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高橋 波子さんのレビュー一覧

投稿者:高橋 波子

5 件中 1 件~ 5 件を表示

詩とことば

2005/01/01 18:13

広場の孤独

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

五人のアーティストがこれからの言葉について考えた。詩人の荒川洋治は詩という領域からそれに迫った。その結果あるいは経過報告がこの本である。

いとおしく頬ずりしたくなるというと、気色悪く聞こえるかもしれない。しかし知ってる詩、知らない詩が散りばめれてもいて、実際、
木山捷平の「五十年」という詩

(濡縁におき忘れた下駄に雨がふつてゐるやうな/
どうせ濡れだしたものならもつと濡らしておいてやれと言ふやうな/
そんな具合にして僕の五十年も暮れようとしてゐた。)

には読み初めから引き込まれてしまった。

詩はかたちとリズムにおおわれた文学。荒川はもっと奥深いことをこの本で書いているかもしれない。私はとりあえずこれでいい。

インターネット時代に言葉はどう生きていくのか。どこでも誰とでもつながる言葉、話し言葉の連続、省略されたことばを通じてさまざまな文化や犯罪を生み出す。結局人は孤独であり、あるいは孤独にならなければ思考できないのである。殻を破れないのである。ぬれた体を乾かせないのである。その孤独にもっともやさしいツールは詩だろうと思う。
次に訪れるユビキタスの時代。すべてのものが区別なく日常生活に融合するというのがユビキタスの提唱者マーク・ワイザー氏の考えである。あたかもコンピューティングのみに適用される考えと受け取られがちだが、そうではないだろう。詩を含めたことばもインターネットなどと同様、その考え方の有力な材料である。

二年前、私は家の増え続ける本に辟易し、金を出して買う最期の本として記念に荒川洋治の全詩集(定価4800円)を選んだ。しかし結局その後も本を買い続けている。「いい書物にそれが出たときにめぐり合う幸せ」を味わってしまったためでもある。この「詩とことば」もそういう本である。

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紙の本新明解国語辞典 第6版

2005/01/08 12:10

彩りゆたかな進化する言葉の職人

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

朝日新聞の「ひととき」欄で あなた 論争があった。あなたと呼ばれることについての受け取り方、受け取られ方について、相当数の投稿が寄せられて、それが特集にも組まれた。もう二十年以上もまえのことだけど。
「あなた」を当時の岩波国語辞典でひくと、相手を尊重してさすとあり、漢字から貴い方なので目上の人に対して言う言葉と納得する。

しかし、あなたと指されれば、なぜか落ち着かない、少しばかにされたような気にもなる。これが否定派であった。

新明解第6版では、自分と同程度の相手を軽い敬意を持ってさす言葉、としている。さらにこの6版の特徴である「運用」欄で解説を加えている。新しく注目された分野課題である「語用論」なのだという。
当時新明解のような辞書があれば、あなた論争も奥が深まったに違いない。というかあなた論争が新明解を進化させたのかもしれない。

もしそうだとすると、当時否定派としてひととき欄に論陣を張った私の妻も新明解の進化に一役買っているのかな、とおもった。わたしは、さっそく小型版の本書を年末ぎりぎりに手に入れて新年を迎えた。新明解は、おせち料理やビールや日本酒、分厚い新聞、年賀状、札が抜かれたお年玉袋などと一緒に食卓をにぎわしたのである。

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ラッキーでしたよ、と医師の言う

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 二日酔いとか風邪で、頭が痛くなることはよくあるし、だけどその程度じゃ仕事は休まない。休むときはズルだ。

 この夏はその頭痛が続いてなかなか引かない。激痛というほどではないので、気が引けたが、会社の健康管理部に相談したら、社の近くの頭痛外来を紹介されて行ってみた。仕事が忙しくて夏休みも取れない状態だったから、ストレス性のものかなと自分では思っていた。
 特に問題なさそうですが、心配で来院されたのでしょうから、MRI取りましょうと、医師に言われ素直に従った。結果はすぐ出て、鼻が悪いですね、それをまず直しましょうだった。脳は問題ありません。だけどちょっと黒くなっているところがあるので、日を変えて造影剤を入れてCT取らせてください、ちょっと気になりますからというのである。はあ、とこれも言われるまま。
 鼻が悪いというので、翌日耳鼻科へ行って検査したが、異常はないという。
 CTの日が来て、今度は造影剤を入れるので少し痛い。結果をみたその医師は少し笑って、よかったですね、という。ラッキーというのはこういうことです、という。

 未破裂動脈瘤が発見されたのである。

 翌日、その医師の紹介する医大病院で専門の教授に写真を見てもらった。血管内手術でできそうなものです。放っておいて良いことはありません。血管内撮影をして大きさと位置を確認にしてみましょう。
 そしてそのための一泊入院となった。
 チンポ横の動脈から脳までカテテールをいれて撮影だ。処置後のためにした腹から太股まで剃毛される。どうにでもなれという心境。心配ないですよという担当医の声。24時間は右足を固定して動かせないので、その夜は腰が痛くて眠ることが難しかった。カテテールをいれた動脈の跡を看護師が二時間おきくらいに確認にくる。そのたびさらされる情けない私のチンポである。健気な若い看護師は「オーケーです」と小さな声を残してベッドを離れる。

 朝になり右足が自由になる。

 結果は開頭手術となった。スケジュールを調整し、もちろん医師のである、日程を決めた。最速のスケジュールを組んだ。医師の進めでもある。いつ破れてもおかしくない。また一生破れないかもしれない。誰にもわからない。医師はそういう。しかし大きさから未破裂動脈瘤の破裂する確率1%以上であることは間違いない、そうも言われた。

 私の情けなさは、これを直属の上司に伝えたところ、ちょっと待て、といわれたことである。仕事のことを持ち出され、先に延ばせないのかと言われたのである。私の命をこれほどに扱う上司の下で働いていたのだと思った。人当たりのいい、温厚な、人格者と社内では定評のある人だ。もちろんわたしも信頼していた人である。

 さて手術はどうなるだろうか、私は怖い。しかし逃げられない。死は私のドアをこんこんとたたいた。土足では入ってこない。しかしそこから立ち去らない。
 私の武器は私自身の心持ちと家族そして、治療が最優先といってくれた別の上司や同僚や友人たち、そしてもっとも説得力があり、信頼できる前野さんと前野さんのこの本なのである。

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小さな花

2003/11/30 17:01

人間の愛する能力を守れ

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

加藤周一というと「羊の歌」や「日本文学史序説」が有名だが、僕は岩波新書の上下巻で読んだ「日本人の死生観」が鮮明に記憶に残っている。乃木将軍や三島由紀夫などの死生観をアメリカ人と一緒に英文で書き、それを日本語訳したものである。
透明感のある背筋の伸びた文体を気持ちよく体内に飲み込むことができた。
その気持ちよさが僕の場合、村上春樹の初期の作品群「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」までに至らせてくれ、その延長でフィッツジェラルドの「グレートギャッツビー」を読み、少し変わるけどビュトールの「時間割」までつながったのだと思っている。
話は外れたが、加藤の人生観は表題と同じエッセイ「小さな花」から簡単に読み取れる。「権力の側(中略)私は私の選択が強大な権力の側にでなく小さな花の側にあることを望む。望みは常に実現されるとはかぎらぬだろうが、武装し、威嚇し、まん着し、買収し、みずからを合理化するのに巧みな権力に対して、ただ人間の愛する能力を証言するためにのみ差し出された無名の花の命を、私は常に、限りなく美しく感じるのである」
時は今、イラク、北朝鮮である。時代の雰囲気は第一次世界大戦前に似てきている。この戦争の20年後日本は第二次世界大戦に巻き込まれというか突入して存続の危機を迎え、日本国憲法によって再生したのである。その唯一の核被害国家がその経験を生かさずに、石油の利権をめぐる権力の怒涛の渦の中に入っていこうとしている。これは怖くて愚かなことだと加藤も言うだろう。

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「四十代の憂鬱」回避法

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前略、山本教授

澱んだ空気のなかで、どうにも我慢がならなくなる。俺はこれでイイのか。十分な報酬を得ながら、人のいい仲間達に囲まれていても、この体たらく。40代になると途端にそんな思いが体とそれに宿る精神を支配してしまう。しかし、具体的な解決方法はない、その中から私が選択した方法は、再び学ぶということでした。それも学校に通ってです。その計画は何年か逡巡して、40代半ばで決断したのは、転勤などがあったらそのとき考えようと、とにかく飛び込もうと考えたからです。取り返しがつかなくなる前に行動を起こしたかったのです。
先生は、本を書く時間を得るために転職し、40代の憂鬱をひとつ解決されたようですが、私は逆に時間の制約を進んで受けることで、会社から一定の間隔を置くことの第一歩を踏み出しました。私の人生が会社生活で終わることはないと気がついたことも大きな理由です。

私の学び舎は、不夜城のようでもあります。警備員が常駐し、かつて私が通っていた学校と名称は同じですが、外観はまるで違ったものになっていました。そしていたるところで学生が学び、会話し、笑っています。そこは睡魔との闘いの場でもあります。しかし、学問を専門とした講師陣との戦いの場でもあります。十以上も年下の助教授に君付けで名前を呼ばれて、点数の取れていない金融工学の小テストの答案を受け取ります。K大出身のある助教授はクラスの全員がほぼ理解不能と思われる経済学理論をひたすら自らの陶酔のためにとしか思えない調子でひたすら喋り捲ります。しかしその場に息をつくために、早朝出勤し、雑用を終わらせ、昼休みはパソコンの画面とにらめっこでメールチェックなどしながら取り、さっさと夜の7時前には職場を離れて教室へ向かいます。なぜなら、のびや居眠りをしながら時間調整しながら残業もどきを決め込む確信犯の同僚や、時間を湧き出る無限資源と勘違いしている同僚と過ごし、挙句の果ては彼らと飲み屋横丁に繰り出すのに比べたら、私自身の精神衛生によいからです。

最後に先生と私の間に思いがけない共通点を見つけました。武者小路実篤の愛読者という点です。わたしの作者単位での読書の最初も武者小路実篤です。それを話す友人に出会うことがありませんでした。毛呂山にある新しき村により、色紙を見つけ、それを手帳にメモしてきました。最後にそれを記して私の手紙を終わらせます。
「僕は後悔しても役に立たないことは忘れることにしている 現実の力も強いが、結局理想の力はさらに強い」

p.s.いつか名古屋に行って先生の授業を覗いてみたいです。

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