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  3. 山本 新衛さんのレビュー一覧

レビューアーランキング
先月(2017年5月)

山本 新衛さんのレビュー一覧

投稿者:山本 新衛

15 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本流星ワゴン

2002/11/18 01:02

父と子をテーマにした自己回復の物語

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

▼人生には、あの時が大きな分かれ道だったなぁと、後で思うことが実に多い。そして、そんな場合の多くが、後悔の連続である。▼しかし、時間をさかのぼってもう一度やり直してみなさいといわれ、再び岐路に立たされたとしたら。はたして後悔しない選択がきちんとできるかというと、自信がない。▼本当にずばりと言えるのだろうか、本当に勇気をもって決断できるのだろうか、本当になりふりかまわない自分を見せられるのだろうか。▼そんな選択を迫られたのが、この物語の主人公・永田さん。35才のサラリーマンである。▼中学受験の失敗から荒れはじめた息子、どうやら不倫を繰り返しているらしい妻、リストラにおびえる会社での自分。まさに、人生の後悔を一身に背負ったような彼が、「死んでもいいや」と投げやりになった会社帰り、ワゴン車「オデッセイ」がスッと忍び寄ってくる。乗ってるのは不思議な親子。彼らは、永田さんにとって重要な場所に案内するという。▼彼はこのワゴン車の案内で、若き日の父親と出会い、荒れる前の素直な自分の息子と出会う。▼はたして永田さんは今一度のチャンスを生かすことができただろうか。▼涙なくしては読めない父と子をテーマにした自己回復の物語である。また、映像的な美しい作品で、ぜひ映画化が期待される。

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紙の本しゃべれどもしゃべれども

2002/09/22 09:48

読み始めると止まらない真性の青春小説

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

▼人とのつき合いが最近うまくいかない。人前で話すのがとっても苦手、といったお方にお勧め。この本を読めば、勇気がプンプン湧き出てくる。また、登場人物の一人一人が、自分自身の分身であることに気付き、「愛すべきはこの弱き自分なんだなぁ」という思いを、シミジミと味わうことができる。▼著者は、1999年『イグアナ君のおじゃまな毎日』で路傍の石文学賞を受賞した児童文学畑の人。昨年『神様がくれた指』(新潮社)で、何と“本格的スリ師” の友情を描いて、いよいよストーリーテラーとしての本領を発揮した。本作は、著者の事実上のデビュー作である。▼作品は、売れない落語家に人間関係でつまずく3人が落語の教えを請うという単純なもの。しかし、これが読み始めると止まらない真性の青春小説なのだ。登場人物全員馬鹿がつくほど生真面目で、ブキッチョで。でも作者が旨いからついポロポロ泣けてしまう。▼修行途上の落語家を描いた、森田芳光監督のデビュー作「の・ようなもの」を彷彿とさせる人間愛の傑作である。

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半落ち

2002/12/22 02:17

イヌの生態をみごとに描いた傑作

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 いきなり個人的な話で申し訳ないが、小学生の息子が臨海学校の実行委員長に選ばれたと、大いばりで帰ってきた日の夕食。「それで委員長ってなにをやるんだい」。「たいへんだよ。朝は皆を起こさなければいけないでしょ。点呼をしなくちゃならないでしょ。なにかあったら先生に報告に走らなきゃいけないんだ」。「ふーん。官憲の手先ってやつか」。「それってなぁに?」 「ふむ、いわばイヌだな」とやってしまい、女房殿に大目玉を食らったことがある。子供相手になにをばかなことを、というわけである。この時ばかりは深く反省した。▼「官憲の手先」などという言い方は、死語に類するであろうが、(お叱りを覚悟の上で言わせていただければ)他人の秘密を嗅ぎ回るイヌの生態は、いつの時代でも気持ちのいいものではない。▼こうしたイヌの生態を、みごとに、人間味あふれる、愛すべき身近な存在として、まるごと差し出してくれる貴重な作品が、本作『半落ち』である。▼刑事、検察官、新聞記者、弁護士、裁判官、看守。これらは人が罪を犯すとお世話になる一連のおイヌさんたちである。そして犯罪者が現職の警察官とくれば完璧というほかない。▼W県警本部教養課次席、梶聡一郎警部が、「妻を殺した」と自首してきた。アルツハイマー病に苦しんでいた妻に乞われ、その手で妻を扼殺したという。嘱託殺人。しかも現職の警察官が。組織にとって身内の恥ほど身のすくむものはない。しかも、取り調べが進むうちに、彼には、妻の死後から自首までに空白の二日が判明した。新宿歌舞伎町へ足を運んだ形跡があるというのみで、どこで何をしていたか、彼は黙して語らなかった。彼の自供は「完落ち」ではなく「半落ち」だったというのだ。▼この「空白の二日」をめぐって、物語はオムニバス風に展開し、上記の専門家がそれぞれの立場から犯罪者に向かい合う。▼「空白の二日」の究明を基軸にすえながら、作者は、それぞれの立場で違うイヌの内面をすくい取ろうと意図する。つまり私達にも共通する「空白」=秘密を引っぱり出してやろうというのである。果たしてそれは見事に成功し、事件がすべて解明された後も、それぞれの「半落ち」状態は続くのである。▼2003年の幕開けは、本作の直木賞受賞で始まると確信できる傑作である。

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“ケータイ症候群”を楽しむ本

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▼エレベーターの箱の中や電車の中で、届いたメールをこっそり見てついニンマリしてしまったり、しきりに着信を確認しないではいられなかったり、知らないうちに「てぇ!!」「るぅ?!」「つぅーのっ」などとやたら語尾を強調して話していたり。皆さんには、このような“ケータイ症候群”はまだ現れていないでしょうか?▼“ケータイ”という新しいコミニュケーション・ツールが一般化したことで、公共の場におけるしぐさや言葉遣いが少しずつ変わりつつあるなぁと、近頃感じています。▼その弊害と利便性についてのモンダイは置いておくとして、携帯電話や電子メールによるコミュニケーションは、まだまだ成熟していない世界だなとつくづく思います。文化としてまだまだ定着していないぞ、という感じです。なぜなら、必死にキイをピコピコたたいたり、妙な言葉遣いになってしまったり、ケータイを持った途端にソワソワしてしまう私は、ほんとうの私ではなく、ほんの少しいつもとは違う自分なんだと、最近になって気付いてしまったからなのです。▼この本は、他人の振りみて我が振り…といったたぐいの内容ではありません。ほんの少し日常と違うところで、気付かないうちに演じられた失敗の数々を、あくまで笑い飛ばそうと、未成熟なケータイ文化を皮肉った本なのです。くれぐれも実用本と勘違いされないように。出るべくして出た本といえます。▼どんな風に笑うのかというと、のぞき見です。恋人同士や、片想いの彼氏からの連続メール。不倫相手同士の謎のメール。ストーカー、狂った奴、エッチな奴などなど。ちょっとヘンなメールばかりのテンコ盛り実例(?)集。ご当人達はきわめて真剣なだけに、ついつい笑ってしまいます。▼著者は、「笑っていいとも!」「めちゃイケ」などでマルチに活躍する放送作家。▼もう一つのお楽しみは、付録としてついているスパイメール。なかでも、嫌いな女に、シンプルかつ遠まわしに、そっと言ってあげる「↓10000」には、爆笑間違いなしのオススメものです。

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紙の本かび

2003/08/23 20:19

コケにされたら必ず仕返しを!小気味よい復讐劇。

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 やられたらやり返す。つらいことがあれば、どんなにささいなことであっても、そのつど落とし前をつけていく。この単純な図式が、私たちにとって、とても大切なバランス感覚だったのかもしれない。▼日常のストレスを、いつも先のばしに持ち越してばかりいるとどうなるのか。嫌なことをやり過ごしてばかりではいけないのだ。このことをはっきりと教えてくれるのが、この痛快な復讐劇の主人公・伊崎友希江。大阪の主婦、35歳である。▼友希江は、大手企業に勤める技術職の夫と社内結婚をし、10年が過ぎている。ローンがあるものの一戸建ての家に住み、仕事中心で偏食の夫の身体を思いやり、甘えん坊でなまいき盛りの一人娘に手をやきながら、幼稚園の送り迎えでは他のお母さんたちへの気配りも忘れない。近くに住む夫の母親に対しても、口うるさいと思いながら、家庭の平和維持のために素直になることもできる。また、一般社会から孤立しないためと、自分の夢(商業デザイン)の実現にむけ、パートタイムであろうと仕事は続けたいと思っている。▼そんなまっとうな主婦の日常に異変が訪れる。ある日、夫・文則が会社で倒れ、病院にかつぎ込まれたという。そして、脳梗塞で入院することになった夫にたいする会社の対応は、友希江の感情を逆なでにするものであった。総務担当者や彼の上司は、自己の保身に終始するばかりか、オブラートにくるみながら組織的な切り捨てを迫ってくる。さらに会社は、友希江の元の同僚で、いまは課長補佐になっている舞子を使っただまし討ちをしかけるなど、そのやり口は強引で執拗なものへとエスカレートしていく。▼ここにいたって、友希江の気持ちは一直線に復讐へと向かう。壮絶な戦いの始まりである。社長宅へ怪文書を送りつける、公文書偽造をしかける、社長の娘の婚約を破談に追いやる、ピッキングを習得し不法侵入をするなどなど。つぎつぎに繰り出される報復手段は、みごとに相手の急所をついていく。小気味よい復讐劇を堪能できる。▼ただしこの復讐劇は、あくまでも個人の「やられたらやり返す」、という単純な「仕返し」の域をけっして越えるものではない。少なくとも、社会正義といった錦の御旗をふりかざす心理からはほど遠い。結婚退職を強引に迫ったかつての上司と、主婦の座に納まる彼女を見下したかつての同僚。かれらに対する「仕返し」。過去の悔しさが友希江のなかで一気に吹き出し、その頂点でドラマが展開されていくのである。だからこそ、大企業を相手に孤軍奮闘する友希江の緊張感がヒシヒシと伝わり、彼女の気持ちに同調することができるのだ。▼同時に私は、このあやうい一線をいつも見すえ、決して踏みはずすことのない作者の強い持続力に、個人的に感動を味わっていた。けれんみのない一直線の情熱は、かえがたい宝物である。いずれもしても、一度コケにされたら必ず倍の仕返しをして死んでやるといった怨念ともいうべきエネルギーを、正面から描こうとしたことで、記憶されるべき作品である。▼蛇足だが、復讐をひととおり成しとげ友希江が、なにも知らない娘と一緒にパフェを食べるシーンがある。このシーンにおける友希江の満面の笑み。この「満たされた至福感」を描いたくだりの素晴らしさは、特筆に値する。

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紙の本星々の舟

2003/07/28 07:40

本年度の直木賞作は、ふしぎな味わいの家族小説

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 ふしぎな味わいの家族小説である。あえて感覚的な表現をすれば、ひさしぶりに昔の恋人と出会ってしまったときの、気恥ずかしさと後悔。▼この家族には、いささか特殊な事情がある。大工の棟梁として厳格なだけがとりえに見えた父親が、ひそかに愛人をつくり子までもうけていた。そして、妻が病気で死ぬと、すぐにこの愛人を後妻として迎えた。先妻の男の子ふたりと、後妻のつれ子とその後に生まれた女の子がふたり。このようにして、新たに構成し直された六人の家族。▼そして今。長男は、娘が高校生となり、若い女性とママゴトのような浮気もし、人生を問いなおす年代に達している。父親は、かつて愛人だった妻もついに亡くし、隠居の身である。さらに、次男と長女の間にあった禁断の恋の精算は。▼ひとつの章立てごとに、家族がそれぞれの目線で、抱える問題を淡々と写し取っていく。こうして、各人の、家族という「船」のなかでの位置取りが鮮明になっていく。▼福永武彦の恋愛小説を彷彿とさせる静謐な文体は、どこか懐かしく、どこか危うげで、とても印象的である。

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紙の本雷蔵好み

2003/04/24 13:54

独自の考察で読み応えのある市川雷蔵伝

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 村松友視を、一流の評伝作家といったら驚くだろうか。武田泰淳の恋女房・武田百合子(『百合子は何色』)、仲間とつるむことを嫌い誤解されやすかったソロバン司会者・トニー谷とその時代(『トニー谷、ざんす』)、大人になりきれないまま孤独の内に芸能界に沈んだ水原弘(『黒い花びら』)、そして村松が熱愛した力道山(『力道山がいた』)など。どれを取り上げても村松の熱い思いがひしひしと伝わる好著である。そしてここに市川雷蔵が加わった。▼市川雷蔵は歌舞伎役者から映画界に転じ、そのニヒルな風貌で演じた眠狂四郎が彼の代名詞になるなど、黄金期の映画界にあってもきら星のスターであった。そして、1969年37歳の若さで肝臓ガンによりこの世を去った。雷蔵の死後、すでに33年もの年月が経過している。なぜいま雷蔵なのか。▼雷蔵は、スーパースターでありながら“かげが光る”役者であった。このことは、“かげ”を光らせる月のごときスターよりも、まず太陽のごとく眩しい光をもつスターを探し、売り出すことに腐心していた当時の映画界にあって、きわめて異例なことに思えたと、村松は回想している。「映画界のスター的存在を持続しながら、影、陰、蔭、翳…という要素を光らせることが出来た役者、これが市川雷蔵という人の一大特徴であろうと思われる。」そこで、雷蔵の出自にまでたどり直し、この“かげ”の謎を解き明かそうとしたのが、この評伝を書かせた動機である。▼村松は、雷蔵の“喉仏(のどぼとけ)”に、当時の他のスターとの本質的な違いを見ている。つまり、異彩を放った“かげ”の象徴が、雷蔵の“喉仏”にあるというのだ。当時の映画スターに喉仏が目立つことはなかった。阪妻、嵐寛、千恵蔵、長谷川一夫、右太衛門。いずれものっぺりとした印象を与えるのは、(当時の映画スターは)少年少女のアイドルだったから、というのが村松の推論である。ダーティーなヒーロー像をいずれ求めることになる映画界にあって、「新しい時代劇の主人公にふさわしい特徴」を、雷蔵は生まれながらにしてそなえていた。また、そこに女性ファンは新鮮な男の魅力を見たに違いない。という一連の考察は、とても新鮮でぐいぐい読ませる。▼その他、大映同期入社である勝新太郎との対比や、出生の秘密、結婚生活など、丸ごと雷蔵を堪能できる一冊である。

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ジョッキー

2003/02/09 11:47

他人をおしのけて抜きん出ることの矜持と震え。期待の若手が描くプライド回復物語。

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 小説すばる新人賞を受賞した本作は、男のプライド(自身と矜持) のありようを、新人とは思えぬ達者な筆さばきでかいている。競馬界を舞台にした、一匹オオカミの騎手物語である。▼騎手には、厩舎と契約した月給制のお抱え騎手と、固定した厩舎をもたないフリーランスの騎手が存在する。後者は、気の向かない騎乗は断れるが、そもそも騎乗依頼がなければ飯を食いあげる。フリーランスの騎手とは、その実力を他者に認知させなければならない人気商売なのである。▼孤高を生きるには、それなりの代償(まわりへの配慮) が必要なのだ。そして、自らの判断の是非をいつも迫られることになる。そのためには、常に確固たる自分を持つ必要があり、かつ、環境が男のプライドにさらなる磨きをかけていくのである。フリーランスの騎手という主人公の置かれた環境は、競馬界という狭い社会の中で、まさにそんな試練を課してやまない。▼作者は、ふたつの大きな山を用意した。一つは、初恋の娘が調教した愛馬に騎乗し、重賞レースを駆けるハラハラドキドキのシーン。そして、最後のどんでん返し。▼自信と矜持。これに執着を加えた男のプライドは、いつでも他者との関係の中でこそ、はじめて成り立ち得る。決して個人的な趣味への執着や、厭世的な孤独ではない。このことをはっきり、この若い作家が教えてくれた。▼競馬に関心のない方にも十分読み応えのある、ほんもののプライド回復の物語である。

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紙の本コンビニ・ララバイ

2003/01/04 01:44

もっとも現代的な鏡に写ったさまざまな人生

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 かつて「失恋レストラン」というヒット曲があった。そこは、人生に疲れたいろんな人々が癒しを求めて集まる場所。人の話をよく聞いてくれ、思いやりがあって、しかし自分には厳しい哲学を課しているマスターがいる。♪悲しけりゃここにおいでよ、涙ふくハンカチもあるし ♪そうさ(ここは)失恋レストラン、いろんな人がやってくる。▼過去のヒット曲を彷彿とさせるコンビニ版が本作。チェーン店に加わらないコンビニエンスストアを舞台にした連作小説である。▼このコンビニは、交通事故で我が子を失った主人公が、妻の希望で始めたが、その愛妻もまたなぞの言葉を残したまま自殺する。突然不幸を背負い込んだオーナーのいるコンビニなのだ。▼そんな主人公だけに、人様の不幸の匂いにはとても敏感だ。パートのおばさんに惚れ込んでしまった生真面目なヤクザ。シナリオライターを夢見る青年に裏切られる純真な娘。自分の殻を最後まで破れず、演出家にからだを売ってまで役を得ようとする役者志望の娘。はじめてまともな男に求婚されて、自身のこれまでの人生と、心のすさみを恥じるバーのママ。薄気味悪いと家族の猛反発にあい、仕方なくコンビニ前でデートを繰り返す老紳士と老婆。オヤジ狩りと万引がストレス解消法と言い放つ高校生のカップルのとんでもない思い違い、などなど。▼作者が用意したこれらの人生は、すべて、選択を迫られた人生ばかりだ。私たちは、ほんの些細なきっかけや、他人の無防備な言葉ひとつで、どのようにもその人生が変わりうる。つまり、人と人とのつき合いのあやうさを、コンビニというもっとも現代的な鏡で、鮮やかにうつしてみせたのだ。そこで迫られる選択の先はといえば。▼日常のしぐさや心理を、等身大に表現しようとしたひたむきな努力は、貴重な収穫といえる。

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紙の本風に桜の舞う道で

2002/10/05 11:28

恋愛に逃げない青春小説の佳作

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▼お腹のたるみが気になるキューピー風の小便小僧に、「トランクスには逃げたくないねッ」と言わせた清涼飲料水のCM(2001年)がおかしかった。水着はビキニでなくちゃというわけである。同じことは小説にもいえる。青春小説だからといって「恋愛には逃げたくないねッ」である。▼青春小説で、恋愛に逃げない作家。それがいま最も注目の新人・竹内真である。前作は「カレー」を、そして本作は「(大学受験)浪人生」をテーマに青春を“語る”。▼「四月/出会いと再会」から始まり「三月/別れと旅立ち」で終わる12ヶ月、1年という章立てで、大学受験浪人生の僕達と、30歳を手前にオトナになりかけた僕達が交互に登場する。つまり、浪人生が10年間で失ったもの、そして得たものは、というしゃれた構成なのだ。▼単純な章タイトルからも解るように、恋愛にばっかりに逃げる多くの青春小説の定番を踏襲しながら、そうした過去の作品群に対して、作者の挑戦意図が見え隠れする。▼男ばっかり10人の浪人生の生態を通じて“オンナ”抜きで生臭い青春を描く。本作は、そうした作者の強い意図によって成り立っているのだ。果たして成功し得たのか。▼少なくとも、(誰でも共通して持っているであろう数多くの)気恥ずかしい過去をビンビン刺激してやまない不思議な作品である。ほろ苦くも内実は甘く爽やかな青春小説は、いつの時代にも永遠である。

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紙の本いつか王子駅で

2002/09/14 20:51

読書の喜びがここに

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▼路面電車の走る町に住んでいると言うと、必ず、ステキですねと返ってくる。何がステキなのか、深く問いつめないのがつつましい紳士の努めというものだ。▼広島に移り住んで約一年。路面電車を特別視する感覚からようやく解放されつつある。チンチン電車という単一的なイメージから、運転手の気分で暴走もするたくましい本質が見えてきて、より一層の愛着をもつ。▼堀江さんというと、衒学的な匂いが鼻につくと敬遠するむきもあるかと思うが、初の長編である本作は、東京で奇跡的に生き残った路面電車・都電荒川線沿線を舞台に、気っ風と人情を描いて、過去のイメージからは遠い。▼精米店の老主人は、普段はただ「でんしゃみち」と言っている荒川線を、気心の知れた客には、独特の節回しで「おーでん」と言い換えている。といった観察から、おーでんの沿線解説がまたスゴイのだ。▼「荒川線が特殊なのは、専用軌道が圧倒的に長く、しかもかなりのスピードを出すという一点にあるのではないかと思う」と喝破する視点に思わず感動すらする。その描写力に痺れること間違いなし。▼学者の描く下町ものでは、四方田犬彦の『月島物語』(集英社文庫)も見逃せない一冊である。併読をお薦めする。▼生粋の江戸っ子であった故・野口冨士男は、生前、「早稲田からでている路面電車を都電と言っちゃいけません。レールに囲いが付いた都電なんて、ありゃしない。あれは<王子電車>というんです」と言ってはばからなかったそうだ(小林信彦『出会いがしらのハッピー・デイズ』より)。ここにもこだわりの御仁がいた。▼私が広島に左遷された2002年に。

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紙の本交渉人

2003/09/03 08:53

総合病院は、人の悲しさや、喜びがいちばんあつまる場所。

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 横山秀夫さんの活躍で、わたしたちは、警察内部でさまざまな職務にたずさわる人々に出会うことができた。あたりまえだけれど、刑事ばかりが警察官ではなかったのだ。さらに、それぞれの警察官が、わたしたちと変わらぬ感情を持った組織の人であるということがよく分ったのである。そしてここに、新たな職務にたずさわる警察官を書いた作品が登場した。▼ネゴシエーター。旅客機や大型バス、公共施設、銀行などに、人質を取りながら犯人が立てこもった場合、登場するのがこのネゴシエーター、交渉人である。緊張した現場で、犯人とのやり取りの一切を引き受け、犯人が何を求めているのかを正しく分析し、人質の安全を優先しながら事件を早期解決に導く。現場の最高責任者である。かれらは、特別な機関で、心理学などの特殊な教育をうけた専門職だという。現実にもありうる話である。▼事件は、コンビニに三人の強盗が入ることから始まる。強盗たちは、逃走過程で偶然をよそおって病院に押し入り、患者や医者、看護婦を人質に立てこもる。▼総合病院。人の悲しさや、喜びがいちばんあつまる場所。犯人にとって、立てこもる場所は、そうした日常的な施設でなければならなかった。加えて、強盗は三人組でなければならなかった。この段階から、周到に用意された作者の罠にみごとにはまっていく。ただし、その理由は終局を迎えるまで分からない。▼総員を挙げて病院を包囲する警察当局。このとき、犯人グループとの交渉に呼ばれるのが、ネゴシエーター・石田修平である。かれは、アメリカFBI仕込みで、警視庁きっての交渉人だ。病院脇の図書館に本部を置き、犯人グループとの交渉を開始する。犯人の一言一言、行動のひとつひとつによって状況がめまぐるしく変わる。対応に追われる警察側。このかけひきそのものに、この作品の醍醐味がある。耳慣れない職務を説明する必要からか、やや説教くさい一面もあるが、展開がスピーディであきさせない。そして、終局には、あっと驚くどんでん返しが待っている。▼ただし、スーパーマンはあくまで、あこがれの存在のままで終わって欲しかったと思う。スーパーマンにとって、個人的な恨み辛みなど必要ないからだ。▼かつての石田の教え子・麻衣子、所轄の老警部・安藤、病院の跡取り息子で誤診を繰り返す医者の小出陽一郎など。石田と事件を取り巻くまわりの人物、物語で重要なカギを握人間の書き込みかたがもうひとつ足りないため、ワクワクするスーパーマンの活躍がしぼんでしまったように思う。残念でならない。▼犯罪が高度に複雑化した現在、交渉人制度の必要性を正面から問うた秀逸な娯楽作品である。

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アリスの夜

2003/08/04 17:47

若い作者の意欲的な試みに拍手!

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 邪心のない純真なこころと、すべてのひとを魅了してしまう笑顔を持つ少女。この作品のなかで生き生きと描かれている通称アリスと呼ばれる少女の魅力は、どこか『白痴』(ドストエフスキー) のムイシュキンの「無垢」に通ずる。裏と表がないのだ。こうした「無垢」の人物をまるごと造形しようとした若い作者の意欲じたいに、まず感動してしまう。▼アリスは娼婦だ。ある事情から、ヤクザな世界で好奇な男どもに供される品物のように少女買春を強要されている。一方、真彦は、多大な借金のため、やはり同じ世界で奴隷のような生活を強いられ、いまは少女たちを配達する「運び屋」である。▼真彦は、アリスに夢中になる。そして、アリスをいっさいの汚れから解き放つために奇妙なコンビによる逃避行が始まる。▼覚醒剤、銃撃戦、強盗劇、殺人、狂気の母。物語のいろどりは賑やかだが、主題がはっきりしているために、わずらわしさは感じない。▼感動のラストとともに味わいたいのは、絵本『ひとりぼっちのこねこ』の引用による、アリスへのあふれんばかりの愛情表現だ。▼第六回日本ミステリー大賞新人賞受賞作「日出づる国のアリス」を改題。

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巧みに仕組まれた結末を秘めたミステリの評価は?

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 巧みに仕組まれた結末を秘めたミステリである。帯の「最後の1ページまで目をはなすな」は、まさに当を得た言葉。しかし、この仕組まれた結末と構成を事前に知っていたら、この長いお話を最後まで読み通したかというと、いささか自信がない。▼冒頭からけだるいセックスシーンで始まる。もうすでにここから作者の仕掛けは始まっている。▼主人公・成瀬雅虎が通うフィットネスクラブのアイドルである愛子ちゃんの姿がこのごろ見えないと思ったら、どうも長期休暇をしているらしい。見舞いにいくと、おじいさんが死んだという。しかも悪徳霊感商法がらみでひき逃げされたらしいのだ。雅虎は愛子ちゃんの依頼を受け、真相の究明に乗り出す。▼このようにして物語は始まり、素人探偵・雅虎の大活躍がはじまり、ついにその全貌が明らかになる。霊感商法のあこぎな手口、非情な殺人、巧妙な事務所への潜入など、迫力あるシーンが連続し、読みごたえは十分である。▼それはいいのだが、この作品は、こうした基本的ストーリーそのものが脇役になってしまほどの強烈な仕掛けが最後に待っている。すべてがリセットされてしまうのだ。▼この仕掛けを、「やられた」と快哉を叫ぶのか、「なんだインチキ」と罵倒するのか。この作品の評価はすべてここにかかっている。▼巻末に著者インタビューが収録されていて、「本格の華はトリックだと思います。ずっとわからない謎が、最後にトリックが明かされたときにびっくりして鳥肌が立つようなものが、読んでいて楽しいし、快感なんです」と言っている。さてその審判は?

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紙の本邪魔

2002/09/08 08:41

一瞬の情景をつかみ取る作者の手腕に拍手

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▼「とにかく動悸だけでも治まってくれればと、(恭子は)左の乳房を力まかせにつかんでいた」(P169)。▼彼女が自分をコントロールできないくらい膝を震わせ、改めて恐怖を味わったのは、二人の刑事を見送ったあと、彼らに供した湯飲みを洗っているときだった。▼普通に生活を送っていた主婦が、初めて刑事の事情聴取を受ける。しかもその内容が、長年連れ添った夫の引き起こした、ケチな犯罪にかかわっていると彼女は予感している。できることならば、子供を中心とする家族の平安は守りたい。どんなに情けない夫であろうと、我が身にまで事が及ぶようなら、隠せるものなら隠したい。それが一般的な主婦の願望だ。とりあえず、落ち着いてそれなりの供述はできたように思う。しかし、そんな表面的な平静とは裏腹に、急激に恐怖が彼女を襲う。それが冒頭の引用である。▼作品を読む楽しみは、上手く作られたプロットに酔いしれる事もさることながら、一瞬の情景をつかみ取る作者の手腕を見るときといっていい。これは、そんな描写の典型と私は信じている。並々でないこの人の才能を感じる。▼奥田英朗は、これまでわずかな作品しか発表していない。『ウランバーナの森』『最悪』、そして本書の三作である。2001年下期直木賞候補作。▼作品としての完成度は、残念ながら前作に及ばない。ただ、何でもない平凡な主婦が、現在の生活に見切りをつけ、大切な子供や夫を見限る。まさにその瞬間を書いていて、そこに彼の気概を感じた。人はこのようにして、違う人生を“歩むこともできる”。▼ぜひ『最悪』との併読をお薦めする。次作が楽しみな作家の一人である。

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