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    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

    中野 ジェームズ修一 (講師),日本放送協会 (編集),NHK出版 (編集)

    5つ星のうち 4.0 レビュー詳細を見る

安之助さんのレビュー一覧

投稿者:安之助

130 件中 1 件~ 15 件を表示

再起

2007/02/16 23:15

また、出会えるとは!

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ディック・フランシスの6年ぶりの新刊である。待ちかねた−というのが、最初の印象。ただ、脂がのる壮年期の6年ぶりと異なり、フランシスはおん年86歳。油切れの懸念はある。さらに、一連のフランシス作品の翻訳者である菊池光氏が亡くなり、この作品は北野寿美枝という聞いたことのない人物の手による。ビーケーワンで検索したら翻訳書は6冊しかない。翻訳者として新人だと思う。翻訳というのは、作品を鑑賞する上で、相当なウェートを占めると、私は考えている。だから、ビーケーワンに注文はしたものの、届くまでは不安でならなかった。
 だが、杞憂であった。Voiceが変わったことを気付かせない。そして、フランシスの筆も衰えていない。もったいなくて少しずつ味わおうと思っていたのに、一気に読んでしまった。

 フランシスの“競馬ミステリー”は、原則として1作ごとに主人公が変わる。その中にあって、本書は例外でシッド・ハレー4度目の登場。キャラクター自体が気にいっていることもあるのだろうが、そのほうが人物作りの手間が省けるということもあるのか。
 ハレーが最初に登場したのは、40年ほど前の『大穴』である。次いで、『利腕』、『敵手』、そして本書だ。しかし、実際の年月の経過とは異なり、『大穴』のハレーは31歳であり、『利腕』もほぼ同じくらい。『敵手』は35歳、本書39歳(いずれも推定)。つまり、40年間で作品の中のハレーは10歳も年をとってはいないのだ。だから、純粋のシリーズとしてみれば、無理は感じられる。だが、人物設定が同じだけで、別の作品と割り切れば、まあ、いいものとする。何より、あきらめていたフランシス作品に、またありつけられた喜びで、それは霞む。
 驚くことに、新しいテクノロジーが主題になっている。インターネットでのブックメーカーの八百長疑惑である。冒頭に記したように、フランシスは86歳なのである。

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カレーは大人数分作ったほうが美味い。

11人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 前書きで宮嶋茂樹氏(フリーカメラマン兼ジャーナリスト)曰く「海上自衛隊のみ帝国海岸以来、めし係を給養員と呼び、乗る船がかわろうが、ずうと調理一本で自衛隊生活を送るのである。その点、めし係が交代制の陸上、航空、他自衛隊とちゃうとである。だから、めしの伝統とノウハウが完璧に現代まで受け継がれ、戦前、戦中、戦後を通じて、海のめしが一番旨いと言われているのである」。本書は、海上自衛隊の監修の下に集められた、艦艇&基地の味51皿の「特選海自レシピ」である。

 Part1 海自カレー(15皿)
 Part2 海自の和食(11皿)
 Part3 海自の洋食(14皿)
 Part4 海自のアジアごはん(11皿)

 なんといっても有名なのは「海自カレー」だろう。一般には“海軍カレー”のほうがとおりは良いかもしれないが、建前として「自衛隊」は「軍隊」ではない。流れを組むのは確かだが、本書に記されているのは、海上自衛隊の現役艦のレシピなのだから、やっぱり「海自」でなくてはならないのだ。
 たかがカレー、されどカレーである。《護衛艦たかなみ・たかなみ特製カレー》の食材は、〈牛ひき肉、豚ひき肉、にんじん(さいの目切り)、玉ねぎ(さいの目切り)、なす(小口切り)、それと彩りのグリーンピース〉だから、一口にいえば「なす入りキーマカレー」である。ところが、カレーソースの材料が一筋縄ではいかない。それは〈にんにく(みじん切り)、しょうが(みじん切り)、カレー粉、カレールウ、デミグラソース、とんかつソース、ウスターソース、バター、牛乳、水〉である。「本格的なカレー」作りに必要なカルダモン、ウコン、クミンなどのスパイスは使わず、半製品のカレー粉、カレールウを使う。その代わりに、デミグラソース、とんかつソース、ウスターソースでコクを出す。これが“オリジナルの味”で、「裏技伝授」として、さらなる隠し味が記されている。
 海上自衛隊は、原則として毎週金曜日の昼食のメニューがカレーライス(サラダと牛乳がセット)だそうである。その理由は、長期の航海ではともすれば、曜日の感覚を失いかねない、ということで、「そうか。今日の昼食はカレーだから、金曜日なんだ」と、思い出させるために、決まっているわけだ。
 逆にいえば、それ以外の日はカレーではないメニューが並ぶことになる。回数にすれば、断然、カレーではない食事が多いのだから、“カレー並み”に美味しくなければ、納得しない。
 《多用途支援艦・和風グラッセ》里いも、れんこん、さつまいもの根菜類を低温で揚げて、バター、砂糖、しょう油、はちみつで作ったあんとからめる。おやつにぴったりだ。でも、海上自衛隊はおやつというものを、支給するのかな?

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森3中の村上知子は、メタボに引っ掛からないのかなあ

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 今年の4月からいわゆる“メタボ検診”が制度化したという。私はズボンのウエストサイズに限れば、85センチをはいているから、危険水域に入っているのだろうか。詳細な検査を受けたほうがいいのかもと、不安に苛まれる。ところが、その「ウエスト」で診断する方法が当てにならないという意見がある。日本では「男性≧85センチ、女性≧90センチ」がウエスト周囲径の基準値だが、「国際糖尿病連合」の発表によれば、他のどの国(地域)でも、男性のほうが女性よりも小さいところはないらしい。欧州人は「男性≧94センチ、女性≧80センチ」だし、人種的に日本人と近い中国人も「男性≧90センチ、女性≧80センチ」だ。素人考えでも、男性よりも女性の基準値が大きいというのは納得がいかない。
 それなのに厚労省がなぜメタボ検診を推し進めたのか。著者は産官学の癒着によるものだという。産官学のトライアングルの例として、コレステロールに見ることができる。臨床学会が基準を下げると、「高脂血症」と診断される患者が増える。厚労省は基準が正しいかどうかの吟味をせずに、製薬会社の申請に基づいて、「効能又は効果」を持つ医薬品を認可する。「臨床学会の基準により、作られた「高脂血症」患者に対して、この薬剤が医療保険適用になり、製薬企業の売り上げが増える」-これと同じ構図で、メタボリックシンドロームが広まっているのだ。
 日本版メタボリックシンドロームの提唱者は、ウエスト周囲径の基準を作って日本肥満学会とコレステロールの基準を定めている日本動脈硬化学会、両方の理事長を務めたM氏(本には実名が書いてある)。そのM氏が2003年まで教授をしていた大阪大学医学部第二内科に対する奨学寄附金は、2000年度から2005年度までで8億3800万円。その大部分が製薬会社からのもの。とりわけ多いのが、日本で最も売り上げの多いコレステロール低下薬(メバロチン)を発売している、三共(現在の第一三共)なのである。つまり、何の物証もないけれど、うがった見方をすれば、一律のメタボ検診を義務にしたのは「国民」のためではなく、「産官学」のためなのかもしれない。「官」が悪名高き厚労省だから、いっそうその思いが強くなる。

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紙の本池上彰の新聞勉強術

2006/11/14 17:09

複数の新聞を読もう!

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

著者は、長いことNHKで「週刊こどもニュース」のお父さん役を務め、難しいニュースを子どもたちに、わかりやすいよう噛み砕いて説明していた。その姿が印象強いから、まだNHKに在局しているとばかり思っていたら、なんと1年半も前に退職していたとはビックリ。したがって、本書の表紙に記されている肩書きは「ジャーナリスト」。でも、「ジャーナリスト」ってわざわざ自称しなくても、わかってもらえると思うけど。
 一口でいうと、新聞の読み方が記してある。
 第1章 「ニュースを見る目」は、新聞で養う
 第2章 まず、何から読んだらいいのだろうか
 第3章 速読から読解まで、池上彰流・新聞の読み方作法
 第4章 「新聞の読み比べ」で身につく情報力
 第5章 ネットにテレビに! 池上流・メディアミックス新聞術
 第6章 知れば知るほど面白い、新聞の取材現場
 第7章 新聞の情報整理術&知的活用術
 会社ではなく、一般家庭で一般紙を複数紙取っているのはどのくらいだろうか。おそらく、少ないだろう。だが、どの数字を使うかで、事実が正反対になることもある。「「吉野家、8月売上高27・8%減 『新定番』効果いまひとつ」(日経新聞)」、「「吉野家の売上高 前月比7・4ポイント改善 8月、来客数も」(朝日新聞)」−「吉野家の成績は、さて、よかったのでしょうか、悪かったのでしょうか。(中略)実は、この二つの記事、まったく同じ日の新聞なのです」。つまり、数字のとらえ方で、記事の論調がまったく変わるのだ。だから著者は、「数字が重要な記事を見つけたら、必ず他の新聞の見出しと見比べてください」といっている。
 面白かったのは“読解”。犯罪記事で朝刊に「東京地検特捜部が、一両日中にも強制捜査へ」と載っていることがある。でも、実際にはほとんどの場合、その日のうちに強制調査に入ることが多い。これを著者はこのように説明する。新聞社は独自の取材で確信を持っているが、特捜部の立場では情報漏れが怖い。それが「きょう捜査へ」などと書かれる(抜かれる)と、意地になって「誤報にしてやれ」と、日にちをずらす事態もありうる。それでは記者(新聞社)も困るので、「一両日中にも」とぼやかして、特捜部の幹部の怒りも買う危険も避けられるというわけ。
 笑ってしまったのは、本筋には直接、関係ないが、第6章。どこの部の記者が書いたかによって、トーンが異なるということ。「政治部に配属されたばかりの若手記者は、素朴な雰囲気を漂わせていますが、政治部取材が長くになるにつれて、まるで政治家そのもののような立ち居振る舞いをする」、そういえばナ○ツネは政治部出身だったなあ。

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76画の字も載っています

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 「金」扁に旁が「玉」と書いたひと文字。さて、あなたはこの漢字の「読み」と「意味」がわかりますか? 念を押しておきますが、「金」扁に旁が「玉」です。両者をバラバラにして「キン○マ」は不正解ですよ。
 もったいぶることはありません。解答は「読みはギョク、意味は硬い金属」です。本書に網羅してある漢字のレベルとしてはこれが序の口。精査したわけではありませんが、おそらく、本書で取り上げられた漢字は、どれも直接の表記はできないでしょう。扁(部首)と旁の組み合わせで間接的に説明できればましなほうで、それすら不可能なものがたくさんあります。冗談としか思えないものもでも、“本当の字”。多くの<異体字>と<書体>があるためなのです。
 異体字の中に[同字]があります。[正字]と字形は異なりますが、同等の意味で用いられてきた文字。例えば、縦に「山本」それが扁。もうひとつ「山本」と書いてそれが旁。その字が「支」の同字なのだそうです。冗談としか思えないでしょう? 著者のコメントでは「二人で支えあっているのでしょうか?」とあります。くどいようですが実際にあるみたいです。いくつかは確認は取れていませんが、冒頭の「金扁に玉」などはbk1の投稿では拒否されましたが、MS-IMEでも出ましたから、それ以外の載っているのも「ウソ字」とみなす理由を見つけられません。
 「血(皿)」扁に旁が「鼻」-「衄」と同字です。読みは「ジク」、意味は「鼻血」だそうです。「衄」は一見しても意味が想像付きませんから、いっそ立場を入れ替えたほうが、すっきりしませんか。もっとも、聞くまでは読みが不明なのは同じことですね。 
 [同字]以外にも、いろいろ載っています。むしろ、[同字]が少数派です。中国で刊行された「康煕字典」で標準とされる[正字]。[正字]より字源に忠実な形をした[本字]。[古字]は異体字のうち、特に古い起源を持つ文字で、「野」→「埜」がそれです。[俗字]は世間一般に使われ、画数を略したり、逆に余分なものを付けくわえて形を整えたもの。
 <書体>はここで取り上げられたのは[草書]、[篆文]、[篆書]の3種類。広範に使う場合に字のスタイル情報は、ないのが普通。したがって、<書体>の例を挙げることはできません。それだけに、字とは思えない“アート”なものがあります。
 読む本ではなくて、“見る”本です。

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紙の本漬けもの博物誌

2010/03/16 19:39

奈良漬けは、本来「白瓜」を漬けたものだけを指す。

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書は1974年に毎日新聞に連載の『漬けもの風土記』を基にして、単行本化されたものの再刊である。だから、本文中で「いまでは」とか「このごろでは」という時制の表現がある場合、「いま」が指すのは2010年ではなく、1974年の“過去”のことである。しかし、それを割り引いても、いまでも通じる漬けものの蘊蓄がいろいろ記されている。

 第1章 漬けもの風土記
 第2章 漬けものめぐり
 第3章 漬けもの博物誌

 『カムイ伝・第一部』(小学館発行:白土三平著)を読んだのは、かなり昔のことで、記憶が曖昧だし、本筋にそれほど、関連があるとは思えないが、確か「やたら漬け」というものが、出てきたと思う。本書の解説による「やたら漬け」は「山形地方の農家では、昔からやたら漬けが作られていた。いろいろなあり合わせの野菜をいったん塩漬けにし、それを滅多やたらに木綿の袋に入れ、みその仕込みのときに、みそ樽の底に入れておく。みそが熟成するころには、ちょうどいい味に漬けあがる」というものだが、『カムイ伝』では、若干異なっている。
 ちょうどお盆の時季、ナスやキュウリで作ったウマやウシが精霊流しで、川に流されてきた。「これはもったいない」と、近所の子どもたちに、拾い集めさせて、小銭で買い取り、それをいろいろ漬け合わせてみたところ、飛ぶように売れた。それを元手にして財をなすといったような説話だったと思う。
 実は、本書にも似たような逸話が載っている。江戸時代初期に、海運や治水で名をはせた河村瑞軒の、出世の糸口がそれなのだという。ただし、名称は「やたら漬け」ではない。「福神漬け」なのである。『カムイ伝』の舞台は架空の日置藩花巻村で、瑞軒のほうは江戸上野の池之端である。

 母の実家が熱海のためだろう。私は小さいころから、わさび漬けと七尾たくあんが好きで、他のおかずがなくても、大丈夫なくらいだった。ただ、無知とは可笑しいもので、成人を迎えても暫くは、わさび漬けの“主役”は、「粕」のほうだとばかり思っていた。「粕」にわさびの風味がしっかりのっていたからだ。そして、本来、主役であるべき「わさび」を“邪魔もの”扱いしていたのだから、お恥ずかしい限りである。
 「七尾たくあん」のほうも、ちょっぴりだけ勘違いしていた。「七尾」というのが、“製法”を示すとばかり、思っていたのだが、「七尾」は「熱海市伊豆山」の一地域名だったのである。そう言えば、母も、熱海在住の母の友人たちも、「七尾のたくあん」と「の」を入れて呼んでいたっけ。七尾は「冬は暖かく、凍てつくことも少なく、海よりみかん畑の間を這って上る微風は、大根干しには打ってつけである。温暖な気候は、すじのない柔軟な大根を育て、漬けこまれたたくあんは、辛塩だが、熟成が早く、塩なれした特有の風味をかもしだす」と、著者は評している。
 ちなみに、熱海駅の新幹線改札のすぐ隣に「七尾たくあん」をメーンとして売っている売店が、いまでもある。

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タイトルほど過激ではありません。

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 最近、話題の“モンスターペイシェント(問題患者)”になることを勧める本ではない。ドクター(病院)の言うことをおとなしく聞いているのは、患者自身のためにはならないから、常識の範囲内でもっと積極的(ワガママ)になったらどうですかというのがテーマである。

 例えば、テレビで見かけるようになったジェネリック薬品についてだが、「安い薬に替えてくれ」と考えるのは、財布の中身からも当然のリクエスト。直接、医者に口頭で伝えにくければ、「ジェネリック薬品お願いカード」がインターネットでダウンロードできるから、それを手渡せばいい。また、それ以上に申し出にくいのがセカンドオピニオンを取りたい場合。主治医と良い関係のままセカンドオピニオンを取る会話術が載っている。「先生のことを大変頼りにしていますが、セカンドオピニオンを取ってほかの先生の意見も聞いてみたいと思っています。納得したら、ぜひ先生に治療してもらいたいので、こちらに戻ってきてもよろしいですか」。このように治療は主治医にしてほしいと明確に話せば、こばむ医師は少ないという。
 入院をするときには、救急で担ぎこまれたのでなければ、「治療計画書」や「クリニカルパス(クリティカルパス)」をもらい、目を通すことで、不安は軽減できる。「治療計画書」は読んで字の如く「入院の目的から、どんな治療をして、大体どのくらいの入院期間が予定されているか」を記した書類。「クリニカルパス」は、すべての病院が渡してくれるものではないが、「入院治療の計画書」一般には「医療の工程表」である。だから、「治療計画書」はマクロで見た計画書で「クリニカルパス」はもう少しミクロにしたもの。もちろん、“計画”だから狂うこともあるが、計画書を知ってさえいれば、看護師に的確に質問できる。
 私立病院では差額ベッドのほうが多いことがある。最近では医療保険に加入している人が増えたから、差額ベッド代は保険でまかなえるかもしれないが、払わなくて済むに越したことはない。では、差額ベッド代は必ず払わなくてはならないのか。そんなことはない。「急患で今すぐ入院が必要なのに、大部屋がいっぱいで個室しか空きがない」「大部屋では治療用の機材が置けない」「治療上無菌室に入る必要がある」-これらは病院の都合なので、本来は差額ベッド代が請求できない。ところが、実際には「個室しか空いていません」と言われた患者の家族は、あせって「個室でもいいです」と請求の根拠を与えてしまう。差額ベッド代は、事前に患者側が承諾しない限り、払う必要がないのだ。
 実は、7年ほど前に私の母が入院生活の果てに亡くなったときのことである。入院期間は4カ月ほど、最初は東大病院、ほぼ意識がなく酸素を吸入なので2人部屋だが、差額ベッド代を請求された記憶はない。後半は大蔵省(当時)印刷局付属病院、酸素吸入が不要になったので、4人部屋(差額ではない)、母も覚醒して会話もできたのだが、ろうそくの消える直前に明るくなるような形だったみたいで、1カ月ほどで亡くなった。
 ここからが本題。危篤になったときに、師長(婦長)の判断で、ベッド(個室)を移された。それはそうだろう。ほかの患者は生きるために闘っているのに、母は死に瀕しているのだ。我々家族が連絡を受けてから、母は6時間ほどで亡くなったのだが、悲しんでいる暇はない。入院費の請求書を突き付けられた。その中身が問題であった。つまり、師長の判断で移した個室の差額ベッド代が計上されていたのである。わずか1日分だから、それほどうるさく言わなくてもとも思ったが、母の死で逆にテンションが上がってしまい、正論を吐くことになったのだ。結局、こちらの主張が通り、差額ベッド代は払わなくてよくなったのだが、もっと冷静に交渉すればと、悔いが残る。もしかしたら“クレイマー”と思われたかしら。

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自己免疫を研ぎ澄ますと、医者要らず・・・かな?

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

病気になってから慌てても遅い。まず、予防することだ。そのためには、健康を維持する体のシステムが分かっていれば、かなり役に立つ。システムを知らないがゆえに、かえって悪い方向に進路を取り、初期の病気からこじらせることもある。本書は治療法の本ではない。自己に備わっている、「免疫」について記された本だ。

 東京医科歯科大学の藤田紘一郎教授が、あるとき新聞社に<給食ミルクが黄色ブドウ球菌に、汚染されていて、そのため児童が集団で下痢をした>という事件が報じられた際に、コメントを求められたという。新聞社とすれば汚染牛乳の供給を非難する意見を期待していたのだろうが、藤田教授の専門は感染免疫学だから、返ってきた答は「いたんだものを食べると、下痢をする-それは正常な生体反応だ」である(もちろん、ボツ)。
 本書でも、同じ趣旨のことが記されている。「下痢は、毒を早く排除して体を守る防御反応の1つです。下痢が起こったときには、安易に下痢止め薬を使用して、症状をおさえないこと。脱水症状を防ぐために、水分補給を十分に行うことが必要です」-ともすれば、下痢が長引くのが怖くて、水ものを避ける人もいるようだが、これは逆なのだ。

 発熱は「免疫細胞」を活性化して、病原体を抑制する。「免疫細胞の活性化に必要なのが、熱を発生させ、体温を上げること」で、「体温調節中枢に伝わると、体温調節が高温に設定されます。このとき、設定された高温に早く近づこうと悪寒や震えの症状がでます」。つまり、「発熱は免疫細胞の働きを強め、病原体を弱める生体防御の意味」がある。だから、むやみの薬による解熱は、避けたほうがいいということだ。ただし、39度以上の体温が続くと、体は大きなダメージを受ける恐れがあるから、話は別。

 風邪などは、何度も罹る病気だが、麻疹(はしか)は一度目に罹れば、再びウイルスが体内に侵入しても記憶細胞が、速やかに抗体を産生するから、麻疹は発症しない。これは「二度なし現象」というそうだ。いわゆる「免疫がある」状態。しかしながら、実際の“免疫記憶”は数年しか持たない。それなのに、「二度なし」といわれるのは、それほど間を置かずに、罹患(ただし、発症はしない)を繰り返しているためで、いうならば免疫記憶が“更新”されているから。だから、更新できない環境であると、再び罹りうる。日本では絶滅したと思っていた結核が、今春、大学生の間で広まったのは、それでなのかな。

 第1章 免疫細胞のしくみ
 第2章 病気が起こるしくみ
 第3章 感染後の体の防御システム
 第4章 アレルギーと免疫疾患
 第5章 がんと免疫のたたかい
 第6章 病気を治すしくみ

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紙の本私の歳時記

2005/11/25 21:05

著者の名前がどうしても目の前にちらつくが、先入観なしで読めればなかなかいい

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この本を手に取ったとき、最初に疑問に思ったのは、代議士田中眞紀子がこの時期に本を出版することに、どんな意味があるのかということだ。解散・総選挙が終わったのだから、たぶん“票稼ぎ”のためではないだろう。なぜだ! それは前書きを読んで氷解した。田中角榮元総理の13回忌と、ご母堂没後10年ということである。だから、本書では、生臭い政治家としての田中眞紀子の来し方行く末はできるだけ避けてある。

 第1章と第2章は書き下ろしのようである。家庭人として、平凡な主婦としての文章である。疑えばキリがないが、いろいろの家庭料理の作り方を縦糸にした随筆は、「主婦してるな〜」という感じで、読ませる。
第4章の「年寄りと四季」は、『時の過ぎゆくままに』(PHP文庫=絶版)の再録であるそうだが、興味深い記述があった。「父は、自分の持ち馬に、マキノオー、マキノホープ、マキノアサカゼ、マキノミドリなどと名づけた。理由は至極単純。じゃじゃ馬娘と同じ名前にすれば、(中略)大活躍するに違いないと踏んだわけである。ところが馬のほうはさっぱり走らず、(中略)心機一転、ベロナと名づけた牝馬がオークスに優勝」したとあるが、実際はベロナの優勝のほうが先のはずである。また、マキノホープは日経賞を勝ち、割と活躍した。
 第4章は「初めての北京にて」と「父田中角榮二十年目の北京」。田中角榮の業績で「日中国交回復」は、良くも悪くも無視できない。だから、中国側も「井戸を掘ってくれた人の恩」とばかり、故田中角榮元総理は大事にしてくれた。「父田中角榮二十年目の北京」では、病気の影響で言葉の不自由な田中元総理の挨拶文を、著者の子息(つまり、田中元総理の孫)が中国語で読み上げたとある。一昔前、この孫が代議士の跡目を継ぐのではないかと、騒がれていたことを、思い出した。

 〈歳時記〉とあるからには、それぞれのエッセイが書かれた時期(時季)が、いつなのかが知りたい。それがあれば、もっともっと楽しめただろう。

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紙の本絶海にあらず 上

2005/08/30 19:59

歴史小説といっても、主人公を、かなり自由に遊ばせている

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 藤原純友を知っているだろうか。日本史で習ったはずなのに、たぶんほとんどの人が忘れているに違いない。それでは平将門は−。こちらは有名だ。二人は同時期に「承平・天慶の乱」を巻き起こした人物なのに、評価は雲泥の差である。共に敗れても東の将門はなお知名度が高く、神社にも祀られているが、純友は単なる“瀬戸の海賊”で片付けられている。本当にそれでいいのだろうか。そんな純友を北方が取り上げた。
 北方の作品の主人公はどれも、一貫して自分のふしを曲げないという共通項がある。世間的には“アウトロー”とみなされても、自分的には筋の通った規範があるのだ。
 出世を望まない自由人でたくさんだったのに、「藤原」の一角を占めていたため、心ならずも「伊予掾」に任命された。律令制度では「掾」は肩書きだけで、実際の行政は土着の郡司に任されていた。事実、上司の「伊予介」は、蓄財に励んでいたから、純友もそうあることを、周囲から期待されていた。
 だが、純友はそう感じなかった。任命される以前に関東を旅して、出会った平将門の考え方に共鳴したかも知れない。中央政府が求めることと、住民がしてほしいこととは齟齬がある。「伊予掾」であるからには、“真面目”に、できるだけ伊予の住民の求める行政をしよう。そう考えて、少しずつシンパを増やしていく。そこらあたり、「伊予掾」が徐々に“海賊”となる動機付けを、北方は上手に整理している。
 中央は管理貿易をし、搾取したい。住民は自由貿易をしたい。純友は住民の側に立つ。そうなると、純友は中央政府にとっては、お上に逆らう邪魔者である。何時しか海賊扱いになって、討伐の対象になった。
 「絶海」−辞書で調べてみたら「陸地からはるか離れた海。遠海」とあった。史実では純友は日振島(宇和島市)で討ち取られたことになっている。舞台が瀬戸内海であったとすれば、「絶海」とはどういう意味を持つのだろう。最後まで読んで、納得した。

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警察犬というとシェパードだけかと思ったら、ラプラドールレトリバーもいるんですね

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本のサイズが16センチ×16センチ。デスクの片隅にでも置いて、気分を変えたいときに開けば、写真が豊富で犬好きには、間違いなく“癒し”になる。そして、もう一つ「きな子」は単なるペット犬ではなく、「見習い警察犬」だから、その訓練の様子を知ることができる。
 幸い? 訓練士の川西さんが見習い、そして当然ながらきな子も見習いだから、すんなり警察犬合格とはいかない。試験に3回落第した。その間、なぜか出産も経験。警察犬というと以前はシェパードの専売特許と考えられていたようだが、このきな子はラプラドールレトリバーである。
 訓練の様子、その合間。訓練ではないもう一つの仕事はセラピードッグ。老人ホームで訓練の様子を実演してみせることにより、入所者を癒す。その場合、てきぱき実演できるより、かえってどじぶりがいいらしい。

 本書で惜しいことが一つある。なんで対象を「一般」で制作するのだろう。犬が好きな低年齢層はあるはずだ。事実、知人の小学校3年生の女の子は動物が好きで、大きくなったら動物(とりわけ犬)に関わる仕事をしたいといい、「本を買ってあげるから、何にする」と聞いたら、『命のバトンタッチ 障がいを負った犬・未来』(岩崎書店・今西乃子著)という本をリクエストしてきたほど。最初に表紙を見たときには、本書もプレゼントになるかと期待したのだが、普通の小学校3年生では漢字の使い方が普通だから辛いと考え、断念した。

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数年前、「狼少年ケン」の主題歌がリバイバルでCMで流れてたな

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 オオカミというと「怖い」「凶暴」のイメージがある。だが、実際のオオカミは決して危険な生き物ではない。確かに、腹を減らしたオオカミが人を襲う可能性はあるが、好んで人のいるところにでてくることはない。餌があれば襲わないのだ。「オオカミ」は漢字にすると「大神」と充てることもできる。日本では、古来超自然の能力をもつ獣と考えられ、山の神の化身・使者として、信仰の対象にもなっていた。農耕民族であった日本では、必ずしも「害獣」ではなかったのだ。それどころか「益獣」とできるのではないかという主張を、本書は展開している。
 増えすぎたイノシシ、シカ、サル。地球温暖化による異常気象もあるかもしれないが、日本では食物連鎖の頂点にいたはずのオオカミが絶滅したのも影響がある。シカの増大は山(森林)をやせさせる。せっかく植林したのに、その若芽と木の皮を食べるのだから、木が死ぬ。死ねば根のスクラムがなくなり、山の保水力がなくなる。オオカミがいれば、それらを捕食してくれて、数の適正化をしてくれるから、自然環境が修正される。
 でも、オオカミが増えすぎる危険はないのか。自ら調整してくれるという。オオカミはつがいの1組とその子で1グループになる。そして、グループはそれぞれテリトリーを持ち、他のグループが侵すことを許さない。子オオカミは適当な(性的に熟した)ところでグループを抜け(この期間が“ローンウルフ”)、若い雄は他のグループのリーダー雄とテリトリーを賭けて争う。草食動物のそれと違い、肉食動物は生死を賭けた争いになる。それが、生息数の調整弁になるそうだ。
 エゾオオカミは我が国では絶滅した。だが、「種」としてのエゾオオカミは絶滅していないかもしれない。それは、ロシアのサハリン(樺太)である。生息していたとしても棲み処は人里離れたところだから、改めて調査しないと気がつかないだろう。で、ロシアがそれをやるか−疑問だ。
 オオカミ復活地の第一候補は、日光国立公園だという。第一の理由はシカの食害、次いでオオカミの主な餌になるサルやシカが多い。第三の理由はそこの自然が既に詳しく研究されていて、オオカミ復活の影響の予測が、かなりの高さでできることだという。日光というと、東照宮や華厳の滝などが真っ先に頭に浮かぶが、観光地は国立公園のごく一部。人間とオオカミが棲み分けできるのだ。

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紙の本小沢昭一的新宿末廣亭十夜

2006/08/28 22:53

欲をいえば実際に行けるとよかったのだが、活字に起こしても笑える

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 小沢昭一の話芸の巧みさは定評があるところだ。TBSラジオの「小沢昭一的こころ」は昼からの放送で、始まる時間が“アバウト”なのに、聴取率が高いらしい。その彼を川柳仲間の柳家小三治が、寄席に誘った。寄席は小沢昭一の芸の原点(原典?)とも言うべきものだ。しかし、さすがに落語をするのは失礼に当たる。だが、魅かれる。前書き(「末広亭出演の記」)に曰く「いちど十日間の高座に上がってみたいという思いは強く、そこで、むかしの寄席の想い出、つまり心に残った芸人さんのお噂などを、「随談」と称して、トロトロおしゃべりする高座でお許し頂いたのです」。そういう経緯で新宿末広亭に出演に踏み切った。もちろん、寄席出演というなら十夜連続で。人気を呼ばないわけがない。小沢昭一が出た十日間は、連日満員札止めで、記録的な入りだったという。本書はその十夜の小沢昭一の語りを、忠実に書き綴ったものである。

 十日間がそれぞれ違うテーマだ。【第一夜】青春の末広亭、【第二夜】志ん生師匠ロングインタビュー、【第三夜】面長といいますと、【第四夜】柳家小三治本日休演、【第五夜】ら・あさくさ、【第六夜】尺八の扇遊さん、【第七夜】流行歌のルーツ、【第八夜】「五十銭ください」、【第九夜】米朝和解、【第十夜】旅の夜風。高座だから身振り手振りもあるし、絶妙の間もあるに違いない。それらは“ト書き”で補っている。観客の笑いを取ったところには「(笑)」または「(爆笑)」。実際の高座を見るにしくはないが、90%は面白みが伝わる。
 「【第五夜】ら・あさくさ」では禁演落語のことを喋っている。昭和十六年、戦時下では演じることが不謹慎な五十三種の演目を自粛し、浅草の本法寺に「はなし塚」をつくって禁演にして埋めた。ところが、噺家のなかには反骨精神があるというか、“洒落のきつい”というか、五十三に入ってなければいいだろうと、もっとひどいバレ噺(下ネタ)をした者がいたという。「尼寺に泥棒が入りました。何も盗るものがない、ひどいお寺。(中略)何もないから尼さんを盗ろうじゃないか、ということになったんです。尼さん、二人いたんですって。それを盗っちゃった。(中略)尼さん二人が顔を合わせまして、『ゆうべはいかがでした?』と年寄りの方が聞いたんです。『ウフフフフ』『ウフフじゃないわよ。どうだったの?』『あの……不入りの芝居でした』『あそう、私はね、侍の喧嘩。ムフフフフ』お後の支度がよろしいようで」、いわゆる考え落ちです。落ちを知りたければ、本書でどうぞ。

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とっておきの東京ことば

2006/08/10 23:33

数年前にキムタクが主演して流行らせた「ぶっちゃけ」は、「東京ことば」の「割った話」と使い方は似ている

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 「弥助」でもそう言いな−著者の父親は、家人に出前鮨の誂えを伝えるとき、そう言ったそうだ。「弥助」は「鮨」のこと。「そう言いな」は「(鮨を握って届けるよう鮨屋に電話で)そう言いなさい」の大胆な省略。では、どうやったら「鮨」の名称が「弥助」に結びつくのか。「弥助の語源はまちがいなく浄瑠璃「義経千本桜」にある。三段目「鮨屋の段」の登場人物に因んでいる。滅亡したはずの平家の公達・平惟盛(実在したのは維盛)が釣瓶鮨屋の弥左衛門にかくまわれて弥助と名乗る」。なるほど。
 そういえば似たような変化で、電車の「無賃乗車」を「薩摩守(さつまのかみ)」と聞かされた記憶がある。薩摩守のフルネームは「平薩摩守忠度」。平清盛の末弟で、武芸に優れ、歌をこよなく愛したという。その人物が、どうして不名誉な「無賃乗車」の代名詞になったのか。「忠度」という名前がまずかった。読みが「ただのり」であったのである。
 会社において、他の人が帰るときに声をかける。目上に対してご苦労様を使うのはNG、お疲れ様を使いなさいということが、現在のビジネスマナーの本には出ている。だが、筆者の父親の時代はそれすら間違いだという。「「お疲れ様」とは、夕方、出入りの職人が仕事をおえて引き上げる際に、親方や棟梁、あるいは仕事先の旦那がいうせりふだった。そう、だったのである。目上から目下へ、労をねぎらうことば。職人は「ご免くださいまし」、「お先に失礼をさせていただきます」などのせりふで帰る」。これまた納得。
 私の両親は地方出身だが、私自身が生まれて育ったのは東京。したがって、子どものころは、本書でいう「東京ことば」を使う人が、珍しくなかった。東京で暮らしているのだから、周囲で使われているのは“標準語”とばかりに思っていた。ところそうではなかったのだ。いまや東京ことばは“絶滅危惧種”なのである。「悪貨は良貨を駆逐する」−「東京ことば」は東京人の奥ゆかしさがにじみ出ることば、それをなくしてはいけないし、少なくとも、精神を忘れてはいけない。

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ブルーバックでダイエットの危険さを説いても、ダイエット実行中の人は読まないんだろうな

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 人間にとって脳は、司令塔である。極端な話、部品(体の各部分)は取替え(移植)が効くが、脳だけはそれもできない。ダイエットを一番にして、脳への栄養補給をおろそかにするのは、「王より飛車を可愛がる」へぼ将棋のようではないだろうか。「起き抜けに糖質を摂取すると、脳の働きがいい」というのは、かなり広く喧伝しているようだが、まだ、ダイエットをする人のほうが多い。しかし、アメリカの統計では皮肉にも、最も長生きをするのは、BMI25〜30の過体重(日本式にいえば「太り気味」)なのである。

 善玉コレステロールと悪玉コレステロール、どこの誰が名づけたのか知らないが、素人向けで、誤解を生みやすい説明である。どちらも適量、脳内に補給されないとまずいし、多すぎれば善玉も悪役になる。どちらも脳に必須なのだ。だが、近年、どんどん医学が細分化している。「コレステロールについて話す人は、動脈硬化や心筋梗塞などの専門家です。彼らは(中略)食事制限がいかに心筋梗塞の予防に役に立つかを熱心に説明します。血糖値について話す人は糖尿病の専門家です。糖尿病がどれほど危険か(中略)血管の動脈硬化性の閉塞で足を切断する人もいると説明します。聞いている人は恐怖にかられ、なるべく糖分を摂らないほうがよいと思う」だろう。
 「しかし、これらの専門家は、糖分やコレステロールの脳への影響については話してくれません。(中略)ある臓器の異常を防ぐため、他の臓器を損なってはいけないのです。(中略)脳を含めた個体全体としての健康という観点が抜けていた」のだそうだ。
 脳は“エゴイスト”なのだという。だから、何かの理由で脳に十分な栄養素がいかないと、司令塔である脳は、自分の機能を維持し活動を最適にすることを最優先にする。例えば、ブドウ糖が足りないと、自分(脳)の分を確保するため、他の組織の細胞のインスリンに対する感受性を弱くする。そうするとインスリンの働きが鈍くなる。そのため、糖分を減らしたがため、かえって、糖尿病を発症するということも起きうる。糖尿病の本質は糖分が過剰なことではない。体の細胞が糖を使うことができなくなる病気だ。血糖値が高いのは、原因ではなく結果なのである。

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