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graylittleさんのレビュー一覧

投稿者:graylittle

2 件中 1 件~ 2 件を表示

紙の本養老孟司の〈逆さメガネ〉

2003/08/29 19:50

古い視点から新しい視点を見る

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 タイトルにあるとは、かけると視野の上下が逆転」するメガネのことだという。著者はこう続ける。

 「偏見を持ってみることを、「色メガネをかけて見る」と表現することがあります。」
 「現代社会のひとは、「色メガネ」どころか、「逆さメガネ」をかけてるんじゃないか。私はときどきそう思うのです。」
 「逆さメガネをかけているのは、お前じゃないか。そういわれそうな気もします。どちらがどうかは、どちらが楽か、それで決まるといってもいいと思います。」

 どちらが正しいかが、どうして、楽かどうかで決まるのだろうか。正しいかどうか、その基準を、楽かどうかにしてしまっていいのだろうか。

 たぶん、私も逆さメガネを外せば、それで正しくなるのだろう。

 著者が「どちらがどうかは、どちらが楽か、それで決まる。」と書いたとき、著者は、逆さメガネをした視点と、逆さメガネを外した視点とを、第三者として公平に比べてはいない。著者はすでに、逆さメガネを外した視点をとっている。

 新しい視点を提供するためには、これはむしろ、避けがたい事態だと思われる。まして正しさの新しい基準であれば、必ず起きる事態だ。

 著者はこの本で、要するに、現代人の考え方や価値観を錯覚といっている。私のような考え方がまさに、再考を求められているその考え方なのだろう。何が正しいか、新しい基準を提供しているのだから、古い基準ではそれが間違っているとしか思えないのは、だから当たり前のことなのだ。

 実際のところ本書は、教育や文明に関する有意義な批評だとわたしは思う。本書の内容は、どちらかといえば賛同に値するものだと思われるし、実際、好評を博しているようでもある。

 とはいえ本書をどう評価するにしろ、起こりえないことがある。本書に、理屈づくで説得されるということだ。
 何しろ本書には、「意識で説明できないものは間違っているという間違い」という小題がある。

「それを「肌でわかる」というのです。それはかならずしも理屈ではない。」
 だとすれば、本書の論理的なところを批判するのは、的はずれな批判にしかならない。

 本書に賛同するには、逆さメガネを外さなければならないだろう。理屈はいらない。逆さメガネさえはずせばいい。

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紙の本超人計画

2003/07/31 12:14

リアルと二次元のハイブリッドエッセイ

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「引きこもり世代のトップランナーが放つ 新世代ハイブリッドエッセイ誕生!」
 帯にはそう載っている。何と何のハイブリッドなのか、それは書いてない。その答えは、リアルと二次元のハイブリッドエッセイ。本書は装丁、登場人物、そしてエッセイのスタイルが全部、リアルと二次元のハイブリッドでできている。

装丁について。
 本書は、著者のこれまでの作品とは正反対に、著者の写真が表紙になっている。著者は街中で腰を下ろし、読者のほうを見ている。口絵では読者を見つめる著者の顔が1ページに収まるぎりぎりまで拡大され、炎に照らされているかのように赤みがかっている。著者は何かマジだ、そう思わせる。
 その一方、表紙と背表紙のタイトルと著者名は赤ないし黒の極太明朝体しかも縦書きで、「新世紀エヴァンゲリオン」の引用なのは明白だ。帯の紙質もわたしにエヴァを連想させるものだった。
実写写真とエヴァの引用。リアルと二次元のハイブリッド。本書はそんな装丁になっている。

登場人物について。
 本書の主要登場人物は二名。著者自身と、著者の「脳内彼女」レイだ。「脳内彼女」というポジションにもかかわらず、レイには著者に次ぐ存在感がある。著者とレイのやり取りでエッセイは進行する。
著者はリアルで、レイは二次元。ハイブリッドな登場人物ラインナップだ。

エッセイのスタイルについて。
 著者はリアルな存在、そのはずだ。ところがエッセイに登場する著者自身は少々異なる。エッセイ中の著者は、むしろ一種のキャラクターみたいに書かれている。
エッセイのエピソ−ドは事実だとしても、エッセイのスタイルは二次元キャラクター作品を思わせる。だからこれも、リアルと二次元のハイブリッドなのだ。

 リアルを目指しているのに、なぜかどうしてもリアルと二次元のハイブリッドが出来上がってしまう。
それが引きこもり世代の特徴なのだろう。

「あったのはただ倦怠感だけだった」「灰色のゾンビの世界」著者はそう口にする。しかしこの本は、リアルと二次元のハイブリッドゆえ、面白く読むことができる。それがリアルを目指す著者にとっていいことかどうか、それは見当がつかない。

 最後になったが、この本は大変面白い。お薦めする。

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