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cakeさんのレビュー一覧

投稿者:cake

3 件中 1 件~ 3 件を表示

ぐるぐるまわるわたしたち

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

読書家からも評価を得ている「マリみて」の最新刊。『マリア様がみてる—くもりガラスの向こう側』も、やはりうまくかかれた作品だ。
高校二年の冬。主人公・祐巳の「姉」である祥子さまは学園からの卒業をひかえている。一級下の瞳子からは、「妹」になることを拒絶された。
そんな中、作品に描かれるのは冬休み。祥子さま宅での新年会の様子だ。ここでは祐巳を中心とした姉妹関係の進展はまったくといっていいほど描かれない。物語の展開を求める読者をもどかしくさせずにはいられない。しかし、作品中で描かれているのは姉弟の夜の散歩だったり、広大な祥子さまの家を利用した実物大すごろくだったり、冷めた料理を再利用した料理だったりと−−つまり「立ち止まること・元に戻ること」をモチーフとしたエピソードなのである。
読者の心情を見透かしたかのように、「堂々巡り」の物語を描く今野緒雪。そのたくみさとたくらみとに、舌を巻く。

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ツ、イ、ラ、ク

2004/01/21 13:44

作者の意図を超え、わたしたちは引きずり回される。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

弟130回直木三十五賞を京極夏彦・江國香織といった作家と争った恋愛小説。自覚の無いエロスを身に纏った少女を中心とした一種のファム・ファタルもの、ともいえなくもない。

読み始めて、
1.時代背景等が(意図的に)説明されないこと(後述)、
2.登場する女の子たちの書き分けがうまくないこと、
3.視点人物がころころかわること
に疲れた。

しかし、小学校を舞台とした第1章,第2章に堪えれば、その視点の不安定さが、個性が埋没される「学校という組織に属す集団」の不気味さをよく演出しているようにも思われてくる。女の子たちの書き分けが不鮮明であることも、登場人物が類型に堕すことを避けた結果によるのかもしれない。
結果として、不安定・不鮮明な集団から、恋愛に身を捧げはじめる主人公の少女が立ち現れてくるあたりから、俄然ひきこまれる。不安定な文体さえ、思春期に官能を知った少女の戸惑いと歓びを演出しているように思われる。

しかしのしかし、その恋愛の日々が過ぎ去った後の、後日譚にあたる第7章以降は、激情の後、恋愛と性欲とが主人公にとって峻別されていることを表しており、重要ではあるのだが、説明的で、読者にとってはふたたびもたつくパートとなる。

しかしのしかしのしかし、そのもたつきがラストを「うそくさくなく」着地させている、とも言える。これがたとえば伊坂幸太郎のような洗練された構成と文体を持つ作家の手によるものなら、「そんなご都合主義な」と切り捨てられてしまいかねない。
そういった意味では、異性を意識しだす小学生の頃から、失恋によって停止した時間が溶けほぐれる青春の終わりまでが、生のままに描かれた異形の青春小説・成長小説としても読める。恋愛小説は「ほれたはれた」しか描かない、というイメージをもった人にもすすめたい。


さて、あいにくと直木賞選考の俎上では、

>>姫野カオルコの『ツ、イ、ラ、ク』は強烈に推す選考委員がいた一方、全体の構成力に問題があり、読者が引きずり回されると落選。評者サイト>http://cake.milkcafe.to/

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紙の本妖都

2003/10/22 01:05

わたしたちは物語に何を求めるのか

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

なぜわたしたちは本を、物語を読むのか?
その答えの一つとしてわたしが用意しているのが、
「本って、世界を見るための切り口を与えてくれるものなんだ」というもの。
すばらしい物語を読んだ後は、まるで世界がそれまでと違ったもののように思えてくることがある。たとえば近年、大ブームを起こしたファンタジーというジャンル。子供のころ、良質のファンタジーを読んだ後、いつもの風景—庭や、空き地、学校の隅に、もしかしたら物語に登場した不思議な生き物がひそんでいるかもしれない、と思ったことはなかっただろうか?

実はこの『妖都』(親本)を読んだのは、随分以前のこと。
独特の色合いの、ちょっとくすんだオレンジ色のカヴァーに目を惹かれて手に取ると、なんと画家、金子國義による装丁。裏表紙には綾辻行人、小野不由美、井上雅彦、菊地秀行による推薦文。さっそく買って、家に帰って読んだ。驚いた。

第1部。物語の中の少女達が見るのは、わたしたちが良く知る繁華街を徘徊する死者達。死者達が溢れ始める都市が、古典的な怪奇小説の様に描かれる。ただしその筆は端整で、極めて現代的で、スタイリッシュだ。
続く第2部では、第1部で示された死者達についての謎解きがはじまる—ように見える。謎のキーマンとして、死亡したとされる美貌のミュージシャンの影が追われるが、真相は明らかにされない。
そして当時、物議をかもした第3部では、アジアの神話などを援用して謎を解こうとする作中人物の動きもあるのだが—街を徘徊する死者や、美貌のミュージシャンといった神秘的な存在が、都市に対して引き起こす現象面が描かれていく。
わたしたちはそこに描かれた街の物語に没入し—

突然、投げ出されるのだ。
だからわたしは、この現実と二重写しになったかのような物語から突き放されたとき、いいようもない寂しさにおそわれた。もっと物語の中に浸っていたいのに!

しかし、それこそが作者がこの小説に封じこめたねらいだったのだろう。おかげで初読から5年以上が経った今でも、わたしは夕暮れの逆光の中で、人の顔が判然としないとき、この小説を思い出さずにいられない。彼らは生きているのか。わたしは現実世界に、生きているのか。
突き放されたかのように思われて、その実わたしはこの物語に、オブセッションを受けていた。だからこれは、わたしが物語に求める理想の一つを、与えてくれた小説なのである。

—黄昏。

 http://cake.milkcafe.to/

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