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花月さんのレビュー一覧

投稿者:花月

7 件中 1 件~ 7 件を表示

紙の本第三阿房列車

2004/09/23 20:39

旅の形にはいろいろあるが、ただ列車に乗るためだけの旅でもこんなにも楽しいものなのである。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

百鬼園先生こと内田百間の抱腹絶倒鉄道エッセイ阿房(あほう)列車シリーズの最終巻。
最終巻といっても列車旅行記の最後を飾る華々しい豪華な旅がつづられているかというと特にそういうわけではなく、第一、第二の列車行と変わらずこの巻も珍妙かつ淡々とした語り口の奇妙な鉄道エッセイで充たされている。

確かにこの本は旅行記であるのだが普通の旅行記のように旅先の風景や風物、グルメが描写されているわけでは決してない。
では、一体なにが描かれているのか。
百鬼園先生の名言「行きたい所はないが、列車には乗りたい」に集約されているように車上の出来事が綿々とつづられている。
まさに鉄道マニアによる列車話の元祖とも言うべきエッセイなのである。
ただいわゆる鉄ちゃんの列車蘊蓄話とは一味違う。
百鬼園先生本人から醸し出されるそこはかとないユーモアが小さな逸話の一つ一つに満ち溢れている。
さらに百鬼園先生にいつもお供というか無理矢理供をさせられている国鉄職員のヒマラヤ山系君との道中の会話が、実に珍妙かつちぐはぐで面白い。
知らない町や風物の探訪を全く目的としない、ただ列車に乗ることだけが目的の旅が、こんなにも面白いものかと読み進めるうちに自然と顔がほころんでくるのがなんとも言えずうれしい。

この巻には、巻末におまけとしてグレゴリ青山さんのエッセイマンガが載っているが、これがまた傑作なのである。
なるほど百鬼園先生をマスコットにするとまさにこんな感じなのだろう。
旅のお供に是非百鬼園をお一つとついつい失礼なことを考えてしまう。

現代は、蒸気機関車の時代を遠く置き去りにして、飛行機との競争で速さばかりがもてはやされる新幹線の時代であるが、鉄道ファンならずともこの本を手に取って、目的のない旅行の楽しみの一端を味わった上で、身近なローカル線の小さな旅の中で是非ご自分の阿房列車を実感して欲しいものである。
ただ、惜しむらくは百鬼園先生が非常な楽しみとしていた食堂車なるものが今の鉄道にはほとんど無くなってしまったことだ。
列車の中でテーブルに着いて給仕を受けながら窓の景色や食事やお酒を楽しむ醍醐味は、もはや海外でしか味わうことができない。
長距離寝台特急だけでなく新幹線や昼間の特急車両でも食堂車を復活させてもらいたいものである。

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紙の本鳥類学者のファンタジア

2004/08/05 01:00

魅力的な小説世界に作者自身の書き手としての迷いが微妙に映し出された秀作

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この作品について語るとすると、特段、テーマ探しなどをしなくても、ユニークかつ魅力溢れる主人公や登場人物、そして、物語の上で重要な役割を担っている愛らしい猫たちが、第二次大戦末期のドイツという一つの大きな時代の転換点で繰り広げるハラハラドキドキ、抱腹絶倒のドラマを素直に味わえばそれで十分であるとも言える。
 しかし、それだけではやはり面白くないので、あえて作品のテーマを考察してみることとする。

 主人公と同じような、既に若者ではないが、かといって中年の自覚もない30代半ばという年齢の人間が、少なからず心に抱くであろう疑問。それは、いままでの自分の生きた方への疑問、焦燥感、これからの人生に対する漠然とした不安感などであろう。
 そして、そういったものと上手く折り合いをつけ、これからの自分の人生に臨むにあたって自己を肯定的に再確認しようとする一連の通過儀礼を、この作品はコミカルなストーリーの中に織り込ませているとも言えるのではないだろうか。
 そのように考えると、主人公フォギーは、その性格や行動パターンから推し量られる通り、この物語の中で、いわばトリックスターとしての役割を与えられていることに気づかされる。
 このことから、霧子とフォギーは、設定上、時空を超えて同年代同士で生きる孫と祖母として描かれているが、実際には同一人物の表と裏(光と影)を表しているものと考えられる。霧子という影の人格の求める真理=至高の音楽は、まさに現代のフォギー=キリコが毎日の生活の中で確信が持てなくなった音楽への想いであり、演奏することつまりは生きることの意味である。
 トリックスターとしてのフォギーによって、霧子は自分の追い求める音楽=人生の意味を再確認するのであるが、霧子の旅は、自己の救済の旅でもあったようだ。
その旅の終わりに待っていたものは、結局、青い鳥だったのだろうか。

 哲学的な真理の追求の中ではなく、他者との関係性の中に存在意義があるというフォギーによって見出された一つの解答は、作者自身の創作スタンスへの迷いとそれに対する一つの答を示しているように思える。
 芥川賞受賞作「石の来歴」を始めとしたいわゆる純文学を志向していた作者が、まさに純粋な文学を志向することで作者の内面への探求と哲学の構築という実存主義的な方向から、エンターテインメントという読者との関係性を重視する表現形式に転換する。そうすることで、読者との対話の中に作品の存在価値を求めようとする創作スタンスの根本的な転換の是非を作者自身がこの作品を通して自問し、一つの解答を得たのかも知れない。

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紙の本ハグルマ

2003/04/22 16:23

ずーむ、ずーむと心を蝕むハグルマの誘い

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

今までの作品では、タヌキ、クラゲ、カメ、ザリガニ、イカといった実在の生物だけど本物とは微妙にずれた概念の動物を登場させてきた北野ワールドでしたが、
このホラー文庫の作品では、特にそういった奇妙な愛すべきキャラクターは登場しません。
では、新境地開拓かと言うと、どうもそうでもないようです。

「夏の日のけだるい蒸し暑い夕方の路地裏、ふと見上げると頭上数メートルにUFOが浮かんでいる」とでも表現したくなるような不思議だけど、どこか懐かしさも感じさせる奇妙な世界から、そのノスタルジックな感覚と、投げやりだけど、どこか憎めない性格の登場人物を取り除いて、少しエロチックな味付けを加えると、実は、こんなにも禍々しい狂気の世界が現出されてしまうということに新鮮な驚きを感じました。
不条理という言葉では必ずしも表現できない感覚、まさに日常に少しずつずれが生じて、違和感が拡大していく中でいつの間にやら取り返しのつかない所まで来てしまい、避けようの無い狂気に蝕まれる感覚を少しばかり味わってみたいと思う方にはオススメです。

北野作品ではカタカナの「ハグルマ」ですが、芥川龍之介の作品にも、漢字の「歯車」という狂気をテーマにした私小説風の短編があります。
時代を超えて歯車の狂気を体験するのもまた面白い趣向かも知れません。

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間抜けによる間抜けのための間抜けの独白

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

まず、無条件にタイトルに惹かれます。
「間抜けの実在に関する文献」…
更に、その著者が、あの百鬼園先生こと内田百間ですから、てっきり、
間抜けの実在をご本人で証明されているのかと思いきや、違うのですね。
それにしても、百間先生から間抜けと実在と断ぜられる人物の行動とは…
まずは一読あれといった所です。

収録されている随筆の多くが横須賀の海軍機関学校の教官時代や、
法政大学の教官時代の学内の内紛に巻き込まれた話なのですが、
実際には心痛いかばかりかと思われるような内容も、絶妙な語り口から
何かほのぼのとしたものを感じさせてしまうのは、百間先生の人柄のなせる技ではあるのでしょう。
まあ、実際に知り合いにこのような人物がいたら、
さぞや付き合いにくい相手ではあったかと推察されますが(苦笑)

特に同じ漱石門下生で海軍機関学校の教官同士でもあった芥川龍之介との交友については、晩年の芥川の悲劇的な心理状況が飄々として文体で描写されていて、逆になんとも鬼気迫るものを感じずにはいられませんでした。
また、法政大学騒動の張本人でこれも同じ漱石門下生の森田草平との交遊録も、ある意味抱腹絶倒で、こんなものを書かれてはプライバシーもへったくれもあるまいと思わせるようなエピソードもあり、百鬼園先生、ここに健在!と思わず膝を打ちたくなるような爽快な気分にさせられました。
長期不況で暗澹たる未来像しか思い描けない今の世の中で、ちょっと一息つくつもりで立ち止まって読んでもらいたい随筆集です。

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紙の本人面町四丁目

2004/07/28 00:03

奇妙な魅力に溢れた作品世界の源泉とは

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

前作がかなり猟奇色が強かったので、タイトルを見て、今回も?と読む前は少し構え気味だった。
しかし、実際、読み始めると予想外にホラー色が薄く、いつもの北野ワールドを堪能することができ一安心であった。

北野ワールドに接するたびに感じるのは、作品全体に漂うどこか懐かしい感覚である。
この感覚は、北野勇作の他の作品の解説などでも取り上げられたりしているが、何故そういう風に感じるのか少し客観的に考えてみた。

描かれる静謐な風景、登場人物の淡々とした語り口や諦観などによって、作品から受ける印象が、どことなく廃墟に似たものとなっている。その廃墟のイメージが一種の懐かしさを感じさせているのではないか。しかし、それだけが理由ではないように思える。
あらためて、主人公の行動パターンを追ってみることにしよう。作中、主人公は、町中を歩き回っているうちにいつの間にか見知らぬ場所や奇妙な場所に行き当たる。ところが、主人公はそのことに大きな疑問も感じずそこで事件を経験し、また元の街に帰ってくる。このパターンは、よくよく考えてみると夢の構造に似ていることに気づかされる。
その上、いつもの見知った街の普段は曲がらぬ角や路地に入り込み異世界を垣間見るのは、夢だけではなく下校時の寄り道などで子供時代に誰しもが体験した事でもあろう。

こんな風に読者に夢や子供時代の既視感を与えることが、北野ワールドに「どこか懐かしい」といった印象を抱かせる大きな理由なのではないだろうか。

今回の作品には、北野ワールドおなじみのキャラクターもさりげなく出てきたりするので、以前からの北野ファンにはうれしいお土産となっている。
猛暑の夏にふと立ち止まって、ちょっとした奇妙な懐かしさを味わってみるものまた一興であろう。

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ソラリスの海か?

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前作のスター・ハンドラーと同じメンバーに加え、
怪力熊女やヘミングウェイもどきの大富豪、
砂漠をさ迷う謎の哲学者など一筋縄ではいかないキャラクターが登場し、
前回にも増して、ユニークなメンバーが抱腹絶倒?の大活劇を繰り広げます。
今回は、意志をもつ海を手なずけるという惑星ソラリスを思わせるような内容でしたが、それにも増してスケールのでかさでは度肝を抜くようなビックゲーム(釣りですね)が見ものです。
前作もですがベテランのSF作家ならではの科学考証の緻密さは、
読んでいて安心感があります。
SFならではの巨大なホラ話を楽しみたい方にはオススメの一冊!!

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紙の本歩兵型戦闘車両ダブルオー

2002/08/27 17:24

健気に働くお父さんの応援歌

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上司の罵詈雑言、顧客のクレーム、マスコミの批判にもめげずに、日夜働きつづけるお父さんたち(お母さんも当然おられます)へのエールがこめられた作品、という作者の想いがラストに向けてストレートに出ています。
単年度の予算編成・執行制度の副産物として、意図せざる合体戦闘マシーンが出来上がったという設定は、なかなか面白いものがありました。
まあ、実際に防衛庁の場合は、後年度負担という制度で、何年もかけて護衛艦や潜水艦を作っているのですが、それは置いといて、いかにも公務員出身の作者ならではの発想でしょう。惜しむらくは、自衛隊や警察の武力行使にも制度上の工夫を要れて欲しかったところです。
世間の批判や無理解の中、家族や家族が属する地域社会を守るというお父さんの仕事への動機づけは、なかなか涙ぐましいものがありますが、やはり家族というもの(オタクくんの場合は自己実現というものがありましたが)に回帰しないと、しんどい日常を乗り切るのは難しいのかなと考えさせられもしました。
ただし、世界中で未だに絶えない様々な戦争においても、一人一人の兵士の戦う動機というものは、家族愛(村八分を恐れるというのも)に還元されるものでもあり、また、敢えてそれを喧伝する勢力もあるので、その点は作者にも読者にも気をつけていただきたく思いました。

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