所との関係などを証言しています。『国語100年』は、20世紀の国語国字問題を浮き彫りにするという謳い文句どおりの読みごたえのある書となっています。

(注)『「国語」と「国語辞典」の時代(上・下)』(小学館・倉島長正著・1997.11)

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