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PATAさんのレビュー一覧

投稿者:PATA

28 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本やさしさの精神病理

2002/11/01 20:24

当たり前を問い直す書

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書の内容をたった一言で表わすなら、「やさしさという誰しもが一意的に思う言葉ですら、人によってその意味は異なる」ということでしょうか。バスで老人に席を譲ることは「やさしいこと」、親から小遣いを貰うことは「やさしくないこと」、など、誰が正しいと言えるでしょうか。本書に登場する人々は、バスで老人に席を譲らない「やさしさ」があり、親に小遣いをねだる「やさしさ」があると言います。そして、それが非常に納得的に思えました。
 評者が本書を読んで感じたことは、たとえば「便利さ」といった場合でも、その意味するところは評価する人の価値観や視点に応じて相対的なのではないかということでした。大阪−東京間に要する時間が短くなった新幹線が、本当に便利になったと言えるのか? コンビニエンス・ストアの登場で24時間お弁当が買えるのは本当に便利になったのか? インターネットでいつでもどんな情報でも入手できることが本当に便利だと言えるのか? 携帯電話の普及でいつでも友人と連絡がとれることが本当に便利だと言えるのか? …当たり前と感じていることをもう1度考え直してみる必要があるのではないかと思いました。
 評者の私見ではありますが、本書が「現時点での“当たり前”を問い直す書」であるとするならば、井上章一『つくられた桂離宮神話』(講談社学術文庫)や同『美人論』(リブロポート)、あるいは吉見俊哉他『メディアとしての電話』(弘文堂)や吉見俊哉『「声」の資本主義』(講談社選書メチエ)などは、「“当たり前”を過去に遡って問い直す書」であるような気がします。

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紙の本ブランド 価値の創造

2002/09/19 15:08

ブランドを見る視点の180度転換

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書を読んだ後に感じたことは、「これまでのブランド研究(あるいは、ブランドについて書かれた本)は一体なんだったのか?!」という感想でした。一般的にブランド研究では「いかに価値あるブランドを構築するか?」「いかにブランド価値を測定するか」といったビジネスの視点が中心だったように思います。それに対して、本書ではブランドの本質がどこにあるかを論理的に説明しようとしています。
 筆者の回答は「偶有的でありかつ他に代わりうるものがないのがブランドなのである。…つまりブランドの本質は、『ブランドだけがそのブランドの現実を説明できる』というこの自己言及性のうちにある(75頁)」という主張に集約されているようです。そうであるならば、これまでのブランド論が課題としてきた問題は、「ブランドの価値などといったものは事前に規定できない」ということになるのではないでしょうか。
 と、ここまで書いたことは、評者の理解が及んでいるかどうか怪しいところですが、本書で書かれている内容が一見読みやすく、また、新書ということもあって入門書のような感もしますが、読めば読むほど悩まされる奥の深い1冊ということだけは自信を持って言えます。

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経営戦略論の入門書として

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 本書は顧客に商品やサービスをうまく提供し、顧客に価値を届けるための仕組みである「事業システム」についてまとめられた本です。本書の基本的なスタンスは、「競争のなかで生き残るためには、部分的に競争のない状態をつくらなければならない。その基本的な手段が差別化である(20頁)」という認識のもと、その差別化が2つのレベルで行われると考えているところにあります。この2つのレベルの差別化とは、(1)個々の商品やサービスのレベルでの差別化、(2)事業の仕組みの差別化、という2つです。このうち後者の差別化は、目立たず分かりにくいにもかかわらず、模倣が困難であり、競争優位が持続的に作用するという特徴を持っていると論じています。
 では、このような事業の仕組み(=事業システム)はどのようにして構築されるのでしょうか。それは、「どのような顧客に」「どのような価値を提供しようとするのか」ということに関する決定である事業コンセプトをもとに、分業の構造、インセンティブのシステム、情報、モノ、お金の流れの設計を行うことで構築されていきます。そして、このようにして構築された事業システムの中でも、最近成功を収めている事業システムには共通した特徴があると主張されています。それらの特徴を概観した結果、筆者は最近の新しい事業システムが「規模の経済に代わって、スピードの経済、組み合わせの経済、集中特化と外部化の経済というシステム設計のアイデアが重要な意味をもち始めている(214頁)」と指摘しています。
 本書は豊富な事例を交えながら、1つ1つの概念を丁寧に説明しており、専門書というりはむしろ大学2〜3回生の方向けの入門書として良書だと思いました。
 

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リフレクティブ・フローという概念を理解するだけでも苦労します…

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 本書はタイトルだけを見ると何の本なのか分かりにくいですが、これ以上ないくらい理論的なマーケティングに関する書です。
 本書のタイトルであるリフレクティブ・フローとは、「情報の受け手が対象を知覚し評価する作動に即応して生起する、さまざまな再帰的な情報の流れ(175頁)」と定義されています。といっても、これだけでは何のことか分かりにくいかと思われるので、具体例を挙げますと、以下のようなものが挙げられるかと思います。
 ある消費者が就職を機に一人暮らしをはじめることを想定しましょう。彼(彼女)は不動産仲介業者が提示する複数の物件の中からAという物件を選んだとします。その時、「Aならば最寄り駅にも近いし、何といっても家賃が安い」と考えたならば、彼(彼女)は数多くの物件の中から自分が住む物件を選ぶという作業を行うと同時にその選択の基準を選んでいることになります。つまり、A,B,C…と存在する物件の中からAを選んだだけではなく、洋間か和室か、間取りの広さといった、選択肢を選ぶ基準の中から「最寄り駅までの近さ」と「家賃」という基準をも同時に選んだことになります。そして、この二重の情報処理を行うことによって、自分がAという物件を選んだことを自分自身で正当化するプロセスが循環的に形成されることになります。
 つまり、「物件を選ぶ時の基準は駅までの距離と家賃ですよ」と不動産仲介業者に提示されたのではなく、自分で選択基準まで選んだということが重要になります。そして本書では、Aを選ぶ時に自分で選んだ選択基準からAという選択肢を選んだのだと考える、この再帰的な情報の流れをリフレクティブ・フローと呼んでいます。
 では、このようなリフレクティブ・フローがマーケティングに関する書としていかに重要な概念なのかというと、それは(広義の)マーケティング・コミュニケーションに関する議論だからだといえます。つまり、企業が消費者に何らかの情報を提供するときに重視しなくてはならない消費者の情報処理の流れを定式化したという点で、本書はマーケティングを学ぶ人にとって必読の書になると思われます。

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小川氏による「書き分けの妙」

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 本書は理論書ではありません。このように書くと、「では、本書は一体いかなる書物なのか?」といった疑問や「理論書とそうでない書物の境界線をどこに引くのか?」といった御指摘を受けそうですが、それでも本書は理論書ではないことを強調したいと思います。
 本書は取引制度革新や営業革新、そしてそれらの土台となる組織・コミュニケーション・物流における革新という5つの革新を通して、「店舗や顧客の知識を組織全体に環流させ、活用する仕組み」であるディマンド・チェーン経営に関して、セブン‐イレブンやしまむら、ファースト・リテイリングといった近年「勝ち組み」と評される代表的な企業の豊富な資料をもとに紹介した書物です。このように書くと、やはり本書は理論書ではないかと思ってしまうのですが、本書を筆者の『イノベーションの発生論理』(千倉書房)と比較してみると、その違いが明確にみられるでしょう。
 評者はそもそも『イノベーションの発生論理』を先に読んだため、本書の理論紹介が乏しいと感じたという理由もあると思いますが、それだけではなく、本社が「何故?」という疑問よりもむしろ「どのようにして」という事例紹介に力点をおいているという点で、本書が理論書ではないと指摘したいと思います。しかしながら、このことは評者にとって筆者である小川氏の溢れんばかりの才能を感じた部分でもあります。それは、『イノベーションの発生論理』が理論と事例分析、統計分析といったツールをバランス良く利用しているのに対して、本書が事例紹介に力点を置くことによって読み易く、親しみ易い本になっているからです。インタビュー・データをご覧になればすぐ分かりますが、本書と『イノベーションの発生論理』とではデータに重複が多くみられます。それを書物の性質によって見事に書き分けた「妙」に深く学ばされました。

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紙の本〈子ども〉のための哲学

2002/11/24 13:20

書評にならない書評ですが…

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 本書は「ぼくはなぜ存在するのか」「悪いことをしてはなぜいけないのか」という、筆者が幼少時代に抱いた2つの疑問に対してどのような考えを廻らしてきたのかについて書かれた書物です。では、その考えとは一体どのようなものであるかというと、それはここでは書くことができません。何故ならば、ある人の〈哲学〉を他人が要約することなどできないということこそが、筆者が強調して止まない点だからです。
 では、評者として本書のどこを評価するのかというと、次の2点です。第1に、本書が徹底して自分(だけ)の問題を解くために哲学を行っていることです(これこそが、先ほどのカギ括弧付きの哲学の意味です)。筆者は「こう考えよう、こうしよう、と呼びかけるタイプの言説を、ぼくは決して哲学とはみなさない(202頁)」うえに、本書を哲学の入門書でありながら、「入門すべきその門は、この本の中にはなく、あなた自身の中にある(212頁)」と述べています。これこそが、筆者が本書で最も強調したい点であり、その強調が徹底されている点は多いに評価すべきでしょう。
 第2に、これも筆者が読者に対して送りたいメッセージでありますが、「たとえ『哲学』と出会わなくても〈哲学〉をすることはできるし、それは有意義なことだが、逆に、〈哲学〉とつながらない『哲学』はまったく何の意味もない(70頁)」というメッセージに非常に共感を持ちました。大学で哲学の講義などを受講して感じることですが、「哲学概論」などを受講しても何一つ哲学なんて身につかないし、哲学史に詳しくなっても、それは歴史に関する知識以上の何も得ていないと思います。この思いが、全くそのまま筆者の考えとマッチしました。
 「哲学」ではない〈哲学〉とは何なのかを知るだけでも、本書を読む価値はあると思います。

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理論、事例分析、統計分析の3本柱を巧みに絡み合せた良書

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 本書はイノベーションが発生するのは製造業者からであるという、一見常識的に思える前提を問いなおした書物です。本書の議論を単純化すれば、「イノベーションは複数の場所で発生する」ということが一番の主張ではないでしょうか。
 評者は本書を読み、(1)文献レビューによって問題の所在を明らかにする、(2)事例分析を行うことによって筆者の仮説を確認するとともに、後に質問票を配布するための情報源を確保する、(3)統計的な実証分析を行うことによって理論の検証を行う、という3つが巧みに絡み合っていると感じました。もちろん、本書がベースとしている情報の粘着性仮説が筆者による分析だけで十分に支持されたと考えるかどうかは議論の分かれるところだと思いますが、少なくともアカデミックな書物として読んだ時に、「これぞ研究書」と思わされることは間違いないのではないでしょうか。その意味で、少なくとも同じ土俵に立って本書を批判するという試みは非常に困難だと思いました。
 

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商業組織の内部編成

2002/09/19 15:30

「流通(あるいは商業)を理論的に眺めるとは何ぞや?」を実践した書物

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 本書は商業経済論における中心原理とされている売買集中の原理を省察することによって、基礎理論と現実とを媒介することを目的に書かれています。評者は本書を読んで、「流通(あるいは商業)を理論的に語るというのは、こういうことを言うのか!」という感想を得ました。
 売買集中の原理というのは、単純にいえば商業が介在することによって取引数が減るということですが、このような一見単純に思えるような理論を深く考察することによって、より深い問題設定に繋げているように思えます。それは、「売買集中というのは無限に働くのか?」「経済学で想定されている市場は商業論にとっていかなる存在であるのか?」「商業集積はいかなる原理から成立するのか?」などといった問題です。なによりも感心したのは、これらの問題設定に対する解答が常に次の問題を生み出しているという点です。それは、「売買集中が無限に働かないのは何故か?」「商業論で想定されている市場には(1)製造業者→卸売業者、(2)卸売業者→小売業者、(3)小売業者→消費者という3段階の市場があるが、そのような段階を経ることによって、取引の性質がどのように変化していくか?」「商業集積の内には競争と協調がいかに作用するか?」などといった問題がそれです。
 個人的には2002年に出版された大阪市立大学商学部編『流通』有斐閣の第1部の方が入門書だけあって判りやすくて好きですが、本書を読むことによって、学者のみなさんが、1つの現象でも深く深く、何度も何度も繰り返し問いかけを行うんだなぁ、などと感心させられました。

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紙の本豊かさの精神病理

2002/11/01 20:10

「自分とは違う」と思えない人びと

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 個性、能力、自己実現、健康、やる気など、本来であれば目に見えない、その人(あるいはその人を取り巻く人)にしか見えないヒトの内面をモノによって説明しようとする人を、筆者は〈モノ語り〉の人びとと呼びます。精神科医である筆者がこれらの人びとを診察した中で感じたことを各章にわたって紹介しているというのが、本書の大まかな内容です。
 では、この〈モノ語り〉の人びとは、(重度・軽度を問わず)精神病患者なのでしょうか? 評者は、これは筆者のもとを訪れた人びとに限らない、誰しもが心のどこかでもっている「症状」なのだと筆者が結論付けていると思いました。また、ここで扱われている現象は、リッツァ『マクドナルド化する社会』(早稲田大学出版部)で挙げられている「マクドナルド化」と同系列の現象ではないかと感じました。つまり、個性や能力といった抽象的で他者にハッキリとみえないものを、モノ(特にブランドもの)の価値(=価格)で説明しようとしていることなどは、リッツァがマクドナルド化で説明しようとしていることと同じではないかと思ったわけです。
 評者自身、自分の勉強不足を誤魔化すかのように本棚の本の数を増やそうと(無意識のうちに)したり、読んだ本の感想を人に積極的に話すということをしています。これは、ブランドものを人に見せようとしたり、自分が拘っているブランドや商品について人に積極的に語ろうとする〈モノ語り〉の人びとと同じなのかもしれません。その意味では、筆者が〈モノ語り〉の人びとの行く末を語ってくれなかったことが物足りなく感じました。

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不思議な感覚

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 本書は、「(1)ポストモダンではオリジナルとコピーの区別が消滅し、シュミラークルが増加するが、そのシュミラークルはどのように増加するのか?」、「(2)ポストモダンでは大きな物語が失調し、『神』や『社会』もジャンクなサブカルチャーから捏造されるほかなくなる。では、その世界で人間はどのように生きていくのか?」、という2つの問題を基軸に書かれた書物です。これらの問いに対する筆者の回答は、本書を参照して頂きたいと思いますが、筆者は本書を読んでいて非常に不思議な感覚に囚われました。 評者が感じた「不思議な感覚」とは、本書が徹底的に「オタク」を対象に書かれた書物であるのにもかかわらず、読んでいると現代社会をオタクという制限なしに議論しているように感じたことを意味しています。
 本書は、先の問題を解くために、オタクと呼ばれる人たちの消費行動を分析しています。そこにはアニメや小説、ギャルゲーと呼ばれるゲーム、パソコン(インターネット)といった、所謂サブカルチャー(というより、オタク好みするもの)を中心に議論が進められています。評者はそれらについて、一部を除いて寡聞にして知りませんでしたが、自分が全く知らないゲームソフトやアニメのことでも、本書では親切な解説を交えて分かりやすく議論してくれています。
 副題にもあるように、「オタク」を通して「日本社会」を読み解こうとする試みが、本書だけで完結したものだとは思いません。また、本書にはところどころ納得しにくい断定的な主張がちらばっていますが、本書によって日本社会を読み解く新たな道が開けたというと、言い過ぎでしょうか。

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「企業はヒトなり」を実感させてくれる書

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 本書はアサヒビールを中心に、1987年の「スーパードライ」発売以降のビール業界各社の思惑や行動、そして競争過程を多数のインタビューをもとに再構成したものです。本書を読んで特に感じたことは、ヒトというものが企業にとっていかに重要かということです。
 本書には多数のヒトが登場します(あまりに多数いすぎて、登場人物を覚えきれないという欠点もありますが)。その方たちを大きく2つに分けるとすれば、経営者や管理者といった人々と現場の人々に分けることができるのではないでしょうか。前者は他社との競争関係や自社の今後のあり方などをどのように考えてきたのか、後者は現場でどのような困難に直面したり、どのような焦燥感にかられていたのかといったことが、本書から学ぶことができます。特に第4章で描かれている現場の方々の話は、実際に企業で働いたことがない評者でもグッとさせられるものがありました。
 ただし、評者は本書に対して以下の3つの不満を感じました。第1に、先述の通り、あまりに登場人物が多すぎることです。それは、読者として感情移入しにくくなるというだけでなく、次の問題にも関係するものです。すなわち第2に、本書は問題の焦点を絞りきれていないという欠点があるように思います。「スーパードライ」の登場以降の「ドライ戦争」を描いているかと思えば発泡酒の開発競争や国際化といった話にまで広がり、新書でこれら全てを扱うことに無理があったのではないでしょうか。第3に、データの裏付けがとれていないことが多々あったことも問題点だと思います。
 ただし、これらの評者が感じた問題点はルポライター(ジャーナリスト)としての筆者や読者にとってみれば瑣末な問題であり、大半の方々が本書で描かれている多くの人々の熱い思いに感情移入されるのではないでしょうか。
 

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主体と環境の相互作用を考えるために

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 本書はこれまで人間の脳にあると考えられてきた「意味」が実はそこだけにあるのではないということについて「アフォーダンス」という概念を中心に説明しています。アフォーダンスとは、「環境が動物に提供するもの、用意したり備えたりするもの(61-62頁)」であり、このアフォーダンスに意味が存在すると考えるのです。 人間の行為はこのアフォーダンスとの関わりの中で、その「意味」が理解されるようになっていき、それは決して事前にいかなる意味で行われるのかが明確なものではないと主張されています。本書ではミミズの穴ふさぎ、蛙の捕虫、カブトムシの起き上がりなど様々な「行為」と「アフォーダンス」の関係が紹介されています。
 では、行為が事前にいかなる意味で行われるかが判らないということが何を意味しているのかというと、それは行為が徐々にあらわにする環境の変化の中に、行為がもつ意味が理解されるということを意味しています。この発想は、行為のプランが行為に先だって脳などに存在するという従来の考え方を完全に覆すものです。
 では、本書が「アフォーダンス」を軸に展開している議論がもつ意義はどこにあるのでしょう。それは、主体と環境という二者間の相互作用を説明しているというところにあると思います。既存の認知理論では、主体と環境の関係は「先ず主体ありき」でとらえられてきたのに対し、本書が主張していることは主体にも環境にも還元できない「関係」のそのものを取扱おうとしているように思います。
 本書の試みが他の学問領域に転用可能であるのか、本書の試みがどこまで正当といえるのかは読者の判断に委ねますが、本書の発想そのものは決して否定できるものではないと思います。

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自分のなかに歴史をよむ

2002/11/20 15:58

学問の道を進むための道標

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 本書は筆者による歴史観が簡潔にまとめられた書です。結論を先取りして言うと、筆者にとっての歴史とは、自分の内面に対応するなにかであり、自分の内奥と呼応しない歴史を筆者は理解できないと考えています。本書には、このような歴史観を抱くにいたった経緯として筆者の師匠である上原専禄氏との出会いや会話が前半に掲載されており、学問を志す者への啓蒙書の役割も果しているように思います。評者にとっては、本書の歴史学としての側面よりもむしろ、啓蒙書としての側面の方が印象深かったです。
 筆者にとっての(上原氏から指導・指摘された)学問とは、「それをやらなければ生きてゆけないテーマ」を理解することとされています。ここで、理解するということは単純に新しい知識を得ることなどではなく、「それによって自分が変わること」だとされています。評者の私見ではありますが、学問をこのようにとらえるということは、そこにしか生きる道が存在しなく、なおかつ、その道を進むにつれ自分がいかようにも変わりうる可能性を受容する者でないと学者にはなれないということなのだと思います。
 筆者にとっての「それをやらなければ生きていけないテーマ」がどのようなものであるのか、それを「理解」することによって筆者がどのように変わったのかといったことについては本書を読んで頂きたいと思いますが、本書が歴史学に限定されず、学問を志す者にとって、あるいは学問の道に入り袋小路に陥っている中堅学者などにとって必読の書であることは間違いないのではないでしょうか。

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戦略が現実をつくりだし、それまでの強味が桎梏となる

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 本書は、ボストン・コンサルティング・グループが中心となり、インターネットをはじめとした情報技術の革新によって、既存の事業、業界、産業といった枠組みがどのように変化し、そのような変化が何故生じるのかということを考察した実務書です。本書はそもそも、「ネット経済がもたらす本質的な変化をきちんと理論的に整理した上で、経営者にとっての意味を明確にしよう(331頁)」という目的のもとに書かれてました。そして、その本質的な変化として「情報のリッチネスとリーチのあいだに普遍的に存在したトレードオフが解消される」という状態を挙げています。このトレードオフが解消されるからこそ、そのトレードオフを前提としていた事業や産業といった枠がデコンストラクション(創造的破壊と再構築)されるというのが、本書のエッセンスだと思います。
 評者は本書に対して、(1)本書はリッチネスやリーチ、あるいはデコンストラクションといったコアとなる概念に関して一部曖昧さを残している、(2)企業経営者を初めとしたビジネスの現場の方々が具体的にどのような行動を行えばよいのかに十分な議論が割かれていない、という2つの不満をもっています。しかしながら、デコンストラクションが進む世界においてはそれまでの事業の強味であった資源が逆に重い負担となるという考えや、「デコンストラクションの進む世界においては、戦略こそが経済の現実を作り出す(322頁)」という世界観は、近年のマーケティング論の世界で非常に重視されている考え方であり、その意味では、本書は単なる実務家へのビジネス書というだけでなく、立派な理論書としても読まれるべきかもしれません。 

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純愛時代

2002/11/07 13:58

「愛」を通した自分さがし

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 本書は『豊かさの精神病理』『ゆたかさの精神病理』(ともに岩波新書)とともに、大平氏がが精神科医としてのキャリアの中から現代社会を考察した論考の1つです。評者は前2作の書評も書かせて頂いたので、ここでは本書に絞って書評を書かせて頂きます。
 本書は「いくつかの症例を通じて、この『純愛』というちょっと厄介なものの正体を少しずつ調べてみようと思う(25頁)」という目的のもと、著者が診断した患者たちが「純愛」というものをどのように感じているのかが非常に読みやすいかたちでまとめられています。結論を先取りして言うと、「“愛”の場合においても、現に生活し恋愛する[自分]と、それを見つめ、いや、それを小うるさく監督し指示するもう一つの〈自分〉とがいて、その葛藤が今風の恋愛を生むのだし、また、恋愛自体を難しくしている、と思われる(218頁)」という洞察にいたっています。この結論にいたるまでの数々の症例の紹介は非常に簡潔かつ明瞭で、精神分析や心理学に疎い評者でも納得させられるものがあります。
 また、本書は対象としている事象が恋愛という「厄介な」ものであるがために、非常に苦労して書かれたのだと思いました。それは、『豊かさ〜』や『やさしさ〜』がその背景にある現代社会のあり方をも示唆して書かれていたのに比べ、本書は「純愛」というテーマから抜け出すことができていないと思ったからです。この点が本書に対する評者の不満といえば言えなくもないですが、恋愛という「厄介な」テーマをこれほどまでに判りやすく論じていく手腕には唸らされるばかりです。 

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