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先月(2017年6月)

伽羅さんのレビュー一覧

投稿者:伽羅

3 件中 1 件~ 3 件を表示

紙の本海辺のカフカ 下

2002/10/13 20:23

ハードで過酷な世界で生き続ける事

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

村上さんの作品にはいつも
“どうしようもなく損なわれてしまったものへのオマージュ”が
根底に流れていると思っていました。
同情を越え、もはや賛辞さえ寄せているのではないかと
感じられました。

それは、“ノルウェイの森”で殊に強く表され、
“世界の終りとハードボイルドワンダーランド”や
“羊をめぐる冒険”でも、
底深く沈められていたように思われました。
そして、“アンダーグラウンド”や“ねじまき鳥クロニクル”では
悪意や暴力に満ちた現実世界から
もはや目を背けようとはしていません。

作家であれば自己の創りあげた幸福な世界でのみ
呼吸することも可能であるというにも関わらず、
“損なわれてしまったもの”へ深い同情を寄せながらも
“現実世界から目を背けない”ことへの強い決意が
この“海辺のカフカ”では表れているように
私には思えたのです。

“損なわれてしまったもの”は
ここでは、理不尽な状況で恋人を殺された佐伯さんや
実父に精神的虐待を受けているカフカ少年、
文盲であるがゆえ差別されるナカタさん、
虐待される猫達…、等です。

もはや生き続けること自体が
ハードで過酷な世界です。
もちろん、佐伯さんのように望めば
それを終結させることも可能です。
そしてそれは本人にとっては居心地の良い幸福な世界です。

しかし、カフカ少年は
その仮想世界にいれば幸福であるとわかってはいても
現実世界へ戻ることを選択します。
それがどれほどハードで過酷な世界でも、
もはや逃避する訳にはいかないからです。

これは現実世界に生き続けなければいけない
私達への強い意志を持てというメッセージだとも
思われたのです。

最後に書評じゃなく単なる感想なのですが…
図書館で暮らしたい位、本が好きなので、
甲村記念館はかなりホンキで行ってみたいと思っています。

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紙の本蝶の皮膚の下

2002/10/10 02:04

純文学の復讐

1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

文学部文学科では、このようなウワサが流れていた。
“既に死んでいる作家こそ研究に値する”と…
MハルキやオーエK等は論文のテーマに選んではいけないとも言われていた。
そして一般社会では、好きな作家は鴎外だなどとうそぶけば
異端のモノ扱いされてしまう。
だが研究者達も善良なる一般市民共も、赤坂真理や車谷長吉を読むがいい。
アナタは恐らく純文学ってヤツに復讐されるだろう。
“ヴァニーユ”でも“ミューズ”でもよいが、
この“蝶の皮膚の下”を読めば、彼女の赤坂真理のひとすじなわではイカなさが
よくわかる筈。

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紙の本ヒヤシンス・ブルーの少女

2002/10/15 01:31

清冽なブルーのイメージ

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

物語は、“ヒヤシンス・ブルーの少女”の絵をめぐり、
現代から過去へと遡ってゆく物語。
それは絵が真作か贋作かを最後まで
伏せておきたいがためであったと言うが
読者は、“この絵の前の所有者は誰か”
というささやかな好奇心を満たされつつ
読み進めていく構成となっている。

紡がれるのは、貧しくつつましい人達の物語もあれば
唾棄すべき迫害や見栄と軽薄の物語もある。
そして、最後には絵のモデルとなった少女の人生が語られる。
彼女の生涯は決して恵まれたものではない。

しかし、読後のこの爽やかさはなぜだろう。
それは恐らくこの絵の持つイメージ。
とりわけ、“ヒヤシンス・ブルー”と“真珠のような眼”の
2つの言葉から連想させるもの。

“ヒヤシンス・ブルー”は、淡く美しい色ではあるが
どちらかといえば、控えめな色。
空の蒼さとも海の藍さにあっては溶けてしまう…。

例えば、表紙にも採用されているフェルメールの代表作、
”真珠の首飾りをした少女”のターバンの深いブルーは
とても鮮やかであたかも宝石のよう。
空や海の内にあってもその存在は消えない。

“ヒヤシンス・ブルー”は、儚さや健気すら感じさせる。
それが真珠のような眼を持つ少女の内なる美点
(設定では彼女は美少女ではなく、もちろんターバンの少女とも別人)や
つましい市井の人達に似合う色であるがゆえ
全て読み終えた後、美しい物語ばかりではないにもかかわらず
清冽さを感じさせたのか。

フェルメールの画集を眺めても
もちろんこの絵はない。
しかし、私は既にこの絵を愛でたことがあるような気になっている。
いつか似た絵が発見されればとも想う。
真作であれ、よくできたフェイクであれ。

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