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先月(2017年5月)

うまそうさんのレビュー一覧

投稿者:うまそう

8 件中 1 件~ 8 件を表示

紙の本ぼくの絵本美術館

2002/12/16 02:19

絵本の世界へようこそ!

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

まずはじめに、1940年9月12日フランス西南部のヴェーゼル河の谷村のひとつ、モンティニァックに住む冒険ずきの4少年が成し遂げた(?)“ラスコー洞窟の発見”の話から始まります。
そこにはハッキリと迫真的に描かれた牛や馬や鹿の姿が、恐ろしいほど効果的に、其処にあった。それはポーズされた姿ではなく、躍動的に動く姿で描かれている。
私のようなアニメーションや絵本ずきにはたまらない感動を覚える事柄がここにはある。“動く姿”を絵に描くことはアニメーションや絵本の絵には基本的な事であり、それが人類最初の絵にあるではないか! これを描いた人間は、子供のために描いたわけではない。しかし発見したのが少年たちと聞いて、その不思議な、絵と子どもの繋がりを感じずにはいられません(著者の堀内氏は少年達がうらやましいと率直な感想も)。

いきなりこんな事を言ってナンだけど、私はただの未熟者なのでこんな事をいっつも思ってしまう。<現代の美術の意味って? 発揮場所は?>と。
近年大人が絵本を楽しんでいる絵本ブームがずっと漂ってる気がする。それは果たしていいことなのか? 色んな意味を込めて、素人画家のような、本書にも一言出てくる“便箋のらくがき”のような、大人のヒトリヨガリな芸術感や流行とおしゃれでの絵本が出てきているんじゃないか。しかも絵本だけでなない、ありとあらえる子どもの為の“表現ブツ”に。
まずはっきりと本書で確信したのは、子どもは絵本を見て斬新な色使いや流行よりも<最も重要なのはストーリーとその展開の構成>で面白いものを選んでいる、ということ。私はこの言葉にずこーんとやられました。
<絵本は、そのストーリー体験が、子どもの生活と等価値を持つものでなければならない。
子どもはストーリー体験によって“他者”の心を理解する“人間”に育ち、自己をみつめ、神の位置から世界を見ることも可能なおとなにまで達していくわけですから、絵本が最初のストーリー体験を与えるものであるのが明らかであれば、矢を遠くに射るためには大きく引かれた弓の力がものをいうように、秀れた絵本がそこに必要なのはいうまでもありません。>
ここまではっきりと言われると、絵本に対しての軽視なんかが吹っ飛んでしまった。
しかしここでは力が思う存分発揮できるところじゃないかと思う。絵本とアニメーションは。

ここまでくどくどと書いてしまいましたが、とにかく絵本の中のすばらしい作品は本当にすばらしく、絵本の世界は広く、これからも発展して行くと思います。しかし受け手がなまぬるい考えでは忘れられて行ってしまう作品も出てくるかもしれません。
本書は堀内氏の素晴らしく真剣な絵本に対する愛情と真面目さに溢れています。きっと絵本に対して考えが変わるはずです。
コールデコット、モンヴェル、ボュシュ、シャガール、カンディンスキーなどの作品もたくさん掲載されており、さすが堀内氏の本だけあって飽きさせない“絵本美術館”になっています。

最後に、この本の魅力は≪子どものための展覧会≫と題された絵画・絵本・ポスターなどの多数の作品がじっくりと味わえるページがたっぷりとあることです。
掲載されている絵や論文として<イラストレーターの絵本論>など絵本に興味のあるひと、美術が好きなひと、なにかを表現したいひとに、作品への生半可ではない刺激とメッセージを与えてくれると私は思います。
そして、本書からまた新しく絵本の世界へ遊びに行ける大人たちは幸運ではないかと思います。

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人気者2人の<拠り所>から<答え>まで

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 まずはじめに、これは宮崎駿著という形になっているが、本書のインタヴュアー渋谷陽一が重要な意味を持っていると思う。共著という形でも決しておかしくないはずだ。
 本を開くと、雑誌に使われた写真がどーんときて、<はじめに>として渋谷陽一の文章がはじまる。—宮崎駿は、いまや日本で最も影響力のある表現者になってしまった。その存在が巨大化すればするほど、宮崎駿を語る言葉は綺麗事になり、宮崎駿自身を疎外していく。
 彼はそれを理解しながら(最初のインタヴューは12年前で、今とは状況が少し違うはずだが)彼らしい力でインタヴューを進めている。やはりいい取材ができてるなあと思うと嬉しくなる。そういう内容だ。

 本文の中でのできごと—。
—自分のことを自分で対象化してみれば、非常に矮小な存在でしかない、まずそういう自己認識があるというところが一つのスタートであると。
< はい>
—で、それと同時に誰もがそうであるに違いないというのもやっぱり—。
<そんなことは思ってないです。偉い人はいますよ!>
—あっ、そうですか。
<ええ、僕は偉い人がいると思ってるから。宮沢賢治はやっぱり偉い人ですよ!(省略)>

 ここで宮沢賢治が出てくる。話が進むと、渋谷陽一は
—そういう意味で、僕から見れば、宮崎駿もすごく偉い人なんです。(省略)で、ある意味で僕にとっての宮崎駿は宮沢賢治なのかもしれないわけですよねえ。
こうくるのだ。もちろん宮崎駿は<いやいやそれは...>と言って否定するわけだ。これは憧れと強い興味をもって真剣に(いつもだが)インタヴューをしてるなと思えてつい微笑んでしまう。

 宮崎アニメに不満がある声も宮崎駿自身も聞いている。彼の手がけた<未来少年コナン>で<ラナがもしブスだったらコナンは助けるのか?>しかし彼は<そんなのは他の奴がやればいい>と。そうなのだ、足りないものをむやみに押し付ける事よりも、いろんな人間に期待すべきだ。彼のカリスマ性と、安易な“賛成意見”はこれからも続くだろう。
 本書を読むと、彼の<子どもの為に映画をつくりたい>ということがいつまでも変わってないのが解る。そこが一番信頼できる。アニメの内容以上に、だ。

 また、本書は渋谷陽一が12年間の間にインタヴューし、雑誌に掲載されたものをノーカットで収められている。雑誌に掲載する場合はしかたなく(紙面の割合などで)カットしなければいけない場合があるが、宮崎駿の言葉はなかなか切れるものではないと渋谷陽一も話している。
 とにかく、インタヴューされる側とインタヴュアーのどちらもがずっとスタイル変わらず仕事をしているのが、二人の人気と実力を見せてくれるのだ。

 彼らの信頼できる部分はどこなのか—それが明らかに分る一冊になっている。

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紙の本未来少年コナン

2002/08/12 03:21

すばらしきマンガ映画

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 —西暦2008年7月、人類は絶滅の危機に直面していた。核兵器をはるかにこえる超磁力兵器が、世界の半分を一瞬にして消滅させてしまったのだ。地球は大地核変動に襲われ、地軸はねじまがり、5つの大陸はことごとく引き裂かれ、海に沈んでしまった。

 絶望的な映像と重苦しい声ではじまる「未来少年コナン」。しかしその暗い世界での“希望”がコナン達、子供なのだ。宮崎駿さんがこの本の中でのコメントで「コナンはただの子どもです。健康に楽しく暮らすことだけを考えている。(省略)スーパーマンではないし、英雄にもしたくなかったですね」と話している。
 そのコナンはどこまでも快活で爽快な少年だ。世界全体の希望がキラキラと動いている(運動)ところを私はしっかりと見る=元気になる。どの場面でもイキイキと生きているコナンがとても素敵な作品だと思う。

 インダストリアに住む人々の生活、暴動がとても暗く絶望的でただのアニメ作品とは違った魅力を持っている。ラナという少女は決してくじけない強い女の子だが、祖父に心がいきすぎていて物語の途中で不安にみまわれる場面がある。あれほど息の合ったコナンともテレパシーのようなつながりが途絶えてしまう…。しかし祖父の一言でカイホウされ、心が自由に鳥の様に飛んでいくラナのココロの情景のシーンはこの作品の中でもかなり感動的な場面だ。重苦しい世界でも、少女の純粋な気持から起る解放が清々しくてとても気持が良い。

 このロマンアルバムでは、名シーンの紹介や大道具・小道具、ストーリーガイド、宮崎駿オリジナル・ストーリーボードなどコナンファンにとって嬉しいアイテムだ。表紙は書下ろしになっていて映像で見るコナンとは違った二人が見れるのが嬉しい。

 最後に、コナンには素晴らしいキャラクターがたくさん登場しており、本当に素晴らしい作品だと思う。ギャグ満載で暗さと快活さがウマイ作品は、このロマンアルバムのどのページでも生きていると感じる。『未来少年コナン』の素晴らしさ、面白さが改めて判る一冊になっている。

 もひとつ最後に! コナンがもっとたくさんの人に出会え、愛されることを願ってやまない!

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女という生き方、画家という生き方、「フリーダ」という生き方

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 フリーダ・カーロという画家を思い浮かべると、強烈な「愛」に生き、体現した人だと思い当たる。
 フリーダは1922年、当時のメキシコで最高の教育機関であった国立予科高等学校に進んだ。自然科学(生物学・動物学・解剖学)に興味があり、将来は医者になりたいと考えていたそうだ。学校内ではさまざまなグループがあり、彼女は国民社会主義的考えを信奉し、文学に熱中した。
 この逸話だけでも彼女の熱い性質が見えてくるが、その彼女がどうして絵を描くことになったのか…。
 1925年9月17日、恋人とともに学校から家へ帰るためにバスに乗り込んだ直後、衝突事故が起こった。フリーダは生命が危ぶまれるほどの重症により3ヶ月のベット生活を送ることになる。ギブスに固定され自由に動きがとれない状態の中、痛みと退屈から逃れるために自然と絵を描きはじめることになる。
 「私はほとんどの時間を一人で過ごすし、自分のことは自分がいちばん知っているから、自分を描くのです。」
 ベットの天蓋に鏡を取り付けてもらい、彼女の「自分を見つめ、自分を描く」ことが始まった。
 
 事故の記憶からはじまる自画像がやがて黒くてつながった眉毛が鳥の翼にかわり、メキシコ民族芸術の起源から信奉画としての超現実的日常生活を幻想的に描き、彼女の人生でも最重要人物であり夫となるディエゴ・リベーラにも認められることになる。
 1929年8月21日、フリーダはディエゴ・リベーラと結婚した。彼はフリーダよりも21歳年上だった。思想上の影響以外にも、メキシコ芸術の復興活動をはじめた。

 1930年11月から4年間、夫妻はアメリカに滞在した。その年にフリーダは妊娠したが(医学的理由により中絶に)、背骨と骨盤の負傷が原因で、彼女は子どもを産むことができなくなっていたのである。実はフリーダは6歳の頃、病気の為に右ももからくるぶしまでがとても細くなり、くるぶしから下は成長が止まってしまっていた。それから彼女は男装をしたり、長い民族衣装のスカートをはいたりと足を隠そうともしていた。アメリカ滞在中にはその足までも痛みつづけ(彼女は死の直前まで手術をしなければならなかった)、恐ろしいほどの健康問題に悩まされつづけた。その後には流産を経験し、彼女の子どもを失った精神的不安定は強く、たくさんの絵に表された。
 この夫妻にはお互いに恋愛問題があり、1939年には離婚した。だが1940年にはリベーラと再婚している。彼女には彼が必要だったのだ。

 ここまで彼女の人生についてをただ書き並べてきた感じだが、彼女の作品と彼女自信の生活と、それに伴なう思想上の変化や愛情関係は切り離せない問題だからである。彼女は亡くなるまでに、ディエゴへの「生まなかった子ども」として描かれた強い愛が深くなり、死と生から展開される二元的原理の世界像がますます強くなるのだ。それが最終的には、フリーダ=リベーラとなる。

 彼女の不運な事故から始まった「自分を見つめ、自分を描くこと」の運命は決定的だったことを知ることになった。
 1945年7月13日、フリーダ・カーロは亡くなった。最後の最後まで堪えられない痛みは消えなかった。あれほど強く生きた女性、フリーダ・カーロの最後の日記にはこう書かれていたそうだ。
 「立ち去ることを喜んで待っている……そして、もう二度と戻らないことを望む…フリーダ」。

 燃え尽きてしまったように消えたフリーダの全貌はびっくりするほど痛々しい傷が疼くように作品に表されています。しかし、かっこよさ・かわいらしさ・うつくしさがあって、とても魅力的なのです。
 非凡な芸術家、フリーダ・カーロはこれからも強い愛を作品の中から発していくはずです。

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ゲーテとの対話 上

2003/02/15 17:28

渋い栄養剤

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渋い。たまらなく渋い人だとつくづく思うのがゲーテだ。
自分の位置を正確に把握して、それを頑なに守っている。それがゲーテだ。
高齢に達しても子どもの無邪気さとわがままさを持っている。それもゲーテだ。

ファウスト、色彩論、シラー、ナポレオン、芸術…彼が気兼ねのない友人達と話している時のなめらかなしゃべりにはゲーテの性格があますところなく出ていて、1巻でも読むとさっそくゲーテとの対話を楽しんでしまった気分になる。
エッカーマンは忠実な人間で、ゲーテを敬い大事なことばをメモっている。かなり高齢になってからの対話なので、昔の思い出話や新しい旗手達の台頭について、身近な草花について、宇宙について、この時代の人間らしい話が万歳で微笑ましくなってしまう面白さなのだ。
何故かというとどの文章・言葉をとっても格言めいていて、明快で豪快なのだ。どんな格言集よりも自分にとって効果覿面で、いろんな教養本よりも栄養になってしまう。

私はゲーテについてかたいイメージがなかったが、本当にかたくてしっかりしていて、とてつもない位置にいて大好きになった。ゲーテのイメージを壊さない本物の人間が本書には出ている。

最後に、ニーチェは本書をドイツのすべての書籍の中でも最もお気に入りとしているのは、心強くて嬉しくなってしまう。それはこういう本を気に入ってる人がいるのが他にもいるから…。だってすごく渋いんです。

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紙の本ゴッホ全油彩画

2002/08/31 22:29

「地球上の異邦人」の全油彩画

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 ゴッホという画家の油彩画、それがほぼ全て見れる本書にとって重要かつ重大な発言は——「地球上の異邦人」——という言葉だ。
 これはどういう意味か? どういう立場から見て出た言葉なのか。しかし深く考える事はない。これは彼をうまく表現している言葉、その一言である。

 フィンセント(ヴィンセント)・ファン(ヴァン)・ゴッホは、絵にも負けないほどの情熱と真情を持って膨大な手紙を書いた。この書簡達は彼の魅力を増すアイテムとしても、記録文学としての価値としても、非常に重要な物だ。
 もちろん本書でも流れいく文章の中で彼の手紙の中の言葉が数多く抜粋されている。「ときどき僕は自分が何をしたいか、こんなにもよく分かることがある。 僕は人生において、愛する神なしでも十分やっていけるが、僕のような 悩める人間は、僕より偉大なもの、僕の生命であるものがなければやっていけない。それは創造する力だ」 。
 彼はどこまでも画家であった。そのために病んで行くもの、荒んで消えて行くものがたくさんあった。それでも彼は描きつづけた。
 強い信仰心からはじまる農夫達の顔や家。パリに出てからのはじめて出会う明るい色彩。狂気からくる乱れ。どれもこれも彼の描きつづけた人生を物語っている。

 私は彼の自画像を愛する。はじめて見た時からずっと忘れられない。そして彼の言葉<僕は100年後でも衝撃を与えられるような肖像画を描きたい>というのには参った。私はまさしく衝撃を受けた一人だから。

 はじめの方で書いた「地球上の異邦人」についてこんな事が載っていた。<個人の卑小さを克服して理念の高みに飛躍し、その際に肉体をいわば 地上に残しておく、というものである。> <ゴッホもまた原理として「芸術の」崇高な姿に、自分自身の不恰好な姿を結びつけるのを不遜と感じた。ゴッホの自殺の動機も、理想主義的な偉大さと、個人の卑小さとの隔たりに基づいている。ロマン主義的な感情をかき立てたこの隔たりは、典型的な唯物論の世紀の子であるゴッホにとって極めて深刻であった。>
 これは大変重要な文章であって、「ゴッホ全油彩画」という大々的な本書に、どこにも負けない物が載っているのがありがたい。

 彼、ゴッホを知るには有名な作品だけを見ることは味気ない。彼には立派に残していった絵の歴史、手紙の歴史があるのだ。その大事な部分を余すところなく見る・読むことができる本書は、ゴッホの世界への入り口で貰う素晴らしいパンフレットだと思う。

 最後になって大雑把に言うと、文章を最後まで読まなくても良い(内容については言う事ない。嬉しい文章)、彼の膨大な油彩画をぱらぱらとじっくり眺める贅沢を味わってほしい。

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スマートな対話文から身につける新しい単語集。

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 <ダイアローグ、対話文から(読める・聞ける・話せる)単語力を身につける、コミュニケーション時代の新単語集。実だし語1200、総単語数2900!>
 <ベストセラー単語集はいろいろあるけれど、覚えられてしゃべれるのはこの本だけ。>

 これが本書の大々的な売り文句。だけどこれは偽った言葉ではありません。171のテーマがあり、単語だけではない、使える対話文が無駄なく掲載されています。その対話文の中身も古くない新しい物であり、バラエティに富んだ話題で構成。

 英語本って結構デザインが重要。趣味の悪い絵なんかが載ってると意外と、嫌なもの。
 しかしこれはスッキリとしたデザインでかなり好印象。中身のイラストも軽いウィットなユーモアで、すべてが気持が良い。

 一から勉強しなきゃいけない人、受験勉強の人、切羽詰った人、どんな人にも対応するスマートな一冊です。CD2枚付きなので何回も何回もくり返し聞き、単語意外の部分も使いこめる内容です。どこまでも良い本なのでたくさんの方に使ってもらいたいです。

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紙の本りかさん

2003/07/20 14:02

読後に少し風がちがって感じられる

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 主人公のようこはリカちゃん人形が欲しいとおばあちゃんに頼みます。しかし贈られたのは黒髪の市松人形で名前がりかという。
 この、少しへんてこりんなスタートの物語は日本の和紙のように、さらっとした手触りのものが幾重にも重ね合わされて、優しいあたたかみを醸し出す、すてきな物語です。

 第一の「養子冠の巻」。「りかさん」はようこと、贈り主のおばあちゃんと会話を交わすことのできる不思議なお人形でした。その「りかさん」を通じて、ようこの親友・登美子ちゃんのお家の雛壇に飾られたお人形たちに出逢います。それぞれのお人形にそれぞれの過去があり、次々と歴史を語りだします。
 第二の「アビゲイルの巻」では、戦争がはじまる前にアメリカから日本へ親善使節としてやって来たお人形のアビゲイルが、果てには開戦後に竹槍で突かれ、火の中に投げられてしまう。
 焼き焦げたアビゲイルとそれを守り隠していた登美子ちゃん家の汐汲(しおくみ)の舞踊人形。アビゲイルの身に起きてしまった人間の愚かな行為を、ようこは「りかさん」に助け舟を出されながら静かに灰にもどしてあげる…。

 それらの人形とのやりとりの中で、ようこは気持ちを汲み取る術を得ながら成長して行くのですが、その様子がとても素直に見て取れるのです。
 「人形の本当の使命は生きている人間の、強すぎる気持ちをとんとん整理してあげることにある。木々の葉っぱが夜の空気を露に返すようにね」「気持ちは、あんまり激しいと、濁って行く。いいお人形は、吸い取り紙のように感情の濁りの部分だけを吸い取って行く。これは技術のいることだ。なんでも吸い取ればいいというわけではないから。いやな経験ばかりした、修練を積んでない人形は、持ち主の生気まで吸い取りすぎてしまうし、濁りの部分だけ持ち主に残して、どうしようもない根性悪にしてしまうこともあるし」。
 これらはおばあちゃんの言葉ですが、ちいさなようこにとっては教訓となる祖母からの大事なお話ではないでしょうか。そして、本作品のテーマに対する答にもなり、重要な部分になっています。

 この『りかさん』には文庫本収録書下ろしの『ミケルの庭』が収められていますが、これは成長した蓉子(ようこ)が関わる新たな物語です。
 人形の「りかさん」たちとの出逢いで、ぐんぐん伸びたようこの性質。相手の気持ちを上手に汲み取り、本質の部分をしっかり掴み、真っ直ぐに向かっていく。やっぱりこの人は成長したんだと思うと、とてもうれしくなります。

 人形の奥深さ、祖母から伝わるぬくもり、日々実感する成長。風のにおい・植物の芽吹き・光の色…。日常の生活、普段の生活の中にはすてきなことが潜んでいるなあと、そういう忘れがちの事柄を、「あちらの世界」とこちらの世界を行き来しながら読む側にしっかり自覚させるような丁寧な文章・世界観にとてもうっとりします。

 夏に読んだらさらさらとした風が、冬に読んだら手のひらにまで伝わるようなぬくもりが感じられるはずだと、いつも手元に置いておきたくなる作品です。

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