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先月(2017年6月)

クローニンさんのレビュー一覧

投稿者:クローニン

2 件中 1 件~ 2 件を表示

紙の本白夜を旅する人々

2003/03/17 01:48

「忍ぶ川」の謎を解く

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

映画「忍ぶ川」が最初だった。
熊井啓の映画を見たのは、殆どの男性観客がそうであるように、
栗原小巻の裸が見たかったからである。
期待を裏切らぬ、素晴らしいプロポーションであった。
だが、関心は加藤剛が演じた三浦哲郎に向かった。
この男はなぜこんなに暗い瞳をしているのか。
芥川賞をとったばかりの三浦自身も、加藤ばりの二枚目であった。
なぜ、日本海の荒波に鴎はやかましく鳴きたてるのか……。

書店で平積みの単行本(短編集)を買ってきて、具体的な理由は判明した。
感動し、同情した。当時わたしも早稲田の一年生であった。

だが期待に反して、以後三浦自身はくだらない小説に走っていく。
新聞小説でも、ニヒルな建築家の話とか、ラストに面倒くさくなったかのように、
主人公とヒロインを一気に死なせてしまったり……
最近短編の名手と言われているのが(そのころを考えてみれば)信じられない。
妻を犯すシーンなど、三浦の指向は中間小説にあると、
わたしは完全に思いこんでしまった。作品のレベルがまさにその程度であったし。

それが、この『白夜を旅する人々』は違った。
丸谷才一のように、私小説を全否定する人々も、この小説には好意的だった。
これを安直な自然主義に貶めるならば、島崎藤村も文学史にはいられないことになるであろう。
具体的には、『忍ぶ川』前史である。だが、読後感は逆だ。『忍ぶ川』が「癒し」をモチーフにしているにもかかわらず沈み込んでしまうのに、『白夜』は「人生の悲惨」をとことん突き詰めている。にもかかわらずカタルシスがあるのだ。
わたしなりに解釈するとこうだ。『忍ぶ川』は中心を謎として提示しないまま、たんに過去を忘れて二人で未来を生きようと誓う。『白夜』はこれだけ悲惨な人生がある。そのすべてを開示しながら、でも人間はせんぐりせんぐり生まれ出でて、その一人一人に人生が、固有の物語があるのだ、と差し出している。

わたしもいま悲惨な状況にある。そして再読して癒された。文学の厚み、人間存在の不可思議をとことん納得させられた。これは『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』を超えるものがある。
毎年検査入院を繰り返し、健康状態が危ぶまれる三浦だが、頑張って快復して欲しい。いまいちどこのような世界文学史上に残る「私小説」を書くために。

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紙の本林芙美子の昭和

2003/02/20 02:02

昭和をつくりあげた作家

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

昭和の映画を見ていると驚く。
たとえばいま、小津安二郎の発見された全シナリオ47本を読み返し、さらに発売されている監督作品35本のすべてを見終わったところだが、戦前には「喜八」に代表される生活者が、戦後には「平山家」に代表される文化人たちの日常が描かれていた。
これはあたかも林芙美子の作品群をなぞるかのようである。
かつて一巻からほぼ時代順に並ぶ、あの悪評高く誤植の多い彼女の全集を読んだことがあるが、その経験から言うと、どんどん彼女は知的になっていく。文章もおとなしくなっていく。逆にいうとつまらなくなっていく。だが、じつはそのパワーは衰えたわけでは決して無い。
彼女のオーラは、昭和の映画に乗り移っていったのだ。大衆を愛し、いや大衆そのものであったひとりの職業婦人である林芙美子は、みごとに映画作品のなかに、出演者として観客として、移植された。媒介者はおもに成瀬巳喜男だが、そのゆえに彼女の人気は昭和40年代前半までは保っていたのである。
そして、ひとつ言っておく。昭和40年代後半以降は、本書の著者、川本三郎のいうように、じつは昭和ではないのである。
そう、西暦なのだ、1970年代なのである。
本書は映画と文学をトランスする昭和文化研究のまさに名著、悪文家の前田愛のなしえなかった、庶民のためのカルチェラル・スタディーズの一冊。
一億総「平山家」の現在、「喜八」を忘れぬためにも、全国民必読の本であることは疑い無い。

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