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北岡士典さんのレビュー一覧

投稿者:北岡士典

2 件中 1 件~ 2 件を表示

紙の本中島敦全集 1

2002/06/23 15:53

永遠に遺すべし

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 待ちわびた新版全集の刊行である。自分のためはもちろん、やがて私の蔵書に手を出すはずの子供や孫のために、これは是非とも揃えておかなければと思っている。

 たぶん今でもそうだと思うが、高校生になって初めて、学校で古文や漢文を学ぶ。かつて日本人の教養の大部分を占めていた古典漢籍の類いを、16、7になってようやく学び始めるのはいささか遅すぎる気もするが、これも時代の趨勢で仕方のないことなのかもしれない。
 高校生になるかならないかの頃、司馬遼太郎の『項羽と劉邦』(新潮社)が出た。司馬フリークだった私はむさぼるように読んでその面白さにハマると同時に、二千年以上も昔の出来事を生々しく書き残している漢文に対して、密かに憧れるようになった。
 だから漢文の授業は楽しかった。白文の読み下しはまるでパズルを解くようなものだったし、なにより『項羽と劉邦』の世界を原文そのままで味わえるのが面白くて仕方なかった。李白に惚れて、漢詩と呼ぶにも耐えない漢字の羅列をこしらえたのも、この頃のことだ。漢字だらけの世界、読み下し文の鉱石のような硬質さが、自分の心を研ぎ澄ませてくれた。実生活では硬派にも軟派にもなれなかった私だが、文章だけは硬派なものに憧れていた。
 そんな時に出会ったのが、全集第1巻所収の『山月記』だった。それは少々興味を失いかけていた現代国語の教科書の中にあった。
 人と交わりきれずとうとう山野で虎となった男と、その旧友との出会いを描いたこの作品は、全文が教科書に収録されていたのだが、この一編ほど、音読して心震えるものはなかった。授業で読み、家でもぼそぼそと声を出して読む。読むたびに文章に流れる格調が響いてくる。「隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃む所頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった」に始まる書き出しが暗誦できるくらい読み込んだ。
 一気に中島敦ファンになってしまった私は、あわてて『李陵』を求めた。そしてこれを読み、出典が「史記」の「李陵列伝」にあることを知って驚いた。すでに原文を漢文の授業で読んでいたからだ。たかが高校生レベルの読解力では御しきれなかった原文が、中島敦の掌中で完全に昇華され、独特のリズムある名文となって心情を見事に描き出している。その他『名人伝』や『弟子』に見られる独特の和漢混交、いや現漢混交ともいうべき文章は、以来ずっと私の密かな手本だ。
 しかし、中島敦をただの漢文系作家だと決め付けてはいけない。勝手に「南洋物」と名づけている一連の作品は、『李陵』や『山月記』とは風合いが全く違う。白い砂、エメラルドブルーの海、灼熱の太陽。中島敦の文章は、それらに流れ込むやや湿った、しかし肌に心地よい風のように気持ちよくさわやかなのだ。しかもこれら全てが、戦前に書かれたものだということに私は驚いてしまうのである。
 もうひとつ驚くべきこと。それは、中島敦の生涯がわずか33年であったということだ。私はとっくに中島の没年齢を過ぎてしまっている。そして物する文章は、中島の足元にも及ばない。今日もまた憧れとため息の中で、全集を開くことにしよう。

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 この本は、タイガースが開幕7連勝を果たし、時ならぬタイガースフィーバーがマスコミを賑わせている最中に店頭に並んだ。本文で取り上げているのは開幕2戦目までである。企画そのものは1月中から進行していたから、開幕連勝の便乗本ではないが、しかし「星野効果」を当てこんだものであることは否定できない。
 私は、本文でも触れているように30年来のタイガースファンである。だからもちろんチャンスがあれば優勝してほしいし、ひょっとしたら今年はそのチャンスが巡ってきたのではないか、と期待はしている。が一方で、常に裏切られつづけた経験も豊富に持っている。安易に考えてはいけない、気持ちを落ち着かせていなければいけないといつも肝に銘じようとしている。
 何につけファン心理というのは説明しがたいものだが、とりわけタイガースファンは難しい。勝っている時は当然応援する。負け続けの氷河期でも、応援する。生活の中にタイガースが確固として存在している。そうなっていった原因は何なのか? それはタイガースに息づいているはずの猛虎魂がそうさせたのだろう、というのが、この本を貫くテーマである。
 人間はよかれ悪しかれ、歴史を背負って生まれ、そして死ぬ。そんな人間が寄り添っているタイガースという集団そのものも、やはり歴史を背負っている。ここ数年のタイガースの負け犬ぶりは、背中の歴史を放擲したか、もしくはその前から逃げ出したことで起きた当然の現象に過ぎない。つまり猛虎魂を失ってしまったから負け犬となったのだ。
 星野仙一の監督就任は、その意味で当然と言うべきものだった。なぜなら、タイトルにあるように、彼には猛虎魂の2つの「血脈」が流れているからだ。
 真っ向から戦う男の荒ぶる魂。これこそが猛虎魂なのだが、それを体現した2人の男、藤村富美男と村山実の正統なる後継者が、実は中日ドラゴンズ一筋で過ごしてきた星野なのである。
 星野は事あるごとに「今季の優勝を目指す」と言っているが、本音はそんなところにはないと思っているはずだ。それを証明したのが、開幕直前の藤村・村山両OBの墓参だった。すでに2つの血脈について書き終えていた私はあまりの符合に驚き感動するとともに、あわてて墓参について書き足した。
 改めて言うが、この本は「星野仙一がタイガースを優勝に導く」ことを主題にはしていない。チームを優勝させるのは選手の力である。その選手に猛虎魂が再び宿れば、ファンの心をガッチリとつかむ見ごたえのあるプレーを、試合を必ずするはずである。そしてその結果としての勝利があり、積み重ねての優勝につながる。
 この稿を書いている6月下旬の段階で、タイガースは勝ち運に見放されて苦しんでいる。「もうタイガースは終わりだよ」という声も聞こえてくる。
 優勝、という点からすれば、そうなのかもしれない。逆にまた盛り返してくるかもしれない。しかしどうあれ、試合の結果ではなく試合そのものをもっと重視してほしい。その時は、この本を読んで理解できる猛虎魂という、そのただ一点から見てほしい。
 微力だが、この書ではそんな視点の一端が提供できたのではないかと思っている。

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