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  3. 雪あかりさんのレビュー一覧

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先月(2017年1月)

雪あかりさんのレビュー一覧

投稿者:雪あかり

16 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本くだもの

2004/07/14 02:37

親子の楽しい遊びをつくってくれる、とびきりおいしい絵本。25年ものあいだ愛され続けている赤ちゃん絵本の定番。

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

すいか、もも、ぶどう、りんご……。まるで本物のように、つややかでおいしそうな果物が次々に登場する。「おすすめの赤ちゃん絵本」として紹介されることの多い1冊。

果物はまず、皮をむかない丸ごとの形で現れる。文字はシンプルに果物の名前だけ。次のページには、皮をむいて切り分けられた果物の絵が「さあ どうぞ。」という呼びかけの文章とともに描かれる。ほとんどそのくり返しだけの絵本。

けれどもこの本は、1979年から20年以上愛され続けているロングセラーなのだ。その魅力とは一体何なのだろう?

まずはなんといっても、本物と見まがうような絵であること。つややかでみずみずしく、いかにもおいしそうで、甘い香りが漂う気さえするその絵に、食べることが大好きな子どもたちは惹きつけられる。

続く「さあ どうぞ。」、これが肝心。このとき果物に添えられたフォークの柄は、読み手に向けられているのだ。呼びかけに応じて思わず手を伸ばしてしまうその秘密は、目の前に本当に自分のための果物がさし出されているかのように描かれた、こんな細やかな描写にあるのだろう。

読んでもらう赤ちゃんは、最初のうちは果物の名前などわからなくても、おいしそうなものが自分に向けてさし出されているというそのことだけで、とてもうれしそうな顔をする。絵本のなかの果物をさわろうとしたり、フォークをつかもうとしたり、時には本当に果物の絵をなめようとしたり。

やがて少しずつ言葉を覚える時期になってくると、丸ごとの果物が登場するたびに「これなあに?」と赤ちゃんに聞いてみる。一生懸命考えて答えるそのやりとりが、親子の楽しい遊びにつながる。

果物の名前を完全に覚えた後も、この絵本の楽しみはまだまだ続く。ともすれば大人は「わかりきったことを聞かれてもつまらないだろう」と思いがちだが、子どもにとってはそうじゃない。聞かれたことに自信を持って答える、そんなやりとりをすることも面白くて仕方がないのだ。だからわが家の息子は、3歳半になったいまでも時折、この本を棚から出してくる。そして彼がもっと幼かったころと同じように果物の名前を答えては、本当に食べているようにうれしそうな顔をして、さし出される果物を次々とほおばる真似をする。

息子がまだ0歳だったころ、わたしは「赤ちゃん絵本」を本当に小さな赤ちゃんのときだけしか楽しめないものなのかと思っていた。それが、こんなにも息の長いものだったとは。1冊の値段だけを見ると絵本を高いと感じてしまうこともあるけれど、楽しめる年数を考えると、実はかなりお得なものなのかもしれない。

——OKI IKU*Note::絵本とこそだて

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紙の本きんぎょが にげた

2004/07/13 01:35

「こんどはどこ。」の問いかけに答えるのが楽しい絵探し絵本。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

五味太郎さんは写生はしないのだとどこかで読んだことがある。曰く、五味さんのなかにある「それらしいもの」を描いているのだと。そんな五味ワールドだからこそ自然に描かれる絵探しが、この本なのだろう。

主人公はつるんと丸っこい身体にYの字型のしっぽがついた、赤くてかわいい1匹の金魚だ。金魚鉢から飛び出した彼は、さまざまなものに姿を隠しながら逃げ続ける。隠れる場所がいつもユニークで、ページをめくるのがどんどん楽しみになる。本物の金魚ならば隠れたことにならないような場所でも、この絵本の金魚は確かに金魚でありながら、紛れたものたちに似ているのだ。

わが家では長男が0歳のときに購入した。最初はきれいな色彩の絵を楽しんでいる様子。1〜2歳になると、これは絵探しの本なのだということは理解したようだが、まだなかなか金魚を見つけることはできない。「ここにいるよ」とこっそり教えてあげると、うれしそうに「あっ」と小さく叫んだ。

3歳前になると、金魚探しはお手のもの。「どこに にげた。」と聞くたびに、「ここ!」と即答する息子。もう金魚が隠れている場所もすっかり覚えて、探すまでもない状態。それでも「どこ?」「ここ!」のやり取りが楽しいようだ。自信満々で、どこか誇らし気に、力強く金魚を指差す現在3歳後半の息子は、もしかするといまが一番この絵本を楽しんでいるのかもしれない。長く楽しめる1冊だ。

——OKI IKU*Note::絵本とこそだて

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紙の本おっきょちゃんとかっぱ

2004/07/22 10:57

幻想的にゆらめく水底で行なわれる河童の祭りに女の子がまぎれこむ。目に耳に心地よい、懐かしい香りのする絵本。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

長谷川摂子さんの文章は不思議だ。彼女の書いた本を朗読していると、自分がまるで語りべになったかのような気分になってくる。
「パックリ ポックリ カックリコ」
「たからを こめて かえさんしょ。」
声に出して心地よいこうした言葉たちが、読み手を自然と話の内容にふさわしい穏やかでゆったりとした語りに導いてくれる。

『おっきょちゃんとかっぱ』は幼いころに聞いた民話のような、懐かしい香りのする物語だ。一人水遊びをしていたおっきょちゃんの前に突然現れるかっぱの子・ガータロ。かっぱの祭りに誘われたおっきょちゃんは、庭になっていたきゅうりをみやげにガータロと水底に向かう。

水底の祭りは幻想的だ。なにもかもがゆらめいている。おっきょちゃんとガータロは、しゃぼん玉の出る魚の形の水笛を買った。おっぽのところを吹くとピロロロと鳴って、口から七色のあぶくが立ちのぼる。

しかしかっぱは人の肝を盗る妖怪。人間が祭りにまぎれていると気づいた大人のかっぱたちは、おっきょちゃんを取り囲む。すかさず取り出したみやげのきゅうりのおかげで、おっきょちゃんは客人として認められたが、水の外のことをすっかり忘れてしまい、かっぱの子として水底で暮らすことになる。水底の暮らしは楽しかったけれど、おっきょちゃんはやがて両親のことを思い出す。帰りたいと泣くおっきょちゃんを人間の世界に戻そうと、ガータロは「ちえのすいこさま」のところに向かうのだ。

かすかに異国情緒を内包しながら民話的な世界を描く降矢奈々さんのノスタルジックな絵が、人間の女の子が異世界にまぎれこむこのお話に見事にはまっている。ほのぐらくゆらめく水底は、淡くにじむ水彩が美しく表現している。

登場するかっぱたちに恐ろしさはなく、ユーモラスであたたかい。そして、数百年は生きてきたに違いない「ちえのすいこさま」の圧倒的な存在感。彼らの姿が、普段は見えることのない異世界の者が自然にはひそんでいるということ、だからこそ自然は人間にとっていつまでも神秘的で畏怖すべき存在なのだということを、知らずのうちに子どもたちに教えてくれる。

多くの「行きて帰りし物語」がそうであるように、おっきょちゃんもまた、ひとたび人間の世界に戻ると川の中のことをすっかり忘れてしまった。無事に帰ったときにおっきょちゃんを包んだあたたかな光は、家族のぬくもりだろうか。

けれどもかっぱたちのことが決して夢ではなかったということは、みんなを驚かせたおっきょちゃんの変化でわかる。たとえ本人の記憶に残らなかったとしても、異世界をくぐり抜けてきた——一つの困難を乗り越えたことが、少女をすこし成長させた。

じっとり湿りけを帯びた日本の妖怪が登場するとびきりのファンタジー、こういう民話的な世界を、日本の子どもたちにぜひともじっくり味わってほしい。月刊絵本『こどものとも』として1994年9月に発行されたものの再刊。長く読み継ぎたい絵本だ。

——OKI IKU*Note::絵本とこそだて

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紙の本つきよ

2004/07/29 09:25

静かな晩に森の奥で起きた不思議な出来事を、子だぬきだけが見ていた。幻想的な月夜を詩情豊かに描く、かわいらしい一冊。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

長新太さんの絵本には「なんで?」「どうして?」は通用しない。ヒトの生理的な部分に容赦なく入り込んで働きかける。心のなかの無防備な部分をぎゅっとつかんで、やさしくなでたり、激しくくすぐったりする。だから読み手はただただ頭を空にして、本のなかの不思議な世界にぷかぷか浮かぶように身を委ねればよい。そしてこの絵本は、実にやさしく見る者の心をなでてくれる作品だ。

ある月のきれいな夜のことだった。一匹の子だぬきが道を歩いていると、山をすべり台にして、月がするりと降りてきた。月の行き先は湖で、子だぬきがかけつけてみると、ぷかりとそこに浮かんでいた。月は船になったり橋になったり、そうかと思えば泳いでみたりして、湖のなかで人知れず遊んでいる。

森の奥深くにある湖の風景を徹底的に何度も描き、ページを繰るたびに月が不可思議な行動をとっていて、その奇抜な展開を楽しむという、長さんお得意のパターンではあるけれど、そこから感じるのはたとえば『キャベツくん』で受けたような爆笑を伴う激しい衝撃ではなく、息をひそめていつまでも見守りたくなるような穏やかな気持ち。それはきっと、「せかいいちの たんけんかだって みつからない」=見つけてほしくないと思いながら、月のひそやかな楽しみをただ一人見つめている子だぬきくんと同じ気持ちだ。

驚くたびにおなかを両手できゅうっとつかんでしまうという子だぬきの愛らしさが、作品世界をいっそう、やさしさに満ちたものにしている。

淡くくすんだ水色の明るい夜空と、黒々と茂る深い森。その中心でたゆたう黄色い三日月は、心に染み入るほど鮮やかで美しい。穏やかに眠りにつきたい夜に開きたい一冊。文章は、ごく少ない。2歳ごろから楽しめそうだ。

——OKI IKU*Note::絵本とこそだて

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紙の本アマガエルとくらす

2004/07/14 19:39

カエルは人に馴れるのか——アマガエルと過ごした14年以上の日々の記録が、小さな生き物にも心はあると教えてくれる。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

アマガエルは何年生きるか、ご存じだろうか。

この絵本に登場するアマガエルは、一番長いもので14年もの年月を作者とともに過ごす。——5月のある日、流しの中に一匹のアマガエルがやってきた。なにが気に入ったのかカエルはそこにいつき、秋になるといつの間にか姿を消した。驚くことに翌年も翌々年も、5月になると同じカエルが流しを訪ねてきたのだ。作者の山内さんは、とうとうアマガエルと暮らす決心をした。家族の一員のようにアマガエルと暮らした14年以上もの日々を綴った一冊。

アマガエルの食事はハエやクモだ。どう調達すればよいのだろう? けれど山内さんは、こともなげにハエをつかまえてようじに差し、カエルに食べさせてやる。それを繰り返すうちに、やがて手からじかにハエを食べるほど、カエルは山内さんに馴れるのだ。

カエルって、人に馴れるのか!
これは大きな驚きだった。

この小さな生き物に注がれる深い愛情。ともに暮らしながらつぶさに観察され、語られるカエルの生態は、教科書で読んで頭に詰め込むような空虚な知識としてではなく、血の通った生き物の暮らしぶりとしてわたしたちの心にすっと入ってくる。

やがてカエルは年を取り、目が見えなくなってしまう。そんなカエルを励ましながら、なおも愛情深く世話をし、息を引き取るまでいたわり寄りそう山内さん夫妻の姿に、「生き物と暮らす」ということはその死まで看取ってやることだということを、改めて感じずにはいられない。

淡々とした文章のなかに深い愛情がにじむ。静かにわき上がるような感動をもたらすこのノンフィクションを、画家の筆が見事に表現している。カエルを見つめる山内さんの優しい瞳。夫妻の様子やお父さんの笑顔から伝わる、山内さんの家庭のあたたかさ。カエルとの間に流れる細やかな心の動き。丸い目をくりくりとさせたカエルたちからは、ドキ、ドキという心臓の鼓動が聞こえてきそうだ。彼らは本の中で確かに生きている。

絵本にしては文章量が非常に多い。裏表紙に記載された対象年齢は「小学中級から」。しかし生き物に興味を抱く子どもならば、年齢にかかわらずぜひ読んであげたい。

——OKI IKU*Note::絵本とこそだて

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紙の本しずくのぼうけん

2004/07/11 14:55

水は、地球をめぐっている——、一滴のしずくの旅が「水の循環」を見せてくれる。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

村のおばさんのバケツから飛び出した一滴の水が、一人ぼっちで旅に出た。水たまりから蒸発して雲の上、雲の上から雨となってまた地面へ。岩の間で氷になったと思ったら、ころころ転がり小川のなかへ。そしてとうとう、しずくは水道取水管につかまった——。さまざまなものに姿を変えて旅をしていく、しずくの冒険の物語。

一滴のしずくの旅の道程をたどれば、こんなにも波乱に満ちた、ワクワクする冒険物語になるものか。空に浮かぶ雲も、降りしきる雨も、海や川の水も、そして蛇口をひねれば出てくる水道の水も、どれも同じ水が、いる場所とその姿を変えて循環しているものなんだということ、気体・液体・固体ではその体積が変わるのだということが、物語に乗せてすんなり理解できる。楽しい物語絵本であると同時に、すぐれた科学絵本にもなっている作品。

ペンでくっきり輪郭を取られた漫画的なイラストレーションを描いているのは、ポーランドの作家。くるくる変わるしずくの表情がかわいらしい。出版から40年近くを経てもまったく古びず、魅力的。シンプルで背景をあまり描き込まず、必要なものだけを描いていくスタイルで、次々と変わっていくしずくの境遇をわかりやすく表現している。

文章はすべて書き文字。これを手がけたのは絵本『ぐるんぱのようちえん』などでおなじみ、グラフィックデザイナーの堀内誠一さん。画家のペンにすんなり溶け込むタッチで文字を書く技量は、いくつもの画風を使い分ける堀内さんならでは。手書きの文字が、画面をいっそう、あたたかなものにしている。

うちだりさこさんの訳文はリズミカル。七五調を基調に歌うように読ませてくれて、しずくの旅を楽しく演出する。

文、絵、レタリング、訳、すべてが調和して仕上がった名作。外で遊べない雨の日も、しずくの冒険に思いを馳せながらこの絵本を読めば、楽しく過ごせそう。物語としておもしろいので、読み聞かせなら3、4歳くらいから喜びそう。内容がしっかりと理解できる小学生になってからも読んであげたい一冊だ。

——OKI IKU*Note::絵本とこそだて

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ゆかいなかえる

2004/08/19 03:14

かえるの暮らしも、わるくない。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

水の中にゼリーのようなタマゴがあった。やがてタマゴはおたまじゃくしに、さらには後足前足がはえてきて、しっぽが縮んでかえるになった。4匹のかえるは気ままに暮らす。潜ったり、泳いだり、遊んだり。……こんな具合に、かえるの1年間が淡々と描かれるのが、この絵本。鳥獣戯画を思わせる飄々とした「ゆかいなかえる」たちは、時には食べられそうになるけれど、のらりくらりとかわして笑う。彼らにとって「生きること」は「遊び」そのものであり、自分たちが生きてここに在るということが楽しくて仕方ないのだ。

絵に使われているのは水色、緑、黒と紙の白の4色のみ。しかし地味な印象はまるでなく、軽妙洒脱で心地よい。ずば抜けた構成力で洒落者の顔をした表紙からして手に取らずにはいられないが、表紙を開いて現れる見返しがまた憎い。そこに並ぶのは、しっぽのついた黒い丸の数々……そう、茶目っ気たっぷりでなんとも愛らしいオタマジャクシの大群なのだ。ここを見るだけで絵本の中に繰り広げられているユーモラスな世界がうかがえるというものだ。

奥付によれば、作者のジュリエット・キープスは「生きものたちの動くフォームが、何よりの絵の教師だ」と言っていたという。流れるようなフォルムで描かれる、かえるたちの伸びやかさ、画面にあふれる躍動感は、なるほど彼女のそうした姿勢から生まれたのだろう。

1961年にアメリカで、1964年に日本で出版されて以来、40年間にわたりロングセラーとして愛され続けてきた作品。夏中歌って遊んで過ごす4匹のかえるの姿は、読み終えた誰しもを楽しい気分にさせてくれるに違いない。まさに「ゆかいな」一冊だ。

——OKI IKU*Note::絵本とこそだて

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どろんこどろちゃん

2004/07/29 02:00

どろんこ遊びの支度をすっかり整えてから、この本を読み始めよう。きっと、どろんこ遊びをせずにはいられなくなるから。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

どろんこ遊びは遠慮してたら楽しくない。服も体も汚れるのなんて気にしないで、頭からどろをかぶって、自分もどろだんごみたいになって遊ぶのが楽しいんだ。——そんなメッセージがひしひしと伝わってくるのが、この『どろんこどろちゃん』だ。

——おや、泥の中に2つの目。きょろきょろあたりを見回して、もっこり頭を出して生まれてきたのは「どろちゃん」。どろちゃんは、だれにでも作ることができるんです。——

なんといっても、どろちゃんの迫力がすごい。本物のどろんこを塗っているんじゃないかと思うほど実物に近い色を出した絵の具を、作者はおそらく手でベタベタと白い紙に塗りたくっている。あちこちに指紋が見えるのが、その証拠だ。想像するに、この絵本をつくっているとき、作者自身が絵の具を使った「どろんこ遊び」に興じていたんじゃないか。だからこそこの絵本には、ためらいも迷いも微塵もなく、はじけるような楽しい気分だけがそっくり写されたかたちになって、画面からあふれんばかりに爆発しているのだろう。

子どもたちの身体感覚にどろをこねる心地よさを訴えかけ、どろんこ遊びはおもしろいよね、思いっきり楽しみたいよねと、生理的な部分にひたすらメッセージを発信していながら一方では、どろと水の最適な配分もさりげなく提示する。水が少なければぽろぽろしてどろはまとまらないし、水が多すぎるとべちゃべちゃになる。その様子も、あからさまに水の足りない筆で描かれたどろちゃんと、したたるほど水分を含んだ筆で描かれたどろちゃんを並べて対比させ、一瞬のうちに理解させてしまう。理屈などお構いなしに奔放に描いているように見せかけて、どろんこ遊びの楽しさを存分に伝えるために十分なまでに考え尽くされているのだということが、こうしたページからよくわかる。

この本を読んだら、どろんこ遊びをせずにはいられない。普段なら「どろんこ遊びなんて、汚れるからいやあねえ」と眉をひそめがちな大人のわたしでさえ、いてもたってもいられなくなるのだから、子どもが我慢できるわけがない。汚れてもいい洋服に着替え、どろんこ遊びの支度をすっかり整えてから、おもむろに読み始めたい一冊だ。

——OKI IKU*Note::絵本とこそだて

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うみをあげるよ

2004/07/24 09:06

大切なタオルをカエルくんに譲ったとき、男の子は少年への一歩を踏み出した。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ワタルくんは、お気に入りの青いバスタオルをしゃぶりながらでないと眠れない。その大事なバスタオルが風に飛ばされてなくなってしまった。おかあさんと一緒に探しに行った家のすぐ前の森の中でようやく見つけたタオルのそばから、かわいい声が聞こえてきた。
「や、みーつけた。いいもの みーつけた。」

——おとなには時に想像しがたいことだけれど、幼い子どもにとって「眠る」という行為は、ある種のおそろしさを伴うものなのかもしれない。赤ちゃんは眠る前に激しく泣くし、幼児は不安そうに母の首に腕を巻きつける。赤ちゃんのころからいつもその端をちゅくちゅくしゃぶって眠っていたバスタオルは、眠りに落ちる間際の不安をやわらげてくれる、主人公にとってかけがえのない物だった。

そのタオルがなければ寝られないのだから、主人公——ワタルくんはなんとしてもタオルを見つけて持ち帰らなければならない。ところがタオルは、家の前に繁る緑あざやかな森のなかで、おもいがけない子たちにとって、やはりかけがえのないものになっていた。……まさかカエルの兄弟たちが、雨に濡れてしずくをたたえた青いバスタオルを「海」と間違えているなんて。

ワタルくんとおかあさんが息をひそめて見ていると、バスタオルは本当に海のようになっていく。葉っぱの船がふわりと浮かび、カエルの兄弟は棒を釣り竿にして魚釣り。夜にはホタルが飛んできて、タオルの海を灯台のように静かに照らす。
「うみって いいねえ。」
「ほんとに、うみって すてきだねえ。」
こんなに無邪気に喜んでいるカエルの兄弟から、だれが海を奪えるだろう?

ワタルくんは、カエルくんたちにその海をあげることにする。タオルがなければ眠れないと思っていた彼だけれど、きっとその晩は心地よい眠りについたことだろう。かわいい兄弟たちとのファンタジックな出会いが、ワタルくんを幼児から少年へと一歩近づけてくれたのだ。

舞台となる森の植物は幻想的なかたちで、いまにもうねうねと動きだしそう。タオルを海と勘違いするカエルの兄弟はもちろん、ワタルくんの部屋に置かれた数々のぬいぐるみに至るまで、くりっとした目に生命力を宿した彼らは、いつしゃべりだしてもおかしくない風情だ。森の緑とタオルの青の、水彩による爽やかなコントラストが目にまぶしい。

静かな夜の森のなかでタオルの海をほわりと照らしたホタル灯りのように、心がぽっとあたたかくなる絵本。出会えてよかったと、心から思える一冊だ。お話が少し長めなので、読んであげるなら3〜4歳ごろからがいいかもしれない。

——OKI IKU*Note::絵本とこそだて

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紙の本月夜のじどうしゃ 新装版

2004/07/13 00:37

一人ぼっちのじいさんとたぬきの親子との交流が、月夜の浜辺に流れるハーモニカの音色のように、心をあたたかくしてくれる。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

廃車置き場の番人をしながら一人さみしく暮らすじいさんは、だれよりも自然のことを思っている。昼間は廃車置き場で若い衆の外したホイールやタイヤを運びながら、海や山を汚さないよう油抜きに余念がない。夜になれば浜辺に出て、波打ち際のごみ拾い。老いた身には昼間の仕事もきついはずなのに、ごみのひどい時には夜ふかしをしても、じいさんは浜辺をきれいにする。

そんなじいさんの吹くハーモニカの音色は、だからこそ春の夜風のようにやさしかった。廃車置き場から少し離れた竹やぶに暮らす母さんたぬきと3匹の子だぬきは、どこからか流れてくるハーモニカの音を聴きながら、心をうきうきさせていた。

あんまり素敵な音色に、とうとうたぬきたちはじいさんの前に姿を現す。丸い目玉を見開いてこちらを見ているその姿がとてもかわいいもんだから、じいさんは声をかけた。愛らしいたぬきたちを見るじいさんの表情は、どこまでもやさしい。

いつしかじいさんとたぬきの親子は、月夜になれば食事をともにするほどに仲良くなっていく。そしてある日浮かんだ素敵な考えに、たぬきたちはピョンピョン飛び跳ね、じいさんの身体のなかにはもりもりと力がわいてくる。そう、家族の存在は、人に力をくれるのだ。

この絵本の井上洋介の色づかいは暗い。墨を流したような山あいの廃車置き場の夜が舞台なのだから仕方のないことではあるが、子どもには一見こわく見えてしまうのか、3歳のわが家の長男は最初、わたしがこの本を読もうとするのを嫌がった。

けれどなにかの機会に一度通して聴いてからは、決して「こわい」とは言わなくなった。暗いと思った色づかいはいつしか心に染み入り、心に泡立った波を穏やかにしずめてくれる。じいさんとたぬきの親子との交流は、月夜の浜辺に聞こえるハーモニカの音色のように、わたしたちの心をぽっとあたたかくする。これはそんな絵本だ。

じいさんとたぬきたちは、とうとう本当の家族になった。月夜に見える彼らのシルエットは、もはや一人と3匹ではなく——、わたしたちは目をこする。化かされてしまったのだろうか? こんなにも、あたたかく。

お話も絵も、とびきり滋味深い。読み終えてもう一度夜の浜辺の絵を開けば、月はなんと美しくあたたかに光っていることだろう。黄色い月光があざやかにまぶたに残る。眠る前のひとときに読めば、静かな夜を創出してくれそうな作品。第25回(1994年度)講談社出版文化賞絵本賞受賞作。

——OKI IKU*Note::絵本とこそだて

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紙の本コップちゃん

2004/07/11 05:05

身近なモノがキャラクターとなって、のびのびと動き回る。人気イラストレーターが描く赤ちゃん絵本。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

赤ちゃん絵本を選ぶポイントは次のようなものだと聞いたことがある。
登場人物が正面を向いて読み手を見つめている、読み手に話しかけているような様子であること。背景に余分なものが描き込まれていないこと。見開きで一つの場面が描かれていること。

なるほど確かに人気のある赤ちゃん絵本は、その条件を満たしているものが多いようだ。ディック・ブルーナの『うさこちゃん』シリーズ然り、松谷みよ子・瀬川康男コンビの『いないいないばあ』然り。そしてこの『コップちゃん』もまた、そうした気配りを十分にめぐらせて作られている絵本だ。

中川ひろたかさんの耳に心地よいやさしい文章に合わせる絵を担当するのは、大人気のイラストレーターユニット、100%ORANGE。コップちゃんの元気のよさを感じさせる勢いある描線は同時に、ところどころ太くにじんだりかすれたりした、あたたかみと味わいのある線でもある。色はコップちゃんの鼻や舌にわずかに黄色とオレンジが使われている程度。だからこそ、その黄色とオレンジが鮮やかに印象に残る。表紙の微妙に不格好なタイトル文字も、なんとも味わい深い。

コップちゃんは大人の問いかけにくるくると表情を変えて反応し、縦横無尽にのびのびと遊びまわる。車になったと思ったら寝転んで、そのままネンネかと思えば突如姿を消し、「いないいない、ばあ!」。その意外な演出に思わず笑う。

ブロンズ新社のFirst Book Seriesの1冊。同コンビによる同シリーズに『スプーンさん』『くつしたくん』とあわせて出産祝いのプレゼントにしてもいいかもしれない。

——OKI IKU*Note::絵本とこそだて

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どろんここぶた

2004/07/29 02:20

大好きなものに満たされる喜びは、何にもかえがたいものなのです。とりわけ、子どもにとっては。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

時に親は、よかれと思ってよけいなおせっかいを焼き、子どもを怒らせてしまうものだ。親と子どもでは大事に思うこともその重大さも違う、けれども親が互いの価値観の違いに気がついていないときに、しばしばそれは起こるのだろう。

お百姓のおじさんとおばさんは、こぶたをわが子のようにかわいがっていた。だからおばさんは、こぶたの小屋があまりに汚れているのを見て、愛情を込めて大掃除をする。すっかりさっぱりきれいになれば、こぶたも「気持ちいい」と喜んでくれるだろうと思ったのだ。

けれどもおばさんにとっては汚いだけだったどろんこは、こぶたにとって何よりも大切なものだった。どろんこを勝手に片づけられたと知り激怒したこぶたの顔の、おそろしいことといったら! 全身に怒りをみなぎらせるこぶたの姿を初めて見たとき、あまりの激しい表情に驚いたものだ。

こぶたは家を飛び出すけれど、求めているどろんこにはなかなか巡り会えない。とうとう大きな街までやってきて、空気まで汚いその場所ならきっとどろんこがあるだろうと探し回るが、ようやく見つけたと思い飛び込んだそこは、どろんこではなく固まる前のセメントだった。

みるみるうちに、こぶたは動けなくなる。やがて、世にも珍しいこぶたのセメント漬けを見に街中の人が集まってきて、さらには消防車までかけつける。一体、こぶたはどうなるのか——?

九死に一生を得たこぶたは、おじさんおばさんとともに再び豚小屋に帰ってきた。すると彼の無事を祝うかのように雨が降り、小屋の外には新しいどろんこができあがる。それを見つけたこぶたの顔は、喜びではちきれんばかり。ふとっちょの体を軽やかに跳ねさせて、こぶたは大好きなやわらかいどろんこのなかに、静かにずずずーっと沈んでいくのだ。それはそれは満足そうな笑みを浮かべて、気持ちよさそうに……。

くるくると表情を変え愛嬌たっぷりのこぶたの姿は、まさに幼い子どもそのもの。子どもたちはこぶたに自分を投影し、ともに大人の「わからずや」ぶりに憤ったり、こぶたの冒険にハラハラドキドキしたり、大切なものが戻ってきたことに心から安堵したりする。そして大人たちには「子どもに価値観を押しつけるべからず」という耳の痛いメッセージが響きながらも、お説教くささはまるでない。

全64ページと、絵本としてはかなりのボリュームだが、読者をひょいっと物語のレールに乗せて、飽きさせることなくラストまで一気に走り抜けてくれる。その翻訳を手がけたのは、詩人の岸田衿子。無駄のない軽やかな文章は大変読みやすく、わたしたちをするりと楽しいおはなしの世界にいざなってくれている。出版から30年以上を経てきた、愛すべきロングセラーの一冊だ。

——OKI IKU*Note::絵本とこそだて

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紙の本あたまにつまった石ころが

2004/07/14 07:32

ひたむきな情熱が、いつしか彼を幸福な人生に導いた——「好きなことを手放してしまった」大人が読みたいノンフィクション絵本。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

よく人は言う。
「好きなことだけやって暮らしていけたら、どんなに幸せだろう」と。
けれどもそれをしないのは、「好きなことだけをやり続ける」ことが、実はとても根気と覚悟のいることだからだ。

あるいは、子どものころに情熱を傾けたものに対して好奇心が持続しないというのも、好きだったことを手放す理由だろうか。「それが大人になることさ」とわけ知り顔で語りながら、心はどこか淋しい。好奇心を失うことが大人になることでは、決してないはずなのに。

この本は、作者のキャロル・オーティス・ハーストが、自身の父のことを書いたノンフィクションだ。彼女の父は、幼いころから年老いるまでいつも「あいつは、ポケットにもあたまのなかにも 石ころがつまっているのさ」と言われ続けた人だった。社会的地位やお金には無欲で、大好きな石について学ぶことにのみ貪欲に生きた父親。いつも頭の中に石をいっぱいつめこんでいたことが、彼の人生をいつしかとても幸せなものにする。

「幸福な人生とはなにか」「学ぶとはどういうことか」について深く静かに考えさせてくれる本。幼児に読み聞かせるには文章量が多い。むしろ「好きなことを手放してしまった」大人が読みたい一冊。2001年度ボストングローブ・ホーンブック賞ノンフィクション部門オナー賞受賞作品。

——OKI IKU*Note::絵本とこそだて

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紙の本なつのいけ

2004/08/19 13:16

夏の楽しさが、ぎっしりと詰まっている。輝く夏の光景を鮮やかな色彩で詩情豊かに切り取った、ある池をめぐる物語。

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真夏の青い空と白い雲、濃い緑。まぶしいくらいに輝く夏が、ここにある。

——ソフトクリームみたいな入道雲が真っ青な空に浮かぶ夏。子どもたちは網とバケツを手に池に向かう。池にはさまざまな生き物たちが棲んでいる。メダカにタナゴ、モツゴにコイ。ドジョウやゲンゴロウやタイコウチ。いばりんぼうのアメリカザリガニ、立派なひげのオオナマズ。真っ黒に日焼けした男の子は網で1匹のメダカをつかまえ、女の子にプレゼントする。受け取った女の子はメダカを家に連れ帰り、コップの中をひとりぼっちで泳ぐメダカを夕焼けに染まる部屋で見つめていたけれど、かわいそうになって……。

本の中で、目線はページごとに目まぐるしく変わる。池を泳ぐメダカ、それを狙うザリガニ、さらにそれを追うナマズ、そして池の外でナマズを穫ろうとはりきる子どもたち。それぞれがそれぞれの立場で、夏の池にいる。池の外にも中にもたくさんの生き物がおり、それぞれの暮らしを営んでいるのだということが静かに伝わってくる。食う食われるのシビアな追いかけっこも楽しげに見えるのは、ページを繰るごとに動きの流れが変わる、その構成のなせる技だろうか。

村上康成さんの絵がいい。ベッタリと濃い絵の具、限られた鮮やかな色でくっきり描きだした画面は夏のギラギラした太陽を感じさせるし、決して細かくはないけれど特徴をしっかりつかんで描かれる小さな生き物たちは、どれをとっても愛嬌たっぷり。次々と登場する水辺の生き物たちは最後の見返しで名前が説明されている気の利きようで、「これなあに?」という子どもたちの疑問をも解かしてくれる。昆虫や生き物に興味津々の子どもたちは、喜んでこの本を見つめることだろう。

詩のようにゆったりと紡がれる文章は、ちょっぴり切なく、ほんのりやさしい。ごく少なく控えめな言葉数が、饒舌に夏を語る絵と合わさって、想像力をかきたてるのにちょうどよいバランスだ。

こんな池が近所にあって毎日遊びに行けるのが理想だが、かなわぬ土地も多いはず。せめて夏休みにでもどこか田舎を訪れて、こんな一日で子どもと夏を味わいたい。楽しい夏の到来に期待で胸をふくらませずにはいられない、夏がぎっしりと詰まった絵本。小さな赤ちゃんからお話のわかるようになった幼児・小学生まで広くおすすめしたい、第8回日本絵本大賞受賞作品だ。

なお、同作者コンビの夏絵本にはほかに『なつペンギン』がある。

——OKI IKU*Note::絵本とこそだて

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紙の本まほうの夏

2004/08/08 10:33

目を細めるほどまぶしくて懐かしい、田舎で過ごしたあの夏がここにある

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おとなになって気づいてみれば、「夏休み」は、切なさを感じさせる言葉になっていた。もう決して自分には訪れることのない時間だからだろうか。まっ黒に日焼けして泥んこになりながら遊んだ、田舎でのあの夏。そうだ、「夏を楽しむ」とはこういうことなのだと、この絵本を読み懐かしく思い出した。

主人公は東京に暮らす兄弟。両親は共働きで忙しい。学校のプールとゲームと麦茶、それとポテトチップス——毎日同じようなことのくり返しで過ごす兄弟は、長い夏休みにうんざりしていた。そこに舞い込んだのは母の田舎に暮らすおじさんからのハガキ。兄弟は飛び上がって喜んで、海辺の町にあるおじさんの家に向かう。

理容店を営むおじさんは生っちろい肌をした兄弟を見て、2人の頭を丸坊主に刈る。2人はすぐに田舎の子と友だちになるが、クーラーの効いた部屋で日々を過ごしていた兄弟は、ハァハァ息を切らしながら田舎の子たちについていくのが精いっぱい。木登りですり傷をつくり、川に何度も落ち、ヤブ蚊に刺されまくって、最初のうちはぐちゅぐちゅのボコボコのどろどろになってしまう。

けれど田舎の日々を過ごしていくうちに、兄弟は変わる。朝はだれよりも早く起きるようになった。スイカの種も、遠くまで飛ばせるようになった。電車でおつかいだってできるようになった。線香花火も、前よりずっと長く持っていられる……。子どもたちにとってこの夏は、どんな夏よりキラキラ輝いていたに違いない。

目を細めてしまうほどまぶしく懐かしい夏の情景を描く画家は、はたこうしろうさん。その水彩画からは、ギラギラした強い陽射しよりも、むしろ涼やかさを感じる。夏の朝、虫採りに行った林のなかに漂っていたひんやりした空気のような、自然に囲まれて過ごす夏特有の涼しさだ。とりわけ林の場面と夕立ちの描写は圧巻。自然の持つ偉大なる迫力がそっくり絵に切り取られていて、厳粛な気持ちにすらさせられる。

理想の夏休みが、ここにある。絵本の中で味わった夏を、外に飛び出して実際に味わいたくなる本。読み聞かせるなら3〜4歳から、実感を持って味わうなら小学初級ぐらいからがいいだろう。

——OKI IKU*Note::絵本とこそだて

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