サイト内検索

詳細検索

ヘルプ

セーフサーチについて

性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示を調整できる機能です。
ご利用当初は「セーフサーチ」が「ON」に設定されており、性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示が制限されています。
全ての作品を表示するためには「OFF」にしてご覧ください。
※セーフサーチを「OFF」にすると、アダルト認証ページで「はい」を選択した状態になります。
※セーフサーチを「OFF」から「ON」に戻すと、次ページの表示もしくはページ更新後に認証が入ります。

  1. hontoトップ
  2. レビュー
  3. ドジスン先生の愛人さんのレビュー一覧

レビューアーランキング
先月(2017年8月)

ドジスン先生の愛人さんのレビュー一覧

投稿者:ドジスン先生の愛人

1 件中 1 件~ 1 件を表示

紙の本ふしぎの国のアリス

2002/08/18 23:45

わたしの国のアリス

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 『ふしぎの国のアリス』は中学生以上の大人が読んで“おもしろい”と思うのと、子どもが読み・感じる“おもしろい”が、どっちが“おもしろい”かは想像できない。また、その結果は“おもしろくない”かもしれない…。

 このように『ふしぎの国のアリス』には不思議な作用があって、頭の中の無限の世界の間だけは、アリスのように体験でき、その他の登場(人)物のように「無意味なこと」を言ってみたくなる。

 「アリス」を読んでいると、アリス自体も—あの世界—の住人であって、彼女のお姉さん(アリスの眠りを起こす?)だけがまともな人間であるような気がする。そのお姉さんは「現実の世界で生きるアリス」その人にも感じる。
 チェシャ・ネコはどこから来てどこへ行ったのか?など膨大な問題・議論・悩み…に興味がいつまでも尽きない作品だ。しかし、それがルイス・キャロルの愛した幼い少女達へ向けられ、即興の話だというのは奇妙な関係だ。
 結婚もせず、終生数学の教授をつとめた彼なので、「アリス」に出てくるはちゃめちゃのようなユーモアには、数学者だからこその正確な計算が組み込まれて動いている(意識的かは、それもまた興味の対象)。

 話のおわり、最後の裁判での「有力な証言」がまったくもって「意味ナシの詩」というのが、最後の最後で最強な「無意味」さで展開され盛りあがっている…。これはとても太刀打ちが出来ない最高の皮肉さと、ユーモアだと思う。

 子どもを楽しませるためのお話だが、おのずと当時のヴィクトリア朝の社会諷刺となり、現代に通じる投げかけが見て取れ、どこまでもアリスが落っこちる穴のような作品。だからいつまでも新鮮で愛される(悩まされる)作品だ!

 原書で読むのも、翻訳物で読むのも、捉え方は人それぞれだ。文章の背景を知ってる人も知らない人も。アリスが最後で言う「あなたがた、たかが一組みのトランプのくせに!」というのは大人か子どもか判らない言葉だ。まったくはっきりと捉えられない事ばかり。
 ふつうの昼下がりに木陰で休んでいて、なにかふしぎな物を見たら「アリス」に出会っているような気がする。いつでも好きなときに「アリス」は出て来て、意図から離れた、純粋な空想な世界で遊ばされてくれる。
 だからいつまでも、不思議な「わたしの国のアリス」でいてくれるこの作品が大好きだ。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

1 件中 1 件~ 1 件を表示